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2019/03/11

あの日から8年、震災後18日目と19日目に書いたブログを振り返ってみた。

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今日で東日本大震災から8年、当時私は東京勤務でした。
震災直後の気持ちや感覚などは、よく思い出したり、周囲の人と話したりもしてきましたが、それから二週間以上を経たときのブログを振り返ってみると、・・自分でも忘れていたことが書かれていました。
あのときの気持ち、もう一度思い起こして“たいせつなもの”とは何か、あらためて心に刻もうと思いました。

以下、当時のブログ、原文のままです。


2011/3/29

震災、その後の東京。
わたしが見た簡単な感想です。

駅やビル、コンビニなどでの節電による消灯により、かなり照明の数は間引きされました。
最初は暗いと思いましたが、もう慣れてきました。

駅、電車内、歩道など、人が今までよりも少なくなりました。
それに、いつもはちょっと帰宅が遅くなると電車のホーム、車内は酔っぱらいがたくさんいましたが、ほとんどいなくなりました。

駅構内などで、せかせかと歩き、人に体当たりするようにぶつかってくる人がとても少なくなりました。

コンビニのパンやおにぎりなどの棚に何も置いていなくても自然に感じるようになりました。

皆、静かになりました。

ばか騒ぎする人をあまり見かけなくなりました。

ただ、原発の様子や、被災地の話を楽しそうというか、まるで人ごとのように話す人達は、震災直後にはしゃいでいた人達と同じ人達でした。
そして、その人達は“買い占め”の人達と同一人であることが多いです。
で、その人たちはまた「テレビで度々繰り返される被災時の様子を見ていられない」というと、「被災した人のことを考えろ、考えてないから、ずっと見ていられないのだ」と言う。
この人達はずっと見ていられるのだろう、ひとごとだと思っているから・・・。


とにかく暗い表情の人が多くなった(私を含め)。

無口になった人も多い。


だいたいこんな感じです。

・・・つらいです、毎日。


2011/3/30

あの地震からもうすぐ三週間にもなろうとしています。
その時は、東京の職場にいて、「震度5強」の揺れをビルの9階で経験しました。

あっという間にビルの機能は麻痺し、鉄道その他の公共交通機関は停止し、道路も大渋滞。
人は歩道にあふれ、自力で帰宅しようとする人や、コンビニなどに買い物に行く人が行き交いました。

日常、普通に動いていたもの、ことが、全て機能不全に陥りました。

当たり前だと思っていたことが当たり前ではなかったことに気づきました。この歳になって。

たいせつだと思っていたことが、それほどたいせつではなく、それほどでもないと思っていたことが、ほんとうはたいせつなことなのだと気づきました。

それほど余裕のある家計でもないのに、妻や子供達が被災地の支援のために気持ちはもちろんですが、お金を使ってでも物資支援しようとしたことに、ほんとうのたいせつなことを知りました。

計画停電の区域から結局外れたにも関わらず、我が家では電力をほとんど使わない生活を全員が始めました。
寒くても暖房も入れず、コートにくるまっての生活は日常のことになりました。

ほとんどの人たちが立派な心をもって、この難局を耐え、支援もしたいと考えていることがわかりました。
日本人は、まだまだ捨てたものじゃない、と心を強くしました。

・・でも、まだまだ続く余震(つい先ほども、今もまた揺れています)、いいニュースが流れてこない原子力発電所の状況、野菜や水にまで汚染被害が出ている状況に変わりはなく、不安は常につきまといます。

それに通勤時には、「きょうは帰ってこれるだろうか」ということが頭をよぎることもあります。
まだまだ気を弛めるわけにはいかず、精神的には厳しい状況ですが、・・・がんばります。

今年中には、何か“良い話題”が出てくるといいのですが。
それを期待したいです。


以上です。

そうか、そうだったよな、そう思ってもいたんだよな、と強く心に刻みました。

2019/01/16

先生からもらった『いのししの絵』

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新年明けて、このブログに何度も登場する私の中学時代の担任の美術の先生と6日に今年初めて会ったのですが、そのときいただいたのが写真の「いのししの絵」です。

小さな絵ですが、黒い簡易的な額に入れて「好きなのえらべ」と言われて真っ先に手を伸ばしたのがこの絵でした。

他にも全くタイプの異なる絵があったのですが、私はこの“超デフォルメ”された「いのしし」が気に入りました。

目が横に並んでんだよ!d( ̄  ̄)しかも鼻の形もビョ~ンて伸びてるし、脚の形もファニー、さらにボディが丸太みたいで、さらにさらにお尻の方に PICASO って書いてあるじゃんヽ(=´▽`=)ノ

新年早々こんなことができるのは先生をおいてほかにいないっ!と私は笑っちゃいました(^-^)/☆

この絵は私の部屋の入り口のドアに貼り付けました。
部屋に入るたびに楽しませてもらいますd(^_^o)

先生、出会った人にこのサイズのそれぞれ異なる絵を配っていましたが、くっそまじめな人がこれを渡されたら「????」ってなるんでしょうね(*^_^*)ああおもしろい。

70歳をこえてなお生き生きとこんな絵を描いてくださる先生に尊敬と感謝の眼差しを向けた1月6日でした。

2018/11/26

伐採した庭の木々の枝を粉砕機にかけた・・たいへんな作業だった

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以前、我が家周辺の変化に伴って庭の樹木の伐採を大掛かりに行ったことをこのブログに書きました。
それらの伐採された枝は、まとめて残されていたのですが、市で枝の粉砕機を貸してくれるサービスがあるということを知り、お借りしました。

ガソリンエンジン式と電動モーター式があり、エンジンの方をお願いしたのですが、持って来ていただくと、どうも調子が悪く、親切にも再度モーターの方を持って来てくださいました。ありがたい。

この連休の土日を使って妻、子供と共に作業をしたのですが、いやもうたいへんなことでした。
土曜日は、早朝、私がインフルエンザの予防注射をしたのち、朝食をとってから始めたのですが、2トントラック4台分はあったでしょうか、伐採した枝を粉砕機まで運び、粉砕機に入るくらいの大きさ、長さにノコギリでさらに切り、代わりばんこに粉砕機を担当してガリガリとやると、下からチップになって落ちてくるという寸法です。

親指より太いくらいの枝になるとブレーカーが働いて停止してしまい、復活に時間が掛かったり、出て来たチップは肥料にするために別の場所に運び、流れ作業というよりも、“滞り作業”といっていいくらいの難作業でした。

私はインフル予防注射のあと、「おとなしくしていてくださいよ」という先生の言葉を無視したせいか、午後も途中になると倒れてしまい、着替えて布団に・・(T_T)

あとは妻と長女がなんとか一日目は頑張りました。

二日目の日曜日は、私と妻で必死の作業。
なんとかトラック4台分のうち、3台分くらいは終えました。
最初に始めたときには、半分も終わらないだろうと思っていましたが、複数人で作業すると一人作業よりも何倍も捗るものです。

ある程度の目処がつき、日曜日の作業は終了。
自分と家族にご苦労様!です。


【Now Playing】 Rocky Raccoon / The Beatles ( Rock )

2018/11/17

電池交換をして考えた

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時計の電池を交換しようとして、ちょっといろいろありました。
ある朝、腕時計の針が止っていたのに気づき、その時計はふだん使っていた時計が壊れ、少し長い修理期間中に代替としてひとつ買っておこうと思った安いものですが、電池も切れんと長いこと動き続けてくれました。

電池交換に当時買ったお店に行きましたが、その店はすでになく、同じフロアに“おしゃれな時計屋さん”があり、でも展示ケースにはあちこちベタベタと「当店でお買い上げになられた時計のみ電池交換します。その際は保証書の提示が無ければできません」と“つれない”お言葉が・・。
でも、何もこんな書き方しなくてもいいのに。と、思いましたよ。

というわけで、また別の日にネットで調べて「技術者がおりますので、遠慮無くお訪ねください」的なことが書かれていたショッピングモール内の時計屋さん(これも若い女性が店番をしている“おしゃれなお店”)に持っていきましたが、時計を見せ、電池交換を・・と口に出した瞬間に店員さんの表情が曇ったのを見逃しませんでした。

番号札をもらい、一時間ほどあちこちの店をひやかして、お店に戻ると、「これは錆びが回っていてここでは無理です。工場に運んで電池交換するので、その分料金も発生します」とのこと・・。
私は日々使い終わるときれいに拭いていたし、見てもどこにも錆びなんかないよ、と思いつつ、がっかりしながら「いいですよ、このまま持って帰ります」と言うと、やや安心したような表情でした。

なんてことで、今度は「町の時計屋さんにお願いしよう」と思いましたが、どこもかしこも探しても全然無いっ!!
みぃ~んな“おしゃれな時計屋さん”みたいなのがショッピングモール内にある、ということになっているのでした。

それでも意地で探すと、千葉の街中に二軒発見。

で、本日のお休みに出掛けましたが、一軒目はお休みなのか閉まっていた。

二軒目は・・やっていた'(*゚▽゚*)'

「こんにちは~っ」と声をかけると「はいよ~っ」と出て来た方が、「ああ、ちょっとそこに座って飴がテーブルにのってるから、それでも舐めててよ」との“打てば響く”返事(*^_^*)

作業机に向かうとカチャカチャと音がしてて、「ベルトの部品が一部壊れてるからそれも直しとくね」と。あっという間に電池交換も終えて作業は完了!

・・「なんだ、やっぱりこういうことじゃん!」と私は思いましたよ。

つまり技術のある、出来る人がいないんですよね。

これは時計屋さんに限ったことじゃないんじゃないか、とも思いました。
いろいろなところでこういうことが発生していて、それはたいした問題じゃないと思っていると、やがて大変なことになるっていう片鱗が見え隠れしているのだ・・これに気づくと様々な分野で今後の日本の働き方に対するヒントが出てくるんじゃないか、などと愚考いたしました。

ただの時計の電池交換でしたが、ちょっと立ち止まって考えると何かが見えてくる、っていうお話でしたd(^_^o)

2018/09/21

リアルタイムアップ復帰二回目

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前回からこのブログはリアルタイムで書いてアップすることを復活させました。
それが出来るようになるまでのことは前回と、それ以前にも書きましたので、様々なことを克服し、過ぎ去ってきた時間を振り返り、思うことを少し書きます。

自分ひとりでは何も出来ないということを実感しました。
問題が起こると、真剣に考え、話し合い、行動する家族全員には頭が下がり、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

また、長男の頑張りと、底力にも驚きました。
困難に負けず、立ち向かって行った姿に、親として頼もしく思いました。
そんな姿を見せてくれたことにも感謝しました。

そして、普通に毎日生活しているということが、どんなに尊いことかと、あらためてしみじみと感じました。
なんでもない日々というものが、いかに幸せなことなのか、それも強く感じました。

そして私の様子に気づき、声をかけてくれた兄弟もありがたかった。
また、いつもこのブログに登場する中学時代の担任の先生から、時々電話をいただき、こちらの事情など知らなくても、いつも勇気づけてくれる力強い声も私の強力な味方でした。
もうひとり、私が時々、勝手にお顔を思い出して元気になれた方もいます。ひょっとしてこのブログを見てくれているかもしれませんが、あなたのことです。

そんな感謝の気持ちばかりの現在ですが、この気持ちを忘れずに日々生きていこうと思います。

・・ただ、忘れてはいけないのは、仕事上でのトラブル時に、いろいろな場面で関わった人を見ていると、その人の本当の姿が垣間見えました。
親身になってくれる人がいるかと思えば、こちらの深刻な状態を見て、心の中でうれしくてたまらないような様子を見せる人もいました。
それも勉強になりました。仕事上では、お人好しにしているととんでもない目に遭わされる可能性があるので、そんなときにはこちらも“鬼対応”をしようと心に決めました。

というわけで、きょうのリアルタイムアップはここまで。
また、本など読んだら感想を書きますね。

2018/09/18

ブログ休止期間中に思ったこと

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やっとリアルタイムでブログが書けるようになりました。
それまでは、このブログをご覧になっている方はご存知だったかと思いますが、時々メモをデジタルでとっておいて、その過去に書いたメモをアップしておりました。
ようするに9月に入ってからアップしたものは、8月中に書いたメモがほとんどでした。

8月いっぱいから9月前半にかけて、自身を含め、家族に起こった深刻な問題を克服してきました。
そんなときは、寝ているときもその夢を見てしまい、寝ても覚めても難題が頭から離れず、真綿で首を絞められるような感じ、苦しい思いをしました。
でも、やっとこうして正気でものを書けるところまで来ました。長かった・・が、油断してはならないと思っています。いつ何時、何が起こるかわからないと、今回身に染みたのです。

そんな家庭内の深刻な状況をなんとか克服していた最中に、また仕事関係で深刻な問題が勃発しました。
心身共に限界に来ていたところでした。
神様って、ずいぶんと酷なことをするもんだ、とも思いましたが、ここまで家族内の問題に真剣に取り組んで来た自分を信じることにしました。

問題は直接私のところに第一報が来たわけではなく、問題を発見したところがあちこちに連絡し、すっかり外堀が埋まったところでやって来ました。
最初は少し慌てましたが、腰を据えて取り組むことにしました。
関係する部署をすぐに回り、話を通し、過去の同様な案件の資料を収集し、通常業務終了後に夜間に残り、全てのことを時系列で整理し、文書はデジタルで作り、いつでも各種報告に利用できるように事細かに網羅しました。

あとは何度も何度も、何日もかけての関係部署との折衝と、直接行動せねばならないことを実行、最終的な報告も終え、事態は収拾しました。その間も、事の展開を知らぬのに、うれしそうに無関係の末端のところまで“がせネタ”を流布する輩もいました。腹も立ちましたが、そんなろくでもない輩は無視することにしました。結局、それも良かったようです。

そうこうしているうちに、我が家の周囲の状況もずいぶんと変化し、畑の中の一軒家という静かな環境からたぶん数ヶ月後には、大きく変化することになりました。それについても今までの、のんびりとした感覚を少し捨て去らねばならないようです。

様々な事が次から次へと起こるのも、自分の年齢がそういう時期に入ってきたのだと、自らを納得させ、これからも日々生きていきたいと思います。
たいへんだけどね・・。

2018/09/12

「小さなことにくよくよしない88の方法」を“くよくよしつつ”読んだ(^_^;)

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【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

例によって、これはブログ休止中にメモしておいたもの、そういうタイミングで綴ったものです。
『小さなことにくよくよしない88の方法/リチャード・カールソン著 訳:和田秀樹(三笠書房・王様文庫)』を読みました。

読み始めたときには家庭内のいろいろなことを解決しつつ、なんとか前に進んでいたのでした。
でも、今度は仕事上のことでまた難問というか、事件というか、アクシデント発生!!

「ああ、時間を巻き戻したい。そうすれば解決など簡単なこと・・。」と、この本のテーマである“くよくよしない”から正反対の“くよくよ”しっ放し( ̄O ̄;)な状態に陥りました。
人間なんて、そんなものです。自分で自分の不甲斐なさに呆れました。

答えといえるものは、今読んでいるこの本に書いてある。
「過去を悔やんで、どうにかならぬものか」と悶々とすることに解決の“か”の字も無い!

小さな問題を心の中で大きくしている自分はいないか?!
焦って解決しようとすると、墓穴を掘る。
問題解決の糸口は、まずは冷静に。そして、一つ一つ真摯に問題に向き合っていくこと。

また、逆の立場で、とにかくあらゆることに文句を付けたり、自分は特別な人間だから、特別な扱いを受けるべき立場にある、などと言う人にはなるべからず・・と、書いてあった。
そんな人、月に一度は会うことがあるが、まさに“みっともない”人だと思ったことがある。この本の指摘どおりだ。

今回も、“事を荒げよう”とする第三者がいた。
なんだか、事件性を帯びる度にうれしそうにしている。人のミス、不幸は、その人にとってこの上ないものなんだろう。

結局、落ち着いて、事象を整理し、その説明と解決への方法を丁寧に説いた。
それが解決への一番の近道だった。

グッドタイミングなのか、バッドタイミングだったのか、たまたま読んでいたこの本が役に立った。

2018/08/28

ブログお休み期間中のことについて

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ブログをしばらくの間、お休みいたしました。
問い合わせいただいた方もいらっしゃいましたが、詳しくはお伝えしないまま、お休みしていました。

そのままというわけにもいかないと思いますので、簡単に理由のいくつかをお伝えしてから再開しようと思います。
再開といっても、お休みしていた期間中にデジタルでメモしておいたものを使ってのアップです。
しばらくはそんな感じでやってみて、少し経ってからは、勢いもついてくると思いますので従来通りの形で更新して行こうと考えています。

さて、いくつかの理由のひとつ、ふたつを。

家族内にけっこう重い病気を患ったものがおりました。
家族皆で家事を分担するなどして乗り切りましたが、やはり家族に重い病気の者がいると、たいへんなことでした。

さらに家族内に、仕事関係で今後の人生に関わる大きな出来事がありました。
毎日、家族全員で話し合い、事にあたり、労基署などへの相談など、様々なことも伴い、家族に病人がいる中での事でもあり、精神的にも体力的にも大きな負荷が掛かりました。

また、両親が亡くなってからの土地の処分に伴うことがあり、単に精神的なことだけでなく、物理的に大量の物を短期間で移動させなければならない事態も発生しました。
これも病人の家族がいる中で、さらに天候のことなどもあり、家族皆で協力体制をつくり、どうにか乗り切りましたが、まだ来年にかけて移動した物の収容先を確保せねばならない問題も残っており、まだまだ解決方法がはっきりとはしていない状況です。

さらに、私自身の体にもいくつかの問題が起こり、実際に半身が痺れ、歩くこともままならない日が突然あったり、心臓にも不安が感じられる事象もあり、自身が暗い気持ちになりがちで、全てがうまく回らない状態になってしまいました。

というわけで、大好きな宝塚歌劇も観劇するには至らず、当然このブログでのいつものご紹介も出来ませんでした。

また、仲の良いお友達にも、そんな不安な気持ちから、会って少しほっとしたいという気持ちが強くなり、無理を言って会おうとしてしまい、相手の都合なども考えず、申し訳ないことをしてしまいました。
ここで、あらためてお詫びしたいと思います。ほんとうにごめんなさい。

まだまだ不安要素、解決していない事が山積みですが、何とか気持ちを強く持ってやっていこうと思っています。

まずは、少し書いてあったメモを使ってリハビリ的にブログのアップから始めます。
ぼちぼちとですが、あらためてよろしくお願い申し上げます。

2018/07/05

ふつうにうまい・・か

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最近よく感じるのは、自分が歳を取った証拠なのか、若い人と話したり、付き合ったりしたときにけっこう“ギャップ”を感じるのです。

卑近な例で言えば、今回のワールド・カップで注目を浴びた「ハンパない」。
「半端なことではない」などと自分では言ってきたが、“ハンパない”は、もう当たり前のように世間では使われている。・・自分はまだ使えない・・どうしても。
いいオトナが使う言葉じゃないと、まだ思っているんですよ。

何年か前に若い部下を現場回りのお昼時に、“とっておきの洋食屋”さんに連れて行った。
ここはランチでも何でもどんなメニューでも“ウマい”店だったが、食べているときに「どう?」と聞いたら、「ふつうにウマいっすね」と言ってた。
そのときにはウマいのか、マズいのか、どうにもこうにも普通の味なのか、まったく判断できなかった。
子供に聞いてみたら「美味しい」と捉えてよい!(^_^;)とのことでした。ああそうかい。

「落語を聞いてるんですってね」と、上記と同じ部下に聞かれた。
「うん、聞いてるよ、今度行ってみるかい?二人会があって、演目もわかっていて〇〇を噺すらしいよ」と誘ったら、「その話なら知っているので、聞いても意味がないので、行かないです」と言われた。
落語はそれぞれ演目のストーリーを知りに行くのではない。誰もがほとんど知っている話だが、誰が噺し、どんなふうに演じるのか、またその場の客との間合いでどう変化するか、などなど、「生」の高座の面白さを味わうものだが、そんなこと関係ないのでしょう。
“落語好き”としては小学生レベル以下と言わねばならないが、そんなこと言うのも面倒くさいので放っておきました。

最近、クルマで走っていてよくあることなのですが、細い脇道から若い人が本線に入ろうとしてクルマの窓から本線を走るこちらを見ている。
・・目が合う・・当然間に合わないから私のクルマをやり過ごしてから入るのだろうと思っていると、「目が合ったからには大丈夫!」とばかりに、強引に本線に入ってくる。
あわてて急ブレーキを踏んでなんとか事故から逃れたが、九死に一生を得るようなことにここ二週間で二回遭遇した。
自分のことしか、自分のためなら周りが無理してくれると信じている、“超最近人種”だ。

仕事では、メールでのやり取りで、若い人の文面には主語がなく、しかも時系列が滅茶苦茶、さらにひと言聞いては、ひと言返し、その繰り返しを延々続けようとするから話が一歩も先に進まない。

「ここで言っている〇〇は△△の意で、“何月何日何時”から“どこそこで”“これこれこういう内容”について決定するため、会議を開きたいということですね」と全てをまとめて一回のメールで送ってみると「そうです」・・と返ってくる(^^;)そのひとことだけだけどね。

あらかじめこちらが質問してくるであろうことも想定さえせず、ひとつ質問する度に「なるほどですね、さっそく調べて回答します」とメールをくれるが、その返事もいつの間にか忘れている。
私よりも超優秀な頭脳の持ち主であることは間違いない人達だが、どこかネジが緩んでいるというか抜けている。

仕事の会話の中でも、ちょっとだけ思わず笑顔になってしまうようなひと言を入れると、茫然として“固まる”。
そんなこと言われたことがないのだ。潤いのない生活と仕事をしているんだな、と思う瞬間です。

まだまだ“枚挙に暇がない”というのがほんとうのところですが、きょうはここいらでやめときます(*^_^*)・・ジジイ死ね・・と言われるので。
んじゃね。


【Now Playing】 Sesami Street / 中村たかし ( ウクレレ )

2018/06/30

Tea Time

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ブログの更新がいつもみたいに頻繁でなくなりましたが、特に何か大きなことがあったわけではありません。
ただちょっと“ぼーっ”とする時間が帰宅してから多くなり、気づくと夜になっていて寝てしまうため(^_^;)更新できなくなっていただけです。

で、表題のように“Tea Time”に少し考えていたことを書きたいと思います。

ついこのあいだ、メンタルヘルスで悩んでいるのであろう後輩から相談がありました。
職場もずっと離れていたし、会わなくなり、話をする機会もなく、たぶんそんな状態から10年以上経ったような状態です。

でも、ものすごく久しぶりなのに、私にメールで今の自分の状態に悩んでいること(たぶん文面からそれはメンタルの問題があると察することができた)、今後の仕事のことや、何かアドバイスみたいなものをもらえないだろうか、というような内容でした。

現在の状況説明もほとんど書かれていなかったので、実際に会って話をしようということになりましたが、でも、悩んでいることはたぶんこんなことじゃないかと感じたので、私が同様のことで悩んでいた時期がずいぶんあったので、私の場合は、ということで少しだけ返信メールにアドバイスというには差し出がましいかと思いましたが、書いたことがあります。

私の現在の立場で言うのは問題があるかもしれませんが、「仕事は二の次、三の次だ」ということ。「昇進なんてそれこそ四の次だ」ということも。
自分の生き方を大切に、それを一番の中心にもってくるのだということ。

私のような仕事の面でも“イケてない”、人柄でも“いまいち”、頼りがいも“もうひとつ”の人間にわざわざ相談してくれたのですから、そんな私なりの考え方を書きました。
正直に自分の考えを伝えることが大事だと思ったのです。

メールの返信には、「メールを読んだだけで少し元気が出て来た、会って話したい」とありました。なんとか力になりたい。

それから、ひょっとするとこんなことも必要かもということが私の頭の中をよぎりました。

「俺にまかせろ」とか「俺の言うことを聞いていれば大丈夫」、「俺の集まりに来ない?」などという人の話をまともに聞くな、ということです。
私の経験上、こういう人が一番事態を悪化させます。
さんざんこき使って、あとは“知らん振り”です、こういう人。

会ってお話できたときに必要であればこの話もしようかと・・。

たった一度の人生、自分らしく生きるのが一番。で、それを支えてくれる家族がいればそれが一番。
言いたいことはそれだけなんですけどね。


【Now Playing】 Milestones / Miles Davis ( Jazz )

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