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2022/05/06

あまり気にしていなかった「サブスクリプション(※サブスク)」について考えてみた。

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数年前から俗に言う“サブスク”という言葉が飛び交っていました。
“世捨て人”とよく人から言われる私は(^_^;)「あまり気にせんとこ」ということで、なんで世間がサブスク、サブスクっていうのか調べもしておりませんでした。

最初に意識したのは、よく行く珈琲店の音楽について、マスターが「Spotify」を導入するという話を聞いたときと、知り合いがよくいくライブハウス兼レストランに連れて行ってもらった時に、そこのマスターも「Spotify」を入れている・・という話を聞いた時です。

お二人から話しを聞くと、一定額のお金を毎月払うと、その額によって様々な音楽の配信を受けることができるらしい、しかも色々検索も出来て、ものすごい数の楽曲をいつでも聞くことができる・・ということでした。
金に“糸目”をつけなければ、かなりの高音質で楽しめる、ということも小耳に挟みました(*^_^*)

で、私は今年に入り、自分がUSEN放送を入れていて、これはある意味サブスクの先駆けじゃないか、それなのに、最近の放送内容は弱体化の一途をたどり、音質まで落としていることに気づいたわけです。

更新時期がやって来たので、USENに電話して、「この“ていたらく”は何だっ!もうやめちゃう!!」と言ってみたら、なんだ Spotify みたいなことやってるって言うじゃないですかd( ̄  ̄)

んでもって、今までのものより安いっ!(T_T)・・早く言ってよ。

というわけで、それを導入しました。もう部屋の中でも、散歩中でも、クルマの中でも、ありとあらゆる曲が(さすがUSENというくらい)聞けるし、おもしろいチャンネルもたくさん!
『ちょいワルおやじはコレを聴く!』というチャンネルまであった( ̄O ̄;)・・聞けば、なるほどと納得のいく曲が掛かっている(*^^*)

懐かしい歌謡曲や、60年代、70年代の洋楽ヒット曲などもチャンネル豊富、私の好きなジャズについても、モダン・ジャズからブルーノート・レーベルだけとか、男女別のボーカルチャンネル、さらにアーティスト別のチャンネルまであるd(^_^o)

でね、これが映画だとか様々なジャンルの“サブスク”が世の中にあり、食べ物やお酒、衣類や家具とかいっぱいあるわけです。
個々の契約は少額でも、あれこれやっていると一ヶ月にサブスク“ウン万円”となり、やべっ、やめようと思うとやめ方についてはほとんどアナウンスされていないし、電話などの受け付けも無い・・というこうになり、ああ・・サブスク地獄ということになりかねない (・_・;

調子に乗って、あれこれサブスクをやっている人、サブスクだとさえ思っておらず、“謎の”支払を続けている人、気をつけた方がいいと思います。・・私も気をつけます。

 

2022/01/09

新春セールで見つけた「房総のうたびと」という本。

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『房総のうたびと -その、短歌現在-/新井章著(崙書房)』という本を見つけました。
よく行くブックオフの中でも大きな店舗、祐光町店で、“新春20%Off”セールがありましたので妻と出かけたわけです。

また後日紹介しますが、この日の収穫は「文学研究」のようなコーナーにあった『日本文学を読む・日本の面影/ドナルド・キーン』でした。格安!

そしてその本の隣にあったこの『房総のうたびと』。
房総にはどんな「うたびと」がいるのかと気になり、パラパラとめくってみると・・!!・・「新写生・新万葉調歌風の確立-秋葉四郎」の名が。

秋葉四郎先生は、私の中学時代の一年生の時の担任です。
よくこのブログに出てくる美術の先生は、二・三年時の担任でした。

紹介文から推察するに、間違いなくこの秋葉四郎先生は私の中学一年の担任です。

先生の抑制の効いた「うた」、写実的で静かな「うた」に今のこの年齢で接し、とても心が清々しくなりました。

「えっ、秋葉先生は有名な歌人だったのか」とあらためて驚き、いろいろ調べてみました。
昭和12年生、日本の歌人、文芸評論家、随筆家、教育者、文学博士、短歌結社「歩道」編集長、斎藤茂吉記念館館長もされたようで、日本歌人クラブ顧問とも記されています。

先生が担任を受け持ったのは、私達のクラスが最後だったことを記憶しています。
その後は、教育委員会に行かれたところまでは存知上げておりました。
こんな高名な方だったのに、私達生徒には何も言わず、国語の授業を丁寧にされていました。そして、昔の教師像を絵に描いたようなきちっとした立派な姿が印象に残っています。

そんな先生がある日、放課後にクラスの女子二名と、男子は私一人を呼び出されました。
そして、「これを読んでごらん」とそれぞれに三冊ずつの本を手渡されました。
その本は、今でも保存しているのですが、私には「次郎物語/下村湖人」「友情/武者小路実篤」「あしながおじさん/ウエブスター」をくださいました。

今の私の“本好き”は、まさしくこの時がきっかけとなりました。
秋葉先生ありがとう。

ブックオフが新春セールをしていなければ、いつもはあまり行かない「文学研究」のコーナーに行かなければ、このようなことを知ることは今後も無かったでしょう。
「出会い」と「偶然」は大切にしようと思いました。

 

2021/12/23

【クレームをもってくる人達の様子/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №67】

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過去に会った人、出来事シリーズ、まだ続けます。いくらでもネタはある(*^_^*)

今回はかつて職場の広聴部門にいた時に多く経験したクレーム対応というか、クレームを抱えてやってくる人達の話です。

手紙、文書、電話でも“私の言うことを聞いてくれ”ということはありますが、もちろん直接やって来ることもあります。

たとえば電話だと短くても1時間はかかりますし、長ければ2~3時間は“ざら”です。
直接来訪された場合などは、午前中いっぱい、とか、昼休みをとってきてから再度来て夕方まで・・ (・_・;なんてのもしょっちゅう。夕方やって来て、勤務時間が終了しても夜10時頃まで話をされる方もいました(T_T)体力勝負です、あちらはたまった不満エネルギー発散状態ですが、聞いているこちらは、気持ちを強く持たないと“疲弊”の度合いがひどく、翌日の出勤が怖くなったりもします。

手紙で苦情等を送った人で、ある日どうやって入り込んだか、執務室内に入ってきていて、突然担当の女性の背後から「私への回答はどれですか」と話しかけられ、騒然となったこともありました。

毎日毎日バイクに乗ってやって来て、所属長の顔を覚え、所属長目指してやって来て、とにかくご近所のことから市内全体の大きなことまで、クレームの山を語りにやって来る人がいたことをよく覚えています。
毎度毎度3時間くらい・・。

ある日その所属長が私の机の前を“ほふく前進”しているのを見て「どうしたんですか」と声を掛けるまえに所属長は私に向かって両手を合せ、拝むように私を見ました。
カウンターの外を見ると、バイクのクレーマーのお方がお探しになっている(^_^;)

「あれっ?さっき見たような気がしたけど、あいつはいないのか?!」とその“ほふく前進”の人を探している(^^;)

私は手を下に出して“逃げろ逃げろ”と所属長に指示。

そのクレーマーのところに歩いていって、「私がお話聞きますよ」と。
そして、テーブルには案内せず、カウンターの向こうに回り、お客さんと同じ側から同じ方向を向いて隣に座りました。

ようするに向かい合わない、相対しない。
そして、カウンターで隣り合って酒を飲むように…σ(^_^;)「どうしました」
「えっ、そうなんですか」「そりゃたいへんだ」「こまっちゃいましたね」と相づちをずっと打っておりました。

そしたら「あんちゃん(あの頃私は若かった)と話をしていたら、すこし気がおさまった。腹減ったから今日は帰るわ」とバイクに乗って帰って行きました。

そのあと1時間ほどすると所属長がどこからか帰ってきて、「ありがとう、まだいるのかと思ったけど、どうやって帰したの?!」と、聞かれましたが、「お話だけ聞いて、そうですか、そうですか、そりゃたいへんだ、と言っていただけです」(゚ー゚*)。oO

所属長は「その“技”は、私にはまだ無理だ」と・・(^_^;)

たぶん、たぶんですよ。
クレーマーと呼ばれる人でこのタイプの人は、もう家族も近所も、町内会等の組織でも、うるさくて手に負えなくて、だあれも話を聞いてくれなくなっているのです。
話を聞いてくれるのは「苦情窓口」で仕事で話を聞かなきゃならない人だけなんです。
可哀想と言えば可哀想ですが、そんな人の話を聞いてさしあげるのも自分の人生の中の一コマで与えられた仕事だと思えば・・なんとかなる・・・・・ならないときもあったけど…σ(^_^;)・・・・という考えでした。

ああ、あの人の顔、まだ思い浮かべることができます。
そして、私の前を這ってきた所属長の必死な顔も・・(*^_^*)

 

2021/12/01

どうやって登っても山頂の風景は同じ?という話

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写真は、以前私が御嶽山に登ったときの山頂からの光景です。

ラジオで聞いたエピソードなんですけど、その番組DJの人が友達から言われた話です。

「苦労して登山し、到着した山頂の光景は最高だった」と言ったら、相手から「ヘリコプターで行っても、登山して行っても、山頂という場所は一緒です。だからどういうふうに登ろうと、見える風景はまったく変わりありません。感動の量は同じだからヘリコプターで行くのが一番」と言われたというのです(^_^;)

そのDJの人は、「俺、嫌われているのかな」と言っていましたが、いやいやそんなこと言う人はけっこういますよ。

私もいろいろそんな経験をしていますが、「落語は、噺のストーリーを知ればそれで良いので、一回聞いた話はもう聞く必要はない」と職場の者に言われたことがあります。

同じく、「舞台で行われている芝居は、テレビなどで見ればそれでよく、わざわざ劇場などに行く必要もない。ましてや一度見ればどんなストーリーがわかったので、二度行く必要など毛頭無い。」というありがたい職場の方のお言葉でした。

演者により、また観客のその日の反応により、舞台は大きく内容が変わります。
また、観ているこちらにもその場の雰囲気が大きく心理に影響を与えます。
舞台の魅力って、まさにそんなところだと私は思います。

現に、同じ芝居やミュージカルなどを何度か観ると、物語の解釈自体まで変化していることもあるし、“小屋に幽閉されて、録画などのように一時停止してトイレに行ったり、何か食べたりということもなく、目の前の舞台と対峙するということの貴重さ、大切さを感じるのです。

「山頂の光景は同じだ」と言った人には、たぶんこれからもずっとわからないことだと思いますけど。

電子書籍についても似たようなことがあるかもしれません。
電子書籍でも、紙の本でも書いてあることは同じという人がいます。

でも、実際によく本を読む人にはわかると思いますが、紙で読んだときの“読書進行感”や、“記憶の残り方”は電子書籍には無いものです。それは私もやってみて実感したところです。

小学生の教科書がタブレット端末になったところもあるようですが、生徒の覚えが悪くなってしまった、という事実もあるようです。ニュースなどで見聞きしました。

また、アマゾンではなく、本屋さんに行って書棚を巡っている時に出会う思いがけない本との出会いもあるのです。

「現にそこに行く」っていうのは、やはり大事だ。という私が思ったことを、あらためて書いてみました。

 

2021/07/12

【「正直に言えっ!」と言われた話/過去にあった人、過去にあった出来事について振り返る №2】

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過去に会った人、あった出来事についての回顧文シリーズ。
もう、仕事もやめたので、気が楽になり、いろいろと思い出すことがあります。
前回、意外と反応が大きかったので、この「過去にあった人、過去にあった出来事について振り返るシリーズ」さらに続けていきます。
今回の「正直に言えっ!」は、話がその後も続きますが、まずは取っ掛かりの出来事から書いてみようと思います。

十数年前の人事異動で、職場が地元から離れた東京に変わりました。
そこでの仕事のひとつは、地元から離れた東京で、“地元のPR”をすることでもありました。
東京の職場では上司が一年で全て交代となり、その交代で来た人との話です。

年に一度、職場の上司に「今年は何にチャレンジするかシートを提出して、年内に何度か進捗状況を報告し、評価をもらうということになっていて、当時 facebook が日本で少しずつ認知され始めていた頃でした。

なので、地元の様々な施設、行事、名所・旧跡、さらに様々な地元にまつわるエピソードの紹介をするような facebook page を作ってPRにつとめたい、ということを書いて提出しました。

「あんたみたいな人には作れないよ」と言われ、「能力が無いから出来ないでしょ」とも言われましたが(※ひどいと思う)、「このシートは、自分にはかなり高いハードルとなるようなものを書いてチャレンジしろ」と説明文にあるのだから、やらせてくださいとお願いし、渋々了承を得ました。

でも、「あんたが作るようなものは、ウチの恥になるから、正式なものでなくて、個人的にいったん作り、もし・・もしもだよ、いいものだったら、来年度から正式な page にすることにする。

という話になったのです。

で、次の週から土日に個人的にあちこち出かけて行って取材を片っ端からしましたよ。

日本最古の鉄筋コンクリート建築物や、歴史上に残る人物が住まっていたところ、石碑に刻まれた文言から過去を訪ねていくこと、さらにコスプレの聖地となっている海岸近くの公園に出かけ、撮影とコスプレイヤーの皆さんへのインタビュー、日本でも一、二のどんな姓の印鑑もあるハンコ屋さんで社長に文献・資料を見せてもらいつつのインタビュー、当時あった地元ユースホステルが企画した“ねるとん”パーティーでピザを男女が生地から手作りし、石窯で焼き、カップルが出来上がるまでの一日がかりの取材など・・。

もうガンガンにやって、週に一回のペースでアップしていくと、アクセス数は上がる上がる!(*゚▽゚)ノ

それをチェックもせずにいる上司達。

「どんな“ぶざま”なものを作っているのか見せてみろ」と言われたので、iPad を使って見せると、そんなことを言っていた直属の上司と、その上の上司の顔色がスーッと変り、「・・いいねぇ・・。」と言ったきり、黙ってしまい、iPadを返してきました。

家に帰ってからもPCなどで、私の作った facebook page を遡って見てみたようで、次の日からも二人の顔色は悪い。

で、翌週。

週明けにいきなり、「こっちに入れ」と言われ、会議室に呼ばれ、私が入ると、ドアを後ろ手に閉められました。

奥に座った私に向かって

上司:「正直に言え。誰に書いてもらっている!」

私:「誰って、私に決まっているでしょう。」

上司:「ふざけるな、あんな面白くていい文章、あんたみたいなバカに書けるわけないだろう。」

私:「“あんな面白くていい文章”、ってのはたいへんうれしいですが、そのあとの“あんたみたいなバカ”はうれしくないです。」

上司:「おかしいだろう。貝塚遺跡のことについて詳しく書かれていたり、問題点なども指摘していたり、ジャンルがバラバラなのに、みないい文章になっている。それぞれ頼み込んで別々の人間に書いてもらっているのか。」

私:「毎週、土日に個人的に取材に出かけて、関係者の話も聞いているし、自分でも感じたことを書いているだけです。しかも「100」聞いてきたうちの「2」くらいしか書いていないのです。それがコツなんですよ、おもしろくする。」

上司:「とにかく白状するまでは、この部屋から出さない。」

私:「じゃあわかりました。今、あなたがテーマを出してください。目の前で15分もあればA4二枚の原稿を書いてみせます。テーマは私が書けそうもなくて、あなたが得意な分野のことでもいい。そのかわり、あなたも一時間差し上げますから、文章を同じテーマで書いてください。書き終えたら、部屋の皆んなに名前を隠して読んでもらいましょう。そして、どちらの文章がいいものか、聞いてみましょう。はっきり言って自信があります。」

上司:「もういいっ!」

と叫んで、私は会議室から解放されたというわけです。

さらにこの話は続きますので、気になった方はまたお読みくださいね。

 

2021/03/21

クルマのハンドルの持ち方によるタイプ占い

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私、前から感じていたことがありました。
クルマのハンドル(ステアリングなどとも言う)の持ち方によって、だいたいその人がどんな人か、どんなタイプの人かがわかるような気がしていました。

じゃ、まずは軽く一例を。

〇11時5分の位置に両手を置いてハンドルを握っている人。
 初心者に多いが、ほとんどハンドルに“しがみついて”いる状態です。
 これは、生真面目な人、自信の無い人に多いと思います。もう“必死”な感じ(^^;)

という具合です。以下、同様な形で私の感じるところを書いてみますね。

〇10時10分の位置に両手を置いてハンドルを握っている人。
 教習所で教えられたとおりに握っているわけです。
 これは、まがったことの嫌いな人、“融通の利かない”タイプ、臨機応変に物事を考えられない人に多いと思います。・・けっこう面倒くさいヤツに多いです(^_^;)

〇上記と同じく10時10分に両手を置いているが、両手とも親指を含め全部の指が“招き猫”のようにハンドルの上部に“乗せられ”ていて、ハンドルを回すときは、全部の手・指が同時に左右に“送りハンドル”的に動かされる・・ネコが運転しているような感じです (・_・;
 微笑ましくもあるが、非常に危険な操縦方法です。「転舵」が間に合わず、“あわてるニャンコ”みたいな感じになります。初心者、あるいはお嬢様、苦労したことのない人、などによくあるタイプです。説明しても理解する気は毛頭無いので、同乗しないのが一番です。

〇9時15分に両手を置いてハンドルを握っている人。
 ワインディング・ロードもトレースするようにきっちりとステアリング操作する、運転に真面目な人。“律儀”なタイプです。
 ただ、助手席に乗せている人のことも忘れて、ドライビングに没頭することもあるので、ある意味「朴念仁」とも言えるかもしれません(^_^)

〇8時20分に両手を置いてバンドルを握っている人。
 余裕があり、常にあらゆる事態に対応できるように身体も頭も準備の出来ている人。
 かなりリラックスして運転をしているので、前記の「朴念仁」とは異なり(^^;)、助手席の人にもオーディオの音量や、飲物までにも気づかい出来るタイプです。人を安心させることの出来る人。

〇7時25分に両手を置くのですが、親指だけを引っかけていたりします。
 高速道や、割と真っ直ぐなストップ&ゴーしかないような一般道で、このポジションを取ります。
 これが危険かというと、そうでもなく、運転技術に余裕があり、ほとんど“眠狂四郎”状態で意識することなく安全運転している自然体なタイプです。
 かつてF1ドライバーだった「中嶋悟」さんは高速道、一般道でこんな状態だったそうです。岡崎市から東京まで、こんな状態で運転をして、到着すると、「自分はどういう運転をしてここまで来たんだろう」って感じだとおっしゃっているのをテレビで見たことがあります。

〇11時の一箇所のみ、右腕を伸ばして(相撲でいう“腕〔かいな〕を返した”状態)、その右腕一本でハンドルを握ります。
 “ヤンキー上がり”か、ヤンキーの人に多い操縦方法です。
 対向車の人を“威嚇”したり、自分も身体を助手席側に半身の状態で捻って乗ることにより、腰痛を避ける役目も果たし・・本当は腰痛をもっと悪化させる要因となる・・「自堕落」な様子を演出しています。
 ずぼらな人、傲慢な人、自堕落な人、いいかげんな人、人の話を聞かない人など、あまりお友達にしたくないタイプです。けんかっ早い人も多いので、気をつけるに越したことはありません(*^_^*)

〇12時の部分一箇所に右腕の「手のひら」を強く押し当てている人。
 このまま曲がるときには、大型バスの運転手のように手のひらをぐぅ~っと押し付け、片手で“ぐるんぐるん”とハンドルを回します。
 これも改造車などに乗るヤンキーの皆さんに多いタイプかと思われますが、上記のずぼらな人・・などなどのほかに“凶暴性”も追加されますのでご注意ください。

〇その他特殊なハンドル操作に、右腕をハンドルに内掛けして、逆手で握るっていうのがあります。
 一見、運転したことのない女性などから見ると、「ウマそう」に見えるのですが、パワーステアリングの無かった頃の先輩から教わった、現在では全くいらない技術を後生大事に使っているので、指摘すると傷ついたりしますから、そうっとしてあげてくださいな。

以上が今思いつくところです。
また思い出したら追加するかもd(^_^o)

 

2021/03/16

東海林さだおの「ガン入院オロオロ日記」を読みました。

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『ガン入院オロオロ日記/東海林さだお著(文春文庫)』という本を読みました。

著者の東海林さんが、「肝細胞がん」の診断を受けるところから始まり、今まで入院という“入院”をしたことのなかった東海林さんが医師から宣告というほどの重さもなく、告知をされて、さあ入院ということになり、病院での出来事をいろいろと書いている・・というものでした。

で、私も今年一月に入院して、三週間の入院を経て退院し、今に至っているのですが、私が入院が決まり、実際に入院してからも、いろいろと心配し、最終的には自分が生きて帰れるのかまで考えて、家族のことを含め“地獄の底”にいるような気持ちになったのとは、基本的に東海林さんの様子はかなり異なっていました。

手術は麻酔で完全に眠っている間に終わり、L字形に40センチも切ったお腹を見ても、悲壮感などは感じさせない書きぶりでした。
さすが、“物書き”と思わせる、観察力!
自分だけでなく、周囲の様子、他の患者さんの様子もよく観察されて書かれており、プロっていうのはこういうもんなんだ、と驚きました。

私もそうでしたが、ベッド上では身体中に管がくっつき、電線も何本も出ているような状態になるわけです。私はベッドから起きられるような状況に至るまでには二週間くらいかかったのですが、東海林さんは歩けるようになると、自分から出ている管と線が繋がっている機器をまとめてガラガラと歩けるローラー付きの台のようなものの正式名称を調べ、「イルリガートル台」いとう名前であることを突きとめます!(^_^;)

それに接続されている管の数などで、患者のヒエラルキーが決まったら面白いなどと思いを飛躍させます。・・もう、ここら辺で普通の人じゃないことがわかります。
私は、ベッドから降り、そのイルリガー・・台を引っ張るようになっても、治って家に帰り、家族の顔を見たい・・と、それしか考えていませんでしたが、東海林さんは今ある自身の状況を“楽しむ”くらいの気持ちになっているわけです。
考えられない・・( ̄O ̄;)

イルリガートル台に乗せられている自分の「尿」を溜めているバルーンの中味の色が濃いと恥ずかしいとか・・もう文章のエンターテインのためならなんでも書いちゃうそのプロ意識にただただ驚いたのでした。

で、後半は、この入院とは関係のない話になるのですが、前半が強烈過ぎて、後半はまったく面白く感じることが出来ませんでした。
何を書いても“普通のこと”に読めてしまい…σ(^_^;)盛り上がることなく読了しました。
前半が凄すぎたね・・。

 

2020/08/17

誰かいる

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先週の連休の内の一日に、このブログでよくご紹介する私の中学時代の担任の先生が初めて我が家を訪れてくれました。

一度は私が普段 Jazz などを聞いているシステムを見てみたい、聞いてみたい、Jazz好きの猫に会ってみたい、などの理由(^^;)により訪問を受けたわけです。

先生のオーディオシステムが幻のスピカー「ガウス」を使っていて、その音を聞いたことのある私は、自分の貧弱なシステムで音を聞いてもらうのに多少の不安はありましたが、なんのことはない、写真の先生が持って来たCDなどを聞きながら楽しい時間を過すことになったのでした。

私がその曲毎のサウンドにより5台有るスピカーをセレクターで選び、時には2台のスピカーをミックスしたりの“小細工”で切り抜けているという姿をさらしたわけですが…σ(^_^;)、先生、けっこうそれぞれのスピカーの音の違いに興味を持ってくれて、どうにかこうにか、うまいこと“逃げ切り”ました・・と言おうとしたら・・。

突然スピーカーから音が出なくなり、赤い警告ランプが点灯したり、ボ、ボリュームのダイアルが・・勝手に動き出したり・・( ̄O ̄;)の、現象が発生。

何だろうと思いながら、再度聞き始めると、またまた同じことが30分くらい経つと発生、さらにまた十数分で発生。

ダイアルは私が回そうとする方向とは必ず逆におそろしいほどの力で回るのです。逆らえないくらい・・。

割と買ってから年数も経っていなく、快調に動いていたシステムだったのですが、意外に思い、先生が帰ったあとに3時間ぶっ続けで音楽を鳴らしたあと、一時間ほどしてまた4時間ほど鳴らしてみたのですが、二度とそんな症状は現われませんでした。

実は音楽を聞く前に、先生が私の担任だった頃の話をしたのですが、その時には宿直制度があって、先生は交代で宿直をしていて、学校には住み込みの用務員さんがいて、晩飯はほとんどその用務員さんがつくってくれたという話をしていました。

「とてもおいしかった、忘れられない」と語る先生に晩ご飯をごちそうしていた用務員さんは私の叔母さんでした。叔母さんはもうずいぶん前に亡くなっていますが、先生は用務員だった私の叔母さんの話をとても懐かしそうにしてくれたのです。

「あっ」と思いました。
先生も帰宅してからの電話でおっしゃっていましたが、「誰かいたな」と私も気づいていたことを確認しました。

そう、たぶん、おばさんが来ていたのです。
来ていることをわかってもらおうと音を止め、システムに異常をもたらしたのではないでしょうか。あのダイアルを回す感覚は“人のものとしか思えませんでした”。

先生は、帰宅途中でそんなことは全然考えていなかったのに、なぜか懐かしい中学校に寄り、周囲をひとまわりして、懐かしい店やその他見て回ったということでした。
「ひょっとして、おばさんが呼んでくれたのかも」と、先生。

とても不思議な出来事でした。

その後一週間も経ちましたが、ステレオは何事もなく動いています。

 

2020/08/08

すべて自分で判断するしかない

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国のいちばんエライ人はほとんど国民の前に出て来ず、説明は目に生気のない大臣。
自分の選挙第一で、選挙期間中は何の対策も講じなかったあの人も目に力がない。

東京以外の人はどんどん旅行に出掛けろ!と煽っておいて、帰省は今一度よく考えろ、という・・。

東京だけ外したが、今やその外したときの東京よりも大阪や沖縄では感染拡大の様相だ。
それでも何にも言わないで自分で注意しろ、観光地側は自分でよく対策しろ、と“丸投げ”状態だ。

外出についても各知事がいろいろな事を言っていて、どうしろというのだ。

私たちの生活も、ほぼ全部自己基準で対応している。
手消毒や、マスク、ソーシャルディスタンス、お出かけ、なんもかんも自分で決めてやっておいてね、ワシたちは事が起きたら「それみたことか!」って言うかんね、ってことでしょ。

近頃は、私の職場にもマスクもせずにやって来て、ガアガア大きな口をあけて怒鳴るオヤジも現われてきた。
ソーシャルディスタンスなんのその、混み合う場所でどんどん昔のように距離も取らずにくっつく人も多くなってきた。

カラオケで感染が拡大した、夜の接客業も、などという場所も不確かな情報のみで、なんらかの判断をしながら自己対策を考えねばならない。

丸投げされている国民のことなんか考えていないのか、まだ差し迫っている状況ではない、などと平気でいう。
差し迫っていない状況ってのは、どういう状況なのか説明してみろ!って言いたい。

今日のニュース等を見ていたら、高速道の渋滞情報もする必要がなく、新幹線のホームも閑散としていたようです。
自己判断の“たまもの”だと思いますが、国民の自己判断に委ねっ放しでどうすんだ!

ふだんは調子良くいろいろなことをSNSに書いて、頻繁に更新している人も何に慮ってか、このことについては発言がないです。
何のためのSNSだ!自分がSNSを始めたときにずいぶんと偉そうに書いていたのに、こんな大切なときには“だんまり”の人達、どうしたの!
私が始めたときにずいぶんと「あんたみたいな人に出来るかな?」なんて言ってたよねぇ。

・・と、少し毒づいたところで今回はお終い。
ま、上記のような人達はここまで入って来て読んだりはしないでしょう。何を喰ったか、とか、こんなすごいところに行って来たぞ、みたいなことにしか興味がないと思うので。

 

2020/07/05

「気の毒な人」の続き・・“馬鹿者っ”て怒る人

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6月30日の、このブログで「気の毒な人」というタイトルで、窓口で威張り、人を罵倒する人のお話を書きましたが、きょうはその続き。

そんな気の毒な人に多いパターンのひとつ。

ロビーに入ってきて、いきなり

「馬鹿者っ!なぜこんなに混んでいる!!」って怒鳴ります。

「もうしわけありません」・・(※心の中の言葉・・「あんたが来たからじゃない?」)

「駐車場に入ったら私のクルマを駐める場所がないっ!どういうことだ!!」

「もうしわけありません」・・(※心の中の言葉・・「あんたがクルマで来たからじゃない?」)

月曜日の午前中、パニックになるくらい毎週“めちゃ混み”するし、問い合わせがあれば、その時間帯は避けた方がよろしいと思います、とアナウンスしているし、ネットでも混雑情報は流されている。
・・が、そういう人は一番混んでいるときに必ずやって来るのです。
自分が行った時には空いていて、皆が平身低頭して受け付けするのだ、という確信があるらしい・・だから、その妄想が崩れた時の怒りは凄いみたい(^_^;)

駐車場には無限のスペースがあると信じているらしいが、このご時世そんな駐車場を完備するのは逆に「無駄」のひと言だと思う。

皆が譲り合えばほとんど何の問題もないし、少し待てばすぐ空くのです。

それに身体のためには、2キロメートル以内くらいだったら歩いて来た方がよいと思いますよ。
健康保険の負担も全体的に減ることに貢献するでしょう。

なぜ、日々「怒り」を前面に出して暮らしているのでしょう。
きっと、そんなだから、もう誰にも相手にされていないんでしょう?

怒りを露わにできるのは、お店や銀行、公的機関の窓口など、どんな人でも笑顔で迎えてくれる窓口しかないのだと思います。
だったら、そんな貴重な場所、あなたも笑顔で行ったら幸せなひとときが過ごせると思いますよ。
帰宅しても、そんなふうにすれば、一日いい気分になれるのに。

まぁ、言っても無駄だからこんなことになっているわけで、・・一生やっててください。


【Now Playing】 This Guys in Love with You / David Gibson ( Jazz )

 

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