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2025/10/26

「おぼえていても、いなくても/蛭子能収」を読みました。

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『おぼえていても、いなくても/蛭子能収著・画(毎日新聞出版)』を古本で見つけ読みました。

毎日新聞とサンデー毎日に掲載されたものから抜粋し、加筆再構成されたもので、2021年に発行されたものです。

私の蛭子さん像っていうと、ちょっと怠惰というか億劫なことはしない人で、仕事の場でもけっこう自分勝手、思わず本当に思っていることを口に出してしまいヒンシュクを買う・・というような印象で、もし一緒に仕事することになったら困ったタイプ、あるいは親類縁者の中にいたら近づきたくない人・・^_^;そんな感じでした。

でも、この本を読んで人の見方なんて、ほんとに一面しか見ていないのだなと反省いたしました。

蛭子さんは正直なんです。
色々な行い、言動は、私たちが生きていくうえで、そして仕事上で“ぐぐっ”とこらえて、とにかく“心にもないこと”でもいいから発言したり、行動したりして事なきを得る・・それをしないだけなんです。

読んでみたら、蛭子さんの幼少期、少年期はかなり貧しく、しかも家族はそれぞれの都合で母親と二人きりのことが多かったようで、兄に面倒をみてもらい、何とか高校は出てもその後の仕事も厳しい状況で、母をおいて東京に出てきたことについても、自分のやりたかったことをやってみたい、自分の人生だからということで、自らの心に正直に生きていくことを中心に置いているということがわかりました。

テレビ番組で見えていた奇異な行動や、あり得ないと思えるような発言も、蛭子さんの心の奥から聞こえてくる叫びのようなものだと感じだしました。

人の見え方って、心のチャンネルを変えてみたり、見る方向を変えてみると、それはそれなりに何かがみえてくるのだと、あらためて知りました。
両親、奥さん、その他仕事で接することのあった太川陽介さんらについても感謝の気持ちをかなり詳しく書かれていました。

終盤で、テレビ番組の企画の中から自分の「認知症」が発覚してからの、今後の生き方、奥さんとの過ごし方について書かれていて、それもなかなか私のような凡人にはできないような決意がありました。

実際はとても面白い話ばかり、可笑しい漫画付きっていう本なのですが、私にとっては学ぶことがたくさんあった本でした。

 

2025/10/02

「落語と私/桂米朝」を読みました。

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『落語と私/桂米朝著(ポプラ社)』を古本で読みました。
1975年に発行されたものを改訂し、2005年に新装発行されたものです。

内容は、小沢昭一氏が寄せている文に「これ一冊で落語論は十分。親切に平易に述べられている。落語の実演家ならではの指摘、日本伝統芸能についての独自な見解に教えられることが多い。」と書かれていて、読後の私も同感しました。

米朝さんの落語はUSENの落語チャンネルでよく聞きましたが、どんな噺もこの本のように平易でわかりやすく、ちょっと聞いている人が迷いそうな表現や、耳慣れない昔の慣習などがあると、ちょっと簡単に説明してくれたりするし、淀みないし、くすぐるような小さな笑いから、爆笑まで、寄せては返す大波小波のような見事な落語でした。
しかも品がある。

さらにこの本でも書かれていましたが、落語の成り立ちや、今までの形態の変化や、お客さんや社会状況などについても身体に染ませた上での落語は味も深みもあるもので、いつも感服しておりました。

また、米朝さんは今ではまったくどの噺家も取り上げないネタをよく取り上げられていました。
しかも、絶対に面白い見せ場のようなものがない噺で、ご本人曰く「私もどこが面白いのか最初はわかりませんでしたが、やってみるとそこはかとなく可笑しい噺だったりします」と、見事な出来栄えで誰もやらぬネタを復活させていました。でもって米朝さんが語れば、今聞いてもなんだか可笑しいのです。

この本では、上方と東京の落語の違い、またその在り方についても異なる部分が多いとわかりやすく説明されていました。

たぶん小中学生が読んでも落語の歴史的な経緯から、その面白さの醍醐味までわかってくるんじゃないかと思われるこの本、“楽しい教科書”となっておりました。

 

2025/07/20

「私があなたに惚れたのは/久世光彦」を読みました。

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『私があなたに惚れたのは/久世光彦著(主婦の友社)』を古本で見つけて読んでみました。
2002年第一刷発行となっていました。

著者の久世光彦さんは、「七人の孫」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー一族」など、かつて一時代を築いたようなテレビドラマ作品をプロデュース・演出をされています。
そして作家活動もされているわけですが、この本は久世さんが今まで出会った作家や芸能人などに対し「私があなたに惚れたのは・・こんなことから」というふうに書かれていました。

ただ内容の多くは、亡くなられた向田邦子さんとの思い出が大半を占めていました。

向田さんについては、久世さん他、向田さんの妹の和子さんも生前のことを色々書かれていて、今までも色々な本を読む中で遠い昔のことだという印象がありましたが、向田さんが和子さんに出させた「ままや」というお店(※「ままや」の話はこの本で何度も出てくる)が、かつて私が東京勤務していた頃の職場から歩いて行けるような場所にあったこと、さらに向田さんが原稿を執筆したり、当時の彼に手紙を書いていた場所が私の勤務していた都市センターホテルであったことも知りました。

つまりよく知っている所で今まで本の中でのみ繰り広げられていた世界が動いていたのだとわかって、なぜか臨場感が急に迫ってきたような気がしました。

そして、久世さん、向田さんの思い出話の中に、私が日頃よく読んでいる作家、気になる作詞家、芸能人(女優)の人達も登場していました。

山口瞳さん、いしだあゆみさん、阿久悠さん、山本夏彦さん、伊集院静さん、浅田美代子さん、松居直美さん、夏目雅子さん、阿木燿子さん、田中好子さん、沢田研二さん、桃井かおりさん、田中裕子さん、堺正章さんなど多彩な方々でした。

昭和の人達の考え方、生活の過ごし方、何気ない行為や、食べ物、慣習、その他私も気になる「昭和の大事なもの」がうまく描かれていて、自分自身の過去に対する整理が少し出来たような気がしました。

力作かつ、内容の濃い、読み応えのある本でした。

 

2025/01/19

「人生にムダなことはひとつもない/佐藤優・ナイツ(塙宣之、土屋伸之)」を読みました。

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『人生にムダなことはひとつもない/佐藤優・ナイツ(塙宣之、土屋伸之)(潮出版社)』という本をブックオフで見つけ、読んでみました。

タレント本の棚にあったのですが、今までこの本を見たこともなく、存在も知りませんでした。
ナイツの塙さんが出した本などはCM、PRもよくされているので知っているはずだし、佐藤優さんの著書についてもその多くは見かけたことがあったのに、今で気づかなかったのか、と思っていましたが、読んでみてなんとなくわかりました。

ナイツのお二人は創価大学出身で、たぶん学会の人だとは思っていましたが、学会関係の人に対して主に向けた本なのではないかというものでした。
創価学会の専門用語が幾度も飛び出し、佐藤さんは学会への理解もかなり深く、外務省にいた時にも丁寧な扱いを受けていたらしく、関係は良さそうに読んでいて感じました。

内容としては、ナイツの主にお笑いという仕事に対する向き合い方と、佐藤優さんのあの逮捕劇を含む今までの人生について対談形式で書かれていて、読みごたえはたしかにありました。

学会の話に割と強引に持っていくようなところを除けば、読み物として、そして生き方の指標というか、参考になることが多く語られていたのです。

佐藤さんは作家として「国家の罠」などで様々な賞を受け、ナイツはラジオ番組のレギュラーがほとんど毎日に近いくらいある売れっ子であり、佐藤さんの著書も何冊も読みましたし、ナイツのラジオはよく聞きます。

そんな二組の対談なので、面白くないはずがありません。楽しむことが出来ました。

 

2024/11/03

「おじさんはどう生きるか/松任谷正隆」を読みました。

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『おじさんはどう生きるか/松任谷正隆著(中公文庫)』を読みました。
2021年に中央公論社から刊行されたもので、2024年文庫化にあたり二編の書き下ろしエッセイとジェーン・スーさんとの対談も追加収録されています。

以前にも(今年の4月)松任谷さんの著書(クルマに関する本)をこのブログでご紹介しました。
そのときにも感じましたが、松任谷さんのエッセイは読む人を“ググっと”惹き付けます。

松任谷さんはジェーン・スーさんとの対談でも言われていましたが、1951年生まれの人とは思えないような若い感覚が目立つのですが、でも時々親の教えから来たのか、とても古風な考え方が見え隠れするときもあります。

実際に読んでみると、松任谷さんのエッセイはその両面がうまくミックスされていて、面白さがより濃くなっていく感じでした。

女性に対して過敏なまでに神経を使うかと思うと、けっこう奥さんのユーミンには横暴な時もある。
友達や周囲の人についても、同様に神経質な部分と大胆なところもあるのです。
それに育ちの良さも手伝ってか、ご本人が意識せずとも“オシャレ”なセンスが随所でキラリと光るのでした。

数十年ぶりにバンドを組んでアルバムを作る話題もありましたが、まさにかつてバンドマンだった人の感覚が見事に書かれていて、その文章力にも驚き、私自身もこのブログなど色々書いているので勉強になりました。

舞台の演出や、脚本を書いたり、プロデュースをしたり、音楽を作り、自らも演奏する中で若い人達との出逢いの機会も多く、そこで時代とのギャップをうまく調整しているのではないかと思いました。

自分の古いことに固執するクセ反省する機会にもなりました。
面白く“目から鱗が落ちる”ような感覚になった本でした。

 

2024/01/11

「私のテレビ日記/清水ミチコ」を読みました。

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『私のテレビ日記/清水ミチコ著(幻冬舎文庫)』という本を古本で見つけ、読んでみました。
これは、『TV Bros.』という雑誌に清水さんが連載していたエッセイをまとめて一冊の本にしたものです(2013年から2020年の始めまでのエッセイをまとめています)。

テレビ雑誌の本なので、清水さんが出たテレビ番組や共演者について、そして公演で日本国中に出掛けた際のエピソード、その時々に世の中で話題になった人物などにもふれています。

読んでいるだけで、清水さんの歯に衣着せぬというか、衣着せる前にもう書いちゃった・・(^_^;)みたいな姿勢と文体で、そこが一番の魅力かと思いました。

また、現在も続いている日本武道館での清水さんのライブのそもそものきっかけは、たまたま空きが出来てしまった武道館のスケジュール、清水さんに「やってもらえませんか」というオファーがあり、事情が事情なので、気負うこともも無く、“コケて”もともとの気分で気楽にやれたことが功を奏し、見事に成功したのだそうです。
それが今でもまだ続いているわけで、偶然から生まれた清水さんの武道館公演、今ではすっかり一年の風物詩的な存在となっています。

大好きな矢野顕子さんとツアーしたり、これまた大好きなユーミンのオールナイトニッポンゴールドに出演したり、次々と念願かなう清水さんは、実力も運もすごいものを持っています。
そして人から嫌がられたりするような芸風でもなく、ご本人も常に自然体で気負うこともなく“いい感じ”で、素晴らしい(#^.^#)と思いました。

物真似しているうちに、本来の自分がどれだったかわからなくなりかけたり(^^;)、自分ではあまりやらない人の物真似が意外と期待されていたりする話も書かれていましたが、清水さんのような芸はどこで何が“ウケる”かわからないので、そういう意味では大変なお仕事だとも感じました。

尊敬する永六輔さんのエピソードも語られているし、毎年夏に日本に帰ってくる野沢直子さんとのひと夏の過ごし方も面白く、また平野レミさんや阿川佐和子さん、森山良子さんなどとの楽しい食事会の話題もとても愉快でした。

さすがの清水さんの軽快な文章を波に乗るように読みました。
楽しかった(*^^*)

 

2023/05/31

「ジャパニーズ・スマイル/中島みゆき」を読みました。

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『ジャパニーズ・スマイル/中島みゆき著(新潮文庫)』という本をブックオフで見つけて読んでみました。
1987年から1993年にかけて「月刊カドカワ」や、「月刊Asahi」中島さんのファンクラブの会報、その他雑誌や、書き下ろしも含めた中島さんのエッセイが詰まったものでした。

けっこう古い文もあるのですが、中島さんの文はそういう時代感など問題なく実におもしろいっ!(#^.^#)

中島さんの音楽に関しては、シリアスだったり、哀しかったり、慟哭したり、恨んでみたり、希望を感じさせたり、懐かしい気持ちになったり、力強かったりと、いろいろな要素がありますが、文に関しては(深夜放送などのおしゃべりについても)、実に“ありのまま”で、ちょっと傲慢だったかと思えば、小心でオロオロしたり、褒めれば図に乗り、けなされればショボンとしたり、ケチだったり、食いしん坊だったり、乙女だったり、おばちゃんだったり・・(^^;)と、その語り口はどこにもないと感じさせるものでした。

ラジオでおしゃべりしている時など、これがあの歌をつくったあの人なのか?!と驚くことがあるほど“ぽわんぽわん”としていて、“油断と隙だらけ”な感じがしますが、エッセイはそれをそのまま文章にした感じでした。

これもふつうの人には出来ないことだと思いました。
こんな文章は見たことがありません。
独特の“風合い”を示す文章は、まさに名人芸と言えると思いました。

のんびりと足湯にでもつかっている気分になりながら楽しみました。
ほっこりとしていい本でした。

 

2023/03/05

壇蜜さんの「結婚してみることにした。」を読んだ。

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『結婚してみることにした。 -壇蜜ダイアリー2-/壇蜜著(文藝春秋)』を読みました。
これもブックオフで見つけたものです。
なんといってもタイトルがいいと思いました。こんなタイトル見たら手に取るよね。

当然ながら結婚に至る相手との付き合いの過程などが日々“したため”られているのかと思って読んだのですが・・。
おどろくべきことに、この二年間に渡る日記の中には、結婚に至る過程についてはたった二日間しか書かれていなかった・・。
びっくりした。

びっくりしたには、しましたが、でも壇蜜さんらしいと思いました。
日記の内容は、カッコつけた嘘っぽいものではなく、ほんとうに毎日起こっていること、感じたこと、体調のこと、仕事で出会った事などが飾らない文章で書かれていました。

壇蜜さんは日記の中で自分をかなり卑下しているのですが(この日記シリーズでは他の巻でもそんな感じ)、でも“あきらめ”というか立ち直りが早いというか、自分はそうなんだからしかたないでしょ、みたいなところもあり、それが壇蜜さんの持ち味となってこの日記の面白さを増しているのだと思いました。

全体には、よく自転車に乗っている(雨の日に出て転倒したことまで書かれていた)、よくサウナに行く、猫などの動物のみでなく、爬虫類にまで愛情を注ぎ、それらが生活に密着している、よく寝ている&居眠りしている、・・そんなシーンが多かった。

で、仕事で付き合う人などにはかなり気をつかっているのも感じました。
気を使っているものの、それが裏目に出てもとことん落ち込んだりはしていないようで、それが芸能界で生きていくコツなのかもしれません。

結局、結婚に至る過程だとか、そのときの心情などについても細々とは書かれていなかったわけですが、結婚という人生上の大きなイベントについても、日常のひとつの出来事として淡々と書かれていて(実はそこだけちょっといつもと違う感じだったけど)、壇蜜さんの日々は流れて、続いていくのでしょう。

また次のこのシリーズ見つけたら買っちゃいそうです、そこにいろいろ結婚生活について書かれているような気がして・・。
きっと書いていないと思うけど。

 

2023/01/17

高橋幸宏さんが亡くなって

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高橋幸宏さんが亡くなったと報道で知りました。
私が学生時代にドラムを手に入れ、叩き始めて一・二年くらいの頃でしょうか、サディスティック・ミカ・バンドのレコードを買いました。

それは写真を掲載している「黒船」というアルバムでした。
アルバムジャケット裏側に高橋幸宏さんが空中を飛ぶように写っています。
これが高橋幸宏さんのドラム・プレイを聞いた最初の音源でした。

 

 

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アルバム二曲目の「何かが海をやってくる」のドラムは実に“キレ”のいいもので、リズム感が今まで聞いてきたものとは異なるとすぐに感じました。
確実でキレがあるハイハットは、アクセントを入れるときにハーフオープンを使い、それがまたカッコよかった(*^-^*)
スネアもキレキレで、さらにタムの音はズドンと深い音で震えがくるような迫力でした。
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そして「黒船(嘉永6年6月2日)」が始まると、当時としては珍しいというか、最先端な感じに私には聞こえたタイトなリズムが素晴らしかった。

自己流で叩いていた私には大いに参考になるドラムでした。こういう風にちゃんと叩かねば、と心に刻みました。

その後 YMO のドラマーとなったわけですが、私はテクノ・ポップに反応しなかったのでアルバムも持っていなく、有名曲しか知りませんでしたが、高橋幸宏さんのドラムの叩き方には注目していました。
叩くドラム・セットの構成は変わっていましたが、でも基本的にキレがいいことと、あまり大きなストロークで叩かないこと、派手なアクションもしないこと、フィル・インは短いが非常に効果的であることは変わっていないと感じました。

何年か前に木村カエラさんをボーカルにサディスティック・ミカ・バンドを再結成したときの高橋さんのプレイを見聞きしましたが、基本的にその姿勢は変わっていなくて、とてもうれしい気持ちになりました。

私が存じ上げないところで、様々な活動をされていた高橋さん、原田知世さんの映画に出たときにインタビューを受け、「ぼくは知世ちゃんのお父さん役で出ていた」と言ったあとに、「回想シーンなのでスクリーン上では共演していないんです、でも“遺影”として同じ画面には映っていました」とやって笑いを取ったりして、人柄も素敵な方なんだと感じたことを思い出しました。

残された作品は、これからも特にドラマーには大変参考になるものだと思います。
70歳と、まだまだお若かったのにとても残念です。
今、「黒船」を取り出して、また聞いているところです。

 

2022/10/10

「芸人/永六輔」を読みました。

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『芸人/永六輔著(岩波新書)』を読みました。
1997年発行のものです。25年前の本。で、またブックオフ。

今どきは「芸人」というと、なぜか“お笑い芸人”のことを指すようで、芸人は芸をする人だから別にお笑いに限らないはずでした。
ずっと以前は役者でも誰でも芸能にたずさわる人を「芸人」と呼んでいたものですが・・。

この本では芸人というものが昔はどういう境遇にあったか、どんな立場にあったのか、厳しいことが書かれていました。
それを読むと、小沢昭一さんの書かれた「芸人」についての著作も思い出し、現在とはまったく異なる芸人像が浮かび上がりました。
要するに、昔はけっこう蔑まれるような存在だったのだと。

うってかわって、今の若い人たちの芸人志向は、「楽して稼げる」という点に集中しているようだと永さん書かれています。
とりあえず有名になれば喰える、だったらテレビで顔を売ろうという単純な構図が出来ているというのです。

それでもって、有名になりたいという夢がかなって有名になっても支える芸は何もないという現実・・と、永さんおっしゃっていますが・・私もそう思う・・。
「何もできない芸人」という芸人が生まれつつあるというわけです。

さらに「とりあえずおもしろければいい」「とりあえず明るくて、何げなくそれを見ていられればいい」という人たちの時代になりました。

永さんは、歌、演技、コメディ、笑いなどの世界は大きな変質を遂げようとしているとおっしゃっています。25年前の話です、この本は古いんだから。

今後、ひとつの歌が、ひとつの笑いが、人生の味わいを深くしたり、感動したり、刺激されたりというかたちで、芸と芸能の世界が展開していくかどうか。
そうして、芸人がどう生きるべきなのか。

・・と、後編で三波春夫さんとの対談の中で結論を見つけようとするのですが、三波さんも今は亡くなり、対談した永さんも亡くなり、結論はどこかに行ってしまったような気がします。

 

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