フォト

わたしのいきつけ

無料ブログはココログ

2019/01/24

コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語を読みました

20190124_yasuo_nishizawa001

『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語/西沢泰生著(PHP文庫)』を読みました。

カフェオレ、ブレンド、ブラックコーヒー、エスプレッソなどの項目があって、それぞれに心が和らぐ話、ホッとする話、ほろ苦い話、深い話など、著者がさまざまなシチュエーションやメディアなどから得たエピソードが語られている本でした。

「エスプレッソ」の項目で私がちょっと気になったエピソードをひとつご紹介します。

元CAで、現在は接客に関する企業研修ゃ人材育成を行う会社の役員をされている方から聞いたお話だそうです。

その方があるステーキハウスで食事をしているときに、突然アイデアを思いつき、あいにく筆記用具を持っていなくて、お店の若いスタッフに「ペンをお借りできますか?」と声をかけると・・・。

「貸し出す感じになります」・・と、答えたそうです・・ (・_・;

ようするに、今までにもお客さんに筆記用具などを貸すと、そのまま持って帰られてしまうので、「貸し出す感じ」・・になるんだと、いうわけです(^_^;)

おまけにね、会計のさいに店長から「お客さま、ボールペンは?」と聞かれたそうで、ちゃんと返却したことをその若い店員は店長に伝えてもいなかったわけです。

著者は、「お済みになりましたら、ペンはテーブルの上に置いておいていただければ結構です」・・これでいいじゃないですか、と言っています。
そのとおり!わざわざお客さんを疑うような言葉づかいでお客の気を損ねることはないんだよね。
スタッフにペンを戻しにいく手間もかからない。

「ペンを貸してください」こんなちょっとしたシーンでも、お店の機転ひとつで、お客さんも自分達も双方がハッピーになる・・と、著者。

こういうエピソードがいっぱい詰め込まれているこの本。

「カフェオレ」や「ブレンド」の項目では、もっともっと、心温まる話が語られています。

タイトルどおり、コーヒーと楽しみながら読める本でした。
でも、けっして緩すぎない読み応えも感じるものでしたよ。

2019/01/09

「人生の結論」小池一夫著を読みました

20190109_kazuo_koike001

『人生の結論/小池一夫著(朝日新書)』を読みました。
著者の小池氏は、作家で漫画原作者だそうで、『子連れ狼』の原作で知られている方とのこと。小説を書き、作詞、脚本も手掛けておられます。80歳を越え、氏のツイッターはフォロワー80万人を超え、驚きを覚えながら、この著書を読みました。

完全書き下ろしのこの本、人間関係や働くことについてのヒントが満載でした。
しかも私でもわかるような、やさしい言葉で書かれていて、さすがの人生経験を感じました。

「一流は競う、二流は群れる」「人間関係を突き詰めれば、無理をして付き合わないこと」「仕事ができるフリをやめると、目的にたどり着ける」・・などなど、タイトルだけでハッとするのです。中身はさらにわかりやすくて濃いっ!

特に私の心に響いたのが、

「自分の使っている言葉が、他人からのいちばんの評価の対象になるのは仕方ないこと」
というところでした。

内面がいちばんわかりやすいのはその人の使っている言葉だ・・というわけです。

人間は言葉で思考する。だから、年を重ねたアイドルに向かって・・「劣化した」などという言葉を平気で投げつける。

精神が弱った人に向かって「メンヘラ※私はこの言葉を知らなかったのでこの本を読みつつ調べてみた」、さらに一線から外れた人に「オワコン※この言葉もよく知らなかったのでさらに調べた」という流行り言葉をぶつける。

これらの言葉が浮かんだら、自分の思考は汚い言葉に毒されている、負けていると思った方がいいと、著者は書いています。
私もそう思いましたよ。

「劣化しているのは自分自身だ」と、著者は強く言い放っています。

いい言葉を使う人には、いい人生をつくる力がある・・という著者の言葉に力強く背中を押されたような気持ちになりました。

『日頃使っている言葉とは、人生を変えるものであると言っても過言ではない、言葉の選択力と人間力は正比例だ!』・・涙がでるほど同感した!

言葉に鈍感な人が多すぎるっ!私はそう思う。

2019/01/01

山本夏彦翁の「完本 文語文」を読みました。

20181231_natsuhiko_yamamoto001

あけましておめでとうございます。
今年は読書で始まりました。というか、実は大晦日に読み終えた本です。
年末にふさわしく?けちって108円でブックオフにて手に入れた文庫本『完本 文語文/山本夏彦著(文春文庫)』でした。

感想は新年になってしまいましたが、心のみならず、全身に染み渡るような本でした。

著者は大正生まれの昭和育ちであるが、文語文を国語の遺産、柱石だと思っていて、明治以来欧米の文物が入ってこのかたそれまで淀んでいた文語文がにわかに活気を呈した、そしてそれを捨て去ってしまったことを嘆いていますが、そもそも大正生まれの著者にしてからがそんなことを知りうる時代に生まれていない。

でも、幼い頃に父が遺してくれた様々な書物を勝手に紐解き、その時代の空気を知り、時代の様子を知り、その時代の文章に馴染んでいたので、その時代の人物とは旧知の仲のように文筆を通して知古の存在となっているのです。

例として適切かどうかわからないが、私が現役時代のビートルズをほとんど知らずに過し、解散後にその全ての遺産を聞きまくり、まるで旧知の人のように感じていることと、やや似ているのかもしれません。

樋口一葉、二葉亭四迷、中江兆民などは筆者には既知・旧知の人となっています。

佐藤春夫、中島敦ら諸家の名文を引き、失った父祖の語彙を枚挙し、現代口語文の欠点を衝く、そんな本で、私も知らぬことばかりの恥をここで素直に白状しますが、読めば読むほど納得させてくれる本でした。

また、著者が世間に通用してしまって残念に思っている言葉が挙げられていました。

「生きざま」・・死にざまはあるが、生きざまはない・・と言っています。私もまだそっちのくちです。

「告白」と言って白状と言わない・・とも言っています。告白だって、・・イヤな言葉だねぇ・・と、私もまだ思う者の一人です。

「奇しくも」は、目で覚えるから<きしくも>になってしまう、『くしもくも』だろう、と言っていますが、もう間に合わない。
「床の間」を「ゆかのま」と読むがごとしです。

などと、くどくど書いてしまいましたが、少ししゃっきりして新年を迎えることになりました。この本のおかげで!

今年も自分らしく、長いものには巻かれず、札束には切られず、皮肉な返答のひとつもしながら生きて行こうと思います。
それじゃ今年もよろしく。

2018/12/01

伊東四郎さんと吉田照美さんのラジオでやっていた「嫌いな言葉」にこだわる話

20181201_radio001

きょうの午後、ラジオの文化放送「親父・熱愛(パッション)」という番組で伊東四郎さんと吉田照美さんが聴取者から送られてきたメールで、表題の「嫌いな言葉」について番組でこの日のテーマとしてコーナーを設け、取り上げていました。

言葉については、このブログでも何度もいろいろ書いてきましたが、番組で取り上げられていた「嫌だな~、あの言いまわし」とか、もろ嫌いな言葉など、覚えている範囲でちょっとここでも取り上げてみたいと思います。

とにかく覚えている順でいってみます。

〇彼氏さん、彼女さん
 聞くことあるなぁ、話している相手の彼、彼女に気をつかっているのか、初めて聞いたときから薄気味悪い言葉の使い方です。あくまで自分基準ですけど。

〇肉々しい
 肉いっぱいの食べ物などを表現するときに使うものなのか。
 これもイヤな言葉だねぇ。なんていうか、表現力の無さに自分で気づいていない感じ。
 似ている言葉に、「夢々しい」ってのがあります。宝塚ファンで使っている人を時々お見受けするが。こんな安っぽい言葉で宝塚を語らないでほしいと常々思っていた。

〇・・料理番組などで・・「ここでみりんを“入れてあげます”」などという“あげます”表現。
 料理にへりくだっているのか、犬・猫にエサを“やる”ときにも“あげます”と使っているのはこの人たちだと思う。みりんは入れろっ!エサはやれっ!植木に水はやれっ!ということです!!d( ̄  ̄)

〇誰それを“リスペクト”しています。
 これも聞くねぇ。
 私が聞いている感じだと、尊敬しているわけではなく、この人をリスペクトしているというと、ちょっと聞こえがいいからとりあえず言っとく、みたいな人に対する“軽い尊敬”のときに使われているように感じる。

〇・・営業の人に「なるほどですね」って言われるとカッとなる、というのもありました。
 人の話をよく聞いていないヤツに多い、というリスナーからの指摘が番組内で読まれていました。
 たしかに営業の人から言われたらなんだか、おだてられているような気になってイヤな感じがしないでもない。
 でも、これって、たぶん九州の福岡あたりの人は常用しているんじゃないでしょうか。ようするにあっちでは普通の表現だと思う。
 伊丹十三の映画にもそんなことを言っているシーンがあったような気がする。

〇自転車のことを「チャリンコ」という。
 番組中で、伊東さんは韓国語じゃないのかとおっしゃっていましたが、たしかに韓国語の自転車はちょっと似てはいるようです。もうひとつの語源も番組中で語られていましたが、チャリンコというのは、江戸時代に言われていた子供の“スリ”のことなんだそうです。
 私は、単に自転車のベルが「チャリン・チャリン」と鳴るからなのかと思っていましたが、語源ははっきりしません。
 でも、自転車が大好きな「なぎら・けんいち」さんがある自転車番組で語られていたのですが「チャリンコは自転車の“蔑称”です。好きな自転車をチャリンコなんて蔑称で呼ぶなんて私は絶対にしない!」とおっしゃっていました。
 これには私も賛成!'(*゚▽゚*)'
 チャリンコと使っている人には、私から見た感じですが、自転車好きな人は今まで一人もいなかった。しかも、ものごと“ぞんざい”に扱う人が多かった。
 単に自転車をチャリと言ったり、原チャリ、ママチャリって言葉も大嫌いっ!

ってなことで、覚えていた番組の一部だけのネタで書いてみました。
また、言葉については今後もこのブログで取り上げたいと思います。


【Now Playing】 大人のジャズタイム / 島崎保彦 ( ラジオ日本 )

2018/09/14

「モヤモヤするあの人」を読んだ

20180901_tomoyuki_miyazaki01

【※このブログでの文は、8月頭からしばらく続いたブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『モヤモヤするあの人 -常識と非常識のあいだ-/宮崎智之著(幻冬舎文庫)』という本を読みました。
著者は、カルチャー、男女問題、日常生活における違和感などをメインに書かれているフリーライターだそうです。

取り上げている材料が“今どき”なテーマだったので、読んでみたのです。

スーツにリュックは失礼なのか?

焼き鳥の串外しは無粋な行為か?

エスカレーターの“片側空け”は間違いか?

結婚式でのフラッシュモブって・・

周囲からウザがられる「意識高い系」の人たち

ビジネスシーンに蔓延するカタカナ語を使う人たち

などなど・・。

テーマだけ見ていると、興味津々なのですが、でも読んでみると、「どっちつかず」な結論ばかりが書かれていて、期待していた著者の独断でバッサリと断じてしまうようなエンターテインメント的に語り尽くすようなものではありませんでした。
それはそれで、そういうふうに読めば、読物として面白いのですが、私としては“今ひとつ”な印象となってしまいました。

でも、デートに遅刻した彼女に、「原因と対策」を求める“意識高い系・彼”の話や、ライブやフェスで舞台に合わせて“熱唱する観客”に「歌が聞こえないよ!」と怒る人の話などの話題は笑いながら、あるいは共感しながら読みました。

仕事の場で、カタカナを使いまくる人の話も、思い当たるところがたくさんありました。
「あの件はリスケで」って、なんだか鼻についていましたよ、私も(^_^;)
それに私には「利助」って聞こえてました(*^_^*)

「エビデンス」って、ふつう使うか?!

「ASAP/エーエーエスピー/アサップ」・・アズ・スーン・アズ・ポッシブルのことだってさ(^^;)・・一生やってろ!っつうの(#^.^#)

「コミット」・・使ってるのはライザップの人か、そのCM好きな人でしょ、気持ち悪い言葉だよねぇ。

というわけで、「焼き鳥の串外し」などは、もうどうでもいいことだと思いましたが、それなりに面白く読みました。

2018/07/07

たいせつな本になると思った「ビートルズは何を歌っているのか」。

20180707_junko_asahi001

『ビートルズは何を歌っているのか?/朝日順子著(株:音楽出版社)』を読みました。
評判も良く、楽しみにしていましたが、巷の評価に違わぬ力作だと思いました。しかも力が入りすぎていないのもこの本の、著者の書き方の魅力だとも感じました。

「カットアップ技法で作られた歌詞?」という項目では、ジョンのドキュメンタリー映画に出て来た、ジョンの邸宅に侵入してきたファンの若者に対してジョンが「曲と現実生活をごっちゃにするな」と話しかけ、若者が「でも、あれは?」と『 Dig A Pony 』の歌詞を持ち出すシーンを取り上げています。

そこでジョンがそれに応えて「言葉で遊んでいただけさ。正真正銘のノンセンス・ソング。ディランだけでなくみんなやっている。言葉と言葉をくっつけて何か意味を成すか、みてみるんだ。」と語っている部分を回想しています。
私はこの部分については完全に記憶から外れていて、そうだったっけ・・と思いましたが。

要するにあの『 Dig A Pony 』という曲は関係のない言葉や文をくっつけて新たな文を作るというカットアップ技法といえる手法を用いていたらしい、と書かれているのです。
何か普通でない言葉の雰囲気だと思ってずっとこの曲を聞いてきた私に、そんなことを気づかせてくれたのです。

そう言えば、初めてあの曲を聞いたときから road hog penetrate celebrate radiate anything everything dig という言葉などが、中1で英語もほとんどわからないのに、面白い響きに聞こえたり、何だろうと辞書を引いてみたりしたことを思い出しました。

上記のようなことは、ほんのひとつの話題と言えるくらい多種多様、多彩な解釈などが飛び出してくるこの本、単に英語の専門家や、特にビートルズ・ファンでもない人が書いたものとはレベルの違う、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴに寄り添った彼らが何を思い、何故こんな表現を使ったのか、という英語を用いるあちら側からの視点を感じさせる好著でした。

時に正規発表されていない録音などにもふれていて、私の知らない世界なども垣間見え、ビートルズ・ファンとしては、やや情けない“ついて行けない”部分もあり、「まだまだファンとしては“中級以下”( ̄O ̄;)なのか」と暗然たる思いになった瞬間もありました。

でも、ファンはファン、楽しい本です。面白い本です。

最後に気になることがひとつ。

この本の最初の頁に薔薇の絵が描かれ、「McCartney Rose To my high school English teacher」と記されていました。これは朝日さんの英語の先生だったあのビートルズ資料館の野口先生のことだと思うのです。

上記のようなひっそりとしていいエピソードを見つけたのですが

最近の facebook で、当の野口先生がアルバム、「サージェント・ペパーズ・・」の「恋人募集中楽団」という表現について、きつい言葉で指摘されているのを見つけ、この本のことを言っているのか、と思い、どう考えたらいいのかわからなくなってしまいました。

何一つ事実も知らない私には、コメントなど出来ようもありませんが、あれこれと考え込んでしまい、その章以降ずっと胸騒ぎを抱えながら読むことになってしまいました。

私の想像していることがただの勘違いであることを祈っています。


【Now Playing】 Live And Let Die / Paul McCartney & Wings ( Rock )

2018/07/05

ふつうにうまい・・か

20180705_art001

最近よく感じるのは、自分が歳を取った証拠なのか、若い人と話したり、付き合ったりしたときにけっこう“ギャップ”を感じるのです。

卑近な例で言えば、今回のワールド・カップで注目を浴びた「ハンパない」。
「半端なことではない」などと自分では言ってきたが、“ハンパない”は、もう当たり前のように世間では使われている。・・自分はまだ使えない・・どうしても。
いいオトナが使う言葉じゃないと、まだ思っているんですよ。

何年か前に若い部下を現場回りのお昼時に、“とっておきの洋食屋”さんに連れて行った。
ここはランチでも何でもどんなメニューでも“ウマい”店だったが、食べているときに「どう?」と聞いたら、「ふつうにウマいっすね」と言ってた。
そのときにはウマいのか、マズいのか、どうにもこうにも普通の味なのか、まったく判断できなかった。
子供に聞いてみたら「美味しい」と捉えてよい!(^_^;)とのことでした。ああそうかい。

「落語を聞いてるんですってね」と、上記と同じ部下に聞かれた。
「うん、聞いてるよ、今度行ってみるかい?二人会があって、演目もわかっていて〇〇を噺すらしいよ」と誘ったら、「その話なら知っているので、聞いても意味がないので、行かないです」と言われた。
落語はそれぞれ演目のストーリーを知りに行くのではない。誰もがほとんど知っている話だが、誰が噺し、どんなふうに演じるのか、またその場の客との間合いでどう変化するか、などなど、「生」の高座の面白さを味わうものだが、そんなこと関係ないのでしょう。
“落語好き”としては小学生レベル以下と言わねばならないが、そんなこと言うのも面倒くさいので放っておきました。

最近、クルマで走っていてよくあることなのですが、細い脇道から若い人が本線に入ろうとしてクルマの窓から本線を走るこちらを見ている。
・・目が合う・・当然間に合わないから私のクルマをやり過ごしてから入るのだろうと思っていると、「目が合ったからには大丈夫!」とばかりに、強引に本線に入ってくる。
あわてて急ブレーキを踏んでなんとか事故から逃れたが、九死に一生を得るようなことにここ二週間で二回遭遇した。
自分のことしか、自分のためなら周りが無理してくれると信じている、“超最近人種”だ。

仕事では、メールでのやり取りで、若い人の文面には主語がなく、しかも時系列が滅茶苦茶、さらにひと言聞いては、ひと言返し、その繰り返しを延々続けようとするから話が一歩も先に進まない。

「ここで言っている〇〇は△△の意で、“何月何日何時”から“どこそこで”“これこれこういう内容”について決定するため、会議を開きたいということですね」と全てをまとめて一回のメールで送ってみると「そうです」・・と返ってくる(^^;)そのひとことだけだけどね。

あらかじめこちらが質問してくるであろうことも想定さえせず、ひとつ質問する度に「なるほどですね、さっそく調べて回答します」とメールをくれるが、その返事もいつの間にか忘れている。
私よりも超優秀な頭脳の持ち主であることは間違いない人達だが、どこかネジが緩んでいるというか抜けている。

仕事の会話の中でも、ちょっとだけ思わず笑顔になってしまうようなひと言を入れると、茫然として“固まる”。
そんなこと言われたことがないのだ。潤いのない生活と仕事をしているんだな、と思う瞬間です。

まだまだ“枚挙に暇がない”というのがほんとうのところですが、きょうはここいらでやめときます(*^_^*)・・ジジイ死ね・・と言われるので。
んじゃね。


【Now Playing】 Sesami Street / 中村たかし ( ウクレレ )

2018/03/07

「わたしの『もったいない語』辞典」を読んだ

20180306_mottainaigo01

『わたしの「もったいない語」辞典/作家・文学者・俳人などのエッセイ集(中公文庫)』を読みました。

いろいろな言葉の世界のプロ150人が選んだ言葉へのオマージュ、簡単にいうと「最近、こんな言葉使われなくなってきたよね、でも“いい言葉”だよ、まだ使ってみたい」というようなものが書かれたエッセイ集なのです。

様々な人が書いているだけに、それぞれがそれぞれに面白かったのでした。

俳人の関悦史氏があげた『縁側』。
「三和土・たたき」「欄間・らんま」「囲炉裏・いろり」に比べれば、まだ使用頻度は高い方かもしれないが、縁側そのものが街を歩いていても一般民家では見かけることがなくなりました。

隣のおばさんや、行商の人など、顔なじみの人は縁側に現われた。
私の実家も、そのご近所も、子供の頃はそんな感じでした。

東日本大震災のあとに、避難中の人達から口々に訴えられたのが、“縁側”や“井戸端”のような近所同士が集まることの出来る“中間領域”の懐かしさだったと書かれていました。

もう“縁側”が街に復活することはないだろうけど・・、でも関氏は「震災時には、携帯電話で見ることのできる「ツイッター」が役立った、と言っています。
既知・未知の入り混じった多くの人との交わりが今は「縁側」の代わりとなっている、というようなことも書かれていました。

「縁側」だけでもこれだけの話題になる。

その他「お店屋さん」「活字」「カランコロン」「達者で」などなど、様々な人がいろいろな言葉についてふれていました。

私の“もったいない語”は、「愛」と「正義」と「真実」です(*^_^*)
もう毎日生きていて、日常これらに“お目に”“お耳に”かかることはない。
特に「政治」の世界では“死に絶えた”言葉です。

「愛」と「正義」と「真実」がリアルに生きているのは・・宝塚歌劇の中だけです。ほんと、私の場合はそう・・。
三つの失われた言葉、ものに対しての渇望が私を宝塚劇場へといざなう…σ(^_^;)結局、“宝塚オチ”かい!(^^;)


【Now Playing】 Pipes Of Peace / Paul McCartney ( Rock )

2018/02/23

メタルじゃなくてメダルだよ

20180223_medal01

オリンピックも佳境にあって、メダルをめぐるいろいろなドラマも繰り広げられているようです。ですが、時々聞こえるおじさんの「メタルを取れてよかった」などという“メタル”発言!!

まあ金属で出来てるから“メタル”かもしんないけど、『メダル』じゃないの?!
“メタルおじさん”は、けっこういる。65才以上だな、だいたい。

そうそうおじさんばかりでなく、おばさんは紅茶のあれを“ティーパック”という・・。
私が『ティーバッグ』と言ったら、「発音が濁ってますよ」って言われたことがある。
紅茶がパッケージングされているから“パック”だと思ったらしい。

あの紙の包装ををよく見てみてね。『 Tea Bag 』って書いてあるよ、バッグに入っているお茶なんだよ、濁って発音してるわけじゃないんだ。

『エンターテイナー』を“エンターティナー”って言う人もいる。
『 Entertain (エンターテイン)/たのしませる』からエンターテイナーなんだよね、“エンターティーン”しているわけではない(^_^;)

『デスクトップ・パソコン』を“ディスクトップ・パソコン”っていうおじさんも多い。
机上(DeskTop)のパソコンだからデスクトップっていうんだけど、ディクストップじゃ、何かお皿の上に乗っているパソコンみたいだ。

そういえば、昔はラップトップ・パソコンなんて言い方をしていたノート・パソコン。
ラップトップは膝の上ってことだったと思うが、最近聞かないな。

上記のような言い間違いではないが、一時「プリンタ」と言っていたのが「プリンター」にいつの間にかなってたな。なぜ昔はプリンタと寸足らず気味に言っていたのだろう。
PC用語は、最後の一音が伸ばされる音の場合、皆寸詰まりにして発音していたような気がする。

“アロマ・テラピー”なんて言ってたのも、アロマ・セラピー、アニマル・セラピー、サイコ・セラピーなどのように『セラピー』化されてましたね、いつの間にか(*^_^*)

ああ、今思い出した。
ビートルズ解散前後にベースをメンバーのソロアルバムなどで弾いていたクラウス・フォアマン。ビートルズのアルバム「リボルバー」のジャケットも彼の手で作られている。
私が中学生時代に初めて彼を知ったときには、「クラウス・ブアマン」と呼ばれ、書籍等にもそう記されているものばかりだった。
誰がいつ、「フォアマン」にしたのか。

で、だんだん私も、多勢に無勢で「ブアマン」って言えなくなってきて困ったのですが、でも、ジョージ・ハリスンのライブ・アルバム「バングラデシュのコンサート」では、ジョージは「クラウス・“ブアマン”」と発音して紹介しているよ・・、どういうことでしょ。

そういうのって、けっこうあるよなあ。昔の本などを見ていると、上記のビートルズメンバー、ジョージ・ハリスンは、“ハリソン”ってなっていることも多々あった。
ま、どっちでもいいのかもしれないけど・・(^^;)

以上、きょうはとりとめのない話でした。ごめんね。


【Now Playing】 You / George Harrison ( Rock )

2018/02/20

「昭和式 もめない会話帖」を読んだ

20180218_kazue_ohdaira01

『昭和式 もめない会話帖/大平一枝著(中公文庫)』を読みました。
これは作家でエッセイストの著者が主に昭和の映画の台詞などから人の心を丸くする、技ありのフレーズなどを選りすぐった「昭和ことば辞典、おい、羊羹とお茶もっといで!」を改題し、文庫化したものです。

というわけで、市川崑、木下惠介、増村保造、小津安二郎などが監督した映画から著者が“これイイかも”っていう言葉づかいを多数挙げてコメントしているのです。

「送っていただいて有り難うございました。お茶も差し上げませんで。また遅くなりましたらあれですから。どうぞ。」
・・って、「家には寄らないで」ということ・・と著者はコメントを入れてます。
なるほどねぇ。

「あなたはいったい、この真知子にどうしろとおっしゃるんです」
・・「じゃあ何?別れればいいってわけ?」の言い換え(^^;)・・おもしろい。

「あなたをお慕いしてきたのです」
・・「ずっと好きだった」の意。こんな人、今の日本では絶滅しております(^_^;)

「そうどすけど、ええお方がおへんもん」
・・「気を持たせた相手から、恋人はいるのか、ときかれたら」京都弁がたまりません。

「きみがレモンスカッシュみたいな娘だとすると、彼女はハイボールのダブルかな」
・・「初々しい清純派と、大人の女のたとえ」・・なんかドキッとした…σ(^_^;)

「あなた、何かのはずみだったんですか?」
・・「浮気の婉曲表現」今の人だったら、いきなり直接的にダンナを糾弾し、“ギタンギタン”にすることでしょう( ̄O ̄;)

というわけで、もっとお上品な言葉づかいもたくさん載っていましたよ、私が取り上げたのがちょっと面白いものばかりだったので・・。


【Now Playing】 日曜日のそれ / 笑福亭鶴瓶 ( ニッポン放送 )

より以前の記事一覧

2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

最近のトラックバック