『まさかジープで来るとは/せきしろ×又吉直樹(幻冬舎文庫)』を古本で見つけて読みました。
2010年に幻冬舎から刊行されたものに加筆修正し、2014年に文庫化されたものです。
著者おふたりの自由律俳句と、その自由律俳句が出来てくる過程が想像出来るような散文、さらに不思議とシュールな写真も加えられているもので、面白い人には面白く、なんだかわけのわからない人にはちっとも面白くも何ともない作品となっています。
自分のテーブルだけぐらぐらする・・・せきしろ
馬券を買う時の鉛筆を貸してくれた・・・又吉直樹
テーブルの伝票が濡れている・・・せきしろ
駄洒落がある御品書き味に期待しない・・・又吉直樹
などなど、自由律俳句は“受け手次第”なものだとつくづく感じました。
俵万智さんが解説を書かれていましたが、五七調で詠まれているお二人の自由律俳句に、季語を付けてみると、それなりに“いい俳句”になったりもするのですが、自由律俳句にて詠まれているものとは世界観が大きく異なることになってしまうのです。
俳句はもともと受け手がどう読むか、どう感じるか、作者の手を離れると、もうその人のものではなくなり、様々な感覚で受け取られるものです。
でも、自由律俳句は“さらに”読み手が持っている感覚、独自の世界観に左右されるもので、だから読みようによっては作者も想像もしなかったような受け取られ方をするのだ、と強く感じました。
それが今回の収穫というか、自分の読み方の浅い、深いが問われるんだと思うと、ちょっと緊張して読んでしまうのでした。
せきしろさんの「とほほ」な味わい、又吉さんの「シュール」な味わいが交互に出てきて、存分に楽しめました。
自由律俳句、いつかはチャレンジしたいと思っています。
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