生きている人に必要なお寺やお経

ラジオで「寺院運営コンサルタント」をされている薄井秀夫さんという方のお話しを聞きました。
知ってましたか?お寺って、日本全国で、コンビニの数の倍も存在するのですって。
そんなにあるのですね。でも、お寺や仏教って日常はあまり関わりがなくなりつつあるような気がします。
ですから、数十年後には、お寺はおそらく今の半分くらいの数になってしまうのではないか、とおっしゃっていました。
ラジオの中でもお話しされていましたが、今ではお葬式そのものも行わず、ましてやお経もあげてもらわず、しかもお墓も作らず、“散骨”する方もずいぶんいらっしゃるようです。
私も、ここ最近そんな形でも良いのではないか、などと考え始めておりました。
ただ、薄井さんが言うのには、「葬儀は、亡くなった方を堂々と悲しむことがきる機会」なのでは・・ということなのです。
たしかに、私が死ぬ方ではなくて、残された方だと考えると、何も儀式的なものを行わずに、亡くなった親族等を送ってしまった場合・・儀式の中で悲しむこともできず、心の整理も出来ず、お経も上げていないと亡くなった者に何もしてあげられなかったような気になるかもしれません。
10月に義父の七回忌を行いましたが、七年もかかって、残された者は、やっと心の整理ができてきたような状況です。妻もよく泣いていることがありましたが、最近になってやっと義父が亡くなったことを冷静に考えることができるようになった気がします。
お墓に参ることも、亡くなった者のためということもありますが、自分自身の心の整理や、亡くなった人との関係性の整理もしているのではないかと思います。
ということで、「俺にもしものことがあっても、葬式も何もいらないし、そこいらに散骨してくれ」なんて言うのは、逆に残された人の心に辛いものを残してしまうかも・・と考えるようになってしまいました。
結論はだせませんが・・・。
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