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2020/07/08

【南先生の玉手箱_0017_ラジオで聴いた寺内タケシ氏の言葉から】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回は平成19年3月22日と日付けの入った学校通信誌からです。


以下、先生のらくがき文です。


車で移動中によくラジオを聞いています。テレビなど画面を見過ごしているよりも何か見えないものを想像する、考えることが多く、またラジオの中から耳に入るお話しやメッセージなど大変勉強になることが多いです。

みなさんほとんどの人が知らないと思いますが、今68歳くらい、エレキギターの神様と言われてきた寺内タケシ、外国ではベンチャーズ、ビートルズにちかい時代、学生の頃から好きでよく聴いていました。

寺内さんが冗談のように、今思うこと、「ギターは弾かないと音が出ない」あたりまえのことのようで、何ごともやらなければわからない。
また、やってみなければ先にもあとにも、進まない。
そのとおりだと思います。

それから、ものごとこうでなければいけないと決めつけている自分の考え方や発想も時にくずしてみる、角度を変えてみることなども大切かと思います。

音楽なども譜面や楽譜がないとできないものではありません。
むしろ、時に譜面がじゃまをして自分の良い部分が出せない、ジャズなどは特にそう思うのですが、リズム、曲想、その曲のイメージがいろんな方向に変わって流れていく「アドリブと言います」この曲想の流れの変化は演奏者が自分でつくって流れていく、そしてメンバーの気持ちのやりとりで途中に演奏の主役も変わって、また本流と言うか、その曲の流れにもどってひとつの演奏がおわっていく。

お互いが曲想をくみたてて進めていく。絵画、彫刻、デザイン、文字や作文など、みんな同じことが言えると思います。

基本的に譜面がなければわからない、道具の使い方や書き方がわからなければ、作品つくりは先に進められないのですが、入り口から奥は無限に広く、限りなくたくさんの入り口も出口もある。

まず思うこと、感じることを表現してみよう、すべてのものの基本的姿勢にかかわる〈切れの良いひと言〉ドライブ中にハッと気がついたラジオとの出会いでした。

「エレキギターは弾いてみないと音が出ない」何もわからず感動していない大人たちがそのギターブームの時代にエレキなどギターを持っているだけで不良少年とか言って子どもや若者からギターをとりあげ、感性を否定していた。

そんな時代があったのを思い出すと共に、今、大人側にある自分たちの感性にことを置き換えて、子ども時代や若者たちの中に輝くものや、夢をほりおこしながら、かかわっていける自分たち大人でありたいと思うこの頃です。

「寺内タケシとブルージーンズ」今どんな名前になったか?世界中演奏ツアーでまわっている様子です。
中学、高校方面もたくさん入っているようです。


以上が先生の文でした。


ラジオから受ける影響については、私も常日頃感じているところです。
それに、テレビと違って、送り手(パーソナリティー)と受け手(リスナー)の距離がとても近いと感じることがよくあります。

また、寺内タケシさんの音楽から派生して先生が書かれた「譜面がなければ出来ない・・なんていうことはない」という話。
ビートルズのメンバーも譜面が読めなかったし、先生の言うように、ジャズなどは譜面どおりに演奏したらちっとも面白くないわけで、音楽の感じ方、演奏の仕方についてもあらためて感じることがありました。

今回は、ここまで。
南先生の文章掘り起こし作業、17回目にもなりました。まだまだいけそう(゚ー゚*)。oOです。

 

2020/07/04

【南先生の玉手箱_0016_いろんな出会い -通勤途中ラジオより-】

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私の中学時代の担任で美術の先生の昔の文書掘り起こし、今回は平成16年6月30日と日付けの入った学校通信誌の下書き用ノートから拾ってみました。


以下、先生の下書き文章です。


車の中で時々ラジオから勉強になることがある。テレビより考えたり想像することができる。
時々車を止めてメモをしたりすることもある。ほとんどは暮らしの中で忘れてしまうのだが、心に残る感動もある。

今日の出会いは建築家の安藤忠雄氏であった。
人間として魅力のあるすばらしい建築家で、以前から新聞などでも彼の生き方、考え方、そして建築の仕事に強く気持ちをひかれた人である。

今日は、若者と夢とかのテーマで話していた。
時代は変わったと言いながらも今もって学歴社会が強く残る世の中で、親や大人たちの枠ぐみの中で子どもや若者たちの夢と言ってもたかが知れたものだとのこと。

子どもの将来などについては親が心配するものではない、彼安藤氏の場合には、全部独学とのこと。

若い時、大工の建築現場を見て、まず興味を持った。何とかこの道にと思ったが、家の都合で大学に行けなかった。
若いからできたと思うが、4年分の勉強を1年でやったとのこと。
毎日朝9時から夜中もとおして午前3時位までそれこそ月月火水木金金と、ひとりでがんばった。

それから社会に出ようと仕事を持ちまわった時、世間のほとんどが相手にしてくれない。それこそ学歴の壁かと思うのだが、ある出会いが自分の道を開いてくれたとのこと。

大阪の人で、小さい住宅の仕事を自分に任せてくれた人がいたとのこと。
人生は出会いと感動だとも言っていた。
建築ばかりではなく、いろんなことに言えることだが、仕事はどんなに小さいものでも他との広いかかわりがある。小さな住宅ひとつの中にも環境問題から都市計画に必要なことまで考えなければならない。

物も人も大切な部分がすべて含まれているとのこと。
小さい仕事ひとつ満足にできないものは大きな仕事は、ましてやれるものではないと、人間の信用問題、今の時代のものつくりや専門家と言われる者たち大きな提言のひと言だと思った。

 

 

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彼には若い頃、もうひとつの顔があった。
今でも鋭い表情をしているが、ボクシングジムに通って4回戦ボーイまでアッという間に進んで、その道でやる気も十分、けんかで金が入るならそんないいことはないとか、まあ冗談であろうが、そんな自分がある時、ファイティング原田に出会って大きなショックを受けたとのこと。

リングの上で命をかける、とても自分が勝てる世界ではないと、それこそ気持ちとして大きなカウンターパンチをもらったとのこと。
お互い人生見極めが重要だとのこと、少しお金をためて大陸をはじめ地球ひとまわりするほどの長旅に出たとのこと。

そこで日本の外をたくさん見て、自分とちがう人間との出会いの中から多くの発見があったとのこと。
今考えれば、若いからできたんだろうと、その頃から30年も過ぎないのに地球人口30億から現在60億、そしてしばらく先には100億の時代になる。
いろんな専門家たちはそのような大きな視野の中で環境、人間の暮らしを考えて仕事をしていかなければならない。

人生、若い頃夢中でとりくんだものから自然と身についた考えや力がある。
子どもの頃、学校でいろんな勉強があるが、人間つくり、倫理、他を思う気持ち、家庭愛など自分は、おばあちゃんからたくさん教えられたとのこと。

知識のつめ込みも人間ができていなければ、何の役にも立たないどころか、マイナスが多い。
子ども時代に自分で心も体も鍛えてほしいとのこと、そうですね、大人の側から枠ぐみをほどほどにしないと、とりかえしがつかなくなる、自立できない若者が多いとのこと。

話を聴きながら、自分はどうだろうかと考えさせられることが多かった。
誰かが言ってました、人間つくりが先、知識は自然にあとからついてくる。勉強も気があれば誰でもかんばる、そしてみんなちがう特性がある。だから若い頃何かに夢中になってほしい。
また夢中になれるように大人側も自分のうしろ姿、生き方に魅力のあるものでなければならないと。

そうですね、学校など、子どもにとって行きたい学校、学びたい授業など、日々の教材研究やとりくみ姿勢にふりかえると反省が多いです。

夢にむかって夢中になること、失敗は結果にあるもの、やる前からできないだろうとの判断をするな、若者たちにとにかく行動してほしいとのこと。
若い頃の夢中のとりくみがあとになって自分の今を支えるものになる。
他人の力でなく、自らの自信にして世の中のために自分が何ができるかとの話、とにかくすごい人である。

今、自分の仕事について建築のプロとしてふりえかれば、1勝9敗位のもので悪い仕事はしていないつものでも、満足のいく仕事は少ない。そこでまた夢中に次の仕事にとりくむ。
自分の今の仕事について不平不満を言うようになった時は仕事をやめる時だと言っていた。

何の仕事でもそうだろう、暇がないとか、お金がないとか、お金が少ないなどと言うようになったらおわりですとのこと。

人生まっすぐに生きている、なかなかまねのできないことだが、ちょっと考え方の一部でも自分の生き方の中に加えていければと思いながら20分位だったか、ちょっとみなさんにもお知らせしたくなって書いてます。

自分は世界を広く見て歩いたことで、人の感性のちがい、能力のちがい、暮らしのちがい、環境問題の重要性、又危機的な状況など他から学ぶことがたくさんあった。今日、日本は特に物質的に豊かな時代の中で、若者たちが新しいことに挑戦しなくなってきたようだ。

これも大人社会の裏かえしの状態なのかと思う。
大人のうしろ姿を見て子どもは育つ、時に自分が居眠り状態であることに気がついて全力疾走をすることも大切だと思う。
何かに夢中になると、たいがいのことはいい結果を残す。考えてばかりいると日が暮れちゃうよと言うが、できなかったのではなくて、やらなかったことのくりかえしに気がついてほしい。

そうですね、このことは特に年と共に反省またエネルギー不足も感じることが多いです。
個人差はあれども、どれだけ夢中になれるかとの話しのくりかえしだったような、特に学校で日々、夢中に嬉々として諸活動にとりくむ子どもたちのエネルギー、可能性を大切にかかわっていきたい。

毎日たくさんの感動のくりかえしの中で子どもたちにはものごとに夢中に暮らしてほしい。
その夢中になれる素材や環境つくりに大人、家族、学校、地域の支えが大切なんだと思います。

何かに夢中になっている子どもや若者に指示をすると言うより、サポート、中に少しでもかかわれる感性の幅を持ちたいと思いながら、なかなか難しいものですが、まず若者を育てた大人側が日々生き生き暮らすことなのかと思います。


以上がノートに残された先生の文でした。
私が同年代のときに、これだけ“熱く”なっていたか、というと・・先生はやはりすごい!
しかし、このノートに書かれた文は長かった。

方眼罫のノートに改行無し、文字空け、句読点もほとんど無し、濁点も無いものがあり、びっちり書かれているので、キーボードを打つにしても三歩進んで二歩下がる状態、・・どこまで進んだかすぐにわからなくなる。

付箋を貼りながらのまさに“難行苦行”でした。
内容は面白いが、活字化は大変なことです。
単純に読むだけでもこのノンストップ文書はつらいっ!(※活字化にあたり、句読点や改行は私の感覚で追加しています。漢字や仮名遣い、濁点はほぼそのままですが。)

というわけで、苦労に苦労を重ねたので、できるかぎり多くの人の目にとまれば幸いです。

 

2020/06/29

【南先生の玉手箱_0015_考えると不思議なことだが、大切なことについて】

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私の中学時代の担任で美術の先生、南先生の残した文を活字化、掘り起こしの企画「南先生の玉手箱」、続けます。

今回は、平成16年1月のものです。
新年を迎え、三学期になる時の学校からの通信文の裏面に書かれた文を起こしてみました。


では、以下先生の文です。


地球がまるい、空気に色があるのかな、雨や風がどこからはじまっているのか、毎日、あんなに大きな飛行機がどうして飛べるんだろうか、考えると不思議だけれども、あたりまえになっていることがたくさんある。
時々、大きな樹を見るとすごいなあ、山とか自然を見てびっくりも多い。

毎日暮らしていることのびっくりとか、気がついたり不思議に思うことが少なくなっている。
でも、子どもたちは日々感動の多い暮らしをしている。又、子どもたちの暮らしぶりから感動や夢を見せてもらうことが多い。

自然のものでも、人がつくったものでも不思議なことがいっぱいある。
いつもあたりまえだと思っていることが本当は大変なんだと気がつくことがある。

見えたり、聞こえたり、感じることに時々不思議だなあ、なんでだろうかって考えることはとても大切なことのように思う。
それと、自分があたりまえだと思っていることでも、他の人のおかげでたくさんお世話になっていることがあることにも時々気がつくことがある。

気がつくと言うことは、大切なこと。
自分の目で見て自分で考えて実行することが大切です。

世の中が便利になればなるほど、時々立ち止まって目の前のものや、動きを自分で確かめることが重要だと思います。


以上です。

いつもの“南節”、リズムを感じつつ読みました。
自分を取り巻く環境、人、それらに感謝しつつ生きて行く、そんなことを中学の時から先生に教わってきました。

 

2020/06/24

【南先生の玉手箱_0014_その気になる】

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ライフワークとなりつつある、私の中学時代の担任で美術の先生だった南先生の過去に書いたメモ、らくがき、資料などの掘り起こし、今日もやります。
労力はたいへんなものだけど、私自身も発見があり、より興味深くなってまいりました。

今回は、平成11年5月の学校からの通信文を起こしてみました。

自分の“わがまま”を大切にし、優先させることは、命をたいせつにすることに結びつく。
学校では、子どもを常に教える側に、子どもは教えられ側になっていると錯覚しているが、実は私たち大人が教わることも多々あるのだ、という・・今回も勉強になる“らくがき”でした。


では、以下先生の「らくがき文」です。

[その気になる]

新年度のらくがき、気がついてみたら、しばらく書いてなかった。
あんなこと、又、こんなこと、たくさんお知らせしたいと思いながら手につかず、考えていても実行できないことがあるものです。

気軽にやろうと思っても、ついついできなくて時間が過ぎることが多いです。
お互いに自分のこだわりは大切にしたいものですね。
忙しいからできない、今それどころでないと思う気分の時には特に立ち止まって私たちは子どもとのかかわりを一番大切に児童ひとりひとりのこだわりと言うか、その子らしさが感じられるように心がけたいと思います。

人間はもとより、わがままな存在だと思います。
そのわがままを他との関係の中でバランスをとって自己主張していくことが大切だと思います。
いつだったか、「人間の存在も行動も全てこれ自然現象なり」って、つまり自分の気がむくことは、最優先させなさい、それでいいのです、自分の行動が他とかかわってはじめて他人のことを考えたり、自分をみつめ直したりするのです。

あたりまえのことですが、常に自分のわがままとか、こだわりを意識して生きていきたいものです。こんな話しがずーっと前にどこかで話題になったことを思い出しました。

何かよく説明できませんが、自分のわがままを優先させると言うことは命を大切にすることであり、自分を大切に自分らしく生きると言うことで、他人への思いやりや、生き方にバランス感覚が身についていくのかもしれません。

人生、年と共に良い面で自分のこだわりを意識していきたいと思うこの頃です。


毎日お子さんたちの活動に触れていると、とにかく新鮮なその子らしさ、エネルギーが強く伝わってきます。
生活の中でもいろんな発想のもとをもらうことがよくあります。

五十年以上も生きていると感性の光る部分をたくさん忘れてしまっていることに気がつきます。

学校ではいつも子どもたちが学ぶ側にあるように、我々大人側が錯覚をしているように思うことが多いです。
知識や感性を子どもたちから教えられることが多いのは私だけではないと思います。

子どもたちがその気になる、やる気になる、「その子らしく存在できる」空間(場所や時間)を具体的に保障できる大人でありたいと思います。

変ならくがき意味不明?何か伝わったでしょうか。
らくがきのため、書き直しません。


以上が先生の文です。


「らくがきのため、書き直しません」と結んでいるくらい、一気に書いたものだと思います。
一気にこれだけの思いを語り、書けるのはさすが先生だと思いました。
そういう術は、まだ私は持ち合わせていない。


【Now Playing】 Same Roac,Same Reason / アコースティック・アルケミー ( Instrumental Music )

 

2020/06/22

【南先生の玉手箱_0013_表情は大切 顔と顔、表情は言葉と同じ、他者とのキャッチボール】

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今回の南先生のメモ・らくがき・資料の掘り起こしは、平成16年度と書かれたノートに鉛筆で書かれたもの。
人の表情について書かれています。
今までとちょっと異なるテーマです。どんな展開になっているのか・・。


以下、先生のらくがき文です。


顔には不思議な魅力がある。
動物でも魚でも人間でもみんな共通したところもあるような、でもみんなちがう雰囲気のイメージが伝わってくる。

できれば表情は豊かなほうがいいと思う。豊かと言うのはその人らしさとか、そのものの今の気持ちをいろいろと素直に表現できることかとも思う。

表情には良い悪いはないと思います。
毎日学校では子どもたちが実にいい顔を見せてくれている。
大人も同じなのでしょうが、時々気になることがある。
日本人ばかりではないだろうが、ちかごろ大人も子どもも、無表情が多くなってきているように感じると、外国に長く暮らしていた人が帰国して現代の日本人を見てびっくりしたと言う話しを聞いたことがある。

電車の中の大人たちがなんであんなに無表情なんだろうか。すれちがっても表情ひとつ変えない、また子どもを見ても何ひとつ会話しようとか、かかわろうとしない様子に、時の流れを感じたようでした。

わざと無表情をつくっているのではないが、暮らしの中に豊かな表情になる何かが消えたのでしょうね。
表情をつくると言うことはひとつの形式ではなくて、自然に出てくるものでありますから、その根っこのところに感動、つまり五感のイメージが弱いと表情に出て来ないのかも知れません。

でも、一方で無理をしてでも感動しなさいとか、表情をつくりなさいと言うことではないでしょう。
無表情と言う中にもひとつの魅力あるのですから、いろんな表情があっていい。
誰でも自分の感情表現が顔の表情に出てくるのです。

自分以外の生きものや、人間そして身のまわりのものから私たちは毎日たくさんの表情をもらっている。
そのもらった表情に対してのお返しが自分の表情だと思います。
身のまわりのいい顔にたくさん気がつく自分でありたいですね。


以上が先生のらくがき文です。

先生、私がカメラを持っていると、いつも「ちょっと撮ってくれ」と言って、いい表情をしてくれます。
屋外だと、全身でポーズを取ってくれたりもします(#^.^#)
上記の文に書かれているようなことが頭の中にあるのでしょうね。
私も日頃の表情には気をつけよう、などと14年前の先生の文を起こしていて思ったのでした。


【Now Playing】 You're Sixteen (You're Beautiful Your Mine) / Ringo Starr ( Rock )

 

2020/06/20

【南先生の玉手箱_0012_ぶらり銚子 本当はいいところ】

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私の中学時代の担任で美術の先生のメモ・らくがき・資料の掘り起こし企画。
今回は私が今までアップしたもののうちのいくつかを先生が『紙』で確認され、その後に追加として送られて(^^;)きた資料からの活字化です。

平成17年5月3日の日付がある、【紙面研修】と題された綴りになっている資料の中からタイトルの「ぶらり銚子 本当はいいところ」をご紹介します。


では、以下、先生が書かれた資料の文章です。使われている漢字、ひらがな、などほとんど手を入れておりません。


連休中、テレビの画面に銚子が出た。
さわやかな季節に観光スポットなど紹介だが、今、普通の休日など人の出は少なく、観光の仕事やお店も大変な時代です。

イルカウォッチングなど新しい催しもあるようだが、昔の漁港、古い港などよく絵を描きに遠くからいろんな人が訪れていた。

古いたたずまいは姿を消してきた。
魚グルメの番組など他の地域でも新しく宣伝は入るもののうまくて安いお店はほとんどなくなった気がする。

銚子に限らず全国どこでもピントがずれていると思うことが多い。
おいしい宣伝によって立ち寄ってみると大変なことがある。ちょっと食事をして5000円とか、本当の意味まで庶民のお店が少なくなった。

銚子は東のはずれ、千葉方面から人が流れて国道126号線、数年前に大変な思いをしたことがある。
うまいいわし丼を食べながらきれいな藤を見に行こうと思って家族で家を出たものの途中から大渋滞、目的地に着かずに昼を過ぎて2時頃やっと到着すれば、今日は全部注文オーバーで、ものが無く、食べられず、ちかくのすいている知らないお店に入ったら、まずい高いの体験をさせられて、藤を見るにも町中車が動かず、お寺の庭に入ることもできず、ただ渋滞の中を通り過ぎて夕方やっと家にたどり着いたことがあり、それから連休には銚子には行かなくなっている。

銚子もまだいいところは残っている、おいしい食堂、安いところもあると思うが、残念なことにはそのような商売が大変な状況にある。
よく行ったお魚料理のおいしいところに入る入り口に別のコンビニと新しい食事処ができた。
偶然に来た人も便利なのでみんな入り口にちかいお店や食堂に入っていく。
中味が良ければいいのだが、反対なのです。
今まで味にこだわって来ていたお客さんも奥まで入らずにすっかり客足がなくなった。
奥のお店、もう店じまいをしたかと思うのですが、みなさんどう思いますか。

駅の近くでうまい鯛やき、ぬれせんべいがあった、今でもやっているのだが、職人さんと経営方針が変わったのか、味が落ちて値段が上がった。
消費者、お客さんに良いものをサービスする経営の心構えの基本があっちこっちでこわれてきている。
食べるものばかりではない、毎日のヒゲそりのことだが、使う前から切れない製品がほとんどで、前に使っていたタイプのものを探してもみつからない、安いから切れなくてもあたりまえだよと会社の人が言っていたとか、これもまたものつくりの基本精神がなくなってしまった。

ディスカウント商法をすべて否定するものではないが、社会全体何か基本が変だなあと、ひとりブツブツ言ってるのは私だけなんだろうか。

いろいろと暮らしは大変だとは思うが、自分の仕事にこだわって品物をつくってほしい、そんなことを言いながらも各地で本物をがんこに守り続けている職人がいる。
良いお店を増やすのはお客の側、消費者の感性によるものです。
良い物を残していきましょう。

※私ごと、何かあるからってみんなが同じにワーッと行くのは一番良くないですね。


以上が先生の文章でした。

15年前ですでにこんな状態だったんだな、とあらためて思いました。
今年の“コロナ騒ぎ”のときには、逆に、海の方なら安心だろうと多くの人が銚子の犬吠埼などに足を運んだようですが、これも一時的なものかもしれないし、人が集中する場所が先生が書かれているように、いいお店、いい場所ではないかもしれません。

とは言え、銚子はとても“いいところ”です。
あの「銚子電鉄」にのんびりゆっくり揺られながらの鉄道旅もいいかもしれません。
ほどよく、三密を避け、感染に気をつけて行ってみたいところです。


【Now Playing】 With A Little Help From My Friends / The Kennedy Choir ( Chorus )

 

2020/06/18

【南先生の玉手箱_0011_あなたは感動を忘れていませんか 倉本聰 北の國からの一説】

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ほんとうにできるのか、やれるのか心配しながら始めた私の中学時代の担任の先生が現役時代に書いたメモや資料を掘り起こして私のブログにアップするという作業。
なんとか岸壁を離れて海に漕ぎ出した感があります。
少しずつ沖に向かいます。

今回は、平成17年の通信誌の裏面の「らくがき号外」と書かれたものを掘り起こします。

以下、先生の「らくがき 号外」文です。


あるお茶の先生のお話しだが、習いものとか日常の暮らしについてちょっとした提言のようなものがあった。

ごくあたりまえのことなんですが、日頃気がつかずに暮らしていることが多い。
そのひとつとして習いものや勉強が毎日楽しいですか。
楽しいかどうかは自分の心に問いかけてください。
そしてつまらないと感じていることは改善しましょう。
何を勉強するのか、何を身につけたいかが分からないのは本人の問題です。

絵を描いている時にもよく話題にすることですが、何を描きたいかが分からなければ何も先に進まないです。
自分が感動のないものには先がない。
そのとおりなんですが、難しいこともある。

お茶の席などでも何かひとつ工夫をしてみんなをびっくりさせたいものをとり入れたい。
それは花であったり、茶わんであったり、着物や服装、そして家のたたずまいなど、空間環境への気くばりなど感動の要素はたくさんあるものです。

それにびっくりする側の心の持ちかたが大切なんでしょうね。
感じ取る側に自分がなければ何も感じられない。
こんなあたりまえのことがなかなか難しいものです。

学校の勉強も、運動も、そしてあそびも、まず本人のやる気、感じとる心の強さが基本ですね。
作家、倉本聰の言葉、北の國からの一説にある「あなたは感動を忘れていませんか」を時々耳にします。(日曜朝TBS)

感動がないところに魅力はない。このような心の原点について時に自らをふりかえりたいものですね。
現代の暮らしは特に五感を使って体で感じる部分が大変少なくなってきているように思います。
この体感することの積み重ねが命の重さにも大きく関係してくるように思います。

マスコミ情報から毎日のようにどうすればそのようなことになるものか理解することなどまったくできない許せない凶悪な犯罪の数々も、私ごとですが、すべてのものが感動することの欠如にはじまっているように思うこの頃です。


以上が先生の「らくがき 号外」の文でした。


このぐるぐる回りながら書かれた原本を苦労に苦労を重ねながら(どこまでタイプしたかすぐにわからなくなり、何度も何度も最初から文字を追いかけることになる、しかも繋ぎの部分を間違って何がなんだかわからなくなる (・_・;)活字化する作業をしていて、私も思うところがありました。

昨年の今頃倒れて救急搬送され、入院、療養生活をし、退院後の生活、特に仕事については意欲もかなり落ちました。それに興味を持ったり、“意欲”が出て来ないという今の状況に、自分でどうしたらよいのかわからないのです。

先生の、この15年も前の文を読んで、もう一度自分の心に問いかけ、日常生活や、特に仕事についての考え方、心の持ち方を再点検したいと思います。

始めてしまったこの難作業ですが、いろいろと感じること、勉強になることがあります。


【Now Playing】 Someday My Prince Will Come / Bill Evans ( Jazz )

 

2020/06/16

【南先生の玉手箱_0010_現役時代の張本選手の新聞記事を読んでの先生の言葉】

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私の中学時代の担任の南先生のメモ、通信、などの過去資料から・・今回は古い新聞の切りぬきを取りだしての先生の言葉です。

先生の文をご紹介する前に、そのきっかけとなった新聞記事についてご説明しておきます。
写真の真ん中にある部分が新聞の切りぬきなのですが、内容を簡単にご紹介すると、プロ野球の張本勲さんの現役時代のこと。
東映フライヤーズ在籍時代は、体を気遣って重くない負傷でも試合を休んでいたのだそうです。
巨人に移籍してのある日のこと。球場付近で車から降り、交差点で信号待ちしていたら、張本さんに気づかぬ子どもがお父さんに話しかけていたのが聞こえたとのこと。

「お父さん、きょう、張本選手は打つかなあ。打ってくれるといいね。せっかく来たんだもの」

それを聞いた張本さん、「体に電流が走った」とのこと。
「選手にはシーズン百何十分の一の試合も、観客には一生の思い出になる。何があっても休むまい。」と肝に銘じたのだそうです。
人気球団、巨人軍に入って初めて気づいたわけですが、その当時張本さんは押しも押されもせぬ偉大なバッター、それでも気づくことがあって、それからの選手生活は大きく変わったと思います。
いい事との出会い、いつ遭遇するかわかりません。


で、以下その新聞の切りぬきを久しぶりに見ての南先生の文です。


古いノートにはさんであった、だいぶ前の新聞の切りぬきが出て来た。
私ごと、これも新聞との出会いで何か気に止ったものだとその昔を思い出した。

誰もが自分道をその道のプロをめざして形は平凡であっても、今を精いっぱい生きること、ひとつの命がたくさんの自分には見えない他の命とかかわって存在している。

誰でも日々を全力投球で自分を鍛えぬくことは至難の業とは思うが、時に立ち止まって自らのうしろ姿を意識して暮らしたいものだ。

こども時代には、小さくても夢があった。大人の今でも誰でも持ち続けるべきこと、夢や或る目標にむけて積み重ねるべきことが人生かと思うのだが、人生このように自分ではなかなか気がつかないところに一瞬の出会いや別れがあるんだと思う。

懐かしくこの切りぬきをした頃の自分を思い出したひと時でもあった。


以上、2008.8.20 の南先生の文でした。

張本さんの記事を読んで私も感じたことがありました。それは宝塚歌劇のこと。

宝塚を初めて見たときから感じたのが、トップスターから一年生(研究科一年/ケンイチとファンは呼ぶ)まで、舞台は日々(一日二回公演でも)、毎回全力投球でした。しかも全員が誇らしい顔をしてこちらに「どうですか」という感じで目を合わせてくる。
自分達にとっては長い公演の一回でも、ファンにとって(特に遠くから来るファンにとっては)は、ひょっとすると年に一回、いやいや一生に一回かもしれないわけで、それを意識しているんだということがよくわかりました。

実際に花組トップスターだった、真飛聖(まとぶ・せい)さんが上記のことをおっしゃっているのを聞いたことがあります。
「だから全国ツアー(地方公演のこと)に出ると、観客席で泣きながら見ている人がいる。」と真飛さん、話していました。

真飛さんの全国ツアーを見たことがありますが、客席に降りてきて、ファンのおでこにチューしたことがありました(*^^*)・・こりゃもう“一生の思い出”どころじゃないでしょう!本公演では絶対にあり得ないことです。

私も人との出会い、さまざまな機会を大切に生きたいと思います。
先生の文章、ますます掘り起こし甲斐がでてきました。


【Now Playing】 Octopus's Garden / The Beatles ( Rock )

 

2020/06/13

【南先生の玉手箱_0009_こころのたまご】

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私の中学時代の担任で美術の先生だった南先生が現役時代に書き残した様々な文章。
きょうも発掘作業をすすめております(゚ー゚*)。oO
今回は2008年に小学生からもらった手紙に書かれていた【詩】を読んで、先生がいろいろ思いを巡らせて書かれています。


以下、手紙に書かれていた【詩:こころのたまご】と、先生の文です。


『こころのたまご』

子どもはみんなこころの中に

  たまごを持っている。

目には見えない こころのたまご

こころのたまごはおとなになると消えてしまう

こころのたまごは

  ゆめのカケラ

ゆめをあきらめると こころのたまごは

  見えなくなってしまう

こころのたまごから生まれるヘンテコな生き物

それはしゅごキャラ。

じゅごキャラはなりたい自分の可能性のたまご。

なりたい自分(しゅごキャラ)は

信じてもらえないと消えてしまう。

その中には特別なたまごもある。

それはエンブリオ(ゆめがかなうたまご)です。


時には40年も前の生徒や仲間から突然のメッセージが届くことがある。
私ごとアナログ専科の暮らしなので、黒電話があることはあるのだが、急な連絡や頼まれたこと以外に使うことは少なく、ほとんどは手紙のやりとりをコミュニケーションの柱にしている。

お互いにふっと思い出したようになぐり書きの中に近況が伝わってくる。
時にびっくりの内容もあるけれども、子どもたちや若者からのメッセージの新鮮さに心を動かされることが多い。

夢と言う言葉をきらう人もいるけれども、日のそれぞれ夢の形や内容はちがうものだけれども、私はこんなふうになりたい、と生きている今に願いを持つことは年を重ねてもそれぞれの立場で日々新鮮でありたいと思っている。

ひと言で言うならば行きている感動の積み重ねがひとつの夢の形として成長していくのかも知れない。
今回、小学生から届いた手紙にあった「こころのたまご」を読んで、大人たちが年を重ねる毎に忘れていく、きわめて大切なことをストレートに感じさせてもらったひとつの手紙との出会いであった。

こんなときにつくづく思う。子どもはみんな天才、その輝きを見のがさない大人でありたい。

※写真にある文章の中心にあるイラストについて:もとより海や魚は好きでよく描いたりしているけけども、この頃何かあると線を自由にぐるぐると描いて何か好きな形をなぐり書きすることが多い。
文章も絵もいろんなことすべて形式を気にしないでらくがき風にやってみたい。


以上が子どもの詩と、先生の文です。

私も先生とのやりとりは、今でも手紙と電話。
時にメールできれば、と思うこともあるのですが、でも、それでもこの形でのやり取りは何よりも尊いと思っています。
今どき元先生と元生徒が文通です・・(^_^;)・・ま、ふつうありえないですよ。
でもそれをやるのがかけがえのないこととなっているのです。
さて、また手紙書いちゃおうかな。

 

2020/06/11

【南先生の玉手箱_0008_先生、東京浅草などへPTAと共に研修に】

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今回の先生の文書は、平成11年6月のもの。
先生が書いている学校での通信誌のような形態のものです。
PTA企画の研修で東京に出掛けた先生の懐かしがったり、時代の流れに驚いたり、面白い場所に喜んだりの文ですが、文字は縦書きで読みやすかったものの、文体がぐるぐる回っているような感じで、読んでいるだけで私の脳みそが回りそうになりました(^_^;)


では、南先生の20年以上前の文、お楽しみください。


今年の梅雨はどうしたのだろうか、六月はえらく変な陽気だったのだと思う。
梅雨に入っても雨がない。
六月なのに猛暑が続き、急に強い風がふいて屋根や看板、弱い樹がたおれ、とばされたり千葉県は何もないのに九州方面、同じ日本で災害、かなりの被害死者の続出。

報道って、する側、される側、そしてそれを見る人たち、いろんなおもわくの中で不順な天候の中でも暦の上では必ず季節がめぐってくる。

ここ長南町では、六月には黄金の麦畑に夕陽が美しくさわやかな風を感じながらすばらしい季節が過ぎて、今、紫陽花に田んぼの緑が目にとってもいい眺めです。

今年は東学区緑いっぱいのけしきが絵に描けたらいいなあって考えています。
昨年度子どもたちと約束してできなかったこと、目標のひとつとしてがんばろうと思っています。

先日はPTA研修で東京・浅草方面、日帰りに参加してきました。
東京都庁舎の見学、下を見るとゾーッとする。超高層ビル、こんな建築の技術があたりまえのようにこの新宿区ああたりにはたくさんのビルがある。

今になってみればこの眺めもあたりまえのように見ているけれど、それこそ四十年位前のこと、自分が小学校六年生の時、東京見物修学旅行に来た時、東京は緑がいっぱいであった。

高いビルはほとんどなくて、東京タワーの足の部分が森の中からニョッキリ出かかっていたのを覚えています。
今は千葉駅のあたりを考えても町から緑が百パーセント消えてしまったような眺めです。

それこそ長南町や田舎の市町村にそろそろ空気税を納めてもらいたいなあ、なんて、まあ冗談ですが、あまりにも人工物が多くなり過ぎた現代、二十一世紀は自然と人工物とのバランスが大きな問題になると思います。

高速道路のまわりに高層ビルの建ちならぶ光景は四十年位前、手塚治虫氏が描いていた未来都市、当時はSFの世界であったものがアッと言う間に現実のものになってしまったと言うか、便利な世の中になった。
それこそ我々一般人は五十年前、想像もつかなかった状況である。

都市部をぬける時いつも複雑な気分で景色を眺めることが多いです。

隅田川の十二橋めぐり久しぶりに川から見る景色、スケッチでもしてみたくなりました。
一回に五百人も乗せるのにびっくりしました。

小雨の中を浅草見物、ホテルの上だったか、おいしいバイキングでした。

雷門から仲見世通り時間がなかったけれども、あっちこっちおもしろいお店がたくさんありました。
昭和のはじめ頃の歌謡曲のレコード、カセットテープなどたくさん置いてある小さなレコード店、ずーっと前から絵など額入りで売っていたような画廊など、今まであることに気がつかなかった横丁の一杯屋台や古道具屋さん、何でもこれ全部革のカバン五千円、骨董のお店にいろんなみやげ店、あれこれ見ていると一日中あきずに遊べそうなところ、また来てみたいと思い、学生時代五百円札でヤキトリ一本十円、お酒一杯五十円、飲んで食べておつりがもらえたのを思い出しました。

今は何でも十倍位、お昼食べて千円以上なんて高過ぎると思います。
帰りの集合場所ちかくに一泊三千円からってカプセルホテルがあったけど、庶民の匂いの残る浅草あたりでした。

アッと言う間の一日でしたが、思い出に残りました。

またPTAのいろんな行事や企画にみなさん気軽に出席してください。


以上です。


先生独特の、下書き無しで、思いつくままアドリブの世界で書き綴っている様子がおわかりいただけると思います。
ひとつの文の中で書いている途中から別の考えにスッと飛ぶような感じが先生独自のものですが、これに馴れるのにはちょっと時間を要します。

 

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