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2017/10/26

「ちろりん村顛末記」を読んだ

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『ちろりん村顛末記/広岡敬一著(ちくま文庫)』という本を読みました。
夏に鎌倉に出掛けたときに鎌倉駅近くの独特の品揃えの本屋さんで買い求めました。
そこでは、すでにこのブログでご紹介済みの「女の足指と電話機/虫明亜呂無著」も併せて買い求めました。
この二冊だけでも“ム・ム・ム”っていう感じです。

「ちろりん村」というのは、1970年代に琵琶湖畔の田園地帯に突如出現したソープランド街です。
当時はソープ・・とは呼ばず、別の名前で呼ばれていました。

突如出現した通称“ちろりん村”は世間の耳目を集めたそうです。
なにせ、なんにもない田んぼだらけの中に突然異様な建築物と共に一大歓楽街が出現し、その行く末がどうなるのか・・うまくいくのか、すぐに消滅してしまうのか、吉原や千葉の同業歓楽街も注目していたことが、この広岡さんのルポを読んでよく伝わってきました。

ルポの中心は、当時トルコ嬢と呼ばれたちろりん村の従業員?!と、それを経営したり、お店の従業員となっていた男性の「なぜこの仕事を選んだのか?」という根源的なところから入り、読んでいるだけで滅入ってしまいそうな困難ばかりの生き方、そしてそれらをどう切り抜けて、あるいは泥沼から這い出るようにこの業界にたどり着いたのか、というものでした。

特に女性従業員は、家族との関係が悲惨だったり、男に騙されたり、貢いだり、ちろりん村で大金を稼ぐようになってからは想像を絶する湯水のような金の使い方、そしてせっかく大金を稼げるようになったところで、いわゆる“ヒモ”が現われ、稼ぎのほとんどをこの何もしない男に使われてしまう・・読んでいるだけで、人生の悲哀、無常を感じ、人生というものの陰を大きく意識したのでした。

経営する側は官憲に脅え、全盛期には信じられないような儲け方をしているにもかかわらず、いつ警察に挙げられるのか、いつ廃れてしまうのかに気を揉み、やはり常人には考えられない明日をも知れない世界に生きている姿が印象的でした。

この業界はやがて、どんどん下火になっていくわけですが、最初の一店から隆盛を極める様子、そして衰退していくところが『風俗ルポの最高傑作』と言われるこの本には著者広岡氏の思い入れが入り混じりつつ描かれています。

日本のひとつの時代、風俗を見事に切り取ったルポだと思いました。


【Now Playing】 ニュース / NHK ( AMラジオ )

2017/09/29

解散しましたね。

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このブログに似合わぬ話ですが、解散、選挙の話。

降って湧いたように「解散」の報が流れ、安倍さんの予定どおりに衆院選へと一気に事態は進みましたが、民進ガタガタ・・小池さんの準備進まず・・とりあえず勝つなら今だという安易な予測は外れたようです。

小池さんの動きの速いこと、そして信じられないような前原さんの“肉を切らせて骨を断つ”的な判断、そこまでは予測していなかったようです。“骨まで断たれ”ては大変ですが、信じられないような展開になりました。

新聞掲載写真の安倍さんの表情も冴えません。
よく「政界は、一寸先は闇」と言われますが、まさにそんな感じ。

どんな結果になるのかは誰もわかりませんが、ぎりぎりの生活でも我慢して、懸命に働き、日々のささやかなことに喜びを見出しながら暮らしているような人に少しでも光のあたる世の中にしてもらいたいものです。

このブログで私は「戦国の武将で誰が好きですか、と聞かれたら、人殺しに好きな人はいませんと答えます」と何度か書きました。

選挙はまさに“戦(いくさ)”です。

だから“戦”の勝ち方、戦法、敵を出し抜くようなやり口、などに長けた武将のような人は政治家に何人もいるでしょう。小池さんだってむしろ“戦”の策略は誰にも真似できないものを持っているでしょうが、自らの興味はそっちの戦争に向いていて、実際の統治はどうなんだろうと思ってしまいます。
築地・豊洲市場の問題だってそんなに進展してきたとは思えません。

かといって、“ひとり勝ち”してきた今までの人達の様子だって多くの“驕り”が見られたと思います。国会の答弁にもひどいものがありました。

「面白いことになってきた」と喜び勇んでいるテレビその他マスコミのくだらぬ報道に惑わされないように、選挙当日まで正気でいたいと思います。


【Now Playing】 How Deep Is The Ocean / Stan Getz ( Jazz )

2017/09/18

「ギョーザのような月がでた」を読んだ

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『ギョーザのような月がでた/椎名誠著(文春文庫)』を読みました。
ブックオフで買ってきたのですが、初出は1996年となっていますので、椎名さんの文もまだ若い感じ。

この頃は相変わらず日本中を飛び回りつつ、原稿を書き、焚き火をして(#^.^#)、さまざまなイベントなどに出席し、あちこちで飲みまくるという内容で、椎名さん、かなりアクティブです。

書かれている文を読むと、その当時の首相は橋本龍太郎さんで、だいたい時代が想像できると思います。

時代の雰囲気がわかるのは、「唐突な連想だが、このままでいくとむこう十年もしないうちに、日本は携帯電話だらけになってしまうのではあるまいか。どこでも誰でも日本の町中一日中移動個人電話の社会になっていく、というのは考えてみるとどうもオソロシイ。」という椎名さんの懸念です。

今、・・そのとおりになっちゃいました。
そして、当時はこのエッセイの中にも書かれていますが、携帯は通話が主体です。
でも、もっとオソロシイことに、メールやライン、SNSが携帯電話の使い方の中心となり、当時の想像をはるかに超えた状態になっております。

そしてこんなに情報網が発達したにもかかわらず、人と人の心のつながりは、たぶん当時の十分の一くらいになっているのではないかと思われます。
“便利”は人と人のつながりを排除していくのです。見事に結果が出ました。そして、犯罪の温床もここにある・・。

それから、椎名さんもこの頃たぶん50代に突入していて、「せいぜい三~四人の顔ぶれで、酒くみかわしつつしっかりした話をする、というのがいい。」と言っています。今の私とまったく同じ心境。
さらに「まあ少々あやしい女と二人でのむ、というのもいい。」と書かれています。
あやしくなくてもいいけど、私も同感(^_^)

「このふたつのケースぐらいでわが人生もういいもんね、という気がする。」と結んでいますが、さらに同感!d(^_^o)

私も椎名さんの人生のあとを“なぞっている”のか、と思いました。

テンポよく次から次へと人と酒の話題中心に書かれているこの本、いつものことではありながら心の栄養になります。


【Now Playing】 Born to Be Blue / Helen Merrill ( Jazz )

2017/09/11

なんであんたが怒ってんの?!

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本や、音楽、食べ物、お酒、観劇などがこのブログの主な掲載項目ですが、今回は最近メディアではこの話題ばかりの「不倫」の話。

民進党の議員が離党届を出したのも耳新しいですが、報道を聞いていると「離党は当然だ」とか、「議員辞職しろ」とまで言っている今まで同じ党だった議員までいるようです。

ご本人は否定しているようですが、そもそもなんで「不倫」なんて個人的なことで記者会見したりするのでしょうか。それは芸能人も同じ。

人が人として生きている限り、人を好きになることはよくあることです。
程度の差こそあれ、誰もが経験していることです。

議員だとか、芸能人だと誰かを好きになり、その人に配偶者があったり、自分に配偶者がいると世間一般に謝罪せねばならないのでしょうか。
謝罪せねばならないのは、互いの配偶者や拡げても家族まで、それ以外の人になぜ謝らねばならないのか、私には理解不能です。
ましてや、まったく関係のない他人であるテレビ視聴者や雑誌の読者が鬼の首を取ったように「けしからん」と怒っているのには、なぜだかまったくわからないのです。なんで?

離党しろ、だとか、議員辞職しろと言った議員さん、あんたは大丈夫なの?

そしてそのスキャンダルをものにしようとして日夜そんなニオイを嗅ぎ出し、人の後をつけたり、ゴミ箱をかき回したり、映像に収めようとしている人。
さらにそのゴミみたいなつまらないネタに喜び、テレビや雑誌を貪るように見る人。
もっとほかにやることはないのか。

テレビ、週刊誌で「この人は、ほら、不倫しているんだぞぉ~っ」てやられたら、「それがどうした」と言えばいいのに、と思います。
報道された有名人に対し、罵詈雑言を浴びせている人・・あんた自身が今までしてきたことを胸に手をあててよく思い起こしてみてくださいな、まともな神経している人だったら恥ずかしくてそこに立っていることさえできないと思うよ。

つまらない話題でごめんなさいよ。


【Now Playing】 Autumn Leaves / Cannonball Adderley *Miles Davis ( Jazz )

2017/08/30

「ジーン・ワルツ」を読んだ

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『ジーン・ワルツ/海堂尊著(新潮文庫)』を読みました。

主人公の曾根崎理恵は、大学医学部の助教。
そして閉院間近のクリニックで五人の妊婦を診ている。五人それぞれが年齢、境遇、その他複雑な事情を持っていて、それだけでも読み応えがあるのですが、この本はさらに生命の意味や、尊厳、踏み込んでいって代理母出産というテーマにも“挑んで”(読んでいて挑むという表現がピタリと感じた)いました。

そしてそれらの重いテーマを抱えながら、それをエンターテインメント的に小説に仕立て上げる・・。著者の海堂尊さんの激しく勢いのある筆致に圧倒されました。

主人公の女性は、閉院間近のクリニックでも働いているのですが、閉院まで追い込まれたのは国(厚生労働省の官僚のやり方)のせいだと、国の行政にも立ち向かいます。
なので、主人公の属する大学では彼女が目の上のタンコブというか、邪魔で、抹殺したいような存在でもありました。

でも、彼女の講義は純粋な医学からは逸脱しながらも生徒には好評、それがまた大学側にとって許せないことに・・。

主人公の曾根崎理恵と大学、さらに国の対立と“戦い”はラストの緊迫感ある展開にまで及び、最後まで目が離せません。
曾根崎側につくかと思われた准教授も最後には戦いを挑んでくる・・が・・、大どんでん返しがラストに待ち受けています。言っちゃうとおもしろくないので書きませんが(^_^;)

クリニックで診ている五人の女性の人生模様、生まれてくる赤ちゃんの境遇、果てはクリニックの院長(癌で余命幾ばくもない)の奇跡的な赤ちゃんの取り上げなど、出産に立ち向かう個々の女性達と主人公とスタッフの姿に読んでいて涙が止らなくなりました。

主人公は冷静で、しかも理性的、合理的、策士でもありますが、周囲の女性達のあまりにも人間的な生き方が対象的で、そのコントラストの描き方にも深く感心してしまいました。

最後の最後まで息をも尽かせぬ小説でした。すごいっ!

ブックオフで108円で買ってきたけど…σ(^_^;)、内容は衝撃的でした。満点!


【Now Playing】 Sweet Cakes / Blue Mitchell ( Jazz )

2017/07/28

手塚治虫傑作選「戦争と日本人」を読みました

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『手塚治虫傑作選「戦争と日本人」/祥伝社新書』を読みました。
これはあの手塚治虫先生が描いた『戦争』に関わる漫画について9編収録したもので、手塚先生自身が中学校(現在の高校)に入った年、日本とアメリカは開戦しています。

現在の内閣はここのところ大きく国民の信頼を失い、揺らいでいるようですが、つい最近までは安保関連の法制改正や、憲法改正に向けて一直線でした。このあいだまでは戦争の記憶や平和の尊さについても風化され、鈍感になりかけていた我々日本国民、このタイミングで実際に戦争のさなか、感じたこと、経験したことを描いた手塚先生の漫画を読んでみることは、とてもいい経験になるのではないか、と思いました。

特に先生の実体験に基づいたと思われる「どついたれ」などを読んでいると、一般の人、普通の人が心の中ではほんとうに戦争がイヤで、早く終わってほしいと思っているにもかかわらず、理不尽な目に遭わされ、しかも本当はやりたくないことをさせられ、どうしようもない無力感を味わっていたことがわかります。

戦争が始まれば、考えられないような悲惨な経験をし、ひとりの人間としての価値など粉微塵になくなってしまうこと・・そんなことが想像できない人が、今たくさんいるような気がします。

自分の家族が、自分が、無理矢理戦わされて死んでいく姿が想像できないのでしょう。
戦うのは自衛隊?、あるいは自民党の憲法改正案に堂々と掲載されている“国防軍”だと思っているのでしょう。
想像力が足りなすぎる、それは私たちと同じ国民で、家族も、愛する人もいる日本国民です。
しかも、徴兵制についてもはっきり否定している発言はありません。「ありえない」とか「勝手に話を大きくつくっている」などと言ってはいますが、「徴兵は行わない」とはひと言も言っていません。・・騙されるなよ。

戦争のせいで互いを裏切り、友を失ってしまった話。

中学生の頃、怖かったガキ大将が、手塚をモデルにした少年の漫画を見ることが楽しみで、可愛い少女の絵を手塚に描いてもらい、それを宝物のようにしていたが、やがて大人になり徴兵され、戦死してしまう話。その元ガキ大将は戦地に手塚が描いた少女の絵を持っていった・・という話。

特攻を命じられたが、打ち落とされ、不時着した島で生きながらえ、でも国では火の玉となって敵艦に大打撃を与えたと・・「軍神」として崇められ、忠霊塔まで建てられてしまい、でも母親はそんなことはちっともうれしくなく、生きていてくれた方がよかったのだと表向きとは裏腹に嘆き悲しむ話。
そして何とかして生きて帰ってきた本人に、「特攻し、大きな戦果をあげ、もう死んだことになっているからもう一度突っ込んでこい」と、無理矢理戦闘機に再度乗せられてしまう話。
などなど、その数多くの作品にはもう読んだ瞬間から“釘付け”になってしまうでしょう。
手塚先生のこういう一面、見てみるのもいいと思いました。


【Now Playing】 I'll Never Smile Again / Bill Evans ( Jazz )

2017/06/30

AIが、そんなにいいのか

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ここのところ、“AI(人工知能)”という言葉を聞かない日はありません。
ついこの間では、「AIスピーカー」っていうのが出来てきて、そのスピーカーに今の自分の気分を語りかけると、その気分にちょうどいい音楽を奏でてくれるんだって・・自分の聞きたい音楽くらい“機械様”にお教えいただかなくたって決められるよ、決められなくて人間やってられっか、つうの。

「素晴らしいことでしょう、どうです」って、そのニュースでは自慢たっぷりでしたが、バカみたい・・って思いました。

今話題の将棋だって、もう人間は人工知能に勝てなくなってきてますよね。
そうすると現在連勝中のあの人の価値は下がるの??そんなことないでしょ。
人間が自分の頭脳から絞り出して対局するから皆が夢中になるんだ、「ついにコンピューターが人間に勝った」みたいによろこんでいる人がいるけど、それがどうした・・と、いつも思います。

クルマの自動運転に関してはいいことがたくさんありそうですが、事故対策や老人向けにはとても良いと思いますが、今やクルマに興味のない若者が多く、人工知能にたよった運転に完全に“おんぶに抱っこ”状態になると、人間自体の能力が退化の一途をたどるのではないかと危惧いたします。

それに、F1や、この間佐藤琢磨さんが勝ったインディなどのレースも自動運転技術の戦いになってきて、しまいにゃ人が乗らなくなるでしょう。
それが面白いかねぇ。

どんどん考えていくと、既にそういう状態に入っているのかもしれませんが、作曲、作詞に関してもAIまかせになって、機械が作った音楽に涙することになるかもしれません、いやもうなっているかもしれない。
ついでに絵画などの美術にも及んで、人間は何もしなくなって、それで何が楽しいんだろうね。

仕事だってほとんどAIにお願いしていくと、もう人間のすることはなくなってきて、失業も今よりも大きな社会問題になってくると思います。「そんなことはない、人間はそんな中でさらにグレードの高い仕事ができる」なんていう“幸せな”御仁もいっぱいいると思いますが、“過去ん十年”コンピューターが代わりに仕事してくれて、幸せになった人間なんて一人でもいるのかね。
決してそういうものの発達が人類の幸せにつながるとは思えない、というか幸せになったためしがない。

簡単に今思いついたことを書いてみました。
人は毎日の些細なことを自分でやって、つまらないことでもそれをやるから生きて行く楽しみがあったりするものだ、ということが書きたかったのです。
結論としては「人の愉しみを邪魔すんなよ、AI!!」ってことです。それじゃまた。


【Now Playing】 Maybe September / Tony Bennett & Bill Evans ( Jazz )

2017/06/23

へんな話だと思った

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久しぶりのアップになりました。ちょっと疲れていました。書かずに充電してました。
では、今回の話題に。

このブログでも何回か書いてきたこと。
いわゆる“〇〇〇48”とか、地方名のイニシャルを冠した数十人の女子を集めた芸能グループの“総選挙”と呼ばれている商売、まだやっていたことをニュースで知りました。

そのニュースは選挙で上位入賞した須藤さんという女性が、入賞挨拶の際に「自分は結婚する」と宣言して、それがファンに対する裏切り行為だというものでした。

グループには「恋愛禁止」というルールがあるらしいけど(でも、問われるとそのグループの有名な“総帥”的な人物は「そんなことは言っていない」とうまく逃げるのです。だったら「そんなルールは無い」と言えばいいのに、言わずに暗黙のルール化にしてうまいこと商売をやっている)、禁止だと言われて恋愛、恋心が遮断できるものだと思っている方がおかしいと、私は思います。

ルールがあったら人を好きにならずにいられるなんて、自分が同年代の時に電撃を受けたように人を好きになったことを思い出してみたらいいと思います。たとえば今は勉強する時期だから人を好きになってはいけない、なんて言われても“人間なんだから”止められることと止められないことがある・・そのくらい人としてわからないと、他人の人生を狂わせることになるよ、と思いました。

怒っているファンについてニュースで語られていましたが、同じCDを何枚も(10万円単位で買っている人がたくさんいるらしい)買って“選挙権”を手に入れ投資しているのに、なんということをした・・ってことらしいです。
「その何十万という投資を他のことにしてみろ」と言いたい。CDは聞くものだ、同じものであれば一枚で充分あなたの好きな人の歌声が聞けるのだ、応援したいのなら別の方法でするがいい。

選挙権を売っている側も、本来の音楽や映像等を売るのでなく、昔の「紅梅キャラメル」や「仮面ライダースナック」(買ったら中身を捨てて応募券やカードだけを取り出す、本来の食べ物を売ることから外れたものを売る行為)的ないかがわしい商売をしていることに対して自戒の念を持った方がいいと思うが、“儲かったらそれでいい”のでしょう。それに“乗せられて”そんな商品を買っている人もいいかげん意識した方がいい。

ファンにも総スカンを喰い、グループの仲間からも冷めた目で見られているらしい須藤さん。
ファンも、グループの仲間のひとたちも、人が人を好きになること、結婚したいと思うこと、それがどういうものか、もう一度心を落ち着けて考えてみたらどうでしょうか。

一人の人間に対して恋愛してはいけないとルールづけすること、音楽やダンスなどを含めた芸能そのものを売ることがビジネスの中で“ないがしろ”にされていないか、人が自らの思う道を歩むことに対して尊重することが自分自身の人生に対しても応援になるのではないかということなど・・、もう一度自分をニュートラルな位置に置き直して思い、考えてみることは大事だと思いますがいかがでしょうか。

久しぶりのアップで、思うように書けませんでしたが、言いたいことのエッセンスは書けたと思います。それではまた次回に。


【Now Playing】 りんご追分 / 美空ひばり ( 歌謡曲 )

2017/06/18

舞台をみて歌詞をかみしめていたら・・今の世の中がみえてきた

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このブログでもご紹介した宝塚歌劇・星組が東京で先だってまで公演していた「スカーレット・ピンパーネル」はフランス革命後の国の様子、そしてイギリスからそれを見て苦しむ人々に手を差し伸べるピンパーネル団の活躍を描いたミュージカルでした。

あの舞台を見ていて、歴史物語なのに、主人公やその他の人たちが歌い上げる主題歌「ひとかけらの勇気」が、ずしんと心に響いたのでした。

その歌詞と共に私が客席で感じたことについて少しふれてみます。

ひとかけらの勇気

どうしてだろう この世の中に
欺瞞と不正 溢れている

・・どこかの学園の認可についての〇〇省にあったという文書、あった・ないの嘘と欺瞞、そこには不正もあって、さらに正義の顔をしている人物も実は既得権益を守り、天下り先を確保するために奔走していたのにそれを指摘され、みっともない行動に出る。
どっちもどっちだ、溢れている不正と欺瞞


人が自由に 歓び分かち
愛し合える 至福の日は 来るだろうか?

・・歓びは分かたれていない。歓んでいるのは、自らの利益のために法まで変えて人々を騙し、あろうことかそれを礼賛して自分の首が絞められていることに気づかない人を嘲笑いながら見ている奴らだ。至福の日は来るのか?来ないよ、ずっと。


遠国(とつくに) 嵐吹き荒れても
僕は見逃しはしない
ひとかけらの勇気が 僕にある限り

・・自分のふだんの生活には関係ない、身の回りさえ何とかなっていればそれでいいや、関わり合いにならない、と思っているうちに事は進展していくのだ、どんどんと。ほんのひとかけらの勇気があれば、たったひと言でもいい、「それは違うんじゃないか、それが人として国として正しいことなのか」と言ってもいいじゃないか。でも、“長いものには巻かれろ、札束には切られろ”ってことになっている。


どうすればいい この世界から
争いの炎 消えはしない
人が築いた 心の壁を
打ち砕き 解き放つ その日はいつか

・・世界のリーダーたる者が〇〇ファーストと言って、争いの炎を燃やそうとし、心の壁を打ち砕くどころか、より強固にし、あろうことか物理的な壁まで作ろうとしている。


強い力 立ち塞がろうと
僕は諦めはしない
ひとかけらの勇気が 僕にある限り

・・何度も諦めた方がいいと思ったし、ひどい目にも実際遭わされたこともあったが、今は心に何か静かに風が吹いている、ひとかけらの勇気はまだある。だから書いている。このあいだ会った学生時代の担任の先生にもそれでいいのだと言ってもらった。


登れない山 渡れない河
数多(あまた)の障壁乗り越えて
例えこの身 傷付こうとも

・・登れなかった山ばかり、渡れなかった河ばかりだったが、それでも最後に残された自分の真実の心に従って残りの人生を生きて行こうと思う。


僕は行く 君の為に
ひとかけらの勇気が 僕にある限り

・・君とは妻であり、家族であり、誠実に生きている人。勇気は死ぬまできっと私の中にあると思っている。

2017/05/27

聞きたくもない話だが・・

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またも学校法人の設置計画をめぐって記録文書があるやなしや、そしてその真偽について報道が騒がしくなっています。
また学校の設置計画でなんかあったんかい?!と思いつつ聞き流そうとしていたら・・、その担当である省を辞めたトップの人が会見を開いて「あれは本物だ」と、いかにも正義を通した風な様子でした。

どっちもどっちだ。

と思いました。

その正義の人は、女性の貧困について、実地の視察調査を売春の交渉現場と目される怪しげな場所で頻繁に行っていたらしくて (・_・;、誰も信じないその理由を失笑を買いながら語っていました。
文書の信憑性はありそうだが、この人物の信憑性はどうにもこうにも誰が見ても“うろん”な印象です。

正義に燃えている風をよそおっていますが、天下りの裏ルートを密かに残したりしていたような人だし、そんな文書が出回っていたのなら部下を一喝し、自分がトップに直談判に行ったらよかろうにと思いました。

そもそも報道で見たその文書を見て、うちでは夫婦して「この文書は“作り物”だね。文章能力は中学生程度の人が書いているのは明らかだし、“いかにも”って文書を作ろうとしている。」なんて言っていたのです・・どうやら本物らしいですが・・(^_^;)

とてもいい学校を出て、なんとか省なんてところにおさまっている人の文章じゃないと思ったのです。拙すぎるし、言おうとしていることの表現が幼稚過ぎる。

さらに、こんな文書を“共有(※会見したエラい人がそう言っていた)”するという行為自体は、もうなんというか小学生並みの行為です。
「とってもこわいガキ大将の〇〇ちゃんが、こんなこと言ってるから言うこときかないとダメかも~」っていうやり方です。

前述の文書の稚拙さと、こんな文書の共有をママゴトのように行っている子供じみた行為に、「偽物に違いない」と、私達夫婦は思ってしまったのです。そして事実は小説より奇なり。本物なんだよね、きっと。

国会で野党が「国家の私物化だ」と発言していましたが、私はそのとおりだと言わざるを得ません。
世の中、メディアまでこわがって報道を控えているようですが、国民も声を潜めているというか、逆に声を上げようとする人に罵声を浴びせたり、冷ややかな態度をとる人もたくさんいます。
・・「いいようにやられちゃうよ、あんたもただのトカゲの尻尾だよ」と私は言いたい。

こうして国家は私物化され、挙げ句に戦争にまで到達するのに時間はかからないでしょう。
他人ごとだと思っているとそんなことになっちまうよ。

・・というのがきょうの書きたかったこと・・。
先日、中学時代の先生にお会いして「自分の言いたいことに臆病になるな」と、あらためて教わったので、思っていることを素直に書いたのです。


【Now Playing】 Honky Tonk Woman / The Rolling Stones ( Rock )


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