「愛のまわりに/瀬戸内寂聴」を読みました。
『愛のまわりに/瀬戸内寂聴著(集英社文庫)』を古本で見つけ、読みました。
もとは「女性セブン」に連載されていたものをまとめたものです。
1992年に刊行されています。
読んでみると、寂聴さんは六十代後半になられた頃でした。
いつもの寂聴さんのご本のように、内容は多岐に渡り、さまざまなエピソードやそのときの考え方、出会った人、遭遇した出来事などが実に巧みな筆致で表現されていました。
ランダムに私に響いた部分を挙げてみます。
1990年代にすでに家族の状態はこんなことになっている、という文がありました。
家はただ、家族が夜寝て、好きな時に勝手に食事をとる場所のようになっています。
その半面、人間は孤独に弱くなり、甘ったれになって、精神的苦痛にも肉体的苦痛にも辛坊出来なくなっています。
家族に頼りたい、ゆっくり相談にのってもらいたいと思う時、日頃疎遠なので、お互いの心を見失い、理解がゆきわたらなくなっていて、適切なアドバイスも出来なくなっているし、満足する答えを期待することも出来なくなっています。
と書かれていました。今はその状態がさらに深刻化しているような気がします。
次に心に響いたのは
今、日本が世界じゅうから嫌われはじめたのは、この自分だけ、我が家族だけ、自分の句にだけという考え方が“我利我利亡者(がりがりもうじゃ)”のように見えてきたせいだと思います。
と書かれていました。これもこのあいだの選挙などにその傾向が顕著だと思いました。
ついでに“選挙がらみ”でもうひとつ。
選挙をするためには、町や国のそれまで行政をよく調べて知っておかなければなりません。公平で、清廉で、ほんとうに人のために尽し、自分の利益を求めない人を選ばなければなりません。
汚職をしたような人を選んではなりません。国民にウソを平気でつくような人を選んではなりません。自分の責任を人になすりつけるような人も選べません。秘書や妻に責任を押しつけて、平気で鉄面皮でまたのこのこ選挙に立つような人を選んではなりません。
と書かれていましたが、おっしゃるとおりです。そして先だっての選挙では“選んではならない人”をずいぶんたくさん選んでしまったのではないかと思いました。
長くなるけど続けます。
人が生まれて、生きて、そして死ぬこと。その単純なことだけれど、とてつもなく恐ろしいそのことに、なぜ人は皆平気でいられるのだろう。
心の底でそんなことにおびえている私が異常なのだろうか。友達とショッピングしていても、映画を見ていても、スナックで歌を歌っていても、楽しいとかんじたことなど一度もない。
私の心はそこに安住していない。心の充実は得られない。人は一体何のために生きているのだろう。
と書かれていました。私もまったく同じ気持ちで生きています。
大珠慧海(だいじゅえかい)禅師の言葉も書かれていました。
普通の人は、食事の時、ひたすら食べず、その間あれこれ思いわずらいながら食べている。
眠る時もひたすら眠らず、くよくよいろんなことを思い悩んで熟睡できていない。自分のいう食と眠りとは雲泥の相違だ。
と書かれていて、これは何事にも一心を傾けてせよということだと思います。
私も大事なことだと肝に銘じました。
長文になってしまいましたが、また寂聴さんの心にふれて、すこしばかり私の心も晴れ、元気づけられました。
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