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2022/11/24

「東京育ちの京町屋暮らし/麻生圭子」を読みました。

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『東京暮らしの京町屋暮らし/麻生圭子著(文藝春秋)』を読みました。
いつもどおりのブックオフで安価にて購入。
2000年7月発行の本です。

著者、麻生圭子さんはエッセイストで、作詞家としても吉川晃司、小泉今日子、中森明菜などの曲を手がけている方だと知りました。

その麻生さんが京都のいわゆる“町屋”暮らしをしようとするのですが、その町屋を借りようとして大家さんに会うと、「町屋かなんか知らんけど、あんたみたいなよそから来た人間がやな、勝手に、そんないい方してるだけや。我々、京都の人間はそんなことば、使いませんな」・・と、初っ端から痛い洗礼を受けます。

ま、一筋縄ではいかないわけで、不動産屋さんから知人、その他あらゆる“つて”を頼って町屋を探し、借りる際の改修をどこまでやっていいのかという条件などの擦り合わせも大変なことになりました。

いったん借りることが出来、契約もきちんとして、その後、夫も含め多くの人の手を借りて床を漆で塗ったりたいへんな作業をするものの、途中で話がご破算になり、苦労が水の泡となることもありました。

しかし、著者、麻生さんの町屋に対する「住んでみたい」という願望は最後まで衰えることはなく、本を読んでいるだけでもこちらが気絶しそうなくらい大変な思いと作業を経て“町屋暮らし”に漕ぎ着けるのでした。

そして、町屋暮らし・・優雅でいいじゃない、と思うと、それは現代の快適な環境、たとえばエアコンや水、給湯関係などが麻生さんが住もうとしている町屋では、昭和三十年代のような暮らしをしなければならないことになるのです。

冬は外と同じくらいの寒さの中で暮らさなければならず、台所などは土間にあり、足の先から芯まで冷たくなるらしく、夏はエアコンもないので当然あちこち開けて暮らすわけで、だから蚊帳を吊るのは当然のこと・・。
冷蔵庫も今どきの大型のものを置く場所もなく、小型で冷凍庫もない生活を選びます。

とうてい現代人には耐え難いような環境かと思いますが、でも、それでも“町屋暮らし”をしたいという気持ちはなんだか理解できます。
現代社会の皆が共有している、いわゆる“便利で快適”な生活よりも大きく深い喜びがきっと町屋暮らしにはあるのだと思います。

掲載されている写真を見ていると、なんだか私も憧れてしまいそうな“豊かさ”を感じてしまいます。

このあいだ、またもブックオフで麻生さんの「京都暮らしの四季」について書かれた本を見つけ、購入いたしましたので、読みましたらまたここでご紹介したいと思います。

今回は、京都の町屋暮らしって、なんだか良さそう・・というところまでの読後感ご紹介でした。

 

2022/08/09

「父の縁側、私の書斎/檀ふみ」を読みました。

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『父の縁側、私の書斎/檀ふみ著(新潮文庫)』を読みました。
私同様、本好きの妻とブックオフでいろいと物色しているときに、私が阿川佐和子さんの本をよく読んでいるので、妻から「檀ふみさんの本はどうだ?」と手渡されたので買ってみたものです。これまた格安にて。

2004年に刊行されたものの文庫化ですから、檀さん五十代に入った頃の本です。

この本は、檀ふみさんが父の檀一雄さんの思い出と共に、一家が暮らしてきた家の間取り図も再現して家族の様子なども振り返っているもので、幼少期にまで遡る思い出はなんだか昭和の懐かしい家族の風景が彷彿として、読んでいてこちらもしみじみとしてしまいました。

仲良しの阿川佐和子さんの父親もかなり強烈な人でしたが、この檀一雄さんもそれを何倍も上回る強烈さでした。

お金もないのに土地を買ったり、家を買ったり、増築につぐ増築を重ねたり、その金の工面を奥さんが(ようするに檀ふみさんのお母さんです)が、丹羽文雄氏の家にお願いに行ったりする様子も書かれていました。

ポルトガルに何年も家族をおいて行ってしまったり、日本にいても女のところに行ってしまって家にも帰らなかったりですが、・・でも檀ふみさんはそんなに悪口を書いていないんですよね。
割といい思い出を持っていて、それを大切にしています。
阿川さんといい、檀さんといい、作家の娘の気持ちはよくわからないのですが、でも基本的に父親が好きだったんでしょうね。

家の間取り図を示しながら思い出を綴っていると、すでに書きましたが、その表現が実に巧みで、家の中の光景と、家族の様子がよく伝わってきました。
そういうのって、書いている本人ばかりが思い出に浸っているような文章が多いのですが、檀さんのこの本での文章はそうではありません。

人間って、さまざまな思い出、記憶は、風景やそのときにいた部屋、家などの映像記憶と共によみがえって来ます。まさにこの本はそんな感じでした。

普通から考えたら、檀一雄さんはとんでもない父親なのだと思われますが、でも檀ふみさんにとってはかけがえのない“父親像”として記憶されているのだと思いました。

自分の家のことではないのに、懐かしい気持ちにさせてくれた本でした。

 

2022/05/14

古民家美術館で開かれている『旭 風景美術展』に行ってきました。

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このブログの主要登場人物である私の中学時代の担任で美術の先生「南隆一先生」が旭市の《古民家美術館飯岡・・旭市三川3636》で開催されている『旭 風景美術展』に地元居住の芸術家3人のひとりとして参加されているとのことで、行ってみました。
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この古民家美術館の様子については、Instagram経由で別途ご紹介しようと思っていますが、素敵なところです。
ユン・ソベさんという芸術家でアジアの美術界では重鎮の方が代表をされ、まだここ二年くらいで作り上げた美術館です。

ユンさんと、もうひとかた、地元の作家、スズキ・ラナさんの作品、そして南先生の作品が、現在展示されています。

 

 

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ユンさんとラナさんの作品も後日Instagram経由でご紹介しようと思っています。

ということで、私の先生、南先生の作品の一部をこのブログではご紹介いたします。

 

 

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今回は、「旭」の風景ということで、先生は海中の魚をコミカルにガラス絵で描いたり、クレヨン画や港の風景を大作で描いたり、飯岡の風景をゆったりと描かれている印象を持ちました。
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のんびりと飯岡の海も近いこの古民家美術館に出かけ、午後のひとときをゆっくりと過すのもいいと思いました。
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私が行った日には、ユン先生もいらしたし、スズキ・ラナさんも途中からいらして、作品についてや、どのような画材を使って描かれるのかまでゆっくりとお話しすることができました。
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ものすごく“濃い”時間となり、アーティストの持つ独特の“熱”というか、“オーラ”に圧倒された感もありました。
ゆっくりとした時間を過したのに全てのエネルギーを“吸い取られた”みたいな感覚があり、芸術家というものは普通の人間とはちがう!と、この日はつくづく思いました…σ(^_^;)

というわけで、庭にあるオブジェも楽しいし、後日紹介しますが、古民家の見事な改修による見どころ満載の建物、そして作品、“満腹”状態で帰宅いたしました。

 

2022/04/04

「食べごしらえ おままごと/石牟礼道子」を読みました。

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『食べごしらえ おままごと/石牟礼道子著(中公文庫)』という本を読みました。

今までこのブログでも、いろいろな食べ物について書かれた本の感想を書いてきました。
私の得意というか、好きなジャンルは“B級”的な食べ物について書かれたものですが…σ(^_^;)

でも、この石牟礼さんの著書は、「ぶえんずし」、「笛ふき鯛の煮付け」、「らっきょうの即席しそ漬」など、いろいろな食べ物が登場しますが、それぞれの背景に“暮し”や“故郷”、“土地柄”、“家族”、“四季”などが見えてきます。

だから、単に食べ物の話では終わらず、石牟礼さんの想い出なども加わって、とても映像的な文章になっていると感じました。
そして、とても感情というか情緒にうったえるものがありました。

料理の味を想像するだけでなく、しみじみと人や風景の様子を味わうことになりました。

深くしみじみと、心と体の芯に沁みてくる本でした。読後も心地よい感覚がただよっています。

 

2022/03/31

「間取りのお手本」という本を読みました。

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『間取り良ければすべて良し! 間取りのお手本/コラボハウス一級建築士事務所(株式会社エクスナレッジ)』という本を読みました。

著者として記されている「コラボハウス一級建築士事務所」は、愛媛県、香川県を拠点に「設計士とつくるデザイナース住宅」を手掛けているそうです。

本屋さんで何となく手に取ったのですが、カラーで描かれた51軒の間取り図を見ていると、その家の人達がどんなことを大事にして、どういう生活をこの家でしているのか、と想像が広がるのです。

土地自体が狭いところもあるし、平屋もある、家族構成も夫婦と子供二人というのが多かったのですが、祖父母なども同居している家もありました。

そして生活の中で何を大切にしている家族なのか、というのがとてもよく表わされていて、私はすでに家を建ててしまったのですが、いろいろな人の建物・間取り図を見るのも楽しいものでした。

大げさにいうと、間取り図からその家族の生き方のようなものが見えてくるのです。
それが、ひとつの“読物”のように感じられて、味わい深く読むことができました。

建物前面に長ぁ~い縁側を設け、窓も大きく、光がふんだんに入る明るい建物や、中庭がいくつもあり、ガラスと中庭越しに他の部屋の様子がわかる建物、さらに特に気づいたのが、玄関から入って続きに土間収納部が広く取られ、そこからキッチンにつながるパントリーを通過するなど、知っていたらやりたかったことも見つけました。

今、自分が住んでいる家は決して便利で使い勝手がよいわけではありませんが、でも今の家と家族を大切に生きよう・・なんて、ちょっと真面目に思ってしまいました。

見ているだけでも、その家の楽しさがわかると少しウキウキしたりもしました。
楽しく読めた本でした。

 

2021/11/24

「剪定枝チップ機」が役に立つ

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先週の休みの日に妻とともに写真の「剪定枝チップ機」を環境事業所から借りて(なんと無料)、過日“枝下ろし”して積み上げてあった大量の枝をバリバリ・ガリガリとチップ化いたしました(*゚▽゚)ノ
今回で三年連続お借りしたことになります。
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機会の上部から枝を入れると下からどんどんチップが出て来ます。
木のいい匂いがします(゚ー゚*)。oO
機械と一緒に持って来ていただいたプラスチックの大きな衣装箱に受けると、8箱になりました。

チップは庭の木々・草花を植えてあるところに敷き詰めるように撒きました。

 

 

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剪定を終えたハナモモの木は丸坊主のように見えますが、これがまた枝が伸びてきてたくさん花を咲かせます。
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さらに剪定したジューンベリー、柿の木などの枝もバリバリやったので、チップはとても香しい・・(*^^*)
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八畳間いっぱいくらい積み上げられていた大量の枝は写真のように幹の太い部分を残してチップ化完了しました。

機械と共に渡された市のチラシには、このチップ機貸し出しは今後「廃止」となるとのことでした。
枝を1メートル程度に切り揃えれば回収が可能となったことから・・と書かれていましたが、チップ化することによって使い途もあるし、なんだか環境にも良さそうだったので、残念です。

ヘトヘトになり、私は途中で二度ほどダウンしながらの作業でしたが、庭はさっぱりしましたd(^_^o)

 

2021/08/09

「古代出雲を歩く」を読みました。

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『古代出雲を歩く/平野芳英著(岩波新書)』を読みました。
これもまたブックオフで安価購入。

ふだん、あまりこういう古代のことや、歴史にまつわるようなことが書かれている本は読んでいないのですが、「出雲」が私を引きつけました(*^^*)

12年ほど前に、仕事の関係で、出雲市斐川町にある富士通の工場を訪ねたことがあります。
そのときに、せっかく出雲に来たのだからと、出雲大社ほか、さまざまなところを見に行って、古代の雰囲気というか、息吹のようなものを感じる出雲がとても好きになりました。

 

 

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富士通を訪ねた翌日、日本海の荒波が洗う断崖に立つ立派な白い灯台、世界灯台100選の一つにも選ばれているという「日御碕(ひのみさき)灯台」を見に行こうとして、レンタカーで山道を登り始めたときに、眼下にいきなり夢でも見ているのかと思うような朱塗りが印象的な神社を発見し、「帰りに寄ってみよう」ということになりました。

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それがこの本でも紹介されている「日御碕神社」です。
当時は名前も知らず行ってみたのですが、同一の境内に上宮と下宮が配置される出雲地方には珍しい社殿配置の神社でした。
崖の上から見た光景はまるで別の世界のようにも見えたのでした。

お参りしてきたのですが、全身に感じるただならぬ雰囲気が忘れられず、二ヶ月後にまた家族と出かけることになってしまいました。
まさにパワースポットだと感じたのです。

で、とにかくこの本を読んでいると、今まで知らなかった出雲の様々な謂われのある神社や遺跡が紹介されていて、世の中少し静まってきたら、また行ってみたいと思っているところです。

 

 

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“あごだし”の出雲蕎麦も食べたいし(*^_^*)

また行く前にはよく読み返してみようと思います。

 

2021/05/18

太田和彦さんの「風に吹かれて、旅の酒」を読みました。

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『風に吹かれて、旅の酒/太田和彦著(集英社文庫)』を読みました。
いつも旅と居酒屋中心のお話になる太田さんの文ですが、今回読んだ印象は、人生のけじめをあちこちでつけている、という感じでした。

自分の学生時代の作品を画集にして残す作業をしたり、故郷・松本の大学で一時教鞭をとっていた時の生徒達との再会(松本修学旅行と呼んでいた)を果たして、かつての生徒達の成長に目を細めたり、平成三十年度の文化庁長官表彰「日本の食文化について独自の視点による著述活動に対して」を受けた時の様子が書かれてあったり(居酒屋を通した食文化への寄与が最大の理由ですとの担当職員の話によろこんでいた)、かつての日本映画を次々と見て、往時の映画を振り返ったりもしていました。

あまりに、過去の整理をしているようで、ちょっと心配になりましたが、いやいや、これも太田さんが元気に“やりたくて”やっているのでした。
これでいいんだと思いました。ずぼらなようでキチッとしている太田さんらしいのです。

映画の振り返りの中で、昭和二十年代の映画に「喜劇・とんかつ一代」とか、「とんかつ大将」だとか、当時は「とんかつ」で映画が出来てしまうのだ、と驚くようなところもありました。
「とんかつ」って、ルーツは外国なのであろうに、すっかり日本の文化になっていますが(カレーやラーメンもそうかもしれない)、その頃の映画は、丁度「とんかつ」が文化になった頃だったのかもしれません。

太田さんは句会にも入っていて、いくつかの句を載せています。

扇風機黙る二人に風おくる

っていう句なのですが、私は同じ句会に入っていて紹介されていた戸田菜穂さんの

赤い爪足で向きかえ扇風機

にググッと惹かれました(^_^;)

さらに戸田さんの

百合の香にすべてゆだねる夜もあり

・・っていうこれは・・さらに艶っぽいです。

というわけで、今回は、お酒というよりも、今後に向けた太田さんの心構え的な内容のものになっていました。
枯淡の境地か、今後の太田さん、ますます楽しみです。

 

2021/04/17

安西水丸さんの「東京美女散歩」を読みました。

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『東京美女散歩/安西水丸著・絵(講談社文庫)』を読みました。
そして、水丸さんの東京の風景と美女の絵も見させてもらいました。

著者の安西さんは、1942年生まれ。2014年に亡くなっていますが、この本は、2007年~2014年に小説現代に隔月掲載されたものの文庫化です。

東京のあちこち・・上野・浅草、大塚・池袋、佃・月島、お茶の水・神田神保町、自由が丘、麻布十番、銀座、渋谷、神楽坂などなど・・を安西さんが気の向くまま、けっこう精力的に巡ります。
そしてタイトルどおり、美女を探し、安西さんの「絵」で、その地の風景と共に見せてくれます。
それに赴いた先の歴史的なことについてもかなり深く掘り下げていて、私の知らない過去の東京が見えてきました。
安西さんは東京で育っているので、単に調べたことが書かれているのではなく、安西さんの瞼に焼き付いている実際の光景や人々の姿なども、読んでいるこちらは楽しめました。

安西さんには、例えば銀座を歩いている女性というのは、“こんな美人”でなきゃいけない、という確固たるものがあり、そういう見方で、東京各所の美人を探します(^_^;)
当時流行っていたのか、“レギンス”をはいた女性を見ると、ほんとうに嫌そうな様子・・。

そして、訪ねる各所に、安西さんの歴史の中にいる女性の想い出としての影が現われる。
もうねぇ、驚きました。
こんなに年齢層もタイプも異なる女性と“関係”していて、ちょっと調べ出すと誰だかわかるようなくらいギリギリで書いていて、大丈夫なんかい?と思いましたが、安西さんはすでに亡くなっているからそれでいいのか・・。
でも、その女性ごとのエピソードもなんだか面白いのですd(^_^o)

また、あちこち探索しているうちに、美女と出会ったりすると、即座に声をかけることも多く、かなり“立ち入った”ことまで聞いてしまいます。でも、それが安西さん流の女性との接し方なのでしょう、あっという間に関係性を築いてしまいます。
・・この年代の人の、このやり方は、過去私の先輩でもいましたが、もうこういうことが出来るような男はほとんどいないです。絶滅危惧種・・。

400頁以上にわたるボリュームでしたが、とても“濃い”、“男の本”でした。

安西水丸さんの、男のダイナミズムと、東京の歴史的風景が楽しめる長編本でした。
ガッツがあり、エネルギッシュな男向けの本なのかもしれない。

 

2021/02/26

「今日もいち日、ぶじ日記/高山なおみ」を読みました。

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『今日もいち日、ぶじ日記/高山なおみ著(新潮文庫)』を読みました。
これもブックオフにて安価購入。

著者、高山さんは吉祥寺「諸国空想料理店 kuukuu 」のシェフを経て料理家に。
その後、文筆家としてレシピ集、エッセイ、日記などの著書を刊行しています。

今回の「今日もいち日、ぶじ日記」は、平成23年3月の東日本大震災後、7月に入ってから高山さんが夫と幌付ジープに乗って被災地を巡ったときの日記と、住まいの東京から離れた山奥に土地と古い民家を求めて出掛け、それを夫婦して手に入れ、その後に少しずつ家、土地ともに手を入れていく時の日記に大きく分かれて書かれています。

いずれも、料理家の高山さんらしく、毎日食べたものについて必ず記載されていて、それがこの400頁にも及ぶ日記に“生き生き”とした印象を持たせています。
あのとき何を食べた、っていうのはけっこう見逃しがちですが、大切なことなんですよね。

震災後の現地を訪れた部分の日記には、そのとき現地での片づけの様子や、町の姿、人々がどんな暮らしをしていたか、また宿泊した宿の人、泊まっていた復興に携わっていた人達、その人達から聞いた震災当日の明暗を分けた行動などの話などが、高山さんらしい決して重くない筆致で書かれていて、資料的な価値もありながら、人の心の細部までにふれるようなこともあり、真剣に身を乗り出して読みました。

後半の山奥に土地と古民家を得てからの話では、自然の中で傷みの激しい古民家を夫婦で徐々に使えるようにしていく姿が、たいへんそうだけど、楽しく書かれていました。

私などは、もともと田舎育ちなので、近所の人達がいろいろなものを持ち寄ってくれたり、「梅の実など勝手にもいで漬けるといいよ」なんて言ってくれるのは当たり前の時代に育ったわけですが、高山さん夫婦には新鮮だったようです。

何よりも大自然の中、空気が澄んでいて、天気の良い日もあれば、雨の日もあり、寒い日もある・・という当たり前のことに新鮮な驚きを感じている高山さんの心と身体の動きの変化が逆にこちらには新鮮でした。

ただの日記と思うなかれ、とても読み応えのあるものでした。

 

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