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2026/03/13

俳句を詠んでみる_0723【 黄水仙 春のたよりを 横顔で 】

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横開きに咲く黄水仙が庭に咲いて一句詠みました。

【 黄水仙 春のたよりを 横顔で 】

《背景》季語:黄水仙[春]
庭の花の中で、ムスカリと共に春のたよりとばかりに咲いてくれた黄水仙。
花の色は明るいけれど、横向きに咲くその姿がちょっと“すまして”いるようで楽しい。

 

 

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俳句を詠んでみる_0722【 桜漬 夫婦で探し 茶の棚に 】

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桜湯のもとになる桜漬けってどこに売ってるんだ、という句。

【 桜漬 夫婦で探し 茶の棚に 】

《背景》季語:桜漬[春]
2月にうれしい訪問が有り、桜湯で迎えようと、妻とスーパーに桜漬を買いに出掛けた。
お店の人に聞いても「はて何処にあるのか」と思案顔。
では、と、妻と二人探すことにした。
あったあったお茶の棚に。
目出度く、桜湯はお出しすることが出来ました。

 

2026/03/11

俳句を詠んでみる_0721【 春の昼 畑仕事の背は ぽかぽか 】

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家の前の小さな畑で仕事した午後を詠みました。

【 春の昼 畑仕事の背は ぽかぽか 】

《背景》季語:春の昼[春]
ちょっとあたたかくなってきて、夫婦で畑仕事をした。
お日様が背中をぽかぽかとあたためてくれた。

 

2026/03/10

俳句を詠んでみる_0720【 春の日の個展 光と色 溢れ 】

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遠くまで絵画・造形の個展を見に行って来た。作品の勢いを見て詠みました。

【 春の日の個展 光と色 溢れ 】

《背景》季語:春の日[春]
中学時代の担任で美術の先生の個展に、旭市まで伺った。
入口から入るなり、先生の生命力溢れる数々の絵画・造形作品が踊り上がらんばかりにそこにあった。

 

 

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2026/03/09

俳句を詠んでみる_0719【 境内の蝋梅に お願ひ ひとつ 】

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心落ち着く神社にお参りし、思わず咲いている蝋梅にも手を合わせた。

【 境内の蝋梅に お願ひ ひとつ 】

《背景》季語:蝋梅[冬]
鶴峯八幡宮にお参りしたとき、境内に蝋梅の咲くのを見つけた。
ここにもひとつお願いしよう「またお天気の良い日に、ここにお参り出来ますように」と手を合わせた。

 

 

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2026/03/08

俳句を詠んでみる_0718【 春の宵 シナトラのイエスタデイ 流る 】

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フランク・シナトラの「イエスタデイ」なんていうのが海外のラジオを聞いていたら、流れてきて一句。

【 春の宵 シナトラのイエスタデイ 流る 】

《背景》季語:春の宵[春]
最近、海外のFMをよく聞いているが、1950~1980年代のオールディーズ・チャンネルで、フランク・シナトラがビートルズの「イエスタデイ」を歌っているのが掛かった。
やさしく、深く、そっと春の宵に流れた。

 

2026/03/07

俳句を詠んでみる_0717【 鶲(ひたき) ヒッカタカタと 到来告げる 】

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庭の木に頻繁に飛んでくる鶲(ひたき)らしき鳥。
今年も来たよと到来を告げるように鳴く。

【 鶲(ひたき) ヒッカタカタと 到来告げる 】

《背景》季語:鶲(ひたき):[仲冬]
庭の木に鶲(ひたき)らしい鳥が来て枝にとまり、ずうっとくつろいでいる。
軽快に鳴き、今年も来たよと告げているかのよう。

 

 

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2026/03/06

俳句を詠んでみる_0716【 東風(こち)吹き 家族葬の幟(のぼり) はためく 】

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家族葬を謳う葬儀社の会館は、葬儀の無い日に幟をいっぱい出して、それが風にはためく光景が日常的になっている。

【 東風(こち)吹き 家族葬の幟(のぼり) はためく 】

《背景》季語:東風[春]
この頃は、大きな葬儀を見なくなり、こぢんまりとした家族葬の会場で行うことが増した。
葬儀の無い日は、その葬儀社は会館の周囲に幟を何本も出し、春の風にはためいているのをよく見ることになった。

 

2026/03/05

俳句を詠んでみる_0715【 庭のブロッコリーがキッシュになった 】

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思いつきが思わぬ料理になって一句。

【 庭のブロッコリーがキッシュになった 】

《背景》季語:ブロッコリー[冬]
庭では毎日ブロッコリーがどんどん採れている。
妻は考えた。
ギョウザの皮を“パイ生地”代わりにして、キッシュもどきを作っちゃおう!
なんとなくキッシュに見えてきたから、これはよかった。

 

「五七五の力 -金子兜太と語る-/石寒太編」を読みました。

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『五七五の力 -金子兜太と語る-/石寒太編(毎日新聞社)』を古本で見つけ、読みました。
大きい項目でいうと、「季語を考える」「五七五の力」「“切れ”と近代」に分けて、俳人の金子兜太中心に語り尽くしている感がありましたが、内容は深く、歴史的にも国際的にも考察の範囲は広く、“昨日今日”に俳句を詠み始め、句集などに少しふれてきただけの私には難しくて難しくて半分も理解出来ませんでした。

海外でも俳句が詠まれ、「季語」というものの必要性や、国外での理解度がとても低かったことも初めて知りました。

唯一わかりやすくて共感出来たのは、アンケート「私の季語感」という小項目でした。

小沢昭一、櫂未知子、塩田丸男、西村和子、ねじめ正一、藤眞奈美、黛まどか、吉行和子ら、よく知る各氏の季語に対する正直な意見は私にもよくわかりました。

嵐山光三郎氏の、「従来の季語は旧暦をもとにしているから、時代にあったものに変えたほうがいい。歳時記を参考にして、今は使われなくなった季語をとってつけた句は、紋付を着て靴をはいているみたいです」というのは、私も日頃感じていたことです。

小沢昭一氏の、歳時記から消えてしまった「吉原の夜桜」について、往時の華やかな廓の夜桜・・など、絶滅種に思いをかよわせてはいけないのでしょうか。
いま、眼前のものを見る、感じるだけが俳句なんでしょうか、という言葉も実に深く、これもまた私も共感するところがありました。

黛まどか氏の、冬の「第九」、夏の「冷し中華」などが既に季語として認められ、歳時記に収められているという言葉に、それはよかったなあと思いました。

新季語の提案として、新年の「初メール」や、春の「義理チョコ」などを提案されていて、そうかまだ季語としては認められていなかったのか、と少し驚きました。

「白日傘」から「黒日傘」への変更、「UVカット」「クリオネ」「ボージョレ・ヌーボー」「キムチチゲ」などについても地域や国を越えて共同感覚と成り得る時代になってきた、などの言葉にもなるほどと感じました。

吉行和子氏の、いつの日か、なるほど、というような季語を入れて、自分らしい句をつくるのが夢です。
という言葉は、今、まさに私が日々思い続けていることでした。

もうあと数年経ってからこの本を読むと、三分の二くらいまでは理解出来そうな気がします。
これからも日々俳句に向き合おうと決意をあらたにいたしました。

 

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