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2020/09/22

竹内政明の「編集手帳」傑作選を読みました。

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『竹内政明の「編集手帳」傑作選/竹内政明著(中公新書ラクレ)』を読みました。
読売新聞朝刊一面のコラムを執筆されている竹内政明さんの傑作選ということで、読売新聞は、あまり我が家では馴染がなかったのですが、興味深く読みました。

読んでみると、竹内さんは例えばスポーツで勝利したり、その他の分野で大成功した人よりも、むしろその陰で苦労した人や、人知れず頑張っている人、地道にコツコツと生きている人に焦点を当てています。
そこに人間の“機微”のようなものを感じて深く、味わいあるコラムになっているのだと感じました。

森繁久弥さんの訃報に接して、森繁さんがかつて舞台最前列で寝ている少女を見て、演者皆で床を音高く踏みならしたりして目を覚まそうとした話が書かれていて、実はアンコールの幕が上がると、少女が初めて顔を上げ、両目が閉じられていた・・居眠りではなく、全神経を耳に集中して芝居を心眼に映そうとしていたのだとわかった話が書かれていました。

森繁さんは自らの心ない仕打ちを恥じて舞台上で泣いたという話です。
それを訃報に接してのコラムで、森繁さんの様々な栄光を書くのでなく、そのエピソードを取り上げたのが竹内さん流なのだと思いました。

高校野球選抜大会の優勝が決まったときのコラムも、地方の公民館で見た永六輔さんの色紙「生きているということは/誰かに借りをつくること/生きてゆくということは/その借りを返してゆくこと」という言葉を取り上げ、試合中の5回が終わり、グラウンド整備が始まると、踏み荒れた土を整備員がきれいにならし、選手達がベンチ前に整列して引き上げていく整備員に帽子を脱いで深々と一礼した様子が書かれていました。

このコラムが書かれたのは東日本大震災後の大会で、優勝した学校も、人さし指を天に突き上げてマウンドに群れ集うようなこともなかったという話も付け加えられていました。

・・ようするに永さんの「生きていることは」の『心』を伝えていたのです。

東京オリンピックが、まだ招致決定されていない頃のコラムに〈歌人の秋葉四郎さんの一首〉として[究極の平和と謂はめオリンピックの勝者の涙敗者の涙]というものを取り上げていたのですが、驚きました。

同じ名前だと思って調べたら、秋葉四郎は私の中学一年の時の担任でした。
よくこのブログでご紹介する南先生は中二・三年の担任でしたが、南先生の“自由人”な教師像とは正反対の厳しく、いつもスーツをビシッと着て、ひと言ひと言の日本語が正確で的確な教師でした。もの凄くコワイ先生だと言われていましたが、教師として教えた最後の生徒となったのが私たちでした。
だからずいぶんと“まるく”なっていた。

放課後に私と、もう二人女子が個室に呼ばれて、それぞれに「君たちに合う本だと思うよ、読んでごらん」と三冊ずつ手渡された本がありました。
それらを夢中で読んで、今の本大好きな私があるのです。すばらしいきっかけを与えてくださいしまた。
その三冊は今も私の本棚にあります。

その後、秋葉先生は教育委員会で教育部長を務めたり、千葉大学で教鞭を取ったり、斎藤茂吉記念館の館長もされていたということを今になって知りました。
歌人であったことも生徒の私たちには全くおっしゃっていませんでした。
先生の歌碑が立てられている場所があることも知りました。

本は読んでみるものです。

 

2020/07/26

「向田邦子 ベスト・エッセイ」を読みました。

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『向田邦子 ベスト・エッセイ/向田邦子著・向田和子編(ちくま文庫)』を読みました。

向田邦子さんと言えば、「時間ですよ」「だいこんの花」「じゃがいも」「寺内貫太郎一家」などのテレビドラマの脚本を書いていた、という印象。
みんな昭和の普通のどこにでもいる一家で、変な人も家族にいるが、なんだか憎めない家族が描かれ、たいてい主は頑固者!・・そんな感じでしょうか。

「父の詫び状」で物書きデビューをした向田さんの文に対し、私が勝手に文章の師匠と仰いでいる山本夏彦翁が自身のエッセイの中で「向田邦子は、突然現われてほとんど名人である。」と書かれていたことも思い出します。

向田さんの文を読んでいると、次から次へと話題があふれるように流れるように展開し、淀みがありません。
しかも、どの話題も“小難しい”こともなく、すんなりと頭の中に入ってきて、こちらの想像力もフルに働くような、そんな文章です。見事としか言いようがない。

阿川佐和子さんもそうだけど、横暴で頑固で偏屈な父を描かせると天下一品です(^_^;)
ほんとうに昔はそんな父親ばかりだったのかもしれない。

そんな家庭では暴君だった父が、祖母の葬儀の時に社長が弔問に訪れ、“這いつくばる”ようにしている姿を見た向田さんの気持ちが描かれていたエッセイもあったのですが、これが実によかった。

いつも偉そうにしている父のそんな姿を見て、馬鹿にするのかと思うと、微妙な娘心がもたげ・・父のよいところを見た・・ようなことになる。絶妙でした。

向田さんの真似のできない観察力、“よけいなお世話”の正義感、食べることや、その器に対するこだわり、いずれも読んでいるこちらが向田ワールドに引き込まれる巧みさで書かれているエッセイ集でした。

いいものを読んだ、ごちそうさまでしたヽ(=´▽`=)ノ・・っていう感想です。

 

2020/07/19

「MUSIC LIFE 1960年代のビートルズ」を読み終えて

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前回のこのブログで表記の「1960年代のビートルズ」を読んでいる途中で感じたことを書きましたが、今回は読み終えてからの感想を。

私がビートルズのレコードを自分で買って聞き出したのは中1の冬休み。アルバム「Let It Be」からです。お年玉を使って・・。しかもアグネス・チャンの「ひなげしの花」と一緒に買ったのでした(^_^;)
もうビートルズは解散してこの世からいなくなっていました。

ただ、小学生のときに親にねだって日本のみのシングル盤「オブ・ラ・ディ・オブ・ラダ/マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(※ホワイルは抜けてクレジットされていた)」のシングル盤は持っていました。ポータブル・プレイヤーで聞いていました。

というわけで、ビートルズ後追い“第一”世代です。

後追い第一世代でも、ビートルズの情報はインターネットのある現代とは異なり、情報はものすごく少なかった。しかも“がせネタ”も多かった。
さらに、高校生になりバンドを始め、ビートルズの曲を練習していると、「そんな古いものやってるようじゃ、このバンドはダメだね」とスタジオで他のバンド連中から再三言われました。

ツェッペリンやDパープル、イエス、キング・クリムゾン、エマーソン・レイク&パーマー、ピンク・フロイドその他ヘビーなヤツやプログレなヤツ、そいつらの全盛期でした。
その後には私の最も苦手な“フュージョン”ブームが訪れ、暗黒・地獄の学生時代を過したものでした。

でも、ビートルズは“ずう~っと”大好きなのは変わらず(゚ー゚*)。oO今になり、「これでいいのだ!」とやっと思える時代になったわけです。

この本を読んでみると、真っ只中の世代には情報は“極小”“ミニマム”だったようです。
ビートルズとのパイプも東芝よりもむしろミュージック・ライフの星加ルミ子さん経由のものが多かったことがうかがわれます。

映画のスクリーンに向かって叫ぶ女性ファンの様子、フィルム上映や、スライド上映、音だけを流すなどのイベントがファンにとっては貴重な場であったこともわかりました。
“動くビートルズ”を見ることがいかに嬉しいことであったかも・・。

真っ只中世代のそんな様子と、幾度も報じられる「ビートルズ解散?」の不確かな情報。
気が気じゃなかったでしょうね、真っ只中世代。

そして、映画「レット・イット・ビー」から解散への流れのところが、一番読んでいて辛く、暗くなりました。
もうねぇ、読んでいて投げ出したくなるくらい・・。

解散自体については仕方のないことだとは今に至っても理解しているのですが、兄弟のように仲の良かった四人の姿が一番目に浮かぶ私のビートルズの一番の印象!
それが、あのようになっていったのは、読んでいるとやはり辛かったです。

その後の四人のソロでの活躍も素晴しく、皆が皆、大ヒットを飛ばしているのは驚きですが、ジョンとジョージがもしも健在で今に至っていたら、ひょっとすると“Around 80 Beats”なんて名前の素敵なバンドをもう一度組んでいたかもしれないですね。

そんな空想をしつつ、読了です。


【Now Playing】 Hey Jude / The Beatles ( Rock )

 

2020/05/30

「ジャズ喫茶 ベイシー読本」読み切った。

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『ジャズ喫茶 ベイシー読本/別冊ステレオサウンド(株式会社ステレオサウンド)』を読みました。
発売日の5月28日に手に入れ、本日完読!あっという間に読み終えました。

ジャズ喫茶・ベイシーと言えばジャズ好きな人であれば知らない人はいない、岩手県一関市にあるレコード盤でジャズを掛ける、そして空前絶後の良い音で、しかも大音響でJBLのユニットをマスター作成のエンクロージャで固め、鳴らしているジャズ喫茶です。

そのベイシーが50周年を迎えるということで、ステレオサウンド社が一冊まるごとの大特集本です。
ベイシーの映画も完成されているとのことですが、この“コロナ感染騒ぎ”でまだ上映に至っておりません。

マスター・菅原さんの子供の頃から高校、大学、プロのドラマーとしての就職、そして病気のため一関に帰り、ジャズ喫茶を始めるところから現在に至るまで、マスターと音の格闘物語を中心に編集されていました。

そして野口久光氏はじめ、伊藤八十八氏、御大カウント・ベイシー、エルビン・ジョーンズ、タモリさん、村松友視氏、JBLのアメリカ本社の方々など、様々な人達との交流の様子も感動たっぷり、味わいたっぷり、洒落や冗談も交え、文章が掲載されています。

もう、全部が読みどころヽ(=´▽`=)ノ

何といっても、マスター菅原さんの音への探求心・追求心にこちらも心躍り、熱くて一本気な人生に“ジン”ときました。

私も一度だけベイシーを訪れたことがあります。二十数年前・・。
大音響なのに、ひそひそ声で注文を取りに来た女性の声もよく聞こえ、会話も小声でできる、ベイシーならではの良い音がそんな現象を生み出しているのだ、と驚嘆しました。

そのときマスターが掛けてくれたウエス・モンゴメリーのライブ盤では、ウエスのギター・アンプの“箱鳴り”の音が聞こえ、同じ音源を持っている私には今まで一度も聞こえたことのない音に驚きました。

さらにマイルスのライブ盤も掛かりましたが、トランペットを吹きながらソロの部分でセンターに歩いてくるマイルスの足音というか、ステージの軋み音が聞こえたときには震えが来ました。
すごいっ!凄すぎる!どういうことだ、自宅のオーディオでは同じレコードを掛けてもこんな音、影も形も無いっ!・・と、ベイシー・サウンドの素晴らしさにただただ心洗われるように音の滝壺の裏側に入ったような気分で、その貴重な時間を過したのでした。

最後にこの本の中で菅原さんが語っていたことで印象に残ったひと言を。

「有り難かったことが当たり前になっちゃうのは、ある意味不幸なんだよ。それに、どっかちょっと不便なほうが有り難いんだけどな・・。」・・・まったくもって同感でした。

 

2020/05/10

「昭和恋々」山本夏彦・久世輝彦共著を読んだ。

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『昭和恋々 -あのころ、こんな暮らしがあった-/山本夏彦・久世輝彦共著(文春文庫)』という本を読みました。

この本は写真がふんだんです。
それも昭和10年頃から20年代~30年代~40年代と、私には懐かしい時代もあるし、時々ニュース映像などで見かけたことのあるような昭和初期のものなども。

そして、山本夏彦、久世輝彦という“一筋縄”ではいかない両人の無駄のない文章がそれら写真の時代に思いを馳せ、ただ懐かしむというではなく、現代に無くなったそれらが何を意味していたのか、世間とは、家族とはどういうものだったのか、という部分にまでふれていきます。

かつてデパートなどにあった蛇腹式の折りたたみ扉と共に二重扉となっていた「OTIS(オーチス)」のエレベーターの写真・・たしか日比谷の三信ビルが取り壊される前にあったと思う・・、もちろん“デパートガール”も映り込んでいる、どこの家でもあった縁側の人達の風景、そしてなぜか縁側に置いてあることの多かった足踏みミシン、柱時計、床屋のサインポール、原っぱで遊ぶ子ども、物干し台、などの写真と共に両人が書いた文章はなかなか読ませます。そして私には経験のないものもあるのに何故か懐かしいのです。

その時代にあって今にないものって何だろう?
と、私も思いましたが、でも具体的に言おうと思ってもうまく言えません。

人と人のつながり、みたいなものでしょうか。
それに便利になるからといって使い出した様々な家電品を筆頭とする道具などが、果たして人の生活をほんとうに豊かにしたのか、なんてことも思いました。

携帯電話、スマートフォンなどで人と人が繋がった・・?!・・めでたいようだが、ほんとうの繋がりなんて実際にはなくて、個々はとても孤独で寂しいような気もします。

そんなことにも思いが至った本でした。

最後に山本夏彦氏の本は、もう新刊書店で見かけることはほとんど無くなりました。
今の時代、まったく売れない本となったのか、それとも著作権関係などの都合なのか、または時代柄、抹殺されたのか、理由はわかりませんが、今の時代にはまったく見ることのない文体、言葉、考え方がふんだんに書かれた偏屈王の翁の本を私も何冊か保有しておりますので、大事に読み返したいと思っています。

 

2020/04/12

大林宣彦監督が亡くなられた

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映画監督の大林宣彦さんが亡くなられました。
大林監督作品で真っ先に思い出すのは、原田知世さん主演の「時をかける少女」。
SF作品なのに、日本人がもつ大切な心のようなものが胸にキュンキュンと迫ってくる作品でした。

尾道という大林監督の出身地であるロケ地の美しさ、そしてなぜか儚い印象のある素敵な場所。尾道三部作といわれる代表三作もこの地で撮られ、私は当時一気に作品と尾道の「虜」となり、後に現地へと出掛けてみました。

坂道だらけ、そして海の見えるあの風景は忘れられません。

冒頭のスキー場のシーンから一変して「時をかける・・」のテーマが流れる中、町の様子が映像として流れたときには体が震えるような不思議な感動がありました。

その後の大林作品も、どれもが人の心の中にある“さびしさ”や“愛おしさ”“よろこび”などをふと感じさせるものが多く、大好きな監督でした。

私も妻も森村桂さんの著書「天国にいちばん近い島」が好きだったのですが、大林監督はそれも映画にされました。
映画化されたこともきっかけとなり、森村さんが軽井沢につくった「アリスの丘のティールーム」に妻と出掛けたことを思い出します。
その日森村さんは不在でしたが、お店の若い方に「天国にいちばん近い島以来の森村さんの多数の著書のファンです」とメモを渡しておいたら、森村さんご自身から妻に電話をいただいた思い出もあります。
大林監督の「こころ」を大切にする作風が、こんな出来事に結びつけてくれたのかもしれません。

どんな人にもやさしく、おおらかで、はげましてくれ、作品も心温まるものばかりだった大林監督。
映画監督の中で一番好きな人でした。

ご冥福をお祈りします。

 

2019/09/16

仏映画「今さら言えない小さな秘密」を見てきました。

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映画『今さら言えない小さな秘密(RAOUL TABURIN -A UN SECRET-)/2018年 フランス 監督:ジャン=ジャック・サンペ 脚本:ギヨーム・ローラン 出演:ブノワ・ポールヴールド、スザンヌ・クレマン、エドゥアール・ベール』を妻と見てきました。

なんだか不思議な映画でしたよ。
だって、自転車屋さんが“自転車に乗れない”ってことを秘密にしている・・それだけで一本の映画になっているんだからd(^_^o)

でも、「大人の童話」みたいな感じで、「自分にも秘密にしていて、バレたらたいへん」って思っていたことが小さい頃あったよなぁ・・と心の奥にしまい込んでいたものが出て来たような気がしました。

そしてこの映画の主人公・ラウルは、大人になっても結婚しても、自転車屋さんになって町の皆から一目置かれる存在になっても「秘密」がもれないようにドキドキしながら生活しています。

 

 

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そこへ町の人々の日常写真を撮って発表することで国でも有名なカメラマンがやって来て、町の人々を撮り始めます。
当然、町の名士的な扱い(小さな頃乗れないのに自転車で急坂を降り最後は二回転して池に落ちたのが、“伝説の自転車乗り”として町の人々の語りぐさになっている)の主人公に白羽の矢が立ち、自転車に乗っているところを撮りたいという話になってしまいます。

奥さんの家族が二人も自転車の事故で亡くなっていることを理由に「二度と自転車に乗らない」と結婚時に約束していたのに、奥さんから「自転車に乗って撮ってもらったら」と言われてしまい、逃げる理由がなくなる主人公・ラウル。

人生の一大事にラウルのとった行動は?!
そして、仲良くなった写真家や、家族、町の人々のとの関係性はどうなっていくのか?!
ラウルのアイデンティティは保たれるのか??

ここで俄然おもしろくなるこの映画(*^_^*)
まあ、続きは映画館で見てください、おもしろいから。

 

 

2019/09/04

千葉銀座の中島書店が閉店した。

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新聞等でも知り、実際に休日に足を運んでみたが、千葉銀座商店街にある中島書店が昭和6年からの88年の歴史に幕を閉じました。
学生時代からよく中島書店には行きました。そして今でも千葉の中央に出掛けたときには、かならず中をのぞき、めぼしい本を探しました。

店の中のどのあたりの棚には、どんな本が陳列されているかは、もちろん頭に入っています。
店に入ってすぐの新刊のコーナーや、奥の文庫本コーナーでは、最新刊から興味深い本が選ばれ、表紙を見せて並べられていました。店内ひと回りして、気に入った本を買う、・・それが本好きの楽しみであるわけですが、今や読書人口もスマートフォンの影響などで減少、あるいはアマゾンからの購入などで実際に書店に足を運ぶ人も少なくなってしまったのでしょう。
さびしいかぎりです。

町の本屋さんには、郊外型の大型書店にはない品揃えがあり、また地元特有の本も備えられていました。
そんな本屋さんがどんどんなくなっていく。

本屋で意外な本と出会い、それが自分のその後に大きく影響を与える・・なんてことも実体験しました。
もうそういうこともなくなっていくのですよね。

本だけではない。
専門店のようなお店はなくなっていき、通販などで購入するものは、“最大公約数”的なおおざっぱなものになってしまう。

自分でお店の人と話して、そして見て、さわって、たしかめて、買う!それは楽しみでもあったわけですが、今や、SNSなどで人と関わり合いになりたい人ばかりかと思うと実社会ではなるべく人と関わり合いにならずに済まそうとする。
出掛けて行って、人に会い、物に出会う・・そういうこと、大事だと思いますよ。

「えっ、わざわざ本屋さんに行ってるんですか?私なんかみぃ~んなアマゾンです!」っていう人が今までにも何十人、何百人といたが、「どうですか?あんた、ほんとに本読んでる?」と、聞き返してみたい。

だいじなものが日々消滅していく世の中、心の中にすきま風のようなものが吹き抜けていきました。

2019/01/12

話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見てきました。

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あちこちで話題となっている映画『ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)/2018年 イギリス・アメリカ 監督:ブライアン・シンガー 出演:ラミ・マレック、 ルーシー・ボイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョゼフ・マゼロ、エイダン・ギレン、トム・ホランダー、アレン・リーチ、マイク・マイヤーズ』を見てきました。

ブリティッシュ・ロックの代表格でレジェンド、「クイーン」の下積み時代から、あのボブ・ゲルドフが行った「ライブ・エイド」でのウェンブリー・ライブまで、ボーカルのフレディ・マーキュリーを中心とした伝記的映画です。

クイーンの4人を演じたラミ・マレック他の出演者は、ルックスも、楽器を演奏する姿も、まるでフレディ・マーキュリー、ブライアン・メイ、ジョン・ディーコン、ロジャー・テイラーそのものでした。
クイーンをリアルタイムで経験した私でさえ本人達が演じているように錯覚することが何度も・・。そんなリアルに感じるシーンやエピソードの連続です。

クイーンを知らない若い人たちにも好評、さらに長女が友達から得てきた情報によるとラストの15分くらいが圧巻で涙がとまらない、ということでした。


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実際に見てみると、“最初から最後までが圧巻”でしたヽ(=´▽`=)ノ
実際のクイーンの楽曲が入ってくる部分は実にクイーンらしいサウンドでスクリーン上の場面にピッタリとはまり、見ている私はこのフレディの苦悩や、メンバーとの軋轢、フレディが“落ちていく”様、などが、クイーン現役バリバリの時代にこの映画を見ているような気分になり、クイーンは懐かしいものではない!まだ自分の中ではそんな想い出なんかになっていない、ということを深く感じました。

たいへん良くできた映画でした。
ロックを久しぶりに魂で聞き、見た感じ。


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クラプトンや、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジなどとは一線を画すブライアン・メイ独特のギターサウンドとフレーズ、どんなにワイルドに弾きまくっても上品な彼のギター・プレイに久しぶりに大きな音でふれて、ふるえるような感動が体の中で巻き起こり、ロジャー・テイラーのゆっくりなテンポの曲でも“嵐のような”ドラム、ジョン・ディーコンのおとなしそうだが、グイングイン煽るベース、そして、人生を懸けたフレディの天にも昇らんばかりの突き抜けたボーカル、・・体中にあの頃のざわめきがやって来ましたよ(゚ー゚*)。oO

ストーリーももちろん良かったし、音楽はもちろん、キャストもバッチリだし、エンターテインメント的にも楽しめるし、フレディの人生にもふれることができる、・・最後まで“前のめり”に見てしまいました(*^_^*)とってもいいロックな映画でした。

2018/09/03

椎名誠さんの古い文庫本「日本最末端真実紀行」を読んだ

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【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『日本最末端真実紀行/椎名誠著(角川文庫)』を読みました。ブックオフで手に入れた昭和61年初版発行のものです。
だからもう30年以上前のもの。
阪神淡路の震災も起こっていないし、日本中が何か変なものに浮かされて調子に乗りすぎていた時代。
悪いことなんて起こらない、世の中ガンガン開発して古いものは馬鹿にして、どんどん廃棄したり壊したりしていた時代です。

そんな時代の真っ只中で、椎名さんはなんと30代!若いねぇ。
そして、神戸や札幌、倉敷、飛騨高山、渋谷スペイン通り、幕張などへと旧知のイラストレーター・沢野ひとし氏らと旅立ち、その実体を見て感じて、呆れて、嘆き、怒り、笑い、ちょっと感動したりの“珍紀行”と相成っておりました。

たぶん、当時、まだ頭の中に“正気”な部分が残っていて、実際に“るるぶ”、“an・an”、“non・no”などを読み、妙に人工的な観光地などに集まっていた少女、女性らを見て「なんだこの人たちは?なぜここに来た!」と思える理性が残っていた人にはわかるであろう、当時の実際のその地の様子が描かれていました。

この本を読んでいると、すでに“妙ちくりん”なお店などは閑古鳥が鳴き始めている様子が書かれていますので、そんな“浮かれ状態”の日本も、やや衰退への道を歩み始めていた頃なのかもしれません。

上記のような有名“おしゃれ”観光地のほかにも、突然、離島に行ったりして、民宿や、島唯一の観光ホテルでの気恥ずかしいような対応や、しみじみと“ひなびている”島の様子、人々・子供の様子なども描かれていて、それはたぶん現在でも味わえるようなものじゃないかと思いました。
そんなことを書くのも当時から現代まで、たぶん椎名さんしかいないんじゃないでしょうか。

終盤に書かれていた椎名さんが小学校から高校生のあいだに住んでいた千葉の幕張の文にはしみじみとしました。
この文が書かれていた頃に、椎名さんは幕張の遠浅の浜が新しい人工の街になってしまったことを知ります。
タクシーで今の千葉市美浜区(マリンスタジアムや、高層ホテル群のある街)にたどり着き、幕張の人工海浜や稲毛の人工海浜を見て、あきれるというよりは、愕然として、そのかつては区全体が海底だった(椎名さんが夏休み一日も欠かさず通った)地を去ります。
貝や、海苔などの漁で生活の糧を得ていた静かな漁師町的な部分は何も残されていませんでした。
・・私の記憶の彼方にも幕張の遠浅での潮干狩りの様子、人でいっぱいだった浜の様子が残っていますが、そんなものの欠片も今はありません。

読んでいて、終盤のこのあたりで妙にしんみりとしてしまいました。

今や、椎名さんの古い文庫本などは絶版になりつつあるものも出ていて、かつての若かりし頃の椎名さんの、今よりもぶっきらぼうな文章に出会う機会も少なくなってきそうなので、この本、久しぶりに刺激を受けました。


【Now Playing】 My Sweet Lord / George Harrison ( Rock )

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