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2020/07/03

「語源500 -面白すぎる謎解き日本語-」を読みました。

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『語源500 -面白すぎる謎解き日本語-/日本語倶楽部・編(KAWADE夢文庫)」という本を読みました。

さまざまな日本語の語源をたどる本なのですが、なにせ500もの語について書かれているわけですから、面白いけど読んでも読んでも終わらない( ̄O ̄;)・・350頁まるごと語源で息をもつかせぬ感じでした。
・・だから勝手に息をついて…σ(^_^;)休み休み読みました。
でも面白かった(゚ー゚*)。oO

「駄目押し」が囲碁の用語だということも知りませんでした。
勝ち負けにも関係なく、無駄で無益な着手点のことを「駄目」と呼んでいたのだそうで、その無駄なことをあえてやっておくこと、念には念を入れることを「駄目を押す」と言うようになった・・ほう・・そうだったんですか。という感じで読み進みましたd(^_^o)

「バドミントン」は、もともとインドのスポーツで、「プーナ」と呼ばれていた(インドの西部地方の都市“プーナ”で生まれたため)が、その植民地であるインドに赴いていたイギリスのボーフォート侯がその魅力にとりつかれ、別荘の庭にコートをつくり、楽しんだとのこと。
その別荘の名が『バドミントン荘』だったんだって!'(*゚▽゚*)'知らなんだぁ~。

サンドイッチがイギリスのサンドイッチ伯爵の名に由来しているこはけっこう有名だけど、博打の最中でも食べやすくハムや野菜をはさんで食べたのがことの始まりで、日本の「鉄火巻き」も賭場の別名である「鉄火場」で手にご飯粒がつかないように、マグロでべたつかないように、と考案したのが「鉄火巻き」だと知り、サンドイッチも鉄火巻きも同じような必要性から出来たのだと知りました。

こんなんが500件も掲載されているので、覚えたような気になりつつ読んでいても、「えっと、あの語源は何だったっけ?!」と、思わず読み返してしまうので、結局時間がずいぶんとかかってしまったのでした。

とても楽しく、興味深く読めました。
すこしばかり利口になったような気がする(^_^;)気のせいかもしれないけど。

 

2020/03/29

高島俊男氏の「本が好き、悪口言うのはもっと好き」を読んだ。

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『本が好き、悪口言うのはもっと好き/高島俊男著(ちくま文庫)』を読みました。
1995年に刊行されたものを1998年に文春文庫に収録、さらに、この「ちくま文庫」がそれを底本にして出来たものです。

とにかくこの著者の知識量はただ事ではありません。
身近な言葉から、新聞に、世間に使われている様々な言葉、そして歴史認識についても、我々が子供の頃から教わってきたことが薄っぺらで、いい加減なものであることを思い知らされました。

それらを事細かに書くと、このブログでも数十頁に渡ることになってしまいますので、私がこの本を読んで印象に残ったことを少しだけ。

多くの言葉と事物は、過去にもあって現在もある。しかし一部の言葉や事物は過去にはなくて、現在ある(あるいは生まれつつある)。また一部の言葉や事物は過去にあって、現在はなくなった。
と書かれていて、特に問題なのは、「最後の過去にあって、現在はなくなった」言葉、事物です。

「憲兵」「千人針」「玉砕」「闇市」などは現在にないのだから辞書に載せる必要はないという人がいる。・・ほんとうにたくさんいる。

・・私も、以前、部下から「あなたの使う言葉には、私の知らない言葉がある。私が二十数年生きてきて(たったの二十数年だよ(^_^;))一度も使わなかった、聞かなかった言葉なので、人間が生きて行く上で必要な言葉ではないと思われます。今後使わないでください。」と、言われたことがある。

思わず、「きみの語彙の無さ、知識の無さ、常識の無さに私のレベルを合わせることは出来ない」と言いそうになったが、「そんなことは私には出来ないよ」とだけ言ったことがある。

考えれば、その言葉を無くすことによって、いまわしい過去などが消える、またはその事象が無くなるなどと思っているおめでたい人がこの世に蔓延しているのではないかと、あらためて感じたのです。

「強姦」「戦争」「殺戮」「虐殺」などの言葉を辞書から消したり、平仮名まじり言葉にすると、世の中からそういう事象が無くなると思ってやしませんか。
残しておかないと、また起こるんだよ、そういうことが。だってそういう概念が消えてしまったり、過去の歴史まで抹殺してしまうんだから。

また、『まぜ書き』についても触れられていたが、「めい福」「被ばく」「えい航」「危ぐ」「駐とん地」「そ上」「破たん」「漏えい」などなど、著者同様、私も新聞などを読んでいて、イライラし、目眩がしてくることもある。

「子供」を「子ども」と近年表記するのも、「供」が“野郎供”みたいに野蛮だから平仮名にしていると聞いたことがあるが、本当か?!
「供」は単に複数の接尾語なんじゃないのか。
ほんとうに見ていて気持ちの悪いものだ。

などと怒ったり、がっかりしたりしつつ読んだわけだが、この本の内容は実に“濃く”て、このような話題はほんの些細なこととなっている。
知識の渦に巻き込まれたい方は是非とも読んでみて!凄い本です。

 

2020/03/22

森毅氏の「ベストエッセイ」を読んだ。

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『森毅ベスト・エッセイ/森毅著・池内紀編(ちくま文庫)』を読みました。

著者、森毅氏は稀代の数学者。数学関係の著書ももちろん多いようですが、私が今回手にした池内紀編(※池内紀さんの編、というだけで間違いないっ!)のこのベスト・エッセイは、実に面白かった'(*゚▽゚*)'

文章自体も読んでいる人を引きつける独特のものがあるし、さらに著者の物事に対する考え方、対応の仕方が唯一無二というか、“目からウロコ”の斬新さでした。
最初に書いちゃいますけど、脱帽です。

未来のことを考えるなら、十年先、二十年先がどうなるかよりも、「今を疑え」、今の「異」に気付け!ということをおっしゃっていました。

私もよく思うことがあるのですが、今の常識や考え方、モノの見方などがまるで正しいという感覚でモノをしゃべったり、他人を批判したりする人がいます。
たしかに、こういうヤツがいちばん先の見えないヤツであることが多いd(^_^o)

「結局、そのときの現在に距離をおいたことだけが正解で、未来はさっぱり予測できなかったとも言える。」と森氏は書かれています。

「人間社会のあり方は十年もすれば変わるが、十年後を予測することはできない、というのが自分の歴史から学んだこと」と結んでいました。

まさにそのとおり。

今の状況にまったく疑いのないヤツなんかに現在も未来もわからない!そう思います。

その他心に残ったことは、

六十ごろで定年になれば、「会社ばなれ」。これからは、社会での位置づけでなくて、自分のあり方で生きていかねばならぬ。・・この言葉も身に染みます。

決して人生“斜に構え”ているわけではなく、でも、生真面目に真っ直ぐ生きるでもない、その絶妙な姿勢が私にはとてもいいものに感じました。

380ページ、あっという間に読みました。

 

2020/03/11

外山滋比古氏の「ことわざの論理」を読んだ。

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『ことわざの論理/外山滋比古著(ちくま学芸文庫)』という本を読みました。
2007年第一刷発行後、2015年までに八刷となっていますので、売れている本だと思います。

特に印象に残ったのは、なぜかというか、当然というか、日本にある「ことわざ」と同様の内容を持つ「ことわざ」は外国にもあるということです。
人間っていうものは、国の別を問わず、同じ様な教訓めいた「ことわざ」を聞き、感銘を受けたり、影響を受けたりするものだ・・と思いました。

たとえば、「船頭多くして船山に上る」って、イギリスでは「コックが多すぎるとスープが出来損なう」と表現しています。
エジプトでは、日本に似ていて、「ふたり船長のいる舟は沈む」なんてことになっていて、洋の東西を問わないようです。

また、「ことわざ」って、同じものを別角度から見るという視点も持っていて、

「人を見たら泥棒と思え」って言ったかと思うと、「渡る世間に鬼はない」などと正反対のことを言っています。
ようするに自分の置かれた立場、環境によって「ことわざ」から得る教訓も変わるってことですよね。
この“加減”ができない人が“融通の利かない”ヤツってことになるのでしょう。

「ことわざの“論理”」なんてタイトルなので、もっと難しいことが書いてあるのかと思ったのですが、身近な話題から例をとる、読みやすい本でした。

「名著を読んだら著者に会うな」なんてのもありましたが、そうかもしれないなぁ、などと思いつつ読み進んだのでした。

楽しく読めて、参考になる、そんな本でした。

 

2019/09/30

「不明解日本語辞典」を読んだ。

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『不明解日本語辞典/髙橋秀実著(新潮文庫)』という本に手をつけました。
ブックオフにて購入したのですが、手をつけてはみたものの・・という感じになってしまいました。

見出しの32語を見ただけでおもしろそうと思ったのです。

例えば、

〇えー

〇っていうか

〇リスク

〇普通

〇秘密

〇つまらない

などなど、どんな感じで攻めていくのか、と興味津々で本をバッグに入れて楽しみに帰ってきたのです。

でも、【いま】の項目では、「いま」とは一体、いつのことなのだろうか?

と、国語辞典を調べ、過去と未来との境になる時。ただいま。この瞬間。現代。今の時代。今日(今日)。新しいこと。また、そのもの。ごく近い過去に関して用い、互いに経験や知識で知っているものをさしていう。

・・と、考察が始まった時点でもう先を急ぐ私には興味が無くなってしまったのでした。

だいたい上記のような意味のことは既に説明いただかなくとも分かっているし、その後の展開も妙に細部にこだわり、面倒くさい。
その見出しの中盤から終盤にかけてはもうどうでもよくなってしまい、半分くらいまで読んでから投げ出してしまいました。

この著者同様な言葉へのこだわり方をする人には面白いのだろうと思いますが、どうも私には合わない本でした。
ということで、ざっと読んでお終い。
次の本にとりかかります。

2019/08/27

高田文夫先生の「ご笑納下さい」を読んだ。

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『ご笑納下さい -私だけが知っている金言・笑言・名言録-/高田文夫著(新潮文庫)』を読みました。
こいつもブックオフでゲットだ。

高田文夫先生と言えばニッポン放送の「ラジオビバリー昼ズ」だ。
平日のお昼にやっているので、職場の休憩時間に環境が許せばラジコで聞いてきた。
また、病気で仕事を休んだときなど布団の中で聞いていた。

さまざまなテレビ番組の構成にも携わり、それらは私達にすっかりお馴染みだった番組ばかりだ。
落語立川流Bコースに入門し、「立川藤志桜」としてもとおっている。

その高田先生が集めた、そして記憶に残していた色々な芸人、または自らが生み出した名言・迷言の数々が収録されている。
バカバカしいのもたくさんある。それがまたうれしいやらありがたいやら(*^_^*)

中には厳しいものもあった。永六輔の「テレビが開局60年記念とか言って騒いでいるけど、この60年でこれだけ堕落したジャンルって珍しいんじゃないかな」・・名言である。
だから私はほぼテレビを見なくなった。

有名な三宅裕司さんの天然ボケ奥さんの名言も載っていた。
家族旅行でやってきたホテルのフロントで、
「お宅はベッドインは何時なの?」
聞かれたホテルマンも困って、
「お客さまのお好きな時間でよろしいかと・・」
(^_^;)それを言うなら「チェックイン」。

ルー大柴さんの
「バカもホリデー、ホリデーに言え」
「仏の顔もスリータイムズ」
「藪からスティックな事言うなよ」
「堪忍バッグの緒も切れるよ!」
などなど、私が大好きな感じd(^_^o)

爆笑問題の
「ジョニーがきたなら伝えてよ 二次会庄やだと~」

立川志の輔さんの
「日本は「YES OR NO?」と迫られたらひと言、「OR」を選べばいいんです。」っていうのも好き(*^_^*)

もひとつ、永六輔さんの
「生きて“いる”ということは、誰かに借りをつくること。生きて“ゆく”ということはその借りを返してゆくこと」っていうのは沁みました。
私も早く借りを返していかないと、と思った。

先代の林家三平さんが亡くなる直前にお医者さんから
「お名前が言えますか?」と聞かれ
「加山雄三です」って答えたのは・・さすが昭和の爆笑王でしたd( ̄  ̄)これが最後の言葉だったとは。

2019/05/14

「日本語びいき/清水由美」を読んだ

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『日本語びいき/清水由美・文、ヨシタケシンスケ・絵(中公文庫)』という本を読みました。
著者清水さんは、日本語教師、外国の方に日本語を教えている方です。

この本は、日本語を外国の方に教えているときに著者が気づいた日本語の文法的な法則などに多くふれていました。
動詞の活用や、ら抜き言葉、れ足し言葉、さ入れ言葉、日本語の曖昧性は本当に曖昧なのか?などなどにもふれ、逆に日本人の私が「そういうことなのか」と、あらためて日本語の法則や、“くせ”のようなものに気づくことになりました。

で、実際に読み進むと、すでに体で覚え、身についている日本語の話なので、「こういうときにはこういう法則で考えれば良いのだ」などと書かれても、そんなこと頭の中で考えているだけで時間が経ってしまう、考えること自体が面倒くさいのだ・・などと、横着な私は思ってしまうのでした。
だから、途中でその法則を読み解きながら、納得しつつ先へ進むなどということに飽きてしまい、読む速度は落ち気味に・・。

この本は、日本語に対し、理論的に取り組んで興味を持つ人、日本語を著者と同じく教えている人、そして日本語を習っている外国の人にとって面白く、貴重なものなのだと気づきました。

それなりに面白くは読みましたが、もっと愉快な内容と思っていた私にはそういう面で物足りなく感じました。著者はもともとそんな面白さを書いたわけではないんですけどね(*^_^*)。

2019/01/24

コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語を読みました

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『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語/西沢泰生著(PHP文庫)』を読みました。

カフェオレ、ブレンド、ブラックコーヒー、エスプレッソなどの項目があって、それぞれに心が和らぐ話、ホッとする話、ほろ苦い話、深い話など、著者がさまざまなシチュエーションやメディアなどから得たエピソードが語られている本でした。

「エスプレッソ」の項目で私がちょっと気になったエピソードをひとつご紹介します。

元CAで、現在は接客に関する企業研修ゃ人材育成を行う会社の役員をされている方から聞いたお話だそうです。

その方があるステーキハウスで食事をしているときに、突然アイデアを思いつき、あいにく筆記用具を持っていなくて、お店の若いスタッフに「ペンをお借りできますか?」と声をかけると・・・。

「貸し出す感じになります」・・と、答えたそうです・・ (・_・;

ようするに、今までにもお客さんに筆記用具などを貸すと、そのまま持って帰られてしまうので、「貸し出す感じ」・・になるんだと、いうわけです(^_^;)

おまけにね、会計のさいに店長から「お客さま、ボールペンは?」と聞かれたそうで、ちゃんと返却したことをその若い店員は店長に伝えてもいなかったわけです。

著者は、「お済みになりましたら、ペンはテーブルの上に置いておいていただければ結構です」・・これでいいじゃないですか、と言っています。
そのとおり!わざわざお客さんを疑うような言葉づかいでお客の気を損ねることはないんだよね。
スタッフにペンを戻しにいく手間もかからない。

「ペンを貸してください」こんなちょっとしたシーンでも、お店の機転ひとつで、お客さんも自分達も双方がハッピーになる・・と、著者。

こういうエピソードがいっぱい詰め込まれているこの本。

「カフェオレ」や「ブレンド」の項目では、もっともっと、心温まる話が語られています。

タイトルどおり、コーヒーと楽しみながら読める本でした。
でも、けっして緩すぎない読み応えも感じるものでしたよ。

2019/01/09

「人生の結論」小池一夫著を読みました

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『人生の結論/小池一夫著(朝日新書)』を読みました。
著者の小池氏は、作家で漫画原作者だそうで、『子連れ狼』の原作で知られている方とのこと。小説を書き、作詞、脚本も手掛けておられます。80歳を越え、氏のツイッターはフォロワー80万人を超え、驚きを覚えながら、この著書を読みました。

完全書き下ろしのこの本、人間関係や働くことについてのヒントが満載でした。
しかも私でもわかるような、やさしい言葉で書かれていて、さすがの人生経験を感じました。

「一流は競う、二流は群れる」「人間関係を突き詰めれば、無理をして付き合わないこと」「仕事ができるフリをやめると、目的にたどり着ける」・・などなど、タイトルだけでハッとするのです。中身はさらにわかりやすくて濃いっ!

特に私の心に響いたのが、

「自分の使っている言葉が、他人からのいちばんの評価の対象になるのは仕方ないこと」
というところでした。

内面がいちばんわかりやすいのはその人の使っている言葉だ・・というわけです。

人間は言葉で思考する。だから、年を重ねたアイドルに向かって・・「劣化した」などという言葉を平気で投げつける。

精神が弱った人に向かって「メンヘラ※私はこの言葉を知らなかったのでこの本を読みつつ調べてみた」、さらに一線から外れた人に「オワコン※この言葉もよく知らなかったのでさらに調べた」という流行り言葉をぶつける。

これらの言葉が浮かんだら、自分の思考は汚い言葉に毒されている、負けていると思った方がいいと、著者は書いています。
私もそう思いましたよ。

「劣化しているのは自分自身だ」と、著者は強く言い放っています。

いい言葉を使う人には、いい人生をつくる力がある・・という著者の言葉に力強く背中を押されたような気持ちになりました。

『日頃使っている言葉とは、人生を変えるものであると言っても過言ではない、言葉の選択力と人間力は正比例だ!』・・涙がでるほど同感した!

言葉に鈍感な人が多すぎるっ!私はそう思う。

2019/01/01

山本夏彦翁の「完本 文語文」を読みました。

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あけましておめでとうございます。
今年は読書で始まりました。というか、実は大晦日に読み終えた本です。
年末にふさわしく?けちって108円でブックオフにて手に入れた文庫本『完本 文語文/山本夏彦著(文春文庫)』でした。

感想は新年になってしまいましたが、心のみならず、全身に染み渡るような本でした。

著者は大正生まれの昭和育ちであるが、文語文を国語の遺産、柱石だと思っていて、明治以来欧米の文物が入ってこのかたそれまで淀んでいた文語文がにわかに活気を呈した、そしてそれを捨て去ってしまったことを嘆いていますが、そもそも大正生まれの著者にしてからがそんなことを知りうる時代に生まれていない。

でも、幼い頃に父が遺してくれた様々な書物を勝手に紐解き、その時代の空気を知り、時代の様子を知り、その時代の文章に馴染んでいたので、その時代の人物とは旧知の仲のように文筆を通して知古の存在となっているのです。

例として適切かどうかわからないが、私が現役時代のビートルズをほとんど知らずに過し、解散後にその全ての遺産を聞きまくり、まるで旧知の人のように感じていることと、やや似ているのかもしれません。

樋口一葉、二葉亭四迷、中江兆民などは筆者には既知・旧知の人となっています。

佐藤春夫、中島敦ら諸家の名文を引き、失った父祖の語彙を枚挙し、現代口語文の欠点を衝く、そんな本で、私も知らぬことばかりの恥をここで素直に白状しますが、読めば読むほど納得させてくれる本でした。

また、著者が世間に通用してしまって残念に思っている言葉が挙げられていました。

「生きざま」・・死にざまはあるが、生きざまはない・・と言っています。私もまだそっちのくちです。

「告白」と言って白状と言わない・・とも言っています。告白だって、・・イヤな言葉だねぇ・・と、私もまだ思う者の一人です。

「奇しくも」は、目で覚えるから<きしくも>になってしまう、『くしもくも』だろう、と言っていますが、もう間に合わない。
「床の間」を「ゆかのま」と読むがごとしです。

などと、くどくど書いてしまいましたが、少ししゃっきりして新年を迎えることになりました。この本のおかげで!

今年も自分らしく、長いものには巻かれず、札束には切られず、皮肉な返答のひとつもしながら生きて行こうと思います。
それじゃ今年もよろしく。

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