フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

2024/01/28

「龍を呑んだ写真家の 奇跡の写真/秋元隆良」を読み(見)ました。

20240128_akimoto_takayoshi_001

『龍を呑んだ写真家の 奇跡の写真/秋元隆良著(マキノ出版)』という作品に出会いました。

著者(写真家)は、友達から「駐車場に変なものがいるから撮影してくれないか」と頼まれ、実際に行ってみると水たまりの中で泡を立てたり、回転したり、クネクネと水を広げたり、水しぶきをあげたりしている小さな生き物がいたという・・・。

それを撮影し、近づいて地面に這って撮影していると口の中に何かが飛び出して入ってしまった。
それが「龍」だっというのです。

それ以後、この本に掲載されている龍のような雲が写真に撮れたり、実に不思議な写真がどんどん撮れて、しかもその写真を手にした人たちに幸運が訪れるという展開となり、信じられないけど、その写真をこの写真集で見せられたら・・本当なんだろうな・・と思うしかないような、そんなすごい写真ばかりが載っていました。

富士山の写真にも、『御神渡り富士』という山中湖の湖水が氷の膨張と収縮の繰り返しにより氷が舞い踊るようになった湖とその背後に霊峰富士というすごいものもありました。

驚いたのは出雲の神在月に、稲佐の浜(日本中から神々がやってきて上陸する浜)の弁天島を撮った写真には、白い物体が現れていて、「これは神様が大挙してやってきた」様子じゃないかというくらいの不思議かつ迫力のあるものでした。それが刻々と変化する様子が何枚も撮られているのです。

私も昨年の神在月に稲佐の浜に行きましたが、波と共に何か正体のわからない勢いのある「気」のようなものを感じました。
それがこれだったのか!と驚くばかり。

奇跡のような写真ばかりで驚きました。

実は、中学時代の友人が久しぶりに我が家を訪ねて来てくれて、二人して話をしていた時にこの写真家の話が友人から出たのです。
その話を妻にしたら、「その写真家の本、たぶん私持っているよ」となり( ゚Д゚)、あまりの偶然でしたが、こうして読んで、見て、ということになったのでした。

友と、そして写真家とのいい出会いになりました。

 

2023/12/10

とげぬき地蔵尊「高岩寺」に行ったときの話

20231210_togenuki_001

12月3日に落語会を聞きに巣鴨に行ったお話しを書きましたが、そのとき当然ながら「とげぬき地蔵尊」にも行ってみようということになりました。

商店街沿いに大きな門があり、すぐに場所はわかったのですが、不心得な私、すっかり油断して“物見気分”で入ろうとして、持ってきたカメラ『PEN』の電源を入れたのです。

すると・・驚いたことに電源は入れど、モニター画面は真っ暗!
何度も電源を入れ直したのですが、カメラの状態を表示する数値などは表示されても、画像は一切表示されません。まだ買ってから数か月の新品です。
何度も何度も試みましたが、駄目でした。

「はっ!」と気づきました。
神社仏閣やその他霊的な場所で、何かモノが見えたり感じ取ったりする人間にはよくこういうことがあると本で読んだばかりの妻が教えてくれました。

「お前が気楽に入ってくるような処ではない」と言われているのだ、と思いました。

あわてて、不心得をわびて、真面目にお参りしますと手を合わせると・・カメラの画像表示は復活しました・・。

 

 

20231210_togenuki_002

ということで、今回の写真の中には一番肝心な『とげぬき地蔵』のお姿は撮っておりません。※初代のお地蔵様はタワシで長いことゴシゴシされたので、ほとんど形が無くなってしまい、現在は二代目がその役目を果たしているのです。お姿は地蔵ではなく、観音様となっておりました。

今は、タワシではなく、皆さん持参したタオルで自分が痛くて治したい部分を洗っているのでした。
私もその写真は撮らずに、自分が首から右腕にかけて痛みが激しいので一生懸命持参したタオルで撫でました。

 

 

20231210_togenuki_003

かなりの行列になっていましたが、やはり気軽にお参りするような場所ではありませんでした。皆さん必死に自分の痛いところを水を掛け、タオルで必死に撫で洗いしていました。

帰りの電車に乗った頃には・・・あら不思議、さっきまであんなに痛くて物を持つのにも激痛が走っていたのに、痛みは消えておりました。

あれから一週間、まだその効果は消えておりません。
残念ながら妻は腰痛持ちで腰を撫でたのですが、いまだ効果が出ておりませんが(^-^;

 

2023/12/05

「京都でひっそりスピリチュアル/桜井識子」を読みました。

20231205_sakurai_shikiko_001

『京都でひっそりスピリチュアル/桜井識子著(宝島SUGOI文庫)』という本を古本で見つけ、読んでみました。

著者桜井識子(さくらい・しきこ)さんは、ブロガーで文筆家、霊能者の祖母と審神者の祖父の影響で幼い頃から霊や神仏の世界を身近に感じて育ったそうです。

やがて自身も霊能力を持ち、神仏の声を直接聞くことができるようになり、全国各地の神社仏閣、霊山、パワースポッなどを訪れながら、神仏を感知する方法、スピリチュアルな世界の仕組みと恩恵などを書籍によって伝えるようになったとのことです。

で、私がこの本を読もうかというときに、妻もこの著者の本を今まで何冊も読んでいたことがわかりました。
妻からの「とてもわかりやすくて面白いよ」との言葉に私もワクワクして読みました。

2018年発行ですから古本といっても、情報はそんなに古くはありませんでした。
この本では、京都の神社仏閣を訪れています。

事前の知識なしに読むと、識子さん(1962年生)が境内などに入り、ご本尊やいくつかの社などの前にくると神様やその他霊的な存在が語りかけてきて(その語りかけも文語調でなく、わかりやすい現代の口語に近い感じで書かれている)、自らの存在がどういうものなのかや、願い事をかなえてくれるのか、それともいろいろな条件があってそのうえで相談を聞いてくれるのか、など、とても面白く書かれています。

識子さんも相手によっては、失礼な質問をしたり、無邪気な話かけをしたりで、スピリチュアル本とは思えない楽しい本でした。
しかも、訪ねていくのは京都の有名な神社仏閣も多く、「ぜひ私も行って、神様とお話ししてみたい」などと思ってしまうのでした。

「そんなのウソだよ、信じられない」という読者も多数いると思いますけど、でも、私自身もこの10月から11月にかけて出雲大社、日御碕神社を訪れたときにけっこう何者かの存在を感じました。

日御碕神社からは、明らかに呼ばれていた感覚があり、訪れたときには「来たな」という雰囲気を感じましたし、その神社の裏側の山の上にあった稲荷神社まで行くと、強烈な霊気を感じ、実際に気温までかなり低くなり、私が声に出して話しかけると私に向けて葉を落として返事をしてくれたり、ということがありました。

出雲大社に行ったときも、本殿裏側の塀の外にもただならぬ神聖な霊気が漂っていて私も動けなくなるくらいの霊的な力を感じました。
隣にいた妻は「この裏側に来たら涙が出てきて驚いた」と言っていました。
あそこもすごいパワースポットでした。
以前、仕事での出張の途中、ささっと回ったときには何も感じなかったのに。

というわけで、桜井識子さんのこの本は、とても面白い本になっていました。
あまり何かを感じない人でも、興味深く読むことができる、とてもいい本だと思いました。
かなりな“おすすめ本”です。
また識子さんの別の本も読んでみたいと思います。


【NowPlaying】 I'll Take Romance / Jeri Southern ( Jazz Vocals )

 

2023/11/23

ブログ版、出雲・松江の旅まとめ その2

Pa310162
出雲・松江の旅まとめ、二回目は二日目の朝から。
ホテルを出るときに10月が私達夫婦の結婚記念の月とアンケートに答えていたら、二人に奇麗な玉のついたお守りをいただいて、うれしい気分で先ずは「稲佐の浜」に向かいました。

Pa310163
いわゆる世間の「神無月」には、出雲に日本中の神様がやってきて出雲では「神在月」となっているのはよく知られています。
で、真っ先に行った稲佐の浜から神様達がやって来るのだそうです。
浜の出島には「豊玉彦命」という海の神様がいらっしゃるので、そこに夫婦でお参りしてから(※お参りした時の鳥居の写真を見ると真ん中に鳥がとまっていて何だか縁起が良い(#^.^#))、波が押し寄せる時にやって来る神様の運気と共にその砂をいただきました。

Pa310171
その砂を今度は出雲大社に運びました。
たくさん、さまざまな社にお参りしました。

Pa310174
上記写真は、「東十九社」。全国から来た神様の宿泊所みたいな役割をしているところだそうです。巨大でした。

Pa310181

Pa310182
もちろん本殿にもお参りし、目指す「素鵞の社」に稲佐の浜で取ってきた「砂」を奉納しました。
そして素戔嗚尊(スサノオノミコト)が祀られているこの社でさらにそのパワーをいただいた「砂」をいただきました。これが日御碕神社へのお礼参りと共にもうひとつの出雲旅行の目的でした。

Pa310182b
私の体調不良もあり、この砂のことを知ってぜひお参りして砂を持ち帰ろうと思ったのです。弟夫婦が今年病で大変なこともあったので、弟夫婦のものも持ち帰りました。

Pa310199
無事神様のパワーの入った砂をいただいたあとは、大根島という島にある「由志園」という庭園に向かいました。
写真は素晴らしい日本庭園の池一面に並べられた「ダリア」の花!!

Pa310207
日々の手入れは大変な作業だと思いますが、ダリアの花は友好都市の「宝塚市」から提供されているものだそうです。実に見事。

Pa310226

Pa310228
その他庭園は、幽玄な感じのゾーンもあったりして、楽しめました。

Pa310228b
そして疲れてはきたものの、今度は美保関という島根半島東端の海と灯台を目指しました。
走行途中、「あっ」と気づいたのは写真の『ベタ踏み坂』。すごい角度と高さでした。
頂点はかなり遠くにあるので、目の錯覚も手伝って信じられない急坂に見えているようです。

Pa310248
美保関は、遠く隠岐の島が望め、灯台は石造り、明治31年に初点灯したものだそうです。
すごいところまで来たなと思いました。この海のずっと先には竹島もあるのです。

Pa310250

Pa310258
残念ながら新鮮な魚が食べられる「灯台ビュッフェ」は臨時休業・・(;゚Д゚)近くにお店も何もなく、クルマで走りに走りましたが食堂らしきものは無く、あきらめてコンビニ弁当で昼食ということになってしまいました。

Pa310266
宿は「湯之助の宿・長楽園」という玉造温泉にある老舗の宿で、夕方に滑り込みました。

Pa310281
ここはかつて昭和天皇ご夫妻、現上皇様ご夫妻、現天皇陛下も泊まられたとのことで、その部屋は見学できるようになっていました。
幾部屋も様々な部屋があったのですが、写真はその一部です。

Pa310282
拝謁の間やお召し替えの間、檜の風呂は上記天皇陛下だけが入られたもので、全然傷まずに保存されていました。

Pa310286
夕食は“身に余る”ごちそうをいただき、地酒も三種試飲しながらゆっくりと摂り、部屋に帰るともう“くたくた”でそのままあっという間に眠りの世界にいざなわれました・・。

2023/11/22

ブログ版、出雲・松江の旅まとめ その1

Pa300096

インスタグラムからfacebook経由で、10月末から11月初めにかけて行った出雲、松江ほかの旅の様子をざっとご紹介したのですが、自分の記録としてあらためてこのブログでまとめてみようと思い、書き始めました。

たぶん3~5回のアップで終えると思います。

初日から快晴。飛行機で出雲空港へ。
予約していたレンタカーで先ずは昼食へと。
出雲大社近くの蕎麦屋さんで、写真の「天ぷら付割り子そば五段重ね(妻は三段重ね)をいただきました。店内はけっこう満員!

丸い割り子に入った蕎麦につゆ(アゴだしといわれる、トビウオを使った出汁の味が絶妙)をかけて、それぞれの割り子には異なる薬味が入っていて、一段ずつ美味しく楽しくいただきました。ウマいっ!&幸先良さそうっ(#^.^#)

 

 

Pa300101
そこから今回の目的のひとつ、日御碕神社に向かいました。
Pa300113
Pa300123
十五年以上も前に、仕事で大苦境にあったとき、たまたま出雲に出張があり、偶然見つけた神社でした。そしてここにお参りしてから状況は好転しました。
今回は長い時間が経ってしまいましたが、そのお礼のお参りに来たのです。今回の旅の目的の一つ目です。
Pa300116
写真のように立派な神社ですが、実は裏の方に不思議な稲荷神社があり、そこがどうやら強烈なパワースポットになっていることは登ってみてわかりました。
Pa300117
以前来たときは上記写真の「狐(※・・首が刀のような鋭利なもので切り落とされていた)」前回も驚いたのですが、その首が落とされていた狐は小さな祠から左側に並べられて位置が変わっていたし、前回と異なり、きちんと祀られていました。
Pa300119
稲荷に別れを告げるとき、今回、温かく私は迎えられたような気がして、うれしくなって「また来ますっ!」と大きな声を出し、手を挙げると・・木の葉が私に向かって舞い降りて来ました。妻があわてて手に取り、渡してくれました。
これは神様からの返事だと思い、大事に持って帰ってきました。
この場所だけ気温がかなり低くて、それは前回も同じでした。すごい霊気でした。
Pa300139
続いて、日御碕まで行き、海と美しい灯台を見て来ました。
Pa300138
房総半島では見られない深い青を湛えた海は見ているだけで心安らぎました。
Pa300151
夕刻になり、初日の宿「月夜のうさぎ」に着くと、部屋には珈琲器具のセットと豆が置かれていて、「珈琲づくりを楽しんでみてはいかが」というような手紙が添えられていました。
とても温かい気持ちになり、毎日やって慣れている私が淹れ、妻と二人美味しくいただきました。
Pa300159
夕食も美味しいものばかりでしたが、いろいろなタイプの貸し切り風呂も有り、楽しめました。
Pa300162
Pa300163
夜十時を過ぎると「夜泣き蕎麦(拉麺)屋」がホテル内に開店(*^^*)、思わず食べちゃいましたが、ちょうどよいくらいの少ない量の醤油ラーメン、灯りに浮かぶ庭園を眺めながら食べて夜は更けていくのでした。

2023/06/17

横芝光町のギャラリー『笑虎』が閉められることになった。

20230612_syouko_001
私の中学時代の担任で美術の先生「南隆一先生」から電話があり、先生も三十年に渡り年末に個展を行っていた会場である横芝光町にある『ギャラリー笑虎』がこの6月26日で閉じられることになった・・とのことでした。

20230612_syouko_002

私も三十代半ばに先生と再会し、その後は長い付き合いになる中で、このギャラリー笑虎は思い出がたくさんあります。
先生の毎年少しずつ変化する作品にふれるのがとても楽しみだったし、この長屋門型の古い日本家屋のギャラリーを建てた棟梁が自分の建てたこの場所でハーモニカ・コンサートを開いたこともありました。

ハーモニカ・コンサートの最中に大きな地震があり、観客は騒然となりましたが、棟梁から「ジタバタしなくていい、俺が建てた家だ。びくともしない!」との言葉に皆、笑顔になったあの瞬間も思い出しました。

 

 

20230612_syouko_003
先生の教え子であり、私の中学の一年後輩にあたる古今亭菊輔師匠の落語会もギャラリーで行われたことがありました。
爆笑の会場に私もいましたが、後輩なのに貫禄ある堂々とした噺家ぶりに感動したことも思い出します。

20230612_syouko_004

最近では、私がこの笑虎に出掛けた際に、なぜか閉まっていてその日は定休日の旨貼り紙がしてあり、中を覗いてみても明かりもついていなかった。
しかし、そのあと別の場所で先生に会い、「おかしい、今日は開いているはずだ」と電話すると、私が行った時間には開いていてもちろん明かりもついて、お客さんもいた・・という恐怖の出来事もありました。

実は今回、訪れるのも最後になってしまうだろうと、カメラを持ってきてギャラリーを撮影しておこうと思ったのですが、カメラはどうやっても作動せず、やっと動き始めたかと思うと絶対にピントを合わさせない・・という事象が発生しました。
今回掲載している写真はその後仕方なくスマートフォンで撮ったものなのです。スマートフォンは動いた・・。

たくさんの思い出のある、いい会場でした。
あのハーモニカの棟梁が建てた立派な長屋門型のギャラリーは、やってきた人達の記憶にずっと残ると思います。

 

2023/04/21

「死の向こうへ/横尾忠則」を読みました。

20230421_yokoo_tadanori_001

『死の向こうへ/横尾忠則著(PHP研究所)』という本を読みました。
ブックオフで見つけました。わずか200円。この横尾さんの“摩訶不思議”な体験などが綴られた本がわずか200円・・。

1998年発行のものでした。横尾忠則さん62歳の頃。

もう、次から次へと横尾さんの「霊体験」が書かれているのですが、それはさかのぼって2歳の頃母親に背負われていた頃から死を意識していたと書かれている。

父や母の死を二人が元気な頃から意識し、自分の死についても幼い頃から意識していたことがわかりました。

三島由紀夫との死の三日前のやり取り、谷内六郎、柴田錬三郎との別れなども書かれていて、横尾さんはその都度、さまざまな不思議体験をしています。

一番強烈だったのは、瀬戸内寂聴さんが平家のことを書くことになり、源平の合戦のあった屋島に登ろうと、妻と共に寂聴さんに付いて行く横尾さんの話。

事前に寂聴さんのお姉さんの営む仏壇屋に寄ると、寂聴さんからそこにあった般若心経の経本をポケットに入れてもらう。

横尾さんがその夜ホテルに泊まると、階上からもの凄い数の馬と人間が何やら時の声を上げながら頭上をけたたましく駆けて行く・・。
あわてて、寂聴さんからもらった経本を手に取り般若心経を唱える。
奥さんがホテルの人に聞くと、このホテルの場所は源平の合戦のあった一の谷であったとのこと。

さらに、帰京するとレコード会社から仕事が来て、アルバムジャケットのデザインをしてくれとのことであったが、そのアルバムのテーマが偶然にも「平家物語」であったという・・。

さらにさらに、そのディレクターが持ってきたデモ・テープには平家の鎮魂歌が入っていたのだが、終曲には横尾さんが一の谷のホテルで聞いたあの合戦シーンの音声が挿入されていて、横尾さん唖然っ!!

さらにエンディングには、“般若心経”が逆回しになって収められていたのだそうです。

瀬戸内さんとの屋島の取材、般若心経をもらったこと、ホテルでの夜の合戦の音、ホテルの場所が合戦の場であったこと、アルバムデザインの仕事が平家物語であったこと、レコードには合戦シーンと般若心経の音声が収められていたこと。
・・すべてがシンクロしていて、私もこの部分で一番驚いたのでした。

横尾さんは、死を待ち遠しく思ったり、逆に恐れたり、自分の作品の中で死を表現したりと、「死」というものがいつも頭の中に渦巻いているようでした。

上記エピソード以外にも、不思議な出来事がたくさん書かれていました。
このところ不思議・恐怖体験が続いている私には共感することだらけの本でした。

 

2023/02/07

異空間に迷い込んだ話・後日談

20230207_another_world_001

このあいだ、このブログに、初めて出かけるところにクルマで向かって行ったら、いつまで経っても目的地に着かず、同じところを走っていることに気付き、すれ違う通行人も同じ人が何度も現れ、やっと目的地に着いたらそこはなんだかこの世の空間ではないように感じ、気付くと感覚がないのに失禁していて、あわてて逃げ帰って来たという話を書きました。

そんなことがあって、妻にもその話をしたわけですが、それから一週間後、妻は長男が幼稚園の頃のママ友とお茶をする機会にこの話をしたんだそうです。

そしたら、まず同じところを走っているような感覚になったという話と、すれ違う人が同じじゃないかと気付いたところまで話した段階で、「ああ〇〇から〇〇まで抜けるあの道じゃない?」とズバリ私が走った道を言い当てたというのです。

そのママ友の彼女はずっと以前から色々なものが見える人で、私のような年に何回か見てしまう、というような感覚ではなく、かなりいつも色々見えている人のようだということは何年来の付き合いなのでよく存じていました。

「あの道はヤバいよ」ということで(^-^;彼女も走ったときに気付いていたとのこと。
私が何度もすれ違った人は、「寂しい生活をしていた人で保護を受けていたんじゃないか、そして一人で亡くなり、その時失禁していたのだろう」と・・。
私が失禁したのは、その人が「私にある程度の霊感のようなものがあることがわかり、乗り移ったんだろう」ということでした(T_T)知らなんだ・・怖ろしい。

私なりに考えると、私にはあちらの世界へのアンテナのようなものが付いていて、時々受信してしまうのだと思うのです。

なので、昨年末のギャラリー喫茶が開いていて、お客さんも入っていたのに、私が行ったその場所は同じ時間、同じ場所なのに門が閉まり店に客もいなかった、あのとき、そして今回のクルマで出かけた時に経験したことは、たまたまアナザー・ワールドへのアンテナが受信状態に入り、私自身が誘いこまれてしまった・・ということなのだと思いました。

どこかに出かける時には、まだあの経験から時間も経っていないので、用心しています。
もう二度とイヤです・・。

 

2023/02/04

昨年に続き、異空間に行ってしまったようです。

20230204_another_world_001

今週の出来事ですが、ある場所(初めて行く所)に行く用事があり、クルマのナビをセットすると、距離は12キロほど、時間は30分程度で到着予定になっていました。

で、余裕をもって出発いたしました。

初めて走る道でしたが、走っても走ってもナビの画面は目的地に近づいていかない・・でもって、気付いたのですがずっと同じ道を同じ景色の中走っているようです。
似たような景色だなあと思っていたのですが、あれれ、道を歩く人とすれ違うとさっきすれ違った同じ人です・・。

ずうっと同じところを走っているのではないか、だんだん恐怖が増してきましたが、なんとか倍の一時間もかかって目的地に到着。
とても大きな建物があり、にぎやかな場所のはずなのに人影はほとんど見えない。

ものすごい寒気がしたのですが、クルマから降りて歩き出すと何かズボンが濡れている。
「えっ」と思ったら自覚なしに失禁していたのです。
ここは「この世ではない」と思い、あわててクルマに戻り、無我夢中で家を目指しました。

今度は30分程度で自宅に到着し、この世に戻れたようでした。
もうそのあとは洗濯したり^_^;大変でしたが、あまりの恐怖にその日は家から出ることができなくなりました。

強烈な恐怖体験でした。

数日後、妻に運転してもらい目的の場所に行きましたが、30分で着いたし、到着した場所は前回私が行った時と同じ時間帯でしたが、にぎやかで人もたくさん歩いていました。
駐車場でもクルマがたくさん動いていた・・。

昨年、古い日本家屋に入っているギャラリーに行ったときに、門が閉まり、閉店の看板が出ていて建物の中をのぞいても照明もついてなくて、誰もいないことがありました。

別の場所に行ってそのことを告げると「いや開いているはずだ」と電話すると、私が行ったときにはギャラリーは開いていて、お客さんも入っていた・・ということがありました。
このときも“異空間”に迷い込んでしまったようでしたが、今回も同様のことが起こったようです。

今は、塩を紙でくるんでテープで留め、身につけています。・・これはけっこう効果がある。
いまのところ異空間からの誘いは止んでいます。

 

2023/01/30

「美女という災難/日本エッセイスト・クラブ編」を読みました。

20230130_08_best_essay_001

『美女という災難 -'08年版ベスト・エッセイ集- /日本エッセイスト・クラブ編(文春文庫)』をブックオフで見つけ、読みました。

どのエッセイも面白い話、しみじみとする話、思わず涙する話、懐かしい話、夫婦の話、・・などなど・・が満載でとても良かったのですが、それだけでこの読後感をアップするのも何なので。

上記例のようなお話ではなくて、とても気になったものをひとつご紹介いたします。

日本史研究者で今や誰もが知っている磯田道史先生の「うぶだしや」というタイトルのエッセイです。

「うぶだし屋」とは、骨董品の買い取り業であるが、毎朝、新聞の死亡欄を丹念に見て、亡くなった人の遺品を買い出しに行くという・・そんな職業です。

磯田先生なじみの「うぶだし屋」に出かけると、段ボールに入った表装されていない絵をあさっている人がいて、その人の携帯に電話が入り、その場を外しているときにその絵を見ると、なんとも魅力的な少女(大正時代の山の手の育ちのよさそうな女学生が微笑んている)の絵ばかりだったとのこと。

あさっていたお客が全て買うことになっていたようだが、一枚主人が譲ってくれたとのこと。

その絵は大事にしまっていたのですが、家族からは「あなたが結婚できないのはあの絵をずっと大事に持っているからではないか」などと独身時代の磯田先生は言われていたとのこと。

その絵の裏側を見ると、絵画教室に通っていたらしく、先生の講評が記されている・・。
で、気になって出所をうぶだし屋に聞いてみると・・その家には明治・大正期の政治家の書簡がごっそりあった、さらに調べると、伊藤博文の友人で通信社を創業した社長宅であったとのこと。

絵を描いていたのはその令嬢で、若くして亡くなり、自分がもし元気であればこんな女性になっていたはずだという絵を描いていたのだというのです。

なのでうぶだし屋が買い取った書簡の中には近衛文麿の令嬢に対するお悔み状などもあったとのこと。

で、話は飛ぶのですが、なかなか女性と付き合うことのなかった磯田先生、ある日女性から青山墓地の桜が奇麗だからと花見のデートに誘われよろこんで出かけたとのこと。

誘ってくれた女性は顔は知っていたがそれほど親しくなかった、なのに電話で誘いをかけてくれた。
しばらく歩いて「桜、きれいね」と女性が立ち止まったところで、背後に磯田先生は気配を感じた。
目を移すと、そこにはあの絵を描いた令嬢の名が入った墓石があった・・(・_・;)・・享年二十七歳、昭和九年没」と記されていたとのことです。

今回、これがいちばん衝撃的な話でした。

そして花見に誘ってくれた女性とはそれっきりになったのだそうです。
磯田先生はいまもその絵をもっているとのことでした。

 

より以前の記事一覧

2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    

最近のトラックバック