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2022/11/18

【南先生の玉手箱_0055_手づくり体験 二人で百七十歳】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は、平成18年1月25日の日付が入っている「らくがき №52」という通信文から活字化をいたします。
おじいちゃん二人による「凧作り教室」の話題です。


以下、先生の文章です。

<今関さん 手つくり体験 渡辺さん二人で百七十歳>

昨年に続いて松尾からおじいちゃん二人、来校。
低学年凧つくり教室があった。

簡単な凧を自分でつくるなどはちょっと前までは子どもがあそびの中で家庭や地域で普通にみられたことだが、学校にあそび教育などが入ってから、暮らしの中に手つくりの味わいや道具の使い方を知るチャンスがめっきり少なくなった。

時代の変化とは言うものの、子ども時代にあそびを通して身につくものは大きい。

暮らしの中で直接にかかわらなければ何も身につかないままに成長して、大人の時代を生きることになる。

そんな不安を時々感じながらも、子どもたちは日々喜々として楽しく学校や家庭で暮らしている。
無理にとは言わないまでも、簡単なものつくりは生きる力として誰もが欠くことのできない部分です。

お金で買えない心の耕しが今、大変重要な時代にあります。

竹ヒゴつくりから、のり付け、糸つけまで手伝ってもらってその十文字凧にみんな絵をかいて雪が残るグランドをかけまわって楽しそうなひと時でした。

また、今日のために一日一本しかできない竹トンボを本校児童全員につくって持ってきてくれた、ありがたいのひと言ではすまされないとんでもないプレゼント。
子どもたちにあげたいからと、それこそ忘れることのできない宝ものをいただいてしまいました。

※通信文の外枠にそっと書かれていた先生のひとり言・・・生まれながらにして悪人はいないが、人は育ち方、教わり方で、とんでもない奴になってしまう。今関じいちゃんのような人はそういないと思うけど、そんなじいちゃんになりたいものだ。


以上が先生の文でした。

地域の方が子どもたちにいろいろな遊びや、ものづくりを教える機会、現状はどんなことになっているのでしょう。
時代はどんどん変わってネットを利用した人との関わり方が多くなっているような気もしますが、直接お年寄りやいろいろな人と会ってお話を聞いたり、教わったりすることは今でもとても大事なことだと、あらためて思いました。

そして、南先生、「そんなじいちゃんになりたいものだ」と書かれていましたが、今、“そんなじいちゃん”になっています(^_^)

 

2022/11/11

【南先生の玉手箱_0054_入試おわる】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は平成16年3月8日の日付が入っている「らくがき №46号」という通信文に書かれていたものです。
入試が終わったときの先生の感想のようなことが書かれています。


以下、先生の文章です。

<入試おわる>

中学生から合格の連絡が入る。もちろんおめでたいことですが、数は少ないがその反対もある。

どちらも体験は本人の問題ですが、私ごと過ぎた昔を思い出すこともある。
不合格のショックとは結構大変なものでありますが、あとふりかえってみると自分の道は自分が決める、その中で自分のらしさをどう磨いていくか、いつも思うことだが自分の気持ちひとつで明るくも暗くもなる。

そして自分で評価することが大切であって、他者との比較ではないことが多いのが人生と思ってきた。

いつも思うこと、また感じることは子どもたちは日々実に輝いてその可能性に限りないものがある。

自分も昔そうだったのだろうか、若いということだけでも大きな宝である。
十二日は中学校卒業式、それぞれのらしさがまた大きくはばたいてほしいものです。
大平地区の中学生のいろんながんばりが耳に入ってくる。
登下校の時にちょっとすれちがう子どもたちがこのところ、またひとまわり大きく見える。

「追記されていた文」・・・杉田先生ありがとう。4年2組を中心として大変お世話になりました。
お別れの会、少ない時間の中で子どもたちの気持ちのこもった様子をのぞかせてもらった。
お互いにいろんな出会いがある。
その偶然の出会いにどうかかわっていくか、人と人お互いが思いを寄せることが宝だと思う。
みんなよい子に育っています。


以上が先生の文でした。

卒業式って、自分のことを思い返すと、小中学校は自分の卒業より、上級生を送るために何度も式の練習をしたことばかり思い出します。
今どきはあるのか、ないのかわかりませんが、「送辞」は完全に暗記するまで練習したことを覚えています。

高校の卒業式は覚えていて、すべて終わったあと教室にクラス全員残っていろいろな想い出を語らいました。
誰が音楽室から持ってきたのか、レコード・プレイヤーが運び込まれ、三年間の学生時代に皆が聞いていた曲のレコードが次々と掛けられていました。
クラス委員長がギターを持ってきて、そのあと皆で歌を歌ったのも覚えています。
なんの曲を歌ったんだろうか・・。

という私の記憶を掘り起こしたところで、今回の南先生の文章活字化作業は終了です。

 

2022/10/29

【南先生の玉手箱_0053_成人の日に思う】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は平成18年1月の日付が入っている文で、先生が校長をしていた小学校で配られた「らくがき」というプリントからです。


以下、先生の文章です。

<成人の日に思う>

今年も成人のみなさん、おめでとうございます。

成人の日に限らず、祝日などは決まっていたほうがいいと思うのですが、いろんなところでこちら側とは関係なしに流れが変わっていくことが多い。

一月八日横芝の成人式に参加させてもらって五年前、横中の卒業生たちの晴れの姿を見せてもらった。
当時の先生方からのメッセージを聴きながら五年前の懐かしさや雰囲気を感じた今年の式典であった。

成人式に限らずひとつ人生の大きなくぎり、自ら立ち止まってスタートラインに立つことは大切だと思う。

それぞれがちがう環境や立場でむかえる人生の中で大きなくぎりにある成人その年に私ごと自分をふりかえってみる時、東京で学生だったが、気がついたら成人式はおわっていた。

アルバイトその他生活に追われていたが、別に出席するつもりがなかったか、また何かこだわって成人式そのものを無視していたか、そんな十代後半、今考えれば毎日夢中と言うか、自分のやりたいこと中心に暮らしていたのかと思う。

日本中でたくさんの若者がそれぞれの思いでむかえる成人の日、表に見えず聞こえてこないたくさん悩みをかかえた若者の存在も多い。

私ごと、そろそろ三回目の成人式と言える年の者から若者に伝えたいひと言は、限りない可能性の中に居るうちに、何かに夢中に生きてほしい。
若さは宝もの、輝きは自ら発信するものです。


<あっちこっち>
(※同じ頁に書かれていたこの文も併せて活字化いたしましたのでここに掲載します。)

あっちこっち上下左右、中と外、こっちはしからむこうのはじ、プラスとマイナス、表と裏、入口出口に、東西南北、白と黒など、身のまわりにはたくさんの反対側があって、それぞれにちがった見え方、考え方がある。

これでおしまいと思うところから新しいことがはじまる。

白と黒の間には限りない灰色がある。

時に自分の見方、考え方とちょっと変えてみることで今までとちがった見え方、感じ方ができる。

いつもこっち側から見えていると思っていることが本当のところ何も見えてない、わかってないことにも気がつく。

時に立場や環境に対してむこう側のことを想像する時や空間を大切にしたい。

いろんな場所にうずの中心が存在する。


以上が先生の文でした。

成人の日の文では、若い人に何かに夢中になってくれという思い。そして“あっちこっち”という文では色々な角度、方向から物事を見ることで新しいことが見えてくるというようなことが書かれています。

私も、いまだ忘れがちなことだとあらためて思いました。

日々いろいろな出来事、事件があったり、身の回りでも様々なことが起こります。
それを自分の日々の生活やこれから生きていくことの“糧”にして“生き生きと”していたいと思いました。

 

2022/10/09

【南先生の玉手箱_0052_東日本大震災後の自然環境についてひとり言】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回の文は、「雑資料」という綴りにあった一文です。他の一緒に綴られた文章から想像するに、おそらく平成18年頃のものだと思います。
戦後数十年と、あの大震災を経過しての自然環境に対するひとり言です。


以下、先生の文章です。

〈ひとり言〉

戦後六十数年、敗戦と復興の中で時代は平和(命)の大切さを実感しながら、物質的な豊かさ、暮しの便利さを求めて経済発展・成長を続けてきた、今、東日本大震災をもって、この100年、日本人ばかりではなく、地球規模で温暖化問題、生命体にかかわる自然環境の破壊状況は、針がふりきれて、危機的、大変な状況が続いている。

広島、長崎にとりかえしのつかない被爆体験をした日本が、今、世界に加害国になってしまった。

現代文明の進歩、発展を100パーセント否定する者ではないけれども、豊かさ、便利さを求めて流れてきた今、何かその姿には勘ちがい、思いちがいが充満し続けている。

暮しをふりかえってみる時、私たちの身のまわりにはちょっと前まで日本の美しく、暮らしやすい四季の中に五感を通して普通にかかわっていたきれいな水、空気、土が宝ものとして存在して、共存の暮らしがあったように思う。

夏は冷たく、冬は温かい地下水、井戸に冷やした夏のスイカはうまかった。
子どもの頃、近所の雑木林や家森にあそんだ中に感じた自然のエアコン、木森をぬけるさわやかな風や陽だまりにあったぬくもり、道路、空き地などで体感した小さい虫たちや植物など命の不思議を見て触って覚えてきた感覚が今は子ども時代から身近にぬりつぶされて五感はすっかり退化してしまったように思うことがある。

この夏にむけてまだ梅雨時と言うのに、毎日30度以上の気温はもう暮らしの限界を超えている。
それだからもっと快適にエコ製品の開発をくりかえす反対にストップ・ザ・便利、勘違いの豊かさを止めてあたりまえを実行していく時代と思う。

30年以上前から身近に姿を消していく雑木林や大きな樹に思いを寄せているけれども、この状況になってもまだ身のまわりで樹木の伐採が優先されての人の暮らしの中、水・空気・土の汚染が続いている。

おおげさなことじゃあない、誰もが普通に考えて、そうだよなあって感じられるうちに将来この先若者たちに豊かな命のバトンを引き継いでいきたい。
それこそ今時代が体験しているとりかえしのつかないことの数々に思いを寄せて、少しでも軌道修正していかなければと思う団塊の世代のひとりです。


以上が先生の文でした。

今回のテーマは、今でも先生に会うと、私に話してくれることです。
この夏も36度なんて熱暑の日が度々ありましたが、人はそんなとき立ち止まって「何かが間違っているんじゃないか」と思わなければいけないのだと思います。

・・なのに、神宮外苑の木々を何千本も切り倒そうとする人がいて、平気です。
自分のことだけ考えているヤツ、自分さえよければ何でもする。
百年かけて人々の手でつくりあげた樹木の自然環境を時間の流れからすれば一瞬の出来事で破壊することに平気な人。・・日本だけではありません、世界にもそんな人が何人もいて、自然も歴史も文化も破壊してそれでも平気な顔をしている・・。
そんなことを今回の南先生の文章を読んでいた考えました。

 

2022/09/27

【南先生の玉手箱_0051_ふっと思う自然の緑と校庭の大くすの木】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は、平成17年6月の日付が入っている家庭への通信文と思われるものを掘り起こします。
季節の中での自然のいとなみを見つつ、当時校庭にあった「くすのき」の心配をして書かれたもののようです。


以下、先生の文章です。

<ふっと思う自然の緑と校庭の大くすの木>

梅雨の候、何かとうっとおしい季節に自然の勢いは生命にみちあふれ、たくさんの息吹を感じさせてくれる。
学校の時計草も咲きはじめたこの頃、緑や花の変化に立ち止まることが多いです。

気に留めなければ何も感じることはない。
あたりまえのことですが、日本の恵まれた季節の変化を味わいながら感動する気持ちを大切に暮らしたいものです。

毎日子どもたちは、目の前のものごとや自然に対して正面から素直な気持ちで観察をしながら嬉々として活動しています。

私たち大人はその子どもたちの目の前にある今を最優先してかかわっていきたい。
毎日子どもの言動からエネルギーや夢をたくさん感じながら日々生き生きとありたいですね。

日常の普通の教育活動の中、暮しの中に目の前に今光っているものを感じとりながら日々感動を軸にして暮らしたい。

自然の深緑の中に生きるものの姿も時に感動的であります。
身近に恵まれた自然環境に意識的に目を、心をむけていきたいですね。

朝顔などもそうですが、この季節には何となく“つるもの”のイメージが気持ちにあって、上下・左右、・うしろに前にどんどん勢いよく伸びていく生命力などお話の中にあるジャックと豆の木の世界など、どこまでも伸びていく不思議な空間や夢の世界を思い出す。

お互いにたくさんの命と共存をしているなど、このうっとおしい季節に命の輝きをみつけたいものです。

大総小学校の伝統を見守る大きな存在の横綱である大くすの樹に出会って昨年からちょっと気になっていました。
昨年の秋に、芝山の樹医さんが見てくれてありましたが、この春も“まん中”の葉が少なくて少し心配。

四月に百年に一度のくすの木便りをお届けしたように、早いうち一回治療を加えたいと思います。
昨日、樹医さんと打ち合わせをしました。
すぐに枯れるとか言う心配はないとのことですが、子どもたちの次に本校一番の宝ものと思っています。

何も言わない身のまわりの自然の命に思いを寄せることの大切さ、創立から今まで大総小学校を見守り続けている大くすの治療を予定しています。
根まわりに空気を入れて肥料を加えるなど学校から後日お知らせをする予定です。
身近な存在の大きな木を大切にしましょう。


以上が先生の文でした。

先生が校長をしていたこの大総小学校も“くすの木の心配”をしていましたが、私が卒業した小学校も同じ問題を抱えていました。

樹齢百年の大樹に私が卒業してから数十年後にやはり治療を施し、“生き返る”ことができました。
今も小学校の前をクルマで通りかかると緑の葉をいっぱいつけた「くすの木」が校庭で元気にしています。

たいせつなことです。

 

2022/09/15

【南先生の玉手箱_0050_安全第一】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は、平成17年の「紙面研修」と表紙に書かれた資料の中からの抜粋です。
列車の大事故のことを書かれているので、たぶん「福知山線の脱線事故」のことについて先生がその時思われたことをまとめたものだと思います。

以下、先生の文章です。

<安全第一>

どうすればそのようになるものか目を疑いたくなるような列車事故、大惨事があった。
百名を越す死者の数。

私ごと何かあるたびに思うのですが、現代の事件や事故の多くは、被害者の不注意とはまったく反対側にある社会構造のひずみから生まれた人災であり、とりえかしがつかない犯罪でしょう。
便利さ優先、何ごともスピード化されてきた暮らしの中で時々立ち止まらなくてはいけないと思うことが多いです。

やらなければいけない仕事がある毎日のスケジュール、、そして今、目の前の仕事みんなやってあたりまえなのですが、無理が多くてはダメ。
時々気持ちをコントロールする暮しのリズム、精神面バランスを考えることが一番。

ストレスを重ねた結果はよくならない。
知識として分っていても、仕事のリズムを変えることは難しいことです。
スケジュールよりも安全が第一で、誰でも分っていることができない。

大きくは社会構造、また身近なところでは、職場の人間関係、いろんな問題が重なって事件や事故、また考えられないことが起こる。

二度とこのようなことにならないようにと各関係の者が頭を下げるが、なくなった命にスペアはない。
どうしてもとりかえしはつかないことの責任をどうするものか、何かある度に同じ状況がくりかえされている。
今回の事故も事故そのものは一瞬の出来事ですが、その原因には多くの人的環境、人と人との日頃の関係、社会や仕事を経営する者の側に大きな責任を感じるのはみなさんも同じことかと思います。

便利さ、スピード優先の暮しの裏にあぶない実態がたくさんあることに思いを寄せていきたい。
そして何よりも人の心のあり方について自ら普通の状態に正していきたいものです。

今から30年以上前、大阪万国博覧会に偶然行った時に、岡本太郎氏のあの太陽の塔は今でも残っているのですが、あの時関西の鉄道に乗った時、電車のスピードにびっくりしたのを今思い出します。

ことによると30年前からあぶない状況が続いていたのかも知れません。
人間、時にストップ・ザ・便利、立ち止まること、歩くペース、ゆっくり安全が基本ですね。

[事故と言うより犯罪だと思います お互いの立場で職場の管理、人的・物的環境衛生の点検をしたい]

※こんなことを書いている自分が毎日車を乗りまわして、歩行者、自転車など、弱者に大変迷惑をかけて暮らしている。
またガソリンを消費して自然環境も破壊している。
自分自身の暮らし方からコントロールしていきたい。


以上が先生の文でした。

あの福知山線脱線事故は衝撃的でした。
そして、スピードアップを最優先していた鉄道会社のやり方を知ることとなり、驚きました。
あれから15年以上も経っていますが、世の中の動きというものは“相変わらず”なんじゃないかと今でも思います。
いろいろな事件の発生源は、上層部の人間が自分の成績を上げようとして組織の下部にいる者に無理を強いることがほとんどではないかと思います。
それは事件が起こる度に「ご心配とご迷惑をおかけした」と頭を下げる人達が今でもやっていることです。

人として大事なのは「真心」と「正義」と「真実」です。

 

2022/09/01

【南先生の玉手箱_0049_冬季オリンピックが話題の中、曲技芸の中にある大切な本人らしさを見たい】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は、「らくがき」と称していた配付プリント裏側にあった「ひとり言」という、当時の冬季オリンピックを先生が見ていて感じたことを書かれたものです。

中心にある先生の絵は、フィギュアスケートの選手が滑走しているところと、スピンしているところが描かれています。


以下、先生の文章です。

※最初に「但し書き」のようなものが書かれていました。文字が中心の絵の周りをぐるぐる回っているのでとても読みにくいことについてご自分で注意書き的なことを書いています。↓
【ひとり言です。大変読みにくいので、無理をしないでください。定規をあてたりすると何とか読めますが、内容はおまけのようないつものらくがき内容です。】

では、ここからが本文です(^^;)↓

冬のスポーツ冬季オリンピックなどが話題の中、各地でマラソン・駅伝等の催しがテレビ、ラジオ、また新聞を通してたくさん報道されるのを時々見ることがある。

マラソンなど、得意ではないが、長いところを精一杯がんばってゴールする気持ちは良いもので、走った時のことを思い出すことがある。
冬は、特に走るなどの体力づくりに進んでとりくむのが良い。

長い人生の健康つくりに大切な部分かと思っている。
私ごと、小さい頃、体は弱いほうだったが、中学の担任の先生が運動はいいから陸上部にも顔を出しなさいと言われて部活動のかけもちをしたのを思い出す。

どの道でもその中で一番になることはそれこそ何億分の一の確率だが、五体満足にある者にとって、自分の健康体力つくりは自分の責任だと思います。

偶然だが、ちょいとフィギュアスケートに触れて思うことがある。
今年もトリノ・オリンピックが話題になっているが、どの選手を見てもその芸は曲芸的で、普通一般に真似のできる技ではない。

そんな状況の中で各選手の持ち味の他にやたらと難易度とか、点数をつける側の注文が気になる。

これはスケートばかりじゃあなくて、何の分野についても同じことが言えるような気がする。何かの作品展覧会でも、作品そのものからストレートに感じる部分を強く評価してもらいたいのだが、もっとここをうまく表現するとか、こんな色だともっと良い作品になるなど、多くの注文を見る側から出してくるので、作品が本来持っている良さなどが消えていく。

そんな場面に出会うことが多い。
そのものが持っている良さや味を大切に感動そのものを素直に評価の形にしてほしいと思ったりすることが多い。

スケートの世界でも今回のオリンピックに出場はできなくても、他に何百何千人とその競技を通して夢追いかけて魅力的な表現に日々全力投球している若者たちがいる。
人はお互いに誰かのため、また何かのために生かされているのではないことを時に確認しながら評価する側、される側、教える側、こっちとむこうお互いの関係の見直し、気くばりをしていきたいものてす。

何につけても本人らしさが魅力の原点です。


以上が先生の文でした。

トリノ・オリンピックを見ていて感じたことを書かれているので、2006年(平成18年)の文だと思われます。
たしかに先生が書かれているように、もうフィギュアスケートは豊かな表現だとか、流麗な演技よりも、“難易度”“高度な技術”が中心になってきていて、これは他の競技でも同様な気がします。

だから、私はもうフィギュアスケートもそうですが、オリンピック自体もほとんど見なくなってしまいました。
それに“お金”のために開かれていることが近年の事件でも明らかになり、すっかり“冷めて”しまったのです。

そんな今の私のような気持ちを、当時、先生も感じていたのだなと思いました。

 

2022/08/19

【南先生の玉手箱_0048_文明と緑】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回掘り起こす文章は、資料として学校で配られたものの一部です。他の綴られた資料から考察すると、たぶん年代は平成17年頃なのではないかと思われます。
「文明と緑」という題が付けられていました。


以下、先生の文章です。

変わることよりも変わらないこと、新しいものよりも古いものの中、また日頃の暮らしの中で普通であたりまえを大切にしたい。

[文明と緑]

昨年の新潟地震で田舎から町中に一時避難をした学生が言っていた言葉が気になった「お世話になっているけれども町のたたずまいや人間関係の中で何か落ち着けない面を感じる」とのこと。

都会ではあたりまえになっていることでも、本当のところ心の奥深いところでお互いに私たちは大きなストレスや不安をかかえているように思うことがある。

これは医学的にもよく言われることだが、体の病気のほとんどが自然の暮らしにもどるだけで治っていくとのこと、何かわかるような気がする。

庭つくり空間の環境つくりも自然もどきではダメなんですね。
暮らしの中で語感を鍛える努力をしたいものです。


[職場の同僚から学ぶ]

1.中学校で授業中に生徒が友だちにヤーイ何とかと本人の体の気になる部分をひやかした時、そこの授業者が言った生徒を許せないことと横っ面をはり倒した。
そんな瞬間、自分は廊下を通りながら叱る大切さを学んだ。

2.うちの生徒は清掃もやらない、話を聞けないなど愚痴もどきを話した時、返ってきた言葉「そりゃあ、あんたが悪いんだよ。考え直すことだね」と。

3.出張の先生のあと、自習・監督に入っていた時のこと、途中で先生が帰ってきた。
おりしも生徒の拍手と喜びの声をを聞いて感動したと言うよりも自分は足もとにもおよばないことを知らされた。

以上の3つの出来ごとは長い教師生活の中で忘れられない体験となって時々思い出すことがある。
なかなかできないが、がんばる時の支えになっている。


以上が先生の文でした。

あらためてこの資料を読みながら活字化していくと、当時の先生としての現場の雰囲気を感じます。
その日、その時々の教師としての体験がどんどん記憶に残り、身についていたのだろうな、と思いました。
学校という場所は、先生同士と、生徒との関係もあるし、日々深い体験をされていたのだと思いました。

 

2022/08/08

【南先生の玉手箱_0047_子どもは天才】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回掘り起こす文は、「らくがき 大総 №1 18 4/5」と書かれていますので、たぶん先生が大総小学校の校長として赴任し、4月に父兄・教師あて、自己紹介を兼ねてコミュニケートしようとしているプリントの第一号だと思います。平成18年4月5日号なのでしょう。


以下、先生の文章です。

《子どもは天才》みんな仲よく 楽しい学校

誰もが子ども時代を経験しているのだが、大人になるにつれて自分の子ども時代を忘れてしまったかのような言動をとる。

子どもは自分らしさの中で精いっぱい素直な気持ちで表現をする。
不安や心配があっても目の前の事や物にまっすぐ心をひらく。
みんなちがった光り、輝きを見せている。

こうでなければと言う形式や計算なしに興味、関心を軸に嬉々として今を生きている。
どの子もみんな輝いているこの子ども時代。

大人だって同じ人間、本当はいつも嬉々として暮らしたい願いを持っている。
みんなちがってみんないい、その輝き、色や形は小さい子どもほどよく見える。

地域に生きる学校、どの地域にも同じように子どもたちが輝いている。

[こんな学校でありたい]
子どもたちが毎日わくわく登校し、先生や友だちといきいき学び、帰る時はにこにこして下校していく。

家庭や学校で、親、教師、地域の大人たちも同じ気持ちで暮らしたい。


以上が先生の文でした。

「今年度もこちらから一方的に発信します。コミュニケーションのつもりです。よろしく。」と、添え書きされている文がありました。

新しく赴任した学校で、これからの先生の“意気込み”が感じられる文章でした。
意気込みを持つことまでは誰もが異動時に感じることだと思いますが、こうして文章にして、定期的に自分の気持ちを発信していこうとする先生の行動力に、今も驚きます。

そして、先生は今も元気で、現在は8月末まで「横芝光町町民ギャラリー企画展」ということで、『南隆一・鈴木義雄二人展』を開催されています。
すごいなぁ・・。

 

2022/07/22

【南先生の玉手箱_0046_はずれた軌道】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回も日付等、時期が不明の資料ですが、学校の門扉が閉じられるようになった話なので、関西で事件があり、学校への侵入者に対して警戒が全国的に始まった頃と思われます。


以下、先生の文章です。

《はずれた軌道》

学校や公的機関で門扉が閉じられるようになってから、それがあたりまえのような風景にも見えるけれども、地域から学校の様子が見えにくく、何か風とおしが悪くなったように思う。

ぶらり校庭に入ったり、あそびに立ち寄るチャンスも少なくなったようだ。

学校の敷居が高く、壁が厚くなっているようだが、中に暮らす人たちには、その変化は見えないようだ。
どこかの誰か、不審者と言うものが増殖されている中で、地域にある公的機関との溝が深くなるばかりのように思うのは、私の勘ちがいだろうか。

地域に大人社会がもっとかかわる方向で共存していく中で、不審者と言う存在も少なくなっていくのかと思う。
これでいいんだ、しっかりと子どもたちを守っていこうとしている大人たちの言動の数々が実はマイナスの教育のように感じることが多い。
もっとお互いが信用をする、むこう側、相手側の気持ちになってみる、そんなあたりまえの人間関係をつくり直す必要性を強く感じるこの頃。

先日のこと、こんな話を耳にした。

「地域の行事に学校のテントひと張りと校舎の一部を借用の願いをしたところ、大切に使用しているもので、汚されたり、破損したりすると困るのでとの話しだったので、他にもお願いがあったけれども、それから何も話さないと。

またつい先日、下校中の近所の児童に声をかけたら偶然先に歩いていた先生が、「今、学校では不審者対策をしているので声をかけないでくださいと、一瞬何か信じられないものを感じた」とのこと。それこそ大変な状況があるんですね。

そんな体験をした人が、何かこちら側が無理なお願いや失礼なことをしているのでしょうかと・・。そんなに大変なことになっているのか。今にはじまったことでもないのか、みなさんはどう思いますか。


以上が先生の文でした。

私が以前、教育関係の仕事をしていたときに、市内には校庭と隣の公園の境目をわざと曖昧にして、地域の人や小さな子どもさんと、学校の生徒、先生がクロスするような環境を敢えてつくっていた小学校がありました。

そのとき、それはうまく機能していたように思いましたが、きっとそこも事件のあとには厳しく境界が定められ、他の学校と同じような対応をさぜるをえなくなったかもしれません。確認はしていないのですが。

世の中、コミュニケーションだ、ふれあいだ、きずなだ、SNSだ、と、どんどん関係性を深めることが出来ている・・というような風潮がありますが、その中身はまったく掛け声とは逆で、人との関係性を拒み、個々が、より孤独に追い込まれるようなことになっていると思われます。

どこかで、なにかに気づかねばならないところに来ているのだと思います。

 

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