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2018/09/14

「モヤモヤするあの人」を読んだ

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【※このブログでの文は、8月頭からしばらく続いたブログ休止中にデジタルでメモしておいたものをアップするものです。なので、現在とタイミング的にマッチしないものもアップされるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。】

『モヤモヤするあの人 -常識と非常識のあいだ-/宮崎智之著(幻冬舎文庫)』という本を読みました。
著者は、カルチャー、男女問題、日常生活における違和感などをメインに書かれているフリーライターだそうです。

取り上げている材料が“今どき”なテーマだったので、読んでみたのです。

スーツにリュックは失礼なのか?

焼き鳥の串外しは無粋な行為か?

エスカレーターの“片側空け”は間違いか?

結婚式でのフラッシュモブって・・

周囲からウザがられる「意識高い系」の人たち

ビジネスシーンに蔓延するカタカナ語を使う人たち

などなど・・。

テーマだけ見ていると、興味津々なのですが、でも読んでみると、「どっちつかず」な結論ばかりが書かれていて、期待していた著者の独断でバッサリと断じてしまうようなエンターテインメント的に語り尽くすようなものではありませんでした。
それはそれで、そういうふうに読めば、読物として面白いのですが、私としては“今ひとつ”な印象となってしまいました。

でも、デートに遅刻した彼女に、「原因と対策」を求める“意識高い系・彼”の話や、ライブやフェスで舞台に合わせて“熱唱する観客”に「歌が聞こえないよ!」と怒る人の話などの話題は笑いながら、あるいは共感しながら読みました。

仕事の場で、カタカナを使いまくる人の話も、思い当たるところがたくさんありました。
「あの件はリスケで」って、なんだか鼻についていましたよ、私も(^_^;)
それに私には「利助」って聞こえてました(*^_^*)

「エビデンス」って、ふつう使うか?!

「ASAP/エーエーエスピー/アサップ」・・アズ・スーン・アズ・ポッシブルのことだってさ(^^;)・・一生やってろ!っつうの(#^.^#)

「コミット」・・使ってるのはライザップの人か、そのCM好きな人でしょ、気持ち悪い言葉だよねぇ。

というわけで、「焼き鳥の串外し」などは、もうどうでもいいことだと思いましたが、それなりに面白く読みました。

2018/07/07

たいせつな本になると思った「ビートルズは何を歌っているのか」。

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『ビートルズは何を歌っているのか?/朝日順子著(株:音楽出版社)』を読みました。
評判も良く、楽しみにしていましたが、巷の評価に違わぬ力作だと思いました。しかも力が入りすぎていないのもこの本の、著者の書き方の魅力だとも感じました。

「カットアップ技法で作られた歌詞?」という項目では、ジョンのドキュメンタリー映画に出て来た、ジョンの邸宅に侵入してきたファンの若者に対してジョンが「曲と現実生活をごっちゃにするな」と話しかけ、若者が「でも、あれは?」と『 Dig A Pony 』の歌詞を持ち出すシーンを取り上げています。

そこでジョンがそれに応えて「言葉で遊んでいただけさ。正真正銘のノンセンス・ソング。ディランだけでなくみんなやっている。言葉と言葉をくっつけて何か意味を成すか、みてみるんだ。」と語っている部分を回想しています。
私はこの部分については完全に記憶から外れていて、そうだったっけ・・と思いましたが。

要するにあの『 Dig A Pony 』という曲は関係のない言葉や文をくっつけて新たな文を作るというカットアップ技法といえる手法を用いていたらしい、と書かれているのです。
何か普通でない言葉の雰囲気だと思ってずっとこの曲を聞いてきた私に、そんなことを気づかせてくれたのです。

そう言えば、初めてあの曲を聞いたときから road hog penetrate celebrate radiate anything everything dig という言葉などが、中1で英語もほとんどわからないのに、面白い響きに聞こえたり、何だろうと辞書を引いてみたりしたことを思い出しました。

上記のようなことは、ほんのひとつの話題と言えるくらい多種多様、多彩な解釈などが飛び出してくるこの本、単に英語の専門家や、特にビートルズ・ファンでもない人が書いたものとはレベルの違う、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴに寄り添った彼らが何を思い、何故こんな表現を使ったのか、という英語を用いるあちら側からの視点を感じさせる好著でした。

時に正規発表されていない録音などにもふれていて、私の知らない世界なども垣間見え、ビートルズ・ファンとしては、やや情けない“ついて行けない”部分もあり、「まだまだファンとしては“中級以下”( ̄O ̄;)なのか」と暗然たる思いになった瞬間もありました。

でも、ファンはファン、楽しい本です。面白い本です。

最後に気になることがひとつ。

この本の最初の頁に薔薇の絵が描かれ、「McCartney Rose To my high school English teacher」と記されていました。これは朝日さんの英語の先生だったあのビートルズ資料館の野口先生のことだと思うのです。

上記のようなひっそりとしていいエピソードを見つけたのですが

最近の facebook で、当の野口先生がアルバム、「サージェント・ペパーズ・・」の「恋人募集中楽団」という表現について、きつい言葉で指摘されているのを見つけ、この本のことを言っているのか、と思い、どう考えたらいいのかわからなくなってしまいました。

何一つ事実も知らない私には、コメントなど出来ようもありませんが、あれこれと考え込んでしまい、その章以降ずっと胸騒ぎを抱えながら読むことになってしまいました。

私の想像していることがただの勘違いであることを祈っています。


【Now Playing】 Live And Let Die / Paul McCartney & Wings ( Rock )

2018/07/05

ふつうにうまい・・か

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最近よく感じるのは、自分が歳を取った証拠なのか、若い人と話したり、付き合ったりしたときにけっこう“ギャップ”を感じるのです。

卑近な例で言えば、今回のワールド・カップで注目を浴びた「ハンパない」。
「半端なことではない」などと自分では言ってきたが、“ハンパない”は、もう当たり前のように世間では使われている。・・自分はまだ使えない・・どうしても。
いいオトナが使う言葉じゃないと、まだ思っているんですよ。

何年か前に若い部下を現場回りのお昼時に、“とっておきの洋食屋”さんに連れて行った。
ここはランチでも何でもどんなメニューでも“ウマい”店だったが、食べているときに「どう?」と聞いたら、「ふつうにウマいっすね」と言ってた。
そのときにはウマいのか、マズいのか、どうにもこうにも普通の味なのか、まったく判断できなかった。
子供に聞いてみたら「美味しい」と捉えてよい!(^_^;)とのことでした。ああそうかい。

「落語を聞いてるんですってね」と、上記と同じ部下に聞かれた。
「うん、聞いてるよ、今度行ってみるかい?二人会があって、演目もわかっていて〇〇を噺すらしいよ」と誘ったら、「その話なら知っているので、聞いても意味がないので、行かないです」と言われた。
落語はそれぞれ演目のストーリーを知りに行くのではない。誰もがほとんど知っている話だが、誰が噺し、どんなふうに演じるのか、またその場の客との間合いでどう変化するか、などなど、「生」の高座の面白さを味わうものだが、そんなこと関係ないのでしょう。
“落語好き”としては小学生レベル以下と言わねばならないが、そんなこと言うのも面倒くさいので放っておきました。

最近、クルマで走っていてよくあることなのですが、細い脇道から若い人が本線に入ろうとしてクルマの窓から本線を走るこちらを見ている。
・・目が合う・・当然間に合わないから私のクルマをやり過ごしてから入るのだろうと思っていると、「目が合ったからには大丈夫!」とばかりに、強引に本線に入ってくる。
あわてて急ブレーキを踏んでなんとか事故から逃れたが、九死に一生を得るようなことにここ二週間で二回遭遇した。
自分のことしか、自分のためなら周りが無理してくれると信じている、“超最近人種”だ。

仕事では、メールでのやり取りで、若い人の文面には主語がなく、しかも時系列が滅茶苦茶、さらにひと言聞いては、ひと言返し、その繰り返しを延々続けようとするから話が一歩も先に進まない。

「ここで言っている〇〇は△△の意で、“何月何日何時”から“どこそこで”“これこれこういう内容”について決定するため、会議を開きたいということですね」と全てをまとめて一回のメールで送ってみると「そうです」・・と返ってくる(^^;)そのひとことだけだけどね。

あらかじめこちらが質問してくるであろうことも想定さえせず、ひとつ質問する度に「なるほどですね、さっそく調べて回答します」とメールをくれるが、その返事もいつの間にか忘れている。
私よりも超優秀な頭脳の持ち主であることは間違いない人達だが、どこかネジが緩んでいるというか抜けている。

仕事の会話の中でも、ちょっとだけ思わず笑顔になってしまうようなひと言を入れると、茫然として“固まる”。
そんなこと言われたことがないのだ。潤いのない生活と仕事をしているんだな、と思う瞬間です。

まだまだ“枚挙に暇がない”というのがほんとうのところですが、きょうはここいらでやめときます(*^_^*)・・ジジイ死ね・・と言われるので。
んじゃね。


【Now Playing】 Sesami Street / 中村たかし ( ウクレレ )

2018/03/07

「わたしの『もったいない語』辞典」を読んだ

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『わたしの「もったいない語」辞典/作家・文学者・俳人などのエッセイ集(中公文庫)』を読みました。

いろいろな言葉の世界のプロ150人が選んだ言葉へのオマージュ、簡単にいうと「最近、こんな言葉使われなくなってきたよね、でも“いい言葉”だよ、まだ使ってみたい」というようなものが書かれたエッセイ集なのです。

様々な人が書いているだけに、それぞれがそれぞれに面白かったのでした。

俳人の関悦史氏があげた『縁側』。
「三和土・たたき」「欄間・らんま」「囲炉裏・いろり」に比べれば、まだ使用頻度は高い方かもしれないが、縁側そのものが街を歩いていても一般民家では見かけることがなくなりました。

隣のおばさんや、行商の人など、顔なじみの人は縁側に現われた。
私の実家も、そのご近所も、子供の頃はそんな感じでした。

東日本大震災のあとに、避難中の人達から口々に訴えられたのが、“縁側”や“井戸端”のような近所同士が集まることの出来る“中間領域”の懐かしさだったと書かれていました。

もう“縁側”が街に復活することはないだろうけど・・、でも関氏は「震災時には、携帯電話で見ることのできる「ツイッター」が役立った、と言っています。
既知・未知の入り混じった多くの人との交わりが今は「縁側」の代わりとなっている、というようなことも書かれていました。

「縁側」だけでもこれだけの話題になる。

その他「お店屋さん」「活字」「カランコロン」「達者で」などなど、様々な人がいろいろな言葉についてふれていました。

私の“もったいない語”は、「愛」と「正義」と「真実」です(*^_^*)
もう毎日生きていて、日常これらに“お目に”“お耳に”かかることはない。
特に「政治」の世界では“死に絶えた”言葉です。

「愛」と「正義」と「真実」がリアルに生きているのは・・宝塚歌劇の中だけです。ほんと、私の場合はそう・・。
三つの失われた言葉、ものに対しての渇望が私を宝塚劇場へといざなう…σ(^_^;)結局、“宝塚オチ”かい!(^^;)


【Now Playing】 Pipes Of Peace / Paul McCartney ( Rock )

2018/02/23

メタルじゃなくてメダルだよ

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オリンピックも佳境にあって、メダルをめぐるいろいろなドラマも繰り広げられているようです。ですが、時々聞こえるおじさんの「メタルを取れてよかった」などという“メタル”発言!!

まあ金属で出来てるから“メタル”かもしんないけど、『メダル』じゃないの?!
“メタルおじさん”は、けっこういる。65才以上だな、だいたい。

そうそうおじさんばかりでなく、おばさんは紅茶のあれを“ティーパック”という・・。
私が『ティーバッグ』と言ったら、「発音が濁ってますよ」って言われたことがある。
紅茶がパッケージングされているから“パック”だと思ったらしい。

あの紙の包装ををよく見てみてね。『 Tea Bag 』って書いてあるよ、バッグに入っているお茶なんだよ、濁って発音してるわけじゃないんだ。

『エンターテイナー』を“エンターティナー”って言う人もいる。
『 Entertain (エンターテイン)/たのしませる』からエンターテイナーなんだよね、“エンターティーン”しているわけではない(^_^;)

『デスクトップ・パソコン』を“ディスクトップ・パソコン”っていうおじさんも多い。
机上(DeskTop)のパソコンだからデスクトップっていうんだけど、ディクストップじゃ、何かお皿の上に乗っているパソコンみたいだ。

そういえば、昔はラップトップ・パソコンなんて言い方をしていたノート・パソコン。
ラップトップは膝の上ってことだったと思うが、最近聞かないな。

上記のような言い間違いではないが、一時「プリンタ」と言っていたのが「プリンター」にいつの間にかなってたな。なぜ昔はプリンタと寸足らず気味に言っていたのだろう。
PC用語は、最後の一音が伸ばされる音の場合、皆寸詰まりにして発音していたような気がする。

“アロマ・テラピー”なんて言ってたのも、アロマ・セラピー、アニマル・セラピー、サイコ・セラピーなどのように『セラピー』化されてましたね、いつの間にか(*^_^*)

ああ、今思い出した。
ビートルズ解散前後にベースをメンバーのソロアルバムなどで弾いていたクラウス・フォアマン。ビートルズのアルバム「リボルバー」のジャケットも彼の手で作られている。
私が中学生時代に初めて彼を知ったときには、「クラウス・ブアマン」と呼ばれ、書籍等にもそう記されているものばかりだった。
誰がいつ、「フォアマン」にしたのか。

で、だんだん私も、多勢に無勢で「ブアマン」って言えなくなってきて困ったのですが、でも、ジョージ・ハリスンのライブ・アルバム「バングラデシュのコンサート」では、ジョージは「クラウス・“ブアマン”」と発音して紹介しているよ・・、どういうことでしょ。

そういうのって、けっこうあるよなあ。昔の本などを見ていると、上記のビートルズメンバー、ジョージ・ハリスンは、“ハリソン”ってなっていることも多々あった。
ま、どっちでもいいのかもしれないけど・・(^^;)

以上、きょうはとりとめのない話でした。ごめんね。


【Now Playing】 You / George Harrison ( Rock )

2018/02/20

「昭和式 もめない会話帖」を読んだ

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『昭和式 もめない会話帖/大平一枝著(中公文庫)』を読みました。
これは作家でエッセイストの著者が主に昭和の映画の台詞などから人の心を丸くする、技ありのフレーズなどを選りすぐった「昭和ことば辞典、おい、羊羹とお茶もっといで!」を改題し、文庫化したものです。

というわけで、市川崑、木下惠介、増村保造、小津安二郎などが監督した映画から著者が“これイイかも”っていう言葉づかいを多数挙げてコメントしているのです。

「送っていただいて有り難うございました。お茶も差し上げませんで。また遅くなりましたらあれですから。どうぞ。」
・・って、「家には寄らないで」ということ・・と著者はコメントを入れてます。
なるほどねぇ。

「あなたはいったい、この真知子にどうしろとおっしゃるんです」
・・「じゃあ何?別れればいいってわけ?」の言い換え(^^;)・・おもしろい。

「あなたをお慕いしてきたのです」
・・「ずっと好きだった」の意。こんな人、今の日本では絶滅しております(^_^;)

「そうどすけど、ええお方がおへんもん」
・・「気を持たせた相手から、恋人はいるのか、ときかれたら」京都弁がたまりません。

「きみがレモンスカッシュみたいな娘だとすると、彼女はハイボールのダブルかな」
・・「初々しい清純派と、大人の女のたとえ」・・なんかドキッとした…σ(^_^;)

「あなた、何かのはずみだったんですか?」
・・「浮気の婉曲表現」今の人だったら、いきなり直接的にダンナを糾弾し、“ギタンギタン”にすることでしょう( ̄O ̄;)

というわけで、もっとお上品な言葉づかいもたくさん載っていましたよ、私が取り上げたのがちょっと面白いものばかりだったので・・。


【Now Playing】 日曜日のそれ / 笑福亭鶴瓶 ( ニッポン放送 )

2018/02/08

『婚活』は、もう広辞苑にも載っている言葉だそう・・

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きょうの新聞を見ていたら、まさに「婚活」という造語を生み出した人、中央大学の山田昌弘教授の記事がありました。

平成20年に出版した「『婚活』時代」がそのきっかけだったのだそうです。

1990年代に入ると恋愛と結婚が分離された・・。
ライフスタイルを共有する結婚は、“すり合わせ”が必要になってしまったようで、バブル崩壊で格差社会が拡大し、就職できる人とフリーターになる人の二極化から、経済力を備えた男性が減り、それに対応していくのが「婚活」だったということです。

私は最初にこの言葉を聞いたときには「とんかつ?」と思ってしまったのですが、それも今は昔・・。すっかり“婚活”は定着した言葉になりました。

でも、婚活自体も誤解が拡がり、「数少ない収入の安定した男性を捕まえるために早くから活動しなくては」という活動と当初は思われてしまったと教授はおっしゃっています。

で、婚活ブームは「恋愛の衰退」も招いてしまったようで、経済的安定を最優先すれば、ますます恋愛が遠いものになってしまったのです。

結果として『交際したら良さが分かる人』が排除されてしまったわけで、国勢調査などでも若い男女の未婚率は婚活サイトや結婚相談所、企業や自治体の結婚支援もむなしく、改善しなかったということです。

私のかつての職場などでも若い人がいましたが、いずれも「付き合うと自分の時間がなくなる」「自分のペースをくずされるのがいや」などというお付き合いに対する考え方を聞かされました。

自分の時間がなくなっても、その人と過す時間をつくり一緒に居たい。

自分のペースではなく、二人のペースを見いだす、なんてことにはならないのかね、と思いました、その当時の私。

さっきわかれてきたばかりなのに、もう会いたい。帰宅してまた電話で長話する、・・なんて記憶が私にはありますが、ラインやメールなどの通信環境が発達している現在では、逆に孤独感のある男女の様子が浮き彫りに・・、不思議な世の中です。

恋愛というものが、いよいよ人々の中から消失していくのか。
「昔の人は、いちいち結婚するのに“恋愛”してからしたらしいよ。」なんて皆が言う日がやってくるのか。

そんなことを考えたのでした。

2018/01/24

「小津映画 粋な日本語」を読んだ

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『小津映画 粋な日本語/中村明著(ちくま文庫)』を読みました。

著者の中村明氏は、国立国語研究室長を経て、現在は早大の名誉教授。「作家の文体」「人物表現辞典」「日本語 語感の辞典」などの著書があります。

この本は、あの映画監督、小津安二郎の映画の中で使われていた台詞から、さまざまな特徴を丹念にひろい出し、小津の意図していたことや、当時の庶民の言葉づかい、世相、人々が互いに用いていた言葉での表現とそのやりとりなど、学者らしい研究的な探求視線で、その文化的な空気についても書かれていました。

冒頭では、台詞よりも前に映画を撮る小津監督の基本的な姿勢というか、映画に対する取り組み方、美意識などについても割とじっくりふれています。

そしてそのあとは怒濤のように映画の中に出てくる「口ぐせ」、一見無駄なようにみえる「会話の芸」ともいえるやりとり、「台詞の“間”」、コミカルだったり、わざと噛み合わないようにしている「台詞の展開」などについて、実に事細かに数々の映画の中から台詞を洗い出し、小津の台詞の魅力を“とことん”と言えるまでに書き込んでいます。

エスプリとアイロニー、にじみだすユーモア、などなど、あの淡々としてストーリーがあるのか?この映画?!みたいな小津映画から滲み出る魅力のようなものをあぶり出しています。

そう、私もたくさんの小津映画を見たわけではありませんが、特段いわゆる映画らしい急なストーリー展開もなく、何が言いたいのだろうと思わせておいて、最後にはしみじみとしてしまう“マジック”的な“超平凡”展開に魅せられてしまうのです。

それは、なんでもない台詞の端々から実は知らず識らずのうちに感じ取っていたわけですが、たとえばこの台詞は小津映画のどことどこに何度出てくるなんて、統計的な観点からも小津映画の秘密を探り当てているのです。

それから、読んでいて、平成の現在ではすっかり死後になった言葉遣いも多々あることを知りました。
親子で敬語を日常的に使っている様子や、「あそばせ」言葉も当時はけっこう普通に使われています。
あとは、主語をはっきりさせず、アウンの間でわかれ!みたいな表現などもいくつもあげられていました。

こうして、台詞中心に小津映画を味わってみると、ますますその奥深さに驚くことになったのです。
まだ見ていない小津映画、また探してみようと思います。


【Now Playing】 Infant Eyes / Wayne Shorter ( Jazz )

2018/01/03

僕らは寄席で「お言葉」を見つけた、を読んだ

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『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた/長井好弘著(東京かわら版新書)』という本を読みました。
これは、演芸誌「東京かわら版」の名物コラム「今月のお言葉」を書籍化したものです。
ようするに、日々寄席に通い、そのとき聞いた噺家のちょっとした言葉を“お言葉”としてピックアップし、ありがたがったり、おもしろがったりしよう・・という本なんです。

昨年は私も何度か寄席に足を運びましたが、やはりテレビなどではなく、寄席という小屋の中に幽閉されたところで、ふと、ついたように出てくる噺家のお言葉は興味深く、その小屋の中にいる客だけの内緒話みたいで、なんだかいいものです。

立川談四楼師匠の「落語ブームで若いお客さんが来るようになったけど、途中で落語に出てくる言葉がわからない。たとえば小間物屋っていっても、そこで何だろうとつっかえてしまう・・。ファンシーショップていうか、化粧品とか、そういう細々したものを売ってる・・そうそうマツキヨ!!」って説明して(^^;)話を進めるのだそう・・。

小間物屋がマツキヨなら、荒物屋は・・・東急ハンズっ!!!d(^_^o)

こんな面白いお言葉がたくさん書かれていました。だから楽しかった(*^_^*)

立川談志門下のお弟子さんたちは、それぞれに“恨み節”っていうか、談志との逸話を持っていて、それを“まくら(噺の本題に入る前に軽く、くすぐってくれるちょっとした話)”に談志の悪口を言っていたら高座真っ最中に大地震が起きて、立川生志師匠、「談志、怒ってます?」に、騒然となっていた会場は爆笑に!なんてお言葉もありました(^_^)

林家正蔵師匠が子供の頃の話を始めて、お父さんお母さん(初代・林家三平さんと海老名香葉子さんです)が大喧嘩。「凄い怒号が聞こえてきて、“てめえ出てけ!馬鹿野郎!”って・・・これ、母がいうんです。」っていうオチのついたお言葉!(*^。^*)
こりゃおもしろかった。

そんなこんなでたくさんの師匠たちの深い言葉、ありがたい言葉、くだらない言葉、あきれる言葉、しみじみとする言葉、などなど珠玉のお言葉集となっておりました。
機会がありましたらぜひ落語ファンは読んでみてください。「東京かわら版」を購読している人には初見ではありませんが・・、ぜひに。


【Now Playing】 NGO世界一周! / 安部亮、須田将啓他 ( ニッポン放送 )

2017/12/18

私の『今年の漢字』

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毎年発表されている「今年の漢字」が世間では、発表されましたが、自分にとっての今年の漢字はなんだろう、と少し考えてみました。・・ま、どうでもいい話題だと思われるでしょうけど、ちょっと付き合ってください(*^_^*)

ということで、今年の「私の漢字」を『焦』としました。
※焦がれる(こがれる)という文字です。

このブログでは宝塚関係のことをよく掲載しているのですが、花組のトップスター明日海りお(あすみ・りお)さんの三人目の相手娘役が仙名彩世(せんな・あやせ)さんに決まり、実際の舞台は非常に充実したものとなり、明日海さんは落ち着いてじっくりと舞台に取り組んでいるように見えます。
これは娘役として仙名さんに明日海さんが“焦がれて”いたのではないかと思ったのです。

それは、雪組の望海風斗(のぞみ・ふうと)さんについても、どうしても真彩希帆(まあや・きほ)さんだったんじゃないかと推測します。“焦がれた”というわけです。・・ほんとかどうかは知らないよ(^_^;)

このあいだ退団された宙組・娘役の怜美うらら(れいみ・うらら)さんは、前のトップスター凰稀かなめ(おうき・かなめ)さんが“焦がれていた”んじゃないかと、これまた愚かな推測をしています。
凰稀さんのここのところのインスタグラムでは、怜美さんが再三登場。
自らの舞台にも呼び寄せているようで、写真を見ても凰稀さんの“焦がれ”を感じます。何度も言うけど、ほんとかどうかは知らないよ…σ(^_^;)

宝塚での「焦」は以上のように考えました。

あとは今年見た映画の中でも、男女の恋愛上の“焦がれ”もあったけど、親子間のものや、他人の状況についてのもの、美しい自然へのものなど、様々な“焦がれ”を感じました。
何か、今、人は“焦がれる”ものを探しているんじゃないかと思うくらい。

読書関係では、作品の内容そのものよりも、著者・作者の探求心や、それを求めていく環境などに“焦がれる”私がいました。
こんなふうに突き詰めていろいろなことを考えてみたい、文にしてみたいと、作者や作者のいる環境に焦がれました。

音楽関係では、相変わらず1950年代後半から1960年代前半のジャズや、1960年代のビートルズの音楽に惹きつけられ、その「時代」の空気に“焦がれ”ました。
これは長年続いているなぁ・・。

そして、自分の人への“焦がれ”。
このブログによく出てくる中学時代の担任の美術の先生の作品への意欲を見ていると、人としての存在に“焦がれ”ました。また、ほかにもガッツリ様々なことに取り組んでいる人とも今年は出会い、やはりここでも“焦がれ”を感じました。

また、今年は数十年ぶりに友として復活した高校の同窓生がいて、あの時代の感覚に“焦がれ”た感覚があります。

最後に、「いい歳こいて」と思われるかもしれませんが、生き生きとして私の目に映る女性にも“焦がれ”ました。別にどうこうなろうというわけじゃありませんよ。でも、そんな気持ちになるというのは、いくつになっても男女には必要なんじゃないか、とあらためて深く感じたのです。

というわけで、今年の私の漢字は『焦』でした。
最後まであきれず読んでいただいた方、ありがとうございました。
あなたの今年の漢字は何ですか?


【Now Playing】 HEART TO HEART / 姜尚中 ( J-WAVE )

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