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2022/10/05

阿川佐和子さんと大石静さんの対談本「オンナの奥義」を読みました。

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『オンナの奥義 -無敵のオバサンになるための33の扉-/阿川佐和子・大石静(文芸春秋)』という本を読みました。お二人の対談本です。

2018年発行となっておりました。相変わらずのブックオフで200円での購入。
ブックオフには毎度私の読書欲を全うするのを助けてもらっています。ありがたい。

阿川さんが脚本家の大石さんにオファーをして実現した対談本ということですが、お二人のある意味“豪快”?な生き方が文中の遠慮のないやり取りの中でよくわかりました。

しかも、似ているのかなと思っていたら基本的には正反対と言えるくらいの人生観、死生観をお持ちだということもわかりました。

たとえば、大石さんは苦しいこと、苦しいこと、悲しいことこと、苦しいことと、苦しい・悲しいが10ある中でそのうち1度くらいちょっと楽しいことや幸せと感じることがある・・というのが人生なのだという考え(読んでいて驚いたが、私も全く同じ気持ちです)で、阿川さんはその10と1が逆なのです。

人生は、楽しいこと、楽しいこと、ときどき苦しくて、また楽しいことがあって、また泣いて、なぐさめられて喜んで、ちょっと落ち込んで、また楽しくなって喜んで・・というわけです。

身体に良いと言われれば、ホルモン注射をしたり、医師にすすめられれば子宮を取る手術をしてしまったりする大石さん、そしていくら良いからと医師にすすめられたりしても、一ヶ月後くらいに・・と思いつつ結局何年も何もしない阿川さん。
対称的なお二人でした。

そして共通点と言えば「更年期障害」の時期をどうやって乗り越えたかというのは、お二人ともかなり厳しい状況について書かれていました。
男にはわかってもらう必要がある・・とのことでしたが、私の想像以上に厳しいことがわかりました。
かつての私の職場でも更年期障害に悩んでいる方がいましたが、仕事上手助けをしたり、悩み、お話を聞いたりしていたことを思い出しました。まさにお二人がおっしゃっているような状況下にあったのです。

長くなってしまいましたが、もうひとつ大事だなと思った部分がありました。

オリンピック選手だとかアスリートと呼ばれる人達が「夢は必ず叶う」って当たり前のように使うが、気軽に言っちゃあかんのでは、というところでした。

「普通、かなわないでしょ」ってことです (・_・;

人間はどれも尊い命だけど、“身の程”というものがある。
能力にも確実に差があり、それぞれの能力を全開にして、精一杯に生きることこそ尊い、そんな考え方がないがしろにされている気がするというのです。
私も同感。

しかも夢が叶えば幸せなのか、描いていた夢そのものが間違っていたという場合もあるんじゃないか、人それぞれだし、何が幸せかは自分で判断しないと・・ということをおっしゃっていて、今の私にはその言っていることの意味がよくわかります。

そして今、私も、自分の生き方、幸せというものについて少しずつ考えているところなのです。

 

2022/09/17

中島誠之助さんの「骨董掘り出し人生」を読みました。

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『骨董掘り出し人生/中島誠之助著(朝日新書)』を読みました。
2007年発行となっていますので、かれこれ15年前の本です。
著者は、あの「なんでも鑑定団」の焼物を主に鑑定していたあの中島誠之助先生です。

このあいだ、伊集院静さんの本をこのブログでご紹介したときに、そこに掲載されていた短編小説二篇「少年譜 笛の音」、「親方と神様」の感想を書きましたが、中島さんの生涯は、まさに上記二篇の小説のような、幼少期から少年期の両親を失い、養子として伯父や伯母などに育てられるも、戦争の惨禍から大変な苦労をする話が書かれていました。

骨董という道に入る前の学生時代の様々なことへの挑戦と、実際に仕事をするようになってからの挫折や、その中で手を差し伸べてくれた今となっては驚きの有名人達の話、まるで小説を読んでいるかのような数奇で、波乱にとんだ人生が描かれていました。

前回の伊集院さんの小説といい、今回の中島さんの自伝的なお話も、私の今後の生き方にとって大きなものを得たように思います。

世の中は自分の思うようには出来ておらず、次から次へと困難に見舞われ、あたたかく手を差し伸べてくれる人もいれば、多くは悪い人がいて様々な苦境に陥れられ、自らの信ずるところに向かってひたすら信念を通して生きていくことがいかに大変なことか・・ということがこの中島さんの実体験的自伝をとおして描かれていました。

中島先生には、二十年も前だったでしょうか、私の職場が企画した「出張・なんでも鑑定団」においでいただき、私と妻の新婚時代に買ったお宝「野々村仁清の香盒」を鑑定していただき、見事8千円の鑑定をいただき、妻は泣き出し、そのおかけでMVPをいただいてしまい、石坂浩二さんの絵を賞品として受け取るという、悲しいんだか、嬉しいんだかわからない結果になったことがありました。

事前に、先生方との握手やサインは出場者は「厳禁」との説明を受けていましたが、泣き出した妻を見て、あとで中島先生ファンだった妻は握手をしていただき、持参した中島先生のご著書二冊に丁寧なサインまでいただいてしまいました。

今となっては、たいへんいい思い出です。
それに、京都のみやげ物という鑑定をいただいた香盒は、逆に私達夫婦の“お宝”になりました(*^_^*)

この中島先生の「骨董掘り出し人生」は、自分を勇気づけるために、今後も読み返すことになると思います。

 

2022/08/28

「毎日が日曜日/城山三郎」を読みました。

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『毎日が日曜日/城山三郎著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで見つけた城山三郎さんの長篇小説です。実に652ページ。
昭和51年に新潮社から刊行されたものの文庫化で、この本自体が平成19年のものなのですが、既に五十刷を重ねています。つまり大ベストセラーだったのですね。

日本の総合商社に勤める妻子ある男が主人公ですが、巨大な組織とそのダイナミックな機能、日本的な体質と活動が主人公と家族の日常生活とともに描かれています。

描かれている舞台は商社ですが、商社という特殊な企業活動ではあるものの、男なら誰もが何度も通る仕事の厳しさ、人事の厳しさ、家族との生活・人生の中で何度も遭遇する困難は人皆共通なのだ・・と“ひしひし”と感じる物語でした。

人事異動で与えられた職場がどんなところでも、多くの人は必死で働き、頑張り、それでも次から次へと問題が発生し、全力でぶつかっていく。そんな最中でも家族の間では様々な問題・事件は容赦なく襲ってきます。
それを仕事の細部に渡り、さらに関わってくる登場人物についても実に克明に、まるで現実であるかのように書かれている城山さん。
この人の描く小説世界は限りなく広大で、しかも身近に迫ってくるのです。

私も今まで仕事をしてきた各部署でのあまりにも厳しい環境を思い出して身震いしました。
しかも、そんなときにも家族の問題は“待ったなし”でやって来るのですから、人が、家族が生きて行くっていうことがどんなに大変なことなのかというのをあらためて突きつけられた感じです。

私がこの本を読み始め、テーブルに置いておいたら、妻が見つけ「あっ、この本お父さんが読んでいた本だ」とつぶやきました。

妻の父は、63歳で若くして亡くなりました。仕事での役職も上の方にいって、部下に対して厳しくも過酷なことを言わねばならなかったようで苦悩していたということを聞いたことがありました。

きっと、この本をお義父さんも読みながら、自分の仕事での置かれた環境と、家族とのいろいろな問題を考えていたのでしょう。
私が何十年後にその同じ本を読んだというのも何かの因縁かもしれません。

とにかく圧倒的な、仕事と家族を描いた「人生の本」でした。
とてもいい本に出会えたと、今、深く感じているところです。

 

2022/08/13

「医者の個人生活366日/米山公啓」を読みました。

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『医者の個人生活366日/米山公啓著(集英社文庫)』という本をブックオフで見つけて読んでみました。

著者の米山公啓さんは、医学博士で、専門は神経内科。
「大学病院・医者ものがたり」「医者語・ナース語」「午後の電話はぼけはじめ」「医者の半熟卵」などの著作があるお医者さんです。

今回読んだ本は、書き下ろしの文庫本で、1995年に第一刷が刊行されています。
27年も前のものですから、けっこう現在のコンプライアンス上では、やや問題ありな発言も多いのですが、でも逆にお医者さんの事情もよくわかるし、なんとなくオブラートに包んだような発言が多くて何が言いたいのかわからない本が多い昨今、もやのようなものを感じず、気持ち良く読めました。

大学病院に勤務されていたときの生活を書かれたものでしたが、研修生に教えたり、看護学校で教鞭を執ったり、論文を書いたり、この本のような著作物も書いて、さらに各地で開かれる学会への出席、講演も行なわれているし、訪問介護に出かけたり、アルバイトでいろいろな病院に出かけて行っての診察も、さらに実家の医院の手伝いもしていて、目まぐるしい仕事ぶりです。

ご自身では、あまり生き生きとした生活じゃないような書きぶりですが、読んでいるこちらには生き生きとしているように感じました。

私のように若い頃からお医者さん、病院のお世話になってきた者が、このような本を読むと、「そうか、先生は患者をこんなふうに見ているのか」と新鮮に感じました。

また、先生の側からいうと、病院にいるときの患者と医師という関係をはずれて、患者さんが家で暮らしている場に行ってみると(往診もされている)、診察室では気づかなかったその人の生活実態がわかり、ただ単に薬を投与したりしているだけでなく、その生活に合わせた対応が必要なんだと気づくこともあるようです。

タイトルどおりの、366日の“日記”として書かれているこの本は、お医者さんの実態や、気持ちが垣間見えて、興味深く読めました。

現在の“かかりつけ”のお医者さんに今度会う時の気持ちの持ちようも少し変わりそうな気がしました。いい意味でd(^_^o)

 

2022/08/05

石田衣良さんの「坂の下の湖」を読みました。

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『坂の下の湖/石田衣良著(日本経済新聞出版社)』という本を読みました。
これもまたブックオフにて200円で購入(*^^*)

この本は、リクルートの「R25」に2008年から2010年にかけて連載されたものに加筆・修正を行なったものだそうです。

時代としては、サブプライムローン問題が発生し、リーマン・ショックへ、そしてそれが世界にも日本にも影響を及ぼし、経済的には大きな危機となった頃です。

さらに、自民党政権が総選挙において大敗し、当時の民主党政権が誕生した時。
そしてその民主党政権がなんとも心もとない政権で国民の期待を大きく裏切りヨタヨタな状態。
そこに輪を掛けて東日本大震災が発生し、なんというのか、夢も希望もないような時代だったのかもしれません。

で、石田衣良さんの文です。

時代は就職難でもあり、先行き不安な若者は新入社員でもこつこつと貯蓄をする。
そして、男子は“草食男子”と呼ばれるタイプが増殖していく。

自分を守ろうとすると、皆が同じようなことを考え、世の中画一的な方向に向かいます。
石田さんが書かれていますが、本の世界も「ひとり勝ちの世界」になってしまったと。
ナンバーワン以外はぜんぜんダメ。第一位の本はよく売れるが、それ以外のノミネート作品はまったく動かない・・。

映画や音楽でも同様のことが起きて、エンターテインメントの未来は暗い・・。
創作の世界の豊かさがなくなってしまうというのです。

個々がひとり・ひとりその場で耐え、自分の力をすこしずつ磨き、いつかやってくる変化の時を待ってと石田さんは呼びかけていました。

このとき石田さんが政治に対して発言していることは、今現在の世の中でもまだ言えることだと思いました。

政治家は、ぜんぜん仕事をしていないと思う。
それは法案をつくったり、国会で審議したり、決議したりという代議士のルーティンの仕事についてではない。
それよりももっと大切な、政治家としての根源にかかわる部分で仕事をしていないのだ。

日本という国の明日の希望をつくりだす仕事をしていない。
それこそ今も昔も、政治のもっとも大切な仕事であるはずだ。
日本という国がなにを目指すのかという明確なメッセージはまるで伝わってこない。

・・そういう政治家っているのか・・。

全体にこの本の文体は“軽い”のですが、でも、「芯」の部分はしっかり力強いと感じる本でした。

 

2022/07/20

「島耕作の名言集」という本を読みました。

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『島耕作の名言集/森山晋平(文)  弘兼憲司・モーニング編集部(監修) (誠文堂新光社)』という本を読みました。

この本は、漫画「課長(部長・社長・・)島耕作」の様々なシーンの中から、これはと思われる「名言」を抜き出し、その場面のコミック掲載部分についても併せて載せているものです。

私も時々このコミックについては読むことがありました。
会社員として生きて行く一人の男の物語ですが、あらためてこの本のように「セリフ」を抜き出してみると、いろいろ感じることがありました。


「いろんな苦情を聞いても 決して否定的にはとらえないようにしようと思う」

・・あの人はわがままだ、などと事前に情報を聞かされていると、当人に会うとどうしても悪い印象を持って接してしまうが、でも実際に会ってみるとそうでもないことも多く、事前情報は少し過剰に入ってくるのでは、ということでした。
ようするに、悪いうわさは大げさに広がり、人から聞くよりも実際に見ることが大切ってことでしょうか。


「もともと現実は理屈どおりには運ばないものだ 理不尽でもそれが現実なら受け入れるべきだろう」

・・長い間、身を粉にして働いてきても、努力が正しく評価されないことに人は理不尽さを感じます。私もそうでした。
でも、ここにも書いてありましたが、実際には仕事社会では、努力が正しく評価されることの方が、むしろ少ないと思います。
担当者の好き嫌い、タイミングなどによって結果は大きく変わってしまいます。それが現実なんですよね。
それを端的に表現したセリフだったと思います。


「生涯一人の人間しか好きにならないという奴がいたら それはよほど鈍感な人間か あるいはウソつきだ」

・・課長・島耕作には、様々な女性が現われ、主人公と深い関係になったりすることも多くありました。この男は・・と思うこともありましたが、でも、現実はこんなふうに女性に溺れることもありうるんだと、冷静にながめてしまうこともありました。
このセリフは、案外真実を突いていると思います。

以上、本文中で気になったところを少し抜き出して書いてみました。
文と漫画の同居するつくりになっているこの本、あっという間に読めました。

 

2022/07/12

太田和彦さんの新刊「75歳、油揚がある」を読みました。

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『75歳、油揚がある/太田和彦著(亜紀書房)』を読みました。珍しく今回は新刊です
d(^_^o)

前回読んだ太田さんの新刊「70歳、これからかは湯豆腐」の続編であろうということは、タイトルからわかります。豆腐のあとの油揚ですから(^_^)

豆腐は料理の脇役、ときに主役として、懐の深さをみせ、融通無碍(むげ)、毎日でも飽きない、栄養もある。
人も年齢を重ねたら、このように在りたいと太田さんは言っているのですが、その豆腐を油で揚げた「油揚」。
姿も食感も味も一変!
新たに生まれた独自の個性は煮ても焼いても包んでもよし・・ということで、人生にも進化や昇華はあるだろうが、経験が昇華して新たな境地に至るのなら、長く生きる価値がある、と、この本のタイトル「油揚がある」となった心境をまとめられています。

こりゃ面白いにちがいない!と、さっそく読んでみたのです。

太田さんは、残りわずかな人生を“消化試合”にしてしまっては面白くないとおっしゃって、生きる実感や、日常を離れた冒険についてもこの本で書かれています。

75歳を過ぎて、あらためて身に付けるものについて考えてみたり、日々の過ごし方についても、もう一度見直してみたり、また「ひとり旅」をすすめてみたり・・、私はまだまだ75歳の境地はわかりませんが、今後の参考にさせてもらおうと思いました。

また、「死は来るときには来るのだから考えてもはじまらない、死生観なんて必要ない」とも。

「そんなことを考えるより、毎日を充実させるほうが大切だ。」

「好きなことを見つけて毎日続ける、社会に役立てば御の字だが、まあ無理せず」

という結論でした。

この本に書かれている旅の仕方、お酒の呑み方、人とのつきあいなどは、いつもながら面白く、興味深く、参考になりました。

私も日々、一歩ずつそんな境地の75歳に近づいていきたいと思います。
まだ、ちょっと早いけど…σ(^_^;)

 

2022/07/06

嵐山光三郎さんの『「下り坂」繁盛記』を読みました。

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『「下り坂」繁盛記/嵐山光三郎著(ちくま文庫)』を読みました。
いつもながらのブックオフで、100円コーナーにて見つけましたd(^_^o)

この本は、2009年に新講社から刊行されたものの文庫化で、嵐山さんが六十代後半にさしかかったころのものです。
だから、タイトルにある「下り坂」というのは、“人生の下り坂”を意識しての言葉です。

読んで見ると、下り坂と言っても、どんどん“しょぼくれて”いくことを哀しむようなことではなくて、本の表紙のイラストにあるように、人生の下り坂を傾斜を利用して、“軽快”に?!降りて行こう・・というような感じに受け取れました。

嵐山さんの世代(1942年生まれ)の人達っていうのは、戦後を“もろ”に経験し、日本が復興していく中で“ガンガン”働き、昼も夜もなく仕事に突入していた人達ではないかと思います。

かといって、遊びはしないのか、というと、それはそれ!破滅的に遊びもして、さらに浴びるほど酒を飲み、競馬・競輪・麻雀も給料が底を突くまでやって、さらに恋愛に関しても猛進していく・・という、私がそれらの人達を見た最後の世代かもしれません。

だからきっと、もうスピードをある程度緩めて下り坂を降りて行こう・・ってことなんだと思います。
ただ、それらの世代を上司に持った私達は、“不幸”だったかもしれません…σ(^_^;)
「いいからやれっ!」と、「無理が通って道理が引っ込む」ような毎日でしたから。

仕事もガンガンやった人達ですが、その“無責任”感も今の人達では想像できないくらいだし、自分さえ良ければという感覚も、今の若い人には理解できないでしょう。

嵐山さんは、時代の“いいとき”を経験していますが、それを懐古的に振り返るでもなく、収入も落ち始め、明らかな下り坂を意識しつつも、六十代後半からの人生を、楽しみを減らすことなく過しています。

すべての人には参考にならずとも、自分の生き方を意識して、人生の終盤を楽しく生きる方法は伝わってきました。

とても面白く読みました。

 

2022/07/05

二十年の時を経て、町内のひとたちの心模様は変わっていた

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約二十年前に順番で回ってくる町内の役を引き受け、今年またその役が順番で回ってきました。
私が受け持つ各世帯は、二十年前からそのほとんどが代替わりして、次の世代になっていました。当時は、私がいちばん若かったのです。

あの頃は、何か取り組まなければならないことがあれば、皆を招集しそれぞれに役割を振ってお願いをすると皆さん熱心にやっていただけました。

言い方が難しいのですが、当時の約二十世帯は、ある意味“物理的”な問題に取り組んでいました。

で、今回会費の集金もあり、八世帯増えた皆さんのところを就任早々に回ると、そこには“メンタル”な問題が存在していると感じました。

“いらいら”している人、何年も前のことに“くよくよと悩んで”いる人、誰にも相談できずに“不安の中”にいる人、代替わりして亡くなった自分の親のように“尊大なふるまい”を再現しようとする人、新しく越して来て“この田舎者役員を少し脅かしていろいろ自分のためにやらせよう”とする人・・(クレーマーに著しく近く、なるべく密室的に話をしようとして、私が周囲の人たちに声をかけようとすると激しく拒否する)・・。

必死に行動して頑張ればよかった二十年前とちがって、奥が深く、どうしたら解決の糸口を見つけられるのかわからない事態を感じて、私も一時(いっとき)、ぐらぐらと心が揺れました。はっきり言ってここ二年間、体調が思わしくないこともあり、今度は精神的にも揺さぶられました。

そんなこともあって、私と同じ役をやった方々を三年前までさかのぼって話を聞きに行ってみたところ、皆さん、私みたいにメンタルな部分をぶつけられてはいないのです。

つまり、私に対して今回は「何か話を聞いてもらえそうだ」という印象を持たれたのだと思いました。
「そりゃ迷惑だ」という考え方もあるかもしれませんが、いい意味で捉えれば、「この人なら話を聞いてくれる」「今考えていることについて何か対応してくれる」「何らかの形で取り組んでくれるんじゃないか」と思ってもらえたのかもしれない、と考えました。

そう思い直して、今、心を落ち着けて、ひとつずつ対応しているところです。
それが自分の持ち味だと信じて。

体調のこともあり、“全力で”というわけにはいきませんが、今出来ることを少しずつやってみようと思っています。
ここに書いてみたのは、その決意が揺らぐことのないように、という思いからです。

きのうもひとつ、持って来られたお話が片づきました。
明日からも、またひとつずつ片づけられるようにゆっくりと動きます。

 

2022/05/18

半年ぶりに映画を見て来ました『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

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去年の12月に見て以来、半年ぶりに映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー(My New York Diary)/2020年 アイルランド・カナダ合作 監督・脚本:フィリップ・ファラルドー 出演:マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、プライアン・F・オバーン、セオドア・ペレリン』を千葉劇場で見てまいりました。

今年に入ってコロナ感染が再拡大し始めたので、警戒し、六ヶ月の間様子見をしていました。

主人公を演じるマーガレット・クアリーは、ニューヨークで作家としての仕事を夢見ていたのですが、まずは就職先としてJ.D.サリンジャーの出版エージェンシーに入るところから物語は始まります。時代は1995年。

映画の中でも出て来ますが、オフィスではやっとコンピューターが使われ始めた頃で、ニューヨークの雰囲気も、職場の1920年代のような雰囲気もとてもいいのです。
これを見るだけでも、なんだか“いい時代”の“いい様子”を見ることが出来て、うれしくなってしまいました。

 

 

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厳しい老舗出版エージェンシーでの仕事、そしてさらに厳しい上司を演じるシガニー・ウィーバーの演技も見どころのひとつでした。
ビジネスとしてきっちりと線を引き、作品の内容に重きを置く主人公に指導していくのですが、でもプライベートでは、とても繊細で人間的な弱さも見せるシガニー・ウィーバーの役どころは、まさに演技力がものを言って、主人公との素晴らしい人間関係も見せてくれました。

また、主人公のマーガレット・クアリーは、声や、背中だけしか見えてこないサリンジャーとのやり取りや、恋人や友人との関係などを経て、自分を見つめ直していきます。
その過程もうまく描かれていましたし、彼女の演技も魅力あるものでした。
ラストの自分のやりたいことへの決断の表情もとてもよかった。

さらに、職場の人達や恋人、友人など、脇役陣の絶妙の演技も光るものがあり、いい映画になっていました。

久しぶりの映画復帰、いい作品から再開できてよかった・・と、今しみじみ感じているところです。

 

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