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2019/11/30

「管見妄語 知れば知るほど/藤原正彦」を読んだ。

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『管見妄語 知れば知るほど/藤原正彦著(新潮文庫)』を読みました。
著者は数学者であるが、知性とユーモアをふりかけ、数学者らしからぬ情緒的な部分も感じさせつつ本書のようなエッセイを書いている。

また、それぞれのエッセイのテーマが多岐に渡っていて、ジャーナリスティックなものから、世俗的な話題、家族の話題、国外に出かけたときのエピソード、などなどが書かれていて、著者の知識と“懐”の深さに驚いたのでした。

さらに著者はあまり世間的には多数派のいない意見を言っても、これを言ったら各方面から非難されることは必至だ、というようなことについても、遠慮会釈なしで、しかもちっともビビっていない、かといって人間的に“あっちの世界”まで行ってしまったような奇人・変人でもない、そこがこの人のエッセイの魅力になっているのかもしれないと思いました。

小泉構造改革時の「郵政民営化」についても、アメリカが日本に蓄積されている個人の金融資産を日本のために使わせないようにするためのものだ、と説き、それこそ誰にでもわかるように噛んで砕いて「そうだったのか」と思わせる説得力と筆力があります。
何度読んでも難しくてわからないようなことを書いている人っていうのは、結局自分もわかっていないことを分かった風に書いているだけだと常日頃感じている私には、藤原氏の書きっぷりは見事だと思いました。

ドイツ、メルケル首相の難民大量受け入れや、英国のEC離脱についても、その分析は面白い。
どこからか他人の意見を拝借してきて、適当に自己の理論をふりかけて作ったものではなく、話の組み立ては平易なうえに思わず納得してしまうものでした。

かと思えば、1960年代の「流行歌」に関する思い出などは、とても情緒的で、心にじんと沁みるような話になっている。
話題の広さも、広範囲で、しかも自由な感じです。
この本は楽しめるぞ、と思いながら最後まで読んでしまいました。

過去の社会的・政治的な出来事についても、あらためて考えさせられることが多々あり、偏った、あるいは自らの保身のために“曲げて”記事を書いているようなメディアに一杯食わせられないようにしよう・・などとも思ったのでした。

2019/10/26

今年は災害の年か

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毎週のように台風、大雨、強風などが襲い掛かるようにやってきます。

昨日は、職場にいる間に雨脚が強まり・・というか、豪雨に豹変し、職場にも「どうしていいかわからない」と家の中から外を見て電話してくる人もいましたし、心配して河川担当課と話をしたいと飛び込んで来た人もいました。

緊急で泊まりとなった職員と共に職場を後にして帰宅しようとしましたが、すっかり雨はあがっていたにもかかわらず、冠水の影響でしょうか、道路は大渋滞。
クルマで30~40分で帰宅できる道のりは結局4時間かかって我が家に到着、疲労困憊でした。

とにかく毎週毎週のことで、気が休まることもなく、常に不安がよぎっているような状況が続きます。

昨日は、同じ町内で土砂崩れが発生し、亡くなった人まで出てしまいました。
聞いて最初は耳を疑いましたが、我が町内の出来事でした。

今朝も自己の通院でクルマを出しましたが、途中通行止めの看板の先には水没したトラックと乗用車が・・。
大回りして医者に向かう途中、さらに幹線道路を横切ろうとしたら、その幹線が通行止めになっていました。路肩崩落だそうです。

そうそう、言い忘れておりましたが、古い職場の建物は雨漏りがひどくて、傘でもささないといけないくらいの状態で、いくつもの段ボールにビニール袋をかけて雨を受けました。
ものすごい量の雨水がたまりました。

千葉もここ一ヶ月、ひどい被災状況ですが、各地で堤防決壊、洪水、土砂崩れが発生しています。
今までの災害に対する考え方を我々日本人は一変させなければならないのではないでしょうか。

またまた、再三書きますが、オリンピックだとか、そんなこと言っている場合ではないんじゃないかという思いをさらに強くしました。

元気づけられたり、勇気づけられたりする前に被災者は物心両面において疲弊し、潰されてしまうんじゃないでしょうか。
今からでも、オリンピックは辞退して国内の災害対策に専念したらいかがでしょう。

何か、国中の環境が、もう、昔のような状態ではなくて、別の国のようになっていることには皆が気づいているはずですから、気候などの環境も含めた災害対策を今一度考え直した方がいいと思います。
それを何か人知では、計り知れないものが何度もこれでもかと知らしめているのかもしれない・・と思いませんか。

浮かれきっている人達には申し訳ないけど、私はこう考えました。

2019/10/17

マラソン、競歩を札幌でやるんですか、そうですか。

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なんか突然の報道で、オリンピックのマラソンと競歩を札幌にしようということになったらしいですね、・・きょうのニュースでは“決定”だと言っていました。

IOCの会長さんは「選手たちの健康と安全は常に私たちの関心の中心にある。提案は、私たちがこの課題をいかに真剣にとらえているかの証左だ」と談話を発表したんだと・・。

そんなに真剣に選手の健康と安全を考えていたんだったら、もともと日本の真夏にオリンピックなんかやらせるなよ!と思いました。

大金掛けて“バカでかい”競技場を造ったり、ものすごく汚い海を泳がせて競技をしようとしたり、「オリンピックだオリンピックだ」と浮かれている皆さんには悪いが、今の日本でやる意味なんかないと私は思います、何度も何度もこのブログで書いたけど。

そもそもオリンピック自体がもう世界の人々の体力や技術を競う、そしてアマチュア精神を発揮するような場ではとっくのとうに無くなっているし、どうやって儲けるか、商売のやり方の競技会になっていると (・_・; 思うし、正々堂々なんて言葉はこの世に存在しないようで、どうやってドーピングしていくか、みたいなことになっている世紀の虚構大会になっていると私は思いますよ。

大会はひとつの国に固定して行うか、競技ごとに国を別々にして、無駄なお金は使わない方がいいと思う。

特に日本が技術力を上げ、大きな予算をつぎ込むなら、災害対策に国民皆が力を注いだ方がいいと思いませんか!
東京でのオリンピック開催が決定してからいったいいくつの災害が私達日本国民の上に降りかかってきたのか・・。

勇気を与えてもらえるとか、心を強くすることができる・・とか言うんだったら、災害対策や被災者への手厚いフォローなどを充分にすることが勇気と心の強さにつながると思います。そう思いませんか。

地球の温暖化が大きな影響を与えているのか、今回の台風15号、19号での風と雨の被害は今までの災害についての概念を我々が大きく覆して、災害対策だけではなく、地球環境と相談しながらの政治的対策だけではない、様々な分野の人も含めた新たな取り組みが必要だと考え直さなければならないきっかけとなったんじゃないでしょうか。

オリンピック開催に必死に取り組むことが必要なら、上記のような課題に取り組むことはもっと必要じゃありませんか。

何度もくどいけど、また書いちゃいました。
来年、オリンピックが災害に遭遇したりすることもなく、また暑さなどの気候のせいで選手が倒れたり、ひどいときには死者がでたり(観客にもそういうことが起こりうる)、そんなこともなく無事済んだとしても、それはたまたま“運が良かった”だけの話です。
大人らしく、人間らしく、冷静に考えてみることも必要ですよ。

2019/10/02

買わなきゃタダだ!

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昨日から消費税が10%に上がりました。
昨日の夜のテレビ番組を見ていて呆れた。

主にお笑いタレントなどを集めて、キャッシュレス決済やポイント還元できるカードなどの紹介をして、ポイントが付いた付いたと大喜び、大騒ぎしている様子が映し出されていた。
これを見て私もやってみようなんて思うヤツがいるからこういう番組を作っているのか、それとも脳天気な視聴者をうまいこと騙せと、スポンサーがそそのかしているのか、政府側の方から圧力が掛かっているのか。

消費税上げなきゃこんな馬鹿騒ぎをしなくてもよいのだ。
また、この新しい税制に苦しむ側の人達も苦労しなくてよかったのだ。

テレビ局は作る番組が違うだろう、もっとこの税制について突っ込んだ番組を作ろうという気概はないのかね。

基本的に消費税を上げられて喜んでいる人達は、何をそんなに喜んでいるのだろう。
お金持ち以外は喜んでいる場合ではないと思う。

私が昨日見たテレビ番組は新税制の“提灯持ち”のような内容のひどいものだった。
あれをひどいと感じない感性の持ち主だから選挙のときに税を上げるぞと言っているのに、そこに投票する。
戦争が出来るような環境に憲法を変えますよ、と言っているそいつに投票しているのでしょう。
後々大変なことになるよ。

日本は世界のキャッシュレス社会に対して遅れてしまいますよ・・・それがどうしたっ!
自らの懐から支払いする感覚を無くなさせて、ますます何も考えない人間が増えてしまうんじゃないの。

ようするに消費税10%対策にはこれだ!『買わなきゃタダだ!』

・・そんなこと考えてたら経済は落ち込んでしまいます、というアナタ、その心配は今回10%に消費税増税をした輩が考えることです。低所得者に不利な、こんなものやるからには責任は上げたヤツが取ればいい!

以上です。

2019/09/10

台風被害の停電が続く

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千葉県はこのあいだの台風15号の被害(主に強風によるもの)が依然として続き、県内各地で停電を起こしています。

仕事上でも、私は電力関係の仕事ではありませんが、問い合わせの電話はかなりの数、受けています。東電へ電話しても繋がらないので、掛かってくるわけですが。

千葉市へ台風が直撃したのは午前3時頃から5時くらいがピークだったでしょうか。
朝起きて、クルマに乗り通勤経路を走ると・・沿線は大木が倒れ、電柱が折れ、信号は消えている・・。

我が家はたまたま電気が通じていましたが、同じ町内でも、そして市内あちこちが停電。
驚いているうちに、被害は県内各地域に及んでいることを知りました。

強い台風と聞いてはいましたが、想像以上のものでした。

塀が倒れたり、重そうな鉄骨資材が道路まで吹き倒されている場所も見ました。

よりによってこんな電気の無い時に猛暑が襲いかかり、悲鳴のような電話をたくさんいただくことになりました。
私は関係している職場で仕事をしているわけではありませんが、とにかく電話が通じるところに掛けて何か言いたい!その気持ちはわかります。

電気の供給については、またひとつ大きな課題が残った・・(まだ作業中ですが)・・と思います。

来年のあの大きなイベントなんかにかける金があるのなら、こういうことの研究・開発に心血注いだ方が一般市民にとってよほどいいんだが、と、またまた思いました。

写真は電話線をぶった切って倒れた大木です。職場の近く。

なんとか明日には復帰してほしいです。
お年寄りには限界が近づいていると思います。エアコンなし、冷蔵庫なし、水が出ない(電気を使って給水している場合)、スマートフォン充電出来ず、ニュースソースに電源がなく繋げない、コンビニでは食べ物、飲料の棚がほぼスッカラカン、人間だけでなくペットも衰弱しているとのこと。
信号も点いてほしい!

明日に期待します。

2019/09/08

『上野正彦の「死体学」ノート』を読んだ。

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『上野正彦の「死体学」ノート/上野正彦著(PHP文庫)』という本を読みました。
著者は、元東京都監察医医務院長の医学博士。増え続ける自殺、バラバラ殺人、親殺し子殺し・・・30年間で2万体もの“死体”と向き合うことで様々なことを発見し、また、感じたことをまとめたものでした。

最初から知らないことばかり。
私のような一般人には、人が死ぬということで考えること、発想することはお葬式のことばかり。
死体が、時代や人間そのものを監察医にうったえかけてくる、なんてこと考えたことがありませんでした。

監察医として死体と向き合うことで、その人の死に方、また周囲との関係、その時代の社会背景まで見えてくる・・そんなことが書かれていました。

さらに、自殺に見せかけるような他殺体と対面し、そのトリックについても解説しています。

そして、監察医制度というものがわずかな大都市にしか無いということも初めて知りました。
そういえば、千葉では聞いたことがありません。

昨今は、大都市ばかりでなく、地方でも不可解でトリッキーな殺人事件が起こっています。著者が言っているように監察医制度がもっと理解され、地方にも設立された方が良いのでは、と私も感じました。

著者が何度も言っていたことは、死体は私達素人が考えているほど何も語らない・・ということはなく、能弁であるということ。
監察医についてもっと知ってもらい、制度的にも整備され、また地位的にも確たるものになれば、ということでした。

具体的な検屍の仕方についても書かれていて、私にはとても興味深く読めました。
人間の最後についてあらためて考えることになった本でした。

2019/09/04

千葉銀座の中島書店が閉店した。

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新聞等でも知り、実際に休日に足を運んでみたが、千葉銀座商店街にある中島書店が昭和6年からの88年の歴史に幕を閉じました。
学生時代からよく中島書店には行きました。そして今でも千葉の中央に出掛けたときには、かならず中をのぞき、めぼしい本を探しました。

店の中のどのあたりの棚には、どんな本が陳列されているかは、もちろん頭に入っています。
店に入ってすぐの新刊のコーナーや、奥の文庫本コーナーでは、最新刊から興味深い本が選ばれ、表紙を見せて並べられていました。店内ひと回りして、気に入った本を買う、・・それが本好きの楽しみであるわけですが、今や読書人口もスマートフォンの影響などで減少、あるいはアマゾンからの購入などで実際に書店に足を運ぶ人も少なくなってしまったのでしょう。
さびしいかぎりです。

町の本屋さんには、郊外型の大型書店にはない品揃えがあり、また地元特有の本も備えられていました。
そんな本屋さんがどんどんなくなっていく。

本屋で意外な本と出会い、それが自分のその後に大きく影響を与える・・なんてことも実体験しました。
もうそういうこともなくなっていくのですよね。

本だけではない。
専門店のようなお店はなくなっていき、通販などで購入するものは、“最大公約数”的なおおざっぱなものになってしまう。

自分でお店の人と話して、そして見て、さわって、たしかめて、買う!それは楽しみでもあったわけですが、今や、SNSなどで人と関わり合いになりたい人ばかりかと思うと実社会ではなるべく人と関わり合いにならずに済まそうとする。
出掛けて行って、人に会い、物に出会う・・そういうこと、大事だと思いますよ。

「えっ、わざわざ本屋さんに行ってるんですか?私なんかみぃ~んなアマゾンです!」っていう人が今までにも何十人、何百人といたが、「どうですか?あんた、ほんとに本読んでる?」と、聞き返してみたい。

だいじなものが日々消滅していく世の中、心の中にすきま風のようなものが吹き抜けていきました。

2019/08/22

「思いつきで世界は進む」を読んだ。

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『思いつきで世界は進む -「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと-/橋本治著(ちくま新書)』という本を読みました。
私、勉強不足で著者のことを存知上げておりませんでした。帯には「追悼 橋本治」と書かれていて、今年1月に亡くなられています。

この本は、PR誌「ちくま」2014年7月号から2018年8月号までの巻頭随筆をまとめたものだそうです。
私は、タイトルと、帯の裏表紙側に書かれていた「バカにバカって言っても通じないこの国で。」という強烈な言葉に驚きつつ、引かれて読むことにしたのです。

〇アクセルを左にしたらどうだろう

〇電波で荷物は運べない

〇終わった社会

〇強権政治の終わり

などの各項目のタイトルを見ていると興味津々で読むのですが、それぞれ最初に“ガツン”とかまして、でも中盤は理屈っぽくて結局なんだか最初の勢いが削がれていって、最後にはなんだか尻すぼみな印象の締め方になっている、と私は感じました。

読んでいて感じるのは、自分は皆よりちょっと上にいて、やや見下しているという印象。
さらに中盤で理論的に進められる話は、何かが欠落しているように感じました。東大出の頭のいい人が書いているのだから、私に読解力が無いのかもしれませんが、肝心なところがまったく書かれていないように思った・・。つまり心に訴えかけて来ないのです。

で、最後は、やや“投げやり”な感じ。

もっとガンガン言って、グイグイ引きずるような文章の本だと思っていたからなのかもしれませんが、申し訳ないけど期待外れでした。ごめんなさい。本日の感想はここまで。

2019/08/14

つづいてビッグデータってやつ

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コンピューターやインフラ関係について前回のこのブログで述べましたが、データについても同様です。
ビッグデータだかなんだか、それを利用すると世の中便利になる・・って言っている人々がいますが、見てご覧なさい、その人達は世の中を動かす立場にある人ばかりだ。
一定の地位にいる人ばかりでしょう。

それに、その人達の腰元にへばりついている人達がそれにおべっかを使うようにしているのです。
その姿見えたでしょう?!見えてない場合は、あなたも一定の地位にいるか、その太鼓持ちだ。

大きなデータ、細部に渡るデータを大量に得てそれを利用していい思いをしたいのはその人々だけで、ついには普通の人達を操縦・操作しようとしているだけだっていうのにも気づいた方がいいですよ。

身近なところで、Googleなどで検索をしたあとに、SNSや、どのウェブ・ページに行ってもその関係の商品が表示されていて気持ち悪くならないですか。
余計なお世話だし、自分を特定して、自分の趣味・興味・読書歴や購入履歴など、どんどん収集されていて、あんたいつも「クラス名簿を作るなんて個人情報保護法違反だ」などと息巻いていたんじゃないんですか。大丈夫ですか?!

スマートフォンのゲームメーカーの人の話を聞いたことがありますが、登録している個人の年齢や男女別、その他一定の身分情報等も把握していて、毎日、曜日によっても時間によってもその人の行動範囲のデータを保有しているが、どう利用しよう、なんてことも耳にしました。
恐ろしくないですか?

マイナンバーのカード保有者がなかなか増えないので、健康保険証も兼ねようなんて言い出していますが、そうなると皆作り始めますよ、あのカード。

Tポイントのようなポイントも買物時につけようと国からアナウンスされたこともありましたが、あのカードには番号のみがデータとして入っているだけだから大丈夫だと言い張っている人もいます。
でも、その番号からいろいろな個人データを見ることができるようになれば、(図書館や書店での読書歴・購入履歴、病院への通院履歴や、やがては病歴、さらに学歴、犯歴、その他諸々の身分情報、収入なども、将来分かってしまうおそれがある)、もしもですよ、自分が為政者や権力者であれば、ライバルなどの情報を見たくなりませんか?!
ならなかったらおかしいでしょう。
為政者ならずとも、一定の立場にいてうまいことやればデータを覗けるような状況にあったら、覗こうとしませんか、それが人間じゃありませんか。

逆にそのデータを利用してあらぬ疑いを掛けられたりもしかねません。
そのデータを操作・捏造されたりしたら、そんなことされた人の人生は終わってしまいます。

皆、お気楽過ぎますよ。
どうしてもデータを収集・集約したかったら、そして特定個人に“ひもづけ”するシステムを作りたいのだったら、徹底して私達普通の一般市民が悪用できないような法的縛りを作るように見張っていなければなりません。

えらい人で、「そんなことをするわけがないだろう」と言っている人、逆に「国や公の機関などが悪用なんてするはずがない」と思っている私と同じ普通で一般の人、“そんなこと”をさせるのが人間の“業”なんですよ。

そこから、・・人間というものを疑うことから始めないと、とんでもないことになる、ということを書いて前回から続いたお話は終わりです。

ああ、なんだかせいせいした。

2019/08/13

やがてやって来る「AI」社会について、ああだこうだと書いてみた。

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本屋に行っても「これからのAI社会をどう生きる」みたいな本がけっこう目につきます。
いいかげん気づいた方がいいと思いますよ。
ウィンドウズが出て来たとき、コンピューターがパーソナライズされたとき、「コンピューターが様々な雑事を片づけてくれるので、近い未来は人のすることはよりクリエイティブな仕事になってくる」なんて言ってたヤツいませんでしたか。

今もおんなじじゃん!
AIが出て来て色々考えてくれる、人の仕事ってぇものはこれから創造的なものになるって言ってるヤツいるでしょう!そんなことないって。

ウィンドウズやPCが出て来て、会社に行ったらデスクにそれがあって、あれがなんかやってくれましたか?!
誰かマイクロソフトのおかげさまで、私は仕事が楽になりました。半分になっちゃった。なんて人いますか?!

仕事なんてちっとも楽になってないでしょ。

むしろ、大量に処理が出来るようになったせいで、そして大量なデータをたったひとりが扱うことができるようになって、責任は重いは、事あれば大きな被害になってしまったり、重大事に結びついてしまったり、あんた、ろくな事がないでしょ。

何を“したり顔”で「これからはAIの時代だ」なんて言ってるんだかねぇ。

したり顔のあんた・・あんたも一緒だ、結局、処理が早くなったり、いろいろ面倒が無くなったと思っていたら、仕事は何倍にも増え、しかもそれを処理してもAIのおかげだろ?なんて言われて給料は上がんないわけだよ、早く気がつけよ。

それは交通や通信も同じじゃないですか。

昔は出張で新潟に行ったとしたら、そこで泊って街を見たり、地元の美味しいものを食べたりして帰って来たでしょ。
今、交通機関が発達したり、通信機能が向上したおかげ?で、「とっとと帰って来いっ!」って言われてるでしょう?何が良くなったの?!
何がめでたいの?!

今度はAIじゃなくて、リニア新幹線だ。
名古屋まで〇時間だ!って威張ってるアンタ、喜んでいるアンタ、何よろこんでるの?(^^;)

もういいかげん気づいた方がいいと思う、冒頭の言葉を思い出していただきたい。

手間や時間や空間を無きが如きにすると、それが文明の発達であり、進化であり、めでたいことだっていうのは幻想だと思った方がいいですよ。
だぁれも楽になっていない、幸せになっていない・・いや、一部でほくそ笑んでいる輩が存在するが、そいつらが世の中のほんの一握りであるのに全体を苦しめている。

それがきょうの結論、言いたかったことです。
さらに派生して次回に続く・・。

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