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2021/04/13

「千年、働いてきました 老舗企業大国ニッポン」を読みました。

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『千年、働いてきました 老舗企業大国ニッポン/野村進著(新潮文庫)』を読みました。
帯には、「長く生きる会社には哲学がある。-老舗製造業の奥深い秘密に迫る-」とあります。

ノンフィクション・ライターの著者が、それこそ西暦578年、あるいは1566年、その他1600年代~1800年代から続いている老舗製造業を訪ねてまとめたルポとなっていました。

驚くのは、時代の最先端をいく携帯電話に、百年以上続いている日本の老舗企業技術が入っているということでした。
携帯の折り曲げ部分や、着信をプルプル震えて知らせる機能、液晶画面などの部分に、日本の「老舗の智恵」が詰まっているということを私も知りませんでした。

携帯の心臓部といえる「発信器」が、極寒の地でも、灼熱の砂漠でも機能するには、日本の老舗企業が開発した世界的な特許を持つ発信器が必要不可欠であるということもまったく知らず…σ(^_^;)。

それら老舗企業は、長年培ってきた古くからの古典的な製造技術の中から上記のような技術のヒント、きっかけを得て現在に至っているということで、何度も書きますが、知らなんだぁ・・となってしまいました。

ここに書かれている老舗企業の他にも、まだまだそういう企業はたくさんあるかもしれません。
老舗企業は意外なほど、どんどん新しいことに挑戦しているようです。

GAFA や FANG などと言われる企業を取り上げて、「アメリカはとっくに“ものづくり”を止めている」と、「ものづくり」を批判する風潮が勢いを増している昨今ですが、日本がそれらを真似していって、“未来”がありますかねぇ・・、といつも思います。

わるいけどそれらの巨大企業は、「悪魔」のような“やり口”をしている、と、私はインターネット接続時や、その他様々な機会に思います。
そういうの、日本人に合いますかね?!

もっと別の道があると思うのです。
そのヒントが、この本に書かれている老舗製造業の話に隠されているんじゃないかと思いました。それがこの本を読んで一番感じたことです。

今、“有卦に入っ”ている企業や業態、さらにキーワードみたいなものに飛びつく人を見ていると(私が勤めていたところにもいっぱいいた!)、「もう遅いんだよ」とか、「その方向性は人々を不幸にする」と感じてきました。

別の道、方向性を気概をもって目指す指導者や若い人達が、未来を明るくするんじゃないか、と思いつつ、今回の読後感といたします。

 

2021/04/04

「いちいち気にしない心が手に入る本」を読みました。

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『いちいち気にしない心が手に入る本/内藤誼人著(王様文庫)』という本を読みました。
自分のこともあるけれど、家族の悩みなどを聞いていて、それに応える自分にも自信を持たないと、と思い読んでみることにしました。

過去にも、若い時、そしてある程度の年齢になった時にも、この手の本は何度も読みました。
でも、決定的な解決方法っていうものは無いんですよね。
「どうしても気になってしまい、気に病むことは絶えない」のです。

ある程度、「人は人、自分は自分」という気持ちでいないと身体がもたないし、「ふ~ん」と受け流せるような部分も持っていないといけない。

まずは体を動かしてしまう、とか、表情や姿勢を基本的に少し無理してでも“ニッコリ”させたり、“胸を張って”いないと、どんどん悪い方向に行ってしまう・・というようなことも、わかっちゃいるけどやらないと、と思いました。

少し気になったところでは、「勝てるところで勝負する」という項目がありました。
「負けてばかりいると、人は弱くなる」というのです。
だから、自信をつけたいなら、「勝てるところでだけ、勝負する」ということも重要だと書かれていました。

何度も「勝ちの味」を覚えるからこそ、自信も強化されるのだ、とのことでした。
“優秀な先生は、勉強のできない生徒に、難しい問題などやらせません。”と締めくくられていました。

かつて、私は職場で「今年一年間で何にチャレンジするか」というシートを上司に提出したときにこの例とは逆のことを経験しました。

私が自分で得意だと思っている「IT」「SNS」等を使ってその部署の業務である広報・PRを思い切ってやってみたい、と書いたら・・、

「自分の得意なことで成果を上げようなんてずるいことをするな。一番苦手なことをやれ。甘いんだよ。」と直属の上司に言われ、最後に「ダメェ~っ!!」と、シートを突き返されたことがありました。
そういう考えならそれでもいいかもしれないけど、人をバカにした突き返し方だと思ったし、この人は信頼に足らない人だと思いました。

そういうことが今までに何十回もありました。
機会があれば、またこのブログにそれらも書こうと思っています。

途中から“グチ”っぽくなりましたが…σ(^_^;)きょうの読後感の報告はこれまで!

 

2021/03/21

城山三郎さんの「よみがえる力は、どこに」を読みました。

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『よみがえる力は、どこに/城山三郎著(新潮文庫)』を読みました。

これは、城山さんの1981年、1990年の講演などを基に構成され、新発見された遺稿や、吉村昭氏との対談も含め再編集したものです。

私が、城山さんの文にふれたのは近年のことで、それまで存知上げなかったのは不覚でしたが、書店で城山さんのコーナーを見つけると「何か読んでみよう」と立ち止まるようになりました。
で、今回はこの「よみがえる力は、どこに」となりました。

ちょっと気になったところをあげてみると、

ある超一流会社が春に百人採用して、七月までに三十人辞めて、表向きにはしていないけど、三人が自殺したという話。

〈受験また受験〉で来た若者には免疫や耐性がないという・・。
就職すれば人間関係は選ぶことが出来ず、取引先だけでなく“下らない同僚”にも付き合わないといけない(^_^)

エリート街道まっしぐらな新採クンは、子供の頃にダメな先生と出会っていない、授業がヘタな先生とも出会っていない、成績や素行が悪い同級生にも出会っていない・・、人間的魅力を持っている人から吸収できる人生の栄養を得ないままに育ってしまったから、というわけです。

ホンダの本田宗一郎さんが言っていたことにもふれていました。
「社長なんて偉くも何ともない。課長も部長も社長も、包丁も盲腸も脱腸も同じだ。要するに符丁なんだ。人間の価値とは関係がない」という有名な言葉です。

肩書きに拘らず、人間を大事にして本田流の考え方を会社に行き渡らせていたように見える、と書かれていました。
大臣だからって、国会答弁の場で「記憶がない」って言え、と命令するような人には一生わからないことでしょう。

あとは、吉村昭氏との対談の中で、身近な話題ですが、「店の前に並ぶっていうのはできない」と話されて、お二人とも「そうだ、そうだ」ということになりましたd(^_^o)
私の読む本を書く作家のほとんどはエッセイの中などで、同様のことを言っています。
“ああいう姿には、どうも抵抗があるね”とおっしゃっていますが、吉村さんもそれを受けて、“食べるために並んでいるというのは、いかにもさもしい(笑)”と反応・・私も同感なのです。

最後に、堅い話になってしまいますが、A級戦犯でただ一人の文官「広田弘毅」について城山さんが書かれた「落日燃ゆ」について。
東京裁判では、戦犯の軍人たちは、讒言(ざんげん)により、仲間を売り、他人に責任をなすりつけたが、広田だけは一言の弁解さえしなかった。その己を徹底的に恥じ入る姿勢に打たれたとのこと。
結果について恥を知り、一切の言い訳をせず、責任を取るのが真のリーダーであるという意味なのだと・・。
どっかの大臣に聞かせてやりたいです。

城山さんの著書については、すでに78歳で国鉄総裁になった石田禮助を書いた「祖にして野だが卑ではない」を手に入れているので、これを読んだ後に広田弘毅氏を書いた「落日燃ゆ」を探そうと思っています。

 

2021/03/12

『新「感情の整理」が上手い人下手な人/和田秀樹』を読みました。

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『新「感情の整理」が上手い人下手な人/和田秀樹著(新講社)』を読みました。
精神科医の和田秀樹氏が書いたものです。一年に何度かはこういう本に手を出します。
なかなか書いてあるようには実際問題としていかないのが常ですが、それでも“本”に頼ってしまうんですよねぇ(^_^;)

いろいろと「やってみては」ということが書かれていたのですが、私が気になったところから取り上げてみたいと思います。

豊かな感情生活を送る人は、自分を気持ちよくさせてくれるものをいくつも知っていて、それを毎日の暮らしの中にちりばめている・・というところでした。

たとえば、ワイン。美味しいワインを飲むために、努力をいとわず、いい店を知っていたり、ワインの本を読んだり、ネットからも情報を集めたりする、それもその日の仕事はきちんと片づけている・・というわけです。

こうすれば、一杯のワインが心地よく舌に広がる・・。
美味しくて、幸せな時間となるはずでしょう・・と。

ようするに、生活全般にわたって、“快体験”をちりばめている人が、豊かな感情生活を送る人ということになるわけです。

それがためには、部屋もこざっぱりとしておく必要があるし、それに向けていろいろな準備に時間をかけることも、“心地よい時間”となり、張り合いが生まれると。

また、ショッピング、映画、音楽などの無心になって過ごせる趣味や遊びの世界も、いやなことを忘れさせてくれるとも書かれています。
“忘れ上手”な人はふだんの生活の中に気持ちのよい時間をたくさん持っている人とのこと。
・・よしわかった!やってみるか(^_^;)・・なんてね。

ただ、この本に書かれている、仕事上で納得のいかないことについては、「ケンカ」するといいということも書かれていました。

でも、私は男の仕事の世界しかよくわからないのですが、私の生きてきた仕事の世界では、男というものは、戦国時代は相手を殺して、自分の目指すところに向けて生き抜いていったわけですが、今でも仕事上で人を殺していくのが多くの男達だと思います。

私は、「戦国武将なんて人殺し」はどいつもこいつも大嫌いなのですが、男は皆、好きな人が多いです。そして仕事の上で次々に殺したり、殺しはしないが、“生かさず殺さず”のような状態にすることがあると思います。
・・もう、そんな世界にいるのは、ほとほといやになりました。

私も若い頃、すぐに殺されましたし、その後は現在に至るまで「屍」として過してきました。
生き返りそうになると、すかさず槍で突き刺されました。
このことについては、後日、またこのブログに書こうと思っています。

というわけで、自分にとっての“いいとこ取り”のみをして読了しました。

いい歳になると、そんな読み方も出来ます。

 

2021/03/02

『その言い方は「失礼」です/吉原珠央』を読みました。

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『その言い方は「失礼」です/吉原珠央著(幻冬舎新書)』を読みました。

著者の「自分のことは話すな」という前の本でもけっこう“コテンパン”とまでは言わなくとも、身に覚えのあることへの指摘が多く、タジタジとなったことを思い出します…σ(^_^;)

で、また買っちゃいましたよ(^^;)

本の帯にも書かれている一例、「かわいそう」「疲れて見えるけど大丈夫?」「偉いですね」「遅くなりました!」言ってませんか、職場などで。すべてNGだそうですよd(^_^o)気になったらこの本読んでみて!

上記のNGワードには、いろいろと説明されると、たしかにそれはまずいな、と思うことが書いてあったのですが、もっと身近で単純なことでも心当たりのある事例が示されていました。

ビルの入り口などで、先に入ろうとする人が思いっきりドアを後ろから人が来るかも確認せずに「ばあ~んっ!」と押し開けて入り、あとから来た人にすごく強い反動でドアが跳ね返ってぶち当たるってことがあります。
後ろから人が来てもあえて、やる人もいます。
いつも思います。なんて心ない人達なんだろうって。

私は、後ろから人が来たら、ドアを押さえて待ち、その人が来てから押さえる手をその人にまかせて自分が入って行きます。それが失礼のないやり方だと思うのですが、・・時々はそうやって待っていると「どけっ!邪魔だっ」とばかりに手で私を振り払い、自分が先に入って行くオヤジもいます (・_・;

女性の場合でも、ドアを押さえている私の腕の下をくぐり抜けて、「邪魔な人ねぇ」って感じでにらみつける人もいます。( ̄O ̄;)
いやな世の中になったものだ、というか、そういう心づかいがわからない人間が増えたということでしょう。

講演などを聞きに言ったときのことも書かれていました。
最後の質問の時間に、手を挙げて、延々自分の経歴などを何分も話し、それから質問するので、質問時間がかなり割かれてしまい、他の人が質問できなくなってしまうことがあると。
私もこれ、よく経験しました。自分のことが言いたくて、自慢したくて、たまらないんでしょうけど、迷惑ですよねぇ。

他者との会話でも、

×さっさと行きましょう → 〇すぐに出発しましょう
×もらったお土産食べますか → 〇頂いたお土産、よろしければご一緒にいかがですか?
×チャリに乗って行きます → 〇自転車に乗って行きます
×まじで? → 〇そうだったの!?

などの簡単に直せる例が載っていました。

ここら辺から始めなくてはならない人も多くありませんか?(^_^;)

というわけで、今回も反省の多い内容でしたが、勉強になりました。
実際には、もっと仕事上で役立つ複雑な例がたくさん示されていますので、気になった方は、本屋でちょっと手に取っていただくとよいかと思います。

「暇だから」って、誘うな!っていうのもありました。気をつけようっと。

 

2020/09/06

映画「ようこそ映画音響の世界へ」を見てきました。

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映画『ようこそ映画音響の世界へ(MAKING WAVES -The Art Of Cinematic Sound-)/2019年アメリカ 監督:ミッジ・コスティン 出演:ウォルター・マーチ、ベン・バート、ゲイリー・ライドストローム、ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、デヴィッド・リンチ、アン・リー、ライアン・クーグラー、ソフィア・コッポラ、クリストファー・ノーラン、バーブラ・ストライサンド』を見てきました。

映画中で音響編集のパット・ジャクソンが語る「音響は水面下の仕事よ。でも、音の力は計り知れない。すばらしい仕事よ。」という言葉が全てを物語っているんじゃないかと思います。

この映画は無声映画の時代からトーキーの時代に突入し、その後映像と音声の同時収録されたフィルムの時代、さらにデジタル画像とデジタル音声の現代まで、映画音響の歴史をたどりつつ展開されていました。

この映画を見ていたら、映像に音声が伴うようになってから現在に至るまでの間の多くの時代、音声はあまり重要視されていない期間が長かったのだなと感じました。
音声関係の予算を切られてしまったり、時間をかけていいものを作っていた担当者を“クビ”にしてしまったり、音声担当の人達への無理解からの苦労などもうかがうことが出来ました。

 

 

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でも、きっと音響関係者って“熱意”があり、“ねばり”があり、“夢”があるから、そんな不遇の時代を切り抜けて今に至ったのだと思います。

映画の中で、数々の名作にどういうふうに音声が載せられていったのかを実際の映像・音声と共に(録音時の様子などのフィルムも含めて)見せてもらうと、なるぼどという感覚と共に感動が押し寄せてきました。

映画音響の世界って、広大で深いっ!

実際に、今、映画音響に携わっている人の「毎日が夢みたい。大好きな仕事をして暮らしていけるなんて」というインタビュー時の表情がはつらつとしていて、最後に「やっと映画音響が認められたんだな」と感じて、うれしい気持ちで映画を見終えました。

映画に、映画音響に、サウンド創りに、オーディオ・システムに、レコーディングに、ミキシングなどに興味のある人全員に魅力ある映画だと思いました。
感動したっ!!

 

 

 

2020/05/06

心にゆとりを

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5月のゴールデンウィークを新型コロナウイルスの感染拡大の中、迎え、そしてその連休も終わろうとしています。

我が家に関してもそれぞれの出勤日以外は皆自宅におりました。
その間、草刈や、剪定後に保管してあった木々の枝類を環境事業所から事前に機械をお借りしておいて、チップにする作業などをしておりました。

なので、出勤日と食料の買い出し以外は外出しませんでした。

買い出し時に見た交通量もかなり減っていたと思います。
もうひと頑張りなんでしょうかね。

特に出勤したときに感じるのですが、突然不安になることがあります。
気のせいであるとは思うのですが、なんとなく呼吸が苦しくなったような気になったり、熱が上がったような気になったり、ひとりでパニックのようになってしまうのです。
聞くと、同じ職場の女性も「私も夜に、急に不安になり、症状が出始めたのではないかとパニックになります。」と言っていました。

こういうことってあるんです。

職場では私が作ったアクリルボードの遮蔽板の他、上層部がやっと用意してきたビニールの垂れ幕のようなものが設置されていますが、果たしてどのくらい効果があるのか、そういうアナウンスもメディアからは聞かないです。

職場には、「体温を毎日計れ」と上層部から組織宛メールで指示があり、記入用紙も配られましたが、実際に計っているのを皆に見せ、「〇.〇度です」と声に出し安心してもらおうとしているのは私だけです。
他の人達が体温を計っているのを見たこともないし、紙に記入しているのも、記入した紙を見たこともありません。
これじゃあ駄目だと感じる毎日でした。

 

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連休明け、また4月と同じような日々を送るのかと思うと暗澹たる思いになりますが、ここはひとつ、心にゆとりを持とうと、今思っているところです。

やれることをやり、自分でそれについて納得をしながら日々過していきたいと思います。
自分ができることをやるしかないのですから。

というわけで、明日からの出勤に備えます。
皆さんもお身体気をつけて。


【Now Playing】 voice of workers / 飯田浩司他 ( ニッポン放送-AMラジオ )

 

 

2020/05/04

連休中日になって。

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きょう、5月4日(月)の千葉は朝から小雨が降っていました。
庭の草花も雨に煙っています。

天気がよければ草刈りをしようと思っていたのですが、明日に回すことにして、いまだアナログなおつき合いをしている中学時代の担任の先生に手紙を書いたり、本を読んだりしておりました。

新型コロナウイルスの感染についても、東京の様子をみていると、“一進一退”みたいな状況ですね。
緊急事態宣言もそのまま続くことが決まったようですし。

このブログで何回か前にも書いたのですが、過去のウイルス感染拡大が起こったときに社会の変革がなされているということが歴史的事実としてあり、今回も仕事の進め方が「テレワーク」などという割と近未来だろうな、と思われていたことが実際に行われることになりました。

物を売ったり、買ったりすることについても対面的なことが今後益々少なくなってくることも、たぶん間違いないのだろうと思います。

自宅で仕事をしたり、子供達が学校に行けない状況下で、家族それぞれのあり方もきっと各々の家庭で見直されていることが多いのではないでしょうか。

気になるのは、観光など、「行ってみなければわからない」というようなこと。
そして「現地で食べてみなければわからない」ことなど、実体験が人に大きな影響を与えるような事物がどうなっていくのかです。

画像や、動画で見ればいいんじゃね?!とか、お取り寄せがあるからいいじゃん!!
というようなことが一般的な意見になってくると、・・つまらない社会になってしまうのでは・・と、危惧するのです。

それは、コンサートや、演劇などの会場で見聞きするものについても言えると思います。
そういうものは、実際にその場で聞かなければ、見なければわからないものですが、安易にビデオなどで見れば同じ体験なのだ、なんてことになってしまうと、人としての喜びや感動という大切なものが稀薄になっていって、ますますつまらない世界が出来上がってしまうような気がします。

いつ頃さまざまな制限が解除されるのか、依然不透明ですが、上記のようなことも頭の中に残しておこうと思います。
人として大切なこと、ものを忘れないように。

 

【Now Playing】 I Want Yout(She's so Heavy) / The Beatles ( Rock )

 

2020/04/09

ブログもなかなか更新するような気分になれなかった

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政府の緊急事態宣言も出て、毎日暗い気分で過してきた日々でしたが、いよいよ緊迫感も加わってきました。

職場においても、人の集まるような場所は閉館、休止となりました。
でも、私の職場は“最前線”として通常どおりの勤務体制を維持することになり、繁忙期の今、多い日には一日200人を超える来客があり、その応対を4~6人で行います。

書類のやり取り、会話をする場合もかなり多く、わずか1メートル幅のカウンターを挟んで相対するわけです。互いにカウンターに身を乗り出して書類を見たり、書いてもらったりするので、実際の互いの距離は70~80センチ程です。
・・飛沫感染を考えると危険極まりない・・。

職員の側、お客さんの側、双方にとって危険であると感じ、その恐怖感、緊迫感は深い疲労感を伴い、一日が終わると心身共にダメージが大きい。

所属長にお話して、最近のラジオ局のスタジオではアクリル板を向かい合って喋る互いの間に設置していると聞き、我が職場でも向かい合うカウンターの中央にアクリル板を設置させてもらうことにしました。
全部私の自腹、そして自分で工作して設置しました。
はっきり言って、命を守るにはこうするしかないと思ったからです。

そうしたら、今朝の新聞に千葉県のある市の市民課で、私がやったと同様に市民との窓口カウンターにアクリル板を設置したことが載っていました。
これがぎりぎりのやらねばならない対応だと思います。

双方がマスクを装着していても、それでも至近距離での会話は恐怖を伴います。
マスクをしていない人も多くやって来る。

上の立場の人は最前線で頑張る人がどういう気持ちで仕事に挑んでいるか、まだわかっていないと思います。
接客カウンターへのアクリル板設置という簡易的な対応さえ思いつかないのか、実施しない。
感染が増加してから、「健康には十分注意させていたのに」などと軽々しく言わないでほしい。

私が自ら工作して設置したアクリル板は、クリアーでそこにあるかどうかもわからないくらいの出来映えで、お客さまもこの対応に安心していただいた様子がうかがえました。
もちろん、応対する私たちにも安心感が増しました。

頼むからそのくらいのことは「最前線で頑張れ」という前に対応してくれ、これは使命感とか勇気とかそういう話ではないのだ。

 

2020/04/04

「自分のことは話すな」を読んだ。

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『自分のことは話すな/吉原珠央著(幻冬舎新書)』を読みました。

[仕事と人間関係を劇的によくする技術]と、副題がついていて、その多くはビジネスシーンでの会話の“きも”について書かれています。

基本的に書かれていることは、「雑談上手」が大切だなんてことはない。
雑談の内容から無駄なものを省け、無駄な部分だけで年間何時間になると思う!?

自分のことばかり話すな。自慢話が終わらないかなと、相手は待っている、困っているぞ。

相手がせっかく話し出した話題を、自分にも経験があるからって、横取りするな。

時にはそこまで突っ込んでよいのか、という質問もアリだ!
そこからどう相手との関係が、ビジネスが進展するかわからんぞ。
でも、それには細心・最深の注意深さが必要だ。

・・まだまだいっぱい書かれていましたが、読んでいて、私も身に覚えのある悪い点がいくつもありました。
自分の趣味や、得意な話になると、つい話が長くなり、相手に無駄な時間を過させている・・いやもうまいった…σ(^_^;)

“ごますり”と思えるくらいの相手に対する“ほめあげ”の実例が挙げられていましたが、私には“歯が浮く”ような印象でした。でも、きっと著者のようなすっきりさっぱり、ぐぐっと前に出てくるような方が使うと効果抜群なのでしょう。

実は、最近仕事上の「会話」に悩んでいます。
現在は“客商売”というか、カウンターを挟んで様々なやり取りをする仕事をしているわけですが、相手方は最初からこちらの“揚げ足を取る”ような態度で接してくる人の割合が今までの職場よりも多く(地域性があるようです)、親切が裏目に出たり、ガツンとやられて、数日間悩み、身体の具合が悪くなることも“しばしば”です。

・・なので、この本を手にしてみたわけです。
参考にはなりましたが、著者のように、ものごと真っ直ぐに、前向きに見られるわけでなく、もうひとつ自分には工夫が必要であると感じました。

でも、この本に書かれていることは、ある意味とても「基本的」なことであり、心がけていると役に立つことばかりでした。
いくつもの事例が掲載されていましたので、記憶にとどめ、利用してみたいと思います。

 

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