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2022/06/17

石田衣良さんの「小説家と過す日曜日」を読みました。

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『小説家と過す日曜日/石田衣良著(文藝春秋)』を読みました。
いつものとおり、ブックオフにて200円でしたd(^_^o)

この本は、「石田衣良ブックトーク・小説家と過す日曜日」というメールマガジンの1~12号をまとめたものなんだそうです。

それぞれの号の内容としては、毎回「ショート・ショート」「ワイドショーのコメンテーター的発言」「衣良さんと小説の登場人物が二面性を持って語るエッセイ」「読者とのQ&A」「ブックレビュー」「しくじり美女との対話」が盛り込まれていて、いやもう大充実の“濃さ”です。

読んで見て、実際には、これを毎月メールマガジンとして発刊しているわけで、たいへんな作業だと思います。

本と創作の話、時代や社会の問題、恋や性の謎、プライベートに関わる親密な相談・・などなど、衣良さんがおもしろいと感じ、興味をもつことに対する思いは、とどまるところを知らないという感じです。

多岐に渡る内容の中で気になったことを少し取り上げてみます。

定額制の音楽聞き放題や、ドラマ・映画の見放題のサービスについて(いわゆる“サブスク”ってやつです)、聞き放題で月数百円として著作権をもつアーティストへの対価は、割り算をしたらずいぶんと少ないんじゃないか、そして視聴者の多くが似かよったソフトしか楽しまなくなるんじゃ・・とおっしゃっています。

自分でソフトを探し、目の前に“垂れ流されて”いるものを楽しむだけでは、よい趣味や自分なりのセンスを育てる力が弱くなっていく・・とも。

50年代のジャズや、70年代のロックを聴くマニアはごくわずかになって(・・私みたいなヤツですね…σ(^_^;))、恐ろしいことだという石田さんの気持ちはよくわかります。

もうひとつ

音楽の歌詞がくだらない説教みたいになりましたね、とおっしゃっていて、これも同感です。
みんな仲良くだとか、家族最高とか、桜はきれいみたいな歌ばっかりになっていると。
表現レベルがなんでこんなに落ちたのかと言っていて、私はそれに加えて、歌っている人は、日本人で、日本語で歌い、歌っている相手も日本人なのに、何を歌っているのかわからないとものが多いと思います。

なんとか英語みたいに聞こえるように“ウェイ”とか“ドゥエイ”などと歌っているので、歌詞は、さっぱりわからず、時々日本語らしい痕跡を発見(聴)している有り様です。
はっきり言ってみっともないです。こんな発音をふだんしていたら、恥ずかしいでしょう。

「譜割」も、その日本語の単語を解体して発音し、次の単語に半分くっつけたりしているので、何がなんだかわかりません。この“カッコワルイ”歌い方、いいかげんやめてほしいと思いますが、それをやめたら、その曲が“貧相”な曲だということがバレてしまうので、やめられないのでしょう。

などと、グチを言いつつ、今回の石田衣良さんの本についての感想を終わりたいと思います。

 

2022/05/25

「世界の名言100選 -ソクラテスからビル・ゲイツまで-」という本を読んだ。

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『世界の名言100選 -ソクラテスからビル・ゲイツまで-/金森誠也・監修(PHP文庫)』という本をブックオフで格安にて購入。中身はそれほど確かめずに買ってしまったものですが、それなりに読めました。

かなり有名な、誰でも知っているような名言もありましたし、昔の哲学者の名言は、よく読んでみてもなんだかわからないものもあり・・(^_^;)

いきなり、ひとつめの「万物は流転する/ヘラクレイトス (BC540頃~BC480頃)」のページに書かれていたことが気になりました。

神々は決して世の中を救ってはくれない。生起する万物は全て運命に従っているだけなのだ。
という根本的な考えがあり、そして、人がひとたび怨念に駆られると、それが原因で戦争が起こり、ついては国土が荒廃し、国民が消滅することもある。

と、警告していたのだそうです。
二千何百年前から人類はこういうことに気づいていて、それなのに、今でもまだそんなことをしている・・そうだったのか、と思うと同時に、現在の世界の状況をみて、がっかりしたりもするのでした。

次に気になったのは、ローマの二大小説の一つとされる「サテュリコン」に登場する老人の言葉として、この本に載せられていた言葉です。

財産を増やすことしか考えない人間は、富以外の何者かを高く評価する者を許さない。

・・こんなやつ、毎日テレビに何人も出ているし、かつての職場や、いろいろなところにいた気がする。

1901~1909年までアメリカ大統領に在位したルーズベルトの下記の言葉に、誰だっけ?!同じ様なことを言っていた人がいた気がすると思いました。

ルーズベルトの言葉→「できるか」と聞かれたらいつでも、「もちろん」と返事をすることだ。それから懸命にやり方を見つければよい。

・・!!思い出しましたd(^_^o)プロ野球巨人軍の中畑清さんが新人の頃、コーチに、いいか、試合に出たかったら、監督(長嶋さんのこと)に「清、いけるか、調子はどうだ?」と言われたら、どんなに不調でも「もちろんいきます、絶好調ですっ!」と言え、と言われたケースに似ていると思ったのでした(*^^*)
なんとかなるんだよ'(*゚▽゚*)'

ハイデッガー(1889~1976)の哲学的著作ではなく、エッセイの中での言葉も気になりました。

人間は原子力エネルギーによって生きていけず、逆に滅んでいくだけだ。たとえ原子力エネルギーが平和目的にのみ使われたとしても。

単に原子力を兵器として扱った場合ではなく、物質的な危険性や、事故災害があった時などの精神的な危険性までを予言している貴重な言葉だと思いました。

でも、人間は事故があっても、戦時にこんなことがあるとわかっても、学習しないのですよね。むしろ、核兵器を持たねば、などと言う者まで現われている。

ということで、いくつか実例も挙げつつ、感想を書いてみました。
この本には、“世界の”というタイトルなので、日本人の名言は載っていなかったのですが、日本人の名言も探してみたくなりましたよ。

 

2022/04/15

「オノマトペがあるから日本語は楽しい -擬音語・擬態語の豊かな世界-」を読んだ。

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『オノマトペがあるから日本語は楽しい -擬音語・擬態語の豊かな世界-/小野正弘著(平凡社新書)』という本を読みました。
これもまたブックオフで超安価で手に入れました。

開いてみると、後半のオノマトペの歴史的な考察の部分には、この本を売った人の鉛筆書きの“線”や“丸”がいっぱい引かれていて、それが気になって後半は“気もそぞろ”になってしまい…σ(^_^;)歴史的考察については頭に入りませんでした。

「オノマトペ」・・擬音語・擬態語なしに、私達の言語生活はあり得ないわけですが、それについてこんなにムキになって書かれた本も珍しく、楽しく読みました。

笑ってしまったのは、劇画「ゴルゴ13」のゴルゴが煙草に火を付ける時のライターの音「シュボッ」の音について、なにか、こすれた感じ、勢いよく広がったり、ふくらんだりする感じがあるというのですが、これには私も同感d(^_^o)

で、著者はゴルゴの全巻を用意し、「シュボッ」が最初に登場するシーンを探し出すのですが、意外や最初は「チャッ」でした。・・著者はショックを受ける(^_^;)

「シュボッ」はいつでで来るのかと読み進むと第三巻では「シュパッ」となっていて、またもやショック!(^^;)

さらに読み進み、第11巻で「シュボッ」が登場するのですが、そのライター点火音は、ゴルゴではなく刑事同士が煙草に火を点けてやるシーンだったのです。

著者も“根性”で読み進み、第35巻にてやっとゴルゴ自身が「シュボッ」と火を点けるシーンが出て来ます。
ここで力尽きて150冊を越える「ゴルゴ13」中の「シュボッ」状況確認の作業を終えます。「このあたりで満足しておくのがよいだろう」(^_^;)と。

「シュボッ」だけでも上記のようにとことん行ってみる著者をたちまち好きになってしまいました。

川端康成の「伊豆の踊子」に、『ことこと笑った』という表現が出て来て、それについてもいろいろと考察しています。

この『“ことこと”笑った』が出てくる部分を引用すると、下記になります。

仄暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思ふと、脱衣場の突鼻に川岸へ飛び下りさうな格好で立ち、両手を一ばいに伸ばして何か叫んでゐる。手拭もない真裸だ。それが躍り子だった。若桐のやうに足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうつと深い息を吐いてから、ことこと笑った。子供なんだ。

読んで見ると、“感じ”がわかります。
「ことこと」にもなんとなく納得できそう。

たった二例でもこれだけ面白いので、この本全体については、とても楽しく読めました。
「言葉」についての本、いろいろと読んできましたが、これも良い本でした。

 

2022/04/14

周りで使われていてよくわからない言葉をあらためて調べてみた。

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私はよく“世捨て人”などと身内からも言われ、今流行っているヒット曲もほとんど知らないし、それを歌っている人も知らないし、SNS や若い人の間で使われている言葉についても、意味を知らないものや、使い方がわからないものが多いのです。

少しこのあたりで、その「謎」を解いておいた方がいいかもしれないと、日頃わからないままになっていた言葉について自分で調べてみました。人に聞いても笑われるだけだと思いまして。
では、ひとつずつ。

いきった → お笑い芸人などが使用しているのを聞きました。当然のことのように使っているが、なんとなく“こんな意味かな”と思いつつ過しておりました。

元々は関西方面の言葉らしいです。「いきがる」に近い意味のようです。関西では日常的に使われてきた言葉だそうですが、テレビなどで「皆、わかっているのが当たり前」のように使われていたので、もう関東圏でも普通に使われている言葉なのでしょうか。
たぶん、私は今後も使わないと思います。言葉が身体に染みついていません。


エモい → これもよくわからなかった。語感から感じたのは、「気持ち悪くて吐きそうだ」という意味かと思っていました。でも使用例をみていると、どうやら違うみたいです。

心地の良い懐かしさや良質なセンチメンタルに襲われたときに使う・・んだそうです。
ってことは、「エモ」っていうのは「emotional」の意で使っているのか・・。
これもたぶん一生使わない言葉だと思います。申し訳ないけど、使っている人って、およそ“エモーショナル”な感情とはほど遠い感じの人が多いという印象です。


ぴえん → ちょっと悲しい程度の意味ですよね。これはなんとなくすぐにわかったけど、小学生までなら使っているのが“可愛い”と感じられますが、いい大人が使うのは、幼児的でみっともないと思いました。
幸いなことに、テレビその他私に直接関係ないところで使われていて、私の周囲では誰も使っていないので安心して過しております。


“超チル”あるいは“チルい” → 心身がリラックスした状態 「chill out」から来た言葉のよう。USEN放送のチャンネルに「chill out music」というのがあって、それで「chill out」という言葉自体を初めて知りました。
チル・アウトなんて日常使っている人を見たことがありますか。なんか、あやしくて、キザで“浅はか”な言葉だと思い、無視することにしています。


バズる → これはものすごくよく聞く言葉でした。テレビ番組などでもコーナー名に使われているし、完全に誰もが知っている言葉、使っている言葉として使用されているのが確認できます。

インターネット上で爆発的に話題になる。SNS上で一挙に話題が広まる。・・そんな感じですよね、きっと。

語源は 「buzz」らしく、蜂や機械の「ブンブン」「ブーン」という音の意で、ざわめきや噂話、評判などをその音になぞらえているようです。
申し訳ない・・。これも“バカっぽい”ので使わないです。


言えば → これも関西のお笑い芸人、あるいは関東でもお笑い芸人がよく使っているのを耳にします。「いきった」と同じく、関西芸人から関東芸人へ、そして一般にも拡がっている言葉かもしれません。「言うなれば」という意味で使われているように思われます。

傾向として“安い”芸人・タレントが主に使っているようなので、これも私は使わないと思います。ごめんね。

というわけで、“世捨て人”の私として、今後使ってみようという言葉はありませんでした。
“ご静読”ありがとうございました。

 

2022/04/03

テレビのコメンテーターなどが使う気になる言葉

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以前にもいくつか書いたことがありますが、特にテレビのコメンテーターなどがあまりにも当然のように使う“気になる言葉”や“カタカナ語”があります。

今、思いつくままに例を挙げてみたいと思います。

ガバナンス・・・統治とか、管理、支配という意味があると思いますが、その体制構築についても意味合いとして使っているように思います。
でも、「“管理体制”をしっかりとした方がいい」などとコメントすればいいんじゃないかと、いつも感じています。
なんだか、わざと難しそうに、えらそうに言っているだけじゃないか・・と思うんです。

イノベーション・・・これもよく使う人がいます。
“革新する”とか、“新しい技術や手法などを取り入れる”という意味で使っていると思いますが、わざわざ“カタカナ”で言うまでもないと、いつも思います。
自分が時代の先端にいるんだ、みたいな“気取った”人が使っているような気がしますよ。

出口戦略・・・これも“あやしい人達”がよく使っている気がする。
なんとなく感じているのは、「損害を小さくして、撤退するための作戦」みたいな感じで使っていると思うんですよ。
でも、“ぶっちゃけて”言うと、「いままで“ああだこうだ”とやってきたけど、どうもうまくいかない。てきとうに言い訳して逃げちゃおう」ということだと思います(^_^;)
さんざんえらそうに“これしかない”みたいなこと言ってやらせておいて、言いだしっぺが真っ先に逃げ出す時に使う言葉・・と理解するのが正解だと思います。

コンテンツ・・・中身、内容の意味だと思いますが、この言葉も、ちょっと時代の先端にいる“ふり”をしている人が「“コンテンツ”が、いちばん大事だ」みたいなこと言っている姿が目に浮かびます。
その先は言わないので、どういうものを作っていけばいいのか、ということにまで考えが及んでいない人が、それを誤魔化すときに使う便利な言葉だと思います。

グランド・オープン、グランド・メニュー・・・これもあやしい感じがしますよぉ(^^;)
本来の意味としては、「正式に開店する」とか「常に出されるメニュー」程度のものだと思います。
でも、あえて“グランド”を使っている人達は、もっと“えらそう”で“盛大”なイメージを喚起させる意味合いで使っていると思いませんか。
そんでもって、グランド・オープンしたお店や、グランド・メニューを開いてみると・・たいしたことないです (・_・;
ようするに自信があるなら、こんな言葉使わないってことだと思いました。

アサイン・・・最近よく耳にします。当然のように使われていますが、なんのこっちゃか普通に暮らしている人にはわからないと思います。
「任命する」とか「割り当てる」などという意味だと理解していますが、だったらこの「アサイン」なんて言葉使う必要がまったくないと思うんです。あんた日本人だろうっ!っていうのが私の答えです。

いま思いつくのは以上です。
まだまだいっぱいあると思いますが、あやしい言葉、うろんな言葉には、くれぐれも気をつけたいものですd(^_^o)
使っているヤツは、この言葉よりも“あやしいヤツ”です。

 

2022/03/30

高校の国語教科書に「論理国語」と「文学国語」が出来たことを知った。

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ラジオや新聞報道で知りましたが、2023年度以降に使われる高校教科書の国語に、表題のように「論理国語」と「文学国語」というものが登場するのだそうです。

文学国語の方は想像がつきます。小説や詩歌を扱って、感性・情緒を育成、文学関連の評論なども入るとのこと。

で、目に付いた論理国語では、評論や実用文を扱って、論理的な文を書き、批判的に読む力を育成するんだそうです。

で、どちらも4単位で、どちらかを選択することも出来るんだって・・(T_T)

ラジオで言っていたのは、最近の生徒は、問題を理解して読むこともで出来なくなっていて、数学の問題も理解出来ないので、問題が解けないなどという現象も出ているとのこと。
国際的な学力測定で日本が低い位置に甘んじているのもそれが理由だと言う・・。

上記のようなことを知って、直感的に私が思ったのは、「本を読んでないからじゃないの」でした。

文学でもその他色々なジャンルでもいいから、一ヶ月に何冊読んでるの?と思いましたよ。
たぶんね、“たぶん”だよ、論理国語という教科書を作って、論理的な文を書ける・理解できる人間を育てようと考えた人達は、一ヶ月に一冊も本を読んでいないでしょうね。読んでりゃこんなこと考えるはずがないよ。

最低でも一ヶ月に4~5冊本を読むことをすれば、問題は解決してしまうでしょう。

私が国との関わりを持つ仕事をしていたときに、国からFAXやメールで、どんどん送られてくる文書は、「言わなきゃならない、やってもらわなきゃならない事は全部網羅し、その理由もぎっしり書いたからね!」というものしかありませんでした。
でも、いくら読んでも何が書いてあるのかわからないのです、日本語で書かれているのにです。

皆で、「何が言いたいんだろう、何が書かれているんだろう、何をすればいいんだろう」と顔を見合わせるわけです(^_^;)そして肝心なところ、なるべく“ぼかしたい”ところは、ぎっしりと書かれたやってほしい文の中にうまく“まぜこぜ”にして隠しているのでした。

で、私が普通の人が使っている日本語に文章を作り直して皆に見せると、「なぁんだ、そんなことか」となるのでしたd(^_^o)

日本語で書かれているが、日本人に理解出来ない、そんなわけのわからない文章を書く人間を育てようとしているとしか思えません、私には。

昔よくあった家電品やパソコン、携帯電話のマニュアル本なども、「とりあえず全部書いた」みたいな悪文ばかりでした。こんなの書く人を育成しようとしとるんかね?と思いましたよ。

私がその悪文を作り直す時のやり方は、論理的な文と、情緒的(文学的)な文章について、頭の中にダイヤルが有り、右側が論理的な方だとすると、少しずつ左側の情緒的に方に捻って丁度わかりやすいところにチューニングして書いていくわけです。

何もかも全部網羅し、順列も滅茶苦茶、やらなきゃならない理由などもうまく誤魔化している奇態な文章を解きほぐして、一番いいたいところには、情緒的な調味料をパラパラと振りかけるのです。

論理と文学を分けているところから既に国語的ではないのです。
その加減をうまくやるには、多くのジャンルの多くの本を読み、頭の中に栄養として取り入れるのが一番・・だと私は思う、ということでまとめて今日は終わりにします。

ニュースで今回の教科書の話を知って、15分で書いてみました。

 

2022/03/24

大野萌子さんの「~よけいなひと言を好かれるセリフに変える~ 言いかえ図鑑」を読みました。

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『~よけいなひと言を好かれるセリフに変える~ 言いかえ図鑑/大野萌子著(サンマーク出版)』という本を読みました。
本屋さんの新刊本コーナーで見つけ、パラパラと頁をめくり、「うむむ・・できるっ!おもしろい」と思い、読むことにいたしました。

企業内カウンセラーとして長年の現場経験があり、コミュニケーション、ハラスメント、メンタルヘルスに関連する研修・講演をされている方だそうです。

読んでみて、私がこれは、と思った「言いかえ」を何例かご紹介します。どんな感じかわかると思います。

〇それでいいんじゃない → とてもいいと思うよ

言いかえる前だと、「あなたがやるならそんなもんだよね」って言われた方は思ってしまいそうです。


〇要領がいいね → 仕事が早いね

これも言いかえ前だと、ちょっと“ずるがしこい”感じに受取りそう。


〇知ってる、知ってる → 私も先日知りました

言いかえ前は、「そんなのとっくに知ってるよ」っていうふうに受け取られそう。
知ったかぶりをする人が、どんどん話に食い込んでくる感じです(^_^;)


〇悩みがなさそうだよね → いつも元気そうだね

必死に笑顔をつくって話をしているのに、こんなことを言うヤツが今までに何人もいました。「ニコニコして楽な仕事してるんだろうね」と言われたこともありました。「お前よりは大変な仕事だ」と言ってやりたかった。


〇それどこで買ったの? → 参考までに買ったお店を教えてもらえるとうれしい

どこで買ったの? いくらしたの? そのバッグどこの? 休日は何をしていたの? だんなさんは何をしている人? などなど、次々と立ち入ったことを平気で聞くヤツがいます。「あんたとはそんなに仲良くないよ」と言いたいことがあります。


〇聞いてる? → 今の話で、わからないところはないですか?

イヤな上司に言われたことがあります。「おれの言うことがわかる?」とも言われたことがありました。あまりに幼稚な話をしているので、呆れていただけなんです。


〇あなたには、まだできないと思うけど → やってみてわからないことがあれば聞いてね

最初っから、できないと決めつけているならやらせるな、と思いますが、ある職場で誰にでもこんな言い方をする上司がいました。自分が一番優秀だと思っていて、鼻持ちならないヤツでした。


ということで、ほんの一例でもこんな感じです。
実に勉強になりましたd(^_^o)

 

2022/03/19

「悩ましい国語辞典/神永曉」を読みました。

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『悩ましい国語辞典/神永曉著(角川ソフィア文庫)』を読みました。
著者は、辞書編集37年の辞書編集者。千葉県出身で、途中方言の話なども出て来て、これが千葉周辺の“方言”?っていう言葉も発見して楽しく読みました。

さっそく私がちょっと気になったところをご紹介します。

「“きんきん”に冷えたビール」

「パソコンが“さくさく”動く」

「気持ちが“ほっこり”する」

「“うるうる”した瞳」

これらの表現は、今ではほとんどの人が理解できるし、使っている人も多いと思いますが、でも、私が子供の頃には聞いたことのないものでした。
私くらいの年齢になると、親しい人との会話では使いますが、自分より上の世代の人には使わない感じでしょうか。


「つーか」

「うざっ」

「は!?」

上記、三つについては、私、使いません。
私が使われる側だとしたら、“喧嘩を売っている”ように聞こえてしまうからです。
・・目下から言われたら、そいつとは二度と会話しないかも。


冒頭で書きましたが、共通語だと思っていて、方言だと知った言葉

「~はぐる」

<~しそこなう>の意で、「死にはぐった」などと使っていたのですが、千葉や茨城などの方言のようです。知らなかった。

俳優で千葉市出身の永島敏行さんが、「あおなじみ」が千葉の方言だとは知らなかったと、以前ラジオでお話されていましたが、「青アザ」「青タン」っていう方がポピュラーなんですってね、これも知らなかった。


「真逆(まぎゃく)」

2002年~2003年頃から急に使われ出した新しい言葉だそうです。
私の世代だと「正反対」と言っていました。

「真逆」を最初に聞いたときの私の“違和感”はかなりのものでした。
強調の仕方が“押しつけがましく”感じて、ちょっと気持ち悪い言葉だと思ったのです。
だから、・・いまだ使うことなく過しております。

400頁に及ぶ本で、ちょっと時間がかかりましたが、私が間違って使っていた言葉も多く発見し、とても興味深く読むことができました。

 

2022/03/14

糸井重里さんの「みっつめのボールのようなことば。」を読みました。

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『みっつめのボールのようなことば。/糸井重里著(ほぼ日文庫)』という本を読みました。
ブックオフでみつけたものです。
不思議なタイトルだな、と思ったら、「ボールのようなことば。」「ふたつめのボールのようなことば。」という二冊が既に刊行されていて、その続編でした。

1998年から続いている「ほぼ日刊イトイ新聞」に書かれた原稿から、こころに残ることばを厳選してまとめられたものとのこと。
この本では、2014~2016年に書かれた3年分からまとめられています。

読んでいて、全部が私にとってよく“入ってくる”言葉というわけにはいきませんでしたが、中でも気になった言葉を少しご紹介します。


じぶんが正しいかどうかについては、

じぶんだけで決められることはなさそうだが、

じぶんが誠実かどうかについては、

じぶんだけでほんとうの答えがわかるはずだと思う。


・・そうだと思いました。前回のブログに続いてだけど、どっかの大統領にもこの言葉を聞かせてあげたい。


たのしいことを見つけるより前に、

「これはたのしいですよ」ということが、

ひっきりなしに流れてくるのが、現代というものだ。

テレビだとか、ゲームだとか、スマートフォンだとか、

「ここにたのしみがありますよ」と教えてくれる。

・・・・・・・間省略・・・・・・・・・・

たのしいことというのは、だれかがくれるものではない。

だれかだとか、なにかだとかといっしょに、

じぶんで生み出すものだ。

・・・・・・・間省略・・・・・・・・・・

「たのしい」は、もともとあなたが持っているもので、

あなたの「なかに(!)」あるものなのだ。


・・・たのしいことは何だということを教えてもらいたがっている人が多すぎる、と私も思います。


怒鳴る人は、じぶんに弱みのある人。

威張る人は、威張らないと立場がない人。

責める人は、じぶんが責められたくない人。


・・・まんま、仕事をしていたときの上司のほとんどに当てはまりました。あてはまらなかったのは、ほんの数人。


というわけで、自分でわかったような気になっていたことをあらためて「ことば」で実感するという本でした。

 

2022/03/13

落語「粗忽(そこつ)長屋」を聞いて感じたこと。

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日曜朝の立川志の輔さんがゲストを迎えて、そのゲストと二人で落語を聞くという番組を聞きました。
ゲストはBS日テレ「深層NEWS」の隔週金曜日を担当する鈴木あづさキャスターでした。
報道局の現役記者で、最近は「水野梓」の名で社会派ミステリー小説も書いて作家デビューもしています。

志の輔さんと二人で聞いたのは、五代目・柳家小さんの「粗忽長屋」でした。

話は、身元不明の行き倒れが出た現場に出くわした八五郎が、死んでいるは同じ長屋の熊五郎だと言い、今から本人の熊五郎に「お前が死んでいる」と言って連れてくると長屋へ引き返します。

熊五郎はワケがわからずに説得され、現場に二人でやって来て「これはオレだ」と悲しみます。

周囲の者はそんなわけないと呆れるが、熊五郎も八五郎も納得しない・・(^^;)という話なんです。
小さんの“引き”の芸が見事でした。聞いているこっちも身を乗り出して現場の輪に加わっている感覚になりました。

この「粗忽長屋」を小さんの弟子であった立川談志は、『主観長屋』とタイトルを変えて演じていたそうです。

ようするに、粗忽などということでは計りきれない“強すぎる主観”を持つ人が起こす騒動ととらえたのです。

常識と非常識の戦いです。
死体を見守り、誰かこの人を知らぬかと言っているのが常識側。
この死体本人に死んでいることを教えてくる・・というのが非常識側。
なんだか自分が死んでいると説得されてしまう中間にいるのが、熊五郎。

非常識も細部だけ見ればうなずけるところがあり、それを積み上げると相手を納得させてしまう。
そして、“問題なのは”→非常識側の人間は、自分ではそれが常識だっ思っているということ。

なんか“超最近”に起こっているどこかの国の大統領・・非常識側の八五郎と“瓜二つ”です。

これは、この日のゲストの鈴木あづささんも気づいて、中国の幹部の人達にインタビューしたときも、世界が見ている中国と、幹部が見ている世界の中の中国はまるで異なっていて、まったくそれに気づいてもいないということでした。

落語を聞いただけで、これだけのことを考えることが出来たのですが・・あの戦争を止めない大統領、日本の柔道好きで知られていますが、落語も好きになって、「粗忽長屋(主観長屋)」を聞いてもらい、「あっ!」と、自分の非常識に気づいてもらいたいものです。

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