『五七五の力 -金子兜太と語る-/石寒太編(毎日新聞社)』を古本で見つけ、読みました。
大きい項目でいうと、「季語を考える」「五七五の力」「“切れ”と近代」に分けて、俳人の金子兜太中心に語り尽くしている感がありましたが、内容は深く、歴史的にも国際的にも考察の範囲は広く、“昨日今日”に俳句を詠み始め、句集などに少しふれてきただけの私には難しくて難しくて半分も理解出来ませんでした。
海外でも俳句が詠まれ、「季語」というものの必要性や、国外での理解度がとても低かったことも初めて知りました。
唯一わかりやすくて共感出来たのは、アンケート「私の季語感」という小項目でした。
小沢昭一、櫂未知子、塩田丸男、西村和子、ねじめ正一、藤眞奈美、黛まどか、吉行和子ら、よく知る各氏の季語に対する正直な意見は私にもよくわかりました。
嵐山光三郎氏の、「従来の季語は旧暦をもとにしているから、時代にあったものに変えたほうがいい。歳時記を参考にして、今は使われなくなった季語をとってつけた句は、紋付を着て靴をはいているみたいです」というのは、私も日頃感じていたことです。
小沢昭一氏の、歳時記から消えてしまった「吉原の夜桜」について、往時の華やかな廓の夜桜・・など、絶滅種に思いをかよわせてはいけないのでしょうか。
いま、眼前のものを見る、感じるだけが俳句なんでしょうか、という言葉も実に深く、これもまた私も共感するところがありました。
黛まどか氏の、冬の「第九」、夏の「冷し中華」などが既に季語として認められ、歳時記に収められているという言葉に、それはよかったなあと思いました。
新季語の提案として、新年の「初メール」や、春の「義理チョコ」などを提案されていて、そうかまだ季語としては認められていなかったのか、と少し驚きました。
「白日傘」から「黒日傘」への変更、「UVカット」「クリオネ」「ボージョレ・ヌーボー」「キムチチゲ」などについても地域や国を越えて共同感覚と成り得る時代になってきた、などの言葉にもなるほどと感じました。
吉行和子氏の、いつの日か、なるほど、というような季語を入れて、自分らしい句をつくるのが夢です。
という言葉は、今、まさに私が日々思い続けていることでした。
もうあと数年経ってからこの本を読むと、三分の二くらいまでは理解出来そうな気がします。
これからも日々俳句に向き合おうと決意をあらたにいたしました。
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