【南先生の玉手箱_0061_2025.12絵画造形あそび展に思う】
私の中学時代の担任で美術の先生の現役時代の資料やメモなどの文書を掘り起こして活字化する作業。
久々に取り掛かりました。(*^^*)
今回は、今年、2025年12月、まさに今です。
表題の旭市で開かれている絵画造形あそび展について書かれていた文章を活字化してみます。
このあいだ11日の木曜日に現地に出かけ、いただいてきた文です。
以下、先生の文章です。
《2025.12絵画造形あそび展に思う》
旭に会場を移動して3回目、今年も縁あって「いせそう」さん旧店舗会場に近況報告の作品展です。
三十過ぎから年に一度、暮の忙しいこの12月に小さな個展を続けて、ふりかえると表現は楽しいをモットーに、ジャンルを問わず、
学校で生徒と表現活動でとりくんだ内容など、具象から抽象表現の間を平面や立体、そして現在は流木身近な自然の造形物や人工物感じる興味や感心から造形あそび的表現など、右に左に行ったり来たり、つまみ食いの状態を続けて、紙やキャンバスなどは企画からはずれた形に興味があって
身近な廃物や拾いものの中に見える感じる命のようなものが自分の中心軸、支えになっているのだが、誰もが子どもの頃と言うか、もの心ついた状態から体感を積み重ねていたようにうまく描くことや技をみがいて究めるとかの外側に居て
身近に見える、感じるものと感動のキャッチボールを続けているような、とりあえず、また今がスタートの形でふりかえると半世紀位の自分道が続いて、
退職してからは自分のできること看板描きや各方面のイラストぺンキぬりえの手伝いなど地域につながることを目標のひとつで、この暮れに展示会を続けているのも自分が外につながる仕事のようなものです。
ぐるぐると読みにくくまとまりもないひと言ですが、これもみなさんとのつながりのひとつ、個展会場に来てくれたみなさんと作品たちが何かひとつでもつながってくれたらうれしいです。
◎入門書は書いた人の本だから読んだり習ったりすると、おもしろくないものや自分の中にある個性のようなものがつぶれていく場合がある。
私はジャズが好き、特に譜面からはずれるミュージシャンによる表現、歌い方のキャッチボールによって新しいものが出て来る。
私は何もできないけれども聴くのが好き。
みんなちがってみんないい、あまのじゃくではないけれど、自分が自分にならないで誰が自分になるのか・・・読みかえさない手直しない、らくがきです。
以上が先生の文でした。
久しぶりにぐるぐると紙を回しながら読む作業は、目がまわりました。
ものすごく大変。
しかもここに私が手打ちした文には句読点があり、わざとでも改行を入れていますが、原文は句読点もスペースも改行もない渦巻き文書で、一度読んだら二度と読む気になれないつくりなので・・・
何度でも読み返せるように句読点を入れ、文の途中でも改行を無理やり入れ、後半の横書きの文に至っては左から右に読んでいると次は右から左に文が書かれ、頭痛がして倒れそうになりました。
でも、なんとか頑張って活字として記録に残し、いつでも何度でも読めるようにいたしました。
それが中学時代の生徒の役目かもしれません(^^;













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