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2024/09/14

「老人をなめるな/下重暁子」を読みました。

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『老人をなめるな/下重暁子著(幻冬舎新書)』を読みました。
2022年第一刷発行のもので、割と近年の本です。

このブログでも何度も下重さんの著書をご紹介していますが、いつも気風よく、はっきりと言いたいことを書かれているのが気持ち良いのです。

特に「老人」というものをひとつの枠に“あてはめる”ような世相というか、世間の状況については厳しい言葉が飛びます。

スマートフォンばかり見ている人達を見て、「スマホ代わりに年寄りの知恵を活用せよ」とおっしゃっていますが、データの中に答えがあると思っている人は多いと思います。
知恵、知識の奥行きというものをもっと活用すれば、要するに年寄りの知恵は様々な経験から出てくるもので、侮れないのだ、というわけです。

そう思います。
最近じゃ、本も読まない人がいるので歴史から得る知識などというものからも遠ざかっている人がたくさんいると思うのです。
つまり「読書で得られる知恵も高齢者の知恵に匹敵する」ということだと思います。

もうひとつ、『「断捨離」や「終活」に踊らされるな』ということ。

上記、断捨離や終活はしきりにテレビや雑誌その他で言われていますが、それをして心も身体も自由になる・・のでしょうか。

私の中学時代の担任の先生とも時々「終活」の話をするのですが、先生の周囲でそれを始めた人たちは“ぬけがら”のようになってしまうか、身体の具合が急に悪くなったりしている人が多いというのです。

そりゃあそうだよ、もう身の回りに自分を支えてくれた過去の痕跡を無くして、あとはこの世から居なくなればいいのだというところまで準備してしまったら、ふつうの人は気力が衰えてしまうような気がするのです。

“生き生き”と終活している人もいますが、それはそれで、そのこと自体が目標になって気力が充実しているのかもしれません。

でも、そんな人には、今度は信託財産を管理しましょうと金融機関が乗り出してきて、そこで利益を出そうと待ち構えている。
テレビその他で終活を声高に言うのは、そんなところからお金が出ていてビジネスになっているのではないでしょうか。

ということで、この本のタイトル「老人をなめるな」は正しくも決意あらたにしなければならないことだと思い、読了いたしました。

 

2024/09/13

「物情騒然。人生は五十一から/小林信彦」を読みました。

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『物情騒然。人生は五十一から/小林信彦著(文藝春秋)』という本を読みました。
2002年に発行されたもので、古本で手に入れました。
内容は、「週刊文春」に2001年1月から12月に掲載された著者・小林さんの文をまとめたものです。

小林信彦さんの文は、いろいろなところで今までもお見かけし、読んできましたが、テレビ番組のことから、映画について、芸能人などの人物像、食べ物について、海外での出来事を含めた政治的なこと、言葉について、街並みについて、落語について、などなど多岐に渡り、しかも1932年生まれという大先輩なので、もう私の知識や記憶などではとても追いつかない文も多く、中にはまったくわからず、お手上げになってしまったものもありました。

マリリン・モンローが有名になる前に出演していた映画はこんなだった、という話も興味深かった。夫であったディマジオとの来日時のことも昨日のことのように書かれていました。
当時の日本がどんな感覚でモンローをとらえていたのかもなんとなくわかりました。

まだ伊東四朗さんが目立たなかった頃の様子、そして“只者ではない”芸人としての片鱗を見せていて、それに気づいていた人も少なからずいた、という話も面白かった。

「肉じゃがは、本当にお袋の味か?」という文も頷くことが多かった。
今ではよくそんなこと言っているけど、昔はそんなこと言わなかった・・というのも私には実感がありました。

まだまだ若かった頃の小泉今日子を見て、もう今現在の小泉今日子を想像しているような“フシ”のある文もありました。
実に鋭い観察眼というか、直感も感じました。

また、落語の志ん朝さんが亡くなられた時のショックも何度かに渡り、長文で書かれていましたが、私も今そのときの録音を聞いてみると、本当に惜しい人を亡くしたと感じます。
63歳で亡くなられたと記憶しますが、70代以降どうなっていくのか見たかった、聞きたかったと思います。

その他、ここに書かれている文章は、“珠玉”の文で、わくわくしながら読みました。
テンポのいい、読み進むのが楽しい本でした。

 

2024/09/11

「栞ひも/岡本眸」を読みました。

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『栞ひも/岡本眸著(角川学芸出版)』を古本で見つけ、読んでみました。
俳人・岡本眸(おかもと・ひとみ)さんが、句作の折々に書きとめた文をまとめられたものです。
平成19年(2007年)初版発行となっていました。

著者、岡本さんは昭和3年(1928年)生まれで、調べてみましたら平成30年(2018年)に亡くなられていました。

古本屋でこの本を手に取り、パラパラと中を見たら、すぐにいい俳句がたくさん詠まれている本だということがわかりました。
それと共に書かれている文も心優しい、“やわらか”で“あたたかい”ものばかりで、「これは読まなければ」と思い、購入いたしました。

もともとは、著者が戦後に就職した会社で役員が句会を親睦のために開いたことが発端となっていました。
著者は秘書として勤務していたので、その句会の雑用係をすることになり、「お前もついでに詠め」ということになり、初めて俳句を詠んだ・・そんなことが書かれていました。

なので、当初は“仕事俳句”というか、仕事のことをひたすら詠んでいたようです。
その後は、結婚して“生活俳句”。
夫と死別して“これからの自分への決意”のような俳句へと変遷していき、その中で自然、景色、想いなど、様々な俳人からの教えもあり、次々と素敵な俳句を詠まれていました。

読んでいて、自分もこんな俳句を詠めるようになりたい。そしてこの著者のように俳句を詠むことを生きていることの喜びにしたいと思いました。

この本からも、そして今年の3月から俳句を詠んでいても感じているのですが、日々俳句を詠むことは、ブログにしてあれこれ書くよりも、また日記を書くよりも、短い文章でSNSに何事か書くよりも自分にとっても、発信する外側にとってもインパクトが強いと感じています。

そして記憶にも、思い出としても残るものが大きく、重いような感覚があります。

また、詠んだ句は、印刷してファイリングしているのですが、読み返すことがとても多いのです。
今年、ほんとうに良いものと出会ったと思っています。
今や俳句なしに自分の生活はない、そんな気持ちで毎日俳句を詠んでいます。

またまた背中を押してくれるようないい本に出会いました。

 

2024/09/07

「忖度(そんたく)バカ/鎌田實」を読みました。

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『忖度(そんたく)バカ/鎌田實著(小学館新書)』を読みました。
2017年に第一刷発行されたもので、古本で手に入れました。

著者、鎌田實先生については、毎日曜日の朝早くにやっているラジオ番組「日曜はがんばらない」をよく聞いています。

7年前の本で、タイトルにもある「忖度」という言葉が森友・加計問題に端を発して大きくクローズアップされていた頃です。

著者の指摘は鋭く、“忖度”という言葉を日本社会に深く巣食う「病理」を表す言葉であると書かれています。

あの頃の首相や、国会議員、官僚の発言や実際に行ったこと、それらは私達国民に不信感を抱かせ、さらに公文書の改竄という重大な問題も引き起こしました。

そして、それらは7年後の今現在の社会でも何ら変わっていないと感じます。
“忖度”という言葉は、今や本来的な意味とは既に異なる意味で使われている感じがしますが、兵庫県知事の公益通報者保護法を逸脱したと言える行為は“忖度”のバリアの中で横暴かつ強権的な振舞いを許してしまった例と言えるのではないかと感じています。

そして、そんな人がまだまだいると思われます。
皆、一様に同じ目つき、表情をしているのも不気味ですが、今のネット社会ではそんな人に群がって“持ち上げる”人も多く、さらに「忖度」を指摘するような人に対し、ネット上で攻撃する人も多々見受けられます。

日本は、暗黒社会の入口から既に数メートル入っている状況だと思います。

「言いたいことを言える日本がいい」と著者は書いていますが、どうでしょう、今の日本で言いたいことが言えているのか・・疑問は深く残ります。

中学時代の担任の先生ともよく電話でお話しをするのですが、だんだん忖度なしに、遠慮なく話せる人が先生以外には少なくなっているように感じます。

この本では、軍備の拡大や、原子力発電の今後などについてもふれていますが、著者が政治的なことにも忖度なく自身の意見を述べているのを読んで、こうありたいと思いました。
X(旧Twitter)でも、私は忖度のない発言をしていますが、何処かからか圧力を掛けてくることがあるのではないかと危惧している気持ちもあります。

この本を読んで、あの頃感じていたことが整理された感じがしました。
そして、その頃の気持ちを大切にして、これからもいらぬ忖度はせぬように、このブログ等も書いていきたいと思います。

 

2024/09/05

「本はこれから/池澤夏樹・編」を読みました。

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『本はこれから/池澤夏樹編(岩波新書)』を読みました。

2010年第一刷発行の本で、いよいよ電子書籍が今までの“紙”に印刷された本を凌駕するのではないか、などという話が出てきた頃でしょうか。

そして、もし“電子書籍・隆盛”ということになって来たら、書店、古書店、図書館、取次、装丁・編集、書き手、読み手はどうなっていくのか、という、“本好きな私”にとって重大な件について、三十七名の様々な立場の人達からのエッセイがまとめられていました。

そんな本を14年後の今読んでみたわけです。

エッセイの内容は、それこそ、それぞれの方が“ばらんばらん”でした(^_^;)

本屋などでの本との偶然の出会いが人生上も、研究などをしている時は仕事上も大事なのだ。だからデジタルなんてとんでもない。という意見。

デジタル化していく時点で日本は遅れを取る、しかも古文書などは画像として残さざるを得ず、文化そのものの喪失があるという意見。

デジタル大歓迎、場所は取らないし、検索が容易になって膨大な知識が手元にある環境はとても自分にとって役立つという意見。

電波を通じて情報記号を吸い取るだけの端末を一台持つことの「便利さ」という詭弁とひきかえに書物なる多様体への信頼を捨てることになれば、私達は書物というイデアのなかに蓄積されてきた身体と知性をめぐる記憶のすべてを、市場と効率性の原理へと売り渡すことになる、という・・私の意見ともかなり近いものもありました。

古書を扱っている人は、「当面は何の影響もない、取り扱う古書はいくらでもあるし、百年は大丈夫」と、電子書籍化など“どこ吹く風”なご意見もありました(*^^*)でも、そりゃそうだとも思いました。

特定の、特にアメリカの企業が独占的に書籍情報を収集し、コントロールするのではないか、という意見もありました。

これからもずっと共存せざるを得ないのだ、デジタルの利便性と、紙の本という人間にとってのメリットは、どちらかになってしまうということはない、という意見もありました。

デジタル化した文書は、結局保存するメディアや、方式がどんどん進化・変更されるので、更新を常に続けねばならず、その作業量は膨大であるという意見・・間違いなく発声する・・もありました。

さあ、この本が出てから14年を経ている現在、どうなっているのかというと、当時言っていたような電子書籍の発展・隆盛はそんなに感じません。
かと言って、駅前の書店などはどんどん閉店し、大型書店も閉店していく中でまだ残ってはいますが、そこにはメジャーな通りいっぺんの本しかないことが多く、“本との出会い”なんて本好きの人間にはとても満足できる状況ではなく、アマゾンなどで書籍を購入する人はたくさんいるのでしょうが、結局そのとき必要な本をピンポイントで探し、買っているだけです。

私が思うに、電子書籍で本を読もうなんて人に、あまり本好きはいないと思うのです。
必要だからこれは読んでおかなきゃ、という人、あるいは単に電車に乗っているときなどのヒマつぶしということもあるかもしれない。

本好きって、偶然の出会いも大切だし、本そのものの存在、手触りや読み進むうちに残りページを意識しつつ味わっていく感じ、読み終えたときの独特の感覚は現物の本を手にしていないと感じることは出来ません。

以上、この本の中で語られていることと、私の意見も交えて感想を書いてみました。
そして私は、これからも年間約150冊の本を読む生活を続けていくのでした。

 

2024/09/03

「運を支配する/桜井章一・藤田晋」を読みました。

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『運を支配する/桜井章一・藤田晋(幻冬舎新書)』という本を古本で見つけ、しばらく温めておりましたが、意を決して読んでみました。

2015年第一刷発行となっておりました。

桜井章一氏は、「雀鬼」の異名を取る麻雀の“裏プロ”。
プロデビュー後引退まで二十年間無敗!!とのこと。麻雀を通して人としての道を始動する「雀鬼会」を始めた方だとのこと。

藤田晋氏は、サイバーエージェントを設立し、社長となり「麻雀最強位」タイトルも獲得しているという。

この本は、要するに麻雀という勝負事の勝ち方、取り組み方から仕事への生かし方、そして人から見たら“運がいい”と見えるような生き方の裏側を語りつつ、ヒントを与えてくれるような形で構成された本でした。

実際に自分が窮地に立たされたり、あるいは大チャンスを迎えたときの気持ちの持ち方、山あり谷ありの仕事の場面を顔色を変えずに淡々と物事を進めていく裏側にはこんな気持ちやルールのようなものがあるのだ、ということも書かれていました。

かつて読んだ色川武大さんや、伊集院静さんが書かれていた麻雀の打ち方にも特徴がありましたが、似たようなところもあったし、仕事と重ね合わせている部分では独自の感覚も書かれていました。

麻雀って、将棋や囲碁と異なり、最初の状態からして“不平等”であり(つまり配牌)、そこからの勝負って、やはり人それぞれに何かその人ごとの信念、哲学、考え方がないと打てないものなのでしょうね。

勝負事の話でしたが、麻雀を打たない私にも何かしら人生の参考になる部分がいくつもありました。
身の引き締まるような書きぶりの本でした。

 

2024/09/01

「NHK俳句 夏井いつきの季語道場/夏井いつき」を読みました。

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『NHK俳句 夏井いつきの季語道場/夏井いつき著(NHK出版)』を古本で見つけ、読んでみることにしました。

この本は、月間NHKテキスト「NHK俳句」二年間の連載に加筆したものとのこと。
俳句実作者のステップアップを目的とした一冊と書かれていて、今読み終えた私は果たしてステップアップ出来ているのか・・(^_^;)

また、番組の司会者岸本葉子さんとの対談も掲載されていました。
岸本さんの俳句に関する著書も最近よく読ませていただいているので、楽しく読みました。

この本の一番の特徴は、『季語の六角成分図』というグラフを使って季語を分析し、その季語からどのような俳句が過去詠まれているか、それはグラフ上のどの部分を強調しているのかなど、前半はその分析がとても興味深く勉強になりました。

ちなみに、成分図の六つの項目は、「視覚」「嗅覚」「聴覚」「触覚」「味覚」「連想力」に分けられていました。

「雷」と「稲妻」では、その成分図はかなり異なっていて、例示されている俳句を成分に基づき分析しています。さらに例示されている俳句の季語を逆に入れ替えてみたりするとどうなるのか、など実例が示されているので、私のような初心者にもたいへん分かりやすくなっていました。

季語が季語として機能しているのか・・・季語がそっちのけの内容になっていたり、“後付け”で当てはめたような感じがするという私がいまだ“やりがち”な例がしめされていました。

説明や感想になっていないか?・・・「さみしそう」なんて思わず説明調になるのも、気をつけていてもやってしまいます。

助詞・助動詞が正しく選ばれているか?・・・「に」「へ」「を」などは、たった一字でも大きなニュアンスの変更になってしまいます。

語順・発想・叙述などを吟味しているか?・・・客観的に自分の句をながめた上での練り直しが私も苦しい時間となっていますが、最後までやれるか、というのはいつも悩んでいるところです。

他人の句については、冷静に上記のようなことは判断できそうなのですが、こと自分の句となると、判断が鈍ってしまいます。
この本に示されているたくさんの例を今後も見直しながら句を詠んでいこうと思いました。

 

2024/08/30

「風の中に立て -伊集院静のことば-」を読みました。

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『風の中に立て -伊集院静のことば- [大人の流儀 名言集]/伊集院静(講談社)』を本屋で見つけ、読んでみることにしました。

今までの伊集院さんの著書の中に存在した数々の名言を集めたものです。
阿川佐和子さん、近藤真彦さん、大和和紀さん、佐治信忠さん、大友康平さんの追悼エッセイも収録されていました。

あらためて伊集院さんの遺された言葉を噛み締めました。

「〇〇って何のことだかわかりますか?」
「××がなぜああなるか知っていますか?」
という話し方をする人がいる。

という言葉がありました。そんなことも知らないのか、とか相手より物事を知っているように見える言い方をする人・・私も情報システム関係の職場にいた時に何度も聞きました。
相手を試しているように感じるし、伊集院さんのおっしゃるように下品で傲慢にしか聞こえない話し方だと思いました。その時のこと、思い出しました・・。

スマホの中に何があるのか。データがあるだけで、ある種の答えと錯覚している。
仕事にとって大切な情熱、誇り、個性が隠れているわけではない、・・いい言葉です。

人はどこかで己と対峙し、自分を取り巻く、世界と時間を見つめ、自分は何なのかを考えてみるべきだ。
まず、個、孤独の時間。独りになる時間と場所をこしらえ、じっとすることだ。

これも今になってやっとわかってきたことです。

この何十年間で日本人が喪失してしまった、もっとも手放してはいけないもののひとつ。
怒りの感情。
怒りの感情の中には、その人を成長させたり、新しいものに挑んだりする精神が養われているように思う。

私も怒りを押し殺すことで人生を過ごしてきましたが、ここ数年は怒りを特にこのブログで吐き出すことを始めました。
そうしなければ、こうなってしまうという結果が今の日本だと思います。
すでにかなりの重症になっているように思う。

などと読んでいるうちに、本気になってしまいました ^_^;
伊集院さんの書かれた本、まだまだたくさんストックがあります。
今後も感想をこのブログに書いていきたいと思います。

 

2024/08/28

「syunkon日記 スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件/山本ゆり」を読みました。

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『syunkon日記 スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件/山本ゆり著(扶桑社)』という本を古本で見つけ、読みました。

正直言って大変な衝撃を受けました。
面白過ぎる!面白過ぎるうえに終盤では実に切実で人の生き方、人生に関わる重大なことが真剣に書かれていて、涙が出るほどの感動もありました。

自分の身に起こった出来事、友達との間の出来事、様々な身近な事象に対して、どんどん斬り込み、そしてその斬り込みには“大いなるボケ”が入っていて、それにまた自分で思いっきり“ツッコミ”を入れるのが、“一人漫才”をやっているかの如くで、腹の皮がよじれるほど笑ってしまった。
この人タダ者じゃないっ!おしゃべりとエッセイの「モンスター」と呼んでもいいんじゃないかと思いました。

妻に「ねぇねぇ面白い人見つけたよ」と、この本を紹介したら、「とっくに知っているよ、私の持っている本は料理中心に書かれていて(※現在の本職は料理関係とのこと)、それでもめちゃめちゃ可笑しいんだよ」とのことでした。

本の帯には、ブログ月間800万アクセス、著書累計430万部超となっていました。
まさに“モンスター”!!

ひいこら言って笑った後には、終盤の3分の1の部分で著者自身が経験してきた仕事上の厳しい話、そしてもっと厳しい家族の話が書かれていて、私は次々と著者の身に起こる大変な事を色々な方法、考え方で切り抜け、そして人としてどう考え、生きていけばよいのか、自問自答する姿に思わず涙してしまいました。

著者は色々な仕事を現在に至るまでに経験していますが、「仕事やバイト、習い事でも、手広くすると色んな経験は積めるけど1つのことだけを続けてる人にはその分野ではかなわないし、かといって1つだけを極めたら他のことは一切何もできない」と書いていて、私も様々な種類の仕事を経験してきたことから考えさせられました。

そして、「親」という、自分がいないと生きていけない物が存在する一生変わることがない役割を与えられた・・とも書かれていました。
まさに親になるって大変なことで、仕事だけでなく、その親という役割もこなしていく人生ってなんだろうと深く考えさせられることにもなりました。

笑いで十分楽しませてもらったあとに、こんな涙が出るようなことまで考えることになって・・この本自体も“モンスター”だと思いました。
とてもいい本でした。

 

2024/08/25

「おふくろの夜回り/三浦哲郎」を読みました。

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『おふくろの夜回り/三浦哲郎著(文春文庫)』を古本で見つけ、読みました。
名文家として知られた著者が、「オール読物」の巻末頁に千字で書き継いだ随筆集です。

著者、三浦哲郎氏は2010年に亡くなられていますが、この本は2013年に第一刷発行となっています。

郷里に帰省中、とつぜん胃潰瘍による吐血に見舞われたときのことが書かれていたりしましたが、なんだか文体も本人の気持ちも“のんびり”とした感じで書かれていて淡々と読んでしまうのです。本人も淡々としている。

そこで著者の病室の名札を見て高校時代の友人の奥さんが挨拶にくる話。
自分の入院はそっちのけです。
その友人も入院していたのですが、著者が病室を訪ねても会話にもならない状態。
で、友人の奥さんが通訳のようにその友人に語りかけている場面などは、とても著者のように文に表すことは難しいと思いました。
出来事と、それぞれの気持ちが絶妙の筆致で描かれていました。

別の話では、著者夫婦が家を建て、木と漆喰だけの都会では珍しい和風の家に住んでいると、幽霊が現れる。
それも奥さんの目の前だけに現れる。
あるときもしやと奥さんが気づく。

幽霊が出た翌朝の朝刊の死亡欄に三十五年も前、駒込の酒を飲ませる店で働いていた当時二十歳の奥さんに熱心に言い寄ったことのある大学教授で著名な国文学者がその人が載っていたという・・。

都電の沿線にあったその飲み屋には大学や研究所に通う人達が常連であったという。
そのとき美人店員だった奥さんに言い寄ってきた人はけっこういたらしい(^_^.)
そしてその人達の寿命がそろそろ尽きる頃・・^_^;

それから幽霊が出た翌朝には、奥さんは朝刊の死亡欄をひっそりと見ていたそうです。

そんな話がいっぱいでした。
さすがの名文家です。私のようなものには参考にしたくても出来ない見事な文章でした。

 

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