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2022/11/22

中学時代の先生が開いた「レコード・コンサート」に行って来た。

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私の中学時代の担任で美術の先生、特にジャズが好きで、しかもアナログ・レコードでいつも聞いています。
そして、絵画や造形作品の個展も年に数回行っている中、今回は「レコード・コンサート」をJR飯岡駅併設の「ふれあい館」で行いました。
・・先生のバイタリティーは私なんかをはるかに超越して驚くべきものがあります。
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今回使われたスピーカーも異彩を放っていました。

昔のナショナル「8PWT」という不思議なウーファーと同軸上にスコーカーがあるようなスピーカーは、たぶん自作のケースに入り、しかもさらに自作の石膏で固められたホーン型ツイーターが上に乗っておりました・・さらに先生のカラフル・ペイント付き(^^;
で、これがまたいい音出すから不思議なんです。
ヘレン・メリルのモノラル・レコードが素晴らしい音で鳴っていました。

 

 

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そのほかにも、JBLの楕円型20㎝スピーカーがエッジも無かったものをご友人の協力で修理して、これまた自作のケースに入れて、またまたいい音で鳴っていた・・(^_^;)
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そして40年くらい前の電気屋さんの処分品のA&D(アカイ電気と何処かが組んだブランドらしい)のスピーカーが現役バリバリで豊かなジャズを奏でていたのでした。
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さらに壺状花瓶に穴を開けてスピーカーユニットを入れた“陶器スピーカー”もあって・・(^^♪
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最新鋭の今どきのスピーカーの“小洒落た”きれいな音ではなく、どれも気合の入った低音から中音が下から湧き上がるようなたくましい音を出していて、先生もごきげんでしたが、聞いているお客さんも私もごきげんになりました(*^-^*)

いい時間を過ごせて幸せでした。
やはりレコード盤の音はいいし、昔のスピーカーの音もいいっ!!

以上で今回のレコード・コンサートの報告は終わりです。

 

2022/10/02

千葉市中央区汐見丘で開催されていた《造形あそび4人展》に行ってきました。

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《造形あそび4人展》・・千葉市中央区汐見丘の『ギャラリーどち』で開催されていたものを見て来ました。
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私の中学時代の美術の先生も参加していて、実に自由で楽しい造形展示でした。
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私が最近、オミクロン対応のワクチン接種をしまして、今までは副反応はほとんど無かったのですが、今回はけっこう熱や身体の痛みがあり、最終日一日前の昨日行って来たのです。
ほんとうはもっと早く行ってご紹介したかった。
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内容は、4人の作家それぞれの方が独特の持ち味で作品をつくられ、いやもう楽しかったです'(*゚▽゚*)'
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Instagram経由でも一部写真をご紹介していますし、その他 FacebookPage 「千葉市を東京から応援するって?!」というページでもご紹介しています。
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毎回、驚きとか発見があるのですが、今回は特に4人の皆さん魅力ある作品を展示されていました。
次回行なわれるときには、早めに出掛け、気の向いた方に間に合うようにお知らせしたいと思います。

2022/09/17

中島誠之助さんの「骨董掘り出し人生」を読みました。

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『骨董掘り出し人生/中島誠之助著(朝日新書)』を読みました。
2007年発行となっていますので、かれこれ15年前の本です。
著者は、あの「なんでも鑑定団」の焼物を主に鑑定していたあの中島誠之助先生です。

このあいだ、伊集院静さんの本をこのブログでご紹介したときに、そこに掲載されていた短編小説二篇「少年譜 笛の音」、「親方と神様」の感想を書きましたが、中島さんの生涯は、まさに上記二篇の小説のような、幼少期から少年期の両親を失い、養子として伯父や伯母などに育てられるも、戦争の惨禍から大変な苦労をする話が書かれていました。

骨董という道に入る前の学生時代の様々なことへの挑戦と、実際に仕事をするようになってからの挫折や、その中で手を差し伸べてくれた今となっては驚きの有名人達の話、まるで小説を読んでいるかのような数奇で、波乱にとんだ人生が描かれていました。

前回の伊集院さんの小説といい、今回の中島さんの自伝的なお話も、私の今後の生き方にとって大きなものを得たように思います。

世の中は自分の思うようには出来ておらず、次から次へと困難に見舞われ、あたたかく手を差し伸べてくれる人もいれば、多くは悪い人がいて様々な苦境に陥れられ、自らの信ずるところに向かってひたすら信念を通して生きていくことがいかに大変なことか・・ということがこの中島さんの実体験的自伝をとおして描かれていました。

中島先生には、二十年も前だったでしょうか、私の職場が企画した「出張・なんでも鑑定団」においでいただき、私と妻の新婚時代に買ったお宝「野々村仁清の香盒」を鑑定していただき、見事8千円の鑑定をいただき、妻は泣き出し、そのおかけでMVPをいただいてしまい、石坂浩二さんの絵を賞品として受け取るという、悲しいんだか、嬉しいんだかわからない結果になったことがありました。

事前に、先生方との握手やサインは出場者は「厳禁」との説明を受けていましたが、泣き出した妻を見て、あとで中島先生ファンだった妻は握手をしていただき、持参した中島先生のご著書二冊に丁寧なサインまでいただいてしまいました。

今となっては、たいへんいい思い出です。
それに、京都のみやげ物という鑑定をいただいた香盒は、逆に私達夫婦の“お宝”になりました(*^_^*)

この中島先生の「骨董掘り出し人生」は、自分を勇気づけるために、今後も読み返すことになると思います。

 

2022/09/10

「森村誠一の写真俳句のすすめ」という本を読んだ。

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『森村誠一の写真俳句のすすめ/森村誠一著(株式会社スパイス)』という本を読みました。
これもブックオフで見つけました。2005年発行のものです。

この本はようするに、森村さんが俳句を詠むことに目覚め、それも自ら外に出て歩きながら、しかも写真を撮りながら俳句をひねるという手法がとてもいいんじゃないかということに気づいた、ということを書かれています。

この写真を撮りながら、というのに私がピピンと感じるものがあったので、思わず手に取ったわけです。

テレビ番組の「プレバト」などでも、俳句のコーナーで毎回お題を出すときに画面には写真が一枚出て、それでイメージをふくらませるというようなことをやっています。
これは見ている私達にもわかりやすいな、と思っていました。

それを森村さんは積極的に写真と自らの俳句を同時に表現するという手法に出ていて、読めば読むほど俳句が引き立っているように感じました。

実際に森村さんの作品をこの本で見ていると、写真が同時に掲載されることによって、俳句に詠まれた世界がよりイメージしやすくなっていました。
写真が俳句を、俳句が写真を互いに補完し合っているような感じで、私も句集などを何冊か持っていますが、その文字だけの世界とは異なる、新しい俳句の存在の仕方を感じました。

それに、句をつくっている側も様々なところを歩いたり、いろいろなシーンに遭遇したりする楽しさ、ハプニング的なものも楽しめるのではないかと思いました。
さらに、写真を撮るということ自体にも俳句と同時に楽しめる要素があって、なんだか私もやりたくなってきた…σ(^_^;)

これから俳句をやってみようか、などという人には、ひとつのやり方かもしれないと思います。
俳句と写真、同時進行でやってみては、という本でした。

 

2022/09/02

ドナルド・キーンの「二つの母国に生きて」を読みました。

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『二つの母国に生きて/ドナルド・キーン著(朝日文庫)』という本を読みました。
1980年代半ばにキーンさんが六年にわたって「リーダーズ・ダイジェスト」日本版のために書かれたものです。
これもブックオフで見つけた本です。

日本文学研究者のキーンさん、文学だけでなく「桜」や「軽井沢」などの日本文化についても書かれ、戦争犯罪についても公平な“まなざし”で書かれていて、現在のロシア・ウクライナの状況を考える私の視線も少し方向が修正されたような気がしました。

さらに谷崎や三島などの文学者との交流も書かれ、実に興味深かった。

1980年代当時の新聞報道についても日本はかなりの“自由度”があるということを書かれているのですが、当時は想像も出来なかったと思いますが、ここ三代くらいの首相の間は、なんだか報道については“無言かつ暗黙”の規制が存在しているのではないかと感じます。
キーンさんが生きていられたら、どう書いたのか・・と思いました。

週刊誌については、自制力(読者の低次元の欲求に対して)が弱いようだが、「社会的に尊敬を集めている人々にも弱点があることを知りたがっているのが世間だ」というようなことを書かれています。

ようするに、有名人が享受してしきたものに対する羨望が姿を変えて現われるのだと書かれていますが、そのとおりだと思いました。

キーンさんは第二次大戦時は、アメリカ側にいたわけですが、戦争末期の日本の都市への無差別爆撃や、広島、長崎への原爆投下による大量虐殺についても、自らの公平な意見を書かれていました。あの東京裁判についても。
私自身も自分の考えをあらためて確認することになりました。

この世への幻滅を感じたときに、日本人には仏教の「富を蓄積したところで、死ぬときには何らの意味をもつわけではない。家族も友人も、救いの手を差し伸べられるわけではない。」という考えが、その幻滅感を克服するに役立ったのではないか、ということも書かれていて、・・そうかもしれない・・と思いました。

そして、建築物や木像などは歳月の影響を受け、やがて形が無くなるという思想も仏教の無常的な考えの影響ではないかと。
それでも、その無常感に挑むように千年以上も奈良で造られた建築物や木像はいまだ朽ち果てることなく存在している・・というのがなんだか日本人としてうれしいものです。

さまざまなことについて、あらためて日本人として考えることになったエッセイでした。
キーンさんの本は、まだ日本文学について書かれたものを手に入れていますので、その読後感についてもまた書きたいと思います。

 

2022/08/27

横芝光町町民ギャラリー企画展「南隆一・鈴木義雄 二人展」に行って来ました。

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26日・金曜日に表題のギャラリーで行なわれていた企画展に出かけました。
二人展の南隆一先生はこのブログに度々でてくる私の中学時代の美術の先生です。
今回は、大きなスペースに先生の高校時代の同級生で陶芸家の鈴木義雄先生とお二人の展示です。

最初の写真は南先生の作品、いつもながら色鮮やかで、そして愉快で、楽しい作品です。

 

 

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次の写真は、今回の二人展のお二人の写真。プログラムに載っていた写真からです。
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そしてこちらは、鈴木先生の水指。
ご本人とは、このあとお会いして、まるで“仙人”みたいな方でしたが流麗で、さらに動きのある作品でした。
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南先生の絵も相変わらず冴えています。
なんかサイケデリック!
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こちらは、ちょっと意表を突いた花入れ。
形も文様も独特です。
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こちらは、今回の二人展のポスターです。
8月31日まで横芝光町町民ギャラリーにて開催されています。
残りわずかの日数ですが、光町にお近い方はぜひに。
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二人展を見たあとは、先生の高校の後輩にあたる方が二年前に開いた古民家カフェに行って食事しました。
素敵な場所でした。プリンやカレーも美味しかった(*^^*)
横芝光町小川台971にある、カフェ・マガタです。おすすめ。
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そしてそのあと、鈴木先生の工房に南先生とお邪魔しました。
本物の土器の欠片を見せていただきました。
この欠片に触発されて陶芸を始められたとのことでした。すんごい熱いトークに圧倒されました。
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これは工房内です。
作品もたくさん棚にありました。一つ一つ見ていたら時間がいくらあっても足らないのでした。

なんだか一日圧倒されて終わった感じ…σ(^_^;)
でもいい一日でした。

 

2022/08/23

「作家と家元/立川談志」を読みました。

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『作家と家元/立川談志著(中公文庫)』という本を読みました。
文庫オリジナル編集のもので、2021年に発行されています。
過去の作家との対談を何編かまとめたもので、古いものだと1960年代のものもありました。

1960年代に吉行淳之介と対談しているものなどは、談志はかなり勢いがあり、“突っ張って”いる様子がよくわかります。

色川武大との対談もありましたが、色川さんは古い時代の芸人に興味があり、互いに知らないことを伝え合ってとても喜んでいる様子がうかがえました。
談志は、そのときに「この人の命は長くはない」と感づいていて、それも文になっていました。
そしてそのとおりになってしまった。

景山民夫についても弟子として登場していますが(※立川流「Bコース」ってやつです)、なんだか落語を難しく考え過ぎじゃないかとも思いましたが、私の考えが浅すぎるのか・・。

最後は石原慎太郎との対談もありますが、石原氏は当時都知事なのに、不用意な発言も多く、「北朝鮮がやらかす前にやっちまえ」みたいな発言は双方が勢いづいて、聞くに堪えない・・。
互いに通じ合っているようで、全然理解していないようなものも感じました。
この二人に対談は、途中でイヤになってしまいました。

一番“話になっていた”のは、年下の伊集院静氏との対談でした。
どちらかと言えば伊集院氏が話題をうまく抑えつつ、話をできるだけ冗談の方向へと飛んでいかないようにしている様子がうかがえました。

カネを得る方法として、

「今のファンドの連中なんかを見てると、とにかくてめえのもんじゃねえものをどっかへ移す。そこから得るものを狙ってるっていうんで、モノは何でもいいという・・死の商人とは言わないけども、やつらはその程度のものだろうと底が見えてしまう」

という話に持っていったのが伊集院氏でした。
このあとどんどん話は、人の、社会の、本質的なものに迫っています。

全体を読んでみての感想は、立川談志は晩年に近づくに連れ、“考え過ぎ”で“意固地”な印象になっていく。

それを見て、周囲の人たちは、“逃げて行った”り、“理解しよう”としたり、“理解不能”で投げ出したり、なんとか“立川談志というものを確立させたい”と願う人がいたり・・だったということがわかりました。

私は・・昭和40年代の頃の談志の落語をテレビやラジオから何本も録音して繰り返し聞いていたので、あの頃の落語に夢中な感じの談志が好きでした。
晩年はちょっと“偏屈”になり過ぎな気がして(※そっちが好きだというファンも多いとは思いますが)、あまり近づいて聞きたい感じにはとうとうならなかったのでした。

 

2022/07/04

八日市場市で開かれていた「第18回 匝美会展」に出かけてきた。

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このあいだ、匝瑳市立八日市場公民館で開かれていた『第18回 匝美会展』に妻と行って来ました。

「匝美会」というのは、匝瑳高校のOBの方々の美術作品を年一回の周期で展示する展覧会のようでした。
そこに、私の中学時代の担任で美術の先生も出展されていたので、出かけたというわけです。

相変わらず、先生のガラス絵は楽しく、愉快な魚が泳ぐ海の世界が描かれていました。

 

 

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そしてこれまた不思議なオブジェ。流木と球体の奇妙な生き物のような作品。
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こちらは、外国の風景でしょうか。澄んだ湖と、うしろにそびえ立つ山の空気感が感じられ、しばらく見入ってしまいました。
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こちらは焼物。
表面のゴツゴツした感じと、きれいな緑がかった色もよく、魅力的な作品でした。
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こちらは、“杉大樹木目うずくり”といって、一枚板を削りだしたものだそうです。
妻がとても興味を持ち、作者の方がちょうど在館していたので、“質問攻め”していました(^_^;)・・・でも、作者の方は質問してもらえて、とてもうれしそうで、最後に記念写真を撮っていました。

作者の方達、そして先生、先生の奥さま達と楽しく会話もできて、良い一日になりました。

 

2022/05/30

最相葉月さんの「絶対音感」を読んだ。

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『絶対音感/最相葉月著(新潮文庫)』を読みました。
妻がブックオフで買って来たもので、「これ、読みたいんじゃないかと思って」と手渡されたものです。

たしかにこれが出た頃(1998年)に気にはなっていましたが、ページ数も多いし、読み切れるかな、と不安になり手を出さずじまいでした。

「絶対音感」って、私もその言葉については知っていました。

ようするに、楽器等から出た音を聞いて「ド・レ・ミ・・」のどの音かわかる、しかも音楽を聞いていると言語のようにド・レ・ミに聞こえてくるのだ、という・・( ̄O ̄;)私には信じられない人がいるのだそうです。

二十代の頃、あるバンドのオーディションを受け、ドラムとして私が入ったグループのギタリストが絶対音感を持っていました。

楽屋で出番を待っている多くのバンドがアンプを使ってしまうと音が大きく出てしまい、チューナーなどという便利なものもない時代で、ギタリスト達が困っていると、その絶対音感の彼が、エレキギターのあの小さな生音を耳を寄せて聞き、チューニングしてあげていた姿を思い出します。

読んで見ると、日本では、この絶対音感が音楽教育においてかなり重きを置かれていたというか、今でも重要視されているようです。
また絶対音感が発達している人は左脳部が大きく、活発になっているらしいです。
なんとなくわかるような気がする。

街を歩いていても、いろいろな音がド・レ・ミで聞こえてしまい、集中できない・・という人もこの本では何人も出て来ました。
音楽家には役立つ絶対音感も、学生時代には無音じゃないと勉強出来ないなど、様々な困難もつきまとうようです。

戦時中、日本軍でも、敵の船のモーター音や、スクリュー音、敵機の飛んでくる機種を判別しようと絶対音感の訓練もされていたとのこと。たしかに使えそうだが、音楽的なことを軍事利用するとはねぇ・・。

しかも日本で440ヘルツを基準に絶対音感を得た演奏家が、海外の442ヘルツ基準のコンクールで“音の狂い”を感じてしまい、困った様子も書かれていましたが、「絶対」の基準を持ってしまうのもつらいことなんだと知りました。

でも、結局絶対音感を得て、テクニックも訓練で超絶的になっても、それが音楽として人を感動させられるのか、ということになると、それはまた別の話、ということに後半部分でふれられていて、“そのあと”というものがあるのだと、私も納得しました。ここにも書かれていましたが、日本人はテクニック的には一流だけど、音楽的にはもう一つ・二つ物足りない演奏家が多いというのもなんだか納得d(^_^o)

最後に、絶対音感を持っている人は、その楽曲の「調」によって、「色」を感じる人が多いとのことで、さらに絶対音感を持たない人でも「共感覚」という、音を聞くと色が見えてくる人もいると書かれている部分が気になりました。

実は私は絶対音感なんて全く持っていませんが、「共感覚」を持っていて、小さい頃から音楽を聞くと次々と様々な色彩が目前を流れて行くのです。
大人になるまで、人は皆そういうものだと思っていたのですが、どうやらそうではないと後に知ったのです。

絶対音感の人が曲の「調」で感じる「色」と、「共感覚」で感じる「色」は、ちょっと似たようなところもあるのかもしれません。

400ページ以上もあるこの本、最後まで読みましたが、最相さんの様々な関係者へのリサーチの量と、その奥深さに圧倒され、難しくて読み切れない部分もたくさんありました。
なんとなく「絶対音感」のことがわかった…σ(^_^;)というところまでで終了してしまいました。

 

2022/05/14

古民家美術館で開かれている『旭 風景美術展』に行ってきました。

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このブログの主要登場人物である私の中学時代の担任で美術の先生「南隆一先生」が旭市の《古民家美術館飯岡・・旭市三川3636》で開催されている『旭 風景美術展』に地元居住の芸術家3人のひとりとして参加されているとのことで、行ってみました。
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この古民家美術館の様子については、Instagram経由で別途ご紹介しようと思っていますが、素敵なところです。
ユン・ソベさんという芸術家でアジアの美術界では重鎮の方が代表をされ、まだここ二年くらいで作り上げた美術館です。

ユンさんと、もうひとかた、地元の作家、スズキ・ラナさんの作品、そして南先生の作品が、現在展示されています。

 

 

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ユンさんとラナさんの作品も後日Instagram経由でご紹介しようと思っています。

ということで、私の先生、南先生の作品の一部をこのブログではご紹介いたします。

 

 

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今回は、「旭」の風景ということで、先生は海中の魚をコミカルにガラス絵で描いたり、クレヨン画や港の風景を大作で描いたり、飯岡の風景をゆったりと描かれている印象を持ちました。
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のんびりと飯岡の海も近いこの古民家美術館に出かけ、午後のひとときをゆっくりと過すのもいいと思いました。
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私が行った日には、ユン先生もいらしたし、スズキ・ラナさんも途中からいらして、作品についてや、どのような画材を使って描かれるのかまでゆっくりとお話しすることができました。
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ものすごく“濃い”時間となり、アーティストの持つ独特の“熱”というか、“オーラ”に圧倒された感もありました。
ゆっくりとした時間を過したのに全てのエネルギーを“吸い取られた”みたいな感覚があり、芸術家というものは普通の人間とはちがう!と、この日はつくづく思いました…σ(^_^;)

というわけで、庭にあるオブジェも楽しいし、後日紹介しますが、古民家の見事な改修による見どころ満載の建物、そして作品、“満腹”状態で帰宅いたしました。

 

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