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2025/12/15

俳句を詠んでみる_0645【 掘ったままの里芋 先生に届け 】

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大量に掘った里芋、傷む前に届けました。

【 掘ったままの里芋 先生に届け 】

《背景》季語:里芋[秋]
中学時代の美術の先生が毎年行う個展を今年も開催した。
それを見に出掛ける時に、ウチの庭で採れた里芋(※掘ったまま土の着いたもの)を持って行き、先生に手渡すことが出来た。

 

2025/11/09

俳句を詠んでみる_0610【 初めてのフグと あの時の同僚 】

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大人になったってフグなんてなかなか食べる機会はない。フグで思い出したことで一句詠みました。

【 初めてのフグと あの時の同僚 】

《背景》季語:フグ[冬]
テレビでフグの収穫の様子を見た。
初めてフグを食べたのは社会人になってからだった。
一緒に耐震関係の仕事をした建築部門の人達から忘年会のお招きを受け、やっとこの人達から少しばかり認められたのだと感じ、フグのおいしさは人の温かさと重なってよりいっそうのものだった。

 

俳句を詠んでみる_0609【 秋さびし 再会の声 叱られて 】

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突然、偶然の再会に我を忘れてしまい・・一句。

【 秋さびし 再会の声 叱られて 】

《背景》季語:秋さびし[秋]
銚子の円福寺という所で「寺宝展」が開催され、江戸の出版物が大学の先生の詳しい解説も加えられて見学出来た。
解説も終わり、あとはご自由に見学をというところで、思わぬ懐かしい人に声を掛けられ、久しぶりの再会に声を上げ、積もる話が泉のように湧き出て、夢中になって話してしまった。
こんなところでやらず、あっちでやれと叱られ、我を忘れてしまった自分に“しゅん”となってしまった。
妻との帰宅の車の中は葬式状態の静かさに。
・・・ただ、久しい人に会ったうれしさに我を忘れることが出来る感情が自分にまだあったことは大切だと思うようにして、反省しているのでした。

 

2025/10/12

俳句を詠んでみる_0582【 秋の海 付かず離れず 鷗(かもめ)居り 】

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九十九里浜に行くと、鴎が居たが近づこうとしても距離が縮まらなくて一句。

【 秋の海 付かず離れず 鷗(かもめ)居り 】

《背景》季語:秋の海[秋]
九十九里浜の波打ち際を歩いていると、鷗も波打ち際に居て、こちらとの距離が詰まると一定の距離を取るように歩いていた。
これは人間同士の関係にも当てはまるのではないかと思った。
相手に近づき過ぎない。離れ過ぎてもいけない。
鷗に教わった。

 

 

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2025/09/30

先生、あらためてすごい。

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インスタグラム、Facebook等で何度かご紹介している、現在、千葉市中央区汐見丘16-13「街角ギャラリーどち」で開催されている『マレビトアソビ展』。
流木や、シーグラスなどを利用した造形、絵画などが面白く展示され、ワークショップとして、それら流木、シーグラスに訪れた人たちが絵を描くこともできるという楽しい企画です。

そこには私の中学時代の美術の先生で担任だった南先生の作品も多数展示されています。
私も出かけてその様子はインスタグラムに載せたり、先生の姿を見て俳句を詠んだりもしました。

 

 

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9月26日(金)から始まり、本日9月30日(火)が最終日です。午後5時までです。
気になる方はぜひお出かけください。
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昨日までの4日間、先生は旭市から千葉市までギャラリーに通われ、ギャラリーのインスタを見ていると連日の大盛況、とてもうれしい半面、先生は喜寿を越え、一般的には高齢者です。
昨日、夜に心配になって先生に電話してみました。

疲れていませんか、という私の心配は“取り越し苦労”でした。
先生は、元気!
「心配はありがたいが、俺は人がたくさん集まれば集まるほどその人達からエネルギーをもらってどんどん元気になるんだ」・・という力強い言葉にうれしくなり、そして涙が出そうになりました。
すごい人だなあ、自分はこの人に中学生の頃色々教わっていたんだなと、あらためて感謝しました。

 

 

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先生は、今年の始め頃に、突然の「網膜剥離」で失明の危機もありました。
大きな手術をされ、私は妻と眼病に御利益のある富津市の神社から「目」のお守りをいただき、先生宅に届けたりして気が気じゃありませんでしたが、見事に復活されました。
そのときも先生は弱気にならず、「いつかこの手術後に眼の裏側に拡がっている世界を描いてみたい」などとおっしゃっていて、・・私のような凡人には到達できない境地だと思ったりもしました。
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今日が最終日、先生はまったくの自然体で今日もギャラリーにいることでしょう。
私には到底無理ですが、少しは先生を見習いたいと思います。

2025/09/29

俳句を詠んでみる_0570【 秋色(しゅうしょく) 師は喜寿を越え なお炸裂 】

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私の中学時代の担任で美術の先生、ますますパワー炸裂状態であるのを見て一句。

【 秋色(しゅうしょく) 師は喜寿を越え なお炸裂 】

《背景》季語:秋色[秋]
私の中学時代の担任で美術の先生は既に喜寿を越え、今年のはじめの頃には「網膜剥離」になり、失明の危機もあった。
普通の人間だったら「もう駄目だ」あるいは「俺も潮時か」と弱気になるところだが、この秋にはギャラリーで二人のお仲間と展覧会を開催し、連日の盛況!
先生は堂々の作品を出展し、会場では皆と語らい、八十歳を前にまさに炸裂している。
すごい人だと何度目かの驚きを覚えた。

 

 

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2025/09/23

俳句を詠んでみる_0565【 秋の日 先生来て 心遊ばす 】

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中学時代の担任の先生が我が家にやって来て、話に花が咲いた。意外な先生の心の“襞”まで覗き見えて一句。

【 秋の日 先生来て 心遊ばす 】

《背景》季語:秋の日[秋]
中学時代の担任の先生が用事で私の住む市までやって来ると連絡が有り、用事をすまされた後、駅まで迎えに行き、我が家に来てもらった。
お茶を飲みながら、途中から妻も交えて先生の小さい頃から今までの面白い話や、夢を見る話、健康、悩み、その時々の心模様など、溢れるように話をした。
心遊ぶようなひと時だった。

 

2025/08/16

「対談集 失われた志/城山三郎」を読みました。

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『対談集 失われた志/城山三郎著(文藝春秋)』を古本で見つけ、読みました。
1993年から1997年に週刊文春などに掲載された対談を集め、1997年に発行されたものです。

対談相手は、藤沢周平、浅利圭太、川盛好蔵ら、重鎮ばかり。
それぞれの対談相手がどんな人と付き合ってきて、若い頃からどのような志を持って、どう生きてきたか、そして現在はどのような状況か、などを自然体で聞き取り、対談をされています。

他の対談集とはちょっと異なり、妙に“へりくだった”ところも無く、インテリぶったようなところもなく、実に普段通りな感じの城山さんが、いつもどおりの質問をしていると感じ、こちらもまったく変な所に力が入らずに読めました。

ただ一人だけ様子が異なったのは、阿川佐和子さんだけ。
この人との対談だけは完全に阿川さんのペースでグイグイ押し切られ、「さっき言っていたことと矛盾していませんか?」みたいな阿川さんから質問に“タジタジ”でした(^^;さすが阿川さん。

内橋克人氏との対談の中で気になるフレーズがありました。
女性は森を守り、男性は自分のロマンを実現するために、破壊に回るというふうに、ついつい考えてしまう。
という部分でした。

男性は結局、自然とか、宇宙とかの摂理から見ると、それに刃向かって、みずからの秩序をつくろうとする。
・・・そうそう、こんな人ばっか・・。
だからある時代では英雄であり得たりするのだけど。

女性は自然や宇宙の摂理に準じて生きていき、男性の破壊欲求とは対峙しているようです。
自然保護や市民運動などを見ても女性の活躍が中心だという気がする・・と話されていました。
・・同感・・。

名誉を求める行為ではないし、金儲けでもない。
別のものに突き揺るがされて動く・・そんな感じです。

志とか、立派なものを仕立て上げるとか、そういう価値観とはまた別のところにある多面的な深さや、分厚さ、重さ、そういうものを重視、大切にする生き方に私も最近目覚め、動いているような気がします。

そんな気づきもありつつ、心に力強さを増したような読書になりました。
城山三郎さんの本は、小説でも、こういった対談でも、エッセイでも、自分の中に新しい気づきと、何か心強いものを得る感覚があります。

 

2025/07/18

俳句を詠んでみる_0500【 切手 貼り足して 送る 夏のたより 】

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郵便料金も値上げが有り、不足分の切手を貼り足して送る様子を詠んだ。

【 切手 貼り足して 送る 夏のたより 】

《背景》季語:夏[夏]
レターパックを利用して、音楽テープと共に文と写真を夏の“おたより”として中学時代の先生に送った。
370円の古いレターパック・ライトが残っていたのだが、今は430円とのこと。
郵便局に聞き、30円の普通切手2枚を買い、貼り足した。
「キタキツネ」の可愛い切手だった。

 

2025/07/07

俳句を詠んでみる_0489【 夏の夜 散歩中だと 電話有り 】

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夜に先生から掛かってくる電話で一句詠みました。

【 夏の夜 散歩中だと 電話有り 】

《背景》季語:夏の夜:[夏]
夜の8時半頃になると携帯電話に着信が有る。
中学時代の担任の先生だ。
「おうっ、何してる? 俺は今散歩中だ。 ちょっと待て、今特急が通り過ぎる。うるさくなるぞ。」
線路沿いにある先生の家に向かって帰るところらしい。
だいたい何ということはない話をして終わるのだが、互いに“生存確認”的な感じにもなりつつある。
Jazz の話も、オーディオや人との出会いの話も、そして世の中の出来事もあれこれ話して「それじゃまた」となる。
先生とこんな歳になっても話をしていることになるとは、中学生の時には夢にも思わなかった。

 

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