【南先生の玉手箱_0034_生まれて51年 7回シリーズ[7の4] 】
私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
平成10年の「家庭教育学級・資料 -家庭における進路指導のありかた-(私自身をふりかえって)」という冊子から、「生まれて51年」という文を長編なので、7回に分けてのご紹介。
今回は、7回中の第4回目ですが、実はこの7回分の原稿のうち、2回目分にあたる部分と3回目にあたる部分をページがくっついてしまっていて(>_<)飛ばして4回目分を先に3回目分としてご紹介してしまっていたことに気付きました。
あらためて正しい3回目分をここに、そして次回は正しい4回目分を掲載したいと思います。
ごめんなさい<(_ _)>
以下、先生の文章です。
※1回目分の「私自身どのように生きてきたのだろうか、又、生かされてきたのだろうか」という文の続きから始まります。では、続きを以下に。
もちろん生かされるのはいやであるが、小さい頃のことはほとんど記憶にない。しかし、この記憶にない年頃の育て方が人生を大きく左右するなんて、良く耳にするので、幼い子どもたちを見るにつけ、その子らしさや感性を大切に見守ってあげたいものです。
幼い頃は自分の存在そのものが、わがままと言うか、気のむくままに勝手に思うことを表現していたのではないかと思う。今は、遠くに記憶に残っていなくても、身のまわりの大人たちに大切に育てられたのだと思っている。
良く覚えてはいないが、自分のそばにはいつも、ばあちゃんがいたように思う。ヨチヨチ歩きの頃、よくばちゃんが散歩に連れていってくれたように思う。
家が百姓であったことで、思い出は田んぼや畑でよく畑のすみっこで、竹籠の中で畑仕事が終わるのを待っていたような気がする。
おなかがすいた時などは、きっと大きな声で泣いていたんだと思う・・・。
小学校に入る前だったか、親がよく私に女の子の着物を着せていた。私自身それほどいやな気分じゃなかった。きっと親戚に同じ年頃の女の子が多かったからだと思うが、親が女の子ほしさに人形のように着せていたのかも知れない。
近所の人たちには、ぼうやちゃんなんて呼ばれていた。これと言って反抗もせずに、おとなしいタイプだったのかも知れない。
淋しがりやで、暗いところなどでよく泣いたのを思い出す。怖い話しを聞くのが好きで、そのくせ泣き虫だったと思う。
私たちの子ども時代は、夜(夕方)になれば、まっ暗でまわりは田んぼに畑だけであった。ネオンひとつなかったので、良くお化けも出たし、ランプの生活もあって、太陽の動きと同じペースで生活をしていたと思う。
この頃家の中には、はだか電球がひとつぶらさがっていたと思うが、電気製品はほとんどなく、夜はおっかない思いをした。
小学校に入るまでは、毎日雨の日も何か工夫して遊んでいた。家の仕事があれば親と一緒にリヤカーに乗って畑で遊んでいた。
そんな時、菜の花畑の花は大きく、畑は広く、麦の畑で迷子になったりした。
土や草の匂いは思い出として今も心に残っている。
朝早く起きて、親と一緒にリヤカーで牛や馬の糞を拾い歩いたのも懐かしい。
もちろん肥料にするためであった。
東京生まれでデザイナーくずれの親がいろいろと農業の苦労をしていたことが思い出される。
地域には、お金持ちとか、貧乏とかあったと思うけれども、どこの子もみんな集まって遊んだ思い出は懐かしい。
学校って言えば、小学校一年がはじめてで、入学のあと、何日かして自分のなまえを書けてうれしかったことを覚えている。
自分は、書くことが少し遅かったからかも知れない。
幼稚園はなかったので、きちんとした勉強のはじまりは小学校であった。ランドセルしょって元気良く通っていたと思う。
以上が先生の文でした。
幼い頃の先生の記憶がたどられていて、畑のすみの籠の中にいた・・なんてシーンは、今の人たちにはあまり想像がつかないかもしれません。
次回は、先生が小学校で、運動会、学芸会などを経験した話が書かれています。
近いうちに、また活字化してご紹介します(^-^)/
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