フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

2018/11/17

電池交換をして考えた

20181117_watch001

時計の電池を交換しようとして、ちょっといろいろありました。
ある朝、腕時計の針が止っていたのに気づき、その時計はふだん使っていた時計が壊れ、少し長い修理期間中に代替としてひとつ買っておこうと思った安いものですが、電池も切れんと長いこと動き続けてくれました。

電池交換に当時買ったお店に行きましたが、その店はすでになく、同じフロアに“おしゃれな時計屋さん”があり、でも展示ケースにはあちこちベタベタと「当店でお買い上げになられた時計のみ電池交換します。その際は保証書の提示が無ければできません」と“つれない”お言葉が・・。
でも、何もこんな書き方しなくてもいいのに。と、思いましたよ。

というわけで、また別の日にネットで調べて「技術者がおりますので、遠慮無くお訪ねください」的なことが書かれていたショッピングモール内の時計屋さん(これも若い女性が店番をしている“おしゃれなお店”)に持っていきましたが、時計を見せ、電池交換を・・と口に出した瞬間に店員さんの表情が曇ったのを見逃しませんでした。

番号札をもらい、一時間ほどあちこちの店をひやかして、お店に戻ると、「これは錆びが回っていてここでは無理です。工場に運んで電池交換するので、その分料金も発生します」とのこと・・。
私は日々使い終わるときれいに拭いていたし、見てもどこにも錆びなんかないよ、と思いつつ、がっかりしながら「いいですよ、このまま持って帰ります」と言うと、やや安心したような表情でした。

なんてことで、今度は「町の時計屋さんにお願いしよう」と思いましたが、どこもかしこも探しても全然無いっ!!
みぃ~んな“おしゃれな時計屋さん”みたいなのがショッピングモール内にある、ということになっているのでした。

それでも意地で探すと、千葉の街中に二軒発見。

で、本日のお休みに出掛けましたが、一軒目はお休みなのか閉まっていた。

二軒目は・・やっていた'(*゚▽゚*)'

「こんにちは~っ」と声をかけると「はいよ~っ」と出て来た方が、「ああ、ちょっとそこに座って飴がテーブルにのってるから、それでも舐めててよ」との“打てば響く”返事(*^_^*)

作業机に向かうとカチャカチャと音がしてて、「ベルトの部品が一部壊れてるからそれも直しとくね」と。あっという間に電池交換も終えて作業は完了!

・・「なんだ、やっぱりこういうことじゃん!」と私は思いましたよ。

つまり技術のある、出来る人がいないんですよね。

これは時計屋さんに限ったことじゃないんじゃないか、とも思いました。
いろいろなところでこういうことが発生していて、それはたいした問題じゃないと思っていると、やがて大変なことになるっていう片鱗が見え隠れしているのだ・・これに気づくと様々な分野で今後の日本の働き方に対するヒントが出てくるんじゃないか、などと愚考いたしました。

ただの時計の電池交換でしたが、ちょっと立ち止まって考えると何かが見えてくる、っていうお話でしたd(^_^o)

2018/09/21

リアルタイムアップ復帰二回目

20180921_angel001

前回からこのブログはリアルタイムで書いてアップすることを復活させました。
それが出来るようになるまでのことは前回と、それ以前にも書きましたので、様々なことを克服し、過ぎ去ってきた時間を振り返り、思うことを少し書きます。

自分ひとりでは何も出来ないということを実感しました。
問題が起こると、真剣に考え、話し合い、行動する家族全員には頭が下がり、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

また、長男の頑張りと、底力にも驚きました。
困難に負けず、立ち向かって行った姿に、親として頼もしく思いました。
そんな姿を見せてくれたことにも感謝しました。

そして、普通に毎日生活しているということが、どんなに尊いことかと、あらためてしみじみと感じました。
なんでもない日々というものが、いかに幸せなことなのか、それも強く感じました。

そして私の様子に気づき、声をかけてくれた兄弟もありがたかった。
また、いつもこのブログに登場する中学時代の担任の先生から、時々電話をいただき、こちらの事情など知らなくても、いつも勇気づけてくれる力強い声も私の強力な味方でした。
もうひとり、私が時々、勝手にお顔を思い出して元気になれた方もいます。ひょっとしてこのブログを見てくれているかもしれませんが、あなたのことです。

そんな感謝の気持ちばかりの現在ですが、この気持ちを忘れずに日々生きていこうと思います。

・・ただ、忘れてはいけないのは、仕事上でのトラブル時に、いろいろな場面で関わった人を見ていると、その人の本当の姿が垣間見えました。
親身になってくれる人がいるかと思えば、こちらの深刻な状態を見て、心の中でうれしくてたまらないような様子を見せる人もいました。
それも勉強になりました。仕事上では、お人好しにしているととんでもない目に遭わされる可能性があるので、そんなときにはこちらも“鬼対応”をしようと心に決めました。

というわけで、きょうのリアルタイムアップはここまで。
また、本など読んだら感想を書きますね。

2018/09/18

ブログ休止期間中に思ったこと

20180918_window001

やっとリアルタイムでブログが書けるようになりました。
それまでは、このブログをご覧になっている方はご存知だったかと思いますが、時々メモをデジタルでとっておいて、その過去に書いたメモをアップしておりました。
ようするに9月に入ってからアップしたものは、8月中に書いたメモがほとんどでした。

8月いっぱいから9月前半にかけて、自身を含め、家族に起こった深刻な問題を克服してきました。
そんなときは、寝ているときもその夢を見てしまい、寝ても覚めても難題が頭から離れず、真綿で首を絞められるような感じ、苦しい思いをしました。
でも、やっとこうして正気でものを書けるところまで来ました。長かった・・が、油断してはならないと思っています。いつ何時、何が起こるかわからないと、今回身に染みたのです。

そんな家庭内の深刻な状況をなんとか克服していた最中に、また仕事関係で深刻な問題が勃発しました。
心身共に限界に来ていたところでした。
神様って、ずいぶんと酷なことをするもんだ、とも思いましたが、ここまで家族内の問題に真剣に取り組んで来た自分を信じることにしました。

問題は直接私のところに第一報が来たわけではなく、問題を発見したところがあちこちに連絡し、すっかり外堀が埋まったところでやって来ました。
最初は少し慌てましたが、腰を据えて取り組むことにしました。
関係する部署をすぐに回り、話を通し、過去の同様な案件の資料を収集し、通常業務終了後に夜間に残り、全てのことを時系列で整理し、文書はデジタルで作り、いつでも各種報告に利用できるように事細かに網羅しました。

あとは何度も何度も、何日もかけての関係部署との折衝と、直接行動せねばならないことを実行、最終的な報告も終え、事態は収拾しました。その間も、事の展開を知らぬのに、うれしそうに無関係の末端のところまで“がせネタ”を流布する輩もいました。腹も立ちましたが、そんなろくでもない輩は無視することにしました。結局、それも良かったようです。

そうこうしているうちに、我が家の周囲の状況もずいぶんと変化し、畑の中の一軒家という静かな環境からたぶん数ヶ月後には、大きく変化することになりました。それについても今までの、のんびりとした感覚を少し捨て去らねばならないようです。

様々な事が次から次へと起こるのも、自分の年齢がそういう時期に入ってきたのだと、自らを納得させ、これからも日々生きていきたいと思います。
たいへんだけどね・・。

2018/09/12

「小さなことにくよくよしない88の方法」を“くよくよしつつ”読んだ(^_^;)

20180829_richard_carlson001

【※このブログでの文は、8月頭からのブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

例によって、これはブログ休止中にメモしておいたもの、そういうタイミングで綴ったものです。
『小さなことにくよくよしない88の方法/リチャード・カールソン著 訳:和田秀樹(三笠書房・王様文庫)』を読みました。

読み始めたときには家庭内のいろいろなことを解決しつつ、なんとか前に進んでいたのでした。
でも、今度は仕事上のことでまた難問というか、事件というか、アクシデント発生!!

「ああ、時間を巻き戻したい。そうすれば解決など簡単なこと・・。」と、この本のテーマである“くよくよしない”から正反対の“くよくよ”しっ放し( ̄O ̄;)な状態に陥りました。
人間なんて、そんなものです。自分で自分の不甲斐なさに呆れました。

答えといえるものは、今読んでいるこの本に書いてある。
「過去を悔やんで、どうにかならぬものか」と悶々とすることに解決の“か”の字も無い!

小さな問題を心の中で大きくしている自分はいないか?!
焦って解決しようとすると、墓穴を掘る。
問題解決の糸口は、まずは冷静に。そして、一つ一つ真摯に問題に向き合っていくこと。

また、逆の立場で、とにかくあらゆることに文句を付けたり、自分は特別な人間だから、特別な扱いを受けるべき立場にある、などと言う人にはなるべからず・・と、書いてあった。
そんな人、月に一度は会うことがあるが、まさに“みっともない”人だと思ったことがある。この本の指摘どおりだ。

今回も、“事を荒げよう”とする第三者がいた。
なんだか、事件性を帯びる度にうれしそうにしている。人のミス、不幸は、その人にとってこの上ないものなんだろう。

結局、落ち着いて、事象を整理し、その説明と解決への方法を丁寧に説いた。
それが解決への一番の近道だった。

グッドタイミングなのか、バッドタイミングだったのか、たまたま読んでいたこの本が役に立った。

2018/08/28

ブログお休み期間中のことについて

20180806_rokutsu001

ブログをしばらくの間、お休みいたしました。
問い合わせいただいた方もいらっしゃいましたが、詳しくはお伝えしないまま、お休みしていました。

そのままというわけにもいかないと思いますので、簡単に理由のいくつかをお伝えしてから再開しようと思います。
再開といっても、お休みしていた期間中にデジタルでメモしておいたものを使ってのアップです。
しばらくはそんな感じでやってみて、少し経ってからは、勢いもついてくると思いますので従来通りの形で更新して行こうと考えています。

さて、いくつかの理由のひとつ、ふたつを。

家族内にけっこう重い病気を患ったものがおりました。
家族皆で家事を分担するなどして乗り切りましたが、やはり家族に重い病気の者がいると、たいへんなことでした。

さらに家族内に、仕事関係で今後の人生に関わる大きな出来事がありました。
毎日、家族全員で話し合い、事にあたり、労基署などへの相談など、様々なことも伴い、家族に病人がいる中での事でもあり、精神的にも体力的にも大きな負荷が掛かりました。

また、両親が亡くなってからの土地の処分に伴うことがあり、単に精神的なことだけでなく、物理的に大量の物を短期間で移動させなければならない事態も発生しました。
これも病人の家族がいる中で、さらに天候のことなどもあり、家族皆で協力体制をつくり、どうにか乗り切りましたが、まだ来年にかけて移動した物の収容先を確保せねばならない問題も残っており、まだまだ解決方法がはっきりとはしていない状況です。

さらに、私自身の体にもいくつかの問題が起こり、実際に半身が痺れ、歩くこともままならない日が突然あったり、心臓にも不安が感じられる事象もあり、自身が暗い気持ちになりがちで、全てがうまく回らない状態になってしまいました。

というわけで、大好きな宝塚歌劇も観劇するには至らず、当然このブログでのいつものご紹介も出来ませんでした。

また、仲の良いお友達にも、そんな不安な気持ちから、会って少しほっとしたいという気持ちが強くなり、無理を言って会おうとしてしまい、相手の都合なども考えず、申し訳ないことをしてしまいました。
ここで、あらためてお詫びしたいと思います。ほんとうにごめんなさい。

まだまだ不安要素、解決していない事が山積みですが、何とか気持ちを強く持ってやっていこうと思っています。

まずは、少し書いてあったメモを使ってリハビリ的にブログのアップから始めます。
ぼちぼちとですが、あらためてよろしくお願い申し上げます。

2018/07/05

ふつうにうまい・・か

20180705_art001

最近よく感じるのは、自分が歳を取った証拠なのか、若い人と話したり、付き合ったりしたときにけっこう“ギャップ”を感じるのです。

卑近な例で言えば、今回のワールド・カップで注目を浴びた「ハンパない」。
「半端なことではない」などと自分では言ってきたが、“ハンパない”は、もう当たり前のように世間では使われている。・・自分はまだ使えない・・どうしても。
いいオトナが使う言葉じゃないと、まだ思っているんですよ。

何年か前に若い部下を現場回りのお昼時に、“とっておきの洋食屋”さんに連れて行った。
ここはランチでも何でもどんなメニューでも“ウマい”店だったが、食べているときに「どう?」と聞いたら、「ふつうにウマいっすね」と言ってた。
そのときにはウマいのか、マズいのか、どうにもこうにも普通の味なのか、まったく判断できなかった。
子供に聞いてみたら「美味しい」と捉えてよい!(^_^;)とのことでした。ああそうかい。

「落語を聞いてるんですってね」と、上記と同じ部下に聞かれた。
「うん、聞いてるよ、今度行ってみるかい?二人会があって、演目もわかっていて〇〇を噺すらしいよ」と誘ったら、「その話なら知っているので、聞いても意味がないので、行かないです」と言われた。
落語はそれぞれ演目のストーリーを知りに行くのではない。誰もがほとんど知っている話だが、誰が噺し、どんなふうに演じるのか、またその場の客との間合いでどう変化するか、などなど、「生」の高座の面白さを味わうものだが、そんなこと関係ないのでしょう。
“落語好き”としては小学生レベル以下と言わねばならないが、そんなこと言うのも面倒くさいので放っておきました。

最近、クルマで走っていてよくあることなのですが、細い脇道から若い人が本線に入ろうとしてクルマの窓から本線を走るこちらを見ている。
・・目が合う・・当然間に合わないから私のクルマをやり過ごしてから入るのだろうと思っていると、「目が合ったからには大丈夫!」とばかりに、強引に本線に入ってくる。
あわてて急ブレーキを踏んでなんとか事故から逃れたが、九死に一生を得るようなことにここ二週間で二回遭遇した。
自分のことしか、自分のためなら周りが無理してくれると信じている、“超最近人種”だ。

仕事では、メールでのやり取りで、若い人の文面には主語がなく、しかも時系列が滅茶苦茶、さらにひと言聞いては、ひと言返し、その繰り返しを延々続けようとするから話が一歩も先に進まない。

「ここで言っている〇〇は△△の意で、“何月何日何時”から“どこそこで”“これこれこういう内容”について決定するため、会議を開きたいということですね」と全てをまとめて一回のメールで送ってみると「そうです」・・と返ってくる(^^;)そのひとことだけだけどね。

あらかじめこちらが質問してくるであろうことも想定さえせず、ひとつ質問する度に「なるほどですね、さっそく調べて回答します」とメールをくれるが、その返事もいつの間にか忘れている。
私よりも超優秀な頭脳の持ち主であることは間違いない人達だが、どこかネジが緩んでいるというか抜けている。

仕事の会話の中でも、ちょっとだけ思わず笑顔になってしまうようなひと言を入れると、茫然として“固まる”。
そんなこと言われたことがないのだ。潤いのない生活と仕事をしているんだな、と思う瞬間です。

まだまだ“枚挙に暇がない”というのがほんとうのところですが、きょうはここいらでやめときます(*^_^*)・・ジジイ死ね・・と言われるので。
んじゃね。


【Now Playing】 Sesami Street / 中村たかし ( ウクレレ )

2018/06/30

Tea Time

20180630_teatime001

ブログの更新がいつもみたいに頻繁でなくなりましたが、特に何か大きなことがあったわけではありません。
ただちょっと“ぼーっ”とする時間が帰宅してから多くなり、気づくと夜になっていて寝てしまうため(^_^;)更新できなくなっていただけです。

で、表題のように“Tea Time”に少し考えていたことを書きたいと思います。

ついこのあいだ、メンタルヘルスで悩んでいるのであろう後輩から相談がありました。
職場もずっと離れていたし、会わなくなり、話をする機会もなく、たぶんそんな状態から10年以上経ったような状態です。

でも、ものすごく久しぶりなのに、私にメールで今の自分の状態に悩んでいること(たぶん文面からそれはメンタルの問題があると察することができた)、今後の仕事のことや、何かアドバイスみたいなものをもらえないだろうか、というような内容でした。

現在の状況説明もほとんど書かれていなかったので、実際に会って話をしようということになりましたが、でも、悩んでいることはたぶんこんなことじゃないかと感じたので、私が同様のことで悩んでいた時期がずいぶんあったので、私の場合は、ということで少しだけ返信メールにアドバイスというには差し出がましいかと思いましたが、書いたことがあります。

私の現在の立場で言うのは問題があるかもしれませんが、「仕事は二の次、三の次だ」ということ。「昇進なんてそれこそ四の次だ」ということも。
自分の生き方を大切に、それを一番の中心にもってくるのだということ。

私のような仕事の面でも“イケてない”、人柄でも“いまいち”、頼りがいも“もうひとつ”の人間にわざわざ相談してくれたのですから、そんな私なりの考え方を書きました。
正直に自分の考えを伝えることが大事だと思ったのです。

メールの返信には、「メールを読んだだけで少し元気が出て来た、会って話したい」とありました。なんとか力になりたい。

それから、ひょっとするとこんなことも必要かもということが私の頭の中をよぎりました。

「俺にまかせろ」とか「俺の言うことを聞いていれば大丈夫」、「俺の集まりに来ない?」などという人の話をまともに聞くな、ということです。
私の経験上、こういう人が一番事態を悪化させます。
さんざんこき使って、あとは“知らん振り”です、こういう人。

会ってお話できたときに必要であればこの話もしようかと・・。

たった一度の人生、自分らしく生きるのが一番。で、それを支えてくれる家族がいればそれが一番。
言いたいことはそれだけなんですけどね。


【Now Playing】 Milestones / Miles Davis ( Jazz )

2018/05/24

こういう人、今までに何人も会ってきてますよねぇ

20180524_newspaper001

昨日はネットで会見(・・とも言えないような内容)していた某大学のスポーツ関係の監督とコーチが話題沸騰となり、今朝も職場までの車中のラジオや、職場でもその話題が出ました。

そのお二人の会見については既にものすごい数の意見が出ているので、それはそちらにまかせて、私が思ったのは、“あの二人”のような人、今まで仕事を何年何十年としてくると、似たような人に何度か会ってるよなぁ、ということです。

特に職場の建物が本社から離れて、その職場が独立して閉鎖的環境にあるところで親分になっている人に、あの監督のような風情の人が何人かいたことを思い出します。

離れ小島で、他の部署からの干渉もなく、自分の思うがままに仕事も、人的関係も続けていくと、自分の言うことをきかない、あるいは自分の思いどおりに動かないヤツには本当に腹立たしい思いをするのだと思いましたよ。

だからねぇ、そういう親分は“オレの飲み会”を開くね!
割り勘にするくせに、“オレの飲み会”だから、来ないヤツにはチェックが入る。

そして、参加しても、今度は飲み会の席上では仕事の話しかせず、それを「そうですねぇ、さすがです。私も常々そう思っていました」などと、腰ぎんちゃく的発言をしておかないと、ここでもすでにチェックが入っていますから注意してね。

席上、親分の近辺には、腰ぎんちゃくその1、その2などもいますが、大番頭や番頭などが(そうそう、あのコーチみたいな人・・やや強面なヤツが多いよ)いて、力強い“おべんちゃら”と、“こわ~い視線”であたりを見回しているからこれも注意だ!

親分にうかつに楽しい飲み会だと思って、最近楽しかったことなどを話題にして話しかけてしまうと、親分は仕事のことしか話すことがないので、そういう話題は苦手中の苦手だ。無理やり仕事の話に結びつけて少し怒りだすからまた要注意だ。

挙げ句に、ビールの中にワサビをたっぷり入れて(自分のじゃないよ、私以下部下のビールがそそがれたコップにだ)、これを飲んでみろ、などということも経験した。
つまり、自分の酒ならこうしても飲めるだろうっていうんでしょうね・・。

最初に飲み屋で女将に「ワサビを皿にたっぷりくれ」などと所望すると(番頭が頼んでいた)、「お酒はそんな飲み方するものじゃありませんっ!!」と、女将に怒りの眼差しで断られたが、大番頭が「しょうがないですね、私がひとっ走りコンビニに行って買って来ましょう」などと、女将のひと言に安心していたこちらを絶望させるようなことを言うのでした。

そして私たち参加者のコップに練りワサビがチューブから4センチくらいずつ、“ジュブジュブ”と投入されるのでした。
うまいわけがないし、楽しいわけもない・・。こういうことだよねぇ、全国のご同輩、こんな経験に近いこと味わっていませんか。

別の親分は、大皿で出て来た焼き鳥各種盛り合わせに、七味をビンのフタを外してザボザボとひと瓶かけて焼き鳥全部が七味で見えなくなった。
「こうして食べるのが一番うまいんだ、オレはいつもやってるよ、ほら食べてみろ」って・・自分だけ小皿にとってやれよ!と言いたかった。
結局食べて、喉と肺を痛め、一週間くらいは胸が痛くて日常生活にも困ったものだ。

こういうことをして、自分に服従するのか知りたいのかもしれないですね。

もし、今だったら即座に断りますが、あの頃私は若かった・・。

あの監督とコーチの会見の話題からこんな話になったけど、ああいうタイプの人を見ると、いつもこの話題を思い出してしまうのです。
だから、ちょっと書いてみた。

やっている本人たちは、“楽しい飲み会”にオレがしてやったと思っているのだと思います。ほんとうにありがとうございました。


【Now Playing】 ヒロシキャンプ・初春ソロ2018 / ヒロシ ( YouTube )

2018/01/27

映画「ラーメンヘッズ(RAMEN HEADS)」を見てきた・・なんと舞台挨拶あり!!

20180127_ramen_heads01

千葉劇場で本日より熱々のロードショーとなる映画『ラーメンヘッズ(RAMEN HEADS)/2017年・日本 監督:重乃康紀 出演:冨田治、飯田将太、大西祐貴他』を見てきました。


20180127_ramen_heads03

なんと驚きの舞台挨拶付き!ヽ(=´▽`=)ノ
監督の重乃さんと、この映画の全編に渡って登場する「中華蕎麦 とみ田」の冨田治さんが上映前に登場され、エピソードなどを語ってくれました。
客席もいつもの千葉劇場の“おじいさん”と“おばあさん”がほとんど、ということはなく、ラーメン・マニアみたいな人がけっこういたようです。年齢層もいつもよりは若く、しかも男性比率が高かった。


20180127_ramen_heads04

チケットを購入すると、うれしいカップ麺の“おまけ”つき。
本日発売のとみ田のラーメンを再現したものだそうです。あとの楽しみになりました(*^_^*)

映画は、監督が感じているラーメンというものに対する“日本人の思い”みたいなものが集約された感じ。

千葉県松戸市にあり、4年連続ラーメン日本一に輝いた「中華蕎麦 とみ田」の主人、冨田治氏のラーメンづくりへの取り組み方、そしてお店での全神経を麺、スープ、お客さまの様子、店員の動き、従業員の仕事の様子などに注ぎ込む様を収めたもので、このドキュメンタリーの中で店員の方々が語っていますが、とても厳しいものでした。これが毎日なんてキツすぎる・・。


20180127_ramen_heads02

他の有名店の店主や店の様子なども、それぞれに独特のラーメンと共にスクリーン上に現われますが、どこの店主もお店も、ラーメンもまったく異なるものです。
これだけのラーメンを味わえるなんて、日本人に生まれて幸せです。

映画の中で日本におけるラーメンの歴史なども手短に紹介されていますが、我々日本人にとってラーメンというものは高価に過ぎず、でも、どれもが個性的で、美味しいものが多くて、しかも何か思い入れというか、思い出までもが乗ってくるような食べ物で、あまり嫌いな人っていないですよね。

カナダ国際ドキュメンタリー映画祭や、その他いくつもの映画祭で上映されたようで、中にはそこで冨田さんがラーメンをふるまったこともあったとのこと。外国人のつけ麺への衝撃はかなりのものだったようです(^-^)/☆

とにかく最初から最後まで(冒頭に登場したのが、私が東京勤務時代によく行った有楽町ガード下の「谷ラーメン」だったのもうれしかった)、ラーメン、ラーメン、ラーメン!!!の映画。見終わったらラーメンを食べずにはおれない(^_^;)“こってり映画”です。覚悟して見るようにd(^_^o)


【Now Playing】 ニュース / J Wave ( FM )

2018/01/01

初詣に行ってきた

20180101_omikuji01

年も明けました。
facebook 、Instagram では神社の写真をアップしたりしましたが、このブログでは新年初アップです。

早起きして、家族四人で家を出て、妻の実家に寄り、義母・義弟・義妹と合流し、上総国二之宮 橘樹神社に初詣しました。
神主が妻の従兄弟なので本格的に本殿で祈祷していただきました。気持ちも新たになりました。

甘酒がふるまわれていたので、それで温まり、ふとみると“おみくじ”が・・。
私はまったくその気ではなかったのですが、「みんな引いているよ」と妻に言われ、それじゃということで・・あの番号が付いている箱みたいなのをカラカラとやって出て来た番号の“おみくじ”の結果は!

『小吉』・・だったんだけど、書いてあるのはろくな事がない(T_T)

願いごとは叶いがたく・・のち、自然成就すとは書いてあった

失せ物は出ても、てまどる

商いは利益少なし

学問は困難なり、勉学せよ・・(^_^;)

争い事は、勝ちがたし、控えよ・・そうしよう

病気は、重し、医師に頼め

ほかもなんだかマイナス要素ばかりでした・・( ̄O ̄;)

でね、「恋愛」・・この人を逃すな・・だって!d(^_^o)
よしわかった!!って・・何がわかったんだかわかりませんが、今年もがんばりまぁ~す(^-^)/☆


【Now Playing】 Goodナイト!Goodトーク! / 磯山さやか ( ニッポン放送 )

より以前の記事一覧

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック