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2026/07/16

「永六輔 大遺言/さだまさし・永拓実」を読みました。

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『永六輔 大遺言/さだまさし・永拓実(小学館文庫)』を古本で読みました。

2016年に刊行された「笑って、泣いて、考えて」と 2017年に刊行された「大遺言」の二冊を改題、加筆、修正の上文庫化したもので、2022年に発行されたものです。

前半は、さだまさしさんが永さんにインタビューする形で様々なことを語ってもらっているというものなのですが、永さんの話は、あちらこちらにどんどん“飛んで”、さらに時代も遥か彼方に飛んで行きます ^_^;

でも、それでいいんです。
さださんはどんなに話が飛躍しようがなんだろうが、「いいですよ、どんどん飛んじゃってください」というふうに永さんから話を引き出します。

永さんの子供の頃から学生時代、そこで出会ってもう仕事を始めている様子や、テレビ創世記の、まさに永さんが大活躍していた時代のことも、もう溢れるように驚きのエピソードが飛び出します。

後半は永さんの孫にあたる永拓実さんが、永さんが亡くなられたあとに遺されたメモやその他を拾い、色々なことを感じ、思い、さらに生前永さんと関わりのあった人で、いまだ健在の人達に会いに行き、過去の信じられないようなお話を引き出しています。

永さんは“テレビという世界を創った人”であり、大作詞家であり、著作も多数、また様々な運動に関わり、人と会い、旅をし、手紙を書き、様々な分野の人を育て、恩に着せず、常に最初に会った時と距離感を変えず、人の悪口を言わず、とても一人の人間には出来ないことをしてきた人だと思いました。

晩年のTBSラジオで最後まで頑張っていた姿は私の耳にまだはっきりと残っています。

テレビの人が最後はテレビからは離れ、ラジオに行ったのも納得できます。

自分で現場に行き、人と会い、自分で考えてみるという、ごく基本的なことをしていた永さんですが、今や人はスマートフォンの中に人生そのものがあるようで、AIに全身を預けているような状態です。

この本を読むことが人が生きることにとって、とても大切なことだと理解しましたが、もう世の中・・手遅れだな・・と感じたことも事実です。

 

2026/07/13

「匝美会展」に行ってきました。

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私の中学時代の担任で美術の先生、南隆一先生が作品を展示している『第20回 匝美会展(於:八日市場公民館)』に、先週、妻と出掛けました。
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先生が卒業された匝瑳高校OBの方々が絵画・彫刻・工芸・デザインなどの作品を、匝瑳市立八日市場公民館市民ギャラリーに於いて展示するというものでした。
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ここに載せている写真以外にも作品多数、どれも見どころ満載の展示でした。
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南先生は今年79歳、この会の中心になり、精力的に動かれていました。
私が同年齢になったときに、こんな素晴らしくも活動的なことができるだろうか、といつも考えてしまうのですが、いやいや今現在でもできないよ・・と思ってしまいます。
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先生の先輩にあたる方の七宝焼作品などもありましたが、お皿や茶器などの陶器、絵画、写真、不思議なオブジェのような作品、写真などもハッと目を奪われるような意欲的なものばかりでした。
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先生の奥様は当日用事があって会場にはいらっしゃいませんでしたが、先生が電話を繋いでくれてお話しできました。
大きな怪我をされて大変な思いをされたのに、大きな声で元気よく「ありがとうね」と言ってくださいました。
こちらこそいつもありがとうです。
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今年はこれからもいくつか先生は展示会がひかえているようです。
どうか、お身体に気を付けて(おめぇもナ・・と言われそう)、また新しい作品を見せてください。

2026/06/29

俳句を詠んでみる_0823【 梅雨寒に 美輪さん逝って 愛遺る 】

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美輪明宏さんが亡くなられました。最近も色々と美輪さんのご著書を読んでいたところでした。

【 梅雨寒に 美輪さん逝って 愛遺る 】

《背景》季語:梅雨寒[仲夏]
ニュースで美輪明宏さんが亡くなられたことを知った。
「無償の愛」を説くこと生涯を掛けてのことだった。
そして、日本人の得手・不得手の“得手”は文化・芸術・美術・文学などであり、それをもって世界に進出することが大事であるともおっしゃっていた。
愛があれば戦争は起こらない・・簡単なことだが、世界の指導者にこれを理解するものは一人もいない。

 

2026/04/19

「新編 日本の面影/ラフカディオ・ハーン 池田雅之訳」

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『新編 日本の面影/ラフカディオ・ハーン著 池田雅之訳(角川ソフィア文庫)』を古本で見つけ読みました。

私が読んだこの本は、2025年発行で52版を重ねています(2000年初版発行)。ベストセラーです。

池田雅之氏の訳文はとても読み易く、ラフカディオ・ハーンが日本に来て見るものすべてが珍しく、感動的であった様子がとてもよくわかりました。

朝ドラの「ばけばけ」は、このハーンの「日本の面影」をかなり読み込んで数々のシーンが作られていたのだということも実感しました。

特に松江に着いて宿泊し、翌日の朝旅館で聞いた“米をつく”音や、通りを行く物売りの声、時々刻々変る風景などの様子もテレビで見たままに書かれていました。

ドラマでは佐野四郎さんが扮した島根県知事との出会いの様子、ハーンが赴任した学校での西田千太郎(吉沢亮さんが錦織友一として演じた)がハーンを支える様子などもあのドラマのままでした。

今までラフカディオ・ハーンの本を何冊か読み、朝ドラでも感じていた日本人がほとんど感覚として忘れている日本人の生活、振る舞い、ある種宗教的な所作、海・山・川などの自然風景その他良いところをあらためてしみじみと感じることが出来ました。

今まで出雲、松江には三度旅をしていますが、もう一度行ってみようと妻と話をしているところです。

ドラマに出ていた寺社で、未だ訪ねていないところもありましたし、松江に漂う不思議な空気感をまた感じてみたいと、この本を読んでますます強く思いました。

ハーン同様に、今まで訪ねた時にも不思議なことがいくつも起こりました。
さらにハーンの本を何冊か読み返して、あの旧居、記念館にも訪れてみたいと思います。
その時はまたここにその様子についてご報告したいと思います。

 

2026/03/15

JR飯岡駅の「海上ふれあい館」での『南隆一 絵画・造形展』に出掛けて。

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インスタグラム経由で Facebook でもご紹介した表題の絵画・造形展。
南隆一先生は、私の中学時代の担任で美術の先生でしたが、こんなに長い付き合いになったのはうれしい限りです。
そして、今回も見に行くことが出来ました。
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会場に入ってまず驚いたのは、その作品点数の多さでした。
奥様が去年の暮れに怪我をされたりして、この個展もどうなるのかと心配していましたが、たいへんな量の作品がなんだか勢いよく“どぉ~ん”と並んでいて驚いたりうれしくなったり・・ということになりました。
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聞けば、先生、軽のバンで何往復もして自宅から運び込んだとのことで、来年はたしか傘寿のお歳だったと思いますが、そのバイタリティー、体力、作品づくり・展示に対する意欲にはただただ恐れ入るばかりです。

作品もますます輝きを放ち、傘寿を前にしてさらに新しい展開を感じました。

私も見習いたいと言いたいところですが、見習えるようなことではありません。
今の私にこのようなことが出来るのかと自分の胸に聞いてみましたが、いやいやとても無理です。

 

 

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先生は、次の展開をもう見据えているようでした。私も元生徒として、ファンとしてうれしいことです。

奥様と会場でお話ししていたら、先生の“ガラ携”には、アドレスが入力されていないとのこと。
「えっ、じゃ私が掛けた時には先生の携帯の画面には私の名前が表示されていないんですか?」と聞くと、「そうだ」と。

電話番号を見れば誰だかわかる!と力強く語り、自分から掛けるときも一人も登録が無いので、覚えている番号を打つのだそうです。
でも、「先生の知り合い関係の人数はただ事じゃないと思いますけど」と聞きましたが、「いや、だいたい覚えている」・・んだって( ゚Д゚)

アドレス帳入力して差し上げようかと思いましたが、いや、このままの方が先生は元気なままでいられる、と、そのままにすることにしました。

 

 

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昨日、3月14日をもって展示は終了しましたが、先生ますますお元気で安心したことと、先生の意欲はますます健在であることが確認出来ました。

ほんとうによかった。

 

 

2026/03/10

俳句を詠んでみる_0720【 春の日の個展 光と色 溢れ 】

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遠くまで絵画・造形の個展を見に行って来た。作品の勢いを見て詠みました。

【 春の日の個展 光と色 溢れ 】

《背景》季語:春の日[春]
中学時代の担任で美術の先生の個展に、旭市まで伺った。
入口から入るなり、先生の生命力溢れる数々の絵画・造形作品が踊り上がらんばかりにそこにあった。

 

 

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2026/02/21

俳句を詠んでみる_0705【 神谷旧邸に 葡萄の床柱 】

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前回に稲毛の“根上がりの松”を詠んだが、その近くに在る「神谷伝兵衛・別荘」について詠んでみた。

【 神谷旧邸に 葡萄の床柱 】

《背景》季語:葡萄[秋]
稲毛、根上がりの松で句を詠んでいたら、すぐ近くの「日本のワイン王」神谷伝兵衛・稲毛別荘を思い出し、これも句にしてみようと思った。
葡萄を模った天井飾りや欄間、そして床柱も葡萄の樹であったことが記憶に残る。

 

 

 

 

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2026/01/19

「春本を愉しむ/出久根達郎」を読みました。

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『春本を愉しむ/出久根達郎著(新潮選書)』を古本で見つけ、“積ん読”状態だったものを読んでみました。

著者・出久根達郎さんは古書店を営むかたわら文筆生活に入り、その後講談社エッセイ賞、そして直木賞も受賞されました。
古本屋さんですから、「春本」と出くわす機会もけっこう多いと思いますし、文中にあるように同業者仲間から色々と流れてくるものもあるようです。

面白かったのは、春本はその時代には取り締まりが厳しく、発行者は罰せられることも多々あり、世間に流布させるために“暗号化”の工夫が必要だったようです。それもすぐにわかってしまうようなものでなく、なかなか解読の難しい方法で。

出久根さんが、その暗号解読に挑んでいるところも書かれていましたが、“そうまでして読みたいのか”と、思ってしまうのですが、当時としては、そうしてまで読みたいくらいの存在だったのだと思います。
だって、インターネットも動画も無いんですから・・。

文中にもありましたが、石川啄木も春本を解読し、ローマ字で帳面にうつして、それをあとで見て愉しんでいたとのこと。
死後にはその帳面を焼き払うようにと指示していたものの、実際には後々奥さんがそれを公開しています。
今となっては貴重な資料となったわけですが、私が啄木だったら草葉の陰で真っ赤になって恥ずかしくなったと思います(^_^;)

春本に関しては、漱石や鴎外などの文豪の作品の中に彼らが読んでいたとわかる痕跡も見受けられると書かれていました。面白いっ!

私もこの解読しながら紹介されているものを読んで、当時の男女、夫婦、その他の複雑な関係、そして意外や性愛の技法の先進性!(#^.^#)にも驚きました。

さらに、今よりずっと緩い男と女の関係、さらにさらに男女だけでない性愛関係などもあり、当時の方が現代よりずっと自由で、人間性重視、文化も開かれていたと感じました。
今の世の中、どこかの大統領もそうだけど、日本国内も男女だけの性愛関係のみ認めたり、民族・人種で大きな差別をしようとしたりするような団体が人気を得ていて、多様性を否定する不穏な世の中を感じます。

単に春本を読むというよりも、様々なことを考えさせられる本でした。
力作です。

 

2026/01/07

俳句を詠んでみる_0668【 七草の御朱印見て 人日(じんじつ)知る 】

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神社で御朱印をいただいたら「七草」の絵柄の珍しいものだったので一句読みました。

【 七草の御朱印見て 人日(じんじつ)知る 】

《背景》季語:七草、人日[新年]
人日(じんじつ)は五節句の一つ、1月7日のこと。
習志野市の実籾にある大原神社を詣で、御朱印をいただくと、春の七草が描かれた「人日の節句」限定のものだった。
今日は七草粥の日だったと気づいた。

 

 

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2026/01/04

俳句を詠んでみる_0665【 淑気(しゅくき) 溢れ 出雲の注連縄(しめなわ) 上総に 】

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昨年新聞の記事などにもなっていた千葉・いすみの出雲大社のしめ縄を元旦の初詣で見て来て一句詠みました。

【 淑気(しゅくき) 溢れ 出雲の注連縄(しめなわ) 上総に 】

《背景》季語:注連縄(しめなわ)[新年]
出雲大社から分霊され「房総の出雲さん」と呼ばれている神社がいすみ市の国吉神社内に鎮座している。
昨年十一月に島根県で田植えから一年以上かけて手作りされた150キロもある大しめ縄が奉納祭と共に取り付けられた。
上総いすみの出雲大社は淑気に満ちていた。

 

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