『より道 わき道 散歩道/河合隼雄著(創元社)』を古本で見つけて読みました。
毎日新聞に連載したタイトル同名のコラムの他、65編のエッセイが収録されたものです。
掲載されている文は1980年代から2000年に入る辺りのものでした。
臨床心理学者であり、文化庁長官も務められた著者による40年~20数年前までの人々の心の中で起こっていること、そしてそれらの変化する様子、さらに治療行為に際して心に色々な問題・課題を持った人との接し方についても丁寧に真摯に書かれていて、頭が下がりました。
また、それぞれの国による論理、考え方など外国との差異も書かれていて興味深いものがありました。
著者が興味を持っている神話については、日本と似通っている神話を持つ国と、まったく異なるような神話を持つ国の成り立ち、現在の姿などにもふれていて、著者のどこまでも広がる探求心、未知の事象に対する知ろうとする姿勢にも常人ならぬ意欲が感じられ、頁を繰るたびに驚きと発見がありました。
著者は2007年に亡くなられていますが、この本にまとめられたものを読むだけで大海に乗り出すような気持ちになりました。
それぞれが短い文のコラム、エッセイになっていますが、どの文も人の心模様、気持ちの持ち方、物事の考え方について大きなヒントがたくさん書かれていました。
度々手に取って振り返り、自分の考えをニュートラルにするために役立つものだと感じました。
『二度目の大往生/永六輔著(岩波新書)』を古本で見つけ、読みました。
“二度目”と言うからには、「大往生」という本が既にあって、ヒットしたのですが、この第二弾の本は1995年第一刷となっています。
読んでみて驚きましたが、全編とてもいい。
特に最後の1995年に群馬県藤岡市でひらかれた「おすたか・ふれあいの会」での講演を文書化したもので、随所にそのとき永さん自信の観客からの反応に対する心の中での動揺なども実況中継的に挿入されていて、読んでいるこちらも会場にいるような気分でドキドキしました。
内容は宗教についてかなり深いところまで話されていて、しかもあまりにもやさしい言葉の表現で書かれていて、これはぜひ現物を読んでいただきたいと思いました。
私も、常に手元に置いて時々振り返るように読もうと思っているところです。
日本人の宗教観や、科学と不思議な現象の関係、人はなぜ存在していて、何をしているのだろうというこの講演、笑いも交えながらの名講演だと思いました。
さて、それ以外で私の気になったところを少しだけせっかくだからご紹介いたします。
つらいとか、かなしいとか、痛いというのは何とかできるんだけど、いちばん厄介なのは“むなしい”ということ、という部分でした。
自分が誰かの役に立っているという自信のある人は絶対にむなしくならない。
むなしさを感じない暮らしというのが、充実した暮らしだ、とおっしゃっています。
私もそんな気がします。
老人になったときに、見せるべきもの、語るべきもの、伝えるべきものをもっているか。
上記のうち、ひとつでも持っていればいい、とおっしゃっていて、大事なことだとあらためて感じました。
また、最近のご時世に感じることも書かれていました。
人間がいま生きているっていうことがどんなにありがたいか、いま生きていられるっていうことを誰に感謝したらいいのか、そういう思いがあれば、たったひとつの道具でも、誰かがつくってくれたんだ、ありがたい・・と思うじゃないですか、とおっしゃっています。
今や良識というものさえもどこかに行ってしまうような状況に心強く感じました。
あとは、最後の講演部分についてはぜひ一度ご覧いただきたいということをもう一度うったえまして感想といたします。
『うらやましいボケかた/五木寛之著(新潮新書)』を古本で見つけ、読みました。
初出は「週刊新潮」に連載された『生き抜くヒント!』で、それをまとめ新書版としたものでした。
2023年発行のものなので、そんなに古くはありませんでした。
文中では、五木先生、90歳を目前にして、いろいろ悩んだり、決意したり、あきらめたり、やる気を出したり・・ ^_^; 要するに「ああでもない、こうでもない」と心の中は“行ったり来たり”の状態のようでした。
60、70、80の壁というのをよく聞きますが、さすがに90の壁を経験できる人は少なく、先生の周囲の人達もその壁が立ちふさがる前に故人となられている人が多いようです。
だから、あまり参考意見を聞こうにも聞く人がいない。
私は読んでいて、五木先生は、「よし、こうしよう」と思ったら、それが正しいのだと先ずは思い込んで実行してみることにしていて、“後付け”でそれが良い理由も考えられています。
それが一番かもしれないと思いました。
そして、上手くいかなかったら割とすぐに方向転換するのも潔くてさすがだと思いました。
転ばないようにするには
ボケるにもうまい“ボケかた”の実例も紹介
運転はできるけどしない(免許はあるが運転はしない)
コロナ禍以降の夜型から朝型への転換
体は枯れても、心は枯れない
などなど、興味深い話はどんどんと続きます。先生、全然ぼけてないです!
まだまだ私はそんな年齢には達していませんが、もの凄いスピードで時間が過ぎていくように感じる昨今、この本での先生の考え方は参考になりました。
うまく歳を取りたいと思います。
『愛のまわりに/瀬戸内寂聴著(集英社文庫)』を古本で見つけ、読みました。
もとは「女性セブン」に連載されていたものをまとめたものです。
1992年に刊行されています。
読んでみると、寂聴さんは六十代後半になられた頃でした。
いつもの寂聴さんのご本のように、内容は多岐に渡り、さまざまなエピソードやそのときの考え方、出会った人、遭遇した出来事などが実に巧みな筆致で表現されていました。
ランダムに私に響いた部分を挙げてみます。
1990年代にすでに家族の状態はこんなことになっている、という文がありました。
家はただ、家族が夜寝て、好きな時に勝手に食事をとる場所のようになっています。
その半面、人間は孤独に弱くなり、甘ったれになって、精神的苦痛にも肉体的苦痛にも辛坊出来なくなっています。
家族に頼りたい、ゆっくり相談にのってもらいたいと思う時、日頃疎遠なので、お互いの心を見失い、理解がゆきわたらなくなっていて、適切なアドバイスも出来なくなっているし、満足する答えを期待することも出来なくなっています。
と書かれていました。今はその状態がさらに深刻化しているような気がします。
次に心に響いたのは
今、日本が世界じゅうから嫌われはじめたのは、この自分だけ、我が家族だけ、自分の句にだけという考え方が“我利我利亡者(がりがりもうじゃ)”のように見えてきたせいだと思います。
と書かれていました。これもこのあいだの選挙などにその傾向が顕著だと思いました。
ついでに“選挙がらみ”でもうひとつ。
選挙をするためには、町や国のそれまで行政をよく調べて知っておかなければなりません。公平で、清廉で、ほんとうに人のために尽し、自分の利益を求めない人を選ばなければなりません。
汚職をしたような人を選んではなりません。国民にウソを平気でつくような人を選んではなりません。自分の責任を人になすりつけるような人も選べません。秘書や妻に責任を押しつけて、平気で鉄面皮でまたのこのこ選挙に立つような人を選んではなりません。
と書かれていましたが、おっしゃるとおりです。そして先だっての選挙では“選んではならない人”をずいぶんたくさん選んでしまったのではないかと思いました。
長くなるけど続けます。
人が生まれて、生きて、そして死ぬこと。その単純なことだけれど、とてつもなく恐ろしいそのことに、なぜ人は皆平気でいられるのだろう。
心の底でそんなことにおびえている私が異常なのだろうか。友達とショッピングしていても、映画を見ていても、スナックで歌を歌っていても、楽しいとかんじたことなど一度もない。
私の心はそこに安住していない。心の充実は得られない。人は一体何のために生きているのだろう。
と書かれていました。私もまったく同じ気持ちで生きています。
大珠慧海(だいじゅえかい)禅師の言葉も書かれていました。
普通の人は、食事の時、ひたすら食べず、その間あれこれ思いわずらいながら食べている。
眠る時もひたすら眠らず、くよくよいろんなことを思い悩んで熟睡できていない。自分のいう食と眠りとは雲泥の相違だ。
と書かれていて、これは何事にも一心を傾けてせよということだと思います。
私も大事なことだと肝に銘じました。
長文になってしまいましたが、また寂聴さんの心にふれて、すこしばかり私の心も晴れ、元気づけられました。
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