キーボードが必要な理由
私にとって文字入力に使うPCのキーボードは必需品です。
このブログについてよく言われるのが、毎回何時間かけて入力しているのですか?とか、あんなに長い文章を打つ気がしれない・・などのお言葉です。
でもねえ、ほとんど15分もあれば充分です。
キーボードのある机に向かい、キーを打ち始めると、自分であとから見ても「これは誰が書いたんだ」と思うくらいの、自分でも思いつかない(思いついたから書いてるんだけど…σ(^_^;))ことが書かれた文章が出来上がっています。
わかりやすく言うと、“降りてきた”感じになっているのだと思います。
その“降りた”感じになるには、自分で思いついたことが“直ぐさま”PCのディスプレイに文字として表示されなければなりません。
なので、私、文字を入力するときには「カナ入力」を使います。
要するに打鍵数を少なくして、しかも、ローマ字で打つと、日本語の文章を一度頭の中でアルファベットに変換せねばならず、それは、もはや日本語とは別の何かになってしまうからということなんです。
いったんローマ字に頭の中で変換している瞬間に、もう【素】に戻ってしまうのです。
せっかく“降りて”きたのに、あっという間に正気になってしまう・・。
だから、さっきまで頭の中で思っていたことが“消えて”しまう。
「カナ入力」も覚えたおかげで、しかもブラインドでキーボードは一切見ずに入力できるようにしたおかげで、さらにほぼ考えるのと同じスピードで打つことができるようになったので、今の状態は、思っていることがそのまま同時にディスプレイに表われるような状態なのです。
だから、“降りた”ら、そのまま一気にディスプレイを見ていると、思ったことが文字になり、タカ・タカ・タカ・タカと走り出して、あっという間に終わり!っていう感じなんです。
というわけで、私にとって、キーボードは『必須』です。
これがないと、思っていることがすぐに表現できない。
やむをえず、スマートフォンで、“チマチマ”と打たねばならないことがありますが、そういうときはマジックハンドで毛筆を持ち、書道をやっているような感じになり、叫びだしたくなるのでした(>_<)
« 「粗にして野だが卑ではない 石田禮助の生涯/城山三郎」を読みました。 | トップページ | 「旅だから出逢えた言葉 Ⅱ/伊集院静」を読みました。 »
「パソコン・インターネット」カテゴリの記事
- 俳句を詠んでみる_0625【 根雪解かすよに AIに相談し 】(2025.11.24)
- 俳句を詠んでみる_0539【 秋涼し Windowsも 機嫌よく 】(2025.08.28)
- 俳句を詠んでみる_0528【 画と文字が 欺き煽る 戻り梅雨 】(2025.08.17)
- 「本はこれから/池澤夏樹・編」を読みました。(2024.09.05)
- 「日本語 根ほり葉ほり/森本哲郎」を読みました。(2024.08.19)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 俳句を詠んでみる_0687【 冬の風 すかすかの申告書 書く 】(2026.02.03)
- 俳句を詠んでみる_0541【 季語定型と籠る 冷房の部屋 】(2025.08.30)
- 俳句を詠んでみる_0288【 行く秋 三百句まで あと十二句 】(2024.11.30)
- Facebook その他SNSでよく見かける「リンクをただ張っただけ」で本人が嬉しがっているものについて。(2022.03.25)
- 怖いが、365日を振り返る。(2021.12.31)
「オトナのグッズ」カテゴリの記事
- 俳句を詠んでみる_0722【 桜漬 夫婦で探し 茶の棚に 】(2026.03.13)
- 俳句を詠んでみる_0711【 春の記憶や 鉛筆とボンナイフ 】(2026.03.01)
- 俳句を詠んでみる_0706【 春灯(はるともし) あの人の顔 想い出す 】(2026.02.24)
- 俳句を詠んでみる_0697【 珈琲手に 積もる春の雪を見る 】(2026.02.13)
- 俳句を詠んでみる_0695【 手焙(てあぶり)の 温もりを 洋間に見つけ 】(2026.02.11)
« 「粗にして野だが卑ではない 石田禮助の生涯/城山三郎」を読みました。 | トップページ | 「旅だから出逢えた言葉 Ⅱ/伊集院静」を読みました。 »



コメント