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2023/10/04

「昭和・東京・ジャズ喫茶 昭和JAZZ文化考現学」という本を読みました。

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『昭和・東京・ジャズ喫茶 昭和JAZZ文化考現学/シュート・アロー著(DU BOOKS)』という本を読みました。

2014年発行となっていますので、ほぼ十年前の本です。
この本で書かれている「ジャズ喫茶」はその時点でかなり閉店しているのですが、さらに現時点ではお店は減少しているものと思われます。

タイトルにあえて“昭和”と謳っていますので、掲載されいるジャズ喫茶、あるいはジャズバーと呼ばれているお店は、いわゆる名店・有名店・名物店が多く、著者が言うには1980年代はそんなジャズ喫茶の全盛期であったというわけです。

ただ、著者がことわりを入れているのですが、ジャズ喫茶に集まる人、お店を営む人についての“熱気”そのものは1970年代が一番“熱かった”のだと思われます。

著者は1980年代に学生時代を過ごし、大学ではジャズ研究会に所属して倶楽部活動としての演奏もされているし、様々な機会、場所で演奏をされていて、外国から来たジャズ・ミュージシャンのコンサートにも多く出掛けています。
また、学生時代から就職後にもこの本に書かれているジャズ喫茶やジャズバーに出掛けています。

私にとっては、とても貴重な記事と写真がたくさん掲載されていて、ジャズ喫茶というものがその時代にどういうものだったのかということが少なからず感じられて、感心したり、驚いたり・・という本でした。

この本にも書かれていますが、ジャズ喫茶は当初、昼日中にジャズのレコード(CD)を掛け、それを聞いてもらいながらお客さんに珈琲等飲料を提供するお店でした。
昔は、ジャズのレコード盤そのものが貴重なこともあって、皆、海外から取り寄せられた新しいジャズや名盤と言われるような貴重盤を大きな音量で聞いたりしていたのですが、次第にそれでは商売にならなくなってきて、営業時間が夕刻から夜に広がったり、移動したりして、お酒を提供し、チャージも掛かってくるようにしないと商売が出来なくなってきたとのことでした・・。

私がジャズをよく聞くようになってきた時には、ジャズ喫茶は衰退の一途という感じでした。
だから実際に行ってみたジャズ喫茶はかなり少なく、この本に載っているお店を読んでいると、タイムスリップして体験してみたくなりました。

コロナ禍に入ったときからすっかりジャズ喫茶に足を運ぶことがなくなってしまいましたが、まだ行けるお店は千葉にもありますので、この本を読んで、ジャズ喫茶参りを再開したいと思っているところです。

 

2023/10/01

「宮本貴奈トリオ with エリック・ミヤシロ ~Special JAZZ Concert~」に行ってきました。

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『宮本貴奈トリオ with エリック・ミヤシロ ~Special JAZZ Concert~(東金文化会館)』に出掛けました。
私の中学時代の担任の先生からお誘いをいただき、喜んで“すっ飛んで”行ってまいりました ^_^;

メンバーは、宮本貴奈さん piano/vocal、小川晋平さん bass、小田桐和寛さん drums、ゲスト:エリック・ミヤシロさん trumpetという構成です。

 

 

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リーダーの宮本さんは、国際的に活躍するピアニストでボーカルも担当し、管弦楽編曲やオーケストラ公演の音楽監督、ミューザ川崎シンフォニーホールのジャズ部門アドバイザーにも就任されています。
聞いていて、とても音楽的な視野の広い方だと感じました。そしてとても情感豊かな演奏と曲づくりをされていました。

ベース・ドラムともに、とてもテクニックがあり、さらに若々しいパワー溢れるプレイがバンドを力強く駆動させていて、ステージ上の表情も豊か、トリオを生き生きとさせていました。素晴らしかった。

そして、ゲストのエリック・ミヤシロさんは、作曲家、学校講師、アレンジャー、プロデューサー等幅広い活動をされていて、ブルーノート東京オールスター・ジャズ・オーケストラのリーダー/音楽監督としても活動されています。

前半のトリオでの演奏では、ビートルズの「ノルウェーの森」や 「Tea For Two」 、「遥かなる影」 など、聞き馴染みのある曲で温めてくれて、さらに宮本さんのオリジナル曲は映像が浮かんでくるようなエモーショナルな曲で、あっという間に終わりました。
とてもいい感じ!

後半は、エリックさんが加わり、テクニカルな曲も披露されましたが、ジャズらしく、時には過激に“ズンガ・ドンガ”きて、身体中が痺れるような興奮を感じました。

ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」に歌詞があることを宮本さんの語りで初めて知り、それを宮本さんが歌ってくれたのも新鮮でした。

とても久しぶりにジャズの演奏を生で聞き、身体が“生き返った”ような感覚になりました。
先生にお誘いいただいて、ほんとうによかった(#^.^#)

 

2022/11/22

中学時代の先生が開いた「レコード・コンサート」に行って来た。

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私の中学時代の担任で美術の先生、特にジャズが好きで、しかもアナログ・レコードでいつも聞いています。
そして、絵画や造形作品の個展も年に数回行っている中、今回は「レコード・コンサート」をJR飯岡駅併設の「ふれあい館」で行いました。
・・先生のバイタリティーは私なんかをはるかに超越して驚くべきものがあります。
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今回使われたスピーカーも異彩を放っていました。

昔のナショナル「8PWT」という不思議なウーファーと同軸上にスコーカーがあるようなスピーカーは、たぶん自作のケースに入り、しかもさらに自作の石膏で固められたホーン型ツイーターが上に乗っておりました・・さらに先生のカラフル・ペイント付き(^^;
で、これがまたいい音出すから不思議なんです。
ヘレン・メリルのモノラル・レコードが素晴らしい音で鳴っていました。

 

 

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そのほかにも、JBLの楕円型20㎝スピーカーがエッジも無かったものをご友人の協力で修理して、これまた自作のケースに入れて、またまたいい音で鳴っていた・・(^_^;)
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そして40年くらい前の電気屋さんの処分品のA&D(アカイ電気と何処かが組んだブランドらしい)のスピーカーが現役バリバリで豊かなジャズを奏でていたのでした。
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さらに壺状花瓶に穴を開けてスピーカーユニットを入れた“陶器スピーカー”もあって・・(^^♪
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最新鋭の今どきのスピーカーの“小洒落た”きれいな音ではなく、どれも気合の入った低音から中音が下から湧き上がるようなたくましい音を出していて、先生もごきげんでしたが、聞いているお客さんも私もごきげんになりました(*^-^*)

いい時間を過ごせて幸せでした。
やはりレコード盤の音はいいし、昔のスピーカーの音もいいっ!!

以上で今回のレコード・コンサートの報告は終わりです。

 

2022/08/01

寺島靖国さんの「My Room My Audio -十人十色オーディオ部屋探訪-」を読みました。

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『MY ROOM MY AUDIO -十人十色オーディオ部屋探訪-/寺島靖国著(DU BOOKS)』を読みました。珍しく新刊ですっ!(^^;)

元ジャズ喫茶「メグ」の店主、そしてジャズ評論家、文筆家、ジャズ・レーベルの主宰者など多彩な活動をされている、そして常に辛口で喧嘩っ早いことで有名な寺島靖国さんの新刊ということで、早速手に入れましたよd( ̄  ̄)

寺島先生は1938年生まれ、いやもうそのバイタリティーには驚くばかりです。
「あなたの部屋で、聴かせてください」とサブタイトルに書かれています。それも67人もの部屋を訪ねるというのです。
そのうち30件くらいは喧嘩になるのか・・と思いつつ、この本を読み始めましたが、ほとんどそのようなことはなく(^_^)なんとか“穏便”にオーディオ訪問を済まされたようで、何よりでした。

訪ねた家々の主は、ミュージシャン、会社役員、会社員、医師、オーディオ店の方、ジャズ喫茶・ライブハウス店主、哲学者、大学教授、シンガー、オーディオメーカーの方などなどです。
それが、どの人もどの人も、お一人の話題だけで一冊の本が書けるくらいのオーディオ・システムを構築し、“一家言”を持ち、人生のエピソードも豊富な人達ばかりd(^_^o)
10人目を超えたあたりから“湯あたり”ならぬ“オーディオあたり”みたいな症状が私を襲いました…σ(^_^;)

世の中には人生そのものをオーディオと心中するように過してしまうなんて、そんな怖ろしいマニアなお歴々がいらっしゃるのだ、とあらためて感心いたしました。
そういう人達の「音」、ぜひ一度は聞いてみたいです(*^^*)・・ちょっとこわいけど。

建物の中にオーディオ用の部屋が四部屋有り、それぞれの部屋に“弩級”の全く異なるシステムが組まれているという方がいました。

わざわざ自宅とは別に土地を購入し、家を建て、その建物はオーディオを楽しむだけのもの・・( ̄O ̄;)っていう猛者もいました。

かと思うと、スピーカーはビンテージのタンノイを使い、あとは現代の新しくてコンパクトなシステムで駆動し、ネットワーク・オーディオで軽やかに音楽を聞いているサウンドクリエイト店長の竹田響子さんのような方もいて、まさに多種多彩な方々のオンパレードでした。

私には到底わからないのは、寺島さんからの訪問先での“おきまり”の質問。

『あなたはオーディオと音楽のどちらがエラいと思いますか?』

というものです。私が理解できないと書いたのは、音楽を聞こうと思わなければオーディオ機器は使わないだろうから、当然「音楽」と答えるとかと思うと・・そうではない人がいるわけですよ。

ついでに言うと、私は「楽曲」を聞くためにオーディオを使っているだけで、“いい音”が出れば、それに越したことはないとは思いますが、どのような楽曲なのかわかれば、極端にいうと、安いポータブル・ラジオのAM放送で聞く音でもいいのです。
ひとつの楽曲から受ける感動というか、インパクトはそれでも十分可能だと、経験上思います。

また、寺島さんが訪問していろいろな人のシステムの音を聞いているときに、トランペットやテナー・サックス、ベースが一直線上に並んでしまっている、とか、それぞれの楽器がステージ上で前方、中程、後方などと立体的に聞こえる・・というようなお話をされているのですが、これって元々のレコードやCDに入っている音源のミックスによって大きく左右されるもので、オーディオの方が主導で左右しているものではないと思ったのです。
そこらへんが、わずか三枚程度のアルバムから曲を数曲聞いただけでわかるのかな?と。

それから、寺島さんもそうですが、他の訪ねた方の中にも“特定の楽器”の音をより良く聞くためにシステムを構築、チューニングしているという話も、わかるようでわからなかったことです。

例えば、私なら、自分がドラムを叩くので、ドラムのハイハットやスネアの音中心にドラムメインでオーディオシステムを組むなんて考えられません。
そしたら他の楽器とのバランスがくずれて、楽曲全体のサウンドがおかしくなってしまうと思うのですが、「オーディオがいちばんエラい」派の人には、そんなことチャンチャラおかしいのでしょうか。

・・などと書いていると、寺島さんに“乗り込まれ”、ギタンギタンにされるといけないので、このへんできょうはやめておきます(^^;)

とにかく、読んでいるだけで“ごはん三杯”はいける!というオーディオの本、じっくり、たっぷり味わいました。“内容充実”の本でした。

 

2022/02/22

「東京ジャズメモリー/シュート・アロー著」を読みました。

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『東京ジャズメモリー/シュート・アロー著(文芸社文庫)』を読みました。
著者は東京出身で、現在は某楽器メーカーに勤務しているサラリーマンとのことです。
ご自身は大学時代にジャズ研に入り、ピアノを弾いていたと書かれていました。

ジャズ関連誌にも連載を持たれ、その他音楽誌、一般誌への寄稿も多数とのこと。

最初、この本を手に取ったときには、東京の有名ジャズ・スポットについて現在開業しているところから、閉店してしまったところなどについて調べ、マスターなどからお話を聞いて、その歴史などを綴ったものなのかと思いました。

でも、そうではなかったのです。

著者は、1962年生まれで、ジャズ喫茶などの環境については私同様“微妙”な時代を生きています。

電化される以前のマイルスや、コルトレーンなどがリアルタイムで活躍していた時代は、せいぜい小学生くらいの年頃だったと思いますので、高校、大学生くらいの時には、ジャズ喫茶その他のスポットについては、存在はしていたと思いますが、最盛期からは時を経ていて、ジャズは「クロスオーバー」とか「フュージョン」などという発展?の仕方をしていた時代だったんじゃないかと思います。

私も、同様で、ロックミュージックを聞いてきて、ジャズを聞きたいと思ったが、いわゆるモダンジャズが聞きたかったのに、16ビートとエレクトリック・ギターばかりが世の中で鳴っていて、「こういうんじゃなかったんだけど、聞きたかったのは・・」と思ったものでした。

著者は、東京に住み、“地の利”で、高校時代からジャズ喫茶に入り浸り、大学時代にはジャズ研に入り、ジャズスポットでアルバイトをしたりして、どんどんジャズの世界に“ハマっ”ていく様子が、さまざまな経験も伴って書かれています。

そこには、本物のトミー・フラナガンや、エルビン・ジョーンズなども登場し、ジャズ界の巨人の演奏を目の当たりにしたときのことが実に臨場感をもって語られています。ここがこの本のいちばんのクライマックスだと思いました。

著者本人に、いろいろな思い出がある店について書いているので、「ここは欠かせないだろう」という東京の有名店についてすべて書かれているわけではありません。
でも、それが若い頃の記憶を文書化しているので逆に「時代感」「そのときの空気」のようなものをより感じさせてくれました。

また貴重な時代の記録も書かれていました。
マイルスが交通事故による活動停止から、「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」をひっさげてカムバックし、都庁が建設される前の新宿西口広場で野外コンサートをしたのですが、そのコンサートの様子を“つぶさ”に書かれているのです。
これは事実そのもの、真実が書かれているので、ここも“読みどころ”でした。

1980年代にあった、不思議なジャズ・ブームや、タモリさんのジャズ絡みのテレビ番組のことにもふれています。

“ジャズ好き”にとっては、「教科書的」な他のジャズ本よりも、ずっと面白いものになっていると思います。
“おすすめ”です。ジャズ好きな人にはぜひ読んでもらいたい本でした。

 

2022/01/06

CDジャーナルのムック本「台湾人ジャーナリストが見たニッポンのジャズ喫茶」を読みました。

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『台湾人ジャーナリストが見たニッポンのジャズ喫茶/周靖庭[写真・文]高智範[訳]((株)シーディージャーナル)』という本を読みました。

元々は、台湾人ジャーナリストである著者が台湾の人達に日本の「ジャズ喫茶」という独自の文化的な存在を紹介する本として出されたもので、それを日本語に訳してCDジャーナル社から“ムック”として出版されたものです。

著者は本来クラッシック・ファンとのことで、台湾大学音楽研究所を卒業され、現在はフリーランサー。オーディオ誌のコラムニストのほか、音楽サイトの編集協力などをされ、さらに音楽鑑賞講座の講師などもされているとのこと。

そして焼き肉好きで、合羽橋好き、中古CDも好きだそう・・。

でもって、この本ではジャズの魅力に深く“ハマって”いるわけです。ジャズを良い音で聞かせるジャズ喫茶という日本独自の存在が周氏にとって、よりジャズにどっぷりと浸かるきっかけとなったようです。

著者は、日本中のジャズ喫茶をめぐっていますが、それぞれの喫茶店と、そこに設えられているオーディオ・システムについても丁寧に写真を撮り、マスターと中身の濃い話をしながら“各種各様”なジャズ喫茶のたたずまい、そこで鳴っている音、マスターの考え方などを実に詳細に、またやさしい眼差しで文にされています。

日本人でもこんなしっかりした内容のジャズ喫茶本が書けるだろうか、という充実ぶりです。

読んで見て、これは「歴史的資料」としても価値のある本に仕上がっていると思いました。

ジャズ喫茶は、ジャズという音楽の“図書館”的な存在でもあり、どのマスターも「まずは実際に来て聞いてみてほしい。聞けばその魅力に気づくのだ。」ということを言っていて、多くのジャズ喫茶が大音量、あるいはとても良い音でジャズを紹介し、今どきのイヤフォンやヘッドフォン、小型のブルートゥース・スピーカーのみで音楽を聞いている人には驚きの経験をさせてくれる場所であることを愛情あふれる形で文章にされています。

「いーぐる」や、「ジニアス」、「映画館」「ちぐさ」「ジャズ・オリンパス」など名だたるジャズ喫茶が掲載されています。そして当然出てくる岩手一関の「ベイシー」。

果たしてこのジャズ喫茶という文化は今後も継承されていくのだろうか、と不安にもなるのですが、日々ジャズを聞き、今でも新たな発見をしている私としては、何が何でもジャズ喫茶という存在が継続されていくことを望みます。
この本を読んで、また強くそう思ったのでした。

 

2021/11/22

今年もJR飯岡駅併設の「海上ふれあい館」でのレコード鑑賞会に出掛けました。

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昨日、表題にもあるようにJR飯岡駅に併設されている施設での“レコード盤でジャズを聞く”催しに出掛けて来ました。
妻が私の体調を心配してクルマで一緒に着いてきてくれました。

主催者というか首謀者(*^^*)というか・・は、私の中学時代の担任で美術の先生でした。
これも先生にとっては何度目かの企画だったのですが、私もレコード盤のいい音を聞いてみたいし、遠方まで出掛けてまいりました。

スピーカーもいくつもあって切り替えられるようにしてありましたが、真ん中に設置されていたナショナルの俗に“げんこつ”と呼ばれているスピカー(先生がサイケな絵をほどこしてある)の音は現代では全く聞くことのないどんどん前進していくような、パンチのあるものでした。
しかも、44年前に先生が技術科の先生と共に石膏で作ったホーン付きのツイーターのようなもの(^_^;)からも音が出ていて、それはそれは未経験の音が鳴っていたのでした。・・楽しかった。

 

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私もターンテーブルは持っていますが、今はほとんど簡易的な安ぅ~いものしか所持しておらず、レコード盤を掛けるっていいなぁと思いました。あの作業が、手間がいいのです。

アナログ盤も先生が自宅から持って来てあり、私もハンプトン・ホウズなどを掛けてもらいました。

 

 

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それから、レコードを掛けるって、写真のようにカートリッジをいくつか用意して聞きくらべたり、掛ける盤によって付け替えたりする楽しみもあります。
ただ、私はもうそこまで行くと人生が足らなさそうなので、安い機器でこれからもいきます(^^;)
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このアート・ブレイキーのジャケットの隣にあるのは、「壺」にフォステクスのフルレンジを組み込み、配線したものです。
これも味わいある音が出るのですからイヤフォンでなく、スピーカーで楽しむ音楽は方向性無限大です(゚ー゚*)。oO

途中、昔懐かしい8ミリフィルムで撮った18年前の銚子電鉄のドキュメンタリー(先生の知り合いが自作したもの)を見せてもらったり、これまた先生の知り合いでサックスを吹く方がリクエストにこたえて、色々な曲を吹いてくれたりのアトラクションもありました。

早めに帰るつもりがすっかり夕方になってしまい、妻の運転で帰宅しました。
いい日になりました。

 

 

2021/10/23

わざわざテープに録って聞くジャズ番組

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毎週土曜日と日曜日の私の楽しみのひとつになっているラジオのジャズ番組。
土曜日の夜11時からの一時間ですが、番組を聞きながら録音し、日曜日にもう一度テープを聞き返して、曲名とプレイヤー、録音年を整理してラベルに書き込みます。うちのジャズ猫マロンと一緒に。

録音する番組はラジオ日本の「オトナの Jazz Time 」です。
この番組でリクエストされて掛かる楽曲のほとんどは1940年代から1950年代です。
私の知らない曲、アーティスト、プレイヤーが多く、新たに知ることばかりですが、それがとても楽しくてうれしい(*^_^*)

もともとDJをされていた島崎保彦さんが亡くなられ、今はアシスタントをその時つとめていたジャズ・シンガーの紗里さんがあとを引き継いでいます。
紗里さんは、サックスプレイヤーの大御所、中村誠一さんの娘さんです。

なんで今さらカセットテープなの?と思われるのも当然かと思いますが、前にも書いたけど、カセットで聞く音はなんだかとても“くつろぐ”のです。

そうねえ、焼酎の“前割り”ってあるじゃないですか。
焼酎を水で割って、何日か寝かせておいて、それを“ぬる燗”にして飲む。
応えられない“まったり感”&“まったり燗”(^_^;)

まさにそんな感じで、古い録音(アナログ・レコード盤でほとんどの曲が掛かる)を聞くことは、デジタル全盛、配信ダウンロードやサブスクでスマホ経由で聞くものとは対極にありますが、これが“贅沢”というものです。

ラベルに一曲、一曲、手で、ペンで、楽曲を聞きながら、プレイヤーに思いを馳せながら書くという作業が、とても心地よい時間を与えてくれるのです。

「無駄なことやってるなぁ」と思われる方もいるかと思いますが、私にとっては至福の時間ですd(^_^o)
今も番組を聞きながら録音しております。

明日は前割りを飲む感覚で再度録音した曲を振り返りつつ聞き直します。
明日の楽しみを待ち遠しく思いながら、土曜の夜に眠りにつきます(#^.^#)

 

2021/08/24

【南先生の玉手箱_0040_ 渡辺貞夫再発見 音楽演奏はうまくても感動はない】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
今回は、平成15年6月12日の日付が入った「紙面研修」と書かれた綴りの中にあった一文のご紹介です。


以下、先生の文章です。

テレビでやっている人間ドキュメント、偶然に見た人が感動をして話してくれた。
内容が Jazz 若手ミュージシャンを育てるジャズ・ライブ・ツアーで、リーダーはあの渡辺貞夫。

サックス奏者として国際的にも有名な彼だった。
外国ものばかり聴いている中で、時々弟の渡辺文男氏はカルテット、又はクインテットでよく聴きに一宮ライブハウスに行ったものだが、兄さんのサックスについては、私ごと、あまり興味を持っていなかったのだが、この番組の録画テープを見せてもらってびっくり。

知らなかった。彼のすごさの一面を見せてもらった。
本物つくり、若手をしっかりと育てているビッグスターであること、日頃知っているつもりで理解していないことがたくさんあるものだ。

70歳過ぎた渡辺貞夫が、17歳・高校卒業の横山君とか言う青年を連れての演奏ツアーにでかけた時の様子を45分番組構成で見せてもらった。
他のピアノとベースのサイドメン二人は30歳くらいのプロである。
ジャズは特に譜面があっても、ないような、むしろ譜面のとおりではほとんどの場合、感動はないものです。

でも、これはジャズ以外でも同じことだと思っています。!
小学校時代からジャズドラムを叩いていたようで、自分でできる曲が2000曲以上あるとのこと。
レパートリーひとつとってみても、これは天才と言ってあたりまえで、本当にすごい男、又ジャズ界では宝ものであるにちがいないと思う。

全国ツアーの出発から録画がはじまった。
プロとはじめてのリハーサル、譜面的に考えれば何の心配もなくできるようなものと思うのだが、それがダメと言うか、どうにもならない。おまえは考えてばかり、またリズムをきちんと叩くばかりで。何の感動も伝わって来ない。

まいったなあ、今日は最悪だよなあ、もっと考えないで自由に大きくゆったりと、又、詩文で歌うように愉しくやってくれよ。
メンバーお互いが、曲の雰囲気を盛り上げるってことなのかも知れない。

いくらうまく叩いたってそんなのは何にもならないんだから、もっとステージの上で自分が生き生きと気持ちを開いて裸にならなければダメだよ。

頭じゃなくて、心のことか、とにかくきちんとリズムをとっていても、どうにもならない、よく言う言葉だが、自分なりのアドリブ編曲ができなければ、そしてメンバーお互いのかけひき、まあ言葉では説明できないところであるから、本人が体で感じとる問題であります。

さすがだと思いました。
全国ツアーのおわりの頃、やっと横山君の顔が明るく、ステージで気持ちよさそうに叩ける部分が見えてきた。
もちろん、同じ曲でも見ちがえるように内容が充実してきた。

聴く側もそれが分らなければ、他人の演奏についてどうのこうのと言えるものではないが、音楽の良さは特にライブにあると思っている。
スタジオ録音のものにはあまり興味がない。
ライブの中の生き生きとした盛り上がりと、メンバーの気持ちのやりとりがたまらなくいいものである。

あと10年?横山君はすごい男になると思う。


以上、先生の文でした。

私と先生の共通項のひとつに、“ジャズ”というキーワードがあります。
だから、今回活字化した文については、なんだかよくわかりました。
特にジャズって、「譜面」があったとしても、あまり大事じゃないんですよね。
アドリブもあるし、譜面の“行間”の演奏を聞くのもひとつの楽しみです。
そんなことについての、先生の感覚がわかる文章でした。
そして、渡辺貞夫さんについての再認識も。

2021/05/15

V-DISC が何だかよく知らなかった

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何週間か前にラジオ日本の「オトナのジャズタイム」という番組を聞いていたら、1940年代のジャズが掛り、「これは V-DISC からお掛けしました」と DJ の方が話されていたのを聞いて、V-DISC って聞いたことあるな、と思い、調べてみました。

何十年も前に、やはりラジオ番組で、トランペッターの日野皓正さんが「いろいろな曲は V-DISC なども聞いて覚えた」というような発言をされていたのが記憶に残っています。

レコード盤の材質の種類のことなのかと思いつつ、調べずにそのままになっていたわけです。記憶の片隅にかすかにあるような感じでした。

調べると、アメリカが、1941年から太平洋戦争終戦後もさらに5年間作っていたレコード盤で、「V」というのは、ビクトリーの「V」で、戦争に勝つためにという思いが込められていたらしいのですが、盤は78回転でSP盤と同じ回転数で、盤自体はビニール製だったそうです。

内容はジャズの演奏・歌唱が入っていて、このためにオリジナル録音されたものが多かったようです。
メンバーも錚々たる人達です。

このレコード盤を本国から飛行機で運び、上空からレコード・プレイヤーと共に落下傘で軍隊のキャンプに投下したのだそうです。
それを兵隊達は、聞き、故郷を懐かしみ、また国を離れた寂しさなどもまぎらわせていたのかもしれません。

で、「その音を聞いてみたい」と思い、調べたら、実際に作られた千何百曲のジャズが入っていた盤の音はCDとなり一部聞くことができるようでした。

早速、買って聞いてみました。

内容は、豊かで、ゴージャスで、情感あふれるジャズの演奏、歌唱がたくさん入っていました。
V-DISC だと知らずに聞いても、なかなかのいい演奏が入っていました。

 

 

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録音年や、録音場所、ミュージシャン、ボーカリストなどの記録も掲載されていました。

録音日で驚いたのは、1945年8月13日というのがありました。
あの、いわゆる終戦記念日の二日前です。
この日には、ホーギー・カーマイケルがピアノの弾き語りで、「メンフィス・イン・ジューン」をハリウッドで録音していたのです。

こんな豊かな演奏を終戦二日前に歌い、軍隊に送っていたのです。
日本は、こんな国とまともに戦っていたのか・・と、思うと、不思議な感覚が身体中に沁みてきました。
そのときの時代の空気感まで聞こえてくるようです。

V-DSCという言葉に反応して、調べ、実際に手に入れて聞いてみたからこその感情だと思います。
自分にとって、大きな経験となりました。

 

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