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2025/12/31

俳句を詠んでみる_0661【 古暦(ふるごよみ) 小さき文字のメモも剥がす 】

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一年最後の今日、あれこれメモを書き込んだカレンダー、最後の12月を剥がした。

【 古暦(ふるごよみ) 小さき文字のメモも剥がす 】

《背景》季語:古暦[歳末]
大晦日、自室にある今年のカレンダーをはがした。
どの日にもメモが書かれていて、赤ペン入りもある。
色々な事があった今年を剥がした感覚だ。

 

「荷風随筆集(下)/野口冨士男編」を読みました。

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『荷風随筆集(下) 妾宅他十八篇/野口冨士男編(岩波文庫)』を読みました。
古本で見つけたもので、この文庫版は1986年に第一刷発行されています。

ほとんど荷風の実生活を述べているような「妾宅」に書かれている文には、これは書いていいものだろうかとか、こんな心の内、本音も書き綴ってもよいのだろうか、と私が勝手に思ってしまうほどのことが、まったく淀みなく、むしろ堂々と書かれていて、驚くよりもただ茫然とするのみでした(^-^;

そしてどの文についても当時の世俗、風景、物の考え方などが巧い描写で書かれています。
それも“立て板に水”です。少しも滞るところが無い。

最近、横山利一や織田作之助、水野仙子、岡本かの子、室生犀星らの文にふれたのですが、昔の作家の文はたったの数行を読んでも次々とその光景や心情の描写が丁寧で精緻で、とても心地よいのです。

この荷風の文にしてもそうです。

江戸を賛美し、文人的な日常生活をして、浮薄な近代化に対する文明批評をする荷風。
今読んでも実に面白い。
最近の人は新しいものが出てくると、やたら褒めたり、そっち側に“乗っかって”しまい、プライドも何もなく“AI万歳”みたいな人も多い。
この荷風の文を読んで、目が覚めるようでした。

 

2025/12/30

俳句を詠んでみる_0660【 冬日和 あの日会って以来の人 】

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ああ、今年会えなかったあの人・・という句です。

【 冬日和 あの日会って以来の人 】

《背景》季語:冬日和[冬]
年も押し詰まり、冬日和のちょっと温かな午後、あの日に会って以来、今年はとうとう会えなかった人を思い出した。
どうしているのか、いつも心の何処かで気になっている。

 

 

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2025/12/29

俳句を詠んでみる_0659【 手(た)枕寒し 朝ドラ再放送 】

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最近はお昼になってもけっこう寒い、そんな日のテレビ前の様子を句に詠みました。

【 手(た)枕寒し 朝ドラ再放送 】

《背景》季語:寒し[冬]
NHKの朝ドラを見逃し、お昼の再放送をひとり手枕で見ていると、最近はすっかり寒くなり、すうっと首すじを冷たい風が通り抜けて行った・・という句です。

 

2025/12/28

俳句を詠んでみる_0658【 普通においしいと 礼言われ 凍(こご)ゆ 】

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言われて「えっ?!」となる言葉を思い出して一句。

【 普通においしいと 礼言われ 凍(こご)ゆ 】

《背景》季語:凍ゆ[冬]
以前仕事をしていたときのこと。
部下を連れ、外に出て、昼食は労をねぎらうつもりで自分の知っているランチのおいしい店に寄った。
「どう?」と感想を聞いたら、「はぁ、普通においしいです」と言われた。
どう受け取ったらよいのか・・凍ってしまった自分がいた、という句です。

※後日、うちの長男、長女に聞いたら「それは“かなりおいしい”って意味だと思うよ」との見解でした。
だったら「おいしいですね」って言えよっ!って思うのは私が歳を喰ったから・・なんでしょうね。

 

2025/12/27

俳句を詠んでみる_0657【 御影守りに切り火受け 年の暮 】

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妻の誕生プレゼントを御影守りにしようと出掛けて一句。

【 御影守りに切り火受け 年の暮 】

《背景》季語:年の暮[歳末]
豊川稲荷東京別院にお参りし、本日誕生日の妻が欲しいと言っていた「御影守り」をいただいてきた。
その際、“カッカッ”と火打石が切られ、切り火がパッと散って鮮やかだった。

 

 

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2025/12/26

映画「チャップリン」を見て来ました。

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映画『チャップリン(CHAPLIN SPIRIT OF THE TRAMP)/2024年 スペイン・ベネルクス・イギリス・フランス 監督・脚本:カルメン・チャップリン 出演:マイケル・チャップリン、ジェラルディン・チャップリン、ジョニー・デップ、トニー・ガトリフ、エミール・クストリッツァ、ストーケロ・ローゼンバーグ、リタ・カベルト、ファルキート』を見て来ました。

あの、かつての映画スター、チャップリンの公認ドキュメンタリーとなっている作品でした

 

 

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見たのですが、私、実はチャップリンの映画を見たことがないのです。
ニュース映像その他でチラッとその映画のシーンを見たことはありますが、予備知識もないまま気になって見に行ったのです。

多くの作品からの画像、初公開のプライベートフィルム、独占インタビューなどと共に、息子マイケルが世界各地に赴き、関係者やゆかりのある場所も訪ねて歩くものでした。

でも、過去の作品も見ておらず、だから“家族が語る素顔のチャップリン”ということで、そういうシーンもふんだんにあるのにもかかわらず、頭に入ってこないというか、共感が出来ないという情けない状態になってしまいました。

もう一度チャップリンの映画を何作かじっくりと見て、自分なりのチャップリン像を見いだしてからまた見たいと思います。
面目ない・・。

 

俳句を詠んでみる_0656【 冬夕焼 車窓の富士に 声上がる 】

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思わぬところで富士山が見えて思わず声が出たという句です。

【 冬夕焼 車窓の富士に 声上がる 】

《背景》季語:冬夕焼[冬]
妻とのバスツアーの帰路、添乗員さんが「皆さん、前を見てください。富士山ですよ。きれいです。」と声を掛けてくれた。
フロントガラスから見えた夕焼と富士は鮮やかで、皆から声が上がった。

 

2025/12/25

「俳句という遊び -句会の空間-/小林恭二」を読みました。

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『俳句という遊び -句会の空間-/小林恭二著(岩波新書)』を古本で見つけ、読みました。
1991年第一刷発行となっていますので、かれこれ35年前の本になります。

こういう俳句の本は初めて読みました。
春爛漫の甲州に八人の俳人が会して句会をするというもので、実況中継的でもありました。

集まった俳人は、飯田龍太、三橋敏雄、安井浩司、高橋睦郎、坪内稔典、小澤實、田中裕明、岸本尚毅ら、その当時の一流の技量有する俳人たちです。
流派を越えて開かれた句会の、これは「句会録」となっているのです。

時代的なこともあり、読みの難しい句も多く、私には難儀する句がいくつもありましたが、でも勉強になりました。
知らない言葉、表現もたくさんありました。それでもそれらを知ることがうれしい。
今、俳句初心者の吸収するよろこびを一番感じられる時期にいるのかもしれません。
その頃の当代一の俳人の句は、大きな感動を呼んだり、そんな些細なことにまで神経が張り巡らされているのか、とか、互いに挨拶句を送ったり、褒めたり、落としたり・・(^_^;)実に楽しく読みました。

そして句会で詠まれた句は、即興で詠まれたものばかりで、最高点句になった句はその場では良い句に見えるが、でもあとあと時間が経ってみると、いやむしろ二点句や三点句などに実にうまい表現を用いた句、視点の面白い句、のちのち名句となるのではないかという句がありそうだと思いました。

句会の様子、空気などもドキドキしながら感じつつ読みました。
今まで、句会の様子をとらえた本を読んだこともありましたが、これほど臨場感のあるものはありませんでした。

俳句好きにはこたえられない愉快で勉強になる本でした。

 

俳句を詠んでみる_0655【 冬の泉 熊野(ゆや)名水 瓶に詰め 】

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名水で知られる長南町の熊野(ゆや)の清水に出掛け、詠みました。

【 冬の泉 熊野(ゆや)名水 瓶に詰め 】

《背景》季語:冬の泉[冬]
朝に突然思い立ち、妻と長南町にある名水「熊野の清水」を取りに出掛けた。
冷たい雨も降り出したが、清水は滾々と湧き、限りなく透明だった。
神様からのありがたい水、お茶や珈琲に使って御利益にあずかりたいと思います。

 

 

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2025/12/24

俳句を詠んでみる_0654【 クリスマス 生協のケーキ 玄関に 】

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今どきのクリスマスの光景を詠みました。

【 クリスマス 生協のケーキ 玄関に 】

《背景》季語:クリスマス[冬]
昔はお父さんがクリスマスケーキを抱えて、家族の待つ家に帰ってくる光景がよく見られた。
今現在は、玄関先に生協さんが届けてくれる。
そんな様子を詠みました。

 

2025/12/23

俳句を詠んでみる_0653【 ストーブの部屋に カナ入力の音 】

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ストーブで暖かくなった部屋にのんびりとしたキーボード音という句。

【 ストーブの部屋に カナ入力の音 】

《背景》季語:ストーブ[冬]
ストーブを入れ、暖かい部屋にキーボードの音がする。
ローマ字打ちの忙(せわ)しい連打の音でなく、カナ打ちの穏やかな音が聞こえる。

 

 

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2025/12/22

俳句を詠んでみる_0652【 寒烏(かんがらす) 頂上(てっぺん)に居て 友を呼ぶ 】

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カラスが高いアンテナのてっぺんで大声で鳴いている様子を見て詠みました。

【 寒烏(かんがらす) 頂上(てっぺん)に居て 友を呼ぶ 】

《背景》季語:寒烏[冬]
いつも、とても高い携帯基地のアンテナのてっぺんに烏が一羽とまり、近くを飛ぶ仲間に何ごとか声を出して伝えているのか、呼んでいるのか・・。
象徴的に見える携帯のアンテナから、人間とちがって直接声を出して鳴き、連絡をしている。
人も Line だけでなく、声でつながることについて見直しては、と、少しばかり思った。

 

2025/12/21

俳句を詠んでみる_0651【 冬の雨 白く記憶を塗りかえる 】

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昨夜来の雨が降り続いていて、なんだか記憶が洗い流されたような・・という句を詠みました。

【 冬の雨 白く記憶を塗りかえる 】

《背景》季語:冬の雨[冬]
夕べからの雨が朝になっても降り続き、外に出るとあたりは白く染まって見えた。
空気はちょっと温かく、昨日までの思い出したくない記憶を塗りかえてくれそうな気がした。

 

2025/12/20

俳句を詠んでみる_0650【 如来様に 妻と謝する 年の暮 】

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困りごとの退散をお願いした如来様にお礼に伺って一句詠みました。

【 如来様に 妻と謝する 年の暮 】

《背景》季語:年の暮[冬]
今までずっと、就寝中の悪夢に悩まされ、床に入るのが怖かった。
機会あって妻と市原市の国分寺を訪ねた時に住職とお話しすることが出来、薬師如来があのお堂にいらっしゃると教わり、悪夢退散を妻と二人でお願いした。
その夜から今に至る四ヶ月間、悪夢を見ることはなくなり、このあいだ市原市に出掛けた際に、感謝のお参りをした。

 

 

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「日本の名随筆 別巻66 方言/清水義範・編」を読みました。

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『日本の名随筆 別巻66 方言/清水義範・編(作品社)』を古本で見つけ、読みました。
古い本です。1996年第一刷印刷と記されていました。

編さんされた著者の顔ぶれもすごくて、谷崎潤一郎、井伏鱒二、水上勉、宮尾登美子、五木寛之らに加えて、渡辺えり子、伊奈かっぺいなど、方言といえばという人の随筆も含まれていました。

私が初めて「これ、方言だったのか」という言葉も多々ありました。
さらに東北弁はなぜおかしいのか、というテーマで書かれている浅田秀子さんの文も面白かった。
それも仙台弁が体に沁みついていて、さらにそれが好きだという著者本人がなぜおかしいのかを分析していました。

どの著者も方言に愛着があり、その方言でなければ伝わらないものや、方言によって使っているその人そのものが浮き出してくるような感じもある、というようなことも書かれていました。

各々の著者の書きぶりも力が入っていて、読むのにも疲れるくらいの熱の入れようでした。

方言の研究書としても価値のあるものだと感じました。

 

2025/12/19

俳句を詠んでみる_0649【 冬ざれ コスパならまだしも タイパって 】

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コスパという言葉が日常耳にされるようになったら、今度はタイパだって・・という句です。

【 冬ざれ コスパならまだしも タイパって 】

《背景》季語:冬ざれ[冬]
草木枯れ、もの寂しいこの冬景色に加えて、テレビ・ラジオから薄らみっともない「コスパ」がどうしたという声が聞こえているうちはまだ我慢が出来るが、「タイパ」って何だよ、という句。

 

2025/12/18

俳句を詠んでみる_0648【 冬深し 右腕に置き鍼(おきばり) 残る 】

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鍼灸の施術に行き、初めて経験した「置き鍼」について詠んでみた。

【 冬深し 右腕に置き鍼(おきばり) 残る 】

《背景》季語:冬深し[冬]
すっかり寒くなってきた朝に馴染みの鍼灸院に行き、近頃困っている首から右腕にかけた激痛について診てもらった。
鍼灸施術の後、最後に先生が右腕を取って「置き鍼です」と言って打ってくれた、ちょっとポコッと盛り上がったシールのようなもの。
こういうのがあるのか・・としみじみと見てしまった。

 

2025/12/17

俳句を詠んでみる_0647【 冬の宵 お湯割りの湯気に 噎(む)せる 】

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湯の温度が高過ぎてお湯割りにむせる様子を詠みました。

【 冬の宵 お湯割りの湯気に 噎(む)せる 】

《背景》季語:冬の宵[冬]
寒い冬の夜、ひとり読書を遅くまでしていて、ちょっと何か暖まろうかなと、焼酎のお湯割りをつくったが、湯が熱過ぎて、その湯気にむせてしまった。

 

2025/12/16

俳句を詠んでみる_0646【 着ぶくれたんじゃなくて 太ったんだよ 】

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ラジオの番組で「着ぶくれ」の季語を題に俳句を詠んでいたので私も詠んでみた。

【 着ぶくれたんじゃなくて 太ったんだよ 】

《背景》季語:着ぶくれ[冬]
NHKラジオ「文芸選評」で、季語『着ぶくれ』で俳句が詠まれていた。
私も詠んでみることにした。
「誰か言ってあげた方がいいよ。あの人“着ぶくれちゃって”って言ってるけど、ただ太ってるだけだよ」・・という句です。
そのうち、夏にTシャツ一枚でも“着ぶくれちゃって”って言うつもりかもしれないので。

 

2025/12/15

「夫と妻/永六輔」を読みました。

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『夫と妻/永六輔著(岩波新書)』を古本で見つけ、読んでみました。
2000年第一刷発行となっておりましたので、かれこれ25年前の本です。

夫と妻、男女が共に暮らすこの世の中について、著者、永さん自らの夫婦についても語っておられますし、さらに古事記からその後の古文書を読み解いている中山千夏さんとの対談もあり、時々古い日本の男尊女卑的な考え方についてふれている永さんがいますが、それがこの本を読んだだけだとちょっと微妙な感じで、永さんはどう考えているのかが、割と曖昧です。

古い考えがまかり通っていた時代に幼少期を過ごしているから、その考えが時々表に出てくるけど、結論としてその逆になっているような話っぷりが度々出てきて、そこら辺がよくわかりませんでした。

何せ25年も前の本ですから、けっこう“言いっ放し”で、ただ対談や講演などの文では、聞いている人を盛り上がらせようとしてわざと煽るような発言をしているのかもしれません。

淡谷のり子さんとのエピソードもかなりの頁数を割いて書かれていますが、その部分などでは永さんの考え方がよく出ていたように思います。
結局、女性をかなり重んじているということがよくわかりました。

それに、基本的には女性の言うことの方が強く“まっとう”で、男は体面を気にするばかりに自らをみっともない様子に見えることにしてしまう。

この本にも書かれていましたが、男は最後には戦争をすることを選んだりするし、私は本当は男が色々政治的に決めていく世の中なんて結局“ろくなことにならない”んじゃないか、と思いました。

私も今の年齢になって、夫婦とはどんなものだろうと、あらためて考えることがあります。
最近夫婦でよく行くようになったバスツアーに参加すると、夫婦で参加している人はだいたい2パターンです。

奥さんがめっちゃ威張っていて、旦那はとてもおとなしく、静かに後を付いていくような夫婦。
こういう夫婦は時に奥さんが些細なことでもの凄く怒り、大声を発して旦那さんを諫める光景が演じられることが多いです。
そして、このパターンの夫婦が圧倒的に多い。

もうひとつは、旦那が終始“威張りっ放し”で、バスの中では何か景色ひとつ見ても“ああだこうだ”といらぬ解説をし、自慢ばっかり。
バスを降りても添乗員さんが説明すると、いちいち大きな声でうなずき、どうでもいい質問をしたり、自分が持っている知識を奥さんの前で声高に自慢します。
こういう旦那さんにも何度も遭遇したが、これもいやだったねえ。

もっとも少ないパターンは、二人ともバスの中では小声でうれしそうに色々なことを話している様子。
バスを降りて名所などを見学している時も互いに相手のことを気にして、遅れてしまった相手を待っていてあげたり、あの景色は素敵だね、などという会話がとても麗しい夫婦です。
でも、こういうのはバス一台に二組がせいぜいです(^_^;)

じゃ、お前ら夫婦はどうなんだ・・と言われると・・よくわかりませんが、バスの中でも降りてからでも仲良くはしています。

話がそれましたが、夫と妻、夫婦について色々考えさせられる本でした。

 

俳句を詠んでみる_0645【 掘ったままの里芋 先生に届け 】

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大量に掘った里芋、傷む前に届けました。

【 掘ったままの里芋 先生に届け 】

《背景》季語:里芋[秋]
中学時代の美術の先生が毎年行う個展を今年も開催した。
それを見に出掛ける時に、ウチの庭で採れた里芋(※掘ったまま土の着いたもの)を持って行き、先生に手渡すことが出来た。

 

2025/12/14

【南先生の玉手箱_0061_2025.12絵画造形あそび展に思う】

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私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
久々に取り掛かりました。(*^^*)
今回は、今年、2025年12月、まさに今です。
表題の旭市で開かれている絵画造形あそび展について書かれていた文章を活字化してみます。
このあいだ11日の木曜日に現地に出かけ、いただいてきた文です。


以下、先生の文章です。

《2025.12絵画造形あそび展に思う》

旭に会場を移動して3回目、今年も縁あって「いせそう」さん旧店舗会場に近況報告の作品展です。

三十過ぎから年に一度、暮の忙しいこの12月に小さな個展を続けて、ふりかえると表現は楽しいをモットーに、ジャンルを問わず、

学校で生徒と表現活動でとりくんだ内容など、具象から抽象表現の間を平面や立体、そして現在は流木身近な自然の造形物や人工物感じる興味や感心から造形あそび的表現など、右に左に行ったり来たり、つまみ食いの状態を続けて、紙やキャンバスなどは企画からはずれた形に興味があって

身近な廃物や拾いものの中に見える感じる命のようなものが自分の中心軸、支えになっているのだが、誰もが子どもの頃と言うか、もの心ついた状態から体感を積み重ねていたようにうまく描くことや技をみがいて究めるとかの外側に居て

身近に見える、感じるものと感動のキャッチボールを続けているような、とりあえず、また今がスタートの形でふりかえると半世紀位の自分道が続いて、

退職してからは自分のできること看板描きや各方面のイラストぺンキぬりえの手伝いなど地域につながることを目標のひとつで、この暮れに展示会を続けているのも自分が外につながる仕事のようなものです。

ぐるぐると読みにくくまとまりもないひと言ですが、これもみなさんとのつながりのひとつ、個展会場に来てくれたみなさんと作品たちが何かひとつでもつながってくれたらうれしいです。

 

 

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◎入門書は書いた人の本だから読んだり習ったりすると、おもしろくないものや自分の中にある個性のようなものがつぶれていく場合がある。

私はジャズが好き、特に譜面からはずれるミュージシャンによる表現、歌い方のキャッチボールによって新しいものが出て来る。

私は何もできないけれども聴くのが好き。

みんなちがってみんないい、あまのじゃくではないけれど、自分が自分にならないで誰が自分になるのか・・・読みかえさない手直しない、らくがきです。


以上が先生の文でした。

久しぶりにぐるぐると紙を回しながら読む作業は、目がまわりました。
ものすごく大変。

しかもここに私が手打ちした文には句読点があり、わざとでも改行を入れていますが、原文は句読点もスペースも改行もない渦巻き文書で、一度読んだら二度と読む気になれないつくりなので・・・

何度でも読み返せるように句読点を入れ、文の途中でも改行を無理やり入れ、後半の横書きの文に至っては左から右に読んでいると次は右から左に文が書かれ、頭痛がして倒れそうになりました。

でも、なんとか頑張って活字として記録に残し、いつでも何度でも読めるようにいたしました。
それが中学時代の生徒の役目かもしれません(^^;

 

俳句を詠んでみる_0644【 冬麗(うらら) 聖地下妻に バス着く 】

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バスツアーの車中、窓外に大きな「Aeon・イオン」が・・あれはあの下妻の「Jusco・ジャスコ」じゃないのか?!で、一句。

【 冬麗(うらら) 聖地下妻に バス着く 】

《背景》季語:冬麗[冬]
バスツアーで関東有数の規模である「道の駅・下妻」に立ち寄った。
「ここはロリータの聖地、下妻じゃないの」と長女が声を上げた。
ああ、あの映画「下妻物語」の舞台になっていたところだ。
そういえば、さっき通りかかったのは、深田恭子が買物をしていたジャスコ(現・イオン)大型店舗だ。
「何っ!?このあいだ店名を一日「ジャスコ」に戻して記念イベントがあったのか!」と話が弾みました。

 

 

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2025/12/13

俳句を詠んでみる_0643【 冬晴 傘と着物 目に入る社 】

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初めて詣でた茨城の大宝八幡宮にて一句詠みました。

【 冬晴 傘と着物 目に入る社 】

《背景》季語:冬晴[冬]
「金運アップ・ミステリーツアー」というバスツアーに参加して、行ったのは茨城県下妻の「大宝八幡宮」で、お参りすると宝くじが当たる確率が高いのが有名だそう。
初めてお参りした神社だったが、境内で目に入ってきたのは、「傘」と「着物」の鮮やかな色だった。

 

 

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2025/12/12

「恋の名前/高橋順子(文)佐藤秀明(写真)」を見て、読みました。

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『恋の名前/高橋順子・文、佐藤秀明・写真(小学館)』を読みました。ふんだんな写真も素晴らしく、ベストセラーとなった「雨の名前」を生んだ『まほろば歳時記』の最新刊です。

帯にも書かれていますが、「日本人の心にしみるうつくしい恋の言葉たち」というわけで、私も知らなかった恋の言葉がたくさん・・。

ここ一年と数ヶ月、私は俳句を詠むことが日課となっておりますが、これらの“恋の言葉”を参考にしたいと思いました。

恋川・・恋心に深く沈む気持ちを、川の深みにたとえた語

恋侘ぶ・・恋にもだえ悩むこと

恋水・・恋しいあまり流れ出る涙

恋が効く・・恋のしかけが相手の心をとらえること。

糸による恋・・糸のように細く、いまにも切れてしまいそうな心細い恋

など、面白い表現が満載でした。
どこかで使えそうな予感がします。

また恋の“言葉”だけでなく、恋にちなんだ地名も全国に渡り(地図・写真入り)掲載されていたり、四季の恋言葉も巻末に載せられていて、これも興味深く読みました。

恋の言葉が満載のこの本も俳句関連参考書の棚に置き、時々頁を繰ることになりそうです。

 

俳句を詠んでみる_0642【 息白し 妻子と登る 女体山 】

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筑波山神社の女体山側本殿まで登って一句詠みました。

【 息白し 妻子と登る 女体山 】

《背景》季語:息白し[冬]
筑波山神社の女体山御本殿を目指し、妻、長女とゴロゴロの石段を登った。
もう、山頂の空気は冷たく、息も白く、ハアハア言いながら辿り着いた。
見晴らしも良く、清々しい気持ちでお参りできた。

 

 

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2025/12/11

俳句を詠んでみる_0641【 光ふる つくばの雲間 冬霞 】

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バスツアーのパワースポットめぐりで筑波山に行き、一句。

【 光ふる つくばの雲間 冬霞 】

《背景》季語:冬霞[冬]
筑波山ロープウェイを使い、山の途中まで登ってきて、展望台に出てみると、眼下の街並みは冬霞に煙っていたが、雲間から太陽光がさして、カーテンのように降り注ぐ光景を見た。

 

 

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2025/12/10

俳句を詠んでみる_0640【 冬帝 劇場と名乗る映画館 】

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シネコンと呼ばれる映画館が多くなってきた中、・・という句を詠みました。

【 冬帝 劇場と名乗る映画館 】

《背景》季語:冬帝[冬]
12月に入り厳しい寒さがやってきた。
木枯らし吹く街にきょうも『千葉劇場』と“劇場”の文字ある看板を掲げ、凜として上映を続けている映画館を詠んだ。

 

 

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2025/12/09

俳句を詠んでみる_0639【 ドトールの窓に見えし 銀杏黄葉(いちょうもみじ) 】

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時間が空いたときに寄ったドトールコーヒーで一句詠みました。

【 ドトールの窓に見えし 銀杏黄葉(いちょうもみじ) 】

《背景》季語:銀杏黄葉[秋]
映画を見に出かけ、その前の用足しが早く終わり、上映まで時間があったのでドトールコーヒーに寄った。
窓際の席からは色づいた銀杏が見えた。

 

2025/12/08

「運がいいと言われる人の脳科学/黒川伊保子」を読みました。

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『運がいいと言われる人の脳科学/黒川伊保子著(新潮文庫)』を読みました。

「運がいいと言われる人の脳科学 2009年~2011年」と「情のことば、知のことば 2010
年~2011年」「家族脳 2010年~2011年」について2011年の文庫化に際し、改題・加筆・修正したものでした。

黒川さんの本を読むと、夫がしてはいけないこと、言ってはいけないことが書かれていて(今回ももちろん書かれていた)、「ああ、それは俺のことだ・・」とがっかりするのでした。
今回も肩を落とすこと何度も・・。

洗濯をしてベランダに干しっ放しにして、結局雨が降り、グショグショにしてしまった奥さんに向かって「今朝の天気予報で午後は雨だって言ってただろう」なんていうのは、死刑に等しい発言です。・・やっちゃいそうだよ。

こんなことばかり書いていると、どんどん気が滅入るので、私がそうだそうだと思ったことを思い出してみます。

「足が達者は、口が達者、口が達者は、人生の達人」と書かれていました。
伊保子さんの祖母の言葉だそうですが、含蓄が深いですよね。

「頭が硬いは、身体が硬い」というのも同じ祖母からの言葉だそう。

あと、思い出したのは、リーダーについて。
リーダーは紹介されなくとも、誰がリーダーなのか分るという話。

それは「その人がその場に入ってきたとき、そこにいる全員が、嬉しそうな顔になるから」というのです。

そうかもしれない。

どの名将にも共通なのは、周囲を嬉しそうな顔にする力の持ち主であるとのこと。

私の経験上から言って、そんな上司はほんとうに数えるほどでしたが、この例に示されたような上司はほんとうに立派な方でした。

ずいぶんと勝手にいろいろ書きましたが、本日の読書感想はこれで終わりです。

 

俳句を詠んでみる_0638【 冬の朝 診察後 モスひとり席 】

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毎月の通院後のひとときで一句。

【 冬の朝 診察後 モスひとり席 】

《背景》季語:冬の朝[冬]
毎月通院しているかかりつけのクリニック。
健診終えてモスバーガーのひとり席でちょっと遅い朝食をとる。

 

2025/12/07

俳句を詠んでみる_0637【 聞こえる 電柱支線の 虎落笛(もがりぶえ) 】

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冷たい風の吹く戸外から聞こえてきた音について詠みました。

【 聞こえる 電柱支線の 虎落笛(もがりぶえ) 】

《背景》季語:虎落笛[冬]
※虎落笛(もがりぶえ)は、冬の烈風が棚や竹垣などに吹きつけ、ひゅーひゅーと笛のような音を出す、寂しく、また凄みある笛のような音。

びゅう、ぶぉおお、とちょっと怖いような音が、吹く風と共に聞こえてきた。
寒いが外に出てみると、電柱の黄色い支線カバーが風にうなっていた。

 

 

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2025/12/06

俳句を詠んでみる_0636【 ブロッコリ 妻が抱えて 玄関に 】

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庭先で大きなブロッコリーが採れて・・という句。

【 ブロッコリ 妻が抱えて 玄関に 】

《背景》季語:ブロッコリ[冬]
ピンポンとインターホンが鳴り、「開けて」と妻の声。
ドアを開けると、大きなブロッコリーを両手に抱えた妻が「こんなにおっきくなったよ」と立っていた。

 

2025/12/05

映画「旅と日々」を見ました。

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映画『旅と日々/2025年 日本 監督・脚本:三宅唱 原作:つげ義春 出演:シム・ウンギョン、河合優実、高田万作、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅舟惟永、堤真一』を見ました。

つげ義春の「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作としているそうです。

冒頭の河合優実さんが出てくる海辺の様子が前者「海辺の叙景」だと思いますが、これは映画の中で上映される映画となっていました。
これだけでも十分に今までにない不思議な、なんでもないし、なにごとも起こらないようで、なんでもあるし、なにごとかが進行しているという映画が上映されているというシーンがこの映画の中で進行していくのでした。
要するに劇中劇の映画版です。

で、その映画の脚本家が主人公の女性で、今度は「ほんやら洞・・」の方が本編で繰り広げられるという展開でした。

 

 

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こちらも主人公がものすごく田舎で、しかも雪深い地方に出掛け、宿泊しようとしたら、どこも満員。
結局、山奥のボロボロの一軒家に主ひとり(堤真一)という・・なんだかなあ・・というところに泊まることになります。

こちらも、何もないところで何も起きない、というような展開なのですが、実際には何ごとかが起こります。それも説明しようのないことですが、主人公のシム・ウンギョンさんと堤真一さんの絶妙なやり取りと不可解な行動が全てという感じで、面白くないのかというと、これが面白い(^^;

私たちの心の中にいつもある不安や、孤独感、無情で冷たい空気・・そんなものが提示されているようで、なぜか引き込まれてしまい、中に入り込んでいる自分を感じました。

一番驚いたのは、あの堤真一さんが、ものすごい“訛り”のセリフと、見事な役作りで、どこからどう見ても田舎の“こ汚い”おじさん(おじいさん)にしか見えないのです。
この役作り無くしてこの映画は成り立たないと思いました。

見る価値のある静謐な映画でした。

 

「俳句なんでもQ&A/大屋達治」を読みました。

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『俳句なんでもQ&A/大屋達治著(NHK出版)』を古本で見つけ、勉強してみました。
2002年第一刷発行となっていますので、20年以上も前の本ですが、内容は充実していました。

特に印象に残ったというか、初めて知った用語もあって勉強になったのは、「一句にふたつの“切字”はどんな場合に許されるか」という項目でした。

例示されていたのは「降る雪や明治は遠くなりにけり」でした。
降る雪やで「や」、なりにけりで「けり」という切字がふたつあるが、これでいいのか、というわけです。

で、俳諧用語で『抱え字』と呼ばれる助詞を使用しているから許されるというのです。
「は」や「も」などの“抱え字”を用いれば良いのだということで、この“抱え字”という用語を私は知りませんでした。
著者は国語辞典としては日本最大の「日本国語辞典(小学館)」から長い引用をして解説してくれていました。

そして「一物仕立て」という、たとえば「花」についてそれだけを詠む句に対し、私がよく聞いていたのは、何か別のものを「とりあわせ」と言って二つ合わせて詠む手法があるのですが、それについても「二物衝撃(にぶつしょうげき)」という俳句用語を使われていたのも新鮮でした。

私も“衝撃”の文字を使った方が印象的でいいんじゃないか、と思いました。

例としては「たんぽゝや長江濁るとこしなへ」という句や「くもの絲(いと)一すじよぎる百合の前」などが挙げられていました。

ほかにも「つきすぎ」とはなにか、「句会」「吟行」、「結社」についても今までにない詳しい説明がなされていて、たいへん勉強になりました。
この本も手放せない私のテキストとなりました。

 

俳句を詠んでみる_0635【 押し詰まり ふくら雀の縁起物 】

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手作り民芸品の店で買い求めた干支ともうひとつの縁起物で詠みました。

【 押し詰まり ふくら雀の縁起物 】

《背景》季語:ふくら雀[冬]
今年も押し詰まってきて、来年も無事に過ごしたいと思い、とりあえず来年の干支「午」の縁起物を買い、そのときに不思議な形が目にとまったもうひとつの縁起物を買い求めた。
開運の“ふくら雀”の縁起物だった。

 

 

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2025/12/04

俳句を詠んでみる_0634【 黄落の一之宮 ふわりとあるく 】

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落葉した銀杏に踏み込んだ感覚を詠みました。

【 黄落の一之宮 ふわりとあるく 】

《背景》季語:黄落[秋]
上総一ノ宮「玉前神社」にお参りした。
銀杏の葉が一面に落ち、そこに足を踏み入れるとふわりとして、秋の神社の静寂を感じた。

 

 

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2025/12/03

俳句を詠んでみる_0633【 冬ぬくし カレーパン頬張る 幸福(しあわせ) 】

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テレビでおいしいカレーパンを紹介しているのを見て、一句詠んでみました。

【 冬ぬくし カレーパン頬張る 幸福(しあわせ) 】

《背景》季語:冬ぬくし[冬]
ちょっと暖かい冬の日、カレーパンを頬張るのはこのうえないしあわせに感じる。
そんな句を詠みました。

 

2025/12/02

「五七五で毎日が変わる!俳句入門/堀本祐樹」を読みました。

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『五七五で毎日が変わる!俳句入門/堀本祐樹監修(朝日新聞出版)』を古本で手に入れ、勉強してみました。
2020年に刊行されたものです。

内容は、とてもわかりやすいもので、一年12か月の各月に分けてそれぞれ「五七五」や「季語」「切字」「比喩」などとテーマがあって学習できるようになっていました。
しかも、それぞれのテーマ冒頭は漫画が数ページあって、吟行(公園や神社仏閣、山や海などに出掛け、皆で句を詠むようなこと)しながら俳句を学んでいく様子が楽しく読めました。

主人公の女性がいて、先生として俳人で「俳句部」の顧問をつとめる人がいて、さらに部員が年齢も幅広く男女四人いて、皆が学びながら句を詠んでいきます。
初心者の私も「なるほど、それはやらない方がいいのか」とか「思い切ってそんなふうにやってもいいのか」などと実際にこの俳句部に入っているような気分で勉強できました。

今までも参考書は色々読んできましたが、この本はまったくの初心者でもわかりやすく、実のところ“わかったふり”をしていたようなことも、この本で初めてわかったことがいくつかありました。

この本の登場人物のように、どこかに出掛けても、あるいは家にいても、俳句の種はあちこちにあることがよくわかったので、今まで以上に積極的に俳句を詠んでいこうと、今、気持ちをあらたにしたところです。

 

俳句を詠んでみる_0632【 来る年の 干支縁起物 手に入れて 】

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そろそろ来年の干支なども気になる時期になりました。そこで一句。

【 来る年の 干支縁起物 手に入れて 】

《背景》季語:来る年[新年]
来年の干支「午」の縁起物を今年の内に準備しようと、上総一ノ宮に出掛けた。
玉前神社の入口、鳥居のある角の縁起物屋で、その場で作っている「午」の縁起物を手に入れて、ちょっとうれしい気分になった。

 

2025/12/01

俳句を詠んでみる_0631【 宰相が見た紅葉(もみじ) 今そこに立つ 】

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旧吉田茂邸での紅葉を見て一句詠みました。

【 宰相が見た紅葉(もみじ) 今そこに立つ 】

《背景》季語:紅葉[秋]
大磯に存在している旧吉田茂邸を見学し、各部屋から見える紅葉が美しかった。
戦後混乱期の宰相も同じこの紅葉を見ていたのかと思うと感慨深いものがあった。

 

 

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