フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

2022/11/01

整理した本、第一弾を売ってきた

20221101_register_slip_001

先日、PCが不調となり、新調した際にその他の古いPCも片づけ、さらに本についても整理することにしました。

段ボール5箱に詰め込み、さて売りに行こうかと本日ブックオフに出かけました。

たぶん全部で400冊以上あったのですが、数十分の査定の結果は・・。

「お客様、お値段が付いたのは156冊でした。今、レシートが出ておりますが、うんと長いのが出ますのでちょっとお待ちください。」

というわけで、掲載した写真はそのレシートです。・・長い!

査定額は二千円とちょっとでした(^-^;

ま、何かの足しにいたしましょう。ほぼ予想通りの額でした。

まだまだ処分せねばならない本はたくさんありますが、大変なのでまたいつか選んで箱詰めしたいと思います。

レシートは記念にとっておきます(*^_^*)

 

2022/10/13

【はっPのアナログ探訪_0165: 黒ネコのタンゴ・ / 皆川おさむ ( Single )】

20221013_minagawa_osamu_001

現在このブログでは「ビートルズ研究室」と「Modern Jazz喫茶・頑 固 堂」というかつて作っていたホームページのブログ版復刻作業をしていますが、ほかにも「名盤・珍盤レコード研究」というホームページも作っておりました。

この“名盤・珍盤”については新たに「アナログ探訪」としてやり直していて、かつての文を複刻することはしておりませんでした。

今回、「黒ネコのタンゴ」のシングル盤を取り上げようと思い、以前のホームページの文も複刻してみようと思いました。

なぜこのレコード盤だけホームページの文を複刻しようと考えたかというと、その時ホームページを読んでいただいたB面「ニッキ・ニャッキ」を歌っていた置鮎礼子さんの妹さんが連絡をしてくださったことがあったからです。
連絡いただいた“元”のホームページ上の文章が無くなってしまったのが“心残り”でしたので、今回そのまんまホームページの文を掲載したいと思います。


以下がかつてホームページに書いた内容です。

【ホームページ「名盤・珍盤レコード研究」複刻文】

これは、私が小学生のときに実際に買ってもらったレコードです。とにかく大ヒットした曲です。
これを聞かない日はないというような爆発的なヒットだったように記憶しています。
NHKが紅白にも出場させようとしたのですが、たしか児童福祉法に違反するとかで出なかったこともあったように聞きました。

日本の曲かと思ったら、イタリアで毎年開かれる「ゼッキーノ・ドロ」という子供のための音楽コンテスト入賞曲で過去特に人気のあった曲なのだそうです。今、歌詞カードを見たらそう書いてありました。

当時、おさむ君は区立原町小学校一年と書かれています。

大人にも子供にも、とても楽しい曲でした。
ジャケットにも写っている置鮎礼子さんもよくいっしょにテレビに出ていましたっけ。ニッキ・ニャッキ」という“嫌いな食べ物”が消えてしまう呪文の歌を歌っていました。

おさむ君、昭和38年生まれ、礼子ちゃん、昭和39年生まれと書かれています。
今、二人は何をしているのでしょうか?

・・以上が複刻文章です。

 

 

20221013_minagawa_osamu_002

で、置鮎礼子さんの妹さんから連絡をいただいた後に私がそのことをブログに書いたのですが、それについても一部抜粋して掲載いたします。
以下が、2009年8月11日の、このブログに書いた文章です。

 

10日のブログに、「おきあい」さんという方からのコメントがありました。

あっ!と気付いたのは「置鮎礼子」さん(ちゃん?)のこと。
私のホームページ「オトナの研究室/名盤・珍盤 中古レコード研究室」に懐かしい『黒ネコのタンゴ/ニッキ・ニャッキ』のシングルレコードについての記述があります。

それをご覧になった、置鮎礼子さんの妹さんがコメントをくださったのです。
いやもう、びっくりです(^o^)

あの可愛い女の子、置鮎礼子ちゃんは、結婚、出産を経て、海外在住中とのこと。
歌っていた頃の思い出話もされるとのことで、忙しかった当時のことを懐かしく思い出されるのでしょう。
元気にされているということで、とてもうれしく思いました。
“おきあい・れいこの妹”さん、ありがとうございました。

ちなみに、レコードジャケットの記載を見てみると、当時、田園調布小さき花の幼稚園へかよっていて、“オシャマ”さん、写真を撮る時には、すぐに“おすまし”をするので、笑顔の写真を撮るのに苦労した・・と書かれていました(^^)

以上です'(*゚▽゚*)'

今回は、複刻オンパレードでしたが、いい思い出です。
私のような単なる歌謡曲の一ファンが書いたものから発生した出来事でしたが、とてもうれしい出来事でした。

 

2022/07/05

二十年の時を経て、町内のひとたちの心模様は変わっていた

20220705_photo_data_001

約二十年前に順番で回ってくる町内の役を引き受け、今年またその役が順番で回ってきました。
私が受け持つ各世帯は、二十年前からそのほとんどが代替わりして、次の世代になっていました。当時は、私がいちばん若かったのです。

あの頃は、何か取り組まなければならないことがあれば、皆を招集しそれぞれに役割を振ってお願いをすると皆さん熱心にやっていただけました。

言い方が難しいのですが、当時の約二十世帯は、ある意味“物理的”な問題に取り組んでいました。

で、今回会費の集金もあり、八世帯増えた皆さんのところを就任早々に回ると、そこには“メンタル”な問題が存在していると感じました。

“いらいら”している人、何年も前のことに“くよくよと悩んで”いる人、誰にも相談できずに“不安の中”にいる人、代替わりして亡くなった自分の親のように“尊大なふるまい”を再現しようとする人、新しく越して来て“この田舎者役員を少し脅かしていろいろ自分のためにやらせよう”とする人・・(クレーマーに著しく近く、なるべく密室的に話をしようとして、私が周囲の人たちに声をかけようとすると激しく拒否する)・・。

必死に行動して頑張ればよかった二十年前とちがって、奥が深く、どうしたら解決の糸口を見つけられるのかわからない事態を感じて、私も一時(いっとき)、ぐらぐらと心が揺れました。はっきり言ってここ二年間、体調が思わしくないこともあり、今度は精神的にも揺さぶられました。

そんなこともあって、私と同じ役をやった方々を三年前までさかのぼって話を聞きに行ってみたところ、皆さん、私みたいにメンタルな部分をぶつけられてはいないのです。

つまり、私に対して今回は「何か話を聞いてもらえそうだ」という印象を持たれたのだと思いました。
「そりゃ迷惑だ」という考え方もあるかもしれませんが、いい意味で捉えれば、「この人なら話を聞いてくれる」「今考えていることについて何か対応してくれる」「何らかの形で取り組んでくれるんじゃないか」と思ってもらえたのかもしれない、と考えました。

そう思い直して、今、心を落ち着けて、ひとつずつ対応しているところです。
それが自分の持ち味だと信じて。

体調のこともあり、“全力で”というわけにはいきませんが、今出来ることを少しずつやってみようと思っています。
ここに書いてみたのは、その決意が揺らぐことのないように、という思いからです。

きのうもひとつ、持って来られたお話が片づきました。
明日からも、またひとつずつ片づけられるようにゆっくりと動きます。

 

2022/05/06

あまり気にしていなかった「サブスクリプション(※サブスク)」について考えてみた。

20220506_usen_001

数年前から俗に言う“サブスク”という言葉が飛び交っていました。
“世捨て人”とよく人から言われる私は(^_^;)「あまり気にせんとこ」ということで、なんで世間がサブスク、サブスクっていうのか調べもしておりませんでした。

最初に意識したのは、よく行く珈琲店の音楽について、マスターが「Spotify」を導入するという話を聞いたときと、知り合いがよくいくライブハウス兼レストランに連れて行ってもらった時に、そこのマスターも「Spotify」を入れている・・という話を聞いた時です。

お二人から話しを聞くと、一定額のお金を毎月払うと、その額によって様々な音楽の配信を受けることができるらしい、しかも色々検索も出来て、ものすごい数の楽曲をいつでも聞くことができる・・ということでした。
金に“糸目”をつけなければ、かなりの高音質で楽しめる、ということも小耳に挟みました(*^_^*)

で、私は今年に入り、自分がUSEN放送を入れていて、これはある意味サブスクの先駆けじゃないか、それなのに、最近の放送内容は弱体化の一途をたどり、音質まで落としていることに気づいたわけです。

更新時期がやって来たので、USENに電話して、「この“ていたらく”は何だっ!もうやめちゃう!!」と言ってみたら、なんだ Spotify みたいなことやってるって言うじゃないですかd( ̄  ̄)

んでもって、今までのものより安いっ!(T_T)・・早く言ってよ。

というわけで、それを導入しました。もう部屋の中でも、散歩中でも、クルマの中でも、ありとあらゆる曲が(さすがUSENというくらい)聞けるし、おもしろいチャンネルもたくさん!
『ちょいワルおやじはコレを聴く!』というチャンネルまであった( ̄O ̄;)・・聞けば、なるほどと納得のいく曲が掛かっている(*^^*)

懐かしい歌謡曲や、60年代、70年代の洋楽ヒット曲などもチャンネル豊富、私の好きなジャズについても、モダン・ジャズからブルーノート・レーベルだけとか、男女別のボーカルチャンネル、さらにアーティスト別のチャンネルまであるd(^_^o)

でね、これが映画だとか様々なジャンルの“サブスク”が世の中にあり、食べ物やお酒、衣類や家具とかいっぱいあるわけです。
個々の契約は少額でも、あれこれやっていると一ヶ月にサブスク“ウン万円”となり、やべっ、やめようと思うとやめ方についてはほとんどアナウンスされていないし、電話などの受け付けも無い・・というこうになり、ああ・・サブスク地獄ということになりかねない (・_・;

調子に乗って、あれこれサブスクをやっている人、サブスクだとさえ思っておらず、“謎の”支払を続けている人、気をつけた方がいいと思います。・・私も気をつけます。

 

2022/01/09

新春セールで見つけた「房総のうたびと」という本。

20220109_utabito_001

『房総のうたびと -その、短歌現在-/新井章著(崙書房)』という本を見つけました。
よく行くブックオフの中でも大きな店舗、祐光町店で、“新春20%Off”セールがありましたので妻と出かけたわけです。

また後日紹介しますが、この日の収穫は「文学研究」のようなコーナーにあった『日本文学を読む・日本の面影/ドナルド・キーン』でした。格安!

そしてその本の隣にあったこの『房総のうたびと』。
房総にはどんな「うたびと」がいるのかと気になり、パラパラとめくってみると・・!!・・「新写生・新万葉調歌風の確立-秋葉四郎」の名が。

秋葉四郎先生は、私の中学時代の一年生の時の担任です。
よくこのブログに出てくる美術の先生は、二・三年時の担任でした。

紹介文から推察するに、間違いなくこの秋葉四郎先生は私の中学一年の担任です。

先生の抑制の効いた「うた」、写実的で静かな「うた」に今のこの年齢で接し、とても心が清々しくなりました。

「えっ、秋葉先生は有名な歌人だったのか」とあらためて驚き、いろいろ調べてみました。
昭和12年生、日本の歌人、文芸評論家、随筆家、教育者、文学博士、短歌結社「歩道」編集長、斎藤茂吉記念館館長もされたようで、日本歌人クラブ顧問とも記されています。

先生が担任を受け持ったのは、私達のクラスが最後だったことを記憶しています。
その後は、教育委員会に行かれたところまでは存知上げておりました。
こんな高名な方だったのに、私達生徒には何も言わず、国語の授業を丁寧にされていました。そして、昔の教師像を絵に描いたようなきちっとした立派な姿が印象に残っています。

そんな先生がある日、放課後にクラスの女子二名と、男子は私一人を呼び出されました。
そして、「これを読んでごらん」とそれぞれに三冊ずつの本を手渡されました。
その本は、今でも保存しているのですが、私には「次郎物語/下村湖人」「友情/武者小路実篤」「あしながおじさん/ウエブスター」をくださいました。

今の私の“本好き”は、まさしくこの時がきっかけとなりました。
秋葉先生ありがとう。

ブックオフが新春セールをしていなければ、いつもはあまり行かない「文学研究」のコーナーに行かなければ、このようなことを知ることは今後も無かったでしょう。
「出会い」と「偶然」は大切にしようと思いました。

 

2021/12/23

【クレームをもってくる人達の様子/過去に会った人、過去にあった出来事について振り返る №67】

20211219_telephone_001

過去に会った人、出来事シリーズ、まだ続けます。いくらでもネタはある(*^_^*)

今回はかつて職場の広聴部門にいた時に多く経験したクレーム対応というか、クレームを抱えてやってくる人達の話です。

手紙、文書、電話でも“私の言うことを聞いてくれ”ということはありますが、もちろん直接やって来ることもあります。

たとえば電話だと短くても1時間はかかりますし、長ければ2~3時間は“ざら”です。
直接来訪された場合などは、午前中いっぱい、とか、昼休みをとってきてから再度来て夕方まで・・ (・_・;なんてのもしょっちゅう。夕方やって来て、勤務時間が終了しても夜10時頃まで話をされる方もいました(T_T)体力勝負です、あちらはたまった不満エネルギー発散状態ですが、聞いているこちらは、気持ちを強く持たないと“疲弊”の度合いがひどく、翌日の出勤が怖くなったりもします。

手紙で苦情等を送った人で、ある日どうやって入り込んだか、執務室内に入ってきていて、突然担当の女性の背後から「私への回答はどれですか」と話しかけられ、騒然となったこともありました。

毎日毎日バイクに乗ってやって来て、所属長の顔を覚え、所属長目指してやって来て、とにかくご近所のことから市内全体の大きなことまで、クレームの山を語りにやって来る人がいたことをよく覚えています。
毎度毎度3時間くらい・・。

ある日その所属長が私の机の前を“ほふく前進”しているのを見て「どうしたんですか」と声を掛けるまえに所属長は私に向かって両手を合せ、拝むように私を見ました。
カウンターの外を見ると、バイクのクレーマーのお方がお探しになっている(^_^;)

「あれっ?さっき見たような気がしたけど、あいつはいないのか?!」とその“ほふく前進”の人を探している(^^;)

私は手を下に出して“逃げろ逃げろ”と所属長に指示。

そのクレーマーのところに歩いていって、「私がお話聞きますよ」と。
そして、テーブルには案内せず、カウンターの向こうに回り、お客さんと同じ側から同じ方向を向いて隣に座りました。

ようするに向かい合わない、相対しない。
そして、カウンターで隣り合って酒を飲むように…σ(^_^;)「どうしました」
「えっ、そうなんですか」「そりゃたいへんだ」「こまっちゃいましたね」と相づちをずっと打っておりました。

そしたら「あんちゃん(あの頃私は若かった)と話をしていたら、すこし気がおさまった。腹減ったから今日は帰るわ」とバイクに乗って帰って行きました。

そのあと1時間ほどすると所属長がどこからか帰ってきて、「ありがとう、まだいるのかと思ったけど、どうやって帰したの?!」と、聞かれましたが、「お話だけ聞いて、そうですか、そうですか、そりゃたいへんだ、と言っていただけです」(゚ー゚*)。oO

所属長は「その“技”は、私にはまだ無理だ」と・・(^_^;)

たぶん、たぶんですよ。
クレーマーと呼ばれる人でこのタイプの人は、もう家族も近所も、町内会等の組織でも、うるさくて手に負えなくて、だあれも話を聞いてくれなくなっているのです。
話を聞いてくれるのは「苦情窓口」で仕事で話を聞かなきゃならない人だけなんです。
可哀想と言えば可哀想ですが、そんな人の話を聞いてさしあげるのも自分の人生の中の一コマで与えられた仕事だと思えば・・なんとかなる・・・・・ならないときもあったけど…σ(^_^;)・・・・という考えでした。

ああ、あの人の顔、まだ思い浮かべることができます。
そして、私の前を這ってきた所属長の必死な顔も・・(*^_^*)

 

2021/12/01

どうやって登っても山頂の風景は同じ?という話

20211201_mitakesan_001

写真は、以前私が御嶽山に登ったときの山頂からの光景です。

ラジオで聞いたエピソードなんですけど、その番組DJの人が友達から言われた話です。

「苦労して登山し、到着した山頂の光景は最高だった」と言ったら、相手から「ヘリコプターで行っても、登山して行っても、山頂という場所は一緒です。だからどういうふうに登ろうと、見える風景はまったく変わりありません。感動の量は同じだからヘリコプターで行くのが一番」と言われたというのです(^_^;)

そのDJの人は、「俺、嫌われているのかな」と言っていましたが、いやいやそんなこと言う人はけっこういますよ。

私もいろいろそんな経験をしていますが、「落語は、噺のストーリーを知ればそれで良いので、一回聞いた話はもう聞く必要はない」と職場の者に言われたことがあります。

同じく、「舞台で行われている芝居は、テレビなどで見ればそれでよく、わざわざ劇場などに行く必要もない。ましてや一度見ればどんなストーリーがわかったので、二度行く必要など毛頭無い。」というありがたい職場の方のお言葉でした。

演者により、また観客のその日の反応により、舞台は大きく内容が変わります。
また、観ているこちらにもその場の雰囲気が大きく心理に影響を与えます。
舞台の魅力って、まさにそんなところだと私は思います。

現に、同じ芝居やミュージカルなどを何度か観ると、物語の解釈自体まで変化していることもあるし、“小屋に幽閉されて、録画などのように一時停止してトイレに行ったり、何か食べたりということもなく、目の前の舞台と対峙するということの貴重さ、大切さを感じるのです。

「山頂の光景は同じだ」と言った人には、たぶんこれからもずっとわからないことだと思いますけど。

電子書籍についても似たようなことがあるかもしれません。
電子書籍でも、紙の本でも書いてあることは同じという人がいます。

でも、実際によく本を読む人にはわかると思いますが、紙で読んだときの“読書進行感”や、“記憶の残り方”は電子書籍には無いものです。それは私もやってみて実感したところです。

小学生の教科書がタブレット端末になったところもあるようですが、生徒の覚えが悪くなってしまった、という事実もあるようです。ニュースなどで見聞きしました。

また、アマゾンではなく、本屋さんに行って書棚を巡っている時に出会う思いがけない本との出会いもあるのです。

「現にそこに行く」っていうのは、やはり大事だ。という私が思ったことを、あらためて書いてみました。

 

2021/07/12

【「正直に言えっ!」と言われた話/過去にあった人、過去にあった出来事について振り返る №2】

20210712_door_001

過去に会った人、あった出来事についての回顧文シリーズ。
もう、仕事もやめたので、気が楽になり、いろいろと思い出すことがあります。
前回、意外と反応が大きかったので、この「過去にあった人、過去にあった出来事について振り返るシリーズ」さらに続けていきます。
今回の「正直に言えっ!」は、話がその後も続きますが、まずは取っ掛かりの出来事から書いてみようと思います。

十数年前の人事異動で、職場が地元から離れた東京に変わりました。
そこでの仕事のひとつは、地元から離れた東京で、“地元のPR”をすることでもありました。
東京の職場では上司が一年で全て交代となり、その交代で来た人との話です。

年に一度、職場の上司に「今年は何にチャレンジするかシートを提出して、年内に何度か進捗状況を報告し、評価をもらうということになっていて、当時 facebook が日本で少しずつ認知され始めていた頃でした。

なので、地元の様々な施設、行事、名所・旧跡、さらに様々な地元にまつわるエピソードの紹介をするような facebook page を作ってPRにつとめたい、ということを書いて提出しました。

「あんたみたいな人には作れないよ」と言われ、「能力が無いから出来ないでしょ」とも言われましたが(※ひどいと思う)、「このシートは、自分にはかなり高いハードルとなるようなものを書いてチャレンジしろ」と説明文にあるのだから、やらせてくださいとお願いし、渋々了承を得ました。

でも、「あんたが作るようなものは、ウチの恥になるから、正式なものでなくて、個人的にいったん作り、もし・・もしもだよ、いいものだったら、来年度から正式な page にすることにする。

という話になったのです。

で、次の週から土日に個人的にあちこち出かけて行って取材を片っ端からしましたよ。

日本最古の鉄筋コンクリート建築物や、歴史上に残る人物が住まっていたところ、石碑に刻まれた文言から過去を訪ねていくこと、さらにコスプレの聖地となっている海岸近くの公園に出かけ、撮影とコスプレイヤーの皆さんへのインタビュー、日本でも一、二のどんな姓の印鑑もあるハンコ屋さんで社長に文献・資料を見せてもらいつつのインタビュー、当時あった地元ユースホステルが企画した“ねるとん”パーティーでピザを男女が生地から手作りし、石窯で焼き、カップルが出来上がるまでの一日がかりの取材など・・。

もうガンガンにやって、週に一回のペースでアップしていくと、アクセス数は上がる上がる!(*゚▽゚)ノ

それをチェックもせずにいる上司達。

「どんな“ぶざま”なものを作っているのか見せてみろ」と言われたので、iPad を使って見せると、そんなことを言っていた直属の上司と、その上の上司の顔色がスーッと変り、「・・いいねぇ・・。」と言ったきり、黙ってしまい、iPadを返してきました。

家に帰ってからもPCなどで、私の作った facebook page を遡って見てみたようで、次の日からも二人の顔色は悪い。

で、翌週。

週明けにいきなり、「こっちに入れ」と言われ、会議室に呼ばれ、私が入ると、ドアを後ろ手に閉められました。

奥に座った私に向かって

上司:「正直に言え。誰に書いてもらっている!」

私:「誰って、私に決まっているでしょう。」

上司:「ふざけるな、あんな面白くていい文章、あんたみたいなバカに書けるわけないだろう。」

私:「“あんな面白くていい文章”、ってのはたいへんうれしいですが、そのあとの“あんたみたいなバカ”はうれしくないです。」

上司:「おかしいだろう。貝塚遺跡のことについて詳しく書かれていたり、問題点なども指摘していたり、ジャンルがバラバラなのに、みないい文章になっている。それぞれ頼み込んで別々の人間に書いてもらっているのか。」

私:「毎週、土日に個人的に取材に出かけて、関係者の話も聞いているし、自分でも感じたことを書いているだけです。しかも「100」聞いてきたうちの「2」くらいしか書いていないのです。それがコツなんですよ、おもしろくする。」

上司:「とにかく白状するまでは、この部屋から出さない。」

私:「じゃあわかりました。今、あなたがテーマを出してください。目の前で15分もあればA4二枚の原稿を書いてみせます。テーマは私が書けそうもなくて、あなたが得意な分野のことでもいい。そのかわり、あなたも一時間差し上げますから、文章を同じテーマで書いてください。書き終えたら、部屋の皆んなに名前を隠して読んでもらいましょう。そして、どちらの文章がいいものか、聞いてみましょう。はっきり言って自信があります。」

上司:「もういいっ!」

と叫んで、私は会議室から解放されたというわけです。

さらにこの話は続きますので、気になった方はまたお読みくださいね。

 

2021/03/21

クルマのハンドルの持ち方によるタイプ占い

20210321_driving001

私、前から感じていたことがありました。
クルマのハンドル(ステアリングなどとも言う)の持ち方によって、だいたいその人がどんな人か、どんなタイプの人かがわかるような気がしていました。

じゃ、まずは軽く一例を。

〇11時5分の位置に両手を置いてハンドルを握っている人。
 初心者に多いが、ほとんどハンドルに“しがみついて”いる状態です。
 これは、生真面目な人、自信の無い人に多いと思います。もう“必死”な感じ(^^;)

という具合です。以下、同様な形で私の感じるところを書いてみますね。

〇10時10分の位置に両手を置いてハンドルを握っている人。
 教習所で教えられたとおりに握っているわけです。
 これは、まがったことの嫌いな人、“融通の利かない”タイプ、臨機応変に物事を考えられない人に多いと思います。・・けっこう面倒くさいヤツに多いです(^_^;)

〇上記と同じく10時10分に両手を置いているが、両手とも親指を含め全部の指が“招き猫”のようにハンドルの上部に“乗せられ”ていて、ハンドルを回すときは、全部の手・指が同時に左右に“送りハンドル”的に動かされる・・ネコが運転しているような感じです (・_・;
 微笑ましくもあるが、非常に危険な操縦方法です。「転舵」が間に合わず、“あわてるニャンコ”みたいな感じになります。初心者、あるいはお嬢様、苦労したことのない人、などによくあるタイプです。説明しても理解する気は毛頭無いので、同乗しないのが一番です。

〇9時15分に両手を置いてハンドルを握っている人。
 ワインディング・ロードもトレースするようにきっちりとステアリング操作する、運転に真面目な人。“律儀”なタイプです。
 ただ、助手席に乗せている人のことも忘れて、ドライビングに没頭することもあるので、ある意味「朴念仁」とも言えるかもしれません(^_^)

〇8時20分に両手を置いてバンドルを握っている人。
 余裕があり、常にあらゆる事態に対応できるように身体も頭も準備の出来ている人。
 かなりリラックスして運転をしているので、前記の「朴念仁」とは異なり(^^;)、助手席の人にもオーディオの音量や、飲物までにも気づかい出来るタイプです。人を安心させることの出来る人。

〇7時25分に両手を置くのですが、親指だけを引っかけていたりします。
 高速道や、割と真っ直ぐなストップ&ゴーしかないような一般道で、このポジションを取ります。
 これが危険かというと、そうでもなく、運転技術に余裕があり、ほとんど“眠狂四郎”状態で意識することなく安全運転している自然体なタイプです。
 かつてF1ドライバーだった「中嶋悟」さんは高速道、一般道でこんな状態だったそうです。岡崎市から東京まで、こんな状態で運転をして、到着すると、「自分はどういう運転をしてここまで来たんだろう」って感じだとおっしゃっているのをテレビで見たことがあります。

〇11時の一箇所のみ、右腕を伸ばして(相撲でいう“腕〔かいな〕を返した”状態)、その右腕一本でハンドルを握ります。
 “ヤンキー上がり”か、ヤンキーの人に多い操縦方法です。
 対向車の人を“威嚇”したり、自分も身体を助手席側に半身の状態で捻って乗ることにより、腰痛を避ける役目も果たし・・本当は腰痛をもっと悪化させる要因となる・・「自堕落」な様子を演出しています。
 ずぼらな人、傲慢な人、自堕落な人、いいかげんな人、人の話を聞かない人など、あまりお友達にしたくないタイプです。けんかっ早い人も多いので、気をつけるに越したことはありません(*^_^*)

〇12時の部分一箇所に右腕の「手のひら」を強く押し当てている人。
 このまま曲がるときには、大型バスの運転手のように手のひらをぐぅ~っと押し付け、片手で“ぐるんぐるん”とハンドルを回します。
 これも改造車などに乗るヤンキーの皆さんに多いタイプかと思われますが、上記のずぼらな人・・などなどのほかに“凶暴性”も追加されますのでご注意ください。

〇その他特殊なハンドル操作に、右腕をハンドルに内掛けして、逆手で握るっていうのがあります。
 一見、運転したことのない女性などから見ると、「ウマそう」に見えるのですが、パワーステアリングの無かった頃の先輩から教わった、現在では全くいらない技術を後生大事に使っているので、指摘すると傷ついたりしますから、そうっとしてあげてくださいな。

以上が今思いつくところです。
また思い出したら追加するかもd(^_^o)

 

2021/03/16

東海林さだおの「ガン入院オロオロ日記」を読みました。

20210316_shoji_sadao001

『ガン入院オロオロ日記/東海林さだお著(文春文庫)』という本を読みました。

著者の東海林さんが、「肝細胞がん」の診断を受けるところから始まり、今まで入院という“入院”をしたことのなかった東海林さんが医師から宣告というほどの重さもなく、告知をされて、さあ入院ということになり、病院での出来事をいろいろと書いている・・というものでした。

で、私も今年一月に入院して、三週間の入院を経て退院し、今に至っているのですが、私が入院が決まり、実際に入院してからも、いろいろと心配し、最終的には自分が生きて帰れるのかまで考えて、家族のことを含め“地獄の底”にいるような気持ちになったのとは、基本的に東海林さんの様子はかなり異なっていました。

手術は麻酔で完全に眠っている間に終わり、L字形に40センチも切ったお腹を見ても、悲壮感などは感じさせない書きぶりでした。
さすが、“物書き”と思わせる、観察力!
自分だけでなく、周囲の様子、他の患者さんの様子もよく観察されて書かれており、プロっていうのはこういうもんなんだ、と驚きました。

私もそうでしたが、ベッド上では身体中に管がくっつき、電線も何本も出ているような状態になるわけです。私はベッドから起きられるような状況に至るまでには二週間くらいかかったのですが、東海林さんは歩けるようになると、自分から出ている管と線が繋がっている機器をまとめてガラガラと歩けるローラー付きの台のようなものの正式名称を調べ、「イルリガートル台」いとう名前であることを突きとめます!(^_^;)

それに接続されている管の数などで、患者のヒエラルキーが決まったら面白いなどと思いを飛躍させます。・・もう、ここら辺で普通の人じゃないことがわかります。
私は、ベッドから降り、そのイルリガー・・台を引っ張るようになっても、治って家に帰り、家族の顔を見たい・・と、それしか考えていませんでしたが、東海林さんは今ある自身の状況を“楽しむ”くらいの気持ちになっているわけです。
考えられない・・( ̄O ̄;)

イルリガートル台に乗せられている自分の「尿」を溜めているバルーンの中味の色が濃いと恥ずかしいとか・・もう文章のエンターテインのためならなんでも書いちゃうそのプロ意識にただただ驚いたのでした。

で、後半は、この入院とは関係のない話になるのですが、前半が強烈過ぎて、後半はまったく面白く感じることが出来ませんでした。
何を書いても“普通のこと”に読めてしまい…σ(^_^;)盛り上がることなく読了しました。
前半が凄すぎたね・・。

 

より以前の記事一覧

2022年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック