« 2025年7月 | トップページ | 2025年9月 »
『人情屋横丁/山本一力著(ハルキ文庫)』を読みました。
雑誌等に掲載された山本一力さんの2004~2008年の様々な文をまとめ、2008年に単行本、2011年に文庫化されたものです。
1948年生まれの山本さんの幼い頃から学生時代、さらに就職してからの懐かしい味や、場所、花見やお祭りなどの経験、同級生や家族との思い出、新聞配達をしながらの中3~高3までの苦労話など、時代的には私の先輩ですが、それでも私の記憶にも残っているような世間・社会の懐かしい様子や人々の人情までが“ジンジン”と伝わりました。
初めてのチキンラーメンは、母子家庭となり夜遅く帰ってきた母親に起こされて「珍しいものを貰って来たよ」と“眠気まなこ”で食べた幼い頃だった・・なんて、時代が時代なだけに、泣けてきました。
あの頃は何もかも珍しかった時代だったかも。
生活苦の中、中学生ながら住み込みで朝夕の新聞配達をしていた時に、配達先のお手伝いさんが声をかけてくれて、「今の苦労は大人になったらきっと役立つから」と菓子、飲物、果物などを早朝にくれたり、一番の思い出は「うめっからこれ食いな」と皿にのせられていたのは生まれて初めて食べた“きのう届いたアワビ”の煮アワビで、あの朝の美味さが忘れられず、大人になってからも寿司屋で好んで注文するのだという話。
でも、あの配達先で早朝食べた味には届かない・・って、もう読んでいてまた涙が出てしまいました。
こんないい話、懐かしい話が満載でした。
自分のことのように懐かしんで読み、ちょっと涙ぐみ、これからも人に、境遇に感謝しながら生きていこうと思いました。
『永井荷風ひとり暮らし/松本哉著(三省堂)』を古本で見つけて読んでみました。
1994年第一刷発行となっておりました。
荷風先生の本は何冊か読み、このあいだは「ラジオ日本」で戦後80年記念番組があり、終戦当時の状況を書いた荷風先生の小説が朗読されているのを聞き、ますますこの人はどんな人かと興味を持ったところで、今回のこの本を読みました。
究極の自由人と呼ばれ、まったくもって“気儘(きまま)”に生き、親や兄弟との関係も“ワケあり”で、女性に関しては手玉に取るように関係を持ち、浅草など下町を散策する様子も面白く、金の使い方も驚いたり呆れたり、実に不思議な魅力を持つ人であり、内田百閒先生と並んで興味の尽きない人物です。
荷風先生の女性関係については、本人が指折り数えている場面もありましたが、愛人は16人(カウントの仕方によっては17人とも言われている)いて、身請けした女性との長い関係なども本人や周囲の証言つきで書かれていて、現代人にはわからぬ互いの心情も事細かに書かれていました。
また、兄弟がありながら莫大な遺産は自分ひとりで相続し、母や兄弟ともギクシャクした関係になっていて、それについても数々のエピソードが書かれていました。
さらには、先生の散歩していた道中を実際に歩いてみた様子も書かれていて、しかも地図付き。
戦時下、戦後の暮らしぶりも書かれていて、まさに“奇事”という言葉がぴたり当てはまる感じでした。
東京を焼け出され、最晩年は千葉県の市川市にひとり暮らしをしていて、最後の最後には、自宅から「大黒家」という食堂までの百メートルほどの距離の行き来だけになっていたようです。
私は、その事を八年ほど前に知り、その大黒家を訪ねてみたことがあります(※今はもう閉店されているようです)。
このあいだ、妻が「刑事コロンボ」の再放送を見ていたので、途中から私も一緒に見てみました。
今回の悪役は、重厚な演技でなかなかの“ワル”ぶりが凄い人だと思い、番組を見終えてから調べてみると「ジャック・キャシディ」という名でした。
しかも、コロンボには三回も犯人役で出演したことがあるとのこと。
名優なんですね。
そして、“キャシディ”って珍しい感じの名字だけど、昔「デヴィッド・キャシディ」という男性のアイドル歌手がいたことを思い出し、デヴィッド・キャシディについても調べてみると、1970年代にアイドルとしてアメリカで活躍していて、「パートリッジ・ファミリー」という家族バンドが旅をしながらコンサートをしていくテレビ番組が人気で、私もよく見ていたことを思い出しました。
で、このデヴィッド・キャシディは、ジャック・キャシディの息子だということがわかりました。びっくり!!です。
そして悲しいことに、デヴィッド・キャシディは、2017年に67歳の若さで亡くなっていました。
もうひとつ驚いたことは、先に書いた「パートリッジ・ファミリー」という家族バンドのツアー・コンサート中に起こる出来事を楽しく描いた番組では、バンドを構成するファミリーは“疑似家族”で、実際の家族では無かったのですが、お母さん役のシャーリー・ジョーンズは、デヴィッド・キャシディの実の父親の後妻であり、デヴィッドにとっては、義母だったと書かれていました。
なんとも不思議な感じですが、デヴィッドは実の母親ではなく、義母と親子役で出演していたのです。
とても健康的で、明るく、“良きアメリカ”を表現していたような番組でしたが、そんな事情もあったのだと感慨深い思いをしました。
番組中では、必ずパートリッジ・ファミリーの演奏が行われましたが、素敵なアメリカン・サウンドの良い曲、良い演奏でした。
たまたま「刑事コロンボ」を見ていて知ることになったデヴィッド・キャシディのその後などですが、昔はアメリカの面白い番組(もうれつギリガン、じゃじゃ馬億万長者、名犬ラッシー、かわいい魔女ジニー、奥さまは魔女、バイオニック・ジェミー、チャーリーズエンジェルなどなど・・)がテレビでよく放送されていたな、と思い出しました。
『関西で飲もう -京都、大阪、そして神戸-/太田和彦著(小学館文庫)』を読みました。
雑誌「あまから手帳」に連載された『記憶に残るグッドバー』『西の酒場を読む』『ぼちぼち割烹』『切り絵の中のハイライト』『変わらない人生の居場所 -大阪・明治屋-』(※2014年~2017年)を元に加筆修正し、文庫化したもので、2018年に発行されたものです。
この本の太田さん、割とそれまで数多い著書の中では“弱目”に感じていた関西に、意識して強く進出しています。
関西の居酒屋状況について、本気で“いい店”を探し、発見し、堪能しています。
もうひとつ、今までほとんど行かれていないし、本にもなっていない「割烹」に進出しています。
“酒飲み”の太田さんにとって、色々な酒を愉しみながら・・という今までの居酒屋での居方と、割烹という料理が中心のところでのバランスに最初はけっこう戸惑っている様子がそのまま書かれていました。
でも、様々なお店を訪ねていくうち、次第に酒と料理と会話のうまくミックスされたバランスを見つけ出していきます。
お決まりのコースなどに最初は翻弄されていましたが、やがてその日、その場所での気分からこんな料理をつくってほしいというリクエストを出すまでに至り、さすが太田さんだと思いました。
居酒屋についても割烹についても、大阪、京都、神戸と、絶妙なお店と店主、料理人がこの本には登場し、楽しむことができました。
また、切り絵作家との出会いから、終盤では「切り絵」とコラボしての「バー」の紹介文が披露されています。
こちらも絶妙。
カクテルをつくってくれるようなバーには、私はまだ数回しか行ったことがありませんが、また行ってみたくなりました。
色々なカクテルも名前を聞いて思い出しました(^_^)
太田さんの本は数多く読み、ご紹介もしてきましたが、また太田さんが見つけた新しいお酒と料理の世界にふれることができました。
『ラジオは脳にきく -頭脳を鍛える生活習慣術-/板倉徹著(プレミア健康選書・東洋経済新報社)』を古本で見つけ、読んでみました。
2006年刊の「ラジオは脳にきく」に加筆・改筆・削除などを行ったうえで再編集し、2011年に発行したものと記されていました。
著者は、脳神経外科教授で医学博士、脳に関する様々な著書があるようです。
この本の内容については、タイトルにあるとおり、ラジオは脳に“効く”ということの様々な例が示されていました。
ひとつには、ラジオは、テレビなどとは異なり、映像・画像が無いため、頭の中で想像しなければならない、また、話されている内容は聞いている側でその状況を頭の中に構築しなくてはならない。そして、それが脳の活動を活発にする、だから脳に“効く”っていうことで、けっこう昔から言われていることです。
でも、あらためて「やはりそうなんだ」と思いましたよ、これはネットから得る情報についてもテレビ同様に言えることで、自ら社会で起こっている事象を考え、構築することが無くなっている世の中なのだと再認識しました。
もう、約20年前にこんなことが言われていたのだなと思いました。
そしてラジオについては、聞きながら作業をしたり、別のことをしたりするというのがリスナーの日常なので、それもまた同時に二つのことをするという、脳の活動をするということになるわけです。
これについては、今、新聞についても言われていることです。
ネットで自分の知りたいこと、気になることだけをニュースとして見ていても、脳は活性化しないと言われています。
関係ない記事も含め、情報として目に入れ、さらに写真もあるので、それと文章を読んだ内容を頭の中で再構築することがとても良いのだそうです。
ラジオも新聞も古臭いなあ、などと思っている人はたくさんいるかと思いますが、でも、“成すがまま、あるがまま”な人間となり、社会に流されていくように多くの人がなってやしないか、と強く思いました。
このあいだ、ラジオを聞いていたら、文化放送の「浜美枝のいつかあなたと」という番組で、脳神経外科の石川久氏が出演していて、「70歳からの脳が老けない新聞の読み方」という著書についてインタビューを受けていました。
やはり新聞を読むというのは、脳にいいようです。
でも、今はほとんど新聞を読まないというか、取っていない人が多いという状況です。
AIも登場してきて、人間が自分で考えることなんて、どんどん無くなってしまうのではないかと思います。
自分で考えるって、人間の一番の“醍醐味”であり、やりがいのある楽しみだと思うんですけどね。
『俳句表現は添削に学ぶ -入門から上級まで-/鷹羽狩行・西山春文(角川学芸ブックス)』を読みました。
古本で見つけた2009年発行のものでした。
NHK俳句全国俳句大会の選者としても存じ上げている鷹羽狩行先生と、その弟子の西山春文先生がこの「添削テキスト」を作り上げているのですが、鷹羽先生が朱を入れ、それについて西山先生が解説を入れているものです。
さすが師弟関係、先生が朱を入れた部分について、実に的確で納得のいく説明を入れていて、まさに“阿吽の呼吸”と言えるような見事な息の合い方でした。
内容も「入門編」「中級編」「上級編」と分れていて、私のような俳句を読み始めてまだ一年とちょっとという初心者にも実に分かり易い添削がなされていました。
私も添削前の句を見て、「なんかまだ直せるよなぁ」と思いはするけれども、どう直していいかがわからない状況で読み進みました。
いくつも例題を見ていて、やがて、たぶんここが違和感の原因だろう、という部分に気づきはするのですが、でも季語や、語順、言い回しなどをどうやって直したらいいのかまではわかりませんでした。
つまり、私は“まだまだ、ただの初心者”だということがわかったわけです(^_^;)
例題を見ていて、一番多く気づいたのは、「これは俳句になるんじゃないか」と気づいたまではよかったのですが、そのとき自分が見た光景にこだわりすぎて、場にそぐわない表現を使ったり、自分だけ普段よく使っている言葉を持って来て、初めて読んだ人にはわかりずらくなっている句でした。
これは私も“やりがち”なので、あらためて反省材料になりました。
鷹羽先生の、誰もが納得のいく俳句添削はとても勉強になりました。
ほぼ毎日俳句を詠んでいる私の大切な参考書になりました。そして今後も参考にさせていただきます。
この頃は、晴れているからと安心すると、建物から出るときにはスコール!ということもあり、どこの国の話かと思うようなことがあります。それを句にしてみました。
【 沛雨(はいう) ずぶ濡れでクルマに走り込み 】
《背景》季語:沛雨(はいう)[夏]
※季語「沛雨」は、雨がものすごい勢いで降るさま。突然の雨を指すことが多いようだ。
この夏の特徴であるかのような掟破りの暑さ、日照りの中、妻・長女と買物に出掛けた。
モールから出ようとしたら、前が見えないくらいのものすごい雨に変わっていた。
いったいどこの国の出来事かと思うくらいだ。
しばらく待ってみたが、勢いはおさまりそうもなく、三人で駐車場のクルマめがけて走り込んだ。
『対談集 失われた志/城山三郎著(文藝春秋)』を古本で見つけ、読みました。
1993年から1997年に週刊文春などに掲載された対談を集め、1997年に発行されたものです。
対談相手は、藤沢周平、浅利圭太、川盛好蔵ら、重鎮ばかり。
それぞれの対談相手がどんな人と付き合ってきて、若い頃からどのような志を持って、どう生きてきたか、そして現在はどのような状況か、などを自然体で聞き取り、対談をされています。
他の対談集とはちょっと異なり、妙に“へりくだった”ところも無く、インテリぶったようなところもなく、実に普段通りな感じの城山さんが、いつもどおりの質問をしていると感じ、こちらもまったく変な所に力が入らずに読めました。
ただ一人だけ様子が異なったのは、阿川佐和子さんだけ。
この人との対談だけは完全に阿川さんのペースでグイグイ押し切られ、「さっき言っていたことと矛盾していませんか?」みたいな阿川さんから質問に“タジタジ”でした(^^;さすが阿川さん。
内橋克人氏との対談の中で気になるフレーズがありました。
女性は森を守り、男性は自分のロマンを実現するために、破壊に回るというふうに、ついつい考えてしまう。
という部分でした。
男性は結局、自然とか、宇宙とかの摂理から見ると、それに刃向かって、みずからの秩序をつくろうとする。
・・・そうそう、こんな人ばっか・・。
だからある時代では英雄であり得たりするのだけど。
女性は自然や宇宙の摂理に準じて生きていき、男性の破壊欲求とは対峙しているようです。
自然保護や市民運動などを見ても女性の活躍が中心だという気がする・・と話されていました。
・・同感・・。
名誉を求める行為ではないし、金儲けでもない。
別のものに突き揺るがされて動く・・そんな感じです。
志とか、立派なものを仕立て上げるとか、そういう価値観とはまた別のところにある多面的な深さや、分厚さ、重さ、そういうものを重視、大切にする生き方に私も最近目覚め、動いているような気がします。
そんな気づきもありつつ、心に力強さを増したような読書になりました。
城山三郎さんの本は、小説でも、こういった対談でも、エッセイでも、自分の中に新しい気づきと、何か心強いものを得る感覚があります。
ラジオの番組で本の紹介をしていた時に初めて知ったことを句にしました。
【 終戦日を前に 原爆疎開知る 】
《背景》季語:終戦日[秋]
「1945 最後の秘密/三浦英之」という本が新刊で出ていることを知った。
そこには終戦の日、8月15日には「新潟市」が“ゴーストタウン”になっていたという事実が書いてあるとのこと。
広島、長崎に原爆が投下され、次は新潟だと考えた当時の新潟県知事が『知事布告』を出して、8月15日には、17万人の市民が新潟市を離れていたという。
私は、別に1970年代に公開された米軍の機密文書を読み解いた本を読んでいて、新潟が原爆投下の候補として挙がっていて、「パンプキン爆弾」という大型の模擬爆弾も投下されていたということを知っていたが、市民をあげて疎開があったという事実を初めて知った。
『渡邊白泉の100句を読む 俳句と生涯/川名大著(飯塚書店)』を書店で見つけ、あわてて買い求め、読みました。
2021年6月20日第一刷発行となっていました。
渡邊白泉という俳人を知ったのは、私が去年から俳句を自分で詠むようになり、そして明治・大正・昭和の句の載った本を何冊も読むようになり、そしてこの本の“帯”にある白泉の『戦争が廊下の奥に立ってゐた』という句を読んだ時からです。
あまりの衝撃に読んでいた本の頁をめくる手が止まりました。
これはいったい・・なんだろう。俳句なのか、季語も無さそうだし、でも心にも身体にも、ものすごいインパクトでぶつかってきたのです。
巻頭に白泉の写真が載っていたのですが、高校の教師をしていた時期のものがあり、大人しそうな、やさしそうな先生を囲んだ生徒達の様子もとてもキリッとしていて想像とはちがうものに少し驚きました。
そしてすこし安心しました。
白泉の句は無季で、当時としては新興の句であり、しかもその表現は見たこともない切り口のもので、今、私が読んでも斬新かつ新鮮です。
そして、心の中に“えぐるよう”に入ってきました。
この本一冊、100句を読んでみて、居ても立っても居られないくらいの衝撃を受けつつ、これからも俳句を詠んでいこうと決意をあらたにしたところです。
〇戦争が廊下の奥に立ってゐた
〇やはらかき海のからだはみだらなる
〇冷房へ華氏九十度の少女入る
〇三宅坂黄套わが背より降車
〇銃後という不思議な町を丘で見た
〇赤く青く黄いろく黒く戦死せり
〇提燈を遠くもちゆきてもて帰る
〇憲兵の前で滑って転んぢゃった
〇石橋を踏み鳴らし行き踏みて帰る
〇司令塔の倉庫燃えをり心地よし
ほんの一部ですが、この本は著者がそれぞれの句を読み解いていて、意外な読み解きもあり、そして白泉自信の人生をふりかえる部分も多く、一時行方知れずになった時のことも「他の研究本ではその部分を取り上げていなかったが」と“ことわり”を入れて今にして知る事実が書かれていました。
私にとって俳句を詠むことの支えとなりそうな本でした。
何度も何度でも読み返して心に留めおきたいと思う内容でした。
『人質の朗読会/小川洋子著(中公文庫)』を古本で見つけ読みました。
2011年に中央公論社から刊行されたものの2014年文庫化版です。
不思議な小説でした。
日本からの旅行会社のツアーに参加し、地球の裏側にある国の山岳地帯で反政府ゲリラの襲撃を受け、捉えられた八人の人質と、人質救出作戦を実行した政府軍兵士の物語です。
人質は山の中の小屋に監禁され、その小屋に特殊部隊がひそかに盗聴器を仕掛け、救出の機会を探っているのですが、ヘッドフォンから聞こえてくる盗聴器からの音声には犯人グループの会話ではなく、人質たちが毎夜一人ずつ自らが書いた物語を朗読している・・その朗読の内容が九つの物語としてここに収められているのです。
その物語というのが、実にその人それぞれの人生の中の出来事や、経験、不思議な感覚など、今まで誰にも語らなかったようなこと、どうでもいいようで、その人ごとにとても大切な内容の物語なのです。
どの物語も、私が生まれてから一度も聞いたことのないような展開のストーリーであり、「ああ、こんな感覚は自分にもあったけど、文章化するような具体化の出来ないものだ」と思いました。
あまりにも不思議な物語九編と、そしてこの小説の設定自体が聞いたこともないようなもので、ずっと不思議な感覚を持ち続けているうちに読み終えました。
のちにラジオドラマにもなったようですが、今年読んだ本の中でも心の奥深く入ってきた印象深い作品でした。
よく頭に浮かぶ言葉で一句詠みました。
【 さとされて 満つれば欠くる 夏の月 】
《背景》季語:夏の月[夏]
学生の頃、妙なタイトルばかりの本を出している山本夏彦という人を知った。
「茶の間の正義」「毒言毒語」「変痴気論」「何用あって月世界へ」、そんなタイトルの本の中に『満つれば欠くる』の言葉があった。
夏彦翁が発行人となっている「室内」という業界紙には“全盛期”が無いので、細々と生きながらえていると不思議な自慢をしていた。
たしかに、昨今の芸能界だけを見ても、全盛期(満月)があって、そして月が欠けるように、あっという間に衰退したり、姿を消したり、あまりの“奢り”の為に自滅したりしている。
この私には全盛期なんて一度も無くて「よかった、よかった」(^_^)
『仕事も人間関係も「すべて面倒くさい」と思ったとき読む本/石原加受子著(中経の文庫)』を読みました。
随分以前に、仕事もガンガンやっていた頃に買ったものだと思いますが、この本のタイトルにあるような、そのとおりの状態だったので、読むことも出来なかったのだと思います。
身体も心もつらい時期だったのかもしれません。
人間、一度はそんなときもあるものだ、と今だから言えるのです。
悩みの淵にいるときには、この本に書かれているように自分ではなく他者からの視線が実は気になって“がんじがらめ”になり、何もできなくなるまでならまだいいものの、「死」の影が近づいてきたら、もう危険度マックスです。
著者の石原加受子先生からは、以前、色々な相談に乗ったりアドバイスをしたりする USEN の番組を聞いたことがあり、実際にかなり役に立ちました。
心理カウンセラーであり、様々なメンタルヘルス関係の重要な役職などもされている先生の「自分中心心理学」という提唱は当時深く私の心に刻まれました。
そしてギリギリのところで死から逃れることが出来たように思い起こしています。
自分を追い詰めているものの正体は何なのか、それに気がついたらどういうふうに対応したらよいのか、あらためてこの本を読んで思い出しました。
悩んでいる当事者だけではなく、悩みの原因のひとつとなっている上司、管理職も読まねばならない内容だと感じました。
『東京藝大 仏さま研究室/樹原アンミツ著(集英社文庫)』を読みました。
この著者のペンネームは、三原光尋(映画監督)と、安倍晶子(編集者・ライター)の合作ペンネームだそうです。
どうりで、この物語、読んで行くと、まるで映画的展開だと感じました。
けっこう映像がどんどんと浮かび上がってくるのです。
建物、風景、登場人物、また出てくる色々な土地の様子なども実に映画的でした。
東京藝術大学という、この本でも出てくるのですが、東大に合格してもここは入れないという人もいる特異な大学、2浪、3浪は当たり前という大学の仏像の保存について研究する通称「仏さま研究室」での修了課題に取り組む学生達の様子を描いた作品でした。
学生それぞれの立場での章立てになっていて、ある意味ドキュメンタリーのような感覚で話は進むのですが、学生がこの大学に入るまでの様々な家族も含めた葛藤が事細かに描かれていて、ドキュメンタリーという枠内では収まらないような親子関係の話、男女関係の話なども含まれていました。
だから面白い。
思わず涙してしまう親子関係の話などもあり、またわざわざ遠方に模刻するための仏像を探しに出掛け、そこでの思わぬ人と人の繋がりなどもあって、けっこう長い物語でしたが、感情移入しながら読みました。
それぞれの学生が悪戦苦闘して過酷な修了課題に取り組む様子は、私には遠い昔日の青春ストーリーでした。
そんな時代を懐かしみつつ読み終えました。
最近のコメント