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2022/05/18

半年ぶりに映画を見て来ました『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

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去年の12月に見て以来、半年ぶりに映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー(My New York Diary)/2020年 アイルランド・カナダ合作 監督・脚本:フィリップ・ファラルドー 出演:マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、プライアン・F・オバーン、セオドア・ペレリン』を千葉劇場で見てまいりました。

今年に入ってコロナ感染が再拡大し始めたので、警戒し、六ヶ月の間様子見をしていました。

主人公を演じるマーガレット・クアリーは、ニューヨークで作家としての仕事を夢見ていたのですが、まずは就職先としてJ.D.サリンジャーの出版エージェンシーに入るところから物語は始まります。時代は1995年。

映画の中でも出て来ますが、オフィスではやっとコンピューターが使われ始めた頃で、ニューヨークの雰囲気も、職場の1920年代のような雰囲気もとてもいいのです。
これを見るだけでも、なんだか“いい時代”の“いい様子”を見ることが出来て、うれしくなってしまいました。

 

 

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厳しい老舗出版エージェンシーでの仕事、そしてさらに厳しい上司を演じるシガニー・ウィーバーの演技も見どころのひとつでした。
ビジネスとしてきっちりと線を引き、作品の内容に重きを置く主人公に指導していくのですが、でもプライベートでは、とても繊細で人間的な弱さも見せるシガニー・ウィーバーの役どころは、まさに演技力がものを言って、主人公との素晴らしい人間関係も見せてくれました。

また、主人公のマーガレット・クアリーは、声や、背中だけしか見えてこないサリンジャーとのやり取りや、恋人や友人との関係などを経て、自分を見つめ直していきます。
その過程もうまく描かれていましたし、彼女の演技も魅力あるものでした。
ラストの自分のやりたいことへの決断の表情もとてもよかった。

さらに、職場の人達や恋人、友人など、脇役陣の絶妙の演技も光るものがあり、いい映画になっていました。

久しぶりの映画復帰、いい作品から再開できてよかった・・と、今しみじみ感じているところです。

 

2022/05/13

外山滋比古さんの「人生を愉しむ知的時間術」を読みました。

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『人生を愉しむ知的時間術 -“いそがば回れ”の生き方論- /外山滋比古著(PHP文庫)』という本を読みました。

これもブックオフにて安価購入。1981年に創知社から刊行されたものの文庫化とのことです。
・・ですから、かなり古いもので、実際に読んでみても時代を感じさせる当時の背景があちこちで見えました。

とにかく今ある“デジタル機器”などはほとんど登場することがなく、自動車電話が出て来たり、将来携帯電話が普及したら、電車の中は携帯を使った会話でうるさくなるんじゃないか、などという心配をされていました。

で、そんな時代の本なので、逆に言うと、時間の過ごし方、愉しみ方、利用の仕方がとても“豊か”に見えます。
電車で本を読むことや、新幹線での原稿書きは“揺れ”に慣れるのが大変・・とか。

人と会って時間を過すことの有意義さなどについても書かれていましたが、今、人に会おうと思っても、なかなか予定が合わず、しかも相手から敬遠されている場合なども携帯での連絡であっさり断られることもあり、まったくと言っていいほど現状とは異なります (・_・;

読んでいると、「昔はよかったなぁ」などと、しみじみしてしまうのでした(^_^;)

日々忙しく仕事をしている中で、どうやって知的時間を“ひねり出す”のか、まとまった休暇をつくるためにはその前に思いっきり仕事をするしかない・・みたいなことも書いてあり、あの忙しかった日々の中で自分もなんとか時間をつくっていたのかもしれないな、と思い出すこともありました。

そんなこんなで、読んでいると、“あの頃”の仕事や生活を思い出し、今の自分の状況で知的な時間をどう過すのか、というようなことが少しずつ見えてくるような気もしました。

何よりも書いている外山氏がとても愉しんで書いているのが感じられるのがとてもいい本なのでした。

 

2022/04/02

残間里江子さんの「人と会うと明日が変わる」を読みました。

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『人と会うと明日が変わる/残間里江子著(イースト・プレス)』という本を読みました。
この本もブックオフにて安価で手に入れました。2011年に発行されたものです。

残間さんというと、私は土曜日早朝のラジオ番組、文化放送の「大垣尚司・残間里江子の大人ファンクラブ」と、TBSのこれも早朝「生島ヒロシのおはよう一直線」などで、そのお声と、“歯に衣着せぬ”コメントを聞き、いつも思ったことを直球でぶつける歯切れのいい“しゃべりっぷり”に感服しています。

この本も表紙の写真の青空と海のようにスカッと書かれているように感じました。

内容は、子供の頃の苦労、そして学生時代もかなり大変だったようだし、最初の就職(地方局のアナウンサー)時のご苦労も書かれていましたが、でも、自分で様々な決断をその都度して、編集者などを経て企画製作会社を設立するまでのことが書かれ、その中でタイトルにある「人との出会い」がいかに重要なことであったのかが、書かれていました。

私の印象にある残間さんだと、人との出会いも一気に距離を詰めて、相手の懐に入っていくのかと思いきや、その距離のとり方は慎重というか、言い方を変えれば“臆病”というくらいの感じで、意外でした。

でも、そのくらいの間合いのとり方が後々の残間さんと出会った人達の関係を“べったり”ではない、濃密なものにしていく前段階なのだと思いました。

ある程度距離を置けば、どうにも合わない人からは離れやすいし、逆に向こうから興味を持ってもらえれば、向こうから距離を詰めてくる場合もある(田中角栄氏との出会いがそんな感じで書かれていました)。

また、あの山口百恵さんの「蒼い時」を製作・プロデュースしたときのことも書かれていて、その後百恵さん引退後も百恵さんから連絡が来たりしていることも知りました。

インタビューをするときなども、相手との距離感が実に大事なことなのだと、その考え方も書かれていましたが、とても参考になりました。

人は誰かと出会い、仕事、人生、趣味、その他様々なことの未来が開けていくのだということもあらためて思いましたし、私も人との出会いを大事にしようと自分に言い聞かせました。

私の今までの仕事や、人生の中でも「人との出会い」によって解決の糸口が見つかったこと、また落ち込んでいたときに慰められたこと、勇気づけられたことがありました。

この本との“出会い”も、いいものと出会えたのだと感じつつ読了しました。

 

2022/03/24

大野萌子さんの「~よけいなひと言を好かれるセリフに変える~ 言いかえ図鑑」を読みました。

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『~よけいなひと言を好かれるセリフに変える~ 言いかえ図鑑/大野萌子著(サンマーク出版)』という本を読みました。
本屋さんの新刊本コーナーで見つけ、パラパラと頁をめくり、「うむむ・・できるっ!おもしろい」と思い、読むことにいたしました。

企業内カウンセラーとして長年の現場経験があり、コミュニケーション、ハラスメント、メンタルヘルスに関連する研修・講演をされている方だそうです。

読んでみて、私がこれは、と思った「言いかえ」を何例かご紹介します。どんな感じかわかると思います。

〇それでいいんじゃない → とてもいいと思うよ

言いかえる前だと、「あなたがやるならそんなもんだよね」って言われた方は思ってしまいそうです。


〇要領がいいね → 仕事が早いね

これも言いかえ前だと、ちょっと“ずるがしこい”感じに受取りそう。


〇知ってる、知ってる → 私も先日知りました

言いかえ前は、「そんなのとっくに知ってるよ」っていうふうに受け取られそう。
知ったかぶりをする人が、どんどん話に食い込んでくる感じです(^_^;)


〇悩みがなさそうだよね → いつも元気そうだね

必死に笑顔をつくって話をしているのに、こんなことを言うヤツが今までに何人もいました。「ニコニコして楽な仕事してるんだろうね」と言われたこともありました。「お前よりは大変な仕事だ」と言ってやりたかった。


〇それどこで買ったの? → 参考までに買ったお店を教えてもらえるとうれしい

どこで買ったの? いくらしたの? そのバッグどこの? 休日は何をしていたの? だんなさんは何をしている人? などなど、次々と立ち入ったことを平気で聞くヤツがいます。「あんたとはそんなに仲良くないよ」と言いたいことがあります。


〇聞いてる? → 今の話で、わからないところはないですか?

イヤな上司に言われたことがあります。「おれの言うことがわかる?」とも言われたことがありました。あまりに幼稚な話をしているので、呆れていただけなんです。


〇あなたには、まだできないと思うけど → やってみてわからないことがあれば聞いてね

最初っから、できないと決めつけているならやらせるな、と思いますが、ある職場で誰にでもこんな言い方をする上司がいました。自分が一番優秀だと思っていて、鼻持ちならないヤツでした。


ということで、ほんの一例でもこんな感じです。
実に勉強になりましたd(^_^o)

 

2022/02/04

「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」を読みました。

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『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。/糸井重里・古賀史健著(ほぼ日文庫)』という本を読みました。またまたブックオフにて安価購入。

この本は、ライターの古賀史健(こが・ふみたけ)氏が、糸井重里さんのもとを訪ね、生まれたときから現在までのお話を聞いてまとめた「自伝」のようなものになっていますが、糸井さんのけっこう“なまなましい”幼少期から中高生あたりまでのことが書かれていて、なにか立派な、立身出世的な構成ではないのです。

子供の頃にお母さんが家を出て行ってしまって、その当時のことがけっこう糸井さんには“トラウマ”的な印象になっていて、さらに大学時代は、たいして思想的に賛同もしていないのに「学生運動」に参加していたりする様子も書かれていました。

いろいろなご苦労はされていたようですが、でも、今に通じる「事物に対する“面白がり方”」っていうのは読んでいて、やはりふつうの人とは異なるものがあったようです。

たまたま手伝ったコピーライトの仕事で、ひとつ“ほめられた”ものがあって、ご自身でも「あっ、書けた!」という実感があったそうで、そこから糸井さんの人生が大きく動いたようです。
天才的な人って、かならずこういうシーンが一生のうちに一度はあるようです。

また古い話ですが、沢田研二さんの「TOKIO」という曲で、はじめて「作詞」にたずさわったこともその後に大きな影響を与えたと書かれていました。

その後のことは、私も時代を共有しているので、テレビでもいろいろな場面で拝見し、また、さまざまな分野での活躍も存知上げていましたが、やはりその中でインターネットに出会い(今の人たちはインターネットの無い時代は想像出来ないと思いますが)、その可能性に着目し、「ほぼ日刊イトイ新聞」は今に至っています。

私が糸井さんのされることで一番いいと思うのは、誰かを叩いたり、敵対したり、小馬鹿にしたりというようなことを一切しないことです。そういう場を好んで作らない。
“居心地のいい場”をつくって、皆に提供する・・というのが基本的な糸井さんの姿勢だと思います。

でも、そういうことをすると、それを理解できない好戦的な人、常に右肩上がりの急成長的な事業を起こさないと気分の悪い人達には、意味がわからないから、きっとああだこうだ言われたりするのだろうな、と思います。

そういう輩に対する糸井さんの姿勢も私にはとても“心地いい”ものです。

たぶん、こういうスタンスの人ってほかにはいないと思うので、これからも思う存分こんな感じでやってもらいたいと思います。
ほんの小さなよろこびが、実は多くの人にとってもよろこびであるというようなことを見つけるのがうまい人だと、いつも思っています。

 

2021/12/26

【それをやれるって言うのがお前の仕事だろ・・という人/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №68】

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24日の新聞に出ていた記事に、三菱電機の経営陣に対し、外部専門家の検証報告が出て「極めて重い経営責任を負う」とされ、厳しく経営陣の隠蔽体質を指摘していました。

鉄道関連製品などの品質不正問題が長きに渡って発生していたのに、要するに隠蔽体質の最たる経営陣により代々発覚を防ぐため口裏合せをしてきたのだそうです。

検査結果を偽造するプログラムまで作って代々使っていた・・(T_T)んだそうですよ。

若い社員が「これはさすがにまずい」と思い、自分には出来ないというようなことを言うと、管理職が叱責していたそうです (・_・;「これくらいやれないのか、仕事が出来ないヤツだな」と。

「仕事が出来ない」のは、この上司です。

私も同様の経験をしたことがあります。

情報部門にいたときに5年ほど経過していた社内ネットワークの再構築をすることになり、私がその隊長でした。

そのときの上司から「こういうふうに複雑になっている現行のネットワークを“これこれこういうふうに”統合しろ」という命を受けましたが、話を聞き、自分で図にして何度も自分の知識・経験にその方法を問いただしてみましたが、そんなことしたら個人情報がハッキングにより洩れてしまうのは目に見えていました。

IT大手十数社にも正式に招聘して資料を提示し、意見を聞いてみましたが、どこも「考えられない。どうやってもこの方法ではデータを保護することは出来ない」という結論でした。私の考え方は間違っていないと確信を得て上司に相談。

「この方法ではなく、別の方法について検討したい」と。

そうしたら、明らかにイライラしているのがわかりましたが・・

「それを“出来る”と言い切るのがお前の仕事だろ!」と、にべもない・・。

私から「今のままで実行して、事故が発生しなければ大きな予算節約・削減に大いに貢献することになると思いますけど、いつか事故は発生すると思います。もし、そうなったら“私”が責任者だと言うんじゃないんですか。うまくいったら自分のおかげ。失敗したら私のせいになるということですか。」

と、真っ正面から言ったら黙ってしまいました。図星だったのです。

その後上司は異動で別の人に変り、新しい上司は私のやり方を認めてくれて事業は成功しました。
が、前にも書きましたが、上司の引き継ぎのとき、私のことを前の上司は「言葉も満足にしゃべれない状態の廃人同然の人間だから話なんかしなくていい」と引き継いでいたことを後々に知ることになりました。

意向調査も面接も私にはしてくれなかったその人は、私が職場で苦しみ、心療内科に通い、死ぬ思いでネットワークを再構築したことなどまったく知らぬまま異動して行ったのでした。

でも、今現在、仕事も辞めた状態で思い返しても、仕事的にはその後はずっと底辺にいることになってしまいましたが、正しいことをして良かったのだと納得しています。
今になって、人が生きるうえで大切なこと、大事にしなければならないことがしみじみとわかるようになりました。
それがわかっていれば、心療内科などにも通わずにすんだのに、と思いますが、そのときは必死でわからなかったのです。

 

2021/12/23

【クレームをもってくる人達の様子/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №67】

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過去に会った人、出来事シリーズ、まだ続けます。いくらでもネタはある(*^_^*)

今回はかつて職場の広聴部門にいた時に多く経験したクレーム対応というか、クレームを抱えてやってくる人達の話です。

手紙、文書、電話でも“私の言うことを聞いてくれ”ということはありますが、もちろん直接やって来ることもあります。

たとえば電話だと短くても1時間はかかりますし、長ければ2~3時間は“ざら”です。
直接来訪された場合などは、午前中いっぱい、とか、昼休みをとってきてから再度来て夕方まで・・ (・_・;なんてのもしょっちゅう。夕方やって来て、勤務時間が終了しても夜10時頃まで話をされる方もいました(T_T)体力勝負です、あちらはたまった不満エネルギー発散状態ですが、聞いているこちらは、気持ちを強く持たないと“疲弊”の度合いがひどく、翌日の出勤が怖くなったりもします。

手紙で苦情等を送った人で、ある日どうやって入り込んだか、執務室内に入ってきていて、突然担当の女性の背後から「私への回答はどれですか」と話しかけられ、騒然となったこともありました。

毎日毎日バイクに乗ってやって来て、所属長の顔を覚え、所属長目指してやって来て、とにかくご近所のことから市内全体の大きなことまで、クレームの山を語りにやって来る人がいたことをよく覚えています。
毎度毎度3時間くらい・・。

ある日その所属長が私の机の前を“ほふく前進”しているのを見て「どうしたんですか」と声を掛けるまえに所属長は私に向かって両手を合せ、拝むように私を見ました。
カウンターの外を見ると、バイクのクレーマーのお方がお探しになっている(^_^;)

「あれっ?さっき見たような気がしたけど、あいつはいないのか?!」とその“ほふく前進”の人を探している(^^;)

私は手を下に出して“逃げろ逃げろ”と所属長に指示。

そのクレーマーのところに歩いていって、「私がお話聞きますよ」と。
そして、テーブルには案内せず、カウンターの向こうに回り、お客さんと同じ側から同じ方向を向いて隣に座りました。

ようするに向かい合わない、相対しない。
そして、カウンターで隣り合って酒を飲むように…σ(^_^;)「どうしました」
「えっ、そうなんですか」「そりゃたいへんだ」「こまっちゃいましたね」と相づちをずっと打っておりました。

そしたら「あんちゃん(あの頃私は若かった)と話をしていたら、すこし気がおさまった。腹減ったから今日は帰るわ」とバイクに乗って帰って行きました。

そのあと1時間ほどすると所属長がどこからか帰ってきて、「ありがとう、まだいるのかと思ったけど、どうやって帰したの?!」と、聞かれましたが、「お話だけ聞いて、そうですか、そうですか、そりゃたいへんだ、と言っていただけです」(゚ー゚*)。oO

所属長は「その“技”は、私にはまだ無理だ」と・・(^_^;)

たぶん、たぶんですよ。
クレーマーと呼ばれる人でこのタイプの人は、もう家族も近所も、町内会等の組織でも、うるさくて手に負えなくて、だあれも話を聞いてくれなくなっているのです。
話を聞いてくれるのは「苦情窓口」で仕事で話を聞かなきゃならない人だけなんです。
可哀想と言えば可哀想ですが、そんな人の話を聞いてさしあげるのも自分の人生の中の一コマで与えられた仕事だと思えば・・なんとかなる・・・・・ならないときもあったけど…σ(^_^;)・・・・という考えでした。

ああ、あの人の顔、まだ思い浮かべることができます。
そして、私の前を這ってきた所属長の必死な顔も・・(*^_^*)

 

2021/12/06

生島治郎の「浪漫疾風録」を読みました。

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『浪漫疾風録/生島治郎著(中公文庫)』を読みました。
これは、「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の編集長を務めることになった、そしてハードボイルド作家でもあった著者の自伝的長篇小説です。

時代としては、1956年~1964年の“疾風怒濤”の編集者時代と、戦後ミステリの草創期が描かれているものです。

なぜか、著者である生島さんは「越路玄一郎」という名前で登場しているのに、他の人達は皆実名なのです。
これは、著者自身が自分を客観視するためなのか、俯瞰で見るためにやったことなのか、でも読んでいるこちらとすれば、生島さんが実名でないことによって、遠慮無くこの小説の中に入り込んでいくことが出来ました。

とにかく、新入社員として入った早川書房(これも実名)の過酷な環境(仕事場としても、仕事の内容としても、安い給料も)の中、編集という仕事がどういうものなのか、全くの実体験で書かれているので、“クセ”の“有り過ぎ”な上司の人達とのやり取りも傍から見ているこちらには面白く、むさぼるように読みました。

読んでいて、今まで「編集」という仕事がどういうものか、おぼろげにしか素人の私には見えていませんでしたが、ものすごく大変な仕事ではあるものの、とても魅力的なものだと感じました。

この作家にこういう世界を描いてもらいたいだとか、自分が様々な外国のミステリなど
を読んで、こういうものを日本でも書ける人がいるのではないか、とか、作家と共に新しいものを生み出して行くような感覚がとても引きつけられるものだと感じたのです。

実名で登場する人達もすごく、小松左京、松本清張、佐藤春夫、開高健(この文中の頃は痩せてヒョロッとしています)、常盤新平、田中小実昌、吉行淳之介、福島正実、小林信彦、星新一・・まだまだたくさんの人達がこの本の中で実際に生き生きとして動いているのです。
これも当事者が当時の編集員として書いているので、リアル感がひしひしと感じられるのでした。

読んでいて、この本に書かれている時代のミステリや、その他小説を探して読んでみたくなりました。

・・またブックオフに出掛けねば(^_^;)

内容充実の“ビッシリ”感満載の本でした。

 

2021/10/24

アイスランドの映画「<主婦>の学校」を見てきました。

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『<主婦>の学校(The School of Housewives)/2020年 アイスランド 監督:ステファニア・トルス 出演:※ドキュメンタリーのため、現実の生徒(卒業生含む)と校長先生他』

この映画は実際に北欧のアイスランドにある「主婦の学校」のドキュメンタリーです。
しかも男女共学で、この学校が教えるのは「いまを生きる」ための智恵と技術です。

《自分のことが自分で出来ると、人生はきっと楽しくなる》っていう言葉が添えられていましたが、まさにそんな感じの学校でした。

アイスランドは2021年世界経済フォーラム公表の「ジェンダーギャップ指数ランキングで12年連続1位の“ジェンダー平等”先進国。・・日本は同ランキング120位だそうです(T_T)

「主婦」という概念を打ち破り、「主婦とは性別に関わりなく〈生活を大切にする〉営みを続ける人」であるというわけで(*^^*)、実に面白いドキュメンタリーになっていました。
特に何かストーリーがあるわけではありませんが、とにかく学校の授業や生徒達の寮での様子をありのままに撮り、飾り気のない、でも美しい画像で見せてくれます。

通常の生活全般の家事を実践的に教えるのですが、基本だけでなく、衣服の修理や食品ロスなどのサステイナブルなことを古くから教えていたというのも、この学校の魅力でした。

 

 

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卒業生として登場する男性が何人かいたのですが、アーティストや、中には大臣もいました(#^.^#)
大臣自ら“大切なことをここで学んだ”と語っていましたが、どの卒業生も自分が受けた授業の話をするときはとっても“生き生き”としていて、この学校の良さがその表情からもうかがえました。

家で過すことの多くなったコロナ禍以降の暮しや家事のあり方まで問いかけてくれているように感じましたが、まずはこのあまりにも“自然体”な映画を多くの人に見てもらいたいと思いました。

人が毎日生活していくということが、それそのものが「人間」というものだと思いました。
なんだか、生きて行くことが楽しいことなんだ、と思えるような映画でした。

 

2021/10/17

高倉健さんの本「旅の途中で」を読みました。

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『旅の途中で/高倉健著(新潮文庫)』を読みました。
ブックオフで見つけました。

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読もうと思ったきっかけは、写真のとおり各ページの体裁というか文が次の行まで“跨がない”というちょっと変わった感じが気になったこと。
そして私が思ったのは、“健さん”のボソボソとつぶやくような話し方にこの体裁がぴったりだということ、そしてそのおかげで、とても読みやすいのです。

もともとこの本は、1996年から2000年までラジオで放送されていた番組をもとに書き下ろされたもので、“語られて”いたものだから、こういう“つくり”は“しっくり”ときたのだと思います。

この本で健さんが度々おっしゃっているのは、人間にとって寂しいことというのは、何を見ても、何を食べても、何の感動もしないことだということでした。
感動しなくなったら、それはいかんと。

人にとっての贅沢なことって、心がふるえるような感動だとおっしゃっていて、一週間に一回でもいいから「心が感じ」て「動ける」ことに出会いたいというのです。

付け加えて、今の世の中で、上記のような感動に出会えることは幸せなことだと。

高倉健さんのエピソードって、いろいろな人が様々語られていて、「鋼の意志を持つ人」「男の中の男」、「やさしくて、きびしくて、こころづかいのできる人」などなど私の耳にもテレビ、ラジオ、その他のメディアで伝わって来ていますが、この本で自ら語る「高倉健」さんは、面倒くさがり屋で、怖がりで、いい加減な部分があります。

でも、そんなことでいいのかと“生真面目”に自分と向き合っています。
そこから自分の行動を律していき、我々が見聞きしている「高倉健さん」が現われるのでした。

結局「健さん」は、やはり我々の思っている「健さん」なのです。

この本の最後に、「生き仏 大阿闍梨(あじゃり)様」と呼ばれている方を訪ね、比叡山横川離れ谷の飯室谷不動尊の庫裏に健さんが出かけるのですが、そのときの健さんの“自分は俗物で何か仕事を成し終えると“ご褒美”みたいなものが欲しいが、阿闍梨様はそんなことはないのか、などと健さんが“小さな一般人”と化して質問したりしていて、それもなんだか微笑ましく感じました。

健さんのように“自分に素直になれる本”だと思いつつ、読了いたしました。

 

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