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NHK・BSで1983年、大林宣彦監督の映画「時をかける少女」が放送され数十年ぶりに見ました。
主演は原田知世さんで、原田さんのデビュー作であり、とても印象深い作品でした。
舞台は尾道ですが、冒頭の原田さん演じる芳山和子が通学するシーンは竹原市の屋根瓦並ぶ古風で落ち着いた町で非常に美しく、そこに流れてくる松任谷正隆さんの重く静かに流れるオーケストラの音楽はもうそれだけで何故か懐かしく、胸がぎゅっとなるような感覚になりました。
映画が始まり、見ていると驚くことにほとんどのセリフを私は覚えていました。
次に言うセリフがわかるのです。よほど当時真剣に見ていたことがわかります。
和子の同級生深町一夫(高柳良一)、堀川吾郎“吾郎ちゃん”(尾身としのり)のセリフなども全て覚えていました。
忘れていたというか、全然気づかなかったのが深町君の両親(交通事故で亡くなっている・・実は深町くんもその時亡くなっていたのたが、未来から来た高柳良一演ずるケン・ソゴルが周囲の人の記憶を変えてしまい、深町家の生き残りの孫として和子と同じ高校に通う)のうち、父親の遺影を見たら、なんと松任谷正隆さんでした。気が付かなかったなあ。
私は上映後7年を経た頃にどうしてもロケ地尾道を見に行きたくなって夏休みに出かけました。
尾道市役所でもらったロケ地などが載っている地図は「どうぞ坂の町尾道を迷子になって探してみてください」と書かれていて、地図を見てもロケ地が何処なのかよくわからないようになっていたのでした。
それでもなんとか和子が弓道をするグランドのある学校や、和子が吾郎ちゃんの醤油屋さん近くの火事のあとの帰路、有名な「タイルの小径」も見つけました。
そして深町くんの家があった竹藪のある道の下の家屋も見つけた記憶があります。
尾道駅近くの喫茶店に寄ると、そこは大林監督他スタッフが打合せや休憩を取っていたところだということで、当時の監督、キャストの方々の写真をまとめたアルバムを見せていただいた記憶も残っています。
そこには原田知世さんも写っていて、まだ可愛い少女の知世さんの姿をずっと見てしまいました。
『やわらかく、考える。/外山滋比古著(PHP文庫)』を古本で見つけ、読みました。
著者外山滋比古氏の著作の中から「柔軟にものごとを見るヒント」となるような箇所を抜粋して一冊にまとめられたもので、2019年にPHP研究所から発刊され、2022年に文庫版となっています。
私にとっても考えるときのヒントのようなものがたくさん載っていました。
それをキュっと縮めていくつかご紹介すると・・。
○記憶は知識をふやすが、知識そのものは新しいものを生み出さない。
・・・携帯見て知識ばかりふりかざす人を思い起こしました。
○新聞は読むのに想像力、理解力、判断力などをより多く要請する。それだからこそ、音声、映像とは異なる知的興味を見たし得る。
・・・新聞が生き残る道は、この言葉をもう一度よく噛み締め、考えてみる必要があると思いました。
○なまじ知識があると、色眼鏡をかけたように、見るものすべてが色に染まって見える。
・・・テレビのコメンテーターを見ていると、最初から“濃い色の眼鏡”を掛けていて、一方的で凝り固まった意見ばかり言っているように見える。そんなことを言っているのではないかと感じました。
○思いもかけず、ホメる攻撃を受けると、反撃の手がない、対抗心も抑えられる。反撃の矛先も鈍る。
・・・どこかの国の総理大臣に聞かせてやりたいと思いました。
○相当に頑固な人もかすかに不幸なときは心が柔らかくなって他を受け入れやすい。病床がしばしば実り多き読書の場になるのは偶然ではない。
・・・私も近年入院したことがあったが、そのときこそが読書の大チャンスだった。でも、本を読まないヤツって、妙に元気だから本も読まずにSNSの意図的・恣意的な“操作誘導”にホイホイ、うかうか乗っかっている。
○芸術はムダの中から生まれるぜいたくな花である。ムダはいけないものという考えがあるから、とかく道徳とか政治とかが干渉して問題を混乱させる。ムダが文化であることを、もう一度見直すべきであろう。
・・・権力で、力で、横暴なことをする政治家などは殆どが芸術に無関心なことで、この事例がよく理解できます。
千葉県では特にこのお盆から今現在9月半ば以降までに、大量の雨が降り大きな被害が出ました。
お盆の線状降水帯によるレベル5の降雨では千葉市などの都市部があっという間に冠水し、クルマの水没ほか、家や施設への浸水が今まで見たことのない状況になりました。
そして今回の台風25号の来襲に伴なう豪雨では、長い時間を掛けて大量の雨が降り、今度は山間部などで土砂崩れなどがこれもまた今まで千葉県がほとんど経験したことのない被害状況になりました。
JR内房線は三か月は復旧の見通しが立たないと報道されていました。
私が小さい頃からの記憶でも印旛沼の堤防が決壊したなんてことはありませんでした。
皆が皆、今までと異なる考え方を初めたと思います。
それは、千葉だけでなく、日本中どこでもそんなふうに考えねばならないことになったということだと思います。
我が家でもお盆の墓参りからの帰り、まったく問題の無い状況の道路を走っていたのに、わずか15分程度走ったときに突然雨が強くなりあっという間に平地であるにもかかわらずクルマは水没しました。
幸いなことに、道路沿いに住まいのある方が私と妻、長女を助けてくれて、家に入れていただき、胸まで浸かった体を拭くタオルを用意してくれ、さらに玄関でいいと遠慮してもリビングまで入れていただき、寒さにふるえていたら暖房までしてくれ、さらに水が引くまで午前3時半までテレビの天気情報を見ながら家族三世代が付き合ってくれました。
このご家族がいなかったら、私たち三人は死んでいました。
水が引くと路上のクルマを押してご自宅の庭に入れていただき、レッカーが来る日まで停めておいていいんだよと、あたたかい言葉をかけてくださいました。
この人たちは神様じゃないかと思いました。
その後千葉では3000台以上が水没していて、なかなかレッカーが来ない間に申し訳なくて三度お礼にうかがいましたが、そこでも気にするなと、畑で穫れたと野菜や漬物までたくさんいただいてしまいました。
日本はまだこのような人がいるのだと驚き、涙が出ました。
そして、今回の台風では停電が続き、電気で水を出している我が家はまた苦しみました。
電源を全て失った上に、水も出ない・・。
2019年の千葉での台風被害を契機に水やその他備蓄をするために倉庫を建て、そこに備蓄していた水その他が役に立ちました。
写真は、百均で買ってきてあった照明類です。
とても役に立ちました。私は8種類くらい電池で動くものを用意していました。
私たちは自分でなんとかする・・っていうことを真剣に考えねばならない時代を迎えました。
そして、私を助けていただいたご家族のように、困っている人に手を差し伸べることも大切な時代になりました。
今、あらためて決意を新たにしているところです。
『あの人に会いに 穂村弘対談集/穂村弘(毎日新聞出版)』を古本で読みました。
前回、穂村さんの「どうして書くの?」というやはり対談集の読後感をここに書いた時には、難解で悶絶するところがいくつもあったのですが、今回はかなりすんなりと読むことが出来ました。
特に谷川俊太郎さん、横尾忠則さん、荒木経惟さんとの対談は沁みるように頭の中に、心の中に入ってきました。
天才の考えることは何かひとつ突き抜けている感覚があって、自分が信じること、こうするんだというやり方を、一般人の感覚とは異なる次元で実行しているのだと感じました。
今回、難解というよりも知識が無くて“ちんぷんかんぷん”だったのが、萩尾望都さんと高野文子さんのお二人の漫画家との対談でした。
つまりお二人の漫画を読んだことが無いので、具体的な登場人物やストーリーも何もわからず、困ってしまいました。
でも今回のこの対談集は何か自分に少し“やる気”のようなものを起こさせてくれました。
穂村さんの本って、一見わかりやすそうで、突如、訳の分からないブラックホール・ゾーンに入るのでドキドキするのですが、今回は大丈夫でした。
よかった。
『日本の乗用車図鑑 1992-1996/自動車史料保存委員会編(三樹書房)』を本屋さんで見つけ、面白そうなので手に入れました。
三樹書房創立50周年記念企画と銘打たれ、上質な紙を使用した上に頁数も240頁に渡るもので、手に重量を感じる堂々としたものなのに“期間限定出荷本/創立記念特別価格”ということで1,000円でした。
内容は充実し、“あの頃のあのクルマ”を思い出し、感慨に浸ることになりました。
トヨタのエスティマに、ルシーダとエミーナという“5ナンバー枠”に入るものが出ていました。
このクルマもかなり普及した記憶があります。
日産のマーチが二代目になり、これはかなり使い勝手がよく、海外でもかなり売れたクルマでした。
基本的にクルマってこれだけあれば本当は十分って思ったものでした。
マツダは、販売チャンネルをアンフィニとか色々つくって MS-8 、ユーノス500、MX-6 など高回転型のV6エンジンを積んだ他社とはかなり異なるクルマを作っていたのも思いだしました。
トヨタ、日産のクラウン、セドリック、グロリア、マークⅡ、ローレルなどは税制の改正に伴なって揃って3ナンバーの大型化もしていました。
三菱とスバルはランサー・エボリューション、インプレッサWRX-STIで競い合っていました。
軽自動車では画期的と言えるスズキのワゴンRが出て、それ以後、背の高い、ワゴン形式の軽は主流になりました。
スバルはレオーネからレガシーに移行し、ツーリングワゴンはカッコよかった(#^.^#)
読んでいて、80年代のクルマのこの本も見たくなってきました。
・・はっきり言って、今現在のクルマで興味のあるものはほとんどありません。
今は“ずんぐりむっくり”したスタイルか、ぬるっとしたサイバー山椒魚みたいな薄気味悪いスタイルのものが多く、つまらないものばかりです。
この本を見て少しばかりクルマへの気持ちが盛り上がってきました。
またこの本のようなものを見つけたら読んで、ここに感想を書いてみたいと思います。
『本の中の、ジャズの話。/山本善行著(ちくま文庫)』を珍しく新刊で購入し、読みました。
2026年5月、第一刷発行です。
著者は京都銀閣寺近くに「古書善行堂」を構え、古書・文学に関する文筆業も精力的に行われている方のようです。
古本のこと、買取や仕入れ、お客さんとのやり取り、店で流す音楽やオーディオの話、ジャズ喫茶とレコード屋さん、古本巡りなどの日常エッセイと共に毎回「本の中にでてくるジャズ」の話を書かれたもので、本もジャズも大好きな私にとってこの本を読むことは至福の時間となりました(#^.^#)
関西のジャズ情報誌「WAY OUT WEST(※ジャズ好きならもちろん知っているソニー・ロリンズのアルバム名と同名です)」に連載されたコラムの文庫化となっていました。
ジャズの話が登場する本の著者は、私も今まで読んできた大御所の方々もいましたが、この著者は、それらの人が書いているジャズについて、素直で自然体の反応をされていて、今まで見たことのない心地良さがありました。
人が書いたことにイラッとしたり、猛烈に反論したりすることもありません。
読んでいるうちに「○○が聴きたくなった」などとゆったりとした文書で反応していて、私も音楽について何か書くときに「もっとリラックスした気持ちで書いた方がよいのではないか」と思いました。
この本にも書かれていましたが、昔聞いたときに「もうこれは自分に合わない。勘弁してくれ。」などと思ったジャズのアルバム、あるいはミュージシャンでも、時を経て、いろいろな経験をして、あらためて聞いてみると「ああ、これはここがいいな」などと思うことがあります。
そんな気持ちも大切にしたいな、と思いました。
過去、あまり興味を持たなかったアルバム、ミュージシャンについて、もっと聞き直してみようと思います。
そして、気軽にその感想をブログやFacebookにもアップしてみようと思います。
最近、俳句を詠むことに集中してきたので、少し気持ちもゆるく、ゆったりと色々書いて行きたいと思いました。
気持ちが安らぐ、いい本でした。
『知識ゼロからの俳句入門/金子兜太著・古谷三敏画(幻冬舎)』を古本で手に入れて勉強しました。
2006年第一刷発行、私が手にしたのは2016年の第14刷ですので、売れてきた本のようです。
金子兜太さんの入門本ということで、けっこう型破りなものかと先入観を持って読み始めたのですが、これが実にオーソドックスで、基本的なことをきっちりとなぞっていくものでした。
でもって、他の入門本よりも“噛んで砕いた”感じで、わかりやすいのでした。意外!
さらに古谷三敏さんの画が入っていて、あの漫画「バー・レモンハート」の登場人物たちが俳句を詠む体で動き出すので実に楽しくも理解しやすくなっていたのでした。
ばっちり基礎的なことを丁寧に教えてくれただけでなく、俳句を詠もうとする人へ、日頃こういうものをこういう風に見ろというような、初心者にはとても参考になることが書かれていました。
あまり入門書でそういうことを書いているものは今までありませんでしたし、推敲の仕方なども何パターンも示されていて、これまた参考になりました。
とてもいい入門書と感じました。
『世界に誇る日本のアート 春画ベスト100/永井義男(宝島社新書)』を古本で手に入れて見てみました。
2019年第一刷発行となっていて、著者は「算額奇人伝」で開高健賞を受賞し、その後作家活動に入り、「江戸春画考」「図説吉原事典」などを出されている方だとのこと。
春画はもちろん表向きには“違法”だったわけですが、でも江戸の庶民には欠かせないものだったと思われます。
そして、たぶんこれを見た外国の人は驚愕したと思います。
特に、葛飾北斎の蛸と女が交わっている有名な春画が有りますが(この本にも掲載されている)、あれなどは“こういう絵を描いてもいいのだ”というインパクトがただ事ではなかったのだと想像します。
そして裏の世界のものなのに、北斎はじめ、喜多川歌麿や歌川国芳ら大御所も描いていて、物によっては、彫り師、刷り師も一流どころが腕をふるい、素晴しい浮世絵となっています。
あんな絵、こんな絵が描かれているわけですが、その価値は風俗的にも芸術的にも高いものであるとよくわかりました。
さらに、著者も書かれていましたが、どんな時代でも“やることは一緒”なんだ(^^;)ということを強く感じました。
でも、この本を見て、当時の方がエロティックなことへの飽くなき探求心はとても強く、さらに夫婦仲がかなり良かったのだとわかりました。
でもって、男女の仲というか、“助平”なことへの貪欲なまでの入れ込みようは、男も女も今の人達の何十倍もエネルギッシュだったのだと思いました。
ある意味、そんな時代の方が日本人らしいのではないかと密かに思っていましたが、それが確信に近いものになりました。
みんな自分のことばかり考え、コスパだなんだと、自己のメリットばかりを考えているから“レス”な夫婦がどんどん増えていくのだとも思いました。
たまにはこんな本を見て、ものの“原点”に返ることも、よきことではないかと気付き、読了いたしました。
『俳句一念/鷹羽狩行著(角川書店)』を古本で見つけて読んでみました。
俳人・鷹羽狩行(たかは・しゅぎょう)の俳句エッセイとなっていて、巻末の初出一覧を見ているだけでも時間が過ごせるくらいのボリュームで、俳句の魅力について余すところなく書き綴られたものでした。
お腹いっぱいだけど、まだ食べられる感じ (^^; 俳句に今どっぷり浸かっているいる身としてはそんな印象です。面白かった。
詠まれた句には、挨拶句も多く、それだけで句集が出来てしまうような方で、もう人との出会いが俳句と共に人生を豊かにしている、そんな感じがとてもして、羨ましい気持ちにもなりました。
また、年賀、正月の新年の句もたくさん詠まれていて、それらにもあまりふだんはお目にかかることが少ないので新鮮でしたし、やはりここでも様々な人との出会いを感じました。
それから新婚の頃に妻を詠むという・・また、子供が出来て吾子俳句を詠むという、ふつうなら「もういいよ」と言いたくなるような句ばかりかと思うと、そうでもなくて、斬新な句がいくつも登場し、当時それを評した大御所も感心しているのがわかりました。
国外にも出掛け、国際的な俳句も紹介されていましたが、なんの違和感もなく、素敵な句になっていて、ここでもまた舌を巻くことになるのでした。
著者の俳句を愛する心は常に人生が俳句とあることでよくわかり、俳句を詠むこと、そして様々な俳句と出会うこと、さらにそれら俳句を詠む人との出会い、なども著者の人生を豊かにしている要素なのだなと思いました。
私は俳句を始めてまだ二年とちょっとですが、今、ようやく俳句と共に日々生きていることの喜びを感じ始めたところです。
だから、著者の俳句と共に生きていることの人生の喜びが何となく実感できるくらいのところまで来ています。
これからも色々な俳句と出会い、生きていくことの楽しさを俳句と共に感じられるようになりたいと、この本を読んで強く感じました。
『桃子先生、俳句ここを教えて!/辻桃子 著・増田真麻 聞き手(文學の森)』を古本で見つけて読みながら勉強いたしました。
この本は2009年から2016年までの八年間「童子」誌に連載された「初心者講座・ここが知りたい」を改稿、加筆したものでした。
「桃子先生、俳句ここを教えて!」のタイトルで単行本として2017年に発行されています。
聞き手として「童子」の副編集長、増田真麻さんが入り、花子(初心者)・月子(俳句五年の経験)・雪子(俳句十年)の三役をされています。
いやもうめっちゃわかりやすかったです(*^^*)
特に普通の教則本では、季語だとか、俳句の約束事を最初に詳しく解説することが多いのですが、はじめての「句会」、そして「吟行」あたりから入っていくのが、こちらのニーズにかなっていると感じました。
初めて句会に出たときの、あの“どぎまぎ”した感じ・・今思いだしても心臓がキュンとなる・・それを感じている人へのゆったりとしたアドバイスなどが心に沁みましたよ(^_^;)
句会で、いちどに会員のたくさんの俳句を見せられて、特選・入選・並選を選べなんて・・^_^;・・そんなこと、出来ゃしませんて。
でもそんなときにこうすればいいのです、という辻桃子先生のあたたかいアドバイスが“効果抜群”なのです。
吟行(会員一同でどこかに出掛けて行って句を詠むイベントのようなもの)にしても、その準備の仕方、どうやって俳句を捻り出すのか、これも簡潔にわかりやすく書かれていました。
いちばん私の心に響いたのは、句会で誰も自分の句を取って(並選などに選んでもらう)くれない、それならまだしも“キツい”批評をガツンと言われて・・そのときの“へこみ方”なんていったら、私などは1~2週間も引きずるのです。
『納得のいかない句評をされることがよくあります。 でも、そういうときは、この人はこの位しかこの句を読めないのだと、心の中で批評して、聞き流しましょう。 構わずに「私は私流」でゆけばよいのです。 どんな句であれ、それは“その人の作品”なのですから。』
・・もうねえ、うれしかった。
長年の先輩の批評なんだから甘んじて受け、推敲し直せという固定観念で批評を受け止めていた私にはありがたい先生のアドバイスでした。
というわけで、喜んだり、必死に勉強したりの読書となりました。
初心者にはとてもいい“効能”ある本でした。
そして聞き手として私のような初心者の気持ちや、ちょっと俳句に慣れてきた頃の人に代わって“それがいちばん聞きたい”という質問をしてくれた「聞き役」の増田真麻さんも素晴しかったです。
『どうして書くの? 穂村弘 対談集/穂村弘(筑摩書房)』を古本で読みました。
2009年第一刷発行となっている対談集でした。
対談相手は、高橋源一郎さん、長嶋有さん、中島たい子さん、一青窈さん、竹西寛子さん、山崎ナオコーラさん、川上弘美さんでした。
読んだ直後の感想でいうと、よくわかった部分と、小難しくてわからない部分が有り、スイスイ読んでしまったところと、何を言っているのかわかるような気もするがそんなこと考えて生きているとつらいし、大変だよね、というところも有りで・・こんなに対談相手次第で内容が変わる本というのも初めてでした。
今の文学というものは、もう過去の色々な文学の歴史的背景とは異なる別の部分で存在しているのかもしれないが、でも自分の書いたものが何の上に成り立っているのかさえ不明確で、それがいいものか悪いものかもわからないというような時代に来ている・・みたいなことが書かれていたように思いますが、もう、私も考えるのが厭になりました。
かというと、一青窈さんとの対談は沁みるようによくわかり、あっという間に過ぎて行った感があります。
これでいいのに・・と思いました。
山崎ナオコーラさんとの対談に関してもどんどん読めましたし、理解できないような部分はありませんでした。
でも、高橋源一郎さんとの対談となると、もう“がんじがらめ”になり、読んでいるのが苦痛になるくらいの深い谷間に入り込み、読み進むのに頭の中が焦げ臭くなるような、何か脳の中でショートするような感覚があり、とてもつらかった。
もう一冊、同じ日に穂村さんの対談集を買い求めていたので、今度は頭の中をリフレッシュして再度チャレンジしたいと思っています。
『支店長の曲がり角/城山三郎著(講談社文庫)』を古本で読みました。
1950年代から1990年代までに城山さんが書かれた「詩」をまとめたものです。
1992年に単行本として刊行され、1996年に文庫化されたものです。
「詩」と記されていて、そのつもりで読み始めましたが、著者城山さんがその時強く感じたこと、そうなのかと思ったこと、憤慨しているようなことなどをそのままぶつけてくるような文でした。
いわゆる“ポエム”的な印象のあるものは、ほとんどないと言っていいと思いました。
生真面目な城山さんそのものがそこにいる・・という感じです。
引退後の本田宗一郎氏の自宅庭でのパーティーに出掛けたときの文も、城山さんが小説で様々な人物を追いかけ、晩年の様子を記された小説の一部分のようでした。
また、国に対しての不信感を感じさせる部分も強い口調で書かれていて、城山さんが志願して戦争に行った経緯が実はこんな酷いことを無理やりされてのことだったとわかる部分もありました。
その当時のその酷い教師のことも怒りと恨みを込めて書かれていました。
なので国から叙勲の話が出た時のことも書かれていましたが、もちろん城山さんは奥さんが反対するのにもかかわらず、辞退してしまいました。
城山さんのその時の気持ちも、今までの著作やこの詩を集めた本を読んでも今となってはよくわかります。
目の前で城山さんが筆圧高く書かれた文を突き付けられたような本でした。
また城山さんの今までにない側面が窺えるような気持ちになりました。
『よもだ俳人子規の艶/夏井いつき・奥田瑛二(朝日新書)』を古本で妻が見つけてくれ、読んでみました。
2023年第一刷発行となっていました。
まずは奥田瑛二さんが俳優であり、映画監督であり、「俳人」でもあったのだということを知り、や・や・や・・と驚きました。
しかもあの夏井いつき先生と実に深いところで正岡子規について語り合っていて、夏井先生もタジタジの独自の鑑賞に驚きました。
夏井先生はスクリーンショット的に俳句を鑑賞するとこの本でおっしゃっていましたが、奥田さんは映画のようなストーリーを俳句から感じているようなのでした。
目が覚めました。
本のタイトルにある『よもだ』というのは、子規が生まれた伊予の国(現・愛媛県松山市)の“伊予の言葉”で、“ユーモアのあるへそ曲がり”みたいなニュアンスなのだそうです。
そしてもうひとつ、「艶」という言葉もタイトルに入っていますが、実に意外なことに子規の俳句には“艶っぽい”女性を詠んだ俳句がかなりの数あるということで、それについてお二人が深いところで鑑賞されていて、“真面目一本”な印象を持っていた子規について、私もかなり勉強になりました。
しかも、奥田さんはその子規の俳句に対して「艶俳句」なんて洒落た言葉で表現しています。“ただ者”じゃありません。
『傾城(けいせい)』という言葉も初めて知りました。
一国一条の主をメロメロに惚れさせて、城を傾けさせてしまうほどの美女・・それが転じて「遊女」を意味する言葉になったということなのです。
その傾城にふれた句がいつくも紹介されているのですが、単に遊女の美しさや、自分がのめり込んでしまったことなどを詠んでいるわけではなく、その遊女から醸し出される人生、哀しさ、儚さのようなものにふれているものが多いように感じました。
また河東碧梧桐の話によれば(子規が亡くなる二週間前にも会って何か衝撃の事実を聞いていたらしい)、子規は遊女だけでなく一般の女性との関わりがあったことを文にして残しているのでは、ということなのですが、子規死後に面倒をみていた妹さんが全て処分してしまった・・という説もあるらしく、もし文書が残っていれば大変な価値あるものだったかもしれません。
その他、子規が旅先などで出会った女性で仲良くなった人達も幾人か存在したようですが、それらについても文書が見当たらないらしく(これもひょっとして妹さんが・・)、子規と女性についての考察をますます深めてみるのも研究のし甲斐がありそうです。
巻末に子規の「艶俳句」と呼べるものが数多く掲載されていました。
私もよくよく見直してみます。“子規感”が少し変わるかも。
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