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2022/03/25

Facebook その他SNSでよく見かける「リンクをただ張っただけ」で本人が嬉しがっているものについて。

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他人の長文のホームページや動画サイトにリンクを張り、すっかり自分がやりとげたものみたいな気になってアップしているもの。

誰もそんな長い文や、中身がよくわからない動画なんて、時間をかけて見ようと思わないから“クリック”しないですよ。

「ここにはこんなことが書いてある、私はそれに対してこう思う」、「この動画は、15秒目くらいに出てくる“これこれこういう”部分が、こんなふうに面白い」と書かなければ、誰も興味なんか持たないのに・・。

また、そういうふうに自分で消化して、誰にもわかるように説明が出来ないなら、あなた本人がその内容をわかっていないんじゃないか、と言いたい。

Facebook が日本に入ってきたばかりの頃、私に Facebook を勧めてきた当時の我が社の人達は、「あなたは、元情報部局に居たのに、Facebook もやらないのか、何も書けないのか」と言ってきたことを覚えています。

で、その後・・「自分達は最先端のSNSを真っ先に始めた」と意気軒昂なその人達がアップしたものを見ていると、ただ詳しいホームページを見つけてリンクを張っただけ、しかも「これはいいものみたいですよ」とか、「ここはとてもいい所らしい」とか、自分の考えや意見もなく、実際に行ったわけでもなく、それなのに「〇〇らしい」みたいな、いいかげんな内容をアップして、それを自分だけで“やった感”を出し、満足している人が多いと思います。

自分の考えや、新しい事象に対してこう思う、みたいなことを書いている人は、ほんの数人です。あとはただリンクを張っただけ。

あなたがそのサイトを見つけたのはわかった、でもリンクを張るなら、それについて“噛んで砕いて”説明し、それについて自分はどういう意見を持つのか、そこまで書いて初めて“得意げ”なお顔をしていただきたいです。
“人のふんどし”で相撲を取るなっ、というか、ふんどししただけでまだ相撲を取っていない段階だということに早く気づいてほしいです。

というのが、いつもリンクだけ張って嬉しそうにアップしている人に対する私の意見です。
今日は辛口でした。

 

2021/12/31

怖いが、365日を振り返る。

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写真は日々ふと気づいたことをメモしているメモ帳とノートです。
あとで、これらを見ながらブログを書くこともあります。忘れっぽくなってきましたから。

大晦日になりました。
今年は激動、激変の年だったので、年末にあたり、自分自身に“言い聞かせる”意味も含めて…σ(^_^;)一年を振り返ってみたいと思います。

1月、年が明けたのに、体調は大不調でした。
年末に病院に行き、薬等ももらったが一向に良くならず、無理やり3日には再度病院に行き、4日には入院となってしまいました。

そこからが闘病の日々でした。
ひょっとして生きて帰って来ることはできないかも・・という状態でした。
一ヶ月の入院、闘病の末、生還!
でも、帰ってからも体調を元に戻すのに苦闘の日々でした。
自宅の階段も自力で昇れないような状態から、我慢我慢、家族の協力も得て、庭を歩けるように、近所周辺を散歩できるように、そして今は公園などで何キロも歩くことが出来るまでになりました。
生きていてよかった。

仕事は家族と相談し、決断して辞めることにしました。
夏頃までには、ひとりでいろいろなことが出来るまでに療養を頑張ろうということにしました。

辞めてしまった仕事・・。
苦労ばかりで、そんなに恵まれた仕事人生ではありませんでしたが、でも土木から戸籍・住民記録、年金、小中高校の耐震工事、相談業務、広聴業務、市内を巡るネットワークと、職場全体のネットワーク統合と構築、東京での国会や省庁との連絡業務、地域振興での多種多様な業務、大きな祭りなど、我が社でもこんなにあれこれ様々な職種を経験している人はあまりいないかもしれないほどの経験をしました。
それはそれで一人の人間としてよかったのかもしれないと、今にして思います。

世間はコロナ禍ということで、好きだった宝塚観劇も出来ませんでした。東京には一度も行けてないし、電車にも乗っていません。
とても残念だけど、これは仕方ない。

映画は、今年後半になって、市内でやっと少し見ることができました。

その分、読書はよくしました。読めば読むほどいろいろな人の考え方や人生を擬似的に経験しているようで、心の栄養になりました。
このブログで読後感を書いているのも、皆様への“お裾分け”の気持ちです。

音楽も、ビートルズとジャズを中心に聞き、ブログ内でもその様子をかなり書くことができました。これも自分にとってとても大切な「音楽」と向き合うことになりました。

会いたくて、会いたくてたまらない人で、今年は会うことが出来なかった人もいますが、なんとか来年は会って、つもる話をしたいと思っています。

私の中学時代の先生とはよく電話でお話しました。
いろいろ不安だった私に言葉をかけていただき、こんなに長きに渡ってお世話になり、私は幸せ者だと思いました。先生にはほんとうに感謝しています。

仕事を降りてから、人間関係が寂しくなるのかと心配もしましたが、でも、それでも出会える人、いろいろやり取りできる人はできました。
むしろ、仕事で頭の中が忙殺されていたときよりもしっかりとした関係になれたように思います。不思議なものです。

それに、SNSは一般的な感覚としては“稀薄”な関係性かのように思いますが、いやこれもまた古くからの付き合いの方が見てくれていて、それがとてもうれしく、安心感をもたらしてくれることに、あらためて気づきました。いいものなのです。通り一遍の見方をしなくても、自分なりのSNSの中での関係性というものがあるのだと思いました。

このブログの中で自分の今までの人生の出来事を振り返って、うれしかったこと以外にもひどいこと、つらいこと、すべてどんどん書いてみました。
批判されるかと思いましたが、アクセス数は上がり、むしろ好評でした。それもよかったことです。

今は、上記ブログなども含め、もう一度人生を振り返って、自分のためにも、家族のためにも日々生き生きと自分らしく生きることを中心に据えて、来年以降これからの生き方を考えようとしています。

・・こんな感じですd(^_^o)

まだまだコロナウイルス感染はやや増えつつあったりして、来年以降も不安な要素はありますが、どうかご覧の皆さんにおかれましても、来年が「良い年」になりますように。

以上、今年の締めくくりブログでした。

 

2021/06/19

キーボードが必要な理由

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私にとって文字入力に使うPCのキーボードは必需品です。

このブログについてよく言われるのが、毎回何時間かけて入力しているのですか?とか、あんなに長い文章を打つ気がしれない・・などのお言葉です。

でもねえ、ほとんど15分もあれば充分です。
キーボードのある机に向かい、キーを打ち始めると、自分であとから見ても「これは誰が書いたんだ」と思うくらいの、自分でも思いつかない(思いついたから書いてるんだけど…σ(^_^;))ことが書かれた文章が出来上がっています。

わかりやすく言うと、“降りてきた”感じになっているのだと思います。

その“降りた”感じになるには、自分で思いついたことが“直ぐさま”PCのディスプレイに文字として表示されなければなりません。

なので、私、文字を入力するときには「カナ入力」を使います。
要するに打鍵数を少なくして、しかも、ローマ字で打つと、日本語の文章を一度頭の中でアルファベットに変換せねばならず、それは、もはや日本語とは別の何かになってしまうからということなんです。

いったんローマ字に頭の中で変換している瞬間に、もう【素】に戻ってしまうのです。
せっかく“降りて”きたのに、あっという間に正気になってしまう・・。
だから、さっきまで頭の中で思っていたことが“消えて”しまう。

「カナ入力」も覚えたおかげで、しかもブラインドでキーボードは一切見ずに入力できるようにしたおかげで、さらにほぼ考えるのと同じスピードで打つことができるようになったので、今の状態は、思っていることがそのまま同時にディスプレイに表われるような状態なのです。

だから、“降りた”ら、そのまま一気にディスプレイを見ていると、思ったことが文字になり、タカ・タカ・タカ・タカと走り出して、あっという間に終わり!っていう感じなんです。

というわけで、私にとって、キーボードは『必須』です。
これがないと、思っていることがすぐに表現できない。

やむをえず、スマートフォンで、“チマチマ”と打たねばならないことがありますが、そういうときはマジックハンドで毛筆を持ち、書道をやっているような感じになり、叫びだしたくなるのでした(>_<)

 

2020/08/12

『話術/徳川夢声』を読みました。

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『話術/徳川夢声著(新潮文庫)』を読みました。
「徳川夢声(1894~1971)」といっても、この人を実際によく知っているひとは、たぶん私よりかなり年齢は上の方々だと思います。

もとは活動写真弁士で、1915年(大正4年)から徳川夢声を名乗り一世を風靡したのち、トーキーの時代を迎えると、漫談家、俳優、文筆家として活躍されたのだそうです。

私は小学生の頃にテレビで朝の政治対談番組か何かを見たような記憶があるのですが、ほとんど記憶に無いのです。
でも、お名前だけは、その頃から今に至るまで何度も何度も聞きました。
“話術”の名人であるということで。

この本はブックオフにて格安110円にて購入。
でも、「上手に話す」ことの難しさについて、どういう方法で話せばよいのか、など、とても参考になりました。

ユーモアも交えつつ、でも実際にはどの項も“真剣”に書かれていました。
話芸のプロが、堂々と自らの経験の中で得たものを惜しげも無く、丁寧に書いている本だと思いました。

ちょっと楽しい“教科書”のようでした。

話すことの根本条件に、話す人の人格や個性、間(ま)の置き方などをあげられていましたが、それぞれについて実例を挙げて、わかりやすいものになっていました。
いきなりテクニック的なことから入らないことで、私にも「ひょっとしたら出来るかも」などと淡い期待を抱かせてくれました。
わずかばかりでも“期待”を持つことができるのがうれしい本です。

日常話も、座談、会談、業談などの項目に分け、具体例も挙げているため、私のような素人にもわかりやすく、面白い。“カタッ苦しい”教則本のようなものかと思っていたら、“読物”としても楽しめる内容でした。

演壇話の章では、徳川氏自身が失敗した講演や、恥ずかしい思いをした経験などを、ちょっと笑わせながら語り、“読んで楽しい教科書”となっていたのです。

最後は「演芸」についても、童話・講談・落語・漫談・放送(物語放送のコツ)など、それぞれの分野での“コツ”を語ってくれました。

私も、人と話す機会には、この本から得た知識を少しずつでも生かしていきたい、と思いました。
社会に出て、話す機会も多くなり、その度に“緊張しまくり”の人も多い(私もそうだった…σ(^_^;))かと思いますが、わずか250ページのこの本はそんな人に役立つだろうな、というものでした。

 

2020/04/05

こういうときにどうすればいいのか

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世の中、新型コロナウイルスの感染拡大で、この休みも何か外に出て活動のようなこともなく、人に会うということもありませんでした。

夏の雑草対策として最近三週間は庭の草刈を連続で行い、いつもの年より先行して庭に手を入れることができた・・というか、人と会わずに外で作業をすることくらいしかやることはあまり無かったのです。

あとは色々と年度がわり時の通勤用駐車場手続き等、さらには全て中止となっている宝塚歌劇のチケット払戻し手続きなどを行っていました。

それからそれから、読書と音楽に身を浸す・・そんなことくらいでしょうか。

今後の観劇もまったく目処が立たないので、休日の予定は未定な部分が多く、せっかくですから読書にその時間を費やそうと思っています。

けっこう買い溜めた本があるので、多くの時間を取れる結果になった現在の状況を生かして、楽しみながら読み進めることにいたします。

でも、どうしても会っていろいろと話したい人もいて、それがどうにもならず、やきもき、もやもやしてしまいます。
割と家に居るのが好きなタイプなのに、こんなことになると会いたくてたまらなくなる人がいることに気づきました。

とりあえず読書と音楽を聴くことに、この降って湧いた時間を使いたいと思います。
忙しい中、慌てて読んだり聴いたりしている時よりも、じっくりと読書や音楽鑑賞をすると、何か新しい発見があるかもしれません。

これを読んでくださっている皆さんも家での時間、有効にお使いくださいね。

 

2019/12/31

今年も暮れて行きます。一年を振り返って。

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昨日のこのブログでも少しふれましたが、今年一年を振り返ってみようと思います。

まずは4月から新しい職場での仕事が始まり、リセットしたところから始まりました。
でも、今までの仕事、職場の概念がまったく通じない、不思議な人間関係、仕事の運び方、仕事への考え方に心身共にダメージを受け、10日目にはダウン。
上部消化管からの出血・・と診断され、なんとか回復したかと思い職場復帰し、心にも身体にも無理やりで仕事をしていたら、ついに救急搬送され、入院、一ヶ月の療養となりました。

今でもまだ心身ともにダメージがありますが、考え方を変え、ものごと真剣に考えたり、自分の人として大事にしていることも“無”にして、ただ生きて行くような不本意な姿勢で職場に存在することにして、生命を維持していくという・・そんなことになっています。

仕事での振り返りは、ここまで。

ここからは、このブログでよく取り上げていることについて振り返ります。

まずは、読書。
ブログに挙げているので件数などはすぐにわかるのですが、今年は今日現在までに93冊の本を読みました。
ジャンル的には、歴史や社会、ジャーナリスティックなものと、ひとつのことにこだわって研究・探索していくものなどに関するものが多かったように思います。
読書は自分にとって、知らなかったことや別の人生などを経験できる素晴らしい時間となっています。
来年もこんなペースで読んで行きたいです。

続いて、映画。
今年は17本見ました。
印象に残っているのは、あの「ボヘミアン・ラプソディ」。あらためてクイーンのロック、音楽に中学時代以来の熱い気持ちが蘇りました。
そして、抜群に面白かったのは「翔んで埼玉」。理屈抜きの爆笑映画で、日本映画独特の楽しさでした。
その他は、メジャーな映画館では絶対に掛からないマニアックな映画ばかりでしたが、いつも思うのは「暴力」「戦闘」「破壊」「怨恨」などが渦巻く人気メジャー映画には「用が無い」ってこと。
来年も上記四つが絡むような映画には目もくれずに、密やかに上映されている“いい映画”を見つけ出して見ていこうと思います。

さらに続きまして、このブログの“メイン”とも言える宝塚歌劇についてです。
これは私が倒れたこともあって「低調」でした。
14回の観劇で、11公演を観ました。

いずれ、毎年やっていた“ヅカ友”との2019年の振り返り企画なども出来ればやりたいと思っていますが、まずは自身の今年の「宝塚」を振り返っておきます。

で、あらためて今年見て来たものをリストから振り返ると・・そうか、雪組の「ファントム」は今年だったのね。なんだかずいぶん何年も前に見たような気になってしまいました。自身が倒れたことが影響していることがわかります。
望海風斗(のぞみ・ふうと)さんが、相手役、真彩希帆(まあや・きほ)さんと念願の歌いまくる演目を築き上げた素晴らしい作品になりました。

国際フォーラムの月組「ON THE TOWN」は、“イキのいい”美園さくら(みその・さくら)さんが持ち味を発揮して珠城りょう(たまき・りょう)さんとの新しいトップコンビの勢いを感じさせてくれました。

花組はトップ、明日海りお(あすみ・りお)さんの退団年となりました。「CASANOVA」でも、「A Fairy Tale」でも、明日海さんの素晴らしさ、魅力を実力と共に感じ、滅多に出会えない『トップ・オブ・トップ』の姿を目に焼き付けました。

月組の「夢幻無双/クルンテープ」は、美弥るりか(みや・るりか)さんの退団公演となりましたが、美弥さんの何とも言えないあの妖しく不思議な魅力が印象に残りました。

星組は、紅ゆずる(くれない・ゆずる)さん、綺咲愛里(きさき・あいり)さんの退団年となりましたが、このお二人のコンビの“上昇気流”は驚くべきものがありました。私の想像を遙かにに超えて、日本青年館の「鎌足」はお二人の集大成とでも言うべき『最高傑作』になっていました。
ラスト「GOD OF STAR/E'Clair Brillant」では、弾けんばかりの紅さんの人間的な魅力と綺咲さんの度胸の良さが炸裂し、楽しくて笑いながらもお二人の退団に涙する公演となりました。思い出に残るお二人のお姿、実に麗しいものでした。

さらに雪組の望海さんは、「壬生義士伝」で、望海さんの持つ奥深い演技の実力をまざまざと見せつけてくれました。たいしたトップです。

そして宙組。
今年は「オーシャンズ11」のみの観劇となってしまいましたが、私がイチ押しの組なのにあえて言うと、“もうひとつ”な印象が拭えません。
爆発するような感動や、見る前の想像を超えるようなうれしい想定外の出来映え、などが無いと思います。
次の東京公演を待ち遠しく楽しみにしているので、ぜひとも宙組の魅力をステージで炸裂させてもらいたいと思います。

簡単でしたが、宝塚の話はこんなところで。

最後に、今年は病との闘いに明け暮れましたが、来年はぜひとも健康で楽しい一年にしたいと思います。
ブログをご覧の皆さんにも、健康で楽しい一年になることを祈念して今年最後のブログをアップいたします。

よいお年を!'(*゚▽゚*)'

 

2019/01/23

石を送るひと

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写真は、私のよく行く珈琲店「じゃくう鳥」のカウンター。
新年、じゃくう鳥開店の日に、このブログによく出てくる私の中学時代の担任の美術の先生を連れて、この珈琲店をたずねました。

先生は、このお店に、そしてマスターに、とても惹かれるものがあって、私もお連れして先生のよろこぶ様子を見てうれしい気持ちになったところでした。

そしたら、マスターが Instagram や、 Facebook に先生が伺ったときの様子を書いてくれて、それをまた私が先生に伝え、先生・・またまたよろこび倍増っ!ヽ(=´▽`=)ノ

先生からじゃくう鳥にお手紙(メールじゃないよ)、という具合にキャッチボールが行われ、私はボールの中継点的な(^_^;)役割をいたしまして、人と人のつながりというものは面白いものだとつくづく思った次第です。

そして今度は、先生からじゃくう鳥のマスターへの手紙ではなく、『石』が送られました。
マスターに聞いてみたら“ゆうパック”で、先生が銚子の海岸で拾ってきた石に、先生が想像した「じゃくう鳥」を描き、それらが送られてきたのだそうで、写真がそれです!

私はうれしくなって、そして笑ってしまい、こんなことってあるんだ、先生も私もすっかり“いい歳”になってしまいましたが、先生の発想は、まだまだあの私の中学時代のままです。

“誰が「石」をゆうパックで送るのでしょうか”'(*゚▽゚*)'

石に絵を描いて送っちゃう!
そしてそれを受け取ったマスターが珈琲を淹れているカウンターに並べている・・。
絵描きの先生と、美術に造詣の深いマスターの心のやりとりに、すっかり感心してしまいました。
私には、まだまだそんな“大人の枠を飛び越えた”ような、上記のようなことは出来ないな、と思いましたよ。


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「石なんか送って、変な人って思われないかな?」なんて、自分のほんとうの感情を押し殺してしまい、うまく相手とのキャッチボールができなかったかもしれません。

いい歳になって、また先生に教わりました。
今年に入って、先生から「俺たちはもう、先生と生徒じゃない、歳の離れた友達だ!」というお言葉をいただいてうれしくなったところだったのですが、いやいやまだまだ“先生と生徒”なんだな、ってあらためて思い直しました。

これからも先生にいろいろ教えてもらおうっと!!(゚ー゚*)。oO


【Now Playing】 Eat At Home / Paul And Linda McCartney ( Rock )

2019/01/22

切手からのいい話

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このあいだ、TBSラジオの「嶌信彦 -人生百景・志の人たち-」という番組に、日本郵便株式会社の主任切手デザイナー、玉木明さんという方が出演してインタビューを受けているのを途中から聞き、良さそうな話だったので、翌日「ラジコ」で聞き直してみました。

玉木さんの切手への特別な思いを語られていたのですが、その中から、私の心にじわっと入ってきたエピソードをいくつかご紹介いたします。

手紙や葉書は、“用もない”ときに書くのがいい。
というお話。
何か用件があって、綿々と伝達・連絡・確認事項などを書くのも手紙ではあるが、用もないのにふと誰かに手紙を書くなんていいじゃないですか。
というわけです(*^_^*)
最近、私も中学時代の担任の先生がパソコンもスマートフォンも持たず、もちろんメールも使わないため、手紙を書く機会があります。

でね、用があって手紙を書くときでさえも、書くとき、送るときに何かうれしさを感じるんですよ。そしてもちろん手紙をいただいたときにもうれしさがじわ~んとやってくるのです。

だから、ためしに用もないのに手紙を書いてみましたが、これがまた心がおだやかになっていいですねぇ(゚ー゚*)。oO

きっと、用もないのに書いてくれた手紙を受け取ったときにもうれしさがいっぱいになると思いますよd(^_^o)

さらにエピソード。
玉木さんは、切手も集めているのですが、袋詰めになって安く売っている使用済み切手などを買い求めているようです。
私も小学生のときに何十円とかの金額で、外国の使用済み切手の詰合わせみたいな小袋を買いました。

玉木さんもおっしゃっていましたが、そこには、切手を買った人、手紙を書いた人、手紙を運んだ人、受け取った人、などがその国の特徴ある図案の切手に消印と共に込められていて、それらを想像しただけで、果てしなく空想が広がるんだというわけです。わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ・・なんて人が昔にいましたが・・(^^;)
消印の外国の郵便局の名前を見ただけで、またその国へ心が飛んでいくような気もします。

特に面白かったのは、「メールは電気がなければ受け取れないじゃないですか。でも、切手を貼った手紙は、住所さえあれば電気のない場所にも届く可能性がある。切手をつくっている身としては“優越感”を感じますよ。」と笑っている玉木さん、愉快でしたヽ(=´▽`=)ノ

楽しいお話でした。
こんな話が聞けるのもラジオならでは。
郵便だけでなく、ラジオも見直した方がいいですよ。聞いてみるといい番組がいっぱいある!
何よりも、テレビとちがって、自分に語りかけられているような気がするのがラジオです。これは、多くラジオを聞いている方が言うことです。


【Now Playing】 空も飛べるはず / スタジオUSEN ( Jazz )

2019/01/02

元日は初詣に

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元日は我が家四人家族と義母・義弟妹の七人で初詣に出掛けました。
朝は早起きして、まずは家族四人で氏神様である近くの八幡神社に。
テレビで「まずは氏神様だ」ということを言っていたとのことで、そのとおりにいたしました。

それから義母宅に向かい、七人揃って妻の従弟が宮司をやっているちょっと遠くの神社に向かいました。


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ここでは本堂に上がって新年の祈祷をしてまいりました。
空は快晴で真っ青。
いい気分で七人は初詣をすることができました。
願い事はそれぞれでしょうが、家族の無事が一番です。


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長女が暮れのバイト代で皆に大判焼きを買ってくれ、それを頬ばりながら境内をあとにしました。

いい年になりますように!(゚ー゚*)。oO


【Now Playing】 埴生の宿 / 堀口博雄と東京軽音楽倶楽部 ( 軽音楽 )

2018/12/31

今年もいろいろありました。

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今年も様々なことがありました。
いちばんは家族の中で大きなことがあったのですが、なんとか乗り越えようとしています。
まだまだ家族内の問題は、来年も辛抱のしどころな感があるのですが、きょうもそれに役立ちそうな本を二冊ほど買ってきました。

本というものは、直接役立つものではなく、何か自分に少しずつ取り入れたものが、じわっとあるときに漢方薬的に効いてくるものです。
だからここでもご紹介しているようにけっこう私は本を読みます。それは来年も続けて行こうと思います。

今年はまた、あらたに知り合った方もいました。
その方のイベントに出掛けて行って、またひとつ何か人として勉強することもありました。

ここ数年で知り合った方も、よい感じでおつき合いできました。
何年かぶりで出会って、また感動をあらたにした方もいました。

そして、このブログに度々登場する私の中学時代の担任の先生とは長~いつき合いになり、今年も何度も何度も個展に足を運び、また、ジャズのイベントにもお誘いいただいて、大きな刺激を受けるライブも見せていただくことができました。
何年経っても先生の域には追いつくことができませんが、楽しく来年もついて行こうと思います(゚ー゚*)。oO

映画、本、音楽、宝塚の舞台にも親しみ、それらをこのブログに記していくことは、もう自分のライフワークのようなものになりつつあります。
それから友と飲むお酒も人生の潤いのひとつになっています。

来年がどういう年になるか、想像もつかないというのが今の気持ちですが、今年同様、力を尽くして生きて行きます。

このブログをご覧いただいている皆さん、いつもありがとうございます。
ブログへのアクセス数は113万アクセスを超えました。
今までどおり、“手抜きなく”書いていきますので、どうか来年もよろしくお願いします。

皆さんにとって新しい年が良い年でありますように。

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