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2026/04/11

「より道 わき道 散歩道/河合隼雄」を読みました。

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『より道 わき道 散歩道/河合隼雄著(創元社)』を古本で見つけて読みました。
毎日新聞に連載したタイトル同名のコラムの他、65編のエッセイが収録されたものです。
掲載されている文は1980年代から2000年に入る辺りのものでした。

臨床心理学者であり、文化庁長官も務められた著者による40年~20数年前までの人々の心の中で起こっていること、そしてそれらの変化する様子、さらに治療行為に際して心に色々な問題・課題を持った人との接し方についても丁寧に真摯に書かれていて、頭が下がりました。
また、それぞれの国による論理、考え方など外国との差異も書かれていて興味深いものがありました。

著者が興味を持っている神話については、日本と似通っている神話を持つ国と、まったく異なるような神話を持つ国の成り立ち、現在の姿などにもふれていて、著者のどこまでも広がる探求心、未知の事象に対する知ろうとする姿勢にも常人ならぬ意欲が感じられ、頁を繰るたびに驚きと発見がありました。

著者は2007年に亡くなられていますが、この本にまとめられたものを読むだけで大海に乗り出すような気持ちになりました。

それぞれが短い文のコラム、エッセイになっていますが、どの文も人の心模様、気持ちの持ち方、物事の考え方について大きなヒントがたくさん書かれていました。

度々手に取って振り返り、自分の考えをニュートラルにするために役立つものだと感じました。

 

2026/04/07

「今日の俳句 -古池の「わび」より海の「感動」へ-/金子兜太」を読みました。

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『今日の俳句 -古池の「わび」より海の「感動」へ- /金子兜太著(知恵の森文庫)』を古本で見つけ、読まずにそのままになっていたのですが、今、俳句関係の本を立て続けに読んでいる最中だったので、その勢いで読みました。

1965年に光文社から刊行されたものを2002年に文庫化したものです。

1965年当時にこの内容は既成の俳句感には大衝撃だったのではないでしょうか。
雪月花、有季定型、主に老人の慰み・・といった当時の俳句感に大きな風穴を開けたのではないかと思われます。

ただ、私も二年前から色々な過去(大正・昭和初期)の俳句集を読んできた中では、けっこうチャレンジングで今見ても斬新な句はかなり多かったと思います。

でも、そういった前衛的とも言える俳句も金子兜太の唱える俳句とは異なる趣きがあって、金子兜太の俳句はまさに心の中なる魂の叫びのような感覚です。

私もそれを目の当たりにすると、大きく心が動くのですが、でもこうして本となり、季語自体の有る無しにこだわることもなく、題材はどんなものでも“アリ”、そして後半に至っては、難解過ぎて、どう読んでも意味不明なものも多く、最後は“お手上げ”でした。

その“精神”は見倣うべきこと多く、感動も大きな作品が多くありましたが、私の句作の基本的な姿勢はもうちょっと自然や季節に身を泳がせ、そこに感情を乗せるような形で行こうと思いました。

 

2026/04/05

「角川春樹句会手帳/佐藤和歌子」を読みました。

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『角川春樹句会手帳/佐藤和歌子著(扶桑社)』を古本で見つけ、読みました。
2009年初版第一刷発行となっておりました。

タイトルに謳われている「角川春樹」氏が出所し、その春樹氏を囲み、様々なジャンルの著名人を毎回呼んで、氏の弟子を常連として句会を開き、その様子を末席に居る著者・佐藤和歌子さんがこの本で実況中継的に記しているという・・そんな本でした。

真っ先に驚いたのは、角川春樹氏の句を読み解く力でした。
どこが弱いのか、なぜその季語が不自然なのか、説明に過ぎる部分の指摘、他者の句を修正するときには、その句がいちばん言いたかったことを加味して、素晴らしい形にしてしまう。

そしてどうしようもない句には一刀両断どころか、完全に“とどめを刺す”のでした。

角川氏の批評に反論できた人は殆ど無く、ただ項垂れ、あわててペンを取り、指摘事項をメモするのでした。

句会のあとに女を待たせているので、酒席に酒も飲まずにさっと逃げるように去る角川氏の様子も度々書かれていましたが、俳句については他の追随を許さぬ力量を見せつけるが、その行動については横暴で狂暴で、悪辣な氏の様子がつぶさに露わになるのでした。

しかし、あれだけ酷評されたのに、常連の弟子達も徐々に俳句の腕を上げていく様子がなんだかうれしい。

ぐいぐい引き込まれて読みました。
怖い人だけど、基礎的なことをしっかりと相手に伝え、それはまったくの“ごもっとも”な指摘でした。
私の心にも突き刺さりました。
今後の参考にさせていただきます。

 

2026/03/31

「藤沢周平句集/文藝春秋編」を読みました。

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『藤沢周平句集/藤沢周平著・文藝春秋編(文藝春秋)』を妻から借りて読みました。
1999年に第一刷発行されていたものでした。

著者、藤沢周平さんは26歳の冬に肺結核と診断され、郷里から上京し、北多摩の療養所に入院しました。

手術後に句作をはじめ、施設内の同人誌や静岡の俳誌に作品をよせています。
一年半くらいの期間らしいのですが、真剣に俳句に取り組み、充実した時間を過ごしていたとのこと。

この句集を読んでみると、悲歎や諦念を込めた内面が強く出ているものや、いわゆる写生句が多くあり、ご本人は写生句が好みなのではないかと感じました。

作家の句らしく、しかも若い頃の作なので一句一句が個性を発揮し、粒だっている感じでした。

落葉松の木の芽を雨后の月照らす

冬の夜の軒を獣巡るらし

軒を出て狗寒月に照らされる

更衣して痩せしこと言はれけり

ちょっと頁を繰ってみただけでも、“ややっ”ていう感じの句が多いのです。

私が日々詠んでいるような長閑な日記的雰囲気はなく、一句一句が作品として立っている、そんな力強さも感じるのでした。

とても今の私には参考になるような句ではありませんでしたが、今後の句作に少し襟を正しながらの姿勢も取り入れていった方がいいかも・・と感じました。

 

2026/03/29

「句集 鼓動/加藤峰子」を読みました。

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『句集 鼓動/加藤峰子著(文學の森)』を読みました。

実は私、独学で俳句を詠んできたのですが、無料の俳句講習会があることを新聞で知り、昨年暮れにそこに参加したのをきっかけに、この句集の作者、加藤峰子先生が講師になられている句会に一月から入ることになったのでした。

数回の句会に参加した折に、会員の間で回し読みしているこの本を手渡されました。
講師、加藤峰子先生の句集でした。

2018年発行の句集で、内容は2008年~2018年にかけて詠まれた作品となっていました。
その間に先生は夫を亡くし、そのときの苦労、心境も詠まれていました。
たいへんな状況であったとその作品からも推測されましたが、俳人としての矜持ある静かで秘めたる気持ちをひしひしと感じる作品に、いつも教えていただいている先生のお顔が浮かび息を呑みました。
俳人の精神力、精神性には感服するばかりでした。

また、この句集での先生の作品はスケールが大きいものや、ふとしたことに気づいたそのときの気持ちが私の眼前に立ち上がってくるような作品など、多彩で力強く、優雅な作品まで詠み込まれていて只々驚きました。

先生からは今まで三回の句会に出席し、「有季定型」の大切さについて教わり、自由な感じで詠んできた私は今、“大スランプ”&“精神的な落ち込み”状態で(^_^;)出口がまったく見えない状態なのですが、この句集を読んで、今一度初心者の気持ちを大切に一から出直そうと思いました。

次の句会は再来週なので、それまでこの句集を読むことが出来ます。
身につけたいと思います。

 

2026/03/27

「二度目の大往生/永六輔」を読みました。

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『二度目の大往生/永六輔著(岩波新書)』を古本で見つけ、読みました。
“二度目”と言うからには、「大往生」という本が既にあって、ヒットしたのですが、この第二弾の本は1995年第一刷となっています。

読んでみて驚きましたが、全編とてもいい。
特に最後の1995年に群馬県藤岡市でひらかれた「おすたか・ふれあいの会」での講演を文書化したもので、随所にそのとき永さん自信の観客からの反応に対する心の中での動揺なども実況中継的に挿入されていて、読んでいるこちらも会場にいるような気分でドキドキしました。

内容は宗教についてかなり深いところまで話されていて、しかもあまりにもやさしい言葉の表現で書かれていて、これはぜひ現物を読んでいただきたいと思いました。
私も、常に手元に置いて時々振り返るように読もうと思っているところです。

日本人の宗教観や、科学と不思議な現象の関係、人はなぜ存在していて、何をしているのだろうというこの講演、笑いも交えながらの名講演だと思いました。

さて、それ以外で私の気になったところを少しだけせっかくだからご紹介いたします。

つらいとか、かなしいとか、痛いというのは何とかできるんだけど、いちばん厄介なのは“むなしい”ということ、という部分でした。

自分が誰かの役に立っているという自信のある人は絶対にむなしくならない。
むなしさを感じない暮らしというのが、充実した暮らしだ、とおっしゃっています。
私もそんな気がします。

老人になったときに、見せるべきもの、語るべきもの、伝えるべきものをもっているか。
上記のうち、ひとつでも持っていればいい、とおっしゃっていて、大事なことだとあらためて感じました。

また、最近のご時世に感じることも書かれていました。
人間がいま生きているっていうことがどんなにありがたいか、いま生きていられるっていうことを誰に感謝したらいいのか、そういう思いがあれば、たったひとつの道具でも、誰かがつくってくれたんだ、ありがたい・・と思うじゃないですか、とおっしゃっています。

今や良識というものさえもどこかに行ってしまうような状況に心強く感じました。

あとは、最後の講演部分についてはぜひ一度ご覧いただきたいということをもう一度うったえまして感想といたします。

 

2026/03/24

「俳句で楽しく文語文法/山西雅子」を読みました。

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『俳句で楽しく文語文法/山西雅子著(角川選書)』を古本で見つけ、読みました。

俳句を詠み始めて二年。
独学でやっていましたが、昨年暮れに無料の俳句講習会に出たことをきっかけに句会に入り、自分には初めてのことばかり、それに“歯が立たない”状態も経験し、今、あらためて勉強し直しだな、と思っているところです。

句会の先生からも文語文法について教わることが多く、思い切ってこの本を手に入れてみたのです。

読んでみましたが、やはり難しい。

何となくわかるのですが、その法則・規則的なものについては複雑に感じてしまい、理解度は二割程度でした。

なので、例示されている俳句を一生懸命に読み、文語表現に慣れ親しむことに重点を置き、今できることをやってみようと努力してみました。

文語文法についての参考書は、もう一冊手に入れてあるので、少し文語の俳句に慣れてからまた読み直し、勉強しようと思いました。

 

2026/03/21

「[型]で学ぶ はじめての俳句ドリル/岸本尚毅・夏井いつき」を読みました。

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『「型」で学ぶ はじめての俳句ドリル/岸本尚毅・夏井いつき(祥伝社)』を読みました。
古本で手に入れ、2018年初版発行となっていました。

岸本さんも夏井さんも、NHKの俳句番組やTBSのプレバトなどで今もよく拝見している先生で、私もいつも勉強させてもらっている、分かりやすい解説をしてくださる方々です。
お馴染みの名前を見て、すぐにこの本に手が出たわけです。

この本の中では、夏井さんが“チーム裾野”の代弁者として、初心者が考えがち、陥りがちなことをどんどん挙げて、それについて岸本さんが「こうしたら」とか「こんな実例がある」と回答していくのが基本的な流れになっていました。
そして、夏井さんも的確な補足をしていくのでした。

最初は基本的なことの確認、そして途中からタイトルどおりの「ドリル」に突入します。

私もやってみたのですが、難しいというか、過去の名句などの知識が少ないので、対応できないことが多々ありました。
それに季語や語彙などの基礎的な素養が不足していることも痛感するのでした・・情けない。

咄嗟の“アドリブ力”には少しばかり自信があったのですが、やはり基本的なところが出来ていないので、まともにこういうドリルに向かうことになると難しいことばかりでした。

この本に例示された俳句も、もう一度鑑賞し直しつつ、さらに名句集なども何冊か手元にあるので、勉強し直していこうと思いました。

 

2026/03/16

「俳句交換句ッ記 才人と俳人/堀本祐樹」を読みました。

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『俳句交換句ッ記 才人と俳人/堀本祐樹著(集英社)』を古本で見つけ、読んでみました。

「青春と読書」2020年~2023年に初出したものと、又吉直樹さんとの対談を書き下ろし、加筆・修正を行ったもので、2023年に第一刷発行されたものです。

いとうせいこうさんや川上弘美さん、土井善晴さん、穂村弘さんなど多彩な方々と交換日記ならぬ交換“句ッ記”ということで、文書と共に俳句を交換していくという形で成り立っている本でした。

ただ、私が読んでみると、それぞれの俳句に“響いてくる”ものが無く・・って、私の感性がまったく寄り添えなくて駄目なんだろうけど・・どの人の文章も俳句も“ピカ~ん”と鋭いものがあるのはわかりましたが、俳句として楽しめない、非常に個人的な領域の中で、それぞれの人の頭脳の中で輝きを放っているような、そんな感じの句ばかりでした。

交換日記的というか、互いの気持ちのやり取りが俳句と文で交わされていて、でもそれはあまり私には関係ない世界ばかりで、途中でつまらなくなってしまいました。

自分の俳句づくりの参考としよう、などという考え方には似合わぬ本でした。

ちょっと“寝かせて”おいて、また何年後かに読んでみようと思います。

 

2026/03/14

「悩むことはない/金子兜太」を読みました。

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『悩むことはない/金子兜太著(文藝春秋)』を古本で見つけ、読みました。

2011年第一刷発行のもので、第一章は語り下ろし(問われて答う)、第二章も語り下ろし(生い立ち来たるところ)、第三章は戦争と俳句、戦地で俳句と訣別し、戦地でふたたび俳句に会う・・初出『文藝春秋くりま 2010年5月号』という構成になっていました。

金子兜太さんというと、テレビNHK俳句の表彰式で、稲畑汀子さんと丁々発止のやり取りをしていた、お歳に似合わぬ“血気盛ん”な様子を思い出します。
最後は互いににこにこしていて、緊張していた会場も思わず和む感じがまだ心に残っています。

この本でも、兜太さん、自らの信じるところ、真っ直ぐで、でも人情溢れるような生きる姿がそのまま文章になっていました。

兜太さんの俳句は人の生き方を問うているというか、読んでいるこちらも自分がどれだけ本気で生きているかを胸中に刻んでおかないと鑑賞することが出来ないように思います。

そして、「それでいいんだ」という寛容な心も必要だと感じます。

実際に読み進むと悩んでいる自分の背中をトンっと押してくれている、そんな本になっていました。

第三章は戦争に行かれた時のこと、そしてその中での俳句との対峙について書かれていました。
金子兜太さん以外にも、今まで城山三郎さんや、柴田錬三郎さんなどの本を読むと、それぞれに戦地での過酷な様子が書かれていて、志願して行った人もいるのに、それは戦争の悲惨さと共に人間の醜さ、酷さが露わになっていました。

この本も同様、読んでいてあまりのことに体の具合が悪くなりそうでしたが、どの著作からも戦争などするに“大儀”など無いのだということが書かれています。

そんな本を読んでいる最中も中東では懲りない人類が過去の反省も無く、またもや戦を行ない、互いを罵り合っています。
地球上の生物で一番下等な種類は人類ではないかと思ってしまいます。

 

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