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わたしのいきつけ

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2026/03/27

「二度目の大往生/永六輔」を読みました。

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『二度目の大往生/永六輔著(岩波新書)』を古本で見つけ、読みました。
“二度目”と言うからには、「大往生」という本が既にあって、ヒットしたのですが、この第二弾の本は1995年第一刷となっています。

読んでみて驚きましたが、全編とてもいい。
特に最後の1995年に群馬県藤岡市でひらかれた「おすたか・ふれあいの会」での講演を文書化したもので、随所にそのとき永さん自信の観客からの反応に対する心の中での動揺なども実況中継的に挿入されていて、読んでいるこちらも会場にいるような気分でドキドキしました。

内容は宗教についてかなり深いところまで話されていて、しかもあまりにもやさしい言葉の表現で書かれていて、これはぜひ現物を読んでいただきたいと思いました。
私も、常に手元に置いて時々振り返るように読もうと思っているところです。

日本人の宗教観や、科学と不思議な現象の関係、人はなぜ存在していて、何をしているのだろうというこの講演、笑いも交えながらの名講演だと思いました。

さて、それ以外で私の気になったところを少しだけせっかくだからご紹介いたします。

つらいとか、かなしいとか、痛いというのは何とかできるんだけど、いちばん厄介なのは“むなしい”ということ、という部分でした。

自分が誰かの役に立っているという自信のある人は絶対にむなしくならない。
むなしさを感じない暮らしというのが、充実した暮らしだ、とおっしゃっています。
私もそんな気がします。

老人になったときに、見せるべきもの、語るべきもの、伝えるべきものをもっているか。
上記のうち、ひとつでも持っていればいい、とおっしゃっていて、大事なことだとあらためて感じました。

また、最近のご時世に感じることも書かれていました。
人間がいま生きているっていうことがどんなにありがたいか、いま生きていられるっていうことを誰に感謝したらいいのか、そういう思いがあれば、たったひとつの道具でも、誰かがつくってくれたんだ、ありがたい・・と思うじゃないですか、とおっしゃっています。

今や良識というものさえもどこかに行ってしまうような状況に心強く感じました。

あとは、最後の講演部分についてはぜひ一度ご覧いただきたいということをもう一度うったえまして感想といたします。

 

2026/02/07

「小説の周辺/藤沢周平」を読みました。

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『小説の周辺/藤沢周平著(文春文庫)』を古本で見つけて読みました。

1970年代から1980年代にかけて著者藤沢周平氏が書いたエッセイをまとめたものでした。
単行本として1986年に潮出版社から刊行され、この文庫版は1990年に第一刷発行、私が手にしているこの本は、2006年現在のもので11刷発行されていますからヒットしたエッセイ集と思われます。

郷里のことや、幼年時代の出来事、師や友、日常身辺のことなどが綴られていました。

昭和二年生まれの著者は、その年代の人らしく奥さんに“おんぶにだっこ”の状態で生活していて、取材旅行にもついてきてもらい、電車やバスのつながりなども面倒をみてもらい、食べるものの注文も頼りっ放し、閉所恐怖で地下鉄が怖いと総武線快速の東京駅から千葉方面の電車にも乗りたがらず、すぐに地上に出て“ごきげん”になったり、まるで子供みたいです(^_^;)

それにしてもこのくらいの年代の方々の文章は実に読み易く、平易なうえに詳細・克明に書かれていて、整然としているが一本芯が通っています。
そして文自体が美しい、惚れ惚れするくらいです。

妙な“落ち”が用意されているわけでなく、無理やりな“盛り上げ”もなく、淡々と書かれているのに染みるように入ってくる感覚の文は、近年の人達にはもう見られないものです。

しみじみとして読み終えました。
心静かな読後もいいものです。

 

2026/02/04

「たとえる技術/せきしろ」を読みました。

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『たとえる技術/せきしろ著(新潮文庫)』という本を古本で見つけ、読みました。
2016年に文響社より刊行されたものの2019年文庫化版です。

せきしろさんというと、又吉直樹さんとの共著「カキフライが無いなら来なかった」という自由律俳句集を読んだことがありましたが、最近はラジオで独自の不思議かつ面白いことをお話ししたり、実践してみたりしていて気になる人です。

「たとえる技術」だなんて、けっこう文学的な実用書なのかと思って読んでみると、“せきしろワールド”に巻き込まれて、あとは笑ったり、キョトンとしたりして最後まで読んでしまうという、そんなことになります。

たとえば、「うれしい」を表現するときの「例え」として、通常は「夢かと思うほどうれしい」なんて言いますが、せきしろワールドでは・・

「この犬、他の人に懐(なつ)くこと滅多にないのよ」と言われた時のようにうれしい

・・となります(#^.^#)

アウェー感を“たとえる技術”を使って表現すると・・

バイト初日のようなアウェー感

・・うまいなぁ(*^^*)

で、この本、こんなんばっかりです。
だから面白いけど、けっこう“バカらしい”!!

楽しく読み終えました。

 

2026/01/26

俳句を詠んでみる_0680【 バレンタインデー そぞろ心の 浮かれ人 】

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この句も最近手に入れた“まほろば歳時記”から「浮かれ人」という言葉を見つけ、詠んでみました。

【 バレンタインデー そぞろ心の 浮かれ人 】

《背景》季語:バレンタインデー[春]
「恋の名前」という“まほろば歳時記”の最新刊を読み、「浮かれ人」のキーワードを見つけた。

※浮かれ人:異性などに心ひかれ、浮かれて歩く人を言う。

早速その言葉を使って句を詠んでみた。

 

2025/12/28

俳句を詠んでみる_0658【 普通においしいと 礼言われ 凍(こご)ゆ 】

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言われて「えっ?!」となる言葉を思い出して一句。

【 普通においしいと 礼言われ 凍(こご)ゆ 】

《背景》季語:凍ゆ[冬]
以前仕事をしていたときのこと。
部下を連れ、外に出て、昼食は労をねぎらうつもりで自分の知っているランチのおいしい店に寄った。
「どう?」と感想を聞いたら、「はぁ、普通においしいです」と言われた。
どう受け取ったらよいのか・・凍ってしまった自分がいた、という句です。

※後日、うちの長男、長女に聞いたら「それは“かなりおいしい”って意味だと思うよ」との見解でした。
だったら「おいしいですね」って言えよっ!って思うのは私が歳を喰ったから・・なんでしょうね。

 

2025/12/20

「日本の名随筆 別巻66 方言/清水義範・編」を読みました。

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『日本の名随筆 別巻66 方言/清水義範・編(作品社)』を古本で見つけ、読みました。
古い本です。1996年第一刷印刷と記されていました。

編さんされた著者の顔ぶれもすごくて、谷崎潤一郎、井伏鱒二、水上勉、宮尾登美子、五木寛之らに加えて、渡辺えり子、伊奈かっぺいなど、方言といえばという人の随筆も含まれていました。

私が初めて「これ、方言だったのか」という言葉も多々ありました。
さらに東北弁はなぜおかしいのか、というテーマで書かれている浅田秀子さんの文も面白かった。
それも仙台弁が体に沁みついていて、さらにそれが好きだという著者本人がなぜおかしいのかを分析していました。

どの著者も方言に愛着があり、その方言でなければ伝わらないものや、方言によって使っているその人そのものが浮き出してくるような感じもある、というようなことも書かれていました。

各々の著者の書きぶりも力が入っていて、読むのにも疲れるくらいの熱の入れようでした。

方言の研究書としても価値のあるものだと感じました。

 

2025/12/19

俳句を詠んでみる_0649【 冬ざれ コスパならまだしも タイパって 】

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コスパという言葉が日常耳にされるようになったら、今度はタイパだって・・という句です。

【 冬ざれ コスパならまだしも タイパって 】

《背景》季語:冬ざれ[冬]
草木枯れ、もの寂しいこの冬景色に加えて、テレビ・ラジオから薄らみっともない「コスパ」がどうしたという声が聞こえているうちはまだ我慢が出来るが、「タイパ」って何だよ、という句。

 

2025/12/12

「恋の名前/高橋順子(文)佐藤秀明(写真)」を見て、読みました。

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『恋の名前/高橋順子・文、佐藤秀明・写真(小学館)』を読みました。ふんだんな写真も素晴らしく、ベストセラーとなった「雨の名前」を生んだ『まほろば歳時記』の最新刊です。

帯にも書かれていますが、「日本人の心にしみるうつくしい恋の言葉たち」というわけで、私も知らなかった恋の言葉がたくさん・・。

ここ一年と数ヶ月、私は俳句を詠むことが日課となっておりますが、これらの“恋の言葉”を参考にしたいと思いました。

恋川・・恋心に深く沈む気持ちを、川の深みにたとえた語

恋侘ぶ・・恋にもだえ悩むこと

恋水・・恋しいあまり流れ出る涙

恋が効く・・恋のしかけが相手の心をとらえること。

糸による恋・・糸のように細く、いまにも切れてしまいそうな心細い恋

など、面白い表現が満載でした。
どこかで使えそうな予感がします。

また恋の“言葉”だけでなく、恋にちなんだ地名も全国に渡り(地図・写真入り)掲載されていたり、四季の恋言葉も巻末に載せられていて、これも興味深く読みました。

恋の言葉が満載のこの本も俳句関連参考書の棚に置き、時々頁を繰ることになりそうです。

 

2025/08/03

俳句を詠んでみる_0514【 さとされて 満つれば欠くる 夏の月 】

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よく頭に浮かぶ言葉で一句詠みました。

【 さとされて 満つれば欠くる 夏の月 】

《背景》季語:夏の月[夏]
学生の頃、妙なタイトルばかりの本を出している山本夏彦という人を知った。
「茶の間の正義」「毒言毒語」「変痴気論」「何用あって月世界へ」、そんなタイトルの本の中に『満つれば欠くる』の言葉があった。
夏彦翁が発行人となっている「室内」という業界紙には“全盛期”が無いので、細々と生きながらえていると不思議な自慢をしていた。
たしかに、昨今の芸能界だけを見ても、全盛期(満月)があって、そして月が欠けるように、あっという間に衰退したり、姿を消したり、あまりの“奢り”の為に自滅したりしている。
この私には全盛期なんて一度も無くて「よかった、よかった」(^_^)

 

2025/07/25

俳句を詠んでみる_0507【 夏日影 心配するな “あんとんね” 】

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何十年ぶりに聞いた千葉の「方言」で一句。

【 夏日影 心配するな “あんとんね” 】

《背景》季語:夏日影[夏]
毎日が猛暑の中、床屋に行き、扉を開けると日影に入ったように涼しかった。
お客さんの老人が酸素ボンベを付けながら入ってきて、「これを置きながらやってもらえるかね?」と言うと、床屋のおばちゃんは『あんとんね』と言った。
30年ぶりくらいに聞いた千葉の方言『あんとんね』は「大丈夫、何ともないよ」っていう感じの意味。
懐かしい言葉に衝撃を受け、色々な記憶もついでに甦ってきた。

 

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