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わたしのいきつけ

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2019/10/12

台風が近づいてきて

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勢力の強い台風が近づいております。
というか、もう朝から台風が上陸しているような状況です。
本物が上陸したらどんなことになるのか・・。
ただいまラジオで情報を得ながら家でじっとしております。

懐中電灯を数本、電池も準備、携帯充電用のバッテリーも満タンに、水もポリタンクや浴槽、ペットボトルに蓄え、家の周りの飛んでしまいそうなものを片づけましたが、不安は拭いきれません。

前回、千葉を襲った台風15号のときにも轟音と物が飛ぶ音、ぶつかる音で眠れませんでした。

自身の体調も一進一退といった状況で、不安な日々を過しているところなので、ますます精神的にも肉体的にもつらいのですが、なんとか台風の影響も、身体もいい方向にいくように気持ちを強くもとうとしています。

今年は思ってもいなかった人生の中でも辛い年になろうとしていて、今まで困難にあったときのことを思い出しながら過していますが、その経験だけではなかなか乗り越えられないような感じです。

本を読んだり、人からのアドバイスなどももらって考え方、生き方を方向修正していこうと思います。
台風、早く過ぎ去ってほしい。

2019/10/08

先生から来たぞぉ~メビウスの手紙

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本日、帰宅して玄関前のポストをのぞくと、何やら箱が届いておりました。
郵便って、箱でも何でも切手を貼れば届くんですよね。

いつもこのブログに登場する私の中学時代の担任の美術の先生。
自作の箱の中に入っておりましたよ!
写真のテープのようなものは、私が日曜日に先生に呼ばれ、八街市のジャズ喫茶「ブルックリン」で待ち合わせ、先生と奥さま、そしてマスターへのお土産として創業明治30年の団子屋さんで買っていった団子をくるんでいた“経木”を先生は持ち帰り、切り裂いてメビウスの輪のように繋ぎ、先生が書きまくった手紙なのです。

 

 

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いやもう、読むのはたいへんだよ(*^_^*)ぐるぐるくるくる辿りながら読みました。
こんな手紙を作ってくれるのは世の中広しと言えども先生だけだ!
以前は手紙がジグソーパズルになっていて( ̄O ̄;)完成するまで読めないことがあったっけ(^_^;)
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さらに先生の“玉手箱”には、竹のボディで作られた印鑑も入っておりました。
私のフルネームで作ってあって、ほんとうにうれしかった'(*゚▽゚*)'

もうねぇ、電話してお礼を言いましたけど、「一時間みっちりやって作ったぞ!」と、先生もうれしそう(゚ー゚*)。oO

こんな人、ほかにいないでしょ(*^^*)
いい先生が中学時代に担任してくれてよかった!d(^_^o)

 

2019/09/23

「寂庵説法/瀬戸内寂聴」を読みました。

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『寂庵説法/瀬戸内寂聴著(講談社文庫)』を読みました。またまたブックオフにて購入。

表紙の写真からもわかるようにけっこう古い本です。
昭和60年に刊行されたものを文庫化したものです。だから、寂聴さんも60代。

瀬戸内さんが色々なことを経た後に、売れっ子作家となり、その後出家したところあたりから始まっています。

この本の中で、寂聴さんは様々な人から修行を始めたばかりなのにいろいろなことを聞かれます、相談されます。
それに真剣に答える寂聴さん。

「どうせ死んでしまうのに、なぜ人は生きなければならないの」とか、「幸せとはなんですか」とか、「夫に先立たれ、その悲しみから立ち直れません」、などなど。
寂聴さんもその場ではなかなか答えることはできません。

この本は、寂聴さんの考え方と共に読んでいるこちらも考えなければならないような書きぶりになっています。
そりゃそうです。
答えなんてあるのでしょうか。
答えを見つけようとして考えて、考えて、考え抜く。
そして、我が身に降りかかる苦しいこと、辛いことを受け容れて、その中から何かを見つけ出す。
そんな感じでしょうか。

この時にはまだ若い寂聴さんの心の中での葛藤のようなものが書かれていますが、やがて答えらしきものがうっすらとですが見えてきます。
これは私のような人間にも物事の考え方のヒントになりました。

お釈迦様の説かれた教えの中に、人間がこの世で受けなければならない四苦を示されているそうです。
それが「生、老、病、死」です。

特に私は今年に入ってから「病気」になり、「死」を意識する瞬間がありました。
今も体調が悪くなると真っ先に「死」を意識します。
こんなことは今までにはあまり経験したことがありませんでした。

先々週あたりから、また体調が思わしくなく、一進一退です。
だから、まだ若かった寂聴さんが悩みながら「人の生きる意味」を考えていくこの本は、とてもありがたい。

私としては、自分の身に降りかかることをそのまま自然に受け容れ、人生そのものを自分の身体全体で感じ、生きて行こうとしているところです。
生きることはむずかしい。

2019/09/10

台風被害の停電が続く

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千葉県はこのあいだの台風15号の被害(主に強風によるもの)が依然として続き、県内各地で停電を起こしています。

仕事上でも、私は電力関係の仕事ではありませんが、問い合わせの電話はかなりの数、受けています。東電へ電話しても繋がらないので、掛かってくるわけですが。

千葉市へ台風が直撃したのは午前3時頃から5時くらいがピークだったでしょうか。
朝起きて、クルマに乗り通勤経路を走ると・・沿線は大木が倒れ、電柱が折れ、信号は消えている・・。

我が家はたまたま電気が通じていましたが、同じ町内でも、そして市内あちこちが停電。
驚いているうちに、被害は県内各地域に及んでいることを知りました。

強い台風と聞いてはいましたが、想像以上のものでした。

塀が倒れたり、重そうな鉄骨資材が道路まで吹き倒されている場所も見ました。

よりによってこんな電気の無い時に猛暑が襲いかかり、悲鳴のような電話をたくさんいただくことになりました。
私は関係している職場で仕事をしているわけではありませんが、とにかく電話が通じるところに掛けて何か言いたい!その気持ちはわかります。

電気の供給については、またひとつ大きな課題が残った・・(まだ作業中ですが)・・と思います。

来年のあの大きなイベントなんかにかける金があるのなら、こういうことの研究・開発に心血注いだ方が一般市民にとってよほどいいんだが、と、またまた思いました。

写真は電話線をぶった切って倒れた大木です。職場の近く。

なんとか明日には復帰してほしいです。
お年寄りには限界が近づいていると思います。エアコンなし、冷蔵庫なし、水が出ない(電気を使って給水している場合)、スマートフォン充電出来ず、ニュースソースに電源がなく繋げない、コンビニでは食べ物、飲料の棚がほぼスッカラカン、人間だけでなくペットも衰弱しているとのこと。
信号も点いてほしい!

明日に期待します。

2019/09/04

千葉銀座の中島書店が閉店した。

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新聞等でも知り、実際に休日に足を運んでみたが、千葉銀座商店街にある中島書店が昭和6年からの88年の歴史に幕を閉じました。
学生時代からよく中島書店には行きました。そして今でも千葉の中央に出掛けたときには、かならず中をのぞき、めぼしい本を探しました。

店の中のどのあたりの棚には、どんな本が陳列されているかは、もちろん頭に入っています。
店に入ってすぐの新刊のコーナーや、奥の文庫本コーナーでは、最新刊から興味深い本が選ばれ、表紙を見せて並べられていました。店内ひと回りして、気に入った本を買う、・・それが本好きの楽しみであるわけですが、今や読書人口もスマートフォンの影響などで減少、あるいはアマゾンからの購入などで実際に書店に足を運ぶ人も少なくなってしまったのでしょう。
さびしいかぎりです。

町の本屋さんには、郊外型の大型書店にはない品揃えがあり、また地元特有の本も備えられていました。
そんな本屋さんがどんどんなくなっていく。

本屋で意外な本と出会い、それが自分のその後に大きく影響を与える・・なんてことも実体験しました。
もうそういうこともなくなっていくのですよね。

本だけではない。
専門店のようなお店はなくなっていき、通販などで購入するものは、“最大公約数”的なおおざっぱなものになってしまう。

自分でお店の人と話して、そして見て、さわって、たしかめて、買う!それは楽しみでもあったわけですが、今や、SNSなどで人と関わり合いになりたい人ばかりかと思うと実社会ではなるべく人と関わり合いにならずに済まそうとする。
出掛けて行って、人に会い、物に出会う・・そういうこと、大事だと思いますよ。

「えっ、わざわざ本屋さんに行ってるんですか?私なんかみぃ~んなアマゾンです!」っていう人が今までにも何十人、何百人といたが、「どうですか?あんた、ほんとに本読んでる?」と、聞き返してみたい。

だいじなものが日々消滅していく世の中、心の中にすきま風のようなものが吹き抜けていきました。

2019/07/15

ブログでも近況報告

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写真は今朝の庭の草花です。
Instagram経由で facebook にもアップしましたが、ブログでも近況報告いたします。
6月27日、倒れる前日から体調はどんどん悪くなり、翌日胃腸科医で検査中、容体は急変し救急車が呼ばれ、搬送途中から自分がどうなってしまうのか、不安でいっぱいでしたが、体調はやがて不安になることも出来なくなるくらい意識が混濁し、どんどん悪くなりました。

その後の怒濤の検査と、最終的には先生と相談し、輸血という処置をやむを得ず行うこととなり、最低限の血液を確保し、一週間の経過観察の後、自宅療養となり現在に至っています。

入院したときも、入院中もそうでしたが、仕事のこと、今後の家族・家庭のこと、すべてが自分に不安要素として襲い掛かって来ました。
もういても立ってもいられない気持ちでした。4月からの第二の人生ともいえるスタートが崩壊していくのを感じました。

帰宅し、自宅療養が始まっても気持ちは焦るばかりで、家族と顔を合わせるのもどういう顔をしていいのかわからない・・。
こんな精神状態を経験するのも初めてでした。
日中もそんな状態なのに夜になるとさらに何かが取り憑くように心の中に入ってきて、なかなか寝入ることが出来ず、ようやく眠れたと思うと次から次へと悪夢を見ました。
何度も目覚め、何度寝直しても悪夢の続きを見る。地獄のような状態。

今もそんな気持ちは続いてはいるのですが、いろいろな人からいろいろな言葉をいただき、少しずつ立ち直ろうとする気持ちが出て来たところです。
ブログに、入院中・退院後に読んだ本の読後感をアップしているのも自分の気持ちの整理をしていこうとする一貫です。自分を落ち着かせようとしているのです。
今回のことで弱い自分を痛感しました。

もうちょっとだけ時間をかけて元気になろうと思います。
そのためにも、このブログを大事にして書き続けます。

以前と同じように楽しく元気なブログを書けるよう、もう少し時間をいただきます。
現在の正直なところの近況報告です。

2019/05/31

「おとなの進路教室」を読んだ。

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『おとなの進路教室/山田ズーニー著(河出文庫)』という本を読みました。

自身の子供について進路を考える機会があった・・ある・・ことや、自分自身の今までについて考えてみたり、さらに4月から職場が変わっていろいろと考えることがあったりで、心が千々に乱れることがここにきてずいぶんとあったので、不安感も手伝って読んでみたのです。

読んでみて、“おとなの進路”について著者が乗り越えてきたことや、著者が講師として様々な人達と出会う中での経験、また著者が過去に勤めてきた職場で出会った人達の進路についての考え方が書かれていたのですが・・結局、著者も私も「迷いの中」に未だいて、劇的な解決方法や、方向性は見えてこなかった、という感じです。

そもそも納得のいく解決なんて、このテーマでは無いのだと思いました。
“常に考える”・・そんな中でその時々の解決がなされていくのだ、というのが結論かもしれません。

この本の中に何度も出てくるのですが、やっと就いた仕事で失敗し、上司やチームの仲間、その他部下からも非常に厳しい言葉で叱責されたり、指摘を受けたりする場面では、まるで自分のことのように胸が締め付けられました。

長いこと仕事をしてくると、そんなことばかりなのですよね。

いつまでたっても、自分の成長速度は遅く、不安感ばかりが特に新しい職場、仕事に就いたときに襲い掛かってくるのです。
それの克服と、ささやかな解決で人生が進み、終わっていくのだ・・などとしみじみ感じてしまいました。
そんなことなんですよね、自分のような小市民はそれでいいのだ、と納得するしかない。
肩で風を切って堂々と王道の進路を突き進むなんて、逆に嫌だし…σ(^_^;)

仕事のことで胸の中が“ざわざわ”することの中身は何なのか、そんなことが書かれていた本でした。

2019/05/07

連休終盤に先生のご自宅へ

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連休終盤にこのブログによく登場する私の中学時代の担任の先生に呼ばれて、旭市にあるご自宅に伺いました。
私が先月倒れて、そのことについても心配していただいて、午前中から伺ったのですが、私も先生も大好きなジャズのレコードやCDを先生のシステムで掛けながら、いろいろな話をしました。

かつて先生が大病されたときのことや、その後の先生の生き方、日々の過ごし方などもお話いただいたり、奥さまがそれをどう見て、どうサポートしてきたのか、直接奥さまからうかがったり、私も勉強になりましたし、心強く感じました。

そして、お昼には先生馴染の蕎麦屋さんで美味しい蕎麦を御馳走になり、さらに旭市ですから、海も近いので、先生と海岸を散歩しました。

中学時代に、その後数十年を経て、担任の先生と休日に海岸をいろいろな話をしながら散策するなんて・・考えたこともなかった・・。

先生は手紙もよく書いてくださるし、美術の先生だったので、今でも個展を年に数回開催してそこに私を呼んでくれる・・、あのときにはこんなつき合いになるなんて想像だにしなかった。

今回も感謝ばかりが私の頭の中にずっとありました。
なんだか先生の方がずっと元気に人生を歩んでいるのです。お話をしていただいたときに、過去に先生が仕事をしていたときの辛い話などもありましたが、それでもその生き方には見習うべきことが多々ありました。

先生には及びもしませんが、私もこの写真の寄せては返す波のごとく、へこたれずに日々生きて行こうと、あらためと思ったところです。
先生、いつもありがとう。

2019/04/30

もうすぐ平成も終わります

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30年の歳月を経て平成が終わります。
あまり何も感じずに一日が終わるのかと思っていましたが、やはり何か不思議といろいろなことが思い出されました。

夕刻、テレビで天皇陛下のお言葉も聴くことが出来ました。
ここでも何か胸にぐっとくるものがありました。
30年間って、あらためて思い起こすと“重い”ものです。

 

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写真はうちの庭に咲く花々ですが、その中に身を置いて、今の空気を吸い込むと、またまたなんというか感慨深いものがあります。
自分ではそんなタイプの人間ではないと思っていたのですが、そんな気持ちになるのですね。4月に入って病に倒れたので、余計に弱気になったのかもしれませんが・・。
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自分自身の生活や仕事について振り返ってみても、つらいことが多かったし、耐えるシーンが多かったのですが、なんとか家族全員が揃って無事に生活できていることで良かったと思っているところです。
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平成の30年間に知り合った方で、今でも仲良くさせていただいている方がたくさんいます。
それがとても大切なことだと、ここ数年特に感じています。ほんとうにありがたい。
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これからもそんな出会いを大切に、そしてこのブログの中で自分自身が感じている様々なことを表現して感謝の気持ちを忘れずに生きていきたいと思います。

明日からの新しい時代が良いものであることを心から願います。
そして、自分が感じていることをこうして自由に表現できるような社会が続くことを願います。

2019/04/28

「大人のジャズタイム」の島崎保彦さんが亡くなった

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現在、2019年4月27日の午後11時をまわっています。
毎週聞いて楽しみにしているラジオ日本の番組「大人のジャズタイム」にチューニングを合わせ、聞き始めたら、冒頭、アシスタントのジャズ・ボーカリスト、紗理さんから涙声で、番組の司会者「島崎保彦」さんが亡くなられたとお話がありました。

ご高齢だった島崎さん、いつも元気で粋で、ちょっと“べらんめえ”な感じがとても素敵でしたが、ここ数回の放送では「いまひとつ声に調子がでない」というようなことをおっしゃっていて、気になっていました。

そして、亡くなられてしまった・・。

私の好きなジャズは、1950年代後半から1960年代前半くらいの、いわゆるモダン・ジャズの黄金時代ですが、でもこの島崎さんの番組で主に掛かるのは、1930年代から1940年代が主で、その中に時々1950年代が入り、1960年代やその後のジャズは本当に珍しいくらいの頻度でした。

で、私にモダン・ジャズ以前のジャズのダンス・ミュージック的なものや、情感溢れるもの、ボーカルの大切さ、さらに楽器の演奏の良さ、などなど、いろいろなことを教えてくれる番組でした。

近年では、島崎さんがアシスタントの紗理さんにアカペラでジャズ・ナンバーを歌わせたり、孫にあたるような世代の彼女を大切に育てている様子もうかがえました。

30年にもわたるラジオ日本の長寿番組だった「大人のジャズタイム」、最近では、私は、わざわざカセット・テープに録音して、何度も聞き返すのが楽しみになっていました。
一度カセットに録ると、これがまたヴィンテージなジャズが良く寝かせたワインのように芳醇な感じに聞こえるのです。
古い音楽には、古いメディアでの再生がしっくりとくるのでした。

それらカセット・テープは、今や私にとって「お宝」です。
これからも大切に聞いて行きたいと思います。

島崎さん、毎週の素晴らしく、そして楽しい放送ありがとうございました。
とてもいい番組でした。ご冥福をお祈りいたします。

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