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2016/12/22

ビートルズ作品を味わうために買った「ビートルズ作品英和辞典」

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『ビートルズ作品英和辞典/秋山直樹著・編集((株)ブイツーソリューション)』という辞典を手に入れました。
「ビートルズのオリジナル作品214曲の歌詞に登場するすべての単語を使用箇所ごとに分析・分類」とうたわれていて、最初に見つけたときは「なんじゃこりゃ」という感じで手に取ったのですが、・・だんだん欲しくなってきて・・ついに手に入れることになりました。

あのビートルズ資料館の野口さんも、最近のイベントでビートルズの詩に重きをおいた企画をされているのを facebook で拝見して、「ビートルズの詩についても聞きながらちょっと注目してみようか」なんて私も思い始めたのです。

単語のみ取り上げているのかと思いきや、「O」の項目には、「Ob la di,ob la da,life goes on,bra」なんてのも取り上げられていました。
ヨルバ語?1960年代にロンドンで活躍したナイジェリア出身のコンガ奏者 Jimmy Scott の口癖などと解説されていて、そういえばそんなエピソードをどこかで聞いたことがあるぞ・・なんて思いつつ、少し楽しくなってきました。

「do」や「know」なんて単語では、それが登場する曲を数頁に渡って例示し、それぞれこんな意味で使っているのでは、というものを挙げています。
けっこう今まで知らなかった意味があるかもしれないと、今からわくわくしています。

というわけで、日々ビートルズの曲を聞くときには気になった歌詞の部分をこの辞典も利用して読解してみようと思います。

「shoot」のところで、撃つ、射るのほか、麻薬を注射するなんて俗語も挙げられていて、ジョンのことを思うとドキッとしました。


【Now Playing】 月の光 / パトリック・ガロワ ( Instrumental Music )

2016/11/21

「福井謙二と水谷加奈のコトバのヒロバ」を読んだ

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『コトバのヒロバ -うなって笑える日本語の話-/福井謙二・水谷加奈(講談社)』という本を読みました。
これは文化放送のラジオ番組「福井謙二グッモニ」の人気コーナーを本にしたものだそうです。
残念ながらこの番組は聞いておりませんので、この本での出会いが「コトバのヒロバ」との最初の遭遇となりましたd(^_^o)

で、本屋で立ち読みした瞬間に「これは面白そう」と思い、買ってきました。
その後はあっという間に読了。初めて知ることばかりの楽しい時間を過ごせました。

例えば、「ちんたらやってんじゃねぇ」の“ちんたら”って、江戸時代から鹿児島県で焼酎を蒸留するのに使われていた蒸留器の一種で、「ちんたら」ってのが本当にあったのだそうです。
「ちんちん」と釜が音を立て、「たらりたらり」と蒸留する様子から「ちんたら蒸留器」と呼んでいたということで、それがもとになり、ダラダラするという意味が「ちんたら」として全国に広まったという・・・知らなかったよ、びっくりです!

私がふだんからよく使う「おたんちん」と「おたんこなす」。
これも聞いて驚く意外な事実。昔の遊郭で使われていた言葉で、漢字で書くと「御短珍」。
つまり男性器、短いチンのことで、遊郭の女性がイヤな客のことを陰で「あのおたんちんが!」などと使っていたのだそうです。

では「おたんこなす」は、御+短+小茄子。つまり短くて小さいナスのこと。
「おたんちん」と同じ使い方なのですって(^^;)

要するに男性に対する辱めの言葉なんですね。
男女問わず使っていたなぁ(^_^;)
ほんと、意外だったわぁ・・。

たくさんある中からもう一つくらいいっときますか。
何かに夢中になるとき「めろめろになる」なんて言いますが、この「めろめろ」が鎌倉時代から使われていた古い言葉なんだと聞いてまた驚きました。

「めろめろとはぐる」などというように、薄いものがたやすく剥げるときの擬音として使われていたものなんだそうですよd(^_^o)
時代と共に炎が「めらめら」と燃え上がるの意味から転じて現在使われている「ハートに火がつく意味」や「物事におぼれて腰くだけになる意味」として「めろめろ」が使われるようになったんですって!

もう、こんな話が“い~っぱい”のこの本、福井さんと水谷さんの絶妙の掛け合いも伴って、とても愉快な本となっていました。
これもおすすめ本です。


【Now Playing】 ラジオ深夜便 / 佐藤よし子(英国食卓史研究家) ( NHK-AM )

2016/08/27

つまらないおとこの話

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テレビを見ない私がラジオで聞いて少し気になったのが、民進党の蓮舫さんが党の代表を降りた岡田さんについて「大好きな人です」と言ったあとに、一緒に仕事をしてきて「ほんとうにつまらない男」と発言したという話題です。

蓮舫さん本人はユーモアのつもり?!で発言したらしいのですが、どうやら批判殺到ということになり、岡田さんに謝罪の電話をしたとのこと。

でもって、それを受けた岡田さんの発言が・・「妻に言われたらショックだが、特に腹を立てたりはしていない。」ということで騒ぎを収めた?形になったと・・。

私のこのブログでの発言もつまらないかもしれませんが、とりあえず聞いて!(^_^;)
「つまらない男だと思ったが、一緒に仕事をしてきてほんとうに大好きな人です。」と、順序を逆にすればよかったのに、と思いました。でも、そんな言い方しないよな、蓮舫さん。

さらに岡田さんの発言にも実は???となっていた私。
普通に考えて、奥さんに「つまらない男」と言われることはどんな立派なえらい人でもありうると思うわけです。
だって毎日一緒にいて、テレビじゃあんなに“ごたいそう”なこと言ってるけど、パンツいっちょでごろんと横になっているこの男は・・と思うのが妻だったりするわけです。
だから、奥さんに「つまらない男」と言われても「しゃあない」というのが普通の亭主なんじゃないでしょうか。

じゃ、蓮舫さんに言われて岡田さん、腹が立たないのはどういうことなのか・・?

それは蓮舫さんが「つまらない女」だからじゃないかと思って(^^;)・・案外正解だと思った、っていう話なんです、今回のブログ。

それじゃまた。


【Now Playing】 土曜朝イチエンタ / 堀尾正明、夏木マリ、平幹二朗 ( TBSラジオ )

2016/07/17

漢字についての本を読んでみた

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『漢字に託した「日本人の心」/笹原宏之著(NHK出版新書)』を読みました。
日頃、特にこのブログを書いているときに「どの漢字を使おうか」と悩むことがあります。
また、漢字を使わずに平仮名にするか、あるいは漢字・平仮名混合にするか・・なども。

この本に書かれていますが、新聞はその辺のところを割とはっきり決めていて、この場合はこう、というのがかなり綿密に取り決められているようです。

私も最近、共同通信社が出している「記者ハンドブック(新聞用字用語集)」を買い求め、ブログなどを書くときの参考にすることにしています。

そんな堅苦しいことを抜きにしても、「卵」と「玉子」って、みなさんどう使い分けていますか?
「たまごかけごはん」のときは、“卵”だし、「たまごやき」のときは「玉子」でしょうか。(*^^*)

生のときは「卵」で、加熱され料理となると「玉子」だなんて説もあります。
それはそれで“有り”かな、などとも思いました。

「輿論」が「世論」と書き換えられたのは戦後だと書かれていました。
私は別の言葉なのだと今の今まで思っていました。意外な事実です。

やがて読みまでが“よろん”から“せろん”に変ってきたようで、私は「輿論」が“よろん”で、「世論」が“せろん”、そして別の言葉なのだと思っていたのでした。

「恰好」も、「格好」に抵抗感なく世に広められたものなんだそうで、今さら「そうだったのか」なんて気づいたのでした。

でも、「風光明媚」はとうとう「風光明美」にしようとする人たちがいたようですが、そうはならなかったのだそうで、そりゃそうだ、なんだかしっくりきません。

「瓦礫」は、もともと瓦や小石がイメージされます。そもそも瓦が砕けたもののことを指していたようです。

「がれき」と平仮名で表現されることも多いと思いますが、大震災が続いた昨今、人の住む建物や日常使う家具、家庭用品、想い出のアルバムまでをその名で呼ぶのもなんだか胸にいやなものが残ります。
別の表現はいまだ使われていないようなのですが・・。

そんなこんなでこの本を読んでいると、時代によって、人々の考え方によって漢字の使い方は刻々と変化していることがわかりました。
この本に書かれていることは時代の資料的にも貴重なものだと感じました。

そして、知っておくと自分が文を書くときにも役立つように思いました。漢字を意識して過している人には興味深い本ですよ。


【Now Playing】 新日曜名作座「大事なことほど小声でささやく」 / 西田敏行・竹下景子 ( NHK-AM )

2016/06/28

誤用・重言・差別語狩り・嫌いな言葉など350語を連ねた本を読みました

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『頭の悪い日本語/小谷野敦著(新潮新書)』という本を読みました。
タイトルにあるような様々な語句について次々と著者がやり玉にあげ、(^_^;)私などもふだんは言葉について、ああだこうだこのブログに書いているものの、“たじたじ”になりました。私が間違って使っていた言葉もいくつもあって…σ(^_^;)いや面目ない。

中からちょっと気になったところをあげてみましょう。
私が苦手な<新語編>から・・(^^;)

【DQN】
「ドキュン」って読むんですね。だいたいどういう人かは分かっていましたが、読み方を知りませんでした。使うことは・・ないですね、私は。

【ディスる(disる)】
英語の「dis」という否定接頭辞から派生したものであることは想像がついていましたが、何か今どきの意地の悪い人たちがよく使っていそうな言葉です。
これも私は生涯使わない言葉でしょう。

【リア充】
もう、ネット用語そのものですね。
ネット世界に住む人たちが実は孤独だといわれているが、現実社会でも充実しているということを表わしているんですよね。
これについては、割と年配の人たちでも使っているように感じます。
でも、私にとっては、現実で充実、あるいはそうでない状態についてもネットにあげているのが実際の話なので、リアルとネットとの世界の区別はないのです。
だから、これまた私は一度も使ったことがない・・。

他に少しばかり気になったところでは<気持ちの悪い日本語>でした。

【降板・続投】
特に政治家が辞める時、続ける時、その他でもけっこう多く使われています。
私も著者と同じく感じたのですが、この語はもちろん野球用語で、投手が交替を告げられてマウンドを降りる時、または激励されて投げ続ける時などに使われるものです。
なんでこの野球用語を様々な場面で使うのか、あまり馴染まない場面もあるような気がするのです。
野球について誰でも知っているみたいな雰囲気がいやなのかもしれないです。
これは相撲用語が日常に使われいる時にも感じます。・・でも、まだ相撲用語の方が日本人としては馴染があるのかもしれません。

その他「重言」「誤用」「差別語」などにもふれていて興味深いものばかりでしたが、作者のあまりにも掘り下げ過ぎな感じには逆に違和感を感じるくらいでした。
「それくらい許してよ」と思うことも多々ありましたd(^_^o)

言葉についていろいろ考えるのが好きな私には面白い本でしたよ。


【Now Playing】 嶌信彦 人生百景 / 阿木燿子 ( TBSラジオ )

2016/06/11

梶原しげるさんの日本語本を読んだ

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『不適切な日本語/梶原しげる著(新潮新書)』を読みました。
梶原さん、文中で何度も「そんなことどうでもいいじゃないの」と言われている様子が書かれていましたが、私も同様、よく「つまんないことにこだわんない方がいいですよ」と言われています。もちろん、“言葉”についての様々なこだわりについてです。

身近な例でいうと、「お弁当あたためますか?」『大丈夫です』・・大丈夫ってなんだ?・・といつも思うようなことです。
「結構です」とか「十分です」「遠慮します」「間に合ってます」などという態度で相手を傷つけまいとしているらしい『大丈夫です』・・・。やっぱりおじさん気になりますよ。

『勇気をもらう』『元気をもらう』ってのも、使う気にもならないし、聞いただけでいやな感じが全身を走ります。
この最近の常套句は梶原さんの言うとおり、“陳腐”で“プア”です。
これを口にしておけば、誰からもおとがめがない、他人を傷つける事もない。言葉というより“印”。
これまた危ない橋を渡りたくない人、官僚や政治家のように無難な事しか言わない人向けの言葉だと私も思います。

『サプライズ』という言葉も、「驚き」や「意外」という意味を超えて、“驚かせ祝い”という事象をさす言葉に変化しているように感じます。
この言葉の使い方にも違和感がありますが、この意味での“サプライズ”をやられる人間のことをもちっと考えてみろっ!と言いたくなります。「迷惑なんだよ、サプライズ」。

ヒット曲が言葉をつくる、という章もありました。
おなじみのイルカさんのヒット曲、「なごり雪」は以前にも書きましたが、もともとそんな雪の表現は存在しませんでした。
せいぜい「名残の雪」という表現をするくらいしかなかったのですが、今や「なごり雪」は日本気象協会によって新しい三月の季節の言葉として選ばれています。ヒット曲の力はたいしたものです。
「花街」というのも三善英史さんのヒット曲から『はなまち』という読み方が普及していますが、もともとは“かがい”なのではないでしょうか。
「わたしの城下町」の二番冒頭で「家並が途切れたら」とありますが、これも「いえなみ」が現在普及していますが、この安井かずみさんの詩が出る前は、「やなみ」だったのだと思います。

決定的なのはグレープの「精霊流し」。『しょうろうながし』と読んでしまいますが、ほんとうは「しょうりょうながし」だったのだと思います。
これは「類音けん引」といって、「灯籠流し」と音が似ているのでそれに引っ張られて“しょうろう”になってしまったんでしょうね。でも、今や『しょうろうながし』の方が圧倒的優勢です。

最後に、私が同感した言葉づかい。『そうなんですね』。
インタビューしている女性アナウンサーが多用しているのを聞きます。
「そうなんですか」と、『か』を付ければ、「そうなんですよ、・・・」と話が続くものと思うし、聞かれた方も話が盛り上がるかと。
ほとんど機械的に誰かが何かを言ったら「そうなんですね」・・(´・_・`)
会話がつながらず、「ズドン」とそこで終わってしまうのがわからないのか、といつも思っていました。
これも疑問形で問いただしたら“失礼だ”とでも思っているらしい・・。相手の失望にも気づいていないのでしょう。
前出の『大丈夫です』と同じように、相手に気を使いすぎるばかりに逆に失礼なことになっているのです。

・・あぁ、久し振りに言いたいことを言ってすっきりした感じ…σ(^_^;)

今や周囲の人たちがほとんど何も感じなくなっても、最後まで私は上記にあげたように、いろいろ感じていようと、あらためてこの本を読んで思ったのでした。


【Now Playing】 ジュークボックスのバラード / エリック・ギィユトン ( Pops )

2016/06/05

「語源遺産」の旅の本、おもしろい!

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『ぷらり日本全国「語源遺産」の旅/わぐりたかし著(中公新書ラクレ)』を読みました。
これは、私達が普段使っているお馴染みの言葉の語源を調べ、その“ゆかり”の地を訪ね、あらためてその語源のおもしろさにふれる、そんな語源探索旅の本になっているものです。

例えば、「べっぴん」。
何か京都あたりの華やかな世界で使われていた言葉かと思いきや、実は鰻の蒲焼きが語源だったりします。

愛知県豊橋市にある東海道五十三次の「吉田宿」をめざす著者。
そこにあった一軒の割烹が都立中央図書館で調べた文献から発見されます。
「織清(おりせい)」というお店。
鰻の蒲焼きを品書きに加えるときの宣伝文句が「頗別嬪(すこぶるべっぴん)」。
当時はやっていた「頗る(すこぶる)」は最上級の「とても」の意。
「別品」は、絶品、逸品などのように別格の品の意味です。

そしてこのキャッチコピーが大流行り、やがて通人たちのあいだで、「別格の美人」をあらわす言葉として「べっぴん」が定着したのだそうです。まったく知らなかった。

そしてその「織清」という店を探していくと、その流れをくむ店を遂に発見!!
そこで当時の蒲焼きを食してみると、皮が上になっている蒲焼きはそのままで提供されていて、やはり「頗る別品」(#^.^#)な味だったのでした。

・・なんていうお話と旅がびっしりと詰まった楽しい本でした。

よく“やぶ医者”なんていうけど、「やぶ」は、兵庫県の養父(やぶ)という地が実は名医が腕をふるっていた場所であり、本来は逆の意味だったのに、あちこちで「わたしは、“やぶ”から来ました(消防署の方から来ました的な言い方(^^;))という“やぶ医者”が増えて、「やぶから来たって言ってるけどいかがわしい医者なんじゃないの」ということになって、“やぶ医者”は現在使われている意味に変化してしまった・・そんな話題も書かれていました。

実際に養父を訪ねてみると、今も養父には立派なお医者さんが医師会会長をしていて、素晴らしい施設を作り、他にはない心ある医療を行っていて、連綿と続いている養父の医療に驚かされたりするのでした。

17のエピソードと旅、どれもが「そうだったんだ」というもので、最後まで興味深く読みました。
これはおすすめしちゃう“いい本”でした。


【Now Playing】 Out On The Road / Norah Jones ( Pops )

2016/05/10

岡本太郎の本「壁を破る言葉」をいただき、読みました

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『壁を破る言葉/岡本太郎 構成・監修:岡本敏子(イースト・プレス)』を読みました。
これは、このブログに度々登場する私の中学時代の担任の美術の先生がついこの間送ってくれたものです。

先生の作品を見ていると、岡本太郎、好きだろうな・・と思っていましたが、この岡本太郎の本を読む・・(刺すように読む)・・と先生が今までよく私に言ってくれたことを言い換えたような表現も多く、とても刺激を受けました。

ちょっと私が気になったこの本の岡本太郎の言葉と、私のコメントを付け加えて挙げると・・・

人生は意義のある悲劇だ。
それで美しいのだ。
生き甲斐がある。

・・・こんなふうに実感できたのはついこのあいだのことです。長かった。


孤独であって、充実している。
そういうものが人間だ。

・・・今、そんな実感です。


人間というのはいつでも、
周囲のさまざまな状況に対して抵抗を感じ、
孤独なんだ。

・・・ずっとそういう人生でした。今でも。


人間は精神が拡がるときと、
とじこもるときが必ずある。
強烈にとじこもりがちな人ほど
逆にひろがるときがくる。

・・・ひろがるときはほんの短い間のことがほとんどだが、自分でも信じられないくらい強く、空を飛ぶようにひろがったように思う、私の場合。


こんな具合です(^^;)

いつも身近において、パラパラとめくって、少しばかりの勇気を得たい・・そんな本でした。


【Now Playing】 ラジオ深夜便(ラジオと私) / 林真理子 ( NHK-AM )

2015/10/02

『編集手帳の文章術』を読んだ

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『編集手帳の文章術/竹内政明著(文春新書)』を読みました。
著者は読売新聞の看板コラム「編集手帳」の6代目執筆者です。

新聞のコラムというと、著者も言っていますが、新聞全体が料理のフルコースだとすると、「食前酒」にあたるという、そんな最初は口当たりもよく、でも「これは?!」という今後の料理に期待させるような意外性も必要、実に難しい文章ということになります。

私も拙い文章ですが、ほぼ日々ブログを書いていてあれこれ悩むことがあります。
例えば「使いたくない、使えない、使わない」言葉。
著者とはかなり一致するものがありました。

「生きざま」・・死にざま、というように“ざま”とは悪い意味にしか使わない。
「〇〇的」ばかり使う表現・・ようするにはっきり書けないからこう言う。
「ちょっと待って欲しい」・・ほんとうに“ちょっと待って欲しい”(^_^;)こんな陳腐な表現使わないで欲しい。
「スパコン」・・妙な縮め方しないでほしい。耳に馴染まない、気心知れない言葉です。
「定番」・・著者も言っているが、もともと小売業者の内輪の符丁だと思います。寿司屋で「アガリください」とか、「ムラサキを」と言っているような感じに聞こえるんだよな。
「立ち上げる」・・これも大嫌いな言葉。「NPOをつくった」、「パソコンを起動した」でいいじゃないの。
「上から目線」・・“目線”は、このブログで何度も再三唾棄すべき言葉遣いとして取り上げてきました。テレビ、映画、演劇の業界用語です。

そして、私が使わない、むしろ嫌いな言葉としては、
「スピード感をもって」・・急いでやっている風を装って、という意味にしか取れない。
「利活用」・・これも耳に馴染まない。使っている人が皆うさんくさい。
「とらまえる」・・なんすか、これ。とらえると、つかまえるの混合語でしょうか。
これもイヤ~な感じの人が壇上や、部下に向かって使っているのをよく聞く。

嫌いな言葉だけで終わっちゃうので(^_^;)次行きます。
著者は耳で聞いたときの“音”は、どう聞こえるか、とか、接続詞「が」の使い方、ひらがな、カタカナ、漢字のどれを使うか、また漢字でも複数のものが使える場合の選択、そして「子供」か「子ども」かという現代の使い方についても悩みつつケースごとに判断し、漢文調や文語調(ときどき私も使う、使いどころによっては効果大)、などなど様々な観点から推敲を重ねていて、私もこれを読んでいて、そのきめ細かい文章作りへのひたむきさに“穴があったら入りたい”と、小さくなりました<(_ _)>

この本はテキストとして、模範として、今後何度も頁を繰ることになりそうです。
読んでよかった、文章への対峙の仕方についても、とても勉強になりました。


【Now Playing】 Birk's Works / Red Garland ( Jazz )

2015/07/05

「入れたり出したり」を読んだ

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『入れたり出したり/酒井順子著(角川文庫)』を読みました。
ブックオフで108円にて入手d(^_^o)

「食事、排泄、生死からセックスまで人生は入れるか出すか」・・という著者酒井さんの豪快なお説からスタートし、最初っから最後まで酒井節で突っ走る痛快?かつ、男の私にもちょっと赤面な本でしたが、面白かった(^_^;)

「馬鹿女」は、電車内で化粧をし、「女馬鹿」は出掛ける前に何時間も化粧をし、持ち上げたマツゲの角度やその他をミリ単位に入念にチェックする・・というような面白いけどどうでもいい話ばかり・・(^^;)

「見られるために大枚はたいて買う勝負パンツも、大抵の男は見ることがない」というお話もありましたが、これは・・酒井さん、“がっついた”男と付き合うことが多かったのかも・・(#^.^#)

「若々しい」と言われたら、もう若くないのだ、というのもうなずけました。
「お若いですよねぇ!」なんてのも、実はそれほど若くないと思われているってことだよと、酒井さんはおっしゃって、自分がそう言われる日をおそれているのです (・_・;

「元気をもらう」とか「勇気をもらう」という表現への違和感についても書かれていましたが、これにも同感したのですが、その説は以下のとおり。
昔は、「誰それさんと話すと、元気になります」とか、「長島茂雄さんに触発されて、自分も将来への夢を持ちました」などと言っていたと思います。
誰それさんや、長島さんが無料で配っていたものをもらう、という形式で「元気」や「夢」を得ていたのではなく、誰それさんや長島さんの影響を受けつつも、あくまで元気に「なる」とか、夢を「持つ」ことの主体は、自分だった・・と酒井さんは書いています、激しく同感。

「もらう」には、馴れ馴れしい印象がある、大きな存在から恵みとして何かを与えられるというのであれば、「もらう」ではなく、「いただく」とか「頂戴」する、ではないかというわけです。私も今まで折に触れてそう感じていました。

「元気をもらう」には、受動的なフリをする態度にその気持ち悪さがあるという説には、そうだよなと素直に思ったのでした。

というような、なかなか思っていてもあらためて思い直すことや、人に言うことのないようなことが満載のこの本、とても面白かった(゚ー゚*)。oO
人の行動や、言葉に対して敏感な人には読んでみる価値のある本でしたよ。


【Now Playing】 トーキングウィズ松尾堂 / パッくん他 ( NHK-FM )

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