「思いちがい辞典/別役実」を読みました。
『思いちがい辞典/別役実著(ちくま文庫)』という本を古本で見つけ、読んでみました。
1999年第一刷発行となっておりまして、当時の世相の中で書かれているわけで、「辞書・事典類はありきたりの説明しかしておらず、人々が“思いちがい”をしたくても出来ない状況にある」としています。
そして、“思いちがい”がいかに日常を豊かにしているか、思いちがいをうながすべく書かれたものだとしています。
こういう本は、十年ひと回りくらいすると、再度そのときの面白味が熟成されて増していくことが多いのですが、すでに“二回り半”している感じです。
二回り目くらいの頃だったらよかったのですが、今現在で読んでみると、丁度時期を外している感じになってしまいました。
たとえば、「電話機」という項目では、すでに“家電話”が無くなりつつある現在、しかも通話はあまりせずに、メール、Lineで連絡を取り合っている現在では、読んでもわからない世代がいるくらいで、完全に外している感じがしてしまいます。
「電球」にしても然りです。
LEDが普及している現在では、「電球の切れた音」について語られているのですが、若い人には何のことやらわからなくなっています。
三回りしたら、逆に時代の証拠資料的な文となってくると思いますので、三十年目にしてまたこの文章に価値が出てくるような気もします。
「テレビ」の項目では、食事中にテレビを見ることについて書かれていますが、家族でテレビを見ること自体がやはり無くなりつつあるし、テレビ番組よりも、個々にスマートフォンなどで動画を見たりしていることが多く、これも若い人にはわかりにくいことになっていました。
また、時代が時代だけに、女性の扱い方が今では“差別的”に感じてしまうものもいくつかありました。
こういうことについては、同時代の他の本にも多々見受けられ、時代を感じてしまいました。
もう歴史的な資料価値のあるものとして、今後は読まなければならないものになってしまうのかもしれません。
結局、私もあまり強い興味は持てずに読了。
あと五年くらい“寝かせる”といい味が出てくるかもしれません。
« 俳句を詠んでみる_0144【 汗の香す ヒールの踵(かかと) 抜けぬ女(ひと) 】 | トップページ | 俳句を詠んでみる_0145【 夏の潮 葉山で見た ビキニのへそ 】 »
「想い出交錯」カテゴリの記事
- 「新編 日本の面影/ラフカディオ・ハーン 池田雅之訳」(2026.04.19)
- 俳句を詠んでみる_0728【 春のかたみ マスターの浅煎り 淹れ 】(2026.03.18)
- 俳句を詠んでみる_0714【 春のくれ 逝ってしまった人の顔 】(2026.03.04)
- 俳句を詠んでみる_0711【 春の記憶や 鉛筆とボンナイフ 】(2026.03.01)
- 俳句を詠んでみる_0706【 春灯(はるともし) あの人の顔 想い出す 】(2026.02.24)
「書籍・雑誌その2」カテゴリの記事
- 「蕎麦湯が来ない/せきしろ・又吉直樹」を読みました。(2026.05.10)
- 「愚の力/大谷光真」を読みました。(2026.05.09)
- 「若山牧水の百首/伊藤一彦」を読みました。(2026.05.03)
- 「一度きりの人生だから -大人の男の遊び方2-/伊集院静」を読みました。(2026.05.01)
- 「写真で俳句をはじめよう/如月真菜・押山智良」を読みました。(2026.04.27)
« 俳句を詠んでみる_0144【 汗の香す ヒールの踵(かかと) 抜けぬ女(ひと) 】 | トップページ | 俳句を詠んでみる_0145【 夏の潮 葉山で見た ビキニのへそ 】 »



コメント