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2025/10/16

「小泉八雲とセツ -その言葉と人生-/四條たか子」を読みました。

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『小泉八雲とセツ -その言葉と人生-/四條たか子著・小泉凡監修(宝島社)』を読みました。
今年の9月刊行の新刊なのに古本で安く手に入りました。
今、NHKの朝の連続テレビ小説で小泉八雲と妻のセツさんの物語をやっていて、とても興味があったので読もうと思ったのです。
この本の監修の小泉凡氏は八雲の曾孫です。

読んでみて八雲とセツさんの色々な時代、シーン、周囲の人達の写真も“ふんだん”で、それだけでも貴重なものだし、今現在テレビを見ている自分からしても親近感を感じ、実際に出雲、松江に何度か旅行しているので感慨深いものがありました。

また、二人の結婚前の様子から、その後亡くなるまでのことが実にわかりやすく、そしてどのような人達が二人に関わって、どんな出来事があって、八雲は松江から転居しつつ、その地その地でどういう生活、仕事をしていたのか、執筆してきた作品についてなどについてもまとめられていて、このページ数でよくこれだけ網羅できたものだと感心しました。

また、巻末に「雪女」「ろくろ首」「貉(むじな)」「耳無芳一の話」も収録されていて、名作を味わうことも出来ました。

私自身、今まで出雲、松江には三度出かけていて、八雲が住まっていたあたりの風情などにいつも惹かれるものがあり、八雲に関する本も何冊か読み、旧居や記念館を訪ねるなどして興味津々のところにテレビでドラマをやるということで、所謂「朝ドラ」というものを見たことはありませんでしたが、今回は毎回見ています。
実話とは異なり、脚色された部分も既に多くありますが、それでも面白く見ています。

あらためて小泉八雲と妻のセツさんについてドラマ共々色々な文献もあたりながらお二人の歴史を辿ってみたいと思っています。

 

2025/10/13

「日日是口実(にちにちこれこうじつ) -「お茶が教えてくれた15のしあわせ-/森下典子」を読みました。

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『日日是口実(にちにちこれこうじつ) -「お茶が教えてくれた15のしあわせ-/森下典子著(新潮文庫)』を古本で見つけ、読んでみました。

ルポライター、エッセイストである森下典子さんの「お茶」・・茶道の教室に通って色々なことを感じていく・・に関するこの本、古本で時々見つけ、ずっと気になっていたので読んでみました。
“帯”に黒木華さん、樹木希林さん出演で映画化された、とありましたので、きっと内容も面白いものだろうと思い、背を押された感じです。

2002年に飛鳥新社から刊行され、この文庫本は2008年に文庫化されたもので、私が手にしたものは、2018年において“三十一刷”を重ねています。

著者は大学を卒業しても出版社でのアルバイトをしていて、友達は就職先が決まったり、その後結婚したりと、今後の方向性が見いだせず、本人にはちょっと“キツい”状況である中、母親に勧められて「お茶」の教室に通うようになります。
そこからの本人の気持ちや“気づき”がこの本に書かれていることです。

先生は一つひとつの作法は厳しく教えますが、雑談的なことや“人生の教え”みたいなことは一切しないのです。
著者の不満は時々爆発しそうになるのですが、でも・・実際には決まりごとを淡々としていく茶道の動きの中で四季の移ろいを感じ、集中する中で自らの心と対峙する瞬間を感じたりしていきます。

それが、その様子がとてもいいのです。
巻末の「解説」を落語家の柳家小三治さんが書かれていて、小三治さんが独演会の時に落語をやらずにこの本の朗読をしたことがあるとのことで、私はたいへん驚きました。
小三治さんが読んでいて泣いてしまう・・というのです。

今、この本を読み終えて、私はその気持ちがよくわかります。
人は人それぞれの小さくて弱い心を持っていて、でも日日の移ろいの中でその小さな心を少しずつだけど元気づけて生きて行きます。
そんな著者の気持ちに共感して思わず涙してしまうのです。

お茶は季節の移り変わりに沿って日本人の暮らしの美学と哲学を自分の体に経験させながら知ることだった、と書かれていました。たしかにその様子はこの本に丁寧に書かれていました。

本当に知るには時間がかかるけど、「あっ、そうか」とわかった瞬間、それは血となり肉となる・・これもその瞬間のことがわかりやすくこの本に書かれていました。

著者は力強く「会いたいと思ったら、会わなければいけない。好きな人がいたら、好きだと言わなければいけない。花が咲いたら、祝おう。恋をしたら、溺れよう。嬉しかったら、分かち合おう。幸せな時は、その幸せを抱きしめて、百パーセントかみしめる。それがたぶん、人間にできる、あらんかぎりのことなのだ。」ときっぱりと書いています。

私もそう思います。

だいじな人に会えたら、共に食べ、共に生き、だんらんをかみしめる。
一期一会とはそういうこと。

肝に銘じます。

 

2025/10/09

「ドナルド・キーン自伝/角地幸男訳」を読みました。

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『ドナルド・キーン自伝/ドナルド・キーン[角地幸男訳](中公文庫)』を古本で見つけ、読みました。

360頁もあるもので、キーンさんの幼少期から晩年まで実に事細かく振り返っていて、9歳の時に父親の仕事について行ってヨーロッパの船旅をしたり(この時のこともかなり細かく記憶されている)、海軍日本語学校へ入ったときのこと、戦死した日本兵の日記に感動したこと、日本人捕虜との交流、大学時代の日本研究、京都に住んでいたときのこと・・どのエピソードも興味深く、面白く、しかも日本文学についてのキーン氏の知識、理解、研究度合の深さなどに驚愕したのでした。

川端康成、大江健三郎、阿部公房、吉田健一、谷崎潤一郎、有吉佐和子などが、どんどん登場してその思い出や大きな出来事なども実に興味深く読みました。

特に三島由紀夫との交流については、ほんとうに死の直前までの様子が細かに書かれていました。
あの事件の直後に三島の机に残されていたキーン氏への手紙は、三島の奥さんがそのままアメリカに帰っているキーン氏に投函され、届いているのですが、キーン氏も書かれているように、本来なら警察が押収するような“事件関連の資料”と言えるようなものだったのかもしれません。

文中に出てくる日本の風景、様子なども実に貴重なものでした。特に京都についての記述が克明で、日本を、京都を愛する氏の心が伝わってきました。

キーン氏の著書については何冊か読み、まだ数冊手に入れていますので、それらを読みましたらまた感想を書こうと思っています。

 

2025/10/06

俳句を詠んでみる_0576【 高秋(こうしゅう)に つなぎの龍 踊らんとす 】

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秩父三社巡りで訪れた秩父神社「つなぎの龍」の生き生きとした姿を見て詠みました。

【 高秋(こうしゅう)に つなぎの龍 踊らんとす 】

《背景》季語:高秋[秋]
バスツアーで訪れた秩父神社には、名工、左甚五郎が社殿彫刻に施したものと伝えられ、夜な夜な近くの池に現れたために鎖で繋ぎ留められたという「つなぎの龍」がいる。
初めて見たが、今まさに踊るように飛び上がらんとしているかの如く見事なものだった。

 

2025/10/02

「落語と私/桂米朝」を読みました。

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『落語と私/桂米朝著(ポプラ社)』を古本で読みました。
1975年に発行されたものを改訂し、2005年に新装発行されたものです。

内容は、小沢昭一氏が寄せている文に「これ一冊で落語論は十分。親切に平易に述べられている。落語の実演家ならではの指摘、日本伝統芸能についての独自な見解に教えられることが多い。」と書かれていて、読後の私も同感しました。

米朝さんの落語はUSENの落語チャンネルでよく聞きましたが、どんな噺もこの本のように平易でわかりやすく、ちょっと聞いている人が迷いそうな表現や、耳慣れない昔の慣習などがあると、ちょっと簡単に説明してくれたりするし、淀みないし、くすぐるような小さな笑いから、爆笑まで、寄せては返す大波小波のような見事な落語でした。
しかも品がある。

さらにこの本でも書かれていましたが、落語の成り立ちや、今までの形態の変化や、お客さんや社会状況などについても身体に染ませた上での落語は味も深みもあるもので、いつも感服しておりました。

また、米朝さんは今ではまったくどの噺家も取り上げないネタをよく取り上げられていました。
しかも、絶対に面白い見せ場のようなものがない噺で、ご本人曰く「私もどこが面白いのか最初はわかりませんでしたが、やってみるとそこはかとなく可笑しい噺だったりします」と、見事な出来栄えで誰もやらぬネタを復活させていました。でもって米朝さんが語れば、今聞いてもなんだか可笑しいのです。

この本では、上方と東京の落語の違い、またその在り方についても異なる部分が多いとわかりやすく説明されていました。

たぶん小中学生が読んでも落語の歴史的な経緯から、その面白さの醍醐味までわかってくるんじゃないかと思われるこの本、“楽しい教科書”となっておりました。

 

2025/09/30

先生、あらためてすごい。

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インスタグラム、Facebook等で何度かご紹介している、現在、千葉市中央区汐見丘16-13「街角ギャラリーどち」で開催されている『マレビトアソビ展』。
流木や、シーグラスなどを利用した造形、絵画などが面白く展示され、ワークショップとして、それら流木、シーグラスに訪れた人たちが絵を描くこともできるという楽しい企画です。

そこには私の中学時代の美術の先生で担任だった南先生の作品も多数展示されています。
私も出かけてその様子はインスタグラムに載せたり、先生の姿を見て俳句を詠んだりもしました。

 

 

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9月26日(金)から始まり、本日9月30日(火)が最終日です。午後5時までです。
気になる方はぜひお出かけください。
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昨日までの4日間、先生は旭市から千葉市までギャラリーに通われ、ギャラリーのインスタを見ていると連日の大盛況、とてもうれしい半面、先生は喜寿を越え、一般的には高齢者です。
昨日、夜に心配になって先生に電話してみました。

疲れていませんか、という私の心配は“取り越し苦労”でした。
先生は、元気!
「心配はありがたいが、俺は人がたくさん集まれば集まるほどその人達からエネルギーをもらってどんどん元気になるんだ」・・という力強い言葉にうれしくなり、そして涙が出そうになりました。
すごい人だなあ、自分はこの人に中学生の頃色々教わっていたんだなと、あらためて感謝しました。

 

 

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先生は、今年の始め頃に、突然の「網膜剥離」で失明の危機もありました。
大きな手術をされ、私は妻と眼病に御利益のある富津市の神社から「目」のお守りをいただき、先生宅に届けたりして気が気じゃありませんでしたが、見事に復活されました。
そのときも先生は弱気にならず、「いつかこの手術後に眼の裏側に拡がっている世界を描いてみたい」などとおっしゃっていて、・・私のような凡人には到達できない境地だと思ったりもしました。
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今日が最終日、先生はまったくの自然体で今日もギャラリーにいることでしょう。
私には到底無理ですが、少しは先生を見習いたいと思います。

2025/09/29

俳句を詠んでみる_0570【 秋色(しゅうしょく) 師は喜寿を越え なお炸裂 】

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私の中学時代の担任で美術の先生、ますますパワー炸裂状態であるのを見て一句。

【 秋色(しゅうしょく) 師は喜寿を越え なお炸裂 】

《背景》季語:秋色[秋]
私の中学時代の担任で美術の先生は既に喜寿を越え、今年のはじめの頃には「網膜剥離」になり、失明の危機もあった。
普通の人間だったら「もう駄目だ」あるいは「俺も潮時か」と弱気になるところだが、この秋にはギャラリーで二人のお仲間と展覧会を開催し、連日の盛況!
先生は堂々の作品を出展し、会場では皆と語らい、八十歳を前にまさに炸裂している。
すごい人だと何度目かの驚きを覚えた。

 

 

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2025/09/19

俳句を詠んでみる_0561【 身に入(し)むや 闇に見ゆる 四天王の眼 】

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貴重な文化財ともなっている立像を拝んで詠みました。

【 身に入(し)むや 闇に見ゆる 四天王の眼 】

《背景》季語:身に入む[秋]
妻と山武市松ヶ谷の「勝覚寺」にお参りした。
鎌倉時代、仏師・運慶の傑作と言われる四天王立像を本殿の閉ざされた闇の中、僅かな灯りのもと、すぐ目の前で拝むことが出来た。
座して三十分、正対した。
眼の部分に射込まれた硝子質の物がきらりと光り、射竦められるようだった。
驚くほど体力を消耗して堂を後にした。

※ご本尊の釈迦如来像、四天王像、脇侍の阿難、迦葉らの仏像は撮影禁止なので、パンフレットの写真を載せました。

 

 

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2025/09/14

「80歳、不良老人です。/太田和彦」を読みました。

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『80歳、不良老人です。/太田和彦著(亜紀書房)』を古本で見つけ、読みました。
古本と言っても、2025年1月発行の本なので、もう新刊です。

太田さんは「70歳、これからは湯豆腐 -私の方丈記-」「75歳、油揚がある」と、節目節目に“これはいったい何が言いたいのか”というタイトルの本を出されていて、今回80歳の大台を前にして『不良老人』というキーワードを出してきました(^_^;)・・おもしろいなあ・・。

八十歳という年齢を前にして、「もう自分はこういうふうに生きる、そう決めた」という宣言といえるような内容でした。

朝起きてからのストレッチ的な運動やスクワット、割と長距離の散歩、そしてきちんと健診を受けて身体の管理をするなど、決して“不良老人”ではないきちんとした老人宣言もしていました。

そして、酒量も落ちているらしい太田さんですが、旅に出ることについても「ひとり旅」がいちばんいいと、これからも出かけることが多そうです。

俳句を詠み、美術展にも事あるごとに足を運び、私も見習いたいです。

太田さんの「不良老人宣言」は、家にいてやることもなく、だんだんと“引きこもり”的になっていく傾向にある高齢者にはならないぞ、ということなんだと思います。

後半は、古酒について、太田さんと大きな関りのあるサントリーと資生堂についての思い出、生活の中でのオーディオや音楽について、函館、山陰、宇和島、静岡、故郷松本、京都などの名居酒屋と銘酒について、さらに63年ぶりの同級会に参加したことなども書かれていました。
これだけ書ける人生、素晴らしいです。

私にはまだ未踏の年齢域ですが、これからじわじわと参考になってくるのだと思います。
味わい深い本でした。

 

2025/06/21

俳句を詠んでみる_0473【 白南風(しろはえ)が 寶来(ほうらい)揺らし 幸来たる 】

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縁起物の寶来が風に揺れていて一句詠みました。

【 白南風(しろはえ)が 寶来(ほうらい)揺らし 幸来たる 】

《背景》季語:[夏]
白南風は、夏空が明るく晴れ渡り、南東方向から吹いてくる爽やかな風のこと。
その風に揺れる寶来は、元々高野山において縁起物として飾る伝統が受け継がれ、私は銚子の円福寺で頂き、床の間に飾っている。
風が寶来を通ると、幸運がやって来るらしい。

 

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