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2025/07/31

俳句を詠んでみる_0511【 夏にとんこつ めんたいの塩辛さ 】

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暑い日のとんこつラーメンもいい、明太子が入って“しょっぱい”とそれも夏にピッタリ!という句。

【 夏にとんこつ めんたいの塩辛さ 】

《背景》季語:夏[夏]
妻と買い物に出て、お昼にはとんこつラーメンのお店に入った。
私は「めんたい幸福ラーメン」と名付けられたものを食べた。
めんたいの“しょっ辛さ”が夏の昼に合う。
汗をかきつつ完食した。

 

2025/07/29

俳句を詠んでみる_0510【 紫の空に 夕焼け 胸に染む 】

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「夕焼けがきれい」の声を聞き、外に出てみて一句。

【 紫の空に 夕焼け 胸に染む 】

《背景》季語:夕焼け[夏]
妻が夕焼けがきれいだとベランダで声をあげた。
私は急ぎ外に出て、紫色の空を焼くように朱色に染まった夕焼けを見た。
何か心の中に入ってくるような光景だった。

 

2025/07/28

俳句を詠んでみる_0509【 義母自慢の長茄子に 長寿の秘密 】

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義母が丹精した長茄子を持って来てくれて、一句。

【 義母自慢の長茄子に 長寿の秘密 】

《背景》季語:長茄子[夏]
義母が自分で作った長茄子。
義妹と一緒にクルマで届けに来てくれた。
立派なもので驚いたが、育てる秘訣があるのだそう。
長寿の秘密もそこにありそうだ。
「これから美容院に行ってくる」と元気にクルマの窓から手を振って走って行った。

 

2025/07/27

「家族という病/下重暁子」を読みました。

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『家族という病/下重暁子著(幻冬舎新書)』を古本で読みました。
2015年3月第一刷発行となっていましたが、この本はその年の5月に既に“第十一刷”となっていて、ものすごい増刷ぶりで、ベストセラーだったのだとわかりました。

読んでみると、タイトルどおりに「家族」というものをどう捉えるか、という本なわけですが、日本人は家族という形態が幸せの象徴的な存在となっていて、でも実際自分の家族についてどういう人か語れるだろうか、という話になっていきます。

下重さんは、戦前・戦後で父親との関わり方が一変し、母親違いの兄とも、母親とも生前関係がうまく取れていなく、亡くなってから知ったこと、考えたことが多く、この本の巻末ではその三人に手紙を書くことによって家族との関係、自分の過去、さらに未来への思いを整理していました。

下重さんには、夏休みに海外に出かける家族の様子がテレビなどのニュースに流れている“いい家族”みたいなあの日本中が安心するためのような、あれが嫌いだったようです。
かつて年賀状に家族の様子を毎年写真に撮って送ってくるのも嫌いだったとのこと。

あなたは、自分の家族が何を考え、思い、どんな人か語ることが出来ますか?というようなこともおっしゃっています。

私はそこまで過敏に反応することは今までありませんでしたが、でも、あらためて家族というものについて考え直す機会になりました。

下重さんが書かれていた「家族の話はしょせん自慢か愚痴」という言葉は、たしかにそうだなあとも思いました。

かつての職場、あるいは親戚関係などの人が多くいる場などでも「家族の自慢話」ばかりする人が多くいました。

下重さんのように自分の身内にも、他の仕事関係や、その他関りのある人に厳しい目を向けることは私にはありませんが、それでも家族のことを(父母、兄弟などかつて一緒に暮らしていた家族と、妻、子供の今の家族を)もう一度自分の人生の中でどういう存在だったのか、これからの関係は、そしてまだ語っていないことは何なのか、など考え直してみたいと思いました。

考えさせられる本でした。

 

2025/07/26

俳句を詠んでみる_0508【 炎暑に 横たう 選挙後の残骸 】

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国政選挙が終わったばかりですが、そこで一句。

【 炎暑に 横たう 選挙後の残骸 】

《背景》季語:炎暑[夏]
都知事選に続き、参院選挙も終わった。
この暑い日が続く夏に“残骸”とも見える結果が残った。
同じ人間なのに、一定の人達を“敵”と見做し、人を煽り、平左にしている者が残骸の中で笑い、あなた達困窮している人達の味方だと言いつつ、妻・家族・国民も知らぬうちに若い“色香”にうつつを抜かしていた男が高笑いをしている。

 

2025/07/25

「肉体の学校/三島由紀夫」を読みました。

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『肉体の学校/三島由紀夫著(ちくま文庫)』を読みました。
1964年に刊行された作品の文庫化(1992年)版です。

この本に書かれている時代は古く、いまだ戦後の「華族制度」にしがみついている人々が登場します。
主人公の女性も華族出身で、社会的にはファッション界で一流の位置にいる。
そして同様の華族出身の女性二人と三人の会を月一で開いている。

女性は三人とも離婚後に不自由なく“離婚成金”的に過ごしている。
さらにやはりある地位にいる男などとの自由な恋愛を楽しみ、“月一”の会で互いに内緒の約束で生活状況と男の話を情報交換するのでした。

社会的な地位と安定した裕福な生活を手に入れようとする主人公妙子の年下の恋人はゲイ・バーで働く美青年。
その美青年の美しい体を金で買おうとする男や女もいて、時代背景は昔のことなのに、全く古さを感じさせない設定と、物語の進行。
現在の小説だと言ってもそのまま通用するような世界が描かれていました。

むしろこの三島由紀夫が描いた世界は、ある一定の世界の頂点にいるような人々の、精神性を感じさせ、優雅な雰囲気さえも感じる不思議と品位のある作品になっていました。
男女の営みは読んでみれば直接の描写は無いのに、非常にエロティックである。

そんな世界観の小説は今でもあるにはあるだろうが、でもこの「肉体の学校」に描かれているような不思議と典雅な雰囲気にはならないだろうと思う。
簡単に言ってしまうと、下卑たものになってしまうのではないかと思うのです。

そして作品そのものが“立っている”というか、文学作品として屹立しているのに驚きました。
三島由紀夫、やはり凄い。怖ろしいまでの作品感でした。
読み終えて・・ずっと恐れ入っておりました・・。

 

俳句を詠んでみる_0507【 夏日影 心配するな “あんとんね” 】

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何十年ぶりに聞いた千葉の「方言」で一句。

【 夏日影 心配するな “あんとんね” 】

《背景》季語:夏日影[夏]
毎日が猛暑の中、床屋に行き、扉を開けると日影に入ったように涼しかった。
お客さんの老人が酸素ボンベを付けながら入ってきて、「これを置きながらやってもらえるかね?」と言うと、床屋のおばちゃんは『あんとんね』と言った。
30年ぶりくらいに聞いた千葉の方言『あんとんね』は「大丈夫、何ともないよ」っていう感じの意味。
懐かしい言葉に衝撃を受け、色々な記憶もついでに甦ってきた。

 

2025/07/24

俳句を詠んでみる_0506【 夏のラーメン 汗かき 特製塩 】

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暑い中、塩ラーメンのお昼・・という一句です。

【 夏のラーメン 汗かき 特製塩 】

《背景》季語:夏[夏]
妻と暑い中、買い物に出掛け、お昼になり、ここはあえてラーメンでいこうとなった。
汗をかきかき、二人して“特製塩”ラーメンを食べた。
塩分も摂れたし、健康的に汗をかいたし、いいでしょうこれで。

 

2025/07/23

俳句を詠んでみる_0505【 神の蛇 這うよう 配管見上げる 】

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所沢にある「角川ミュージアム」に出かけたとき、お昼の場所で“むき出し”の配管を見て一句詠みました。

【 神の蛇 這うよう 配管見上げる 】

《背景》季語:蛇[夏]
バスツアーで妻と出掛けた所沢市の「角川武蔵野ミュージアム」。
お昼は併設のビュッフェ・レストランで。
むき出しの天井配管を見ていたら、まるで生きもののように、くねり、這う様子が意志のある得体の知れないものに感じた。

 

 

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2025/07/22

俳句を詠んでみる_0504【 炎天に スマホの奴隷 スワイプし 】

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炎天下でも夢中になってスマホをいじっている人がいる様子を詠みました。

【 炎天に スマホの奴隷 スワイプし 】

《背景》季語:炎天[夏]
いつでも、どこでも、どんなときでも、スマートフォンに触れていないといられない“スマホの奴隷”のような人を、街を歩いていても、クルマに乗っていても見かける。
それは炎天下で、画面がよく見えないだろうと思われるところでも、指をスイスイとスワイプし、動かしている。

 

 

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2025/07/21

俳句を詠んでみる_0503【 夏の夜 枕元に 充電の熱 】

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夜、暗くなった部屋で密かに充電されている携帯電話を詠みました。

【 夏の夜 枕元に 充電の熱 】

《背景》季語:夏の夜[夏]
夜、就寝前に携帯電話を充電器に繋ぐ。
皆が寝静まったあと、少しずつ熱を持ち、ひっそりと充電しているスマートフォンを詠みました。

 

2025/07/20

「私があなたに惚れたのは/久世光彦」を読みました。

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『私があなたに惚れたのは/久世光彦著(主婦の友社)』を古本で見つけて読んでみました。
2002年第一刷発行となっていました。

著者の久世光彦さんは、「七人の孫」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」など、かつて一時代を築いたようなテレビドラマ作品をプロデュース・演出をされています。
そして作家活動もされているわけですが、この本は久世さんが今まで出会った作家や芸能人などに対し「私があなたに惚れたのは・・こんなことから」というふうに書かれていました。

ただ内容の多くは、亡くなられた向田邦子さんとの思い出が大半を占めていました。

向田さんについては、久世さん他、向田さんの妹の和子さんも生前のことを色々書かれていて、今までも色々な本を読む中で遠い昔のことだという印象がありましたが、向田さんが和子さんに出させた「ままや」というお店(※「ままや」の話はこの本で何度も出てくる)が、かつて私が東京勤務していた頃の職場から歩いて行けるような場所にあったこと、さらに向田さんが原稿を執筆したり、当時の彼に手紙を書いていた場所が私の勤務していた都市センターホテルであったことも知りました。

つまりよく知っている所で今まで本の中でのみ繰り広げられていた世界が動いていたのだとわかって、なぜか臨場感が急に迫ってきたような気がしました。

そして、久世さん、向田さんの思い出話の中に、私が日頃よく読んでいる作家、気になる作詞家、芸能人(女優)の人達も登場していました。

山口瞳さん、いしだあゆみさん、阿久悠さん、山本夏彦さん、伊集院静さん、浅田美代子さん、松居直美さん、夏目雅子さん、阿木燿子さん、田中好子さん、沢田研二さん、桃井かおりさん、田中裕子さん、堺正章さんなど多彩な方々でした。

昭和の人達の考え方、生活の過ごし方、何気ない行為や、食べ物、慣習、その他私も気になる「昭和の大事なもの」がうまく描かれていて、自分自身の過去に対する整理が少し出来たような気がしました。

力作かつ、内容の濃い、読み応えのある本でした。

 

俳句を詠んでみる_0502【 夕刻の水撒き 今日の幕下ろす 】

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一日が終わるときの様子を詠みました。

【 夕刻の水撒き 今日の幕下ろす 】

《背景》季語:水撒き[夏]
夕方になると庭の草木に妻が水を撒く。
大事な花などに声を掛けつつ、今日一日の幕が下りて行く。

 

 

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2025/07/19

俳句を詠んでみる_0501【 ナイターの空に 歓声と白球と 】

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長男からナイター観戦誘いのLINEがあり、その長男が小学生の時以来、二人で久しぶりのナイター観戦となった。

【 ナイターの空に 歓声と白球と 】

《背景》季語:ナイター[夏]
ZOZO(千葉)マリンスタジアム、ドーム球場でない、空の見える野球場でのナイター観戦。
深い紺色の空に歓声が上がり、白球が飛んで浮かび上がる様子を詠んだ。

 

2025/07/18

俳句を詠んでみる_0500【 切手 貼り足して 送る 夏のたより 】

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郵便料金も値上げが有り、不足分の切手を貼り足して送る様子を詠んだ。

【 切手 貼り足して 送る 夏のたより 】

《背景》季語:夏[夏]
レターパックを利用して、音楽テープと共に文と写真を夏の“おたより”として中学時代の先生に送った。
370円の古いレターパック・ライトが残っていたのだが、今は430円とのこと。
郵便局に聞き、30円の普通切手2枚を買い、貼り足した。
「キタキツネ」の可愛い切手だった。

 

2025/07/17

俳句を詠んでみる_0499【 閻魔参(えんままいり)してほしい 立候補者 】

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閻魔参りという季語があるのを知って、すぐに思ったことを句にしてみました。

【 閻魔参(えんままいり)してほしい 立候補者 】

《背景》季語:閻魔参[夏]
7月15日の縁日には、地獄の釜の蓋が開くらしい。
なので、その日に閻魔様にお参りするのだそうで、閻魔様と言えば“嘘をつけば舌を抜かれる”という話も聞く。
今、国政選挙の真っ最中だが、駅頭に立ち、調子のいいことを言っている人達にお参りしてほしいと思った。
舌を抜かれるのは、あの人とあの人と、あの人と・・いっぱいいるなあ。

 

2025/07/16

「徳川慶喜家の食卓/徳川慶朝」を読みました。

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『徳川慶喜家の食卓/-徳川慶喜家当主- 徳川慶朝著(文春文庫)』を古本で見つけ、読んでみました。

著者の徳川慶朝氏は、日本の写真家ですが、江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜の曾孫で、旧公爵徳川慶喜家第4代当主。母方を通じて松平容保の曾孫でもあるのです。

この本は2005年に刊行され、2008年に文庫化されたものです。
著者の徳川慶朝氏は、2017年に亡くなられています。

この本には、最後の将軍・徳川慶喜は大政奉還した後の生活では、割と質素な食生活であったことが書かれていましたが、それでもやがて東京の第六天町の屋敷に住まっていた時には、その敷地三千坪、屋敷内には五十人の人がいたそうです。
著者の父は、その屋敷で育ったとのこと。

興味深かったのは、大政奉還のあった年の三月二十五日から四月一日にわたって、慶喜公が大阪城に英、仏、米、蘭の四国の公使を招き、接見し、フランス料理で饗応したという部分でした。゜

慶喜公が密かに目論んでいた大君絶対王政の政治形態にもっていくための環境を整えようとしていたのではないか、ということでしたが、開国を迫る列強に、みずからの権威と存在感をアピールしようとしていたようです。

そのときのメニューが載っていましたが、凄いです。
何ページにも渡る豪華な料理で、ここを読むだけでこの本を読む価値があるくらいの内容でした。気になる方はぜひご確認を。

あの渋沢栄一は、若いときに一橋家の家臣で、慶喜公の弟、昭武氏といっしょにパリ万博に行った仲であったとのことで、第六天町の屋敷にも寄っていて、慶喜公がその頃食べていたもの、そして好きだった酒の種類についても書かれたものが残っていて、これもまた興味深いものでした。

著者の慶朝氏は、慶喜公も好きであったらしい珈琲が好きで、やがて茨城県ひたちなか市の「サザコーヒー」からの依頼で講演する機会があり、その際焙煎をしてみたいとお願いして、意外や本格的な珈琲豆を生み出し、「徳川将軍コーヒー」という名で売り出すことになり、かなりの売れ行きとなったことも書かれていました。
かなり深煎り(慶喜公も著者も、それにミルクを入れて飲むのが好きだった)だが、とても評判が良かったようです。

とにかく慶喜公についても、著者の慶朝氏についても、今まで知らなかったことが多かったのですが、次から次へと面白く、興味深い事実が明らかになって、楽しく読みました。
残念ながら徳川慶喜家第四代当主の慶朝氏は結婚しておらず、跡継ぎ無きまま亡くなられてしまいました。子供さんがいらっしゃれば、残された資料等からまだまだ新しい事実が世に出たかもしれません。

貴重な本を読ませてもらいました。

 

俳句を詠んでみる_0498【 秋の夜(よ) 手をつないだ日 おぼえている 】

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人との記憶はいろいろあるが、それについて詠んでみた。

【 秋の夜(よ) 手をつないだ日 おぼえている 】

《背景》季語:秋の夜[秋]
初めて手をつないだ日のことを覚えている人がいる。
そうでない人もいて、それはランダムな記憶となっている。
親密な記憶もあれば、高校の三つ峠ハイキングの時に、道が険しく危ないので隣のクラスの名前も知らぬ初めて口をきく子と「手をつないだ方がよさそう」と、手を差し伸べた時の記憶もあって色々だ。

 

 

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2025/07/15

俳句を詠んでみる_0497【 銚子沖の台風 樹々揺らす 午後 】

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9年ぶりに北海道に台風が上陸するのではという報道がある中、こちらの様子を詠んでみました。

【 銚子沖の台風 樹々揺らす 午後 】

《背景》季語:台風[秋]
台風発生のニュースを聞き、不安に過ごす午後。
銚子沖を通過中との報が入るが、樹々をざわざわと揺らす程度で過ぎ去ってくれるようだ。

 

2025/07/14

「日本列島なぞふしぎ旅 中国・四国編/山本鉱太郎」を読みました。

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『日本列島なぞふしぎ旅 中国・四国編/山本鉱太郎著(新人物往来社)』をたまたま古本でこの「中国・四国編」を見つけ、興味を持ち、読んでみることにしたものです。

1995年第一刷発行となっていました。

中国・四国地方については、出雲や鳥取、尾道などに行って興味を持ち、四国もこれから巡ってみたいと妻とよく話をしているところです。

今までに行ったことのある所も登場していて、「ああ、やはり故事来歴があるところだったのだな」とあらためてその場所を思い浮かべつつ読みました。

玉造温泉「長楽園」の露天風呂は、庭にしつらえた大きなもので、風情のあるところでした。庭園の巨大な池そのものが“源泉かけ流し”状態で、今でも思い出に残っています。

松江の人たちのお茶好きの理由や、松江には銘菓があるという章もありましたが、私達夫婦が松江に行ったときに素敵なところだな、と入った喫茶店はまさに和菓子の銘菓が並び、そんな町だったのだと今にして思い出しました。

人気の「割子そば」や、小泉八雲が絶賛したという「松江姉様」人形についても詳しく書かれていました。

今度出かける時には、ここに行ってみよう、あれも見たいという候補がたくさん出来ました。

淡々と深い考察が繰り広げられるこの本、これからの旅行の貴重な参考になりそうだと、そして買ってよかったと思っているところです。

 

俳句を詠んでみる_0496【 夕虹 束の間 上げた手に雨粒 】

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つかの間の虹を見て詠みました。

【 夕虹 束の間 上げた手に雨粒 】

《背景》季語:夕虹[夏]
夕方になって玄関から外に出てみたら、虹が出ていた。
妻に声をかけ「あそこだよ」と手を上げたら、手のひらに雨粒が。

 

2025/07/13

俳句を詠んでみる_0495【 緑蔭の 石段登り 二宮へ 】

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涼しい日があったので、船橋市の神社まで足を延ばし、お参りしてきました。

【 緑蔭の 石段登り 二宮へ 】

《背景》季語:緑蔭[夏]
猛暑がひと休みしている隙に船橋市三山にある「二宮神社」に妻と初めてお参りした。
正面の鳥居から入ると、いきなり谷を降りて川を渡る樹々に囲まれた緑蔭の参道を歩くことになる。
さらに今度は石段を登ると、光が差してきて神々しい二宮の境内へ。
劇的な動線の“妙”に唸った。

 

 

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2025/07/12

『現役引退 プロ野球選手「最後の1年」/中溝康隆』を読みました。

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『現役引退 プロ野球選手「最後の1年」/中溝康隆著(新潮新書)』を古本で見つけ、読みました。

2019年~2021年に「ベースボールキング」に連載された『男たちの挽歌』を加筆・修正、書き下ろしを加えて改題し、2021年に発行したものでした。

王、長嶋から古田敦也、掛布雅之、田淵幸一、村田挑治、中畑清、江川卓などの選手としての記録や、エピソード、そして本題の最後の1年の様子について書かれたものでした。

長嶋茂雄が引退したのが1974年ですが、この本の著者「中溝康隆」氏が生まれたのは1979年!!それなのに見てきたように当時の様子が書かれていて、「こりゃ、凄い“調べっぷり”だ!」と驚きました。

何度かこの本を読み始めたのですが、今まではすぐに閉じてしまうことになってしまい、読むことが出来ませんでした。
・・それは、あの選手がこんなに苦労していたのか、最後の一年、こんなひどい扱いをされたのか、さぞかしつらかっただろう・・などと胸に響き、痛みまで感じる始末で、今回は“意を決して”最後まで読みました。

王選手は引退発表しようとしていたら、当時の長嶋監督が電撃辞任(解任?)となってしまい、球団批判で溢れる世の中となってしまい、引退発表は11月まで遅れてしまったとのこと。
最後の1年でも30本のホームランを打っていたのですが、成績としては打率は2割3分代となってしまい、大選手なのに気の毒な形と感じました。

その他、掛布選手や田淵選手、ランディ・バース選手など阪神、あるいは阪神からトレードとなった選手の球団からのあんまりな扱いにも胸が痛みました。

西武の石毛選手も華麗な記録を残しながら、監督を打診された後、現役にこだわり福岡ダイエーに動いてからは大選手なのに不運な印象が残りました。

印象に残ったのは巨人の西本投手。
巨人から中日に移り、20勝するなどの復活劇には今でも心動かされます。
引退試合は多摩川グラウンドでのささやかなもの・・でも、有志の選手達が集まり、長嶋さんまでも登場するという感激するようなものでした。

そして最後は今年亡くなった長嶋茂雄選手。
1971年には、前年の打率 2割6分という成績不振で、引退までもがささやかれていたのに、6度目の首位打者を取ったところが最後の活躍となってしまいました。
私も記憶がありますが、その首位打者を取った時の打撃フォームは大鷲が翼を拡げるような大きなフォームで実に格好良かった印象があります。

そして、引退の年には一番打者になったりしていた記憶もありますが、打席が多く回ってくるだけに打率はあっという間に下がり、生涯打率もどんどん落ちていった記憶があります。
これも前年に引退をさせようとしたが、固辞され、もう一年頑張ると言った長嶋への“意地悪”のように当時の私の目には映りました。

あらためて長嶋選手の生涯記録を見てみると、「記録よりも記憶に残る選手」という表現をよくされることのあった人でしたが、いやいや記録も超一流です。
恥じ入ることなど何処にもない立派な記録と、チャンスに強い記憶にも残る名選手だったとあらためて感じました。

最近私が知って、この本にも書かれていましたが、中畑清選手の最後の試合となった近鉄との日本シリーズ最終戦、代打ホームランを打った素晴らしいシーンは、大卒と高卒という年齢差はあるものの、同期入団の篠塚選手から藤田監督への「引退する中畑さんをこの晴れ舞台に出場させてください」という直訴から起こったものだという話には涙が出ました。
中畑さんも最近のYouTubeで篠塚さんを目の前にして目を潤ませていました。

ということで、選手にとって、つらい最後の一年ということばかりではなく、いい話で締めようと思いました。

 

俳句を詠んでみる_0494【 夏の夕 冷えた麦酒に キーマカレー 】

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文字通りのビールとキーマカレーの取り合わせについて詠んでみました。

【 夏の夕 冷えた麦酒に キーマカレー 】

《背景》季語:夏の夕、麦酒[夏]
※季語が重なってしまいましたが、“ダメ押し”ということで。

今夕は家族が食卓に揃う。
妻がキーマカレーをつくり始めた。
そうだ、冷蔵庫にはビールがあったはず。
皆で「お疲れ様」の乾杯をしてカレーを食べ始める。

 

2025/07/11

俳句を詠んでみる_0493【 草取 草刈 夫婦阿呍之息(あうんのいき) 】

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夫婦のコンビネーションで草取りする様子を詠みました。

【 草取 草刈 夫婦阿呍之息(あうんのいき) 】

《背景》季語:草取、草刈[夏]
7月に入ると、雑草の伸びは勢いを増し、草取も頻繁になる。
花壇まわりは妻が小さな鎌などで手作業の草取り、大きく伸びてしまった草は私が草刈機で刈っていく。
 夫婦阿呍の呼吸だ。

 

 

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2025/07/10

「荒木経惟の写真術」を読みました。

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『荒木経惟の写真術/荒木経惟著(河出書房新社)』を古本で見つけ、見て、読んでみました。

1998年初版発行となっており、荒木さんが電通にカメラマンとして入社し、そこでどんなことを経験して(主に光の当て方を色々と工夫し、実験的なことをしていた)、その後にどう結び付けたか、というところから始まって、この本の多くは荒木さんよりも若いカメラマンとの対談で構成されていました。

対談では、荒木さんの数ある写真集の内容にふれている部分が多々あったのですが、写真集からの抜粋された写真を見ることができて、あらためて荒木さんの多様な作品を知ることになりました。

また、私は写真の技術的なことや、機材、現像の方法などの知識が無く、カメラマン同士の対談の中に出てくる専門用語は“チンプンカンプン”でしたが、それでも「きっとこういうことを言っているのだろう」と想像しつつ読み進めば、なんとなくわかってくることもありました。

多くのカメラを持ち込み、同時進行でそれぞれのカメラを使い分けていくやり方や、あえて一つの機種でその特色を生かしてテーマ化して写真集にしていくやり方など、荒木さんの多様な写真との取り組みと、その実例写真を見ていて、ますます“普通のカメラマンじゃない”と思いましたし、荒木さんが世の中で話題急上昇していた頃の“ぐんぐん・どんどん”突き進んでいく姿も思い出しました。

アラーキーは、あの頃も先鋭的だったが、今見ても先鋭的だ、と再確認する読書となりました。

 

俳句を詠んでみる_0492【 お元気で 夏の雲間に 浮かぶ顔 】

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夏の青空、そこに浮かぶ雲を見ていたら色々な人の顔が・・という句を詠みました。

【 お元気で 夏の雲間に 浮かぶ顔 】

《背景》季語:夏の雲[夏]
この歳になると、懐かしい人、親しくさせてもらったけどもう何年も会っていない人、また会いたいと思っているのに会えないままの人がいる。
そんな人達の顔が夏の空を見ていると、雲と雲の間に浮かんでくる。
思わず「お元気で」と声に出してしまう。

 

2025/07/09

「夫婦脳/黒川伊保子」を読みました。

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『夫婦脳/黒川伊保子著(新潮文庫)』を古本で読みました。

2008~2010年「電気協会報に《男と女の脳科学》として連載」と、2009~2010年「ひろぎん経済研究所機関誌に《感じることば》として連載」されたものを改題加筆・修正し収録したものでした。

黒川さんのご著書は、この本以外にもベストセラーがたくさんあり、私も何冊か読みましたし、ラジオなどへの出演時にご本人のお話しを聞いたこともあります。
その度に、「ああ、ここで例示されている“困った夫”はまさに俺の姿ではないか・・と、いつもガックリと膝を落とすように倒れ込むのでした。

そして例示されている妻の様子は、まさに私の配偶者そのものの様子 ^_^;どうして人んちのことがこんなに手に取るようにわかっちゃうんだろう・・と思い、今後改めようと思うには思うのですが、修正するところが多すぎて覚えきれないよ・・(T_T)となってしまうのでした。

誰もが、どの夫婦が読んでも、夫も妻も思い当たる節ばかりのハズです。

今回の本でもひとつウチの夫婦と合致した例を挙げてみると・・

私が帰宅すると、妻から何か相談というか、聞いてほしいことがあると話が始まり、それは朝起きてから起こった出来事の詳細、会った人すべてについて、こんなところにも出くわした、などなど延々と話が続き、私はどのエピソードのどの部分、どの言葉などがキーワードとなるのか、必死で聞き続けるわけですが、それらは全て相談にのってほしいと言ったこととは何の関係も無いのです。
こんな状態が最低でも30分以上続いて、本題が出てくるのは一時間以内であれば、それはラッキーなことです。いつ終わるかわからず、本題は何なのか、いつまで経ってもわからない、そういうことなのです。

で、「本題は何なの?!」などと聞こうものなら、そこから「あなたは何にもわかっていない、人の話が聞けない、共感も出来ない、最低の男だ」ということになり、私は地獄の底に突き落とされ、そのあと口もきいてもらえなくなるのです。

黒川さんに言わせれば、女性はあったこと、見たこと、起こったこと全てを時系列になめる様に伝えていくのであり、本題そのものよりも、それらを全て聞いてもらって「そうなんだ、たいへんだったね」などと相槌を打ってもらいたいわけです。
そんなことがわからぬ男は問題にならぬほどダメ夫であるというわけです。

今じゃあ、何冊も黒川さんの本を読んできたので、その辺は“なんとか、かんとか”死に物狂いでクリアできるのですが、こんなことは夫婦の間では氷山の一角のエピソードです。
男も女も、このくらいのことは、心して読み始めないと、途中で泣きたくなると思いますよ。

あんまりネタばれ的なことを長文で書いても何なので、夫婦の話以外で面白かったものをひとつ挙げておきましょう。

素晴らしいリーダーというものは、登場しただけで、部下もその他の人たちも笑顔にしてしまう人だ、という部分でした。
最近、どこかの大統領が妙なキャップを被り、テレビの画面に登場しただけで気分が悪くなり、体調も崩し気味です。聞かせてやりたいっ!

自分を待ってくれている人たちの存在を微塵の憂いも不安もなく、邪気なく、嬉しがれる能力こそがリーダーの資質なのだろう、とおっしゃっています。そのとおりだ。

そしてそのためには、日頃から「被害者」にけっしてならない覚悟が必要だと。

誰かに裏切られても、裏切らせてしまったことを憂い、他者に迷惑が及ばないように慮る。
自分を被害者にして可哀想がったり、他人を恨んだりしない覚悟があってこそ、邪気なく人を嬉しがれる。
その「被害者にならない」覚悟こそが、リーダーの資質なのだと思う。とのことでございました。
聞かせてやりたいヤツばかりのお話しで締めて、本日の読後感を終えたいと存じます。

 

俳句を詠んでみる_0491【 俳句知り 子供になった 夏の空 】

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この歳になって“一から始めた”俳句について詠みました。

【 俳句知り 子供になった 夏の空 】

《背景》季語:夏の空[夏]
一旦、退職して再任用となった矢先、職場・家で五度倒れ、二度の入院をし、仕事は諦めた。
人生のロケット、二段目は墜落した。
その後は療養につとめ、何とか頑張ってきたが、空洞のようなものを埋め切れずにいた。
たまたま、妻が誘ってくれた「夏井いつき」先生の“句会ライブ”に参加し、優勝したことで俳句と出会い、生まれて初めて句を詠むようになった。
まっさらの状態、子供からの出発のようだった。
今、俳句を知り、ありがとうと声を大きくして言いたい。

 

2025/07/08

俳句を詠んでみる_0490【 冷素麺の夕飯は 色が付き 】

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夕飯の素麺には色々付いていた、という句です。

【 冷素麺の夕飯は 色が付き 】

《背景》季語:冷素麺[夏]
「夕食は素麺にする」と妻が言った。
そうか・・素麺か・・と思っていたら、けっこう色が付いてにぎやかになって出てきた。

 

2025/07/07

俳句を詠んでみる_0489【 夏の夜 散歩中だと 電話有り 】

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夜に先生から掛かってくる電話で一句詠みました。

【 夏の夜 散歩中だと 電話有り 】

《背景》季語:夏の夜:[夏]
夜の8時半頃になると携帯電話に着信が有る。
中学時代の担任の先生だ。
「おうっ、何してる? 俺は今散歩中だ。 ちょっと待て、今特急が通り過ぎる。うるさくなるぞ。」
線路沿いにある先生の家に向かって帰るところらしい。
だいたい何ということはない話をして終わるのだが、互いに“生存確認”的な感じにもなりつつある。
Jazz の話も、オーディオや人との出会いの話も、そして世の中の出来事もあれこれ話して「それじゃまた」となる。
先生とこんな歳になっても話をしていることになるとは、中学生の時には夢にも思わなかった。

 

2025/07/06

俳句を詠んでみる_0488【 竹落葉(たけおちば) 半ば死んで 生きるを知る 】

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今の自分の状態って半分死んでいるんじゃないか、と思い一句詠みました。

【 竹落葉(たけおちば) 半ば死んで 生きるを知る 】

《背景》季語:竹落葉[夏]
夏の季語「竹落葉」は“竹の秋”の終わり、さやさやと新緑になった竹林では、ひるがえるように落ちる竹の枯葉が散る。
青々とした竹林の下には竹落葉が深く積もっている。
そんな様子を見て、今のこの歳の自分を思った。
社会上でも、身体の状態でも、世の中、人との関係でも、半ば死んでいるようだけど、そうして生きている自分を知った。

 

2025/07/05

「どうせ、あちらへは手ぶらで行く/城山三郎」を読みました。

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『どうせ、あちらへは手ぶらで行く/城山三郎著(新潮社)』を古本で見つけ、読んでみました。
1927年生まれで、2007年に亡くなられた城山三郎氏の最晩年まで綴られた手帳を次女の井上紀子さん(※長女弓子さんは生後数ヶ月で早逝されている)が、父の心の内を垣間見るのを娘とはいえできぬことと思い、ためらいながら最終的にこの本として成立させたものです。

発行は2009年となっておりました。

最愛の奥さんが倒れる前年から、著者の最晩年まで、手帳には自らを励ますような言葉も多々見受けられ、でもあの著書「そうか、もう君はいないのか」でも読み取られた抑えがたい悲しみも、何度も何度も綴られていました。

そして城山三郎さんご自身の老いとの葛藤も。
城山さんの手帳に書かれたメモからこの本は出来上がっているのですが、鍵や、招待状、帽子にコート、待ち合わせの場所など、物忘れのひどさの様子もわかりました。

また、体重についても書かれていましたが、奥さんが亡くなられてからは体重の減少があり、読んでいるこちらも気になりました。

お好きだったゴルフのスコアも、悪くなっていく様子がわかり、最後の方はスコアも書かれていませんでした。

日々、自分を励ますだけでなく、「これでいいんだ“鈍鈍楽”で生きよう」という晩年をなんとか気持ち安らかに過ごそうという自分へ言い聞かせるような部分もありました。
あと何年かしたら私も同様の境地になるのかもしれない・・と思いました。

城山さんの作品は何冊も読み、このブログでも読後感を何度かご紹介していますが、晩年の執筆する様子もわかりました。

緻密で事前の調査作業は大変なものだろうと思ってはおりましたが、執筆の“裏側”も垣間見ることができて、うれしくもありました。

ますます城山三郎という作家を好きになりました。

 

俳句を詠んでみる_0487【 始まりは 赤坂茶寮 春の宵 】

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宵のひと時、随分と昔の、想像もしなかった勤務地での歓迎会を思い出して一句。

【 始まりは 赤坂茶寮 春の宵 】

《背景》季語:春の宵[春]
十数年前、夕暮れてから夜の更けぬ間の春の夜に東京勤務が始まる歓迎会があった。
“春の宵”には夢のような雰囲気を感じさせる、そんな感覚がある。
今まで見たこともないような夜の赤坂茶寮の空間。
そこからの3年の東京生活が15年にも感じさせる人生の時間になるとは思いもよらなかった。
通常の人生では出会えない多くの人、場所、仕事、恋に似たようなものまでが待ち受けていた。

 

2025/07/04

俳句を詠んでみる_0486【 妻との午後 豆挽き アイスコーヒー 】

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厳しい暑さが続き、午後の珈琲タイムはアイスコーヒーになることも。

【 妻との午後 豆挽き アイスコーヒー 】

《背景》季語:アイスコーヒー[夏]
妻と二人ともゆっくりできる午後の時間があったら、先ずは珈琲豆を挽いて珈琲タイムをつくり、互いに今気になることを話す。
最近は暑い日が多いので、深煎りの豆で淹れ、アイスコーヒーにして楽しんでいる。

 

2025/07/03

「受け月/伊集院静」を読みました。

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『受け月/伊集院静著(文春文庫)』を古本で読みました。
1992年単行本で出版され、1995年文庫化されたものです。

七つの短編からなっている短編集でした。

どの話も伊集院さんも若い頃野球選手だったのですが、野球の選手、監督などに因んだ話になっていて、夫婦の問題、親子の問題、男女の問題などに絡んで味わいのある人生模様が描かれていました。

野球というものは不思議なもので、何か“哀感”というか、“やるせない気持ち”や、心の中に存在する“支え”のようなものと馴染むスポーツだという気がします。

私も就職した頃から何年間かに渡って、中学時代の友達が作った草野球チームに入っていたことがあります。
私は学校の部活などで野球をやったことはありませんでしたが、チームメートは皆高校では野球部、そして大学に進学した者も大学で野球をやっていた強者ばかりでした。

レベルが違うのですが、それでも何とかチームの中で頑張り、その中で友情や、それぞれが抱えている悩み・問題なども感じたりしていたことを思い出します。
なぜか野球はそういう人生模様とうまく絡んで、ある一定の役割を果たしていたと思います。

この伊集院さんの短編集も、それぞれの話が野球というスポーツと絡み合い、夫婦や恋人の関係、人生の先輩との関りなどに深みを与えていました。

伊集院さんの小説は場面転換がまるでテレビや映画のカットがスパッと切り替わるように展開していて、過去と未来が素早く入れ替わったり、別の場所に入れ替わったりして、それがとても小気味よく、テンポのいいものでした。

さらに、極端に酷いことになったり、極悪人が現れるでもなく、かと言ってハッピーエンドでもなく、人が決意したり、諦めたりする中で人生にけじめを着けて行く様子が淡々と描かれていました。

絶妙な筆致で描かれたそれぞれの人生をしみじみと味わいながら読み終えました。
静かにこれからの自分のことを考えることにもなりました。

 

俳句を詠んでみる_0485【 亀虫 網戸に張り付き 卵生み 】

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あやしい虫と光っているものを見つけて近寄ったら・・。

【 亀虫 網戸に張り付き 卵生み 】

《背景》季語:網戸[夏]、亀虫[秋]
※歳時記でみると、“亀虫”は「秋」、“網戸”は[夏]となっている。
実際にこの俳句に詠った卵の生みつけの様子を見たのはこの夏なので『網戸』を季語とした。

庭に出ていたら、自室の網戸に虫がいて緑色に光っている。
蛍かと思って近づいたら、薄茶色の大きな亀虫が網戸に次々と粒々の卵を生みつけていた。
蛍のように発光する緑色の卵があっという間に網に張り付いた。
初めて見る光景だった。

 

2025/07/02

俳句を詠んでみる_0484【 妻 梅の実を煮る やがてジャムとなり 】

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梅の実、シロップをつくったり、甘く煮たりしましたが、今度はジャム。・・で、一句詠みました。

【 妻 梅の実を煮る やがてジャムとなり 】

《背景》季語:梅の実[夏]
義母からもらった梅の実。
氷砂糖でシロップをつくったり、ワインを入れ甘く煮てコンポートにしたり、そしてジャムにも。
妻がそれらしく壜に詰めてみたらとてもいい。

 

2025/07/01

「玉子 ふわふわ/早川茉莉・編」を読みました。

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『玉子 ふわふわ/早川茉莉・編(ちくま文庫)』を古本で見つけ、読んでみました。
2011年に早川茉莉さんにより編まれた“玉子に関する”エッセイ集というものでした。

森茉莉、石井好子、武田百合子、林芙美子、池波正太郎、伊丹十三、吉田健一、向田邦子、色川武大、北大路魯山人、田辺聖子らの玉子に関するエッセイは、今では考えられないような極上の文章でもって綴られています。

もうね、読んでいるだけで気絶しそうになるくらい“もったいぶった”表現がこれでもか、これでもかと書かれていて、その文章自体が“極上の料理”のように感じられ、読み進んでしまうのが“勿体ない”感じでした。

特にフランスなどの外国で味わったオムレツなどの話になると、その国の雰囲気、お店の様子、シェフや店の従業員の表情、調理の風景、実際の料理がどのようであったか、自分はどう感じ、その後帰国して、あるいは帰宅してその料理をどう再現したのか、などなど、この本一冊あれば、料理が物語の中心になっている本が書けそうなくらい^_^;

また、章ごとに「ご馳走帖」という一文が編者によって書かれているのですが、各章に登場した方々が披露した料理についてのコメントがこれまた珠玉の仕上がりとなっておりました。

実に貴重な方々の貴重な料理に関する一文の集まった“内容豪華”な本でした。

 

俳句を詠んでみる_0483【 境内に人来て 風鈴鳴り出す 】

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最近、時々見かける神社境内の風鈴、それを見て一句詠みました。

【 境内に人来て 風鈴鳴り出す 】

《背景》季語:風鈴[夏]
久しぶりに妻と市原市の「飯香岡八幡宮」にお参りした。
夏の時季に来たのは初めてだったが、本殿・神楽殿に硝子の風鈴が設えられていた。
不思議と人が境内に入ると鳴り出すのだった。

 

 

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