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2022/06/30

「一日一言 -人類の智恵-/桑原武夫編」を読みました。

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『一日一言 -人類の智恵-/桑原武夫編(岩波新書)』を読みました。
これまた、ブックオフにて“100円+税”で、手に入れました。

この本は、人類の歴史上、偉大な行為をした人々の「英知」に輝く言葉、名言を偉人の生没日にあわせ、一年366日に配列し、略伝・肖像を付したものです。
ほんとうに、いろいろな偉人の様々な名言などが網羅されていて、人類の歴史をなぞっていくような感じで読みました。

今の私に響いた言葉をあげてみます。

【壮士】

人為で天下を治めようとするのは、海や河を歩いて渡ろうとし、蚊に山を負わせようとするものである。
・・・民は自然のままに放任するのが一番よいのである。
聖人はこの放任と自由をしっかりとつかんでゆく。


【墨子】

一人を殺せば、不義の行為として、かならず死罪にされる。
この論法でゆくと、十人を殺すものは、十不義を重ねたのであり、十倍の死罪にしなければならず、百人を殺すものは、百不義を重ねたのであり、百倍の死罪にしなければならない。
・・・しかし、大きく不義を犯してひとの国を攻めると、非難しないで、名誉とし、正義とする。
それが不義であることを全然ご存じない。
・・・天下の君子は、義と不義の乱れを見わけなければならないものである。


【トレーズ】

戦争、それは破滅した家庭であり、雨露しのぐ屋根もなく、パンもなく、金銭もなく、仕事もなく、路上をさまよう生活であり・・憲兵であった。
・・・そして私は誓うのだった、私の一切の力をもって、この憎むべき元兇と、戦争と、戦うことを、それを準備しそれで生活している者どもと戦うことを、戦争の永遠のギセイ者である人民を防衛することを!


かなり端折ってご紹介していますが、現在の戦争の状況を見て、とても重い言葉を過去に残していたんだな、と思いました。

なぜ、人類は、何度も戦争をして、結局、市民が犠牲になり、反省をして、そのときに残された言葉があるにも関わらず、そして後々にはその反省の言葉には目もくれず、また戦争に突入していくのだろうかと思います。

今回の戦争がなんらかの形で終結しても、また人類はもっともらしい理由を見つけてきて戦争を始めるんでしょうね。
人類は、地球上でも意外と下等な部類の生き物かもしれません。

 

2022/06/29

「寂聴随想 無常を生きる」を読みました。

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『寂聴随想 無常を生きる/瀬戸内寂聴著(講談社文庫)』を読みました。
1996年に刊行されたものの文庫化です。いつものとおりブックオフにて“100円プラス税”で手に入れました。

この本は、随筆ながら、当時の世相、事件なども取り上げ、“怒り”の寂聴さんの姿も屡々登場いたしました。
薬害エイズに対する国や製薬業界の対応、オウム真理教の事件について、阪神淡路大震災のときのさまざまな出来事に対して、など、感情を露わにするような場面も多々ありました。

私が今まで読んできた寂聴さんの本の中でも一番上記のような印象が強い本となりました。
これを書いたときの寂聴さんが、まだ70歳を越えたばかりであった、ということもあるのかもしれませんが。

「こんなに腐りきった日本は、二十一世紀を迎えられるのだろうかと案じている」などと、書かれていたところもありました。

寂聴さんの本を読んで、いつも思うことは、自分は世間や社会の理不尽な出来事について憤っているのに、“誰か”に遠慮して、そのトーンを下げていやしないか?!ということです。
ほんとうにそれはよくないことだ、と思っていても、遠慮会釈なく物の本質に突っ込んでいかない自分に気づいてしまいます…σ(^_^;)それじゃいけないんだけど。

だから、皆、寂聴さんの本を読んだり、法話を聞いたりして、自分も本当はそう思っているんだ、と力づけられていたのかもしれません。

寂聴さんがいなくなってしまった今、もうこれから起こる事件・出来事について、寂聴さんの歯に衣着せぬ発言を聞くことは出来ません。
だから、意を決して、もっと自分の思うところを前に出して進んでいかなければならない・・そう、あらためて思うこととなった「随想」でした。

力強い本でした。

 

2022/06/27

「ロシア点描 -まちかどから見るプーチン帝国の素顔-/小泉悠」を読みました。

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『ロシア点描 -まちかどから見たプーチン帝国の素顔-/小泉悠著(PHP研究所)』という本を読みました。

私、不勉強で著者の小泉悠さん(東大先端科学技術研究センター専任講師)を存知上げなかったのですが、ラジオでこの方のお話を聞いて、とてもわかりやすく、おもしろいお話をされる方だと思ったのです。

書店でこの「ロシア点描」を見つけたので、さっそく読んでみることにしました。

過去、ロシア科学アカデミーなどにも在籍していた小泉さんは、ロシアにも住まれたことがあり、しかも奥様はロシア人ということで、ロシアの日常の様子などが(今までニュースやその他報道では見聞きすることが出来ないような身近な話題)、そのまま書かれていて、とても面白かった。

スーパーでの買物の仕方、レジがどんな様子か、どんなものが売っているのか。

帝国からソ連、さらに現在のロシアに至るまでの一般の人達の住居の変遷、商売の仕方なども過去の建物などを壊して改築しようとすると、その痕跡が現われて「ああ、昔はこんなことをしていたのだ」などと驚く様子も書かれていました。
この部分を読むだけでも、とても興味深く、ロシアの人達の生き方、物の考え方が今までの知識だけでは想像できなかったところまでわかるような気がしました。

また、元外交官でロシアと関わってきた、あの佐藤優さんが現役時代のロシア人とのやり取りについて書かれた書籍を過去に読んだことがあるのですが、そのときとはロシアの役人達のやり方も、かなり変化を見せていることがわかりました。

とんでもない量の「酒」を飲んで信頼を得た後に、やっと相手との信頼関係が出来るというようなことも、近年はあまり無くなっているようだということがわかりました。

ただし、変わっていないと思ったのは、一度信頼関係を築き上げたあとは、かなりの親密な人間関係となり、意外なほど深いところまで情報を得ることが出来たり、便宜を図ってもらえる・・というのは、変わっていないようでした。

それから、ロシアの地下鉄というものは、かつてドイツとの戦争の時に防空壕的な意味での発展をしていて、地下 70~80メートルくらいに展開されていたこともあり、その名残りがまだある。
また、かつてはロシア政府用の第二地下鉄網が、通常の地下鉄とは別にあったとか、国の重要な大学の地下には政府が地下で運営できるようなものが作られていたとか、地下にはまだまだ謎というか、未知の部分があるようです。
このご時世、そんなことを調べようとしたら、怖いことになるかも・・。

そして、その防空壕として使われる地下鉄の駅・・というと、今現在のウクライナの戦争報道で再現されているのです。
今になって、こんなことになるとは、誰も想像していなかったのではないでしょうか。

余談ですが、私が東京勤務時、国会議事堂や議員会館など、地下道で繋がっていることを仕事上の使用で知りました。
一般人は入ることが出来ませんが、あの大きな地下施設は、まだまだいろいろなところに繋がっているんじゃないかということは想像に難くありません。
日本も何か戦時や戦後にいろいろ考え、地下の戦略的世界があるのかも・・と思いました。

最後に、ロシア人って、ちょっと近寄りがたくて、こわい感じがしていたのですが、実はちょっと仲良くなると、“おせっかい”なくらいに、いろいろ面倒を見てくれたり、心配してくれたり、良くしてくれる人達なのだ、ということもわかりました。

わかりやすくて、読みやすく、今まで知らなかったことがたくさん書いてあり、著者の人柄までわかる、楽しい本でした。

 

2022/06/25

城山三郎さんの「打たれ強く生きる」を読みました。

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『打たれ強く生きる/城山三郎著(新潮文庫)』を読みました。
いつもながらブックオフにて格安購入。昭和58年、日経流通新聞に掲載されたエッセイを再構成したものだそうです。

読んでいると、かつての有名人が続々と登場してきたりして、城山さんの交際範囲の広さに驚きましたが、本田技研の本田宗一郎さんの自宅でのパーティーに呼ばれた時の話には驚きました。

通常、ホテルでのパーティーなどでは、おいしいものといっても、だいたい同じようなものが並んで、だいたいが通り一遍の形をしたものですが、本田宗一郎さんは、自宅庭に川を引き、流れをつくり、そこに鮎の稚魚を放ち、育った頃にパーティーを開催!集まった皆さんにそれを釣ってもらい、その場で焼いて食べてもらうという・・( ̄O ̄;)・・すっごい話でした。

とにかく、お客さんに喜んでもらうために、いろいろ工夫をされていたとのこと。
仕事でも、本田さんの様々な工夫は私たちの知るところです。

城山さんのこういうエッセイや、小説を読んで、いつも感じるのですが、城山さんの物事に対する真摯な対峙の仕方、真面目に丁寧に考えて、実直な文を書く、その姿にはいつも感服します。

文章もとても読みやすいのです。

見習いたいなあ、と、毎度のことですが、思いつつ読了いたしました。

 

2022/06/20

「青豆とうふ/安西水丸・和田誠」を読みました。

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『青豆とうふ/安西水丸・和田誠《絵・文》(中公文庫)』を読みました。

安西さん、和田さんという二人のイラストレーターが、互いの文章の話題を“しりとり”形式に受取り、また次ぎの話題を最後に持ってくるという、[面白文章リレー]になっていました。

しかも、安西さんが文を書いたときには、和田さんがイラストをいれる。和田さんが文を書いたときには安西さんがイラストを描くという・・楽しくも夢みたいな構成となっていました。実に面白かった(*^_^*)

また、この本のタイトルは、安西さんが村上春樹さんと居酒屋で一杯やっているときに、この本の話になり、村上さんに「タイトルを考えてくれないか」と所望したとのこと。
で、そのときに村上さんがつまみとして食べていた「青豆とうふ」がいいということになったんだそうです(^_^;)これまたおもしろいエピソードです。

おふたりの話題は豊富で、安西さんが鳥取県倉吉市にある打吹山・長谷寺に行ったときの話は怖かった。

次席家老・荒尾氏の墓地があるということで、雨の中、山をのぼっていると鐘撞櫓があり、誰かが鐘をついたと思うと、そこから白い着物を着た若い女が現われたんだそうです。
怖くて顔を確認せず、そのまますれ違い、雨でかなり厳しい道を滑りながら目指す墓地にたどり着き、そしたらさっきすれ違った女性が白い着物のまま墓地の前でしゃがんでいたんだそうです。

女がゆっくり振り向こうとした時、安西さんは脱兎のごとく駆けだしたんだそうです。
この話題の時の和田さんのイラストもなんだか怖いです・・。

また、和田さんの文で、いろいろなイラストの仕事を和田さんのところに持ち込む人がいて、作品を渡しても支払いがなく、次の仕事を持ち込んで来て、「前の仕事はあと少しで終了するので、その後支払う」みたいなことを言う・・ようするにサギというか、インチキな男の話が面白かった。

このエピソードは和田さんの文なので、安西さんがイラスト担当なのですが、いやもう、そのインチキな男の絵がいかにも“インチキくさく”て笑えました(^_^)

文と絵のバトンタッチが交互に行なわれたこの本、とても楽しめました。

 

2022/06/17

石田衣良さんの「小説家と過す日曜日」を読みました。

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『小説家と過す日曜日/石田衣良著(文藝春秋)』を読みました。
いつものとおり、ブックオフにて200円でしたd(^_^o)

この本は、「石田衣良ブックトーク・小説家と過す日曜日」というメールマガジンの1~12号をまとめたものなんだそうです。

それぞれの号の内容としては、毎回「ショート・ショート」「ワイドショーのコメンテーター的発言」「衣良さんと小説の登場人物が二面性を持って語るエッセイ」「読者とのQ&A」「ブックレビュー」「しくじり美女との対話」が盛り込まれていて、いやもう大充実の“濃さ”です。

読んで見て、実際には、これを毎月メールマガジンとして発刊しているわけで、たいへんな作業だと思います。

本と創作の話、時代や社会の問題、恋や性の謎、プライベートに関わる親密な相談・・などなど、衣良さんがおもしろいと感じ、興味をもつことに対する思いは、とどまるところを知らないという感じです。

多岐に渡る内容の中で気になったことを少し取り上げてみます。

定額制の音楽聞き放題や、ドラマ・映画の見放題のサービスについて(いわゆる“サブスク”ってやつです)、聞き放題で月数百円として著作権をもつアーティストへの対価は、割り算をしたらずいぶんと少ないんじゃないか、そして視聴者の多くが似かよったソフトしか楽しまなくなるんじゃ・・とおっしゃっています。

自分でソフトを探し、目の前に“垂れ流されて”いるものを楽しむだけでは、よい趣味や自分なりのセンスを育てる力が弱くなっていく・・とも。

50年代のジャズや、70年代のロックを聴くマニアはごくわずかになって(・・私みたいなヤツですね…σ(^_^;))、恐ろしいことだという石田さんの気持ちはよくわかります。

もうひとつ

音楽の歌詞がくだらない説教みたいになりましたね、とおっしゃっていて、これも同感です。
みんな仲良くだとか、家族最高とか、桜はきれいみたいな歌ばっかりになっていると。
表現レベルがなんでこんなに落ちたのかと言っていて、私はそれに加えて、歌っている人は、日本人で、日本語で歌い、歌っている相手も日本人なのに、何を歌っているのかわからないとものが多いと思います。

なんとか英語みたいに聞こえるように“ウェイ”とか“ドゥエイ”などと歌っているので、歌詞は、さっぱりわからず、時々日本語らしい痕跡を発見(聴)している有り様です。
はっきり言ってみっともないです。こんな発音をふだんしていたら、恥ずかしいでしょう。

「譜割」も、その日本語の単語を解体して発音し、次の単語に半分くっつけたりしているので、何がなんだかわかりません。この“カッコワルイ”歌い方、いいかげんやめてほしいと思いますが、それをやめたら、その曲が“貧相”な曲だということがバレてしまうので、やめられないのでしょう。

などと、グチを言いつつ、今回の石田衣良さんの本についての感想を終わりたいと思います。

 

2022/06/11

椎名誠さんの「モンパの木の下で」を読んだ。

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『モンパの木の下で/椎名誠著(文藝春秋)』を読みました。
いつものことで、ブックオフにて200円で購入。内容は1992年から1993年にかけて週刊文春に連載されたものをまとめたものです。

三十年も前の文ですから、椎名さんもすこぶる元気で、あちこち飛びまわっているし、“飲みまわって”(^^;)いました。

そして、私の大好きな居酒屋の達人、「太田和彦」さんもキャンプの場面に何度も登場し、ひそかに日本酒の美味しいのを持参し、さらに美味しそうな“つまみ”をどんどんつくっている様子が書かれていました。この本の頃は「コンニャク料理」に凝っていたようです(^_^;)

椎名さんが仲間と飲んでいるときの“バカ話”がいつも面白いのですが、今回のなんだかわからんが面白かったのは、以下の『信用してはいかん!』の話。

「作務衣を着ている男を信用してはいかん」と誰かが言うと、みんな「そうだ、そうだ」と納得している(*^_^*)
ちなみに、私も作務衣を着ている男はあまり信用しておりません…σ(^_^;)なんかインチキくさくありません?!d(^_^o)

ついでに「ルイ・ヴィトンのバッグをぶらさげている男が新幹線や空港でかなり目につく。あれはどう見ても恥ずかしい。ルイ・ヴィトンのバッグを持っている男を信用してはいかん!」と、みんなでしっかりと頷きあっている(^_^)
んでもって、これまた私も深く同意d(^_^o)・・いましたっけねぇ、その昔、そんな男が。今はお見かけすることはないけど。

昔の話で思い出したけど、セカンドバッグを小脇に抱え、つま先歩きでチョンチョン歩いている男もいたっけ。
で、ポロシャツの襟を立てているんですよ、そういう男はかならず。・・時々、まだ襟を立てているオジサン(お爺さん)を見かけることがありますが。
こういうのも信用しないランキングに入れてほしいd( ̄  ̄)

あと、誰かが言っていたけど、“半ズボン”をはいている男を信用するなっ!っていうのも心に残る言葉でした。
日曜日にどこでも半ズボンでうろうろしているオヤジ、私もあんまり信用したくないです。
「勝俣州和」さんくらいですかね、信用できそうな半ズボンの男って(*^_^*)

信用しない話で終始してしまいましたが、「モンパの木の下で」、相変わらずドコドコどこでも出かけて行く椎名さんの楽しい本でした。

 

2022/06/10

2015年、村上春樹さんが読者からのメールによる質問に答えた本「村上さんのところ」を読みました。

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『村上さんのところ/回答者・村上春樹、絵・フジモトマサル(新潮社)』を読みました。
これまたブックオフで200円にて購入(*^_^*)

企画で、一定期間中に読者から(世界中から)届いた3万7465通のメールを村上さんが完全読破し(考えられない・・)、3716通に回答し、そのうちの473の問答を掲載したものです。

1ページ四段組なので、読むだけでも膨大な量の活字となります。面白いけれど、たいへん疲れました。村上さんは、質問を読んで、しかも答えているので、強靱かつ不死身の体力をもってこの仕事を成し遂げたのだと思います(^_^;)

質問で多いな、と感じたのは、なぜか学校の先生からの生徒を教えるときの悩み、男女問題で、「告白した方がいいか」というもの、また夫婦間のわかり合えない悩み、村上春樹の作品について世間の理解が低いというもの、自分が何をしたいのかわからないというもの、などでした。

それらの質問に、村上さんは時に丁寧に、時にあっさりと突き放すように答えていました。
この“さじ加減”が絶妙で、達人の域にいる人だと思いました。並大抵の精神力ではありません。

いろいろな質問がありましたが、私個人が面白く読んだものをいくつかご紹介します。
村上さんの回答と共に、私も回答を考えてみました…σ(^_^;)

読者質問:レコードの魅力ってなんですか?僕はCD派で、レコードは体験したことがありません。

村上回答:かなり危険ですから、必要がなければレコード関係には近寄られない方がいいと思います。時間もとられるし、お金もかかるし、普通の人には理解されません。いちおう合法ではありますが、身の安全の保証はできません。それでも体験したいですか?

私の回答:人に聞いているヒマがあったら、とっとレコード・プレイヤーを買って聞いてみろ。レコード盤はデカいので、ジャケットが大きいぞ!見ろ素晴らしいだろ、“ジャケ買い”の意味がわかったと思う。何?プチプチ雑音がするって?不良品かもしれないので、そのプレイヤー、私がもらっておこう。


読者質問:世の中には村上さんの作品や文章を酷評する人もいるのでは。中傷や批判に対し、どのようにして心の中で処理していますか。

村上回答:規則正しく生活し、規則正しく仕事をしていると、たいていのものごとはやり過ごすことができます。朝は早起きして仕事をし、適度な運動をし、良い音楽を聴き、たくさん野菜を食べます。それでいろんなことはだいたいうまくいくみたいです。

私の回答:最初は批判や誹謗中傷を無視し、受け流していますが、それでもしつこく突っかかってきたら・・呪いを掛けます(-_-)・・たいていの人は二~三日は動けなくなります。


最後は私がいちばん村上さんの回答で素晴らしいと思った質問です。

読者質問:本をよく読む人と、本をほとんど読まない人がいますが、どちらの人生が幸せでしょうか?全般的に本を読まない人のほうが、楽天的で人生を楽しんでいるように感じますが、どう思われますか?

村上回答:たとえ不幸せになったって、人に嫌われたって、本を読まないよりは本を読む人生の方がずっと良いです。そんなの当たり前の話ではないですか。

私の回答:じゃ、読むなよ。


長くなりました。以上がこの「村上さんのところ」という本を読んでみての感想です。

 

2022/06/05

「トイレの輪 ~トイレの話、聞かせてください~」を読みました。

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『トイレの輪 ~トイレの話、聞かせてください~/佐藤満春著(集英社文庫)』を読みました。

これは、著者の佐藤満春さん(お笑いコンビ「どきどきキャンプ」の一員であり、トイレ博士としてイベント出演したりもしている)が、トイレの話を様々な人から聞いていくというものです。これまたブックオフにて110円で購入ヽ(=´▽`=)ノ

インタビューの相手は、ロケで辺境の地に行くことが多い、オードリーの春日さんとか、ノンフィクション作家、冒険家、小説家、トイレメーカーの方、建築家などと多彩です。

大まかに感想を言うと、世界中で日々トイレで用を足すことが出来るのは、ついこの間まで50%に満たず、最近やっと良くなってきたとは言え、せいぜい60%だという。
要するに外で、どこか探して用を足しているのだそうで、特にこれは女性にとってきついと思われ、犯罪にも結びついているとのこと。

また世界を冒険をしているような人は、日本の行き届いたトイレはやり過ぎだということで、椎名誠さんの本などを読んでいても、この話題はよく出て来ました。
劣悪なトイレ状況が今でも世界中にあり、日本人の感覚で世界の旅に行ってしまうと、旅なんて出来ませんぞ!というような結論に達し、そりゃそうだろうけど・・ということになります。

トイレメーカーの方々は世界のトイレ事情を改善し(各国の電気や上下水道事情が悪く課題は多いが)、より快適で、頑丈で、清潔な状態を保ちやすいものを日々つくっていて、それはそれで、人類にとってありがたいことだと大きく頷きました。

また、1980年代頃に多かったとのことですが、“奇妙奇天烈”で“ウケ”をねらったような奇抜なトイレを求めて日本中を巡っている方もいました。
これも実に興味深く、トイレ自体が何畳もある、まるで部屋のようなトイレや、日本庭園みたいな広いスペースに便器ひとつ、みたいなトイレもありました。

で、私が(著者もだった)一番共感したのは、小説家の朝井リョウさんのトイレ話でした。

朝井さんは、すぐに便意をもよおしてしまうので、外出が怖いというか、出歩くと、もうトイレがどこにあるか気になり、仕方なく外に出ることがあると、便意のための“大ピンチ”がやってくるという・・これはたぶん、多くの人が大なり小なり持っている悩みなんじゃないかと思ったのです。

だから、作家という自宅にいてトイレの間近で仕事ができる、その状態が一番いいのだ、というのです。
そのために様々な世界に出て行ったり、人に会ったりする機会を失ってしまっても、それでもその安定した状態がいいのだとおっしゃっています。・・わかる気がする。

この本の中で朝井さんがカミングアウトする、『大事故』の話には、涙が出るくらい気の毒なエピソードが載っていました。
朝井さんが現在のような小説家としての確固たる地位にいる現在で、しかも朝井さんが最も大切に思う人生の大先輩が東京から離れる門出の幹事を引き受けた場での「大便」にまつわる大失態を起こしてしまうのです・・それを書こうにも、もし自分がこの立場だったらと思うと、想像するだに怖ろしく、書くことができません。

この便意が“近い”というのは、文中でも書かれていますが、精神的なものも大きな影響を与えているということで、私にも思い当たる出来事が何度かあります・・だから、朝井さんの気持ちはものすごくよくわかり、著者もこの本の中で一番共感しているのが手に取るようにわかりました。

トイレ話といって、侮ることなかれ!
実に人間にとって奥深い内容の本でした。

 

2022/06/04

2005年発行の「それでいいのか蕎麦打ち男/残間里江子」を読みました。

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『それでいいのか蕎麦打ち男/残間里江子著(新潮社)』という本を読みました。
表題にあるように、2005年発行の本で、いつものようにブックオフにて格安購入。

本のタイトルで言っている「蕎麦打ち男」というのは、“団塊の世代”と言われる1947年から1949年に生まれた人達(著者、残間さんは1950年生まれだが、学年としては1949年の人達と一緒)が、この本発行当時、退職を目前にして、趣味もなく、なぜか「蕎麦打ち」をしている・・という残間さんの説を表わしている(^_^;)ものです。

いましたよねぇ・・こういう人。というか、いまだにいるんじゃないでしょうか。
料理をするわけではなく、蕎麦を打っている姿がなんだか知的に見えたりすると思っているんじゃないか、とか、作務衣なんか着て、求道者的な姿を見せたいというか、自分は人とはちがって孤高の位置にいるのだ、みたいな人。

団塊の世代に多いっていうのは、なんだかうなずけます。

残間さんは、退職後の見通しがあまりよくなくて“逃げている”人だ、みたいな視線を送っています。
蕎麦打ち大会まで、残間さんは取材していますが、蕎麦を商売にする気もなく、趣味にしても・・どうだろう・・という印象を書かれています。本気で蕎麦打ちに取り組んでいる人もその場には居たんですけどね。

蕎麦打ち男をまずは例にあげて、団塊の世代の人達の特徴などを書き連ねている、というのがこの本の内容で、けっこう残間さんは叱咤したり、鼓舞したりという書きぶりです。

で、私がこの本を読んで感じた団塊の世代の印象は、「ここではないどこか」を夢見ているような人、つらいこと、イヤなことを前にすると「自分はこんなところにいるはずではない」と自らをかえりみず、自分を取り巻くシチュエーション、環境に“恨み節”を唱える人・・という感じです(^_^;)自分が仕事をしていたときも、この世代の人達の多くはこんな感じでした。

“死ぬまで青春している”っていうのも、この世代の方々の特徴かもしれません。
様々な困難や、非常事態に襲われても、“どこ吹く風”( ̄O ̄;)他人事のように聞き流している様子もよくお見かけしました。

おのれを客観視することが少なく、自分が“歳を取った”自覚もなく、自分が主役だと思っている・・なんだかいいとこないけど(^^;)・・という気もいたします。

で、結局、大量にリタイアするという時がこの本の出版のあと、やって来たわけです。

どうなったか、・・自分さえよければいい、がっぽりいただいた退職金で好き勝手にやっている、世の役に立とうという人もあまりいない、現役世代に迷惑をかける・・ (・_・;などなど、想像どおりでした。・・私の知り合いのその世代の方々“ごめん”あなたたちは、そんな人ではありませんでしたよ(*^_^*)

ということで、団塊の世代の残間さんによる、団塊の世代への「喝」を入れた本を読んで私が感じたことをまとめてみました。

 

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