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2022/05/22

映画「シング・ア・ソング! -笑顔を咲かす歌声-」を見て来ました。

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映画『シング・ア・ソング! -笑顔を咲かす歌声-(Military Wives)/2019年 イギリス 監督:ピーター・カッタネオ 主演:クリスティン・スコット・トーマス、シャロン・ホーガン』という映画を見て来ました。

このあいだ半年ぶりに映画を見て、今回は休日なので妻も誘い千葉劇場へ。やはり映画館で見る映画はいいものです。

映画の舞台となるのはイギリス軍基地でした。
愛する人を戦地に送り出し、最悪の知らせが届くことを恐れながら、基地に暮らす軍人の妻たちが主人公です。

大佐の妻ケイト[クリスティン・スコット・トーマス]が、そんな女性たちを元気づけようと、困難を乗り越えるために何か努力しなくてはと、熱意を持ってはたらきかけるが、皆は割と冷たい視線・・。空回り状態でした。

 

 

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女性たちの本来のまとめ役リサ[シャロン・ホーガン]は、最初はやる気なさそうでしたが、何気なく始めた“合唱”に多くの女性たちが笑顔を見せ始め、ケイトとリサの中心的な二人が方針の違いなどから衝突を繰り返しながら、やがて皆が互いを認め合うことに。

夫たちが向かった戦地から最悪の知らせを受け取ってしまうメンバーがいたり、家庭内がうまくいかなかったり、かつて我が子を戦地で亡くし、不安定な精神状態の人もいる中、だんだんと美しい歌声を響かせるようになる合唱団。

 

 

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そして、毎年ロンドンのアルバートホールで開かれる大規模な戦没者追悼イベントへの招待状が届き・・みんなが心をひとつにして歌い切ることができるのか・・最後の歓喜のシーンまで、いろいろなことが起こり、涙が何度も頬を伝うことになりました。隣にいた妻も嗚咽するのを我慢するのが大変だったと鑑賞後にポツリともらしました。

2019年の映画ですが、今、世界はロシアとウクライナの戦争で、皆が心を曇らせています。
映画の中に出て来た悲しい出来事が、現実に両国で起こっているわけです。

一人の兵士の死が、家族だけでなく、多くの人の悲しみになり、それらは今、世界を埋め尽くすくらいの悲しみの渦となっているのです、目には見えないけれど。

早く兵士が自国に帰還し、家族と再会し、笑顔になれることを祈ります。
人間が人間を攻撃したり、殺そうとしたりすることのない日が訪れる日をいつまでも待ち続けます。

 

2022/04/30

「強父論/阿川佐和子」を読みました。

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『強父論/阿川佐和子著(文藝春秋)』を読みました。

著者、阿川佐和子さんのお父様はもちろん阿川弘之氏。
94歳で亡くなられ、その後、娘の佐和子さんに「お父さんのことを一冊書いてみないか」という話が来たとのこと。

こんな日がくるとは・・もちろん、阿川さんは予想しておられ(^_^;)、今までの阿川さんの著書の中でも散々出てくるお父さんの弘之氏。
傍若無人、人権無視、女性蔑視、我が儘、傲慢、独裁者、だだっ子、いじけ虫・・などという言葉が数々の阿川さんのご本を読んできた私にも思い浮かべられますd( ̄  ̄)

亡くなるときの様子なども書かれていましたが、けっこう最後の最後まであまり変わらなかったようです、お父さん。

お父さんの“あんまりだ”というエピソードをこの本でも“再録”状態で披露されて(^^;)いますが、それでもそんな話をしたときに、友人やお母さんから「あなたもそっくりじゃない」と言われて、けっこう“ギャフン”と言わされていました。
結局、父娘は根本的な部分で似かよった部分があったようで、「まあ、しゃあない」という結論に至ったような気がする本でした。

向田邦子さんのエッセイなどを読むと、阿川さんのお父さんと“いい勝負”の向田さんの父親が登場して、これまた「そんなこと言いなさんな!」と言いたくなるくらいの“強権ぶり”を発揮していました。
ときどき、どっちがどっちのエピソードか、わからなくなることもありました…σ(^_^;)

タイトルがいいです!「強父論」。
強い父、恐怖の父、という感じがよく出ていますd(^_^o)

最近は「いいお父さん」が増えて(フリをしているだけ?)、こんな“頑固親父”町内見渡してもほとんどいないでしょう。
私が小さい頃には、七割方がこんな親父だったような気もする(^_^;)

本の帯に「ビートたけし氏絶賛!阿川さんには言わなかったけど、はっきり言ってあなたのお父さんは私の理想です」と書かれていました。
・・そうだろうなぁ・・。

 

2022/04/19

サヘル・ローズさんの「言葉の花束」を読みました。

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『言葉の花束 -困難を乗り切るための“自分育て”-/サヘル・ローズ著(講談社)』を読みました。

きっかけは、ラジオ・文化放送「浜美枝のいつかあなたと」という番組にサヘルさんが出演され、この著書について浜さんからインタビューを受けていたのを聞いたからです。

もう浜さんの声の調子がほんとうにこの本を読んで、大きな衝撃を受け、感動したことがわかりました。
また、サヘルさんのあまりにも“まっすぐ”で真摯で、優しい受け答えに私自身も「ぜひ、この本を読んでみたい」と思ったのです。

イラン生まれのサヘル・ローズさんは、幼少時代を孤児院で生活し、養母となったフローラ・ジャスミンさんに7歳のときに引き取られます。

8歳でその養母と共に来日。
孤児、養子縁組、貧困、差別・・そのほかにもつらいことや、悲しいこと、さまざまな事実がたくさん綴られていました。

お義母さんとの暮しは貧困に加速がついたように、公園で生活するようになり、冬は図書館で閉館までの時間、暖を取り、その後はスーパーで安いものを見つけたり、試食品を食べたりして暮らしていて、着替えもなく、風呂もなく、公園から学校に行く生活、お義母さんは、きつい仕事をサヘルさんのためにして、もう考えられない環境の中、サヘルさんは“いじめ”にも遭ってしまう・・。

でも、親子二人で実の親子のようになんとか光を見出すように生きて行く姿に、私は何度も涙しました。

目の前にいる相手を、どう感じられるかがとても大切だというサヘルさん。
その感情を教えてくれたのが義母のフローラさんです。
自分を見つけてくれ、もう一度生きる感情をもらったとおっしゃっています。
お義母さんのフローラさんの瞳に映る私が本当のサヘル・ローズだと信じています、と静かな調子で書かれていました。

相手の目を見るなんて、今の時代にはなくなってしまいました。
携帯の画面ばかり見ている人たち・・が、ほとんど。
そこには人は存在していないのです。

サヘルさんは、イラン・イラク戦争で孤児となり、自分の名も知らず、縁者はひとりもいなくなり、孤児院で幼少期を過したのですが、お義母さんのフローラさんは、「絶対にイラクを憎んでは駄目。大人になったらイラクに行って、彼らの生活を見て来なさい」と言います。
「戦争によって孤児になってしまった人たちに会ってきなさい」と。

戦争は誰かを敵にして、見方を作ろうとする。
でも、戦争は全員が被害者。
敵も味方もない、みんなが犠牲になっているだけ。
いつも犠牲になっていくのは一般市民。
そして時代に翻弄されていくのも生き延びた子ども達。

「憎む感情を捨て、人を許すことを学びなさい」・・この言葉は重い。特に今のこの世界の状況下では、心引き裂かれるような思いで読みました。

サヘルさんは、ほんとうに2019年にイラクへ行きます。
イラン・イラク戦争の兵士とも奇跡的な出会いをしています。

相手を殺したくないのに、知らない相手に銃を向けている恐怖。

戦いたくて戦ったわけではないのに、でも、大事な家族のために、戦争へ行くしかなかったと涙を流すイラク兵だった人。

ほんとうに、今のウクライナとロシアのこのような状況下では、あまりにも重く、そして心身に響く言葉です。

泣きながら、そして希望を見出した部分では、泣き笑いしながら読みました。

つらいと思ったとき、泣きたくなったとき、死にたいと思ったときにまた読むことになる本だと思いました。

サヘルさんの生き方に大きな衝撃を受け、私も少しでも近づいて、強く、やさしい心を持とうと思いました。

 

2022/04/04

「食べごしらえ おままごと/石牟礼道子」を読みました。

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『食べごしらえ おままごと/石牟礼道子著(中公文庫)』という本を読みました。

今までこのブログでも、いろいろな食べ物について書かれた本の感想を書いてきました。
私の得意というか、好きなジャンルは“B級”的な食べ物について書かれたものですが…σ(^_^;)

でも、この石牟礼さんの著書は、「ぶえんずし」、「笛ふき鯛の煮付け」、「らっきょうの即席しそ漬」など、いろいろな食べ物が登場しますが、それぞれの背景に“暮し”や“故郷”、“土地柄”、“家族”、“四季”などが見えてきます。

だから、単に食べ物の話では終わらず、石牟礼さんの想い出なども加わって、とても映像的な文章になっていると感じました。
そして、とても感情というか情緒にうったえるものがありました。

料理の味を想像するだけでなく、しみじみと人や風景の様子を味わうことになりました。

深くしみじみと、心と体の芯に沁みてくる本でした。読後も心地よい感覚がただよっています。

 

2022/03/31

「間取りのお手本」という本を読みました。

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『間取り良ければすべて良し! 間取りのお手本/コラボハウス一級建築士事務所(株式会社エクスナレッジ)』という本を読みました。

著者として記されている「コラボハウス一級建築士事務所」は、愛媛県、香川県を拠点に「設計士とつくるデザイナース住宅」を手掛けているそうです。

本屋さんで何となく手に取ったのですが、カラーで描かれた51軒の間取り図を見ていると、その家の人達がどんなことを大事にして、どういう生活をこの家でしているのか、と想像が広がるのです。

土地自体が狭いところもあるし、平屋もある、家族構成も夫婦と子供二人というのが多かったのですが、祖父母なども同居している家もありました。

そして生活の中で何を大切にしている家族なのか、というのがとてもよく表わされていて、私はすでに家を建ててしまったのですが、いろいろな人の建物・間取り図を見るのも楽しいものでした。

大げさにいうと、間取り図からその家族の生き方のようなものが見えてくるのです。
それが、ひとつの“読物”のように感じられて、味わい深く読むことができました。

建物前面に長ぁ~い縁側を設け、窓も大きく、光がふんだんに入る明るい建物や、中庭がいくつもあり、ガラスと中庭越しに他の部屋の様子がわかる建物、さらに特に気づいたのが、玄関から入って続きに土間収納部が広く取られ、そこからキッチンにつながるパントリーを通過するなど、知っていたらやりたかったことも見つけました。

今、自分が住んでいる家は決して便利で使い勝手がよいわけではありませんが、でも今の家と家族を大切に生きよう・・なんて、ちょっと真面目に思ってしまいました。

見ているだけでも、その家の楽しさがわかると少しウキウキしたりもしました。
楽しく読めた本でした。

 

2022/03/05

「歌集 街樹」を読みました。

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『歌集 街樹/秋葉四郎著(短歌新聞社)』を読みました。
今年に入り、古書店で見つけた「房総のうたびと」という本に「秋葉四郎」という歌人の名を見つけ、それが私の中学一年のときの担任の先生であったことに気付きました。

中二・三年の担任であった美術の先生とは今だ付き合いがあるので、その先生に秋葉四郎先生のご住所をご存じないかと問い合わせ、秋葉先生にお手紙を差し上げたところから話は始まりました。

私が“本好き”になったきっかけは、中一のときに秋葉先生から放課後「これを読んでごらん」と渡された三冊の本でした。
それからは“本の虫”となりました。

話は戻って、私がお手紙を差し上げた先生は、ご健在なら八十五歳。
既に書きましたが、先生からお便りが届き、先生の歌集と、先生著作の短歌入門まで同封されていました。

さっそく歌集を読んでみました。

この歌集に入っている「歌」は、ちょうど私が先生に教わっていた頃と、その前後数年です。
あの、三十代だった頃の先生の姿を思い浮かべながら、先生の歌に接しました。

秋葉先生の師である、佐藤佐太郎氏に従ってオーストラリア、ニュージーランドや、その後のアラスカ、シンガポール、マレーシア、インド、マニラ、ロスアンゼルス、サンフランシスコの風景様子を描いた歌も印象的でしたが、私には、中学教師時代に書かれたものが衝撃的なくらいの印象を受けました。

奥さまと共働きで教師を勤め、喘息持ちの幼い子供さんを保育園にあずけながらの日々の厳しい現実と対峙するように、真っ正直に書かれた歌に心うたれました。

美しい歌も数ありましたが、でも

〇吾に拠り生きつつ幸ひの薄き妻この玄関の灯のうちにゐる

〇室内に衣類干しつつ頽廃の日々のごとくに妻と勤むる

〇預けつつ育て二歳になりし子が朝はみづから衣服をまとふ

など、あの頃、きちっとスーツを身に着け、颯爽として厳しかった先生からは想像できないものでした。

後記で先生が書かれていたのですが、「あらゆる芸術に功利性はない筈だが、芸術に関係なく人は生きられない。何らかの形で芸術はその人の糧となり生を支えているようである。真詩としての純粋短歌は単なる小文芸にとどまらず、本物の芸術としての力を発揮している。」とあり、まったくの同感を覚えました。

〇折ふしの怒りに自浄作用ありわがからだ軽くなりて歩みつ

先生の「怒り」は、雷鳴のごとくでした。ものすごく恐かった。
あの怒りが自浄作用のひとつだった・・(^^;)のかと思うと、私も先生に何度か自浄作用を起こさせていたのかもしれない…σ(^_^;)

 

2022/01/29

矢川澄子さんの「妹たちへ」というエッセイ集を読みました。

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『矢川澄子ベスト・エッセイ 妹たちへ/矢川澄子著 早川茉莉編(ちくま文庫)』という本を読みました。

著者、矢川さんは1930~2002年、東京生まれで作家・詩人・翻訳家。
仏文学者作家の澁澤龍彦氏と結婚、仕事の協力者として活躍したが、その後離婚されています。そのことも、このエッセイ集には書かれていました。

失礼ながら、私は矢川さんのことを存知上げず、たまたま書店でこの本を見つけ、購入いたしました。なんか、ただ事じゃない雰囲気を醸し出している本だったのです。

読んで見て、たしかに“ただ事”じゃありませんでした(^_^;)

ものすごく繊細で、透明感があり、孤高のひと、みたいなところがありつつ、物怖じせず、信ずることに従い突き進んでいくようなところもあり、男に対して神秘的、性的な部分を感じさせつつも、ある意味とてもあっさりと、バッサリとした感覚も持っている・・魅力的でもあり、不思議な人でした。

後半に矢川さんと付き合いのあった森鴎外の娘、森茉莉さんとのエピソードも登場しましたが、なんだか森茉莉さんに似ているというか、“孤高”な感じが互いに呼び寄せるようなものがあったんじゃないか、などと思いました。

初めて「男」を経験したときのことも書かれていましたが、翌日の入浴中のことが書かれていて、生々しいがとてもセンシティブな表現に、新鮮な驚きを感じました。

ベスト・エッセイとして編集されているものなので、文学に関することから、日常生活のこと、食べ物のこと、自分と関わった人たちのことなど、“ネタ”は満載です。
四百数十頁もある本ですが、濃密で読み応えのあるものでした。

 

2021/12/31

怖いが、365日を振り返る。

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写真は日々ふと気づいたことをメモしているメモ帳とノートです。
あとで、これらを見ながらブログを書くこともあります。忘れっぽくなってきましたから。

大晦日になりました。
今年は激動、激変の年だったので、年末にあたり、自分自身に“言い聞かせる”意味も含めて…σ(^_^;)一年を振り返ってみたいと思います。

1月、年が明けたのに、体調は大不調でした。
年末に病院に行き、薬等ももらったが一向に良くならず、無理やり3日には再度病院に行き、4日には入院となってしまいました。

そこからが闘病の日々でした。
ひょっとして生きて帰って来ることはできないかも・・という状態でした。
一ヶ月の入院、闘病の末、生還!
でも、帰ってからも体調を元に戻すのに苦闘の日々でした。
自宅の階段も自力で昇れないような状態から、我慢我慢、家族の協力も得て、庭を歩けるように、近所周辺を散歩できるように、そして今は公園などで何キロも歩くことが出来るまでになりました。
生きていてよかった。

仕事は家族と相談し、決断して辞めることにしました。
夏頃までには、ひとりでいろいろなことが出来るまでに療養を頑張ろうということにしました。

辞めてしまった仕事・・。
苦労ばかりで、そんなに恵まれた仕事人生ではありませんでしたが、でも土木から戸籍・住民記録、年金、小中高校の耐震工事、相談業務、広聴業務、市内を巡るネットワークと、職場全体のネットワーク統合と構築、東京での国会や省庁との連絡業務、地域振興での多種多様な業務、大きな祭りなど、我が社でもこんなにあれこれ様々な職種を経験している人はあまりいないかもしれないほどの経験をしました。
それはそれで一人の人間としてよかったのかもしれないと、今にして思います。

世間はコロナ禍ということで、好きだった宝塚観劇も出来ませんでした。東京には一度も行けてないし、電車にも乗っていません。
とても残念だけど、これは仕方ない。

映画は、今年後半になって、市内でやっと少し見ることができました。

その分、読書はよくしました。読めば読むほどいろいろな人の考え方や人生を擬似的に経験しているようで、心の栄養になりました。
このブログで読後感を書いているのも、皆様への“お裾分け”の気持ちです。

音楽も、ビートルズとジャズを中心に聞き、ブログ内でもその様子をかなり書くことができました。これも自分にとってとても大切な「音楽」と向き合うことになりました。

会いたくて、会いたくてたまらない人で、今年は会うことが出来なかった人もいますが、なんとか来年は会って、つもる話をしたいと思っています。

私の中学時代の先生とはよく電話でお話しました。
いろいろ不安だった私に言葉をかけていただき、こんなに長きに渡ってお世話になり、私は幸せ者だと思いました。先生にはほんとうに感謝しています。

仕事を降りてから、人間関係が寂しくなるのかと心配もしましたが、でも、それでも出会える人、いろいろやり取りできる人はできました。
むしろ、仕事で頭の中が忙殺されていたときよりもしっかりとした関係になれたように思います。不思議なものです。

それに、SNSは一般的な感覚としては“稀薄”な関係性かのように思いますが、いやこれもまた古くからの付き合いの方が見てくれていて、それがとてもうれしく、安心感をもたらしてくれることに、あらためて気づきました。いいものなのです。通り一遍の見方をしなくても、自分なりのSNSの中での関係性というものがあるのだと思いました。

このブログの中で自分の今までの人生の出来事を振り返って、うれしかったこと以外にもひどいこと、つらいこと、すべてどんどん書いてみました。
批判されるかと思いましたが、アクセス数は上がり、むしろ好評でした。それもよかったことです。

今は、上記ブログなども含め、もう一度人生を振り返って、自分のためにも、家族のためにも日々生き生きと自分らしく生きることを中心に据えて、来年以降これからの生き方を考えようとしています。

・・こんな感じですd(^_^o)

まだまだコロナウイルス感染はやや増えつつあったりして、来年以降も不安な要素はありますが、どうかご覧の皆さんにおかれましても、来年が「良い年」になりますように。

以上、今年の締めくくりブログでした。

 

2021/09/14

コロナウイルス感染拡大の防止に専任(専念?)するって言った人

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コロナウイルス感染拡大の防止に専任(専念?)するって言ってた人、いましたよね。
感染拡大防止には、莫大なエネルギーを費やすので総裁選と両立するのは無理だって言っていました。

その人、そう言ってから最初の三日間で感染拡大防止に費やした時間は36分だったって情報が流れていました(T_T)
自分の政治生命・延命策に失敗し、誰も信じない言い訳をして、せめて言い訳が通るように働けばいいのに・・それもしない。こんな人、もう誰も信じません。

9月10日付、厚労省の発表では、新型コロナウイルス感染による全国の自宅療養者数が10万3328人だそうです・・。
新規感染者は減少傾向にあるが、病床の逼迫は続いています。すぐには入院できない厳しい状況はまだまだ続いているのです。
20都府県で政府の対策分科会が示すステージ4(爆発的感染拡大)の目安となる病床使用率50%以上に達しています。
受け入れ先が決まらず、入院調整中の人は多数です。

自宅療養って、つまり“自宅に放置”ってことです。
家族の誰かが感染したときに、自己の家庭環境で、部屋を隔離したり、トイレや洗面所、浴室、日常の生活動線、食料、仕事をどうするのか、さらに独居だったりしたらどうすればいいのか・・。

三日で36分働いている場合じゃないでしょ!

それに、自宅でほんとうに「療養」できるっていうのなら、大臣はじめ国会議員の皆さん、「重症」になるまでは、「私達は国民の皆さんと同じく自宅で療養します」と宣言してくださいな。

大臣には副大臣という代わりの人がいますが、各家庭には、お父さんの代わり、お母さんの代わりはいませんよ。どんなに皆が不安に過しているかわかりますか?!

総裁選に出ているワクチン担当大臣の人、今までの大臣の仕事を見ていると、契約しただけで見込みの段階の不確定な情報を流したりして、自治体や国民をを右往左往させ、不安にさせる。そして国民の前で“グチ”を言ったりもする。
また、自分のやり方が未熟なのに自治体のやり方に難癖つけたりもする。
ワクチン接種の“邪魔”なので、もうあんたは仕事しないでほしいと何度も思いました。そのほうが自治体が頑張れるので接種はどんどん進む。

ついでに言うと、自己のツイッター上で片っ端からブロックをかけていることが話題になりましたが、「当然の権利だ」と発言しているのを聞いて、実はコメントも何もしていない人がブロックされている事例も多々あるようです。

要するに、いろいろツイッター上の発言を見ていて、気に入らないヤツは自分のツイッターにコメントされる前に、まだ何もしていないのにブロックしているわけです。

人のツイッターを見ているヒマがあったら、何千人もブロックしているヒマがあったら仕事しろっ!と言いたいです。

かつて、記者から質問をされたときに、答えたくないときには、「はい、次の質問」と完全無視して次の質問に移るというひどいことをして、とても良識のある人間のすることとは思えませんでした、というか、“子供みたい”な人です。

次の総裁になるんだかなんだかよくわかりませんが、期待できる人って・・ほかを見回してもいないです。

仕方ありません。マスク、うがい、手洗いをして、不要不急の外出はしない、など、やれることをやって、今までどおりの生活を頑張るしかありません。こんな人達なんか“あて”に出来ない。
自分の政治生命が第一の人たちにかまってはいられません。

それにしてもメディアは、うれしそうに総裁選の行方や、候補者のエピソードなどを報道していますが、こちらも“子供みたい”です。

以上です。家族で、自分で、頑張ります。

 

2021/08/14

「人はなぜ不倫をするのか/亀山早苗」を読みました。

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『人はなぜ不倫をするのか/亀山早苗著(SB新書)』という本を読みました。
これは、フリーライターの著者、亀山早苗さんが、タイトルにある《不倫》について、行動遺伝学、動物行動学、昆虫学、ジェンダー研究、宗教学、性科学、心理学、脳研究のそれぞれ学者にインタビューしながら考えていくものでした。

この本の帯にも書かれているのですが、驚くべきというか、興味深いのは、どの学者も「不倫」を否定している人はひとりもいないのです。

動物学的にも、昆虫学的にもそれはなんとなくわかりそうですが、宗教学者もそう言っていて、そもそも現在ヨーロッパや、アメリカでも宗教から離脱する人の数がかなりの数にのぼっているようです。

宗教的な、戒律的な縛りからは人々はどんどん解放されているというのが現状みたいです。

じゃ、日本人はどうなのかっていうと、それこそ江戸時代まではむしろ性は解放されていて、お祭りの夜は誰といろんな関係(^^;)になってもよいだとか、夜這いの習慣もあちこちであったり、もっと昔は貴族だって、かなり男女とも自由で奔放な関係性が当たり前に存在していたようです。

それが、現在、実態はどういうことになっているかとは別に、芸能人が不倫報道されたときのバッシングはただ事ではありません。
そんなに叩いてどうするの、と思いますが、この本でもそれが取り上げられていた部分がありました。
学者の意見は・・「うらやましいんじゃないですか?!」(^_^;)ということでした。

そうかもしれないです。
だって、よその夫婦のことじゃないですか。
本人やその周囲の家族などが大騒ぎするならわかるけど、部外者がなぜそんなに怒っているのか、私には不明です。ほんとうは“うらやましい”んじゃないかというのは正解かもしれないです。
怒りまくっている部外者の一般の人、自分の夫婦仲はどうなっているのか、人もうらやむいい夫婦なんでしょうかね(^_^)

とにかくいろいろな学者がその立場から意見を述べているのですが、結局のところ、男は自分の子孫をどんどんつくりたいから、あちこちに手を出したい、女は、少しでもいい遺伝子を残したいから妥協で結婚した男…σ(^_^;)のほかに、別の“いい遺伝子”を残したい、また究極的には、人という種を残していきたいから繁殖はもっとも大事ということで、それらを総合的に考えれば「不倫」という人間が後付けで考え出した規律のようなものなど、ほとんど意味をなさない・・とうことなのです。
元も子もない話ですけど(^_^;)

「おひとりさまの最期」の著書などで有名なジェンダー研究の上野千鶴子さんも登場しますが、あの人らしい強烈なひと言も載っていました。

『人はなぜ不倫をしないのかのほうが不思議です。その前段階として、人はなぜ結婚という守れない約束をするのか、がもっと不思議』

・・これに尽きると思いますd( ̄  ̄)

 

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